チレア作曲 歌劇「アドリアーナ・ルクヴルール」(指揮 : ダニエル・オーレン / 演出 : デイヴィッド・マクヴィカー) 2017年 2月21日 ロンドン、Royal Opera House

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しばらく出張に出ていたので、井上道義と大阪フィルによる東京公演 (ショスタコーヴィチの 11番・12番!!) を聴けなかったし、パーヴォ・ヤルヴィ指揮 NHK 響による横浜公演 (マーラー 6番!!) も聴き逃してしまった。また、政府の方針によって始まったプレミアム・フライデーなるものの初回も経験できなかった。だが、出張の行先はロンドン。空いている夜があれば積極的に文化イヴェントを狙いに行くことが可能な大都市である。というわけで、なんとか見に行くことができた公演がこれ。イタリアの作曲家フレンチェスコ・チレア (1866 - 1950) によるオペラ「アドリアーナ・ルクヴルール」である。このオペラ、もちろん無名作品というわけでは全然なく、むしろ音楽ファンにはよく知られた作品と言ってもよいのだが、一般の人には恐らく全く知られていないし、何より私自身も、生で見るのは確か今回が初めてである。アリア「私は芸術のしもべ」(この曲の邦題にはいくつものヴァイエーションがあって、定着したものはないようだが) は知っているが、これがフランスの女優を主人公にした物語ということや、作曲者チレアの作品としてはほぼ唯一今日でも上演される機会に恵まれる作品であるということ以上のイメージはなかった。確か日本では、1970年代のイタリア歌劇団の来日公演の演目としても含まれていたはずと思い、調べてみると、1976年、カバリエ、コッソット、カレーラスという豪華メンバーで上演されていて、これが日本初演であったようだ。ほかには 1993年にボローニャ歌劇場の来日公演で、フレーニ、またもやコッソット、そしてP・ドヴォルスキーという顔ぶれでも上演されている。だが、来日する歌劇場の演目としてはそれほどポピュラーなものではないことは確かであろう。

作曲者チレアは、「道化師」のレオンカヴァッロより 9歳下、プッチーニより 8歳下、「カヴァレリア・ルスティカーナ」のマスカーニより 3歳下、「アンドレア・シェニエ」のジョルダーノより 1歳上。ヴェルディ以降のイタリア・オペラの主要な作曲家はこの世代、1850 - 60年代生まれに固まっているわけであるが、多くの作品が今も演奏されるのはただひとりプッチーニだけであって、ほかの作曲家は、上に記したそれぞれ 1作ずつによって歴史に名を留めているに等しい状況である。その意味ではこのチレアも、この「アドリアーナ・ルクヴルール」1作によってその名を残していると言って過言ではないだろう (ほかには、カレーラスがアリアを歌うことのある「アルルの女」という作品もあるが、全曲はほとんど演奏されない)。調べてみるとこのチレア、1950年まで生きたにもかかわらず、最後のオペラ作品は、この「アドリアーナ・ルクヴルール」の次の作品で、トスカニーニが 1907年に初演した「グローリア」という作品であり、現存するオペラ作品はたったの 5つ。寡作家であったのである。
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この「アドリアーナ・ルクヴルール」は 1902年に初演された作品で、伝統的なオペラの優美さとは異なる、激しい人々の生きざまを描くヴェリズモ・オペラに近い作品と位置付けられる。ただ、流れる音楽を聴いていて連想するのは、ほかのヴェリズモ・オペラというよりは、フランスのマスネの作品ではないだろうか。多彩な旋律美がここにはあって、退廃的とは言わないまでも、美麗ではある。フランスに実在した女優アドリエンヌ・ルクヴルール (1694 - 1730、オペラではイタリア語の発音で、ファーストネームがアドリアーナになる) をモデルにしており、オペラの設定通り、ザクセン伯モーリッツ (オペラではやはりイタリア語でマウリツィオ) という人と恋に落ち、ブイヨン公爵夫人に毒殺されたという説が本当にあるらしい。大変興味深いことに、このオペラの主要登場人物 3名にはいずれも生前に描かれた肖像画がある。つまり、いずれも当時から有名な (まあ、ルクヴルール以外は貴族だからある意味当然かもしれないが) 人たちだったのである。そのような人物が実名で登場するオペラは、あまりないのではないか。以下、順にアドリエンヌ・ルクヴルール、ザクセン伯モーリッツ、ブイヨン公爵夫人。
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そしてこのオペラの初演時のポスターはこれだ。この時代の雰囲気がよく出ている。モダニズムの香り。
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このように、17世紀フランス絶対王政期の宮廷での確執を、20世紀初頭のイタリアにおけるドラマ的感性で美麗に描いたオペラということになる。ラストで女性の主人公が死んで行くという点では、「椿姫」や「ボエーム」と同じだが、ひとつ大きく異なる点は、主人公が病気ではなく (あるいは「蝶々夫人」や「トスカ」のような自殺でもなく) 殺害されるということだ。その場には犯人は登場せず、通常のオペラにはあまり例のない終わり方なのであるが、不思議とカタルシスが不足する感覚はない。それはやはり音楽がよく書けているからではないか。脇役も多くて、多少ストーリーが無用に込み入っている感はあるものの、やはりなかなかの名作であると思う。

