小泉和裕指揮 名古屋フィル 2017年 3月20日 東京オペラシティコンサートホール

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名古屋フィル (通称「名フィル」) は日本の地方オケの雄のひとつ。通常は頻繁に東京公演を行っているわけではないが、今回は上記のチラシにある通り、昨年の創立 50周年を記念しての演奏会で、指揮を取るのは昨年 4月からこのオケの音楽監督を務める小泉和裕。会場にはそれを示す展示物の数々があり、楽団の歴史を刻む様々な演奏会の写真も展示されている。
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尚、名フィルの 1年前、1965年に創立された東京都交響楽団はこのコンサートの前日、音楽監督大野和士の指揮で名古屋公演を行っており、チケットの販売など、両楽団の間で協力が行われたようである。これはなかなか意味深い試みではないだろうか。会場にはその大野からの花環も展示されている。
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その名フィルが東京公演に選んだ曲目は、ブルックナーの大曲、交響曲第 8番ハ短調。今年は年初からブルックナーの演奏会が多く、1月にもこの小泉が件の東京都交響楽団を指揮しての 5番を採り上げた。だが今回はブルックナーが完成させた最後の交響曲であり、壮大で深遠な傑作、第 8番。指揮者もオケも、実に身の引き締まる思いで演奏に臨んだことであろう。ちなみに、最初の発表では (上のチラシの通り) 使用楽譜はノヴァーク版とのことであったが、指揮者の意向により、事前にハース版へと変更が発表された。ブルックナーの楽譜の版の問題は非常に複雑で、私自身も正直よく把握していないが、第 8番の場合、ノヴァーク版がブルックナー自身がこの曲を改訂した際の意図に最も近いとされるが、その改訂自体が他人の意見をもとにしているという説があるので、ややこしい。もちろん、その改訂以前の第 1稿や、第 2稿であっても今日ではまず演奏されない「改竄版」というひどい名前の版もある。だが、いわゆる第 2稿のハース版とノヴァーク版の違いはほとんどが細部に存在しているので、耳で聴いてはっきり何が違うということもあまりない。だから、どの版がどうのこうのという議論は、学者と一部マニアにお任せしよう。ただ、指揮者による版の選択は避けて通れないことであり、小泉の師であるカラヤンもこの曲の演奏にはハース版をいつも使用していたようだ。70歳に近づきつつある小泉が、現在の手兵とともにどれだけ感動的な音楽を奏でるかが楽しみであった。
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全体を通した印象では、推進力と音の美しさに満ちた熱演であったと思う。いつものように暗譜で指揮をする小泉の腕の動きは明確で、曖昧さは皆無。その一方で、纏綿と情緒たっぷりに歌うというよりは、強靭な歌がずっと続いているという印象であった。冒頭の低音の響きはあまり重すぎず、テーマが空間を切り裂くように出てくる場面の方により力点が置かれていたようだ。その音色の指向は全曲で見られ、重く暗いブルックナーではなく、高音域がドラマを導き出すブルックナーであったと思う。名フィルも技術的に安定した演奏であり、東京での見せ場を充分に作ったと言ってよいであろう。

最近の小泉は国内での活動に特化しているように思われるが、日本のオケの水準がこのように上がってくると、それはそれで意味のあることであろう。できればほかの国内オケとの組み合わせでも聴いてみたいものである。

by yokohama7474 | 2017-03-20 23:05 | 音楽 (Live) | Comments(0)
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