アントニ・ヴィト指揮 新日本フィル (ピアノ : クシシュトフ・ヤブウォンスキ) 2017年 2月25日 すみだトリフォニーホール

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昨年の 10月 30日の記事で、ポーランドの名指揮者アントニ・ヴィト指揮の読売日本交響楽団の素晴らしい演奏会について書いた。それはフランスの名匠ミシェル・プラッソンの代役としてフランス音楽を指揮したものであったが、今回新日本フィルの指揮台に立って彼が披露したのは、母国ポーランドの音楽ばかり。結論から言ってしまうと、これは実に素晴らしい演奏会であり、東京の音楽水準の高さをまざまざと見せつけるとともに、今年 73歳になるこのヴィトという指揮者が、これからいよいよさらなる高みに達して行くであろうことを予感するに充分なものであった。
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ポーランドの指揮者というと、もちろん先般 93歳で亡くなった巨匠スタニスラフ・スクロヴァチェフスキを思い浮かべるが、彼は後年の活躍の場を米国・英国・ドイツなどに求め、米国籍を取得した人。その点このヴィトは、音楽監督のポストはもっぱら母国ポーランドで持っており、その分、国際的な活躍の割には知名度が低いと言えるかもしれない。ポーランドにはほかにも (作曲家として高名なクシシュトフ・ペンデレツキに加え)、カジミエシュ・コルト (1930年生まれ)、イェジー・マクシミウク (1936年生まれ)、ヤーツェク・カスプシク (1952年生まれ) などが現在でも存命または依然活躍中で、私もそれぞれに思い入れがある。あ、若手では将来有望なクシシュトフ・ウルバンスキ (1982年生まれ) もいる (彼は来月、旧北ドイツ放送楽団、現 NDR エルプ・フィルを率いて来日するが、私は残念ながら出張のため、聴くことはできない)。

さて今回新日本フィルに初登場したヴィトが指揮したポーランド・プログラムとはいかなるものであったのか。
 スタニスラフ・モニューシュコ (1819 - 1872) : 歌劇「パリア」序曲
 ショパン (1810 - 1849) : ピアノ協奏曲第 1番ホ短調作品 11 (ピアノ : クシシュトフ・ヤブウォンスキ)
 カロル・シマノフスキ (1882 - 1937) : 交響曲第 2番変ロ長調作品 19

なるほど、ショパンの協奏曲以外は、あまり演奏されない曲である。だがこの 2曲を堂々たる暗譜で指揮したヴィトの演奏によって、これらの曲の魅力は大全開であった。

最初の曲の作曲者、モニューシュコは、ポーランドの国民楽派を起こした存在で、母国ではショパンと並び称されているとのこと。今回舞台に現れたヴィトが、聴衆の拍手が鳴りやまないうちに振り返りざま指揮棒を振り下ろし、見事な音響が勢いよく流れ出したのを目撃して、以前 FM で耳にした、カルロス・クライバーがウィーン・フィルを指揮した「英雄の生涯」を思い出したものだ。とにかく音の広がりが素晴らしく、新日本フィルも技術的に完璧な演奏を繰り広げたのである。私も初めて聴く曲であったが、大変にドラマティックな曲で、聴きごたえ充分。ヴィトはワルシャワ・フィルとともにこの作曲家のバレエ音楽集と序曲集をナクソス・レーベルに録音している。この機会に聴いてみようと思う。これがモニューシュコの肖像。
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次にショパンのコンチェルトを弾いたのは、これもやはりポーランド人のクシシュトフ・ヤブウォンスキ。1965年生まれだから私と同い年。1985年、第 11回ショパン・コンクール 3位であるが、面白いのはこの時の入賞者の顔ぶれだ。1位 スタニスラフ・ブーニン、2位 マルク・ラフォレ、4位 小山実稚恵、5位 ジャン・マルク・ルイサダ。今日でも活躍している人たちが多いのである。
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彼が弾いたショパンの協奏曲は何が素晴らしかったかというと、この作曲者若書きのロマン溢れる名作を、いささかの感傷性もなく、完璧なタッチで弾き切ったことである。この曲の冒頭はオーケストラによる序奏が長くて、ピアニストが集中力を維持するのは大変であると思うが、いざピアノが登場となると、叩きつけるように激しく音楽を奏でるピアニストが多い。だが今回のヤブウォンスキは、むしろ切ないようなきれいな音で始めたのである。そして千変万化のその音色は、曲本来の持ち味を充分に出し切っていたと思う。静謐な第 2楽章も、やはりロマン的な情緒を抑えつつ、非常にピュアな音に終始した。それでいて、最初の長い節回しが終わって次に進む箇所では、音の質量が明らかに増していて、その巧みな音響設計に魅了された。第 3楽章では笑みを浮かべ、走りすぎることなく一定のテンポを守りつつ、自由な音を奏でていた。アンコールももちろんショパンで、ワルツ第 2番とノクターン第 20番。後者はあの名作映画「戦場のピアニスト」で使われていた曲だ。ここでもヤブウォンスキのピアノは淡々としながら情感あふれる、瞠目すべきものであった。私は何度かワルシャワを訪れたことがあるが、彼の心臓が埋め込まれている教会で、その激しくも短い人生に思いを致したものであった。その真実の姿は、力任せでもなく耽溺することもない演奏により、ここ東京で明らかにされたと考えたい。これはドラクロワ描くところの 28歳のショパン。
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そしてメインのシマノフスキ 2番。この作曲者の作品としてなじみがあるのは、2曲のヴァイオリン協奏曲や、ヴァイオリンとピアノのための「神話」である。交響曲もそれなりに聴いたことはあるが、この 2番を生演奏で聴くのは初めてだ。この曲は、ハンガリーの名指揮者アンタル・ドラティが晩年にデトロイト交響楽団と行った一連の優れた録音のひとつ (第 3番「夜の歌」とのカップリング) であるので、今回久しぶりにその CD を引っ張り出して予習して行った。2楽章からなる 35分くらいの曲で、今回のプログラムでは「ワーグナーを思わせる」とあるが、私の印象ではむしろロシアのスクリャービンに似ていると思う。このスクリャービンはシマノフスキの 10歳上、1872年生まれ。後年神秘主義にはまって行くが、初期のピアノ曲など聴いていると、まるでショパンのようである。ショパンの音楽から影響を受けたスクリャービンが、ポーランドの作曲家としてその後輩にあたるシマノフスキに影響を与えたとすると、大変面白いことである。ともあれ今回のヴィトと新日本フィルの演奏は、やはり技術的な課題はすべてクリアした名演であり、ウネウネと続く曲想を抉り出すように暗譜で指揮したヴィトは、まるで手の先から光線が出ているようにすら思われた。こんな演奏はそう滅多に聴けるものではないだろう。ダンディな作曲者シマノフスキも、自分の音楽が極東の地でこれだけクリアな音で鳴っているのを聴くと、満足するのではないか。
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そんなわけで、これから指揮者として真の円熟を迎えるであろうアントニ・ヴィトの音楽を、また早く東京で聴きたいものである。今日の東京は、このように地平線から雲がモクモク沸いてくるような不思議な天気であったが、ポーランド音楽の神髄を聴いた後では、こんな風景に神秘性を感じるのを抑えることはできなかった。まぁでも、電線が汚いなぁ (笑)。
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by yokohama7474 | 2017-02-26 01:21 | 音楽 (Live) | Comments(0)
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