今回ロイヤル・オペラで鑑賞したものと同じプロダクションが、既に映像作品として市場に出ている。2010年の収録で、主演はルーマニア出身の名ソプラノ、アンジェラ・ゲオルギュー (私と誕生日が数週間違い)。共演はヨナス・カウフマンとオリガ・ボロディナで、指揮は英国人マーク・エルダーである。
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今回はその再演ということで 7回上演があるが、そのうち 5回が同じゲオルギューで、残りの 2回は、今回ロイヤル・オペラ・デビューとなったアルメニア人の若い歌手。その名は、Hrachuhī Bassēnz。うーん、上についているチョンのかたちが正しいのか否かもよく分からないが (笑)、フラシュヒ・バセンスとでも読むのであろうか。YouTube には彼女の歌う映像が幾つか見つかるが、名前の発音までは分かりません (笑)。ともあれ、その若い歌手が出演する上演を鑑賞することとなった。
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対するザクセン伯マウリツィオは、米国人の Brian Jagde。この姓の発音は、「ジャッジ」でよいのであろうか。彼は既にピンカートン役でロイヤル・オペラにはデビューしているようだが、やはり若い歌手。
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そしてブイヨン公爵夫人は、ウズベキスタン出身の Ksenia Dudnikova。うーん、これはクセニア・ダドニコワと発音するのでしょうか。彼女も今回がロイヤル・オペラ・デビュー。
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このようにフレッシュな面々が顔を揃える公演であり、まさに欧州の最前線で活躍する歌手たちを聴くには絶好の機会であった。結果的にはこの 3人、それぞれに優れた歌唱であったとは言えると思うが、ひとつには、ルクヴルール役は有名なアリア以外には意外と低い声で歌う部分が多く、あまり華麗な響き方にはならない。主役の華麗さはあまり出てこない点、このオペラがヴェリズモ的と言われるゆえんであろうか。マウリツィオ役は、舞台映えが今ひとつ。ブイヨン公爵夫人役は、強い声の持ち主であり、この 3人の中では最も印象に残った。そして今回指揮を取ったのは、イスラエル出身のダニエル・オーレン。1955年生まれなので、既に今年 62歳になる。オーレンの指揮は大変丁寧で、好感の持てるものではあったが、いかんせん、このオペラハウスのオーケストラは (以前も書いたが)、残念ながらやはり力不足。
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演出のデイヴィッド・マクヴィカーはスコットランド出身で、現在世界各地で活躍中。東京の新国立劇場でも、2010年から 2011年にかけて上演された、大野和士が渾身の指揮を聴かせた「トリスタンとイゾルデ」を手掛けている。決して奇をてらうことのないオーソドックスな演出であるが、4幕からなるこのオペラの各幕で共通して登場する建物の構造は、ルクヴルールの栄光と軌を一にするように、舞台の裏になったり表になったり、あるいは骨組みだけになったりするのである。
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さてここでいくつか、この公演に関連するトリヴィアを披露しよう。まず、主役のバセンスがアルメニア出身であることは上に書いたが、同国の首都はエレヴァン。私はその都市に出張で行ったことがあるのだが (日本人でここに出張する人は珍しいだろう 笑)、プログラムに掲載されているこのバセンスの経歴を見てみると、彼女が卒業した学校はコミタス (Komitas) 音楽院とある。また彼女は、アルメニア政府からコミタス・メダルを授与されたとある。コミタス・・・。おぉっ、その人物を主人公とした映画を私は見たことがある。1869年生まれ (つまりチレアと同世代の人)、1935年没。修道士であり作曲家であったアルメニア音楽の父と呼ばれる人。彼を描いた映画、その名もずばり「コミタス」は、1949年アゼルバイジャン生まれの映画監督、ドン・アスカリアンの 1988年の作品。彼のもうひとつの作品「アヴェティック」(1992年) も私は見ているが、いずれもタルコフスキーとの共通性を感じさせる神秘的な映画。だがこの「コミタス」、このような手作り感満載のプログラムしか作られなかったのである。
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それから、この「アドリアーナ・ルクヴルール」に登場するザクセン伯マウリツィオのモデルである実在のザクセン伯モーリスは、ポーランド王の息子。そしてこの人の曾孫が、あの有名なジョルジュ・サンドなのである。この後に記事を書く予定だが、今日聴いた新日本フィルのポーランド・プログラムでショパンとその恋人ジョルジュ・サンドに思いを馳せたばかり。ポーランドの生んだ最大の文化人であるショパンの恋人の祖先が、ポーランド王の子孫であったとは。うーん、歴史の綾って面白い。これがジョルジュ・サンドの肖像。
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最後のネタは、このオペラの中でルクヴルールがその台詞を語る、ラシーヌの悲劇「フェードル」である。この演劇の初演は失敗であったようだが、それは一世代上のフランスの悲劇作家、コルネイユの後援者の画策によるものであったらしい。そしてその後援者とはほかでもない、このオペラでルクヴルールの敵役であるブイヨン公爵夫人なのである!! これはラシーヌの肖像画。
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そんなわけで、絶対王政時代のフランスの豊かな文化と、現代において多くのオペラ歌手を輩出しているロシア・CIS 地域の豊穣さがミックスした、得難いオペラ体験となったのである。

by yokohama7474 | 2017-02-25 23:44 | 音楽 (Live) | Comments(0)