ロッシーニ : 歌劇「セヴィリアの理髪師」(演奏会形式) マルク・ミンコフスキ指揮 オーケストラ・アンサンブル金沢 2017年 2月19日 石川県立音楽堂

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金沢は私のお気に入りの街のひとつで、これまで何度も訪れている。加賀百万石前田家の城下町で、街には独特の気品がある。兼六園はもちろん素晴らしいし、地方の美術館としては異例の人気を誇る 21世紀美術館も大いに見る価値ありだ。また、泉鏡花と室生犀星というおよそ対照的な作家を輩出し、鈴木大拙と西田幾多郎という日本有数の思想家たちが同級生として勉強した街。これだけ文化の香り高い街に本拠を置くこのオーケストラ・アンサンブル金沢 (OEK) は、1988年に岩城宏之を音楽監督に迎えて活動を開始した室内管弦楽団である。当初より名門レーベル、ドイツ・グラモフォンと契約するなど、その能力は高く評価されてきた (現在では自らのレーベルを持ち、良心的な価格で数々の面白い録音を世に問うている)。この文化都市にこのユニークなオケが存在している意味は、限りなく大きい。また、いわゆる室内管弦楽団の活動にありがちな古典派のレパートリー偏重ではなく、コンポーザー・イン・レジデンスと称する制度があり、常に現代の作曲家に活動の機会を与えていることも特筆される。すなわち、古典から現代音楽までを広くカバーするのみならず、新たな音楽を作り出す意欲を持った、高水準の楽団なのである。今回私が東京から日帰りで聴きに行ったこの演奏会など、まさにこのオケらしい意欲的な試みとして評価できるし、ともすれば東京だけが文化・経済の中心になりがちなこの国において、改めてこのオケの存在価値を実感することができる機会となった。実のところ、以前鈴木大拙の「日本的霊性」についての記事を書いた際、「近く金沢に行って、この鈴木大拙と、西田幾多郎の記念館に行きたい」と述べたが、種明かしをするとそれは、この演奏会のチケットをその時既に買っていたからである。だが、安藤忠雄の設計になる西田幾多郎の記念館は街中から少し離れていて、アクセスが若干不便。レンタカーを借りようと思ったが、天気予報によると雪が降って荒れ模様とのこと。そんなわけで今回は泣く泣く、2つの記念館は諦めて、この演奏会だけに行くことにした。もっとも行ってみれば天気は穏やかで、金沢滞在時間の短縮が、ちょっと悔やまれましたが (笑)。

数年前、ラ・フォル・ジュルネ金沢をやはり日帰りで聴きに行ったときには、羽田から小松まで飛行機に乗り、そこからバスで金沢に移動した記憶がある。だが今や北陸新幹線はこの金沢まで開通しており、2時間半も乗れば着いてしまうのだ。新幹線「かがやき」に乗ると、東京を出ると大宮、長野、富山にだけ停まって、そして終点金沢だ。これは便利である。車窓から外を見ると、なんと埼玉県から富士山がかなりきれいに見える。
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もちろん新幹線に乗って行くうちに、長野県に入るとこんな景色になるのであるが (笑)。
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そして到着した金沢駅はこのようなモダンな装い。人が多くて大変に賑わっている。
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今回の演奏会の会場であり、OEK の本拠地である石川県立音楽堂は、この金沢駅に文字通り隣接。徒歩 1分である。これは交通至便と言ってよいだろう。現在の音楽監督、井上道義の顔をあしらった大きな宣伝が掲げられている。
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演奏に先立って、音楽ジャーナリストの潮 博恵 (うしお ひろえ) が舞台に登場して解説を行った。この方、私は存じ上げなかったのだが、1990年に当時のさくら銀行 (現三井住友銀行) に入行し、総合職として 10年間、法人向け融資・為替業務を行っていたという。銀行退職後には法律の勉強をして行政書士となり、現在でもご主人とともに合同会社うしお事務所という事務所で経営コンサルタント業務を手掛けておられるらしい。その一方、もともと大学では音楽学を専攻しており、国内外のオーケストラ、オペラ、音楽祭などの運営の実態を研究してきたとのことで、2012年にはマイケル・ティルソン・トーマスとサンフランシスコ交響楽団についての著作を発表。それがきっかけで OEK を取材することとなり、その成果はやはり著作として世に問うておられる。私は常々、クラシック音楽というものが閉ざされた一部マニアのためのものではなく、実社会とのつながりの中でこそ生きてくると考えているので、今回知った潮さんの活動を大変興味深く感じている。尚、この日の解説の中で言及されたことには、今回の演奏会は、「世界における我が国オーケストラのポジション」という、文化庁による事業の一環として、国外からも評論家を招いてその演奏を鑑賞してもらい、2/21 (火) には大阪でシンポジウムが開かれる (既に終わってしまったが) とのこと。日本オーケストラ連盟のサイトで関連情報を見ることができるが、米・英・墺・仏・そして日本の評論家が 5つの楽団のコンサートを鑑賞したらしい。それは、① ヤルヴィ指揮 NHK 響、② 秋山和慶指揮 広島響、③ リュウ・シャオチャ指揮 九州響、④ 井上道義指揮 大阪フィル、⑤ このマルク・ミンコフスキ指揮 OEK の 5つである。このような文化庁の事業も不勉強にしてこれまで知らなかったが、近年進境著しい日本のオケの現状を国外にも知らしめるための手段として、非常に有効であると思う。本当はこのブログなども、英語で書けば海外発信できるのであるが・・・。

