ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち (ティム・バートン監督 / 原題 : Miss Peregrine's Home for Peculiar Children)

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今日のハリウッドでは CG を総動員したり大規模なセットが作られたり、世界各地でのロケがあったりと、巨額の資金を投入して複雑に映画が作られるのが通例になっており、加えてもともと各自の責任分野を明確にするのが米国式であるので、一本の映画を制作するにあたっても、全体の責任者としての監督の意向が、果たしてどの程度作品に明確に反映されることになるのか分からない。そんな中、明確な監督の個性を刻印した作品群を送り出し続けて成功しているのがティム・バートンである。もともと、自分はどうやらほかの人たちとは違うらしいという内向的な思いを創作の原点としている人であるから、華やかなハリウッドの世界で生きて行くこと自体にもいろいろ苦労もあるであろうに (よって、居住地はロンドンらしい)、2 - 3年に一本のペースでコンスタントに監督作品を世に問うていること自体が驚異的である。
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その一貫したユニークな趣味性のみならず、やはりストーリーテリングの手腕が優れていることが彼の成功の第一の理由であろう。それは、彼の旧作の続編であり、一見するといかにもティム・バートン風であったが別人が監督した「アリス・イン・ワンダーランド / 時間の旅」の出来の悪さを見てもよく分かる (昨年 7月30日の記事ご参照)。今回のこの作品は、監督作としては「ビッグ・アイズ」以来。冒頭に掲げたポスターにある通り、「ティム・バートン史上、最も奇妙」とあって、期待が募る。

予告編でもストーリーの流れはよく分かったが、これは少年が人里離れた屋敷に住むミス・ペレグリンという女性のもとに集う奇妙なこどもたちと触れ合う物語である。だが、そこで伏せられていたのは、ただ触れ合うだけなのか、それとも恋に落ちたり何かと戦ったりするのかということで、答えは両方ともイエス。正直なところ、ティム・バートン好みの「人と違う」こどもたちを使って彼が本当にやりたいことをここで出来たのか否か判然としないところはあり、若干、最近はやりの魔術性とか時間をコントロールする能力とかいう点を取り入れて、大衆性を狙っているのかとも思いたくなるのであるが、それでもほかの映画に時に感じる苛立ちをこの映画に覚えないのは、やはり監督の手腕か、それとも贔屓の引き倒しという奴だろうか。最高の出来で誰にでもお薦めしたいとは言わないが、罪のない映画として、ファンタジー好きなら見て損はないと思う。これがミス・ペレグリンのところに集った奇妙な (Peculiar) 能力を持つ子供たち。
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この中には、のべつまくなしにその能力を見せている人もいれば、最後の最後まで何の能力を持っているのか分からない人たち (おっとこれだけでネタバレに近い。失礼) もいて、それぞれの役柄はよく考えられている。そして、特殊能力発揮の場面は、昨今ありがちな超リアルな特殊映像というよりも、何か昔ながらの手作り感があって、それがこの映画を見て安心していられる理由なのかもしれない。例えば透明人間の活躍など、いかにも「透明人間がやっています」というぎこちなさをわざと出しているように見える。また、クライマックスで骸骨たちが戦うシーンは、もちろんレイ・ハリーハウゼンのクレイメーションによる「アルゴ探検隊の大冒険」へのオマージュであろう。これがその映画のシーン。いいですねぇ、骸骨軍団。
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それから、主人公は祖父の殺害をきっかけにタイムスリップして 1943年のこの屋敷に入って行くのであるが、その彼がなぜこのような特殊能力者たちの仲間になれるのかという点も徐々に明らかにされ、なるほどそれは大した能力ではないようで、実は大変重要な能力なのだと理解することになる。ほら、よくいるではないですか。集団の中で何の役にも立っていないように見える人が、実は集団にとって死活的に重要な存在だということが (笑)。そのような子供たちを演じるのはもちろん若い俳優たちだが、興味深く見たのは、蜂を体内に飼っている少年ヒューを演じるマイロ・パーカー。私は昨年 3月31日の「Mr. ホームズ 名探偵最後の事件」の記事でその名演技を絶賛して、その際に「次回作はなんとティム・バートンの新作であるそうな」と書いたが、それがこの映画である。ただ、これは偶然なのかどうなのか、前作でも彼は養蜂家の息子を演じていた。ハチと何か縁があるのだろうか (笑)。
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このような特殊能力の持ち主の集合は、よくある設定で、「ファンタスティック・フォー」とか「X-Men」もそうだし、日本でも昔の「サイボーグ 009」という例がある。つまりそのような能力を持つ人たちは、敵と戦う場合にその能力を最もよく発揮できるわけで、ここでも手ごわい敵が現れる。予告編には出てこなかったが、海外版のポスターにはちゃんと姿が出ている。
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そう、サミュエル・L・ジャクソンだ。このような怪役を演じさせたら、右に出る者がない (笑)。今回も本当に楽しそうに演じている。それから、主役のエヴァ・グリーン、祖父役のテレンス・スタンプ (1965年の伝説の映画「コレクター」の主役として未だに知られる) など、充実したキャストである。あ、そうそう、充実したキャストと言えば、これはびっくりの英国の大女優ジュディ・デンチが出演している。オープニングタイトルで彼女の名を見て、いつ出てくるのかと楽しみにしていると、後半に確かに出て来る。だが、出て来てすぐに、なんともあっけなくいなくなってしまう (笑)。このあたりのもったいない役者の使い方も、ティム・バートン一流のシニカルな面なのであろう。

それにしても、魔術とタイムスリップ (ここではループと言って、ある特定の一日が繰り返される設定) は、最近の映画には多い。その一方、リアリティ溢れる現代の戦争もののドキュメンタリー風の映画もあって、両極端を構成している。ファンタジーの世界に遊ぶことは平和である証拠だから、前者にはそれなりの意義はあり、その一方で、現実から目を背けないためにも、後者も必要だ。いずれにせよ、あまりに絵空事やあまりに深刻なことは人々の共感を得られないであろうから、現実とファンタジーを結びつける感性が必要であろうと思います。ティム・バートンは意外にしたたかで、そのあたりの現実性も持ち合わせた人なのだろうと思う。これからも期待しております。

尚、私はまた今日から出張に出てしまうので、一週間ほどブログの更新はお休みします。

by yokohama7474 | 2017-03-05 11:39 | 映画 | Comments(0)
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