本能寺ホテル (鈴木雅之監督)

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織田信長が明智光秀によって討たれた本能寺の変は、日本史上屈指の大事件であることは論を俟たないが、上のポスターにある通り、日本史上最大の謎と言っても過言ではない。このブログでも、光秀の子孫だという明智憲三郎著の「本能寺の変 431年目の真実」という大変面白い本をご紹介した (因みにその私の記事は、大変驚いたことに、著者明智憲三郎さんの公式ブログでも言及されました)。この映画は、その本能寺の変を目撃する現代女性を描いたもの。綾瀬はるか主演ということで、すぐに思い出す類似の映画は、「プリンセス・トヨトミ」であるが、あちらが小説の映画化であるのに対してこちらはオリジナル脚本。また設定は随分違っていて、こちらは現代と過去がはっきり断絶しているところ、ひょんなことからその二つの時間帯を往復することになる女性主人公を描いている。実はこの映画の監督は、「プリンセス・トヨトミ」と同じ鈴木雅之。シャネルズ = ラッツ & スターの歌手とは同姓同名で、全くの別人だ (笑)。もともとはテレビの演出家らしい。
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物語は、綾瀬はるか演じる結婚を控えた女性が、婚約者の親に会いに彼の実家のある京都に泊まるが、予定していたホテルには手違いで入れない。途方に暮れているときに目に入った古風な「本能寺ホテル」というホテルに転がり込むことになるが、そのホテルのエレベーターは、ある条件が整うと、1582年 6月 1日、つまりは大事件発生の 1日前の本能寺にタイムスリップする。そのことを知った女性は、なんとか信長に危機を伝えようとするというストーリー。
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信長には堤真一、森蘭丸には濱田岳が扮していて、主演の綾瀬はるかともども、最初から彼らが演じることを想定しての、いわゆる「あて書き」である由。その他、婚約者の父親が近藤正臣、ホテルの支配人は風間杜夫と、それぞれの個性に合った役は、なかなか気が利いている。
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だがやはりこの映画で最も存在感を発揮しているのは、綾瀬はるかであることは間違いないだろう。もちろん、大河ドラマの主役をはじめ、シリアスな役柄も演じているとはいえ、その天然ぶりには他の追随を許さない (?) ものがあり、ここではさすがにあて書きだけあって、とてもよい味を出している。作品そのものは、ひとりの女性が当たり前の日常にわずかな疑問を持ち、タイムスリップを経験する中で、信長からの刺激を受け、新たな人生観を得て成長するという流れがあって、それほど易しい役ではないと思う。こんな感じで戦国時代にも平気で入って行ける肝っ玉のある役柄でもある。
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そして演出も、かなり細かい部分の呼吸に気配りがなされていて、あれこれの工夫が面白い。例えば、主人公が最初のホテルに入れないことが判明する場面のとぼけぶり、金平糖をかじるときのカリッという食感など、印象的である。それから、美術も結構手が込んだ作りで、スタッフの苦労がしのばれる。ただその一方で、この映画のメッセージが何か現代人の感性と鋭く切り結ぶかと言えば、残念ながらそこまでの成果は出ていないように思う。例えば冒頭に引用されているビルマルクの言葉「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」は、作品の基調トーンとしてどこまで活きているであろうか。タイムスリップとは、まさに経験ではないか。この映画の中で経験から学ぶ主人公は、では愚者ということになるのかな。そのあたりの中途半端感が大変残念である。

ところで、本能寺の変が起こったのは、言うまでもなく本能寺という寺院なのであるが、信長が討たれたときになぜここに滞在していたかというと、この寺院を宿泊所としていたからだ。その意味では、まさに信長の宿泊場所が「本能寺ホテル」であったわけだ。調べてみるとこの本能寺は、法華宗、つまりは日蓮宗の寺院で、信長はこの宗派に帰依していたこともあって、上洛時にはこの寺を定宿としていたようだ。周知の通り信長は一向宗 (この時代は浄土真宗ではなく浄土宗を指したらしい) とは血みどろの対決をしているし、天台宗の総本山、比叡山を焼き討ちしているわけであるが、既存の仏教のすべてを否定したわけではなかったのである。ただ、ただである。この映画の中に、まさに歴史を大事に思う人には我慢できないシーンがある。それは、本能寺という設定の寺院の建物に、デカデカと「方丈」という額がかかっているのだ (ロケ地は南禅寺だろうか)。私の理解では、これは禅寺特有の住職の居室の呼び名であり、明らかに法華宗の寺院たる本能寺の景色ではない。どうでもよいことという見方もあると思うが、歴史に学ぶ賢者であれば、もうひと工夫欲しかったところ。こんな感じの建物。
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それから、明らかなロケ地がひとつあって、それは兵庫県の書写山円教寺だ。
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この場所で信長と家臣が球技をして遊ぶのであるが、ここは寺院にしては珍しく、建物によって囲まれた土地で、球技用のコートのような閉鎖空間になっているので、その着想は理解できる。ただ、シーンの流れとしては、閉塞感があってあまりよくないと思う。もっと広々した河原でのロケの方がよくはなかっただろうか。映画の印象は、個々のシーンの積み重ねによって決まる。細部においては、上に書いたような気の利いたシーンもある一方で、この種の時代物に欠かせないロケ地の組み合わせについては、ちょっと課題があるようにも思うが、いかがなものか。

そういえば、この映画は日本史上最大の謎である本能寺の変に迫るとの触れ込みであったが、信長の最期について、何か目から鱗の大発見が描かれていただろうか。ネタバレは避けるが、なんだろう、例の「人生五十年」という幸若舞を舞うシーンはなく、その点が新味と評価すべきだろうか。つまり、信長の生は 50年どころか、遥かな時を超えて、今に至る 400年以上も続いているということか。うーむ、まさかヴァンパイアものではあるまいな・・・。いやいや、そんな心配はないので (笑)、まだご覧でない方は、私のように重箱の隅をつっつくことなく、ごく自然に楽しんでもらえる映画だと思って見に行かれればよいものと思う。でも、本当に信長の最期ってどんな感じだったのであろうか。永遠に真相が分からない歴史のロマンである。
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by yokohama7474 | 2017-02-16 23:02 | 映画 | Comments(0)