ともあれ、前置きが長くなったが、演奏である。2015年12月16日の記事で、東京都響を指揮したその演奏を大絶賛した指揮者、マルク・ミンコフスキ (1962年生まれのフランス人) に対する大きな期待があったからこそ、私はこの演奏会をわざわざ金沢まで聴きに行ったのだ。そしてその期待は、充分満たされたのである。現在この OEK のゲスト・プリンシパル・コンダクターの地位にあるミンコフスキ。
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もともとバロックを中心とした古楽の分野で名を挙げた人であるので、このようなロッシーニの歌劇には適性があると思っていたが、いやその自由自在な指揮ぶりから沸き立つ本当のロッシーニの音は本当に楽しく、そう滅多に聴けるものではない。もちろん OEK の個々の奏者のレヴェルが高いということも大きな成功要因であると思うが、ミンコフスキが何か魔術的な手腕で、全体の流れをぎゅっと決めてしまったような響き方であった。その上で、個々の場面での細かいニュアンスが見事に表現された。すなわちオーケストラパートは、この軽妙なロッシーニのオペラ・ブッファの演奏として、まず完璧と言ってよいほどの出来であった。

歌手陣は、世界の歌劇場に出演経験を持つ伸び盛りの若手歌手たちが中心で、国際的な顔ぶれだ。アルマヴィーヴァ伯爵は米国のデイヴィッド・ポーティロ。ロジーナはイタリアのレセーナ・マルフィ。フィガロはポーランドのアンジェイ・フィロンチク。バルトロはイタリアのカルロ・レポーレ。このうち圧巻であったのはバルトロ役のレポーレで、調べてみると昨年のリッカルド・ムーティ指揮のウィーン国立歌劇場来日公演の「フィガロの結婚」でやはりバルトロ役を演じていた。因みに「フィガロの結婚」はこの「セヴィリアの理髪師」の後日譚にあたる物語で、主要登場人物は同じであるが (ここで誠実にロジーナを口説く青年である伯爵は、後年やはり誠実に (?)、今度は配下の女性でフィガロの妻となるスザンナを口説くのである 笑)、このバルトロ (とバジーリオ) は、2作に同じ名前で登場し、その性格設定は似ているが、同一人物とするにはちょっと無理がある。だが、堂々たる声で笑いを取らなくてはならない、なかなかの難役という意味では 2作に共通する。今回のレポーレの歌唱は見事であった。それ以外の歌手たちもそれぞれ役柄に必要とされる個性を備えていて、聴きごたえは充分。ただフィガロ役のフィロンチクは、もっと声量があればよかったと思う。その他、バジーリオを歌ったやはり若い後藤春馬をはじめ、日本人歌手たちも大健闘。また、東京藝大出身者を中心にこの日のために結成された合唱団も (作品自体に合唱の見せ場がさほどあるわけではないが) 万全の出来であった。
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それから、演奏会形式とはいえ、細かい演技もそれなりにつけられていたが、演出は 1960年生まれのイヴァン・アレクサンダーという演出家の手になるもの。
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フランス人であり、その活動は主として母国であるので、ミンコフスキとは旧知の仲であるのだろうか。ジャーナリストでもあるらしく、ということは知性派であろうから、何か奇抜なことをするかもしれないと思ったが、演奏会形式という制限もあってか、作品の邪魔をするような過剰な演出は周到に避けられていた。舞台の奥 (オケの後ろ) や客席まで活用した、動きの多い演奏会であったとは言えるかもしれない。
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そんなわけで私は今、今後の OEK の演奏会と合わせて、いずれ金沢を再訪し、今度こそ鈴木大拙・西田幾多郎の両記念館に出かけることを画策し始めている。また、ミンコフスキのコンサートであれば曲目を問わず聴く価値ありと再認識したので、7月に都響を振りに来る (メインはブルックナー 3番) のを聴き逃さないようにしないと、と気を引き締めているところであります。それから、日本のオケの真価を世界に知らしめる活動には、今後にも期待したい。海外から日本のオケを聴くためのツアーがどっとやって来るような事態になると、チケット確保の観点からはちょっと困りますがね。ま、現時点では考えすぎかもしれないが、それだけの価値はあると思いますよ、実際。

by yokohama7474 | 2017-02-25 01:15 | 音楽 (Live) | Comments(0)