パッセンジャー (モルテン・ティルドゥム監督 / 原題 : Passengers)

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この広大な宇宙の中に、たった一人。あるいは二人。果たしてそんな事態に、人間は耐えられるだろうか。最近では、「ゼロ・グラビティ」や「オデッセイ」という映画でそのようなテーマが扱われていた。そしてここにもう一本、なかなかよくできた映画が加わった。題名は「パッセンジャー」で、上記のポスターの題名の英語表記にも "Passenger" とあるが、実際の原題は "Passengers"、つまり単数形ではなく複数形である。冒頭の問いの中で、「たった一人。あるいは二人」と書いたが、実際のところ、一人と二人では大変な違いである。いやそれはもう、決定的な違いなのである (笑)。会話する相手がいるか否か。協力する相手がいるか否か。それによって、生きようとする意志も全く変わってくるだろう。

この映画の予告編は何度も見たが、要するに地球の人口増加や環境破壊によって、別の星に移住する手段を考えた人類が、巨大な宇宙船でその星に向かうのだが、カプセルの中で冬眠していた主人公たちが、どういうわけか予定よりも早く目覚めてしまう、というストーリーだ。目的地到着まで 90年。ということは、ここで危機に見舞われる男女二人は、何もしなければ船内でそのまま死を迎えることになる。この設定は実に残酷で逃げ場のないものであるが、その設定自体はそれほど奇抜ではなく、映画にする場合には、どのように決着をつけるかという点こそが見もの、ということになるだろう。脚本はオリジナル。ハリウッドでは、未制作の優秀脚本のリストを「ブラック・リスト」と呼んでいるらしいが、この作品はそこに載っていたものらしい。脚本を手掛けたジョン・スペイツは、ほかには「プロメテウス」や、「ドクター・ストレンジ」も手掛けているとのこと。なるほど、この作品に出てくる医療用のポッドは「プロメテウス」と共通するし、宇宙的なスケールは「ドクター・ストレンジ」と共通するが、後者については、私はこのブログで散々厳しいことを書いてしまった手前、この「パッセンジャー」での脚本の出来には、ちょっと慎重に接する必要ができてしまうのである (笑)。加えて、実は「プロメテウス」もそれほどよい出来の映画とは思っていないゆえに、なおさらだ。さて、この二人の運命やいかに。
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さて、これが件の宇宙船、アヴァロン号。自身が回転しながら、障害物に対するバリアを作ったり、あるいは光線でそれを壊したりする機能を備え、目的地まで 120年の道のりを進んで行く。なかなかに奇抜なデザインだ。
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私はこの宇宙船の設定のあれこれを、大変に気に入った。もちろん船内では重力が作り出されていて、人が自由に歩けるのみならず、豪華客船さながら、大広間や落ち着いたバーやプールや、各種エンターテインメント設備も備わっている。もちろん CG は駆使されているであろうが、プログラムによると、グランド・コンコースと呼ばれる、人々が集うためにある場所は、巨大なセットが作られたという。
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先端的なデザインに見える一方、床が緩やかな円弧を描く船内の通路の様子などは、「2001年宇宙の旅」を思わせるような、いわば古典的な様相もあって、映画史的な記憶を呼び覚ます。
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このようなアールデコ調の装飾を持つバーにいるバーテンダーは、この程度はネタバレにならないと思うので言ってしまうと、アーサーという名前のアンドロイドなのである。演じるのは英国の名優、マイケン・シーン。宇宙船で過ごす人間に対して、非常に洒落たセンスで反応するようにプログラミングされているようだが、その気の利いたところが裏目に出ることになってしまう。ところで、後で気付いたのだが、この宇宙船の名前、アヴァロンとは、伝説のアーサー王の墓がある場所。そのことと、このアンドロイド、アーサーの名前とは関係があるのだろうか。
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この映画の出演者は、このアーサー役を除くと、船内で目覚める主人公の男女と、それからもう一人の、計 3名のみだ。その意味では、これは巨大な規模の室内劇である。最初に目覚めるジムは技術者、次に目覚めるオーロラ (もちろん、「眠りの森の美女」の主人公から来ているのだろう) は、ニューヨークの著名な作家の娘で、自分も作家・ジャーナリスト。従ってこの 2人は、いわば違う階級に住む人たち。それゆえこの映画を、「宇宙版『タイタニック』」と呼ぶ声もあるようだ。うーん、私は「タイタニック」は、もちろん嫌いという気はないが、歴史的な悲劇を個人の観点で描いたという点に、美点も欠点もある映画だと思っている。その点この映画は、飽くまでフィクションゆえ、個人間の関係に立脚することに焦点が合ってもよいと思う。設定は壮大ではあるが。

ジムを演じるクリス・プラットはなかなかよい。最初に一人で悪戦苦闘する場面で、T-シャツは汚れ、髭は伸び放題、体もだらしなく膨張するところをリアルに演じている。実在感のある演技のできる俳優であろう。彼は「ジュラシック・ワールド」で主役を務めたほか、近く続編が公開される「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」でも主役、「マグニフィセント・セブン」にも出ていた。
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一方のオーロラを演じるジェニファー・ローレンスは、なんといっても「ハンガー・ゲーム」シリーズのヒロイン役で知られ、また、「X-メン」シリーズにも (青塗りで分かりにくいが 笑) 出演している。そして、私にとってはレーダー外の映画だが、2012年の「世界にひとつのプレイブック」で、弱冠 22歳でアカデミー主演女優賞を獲得している。正直、それほど美形にも見えないこともあるが、なんとも表情豊かな女優である。この映画では、宇宙船の中という極限的に限られた世界の中で、実に多彩な衣装で演じるという逆説的方法により、人間はどんな環境でも、生きて呼吸して生活して、感情もあるのだということを強く表現している。
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このように見てくると、主役の 2人はこの映画の設定にピッタリの役者さんたちではないだろうか。そして第 3の男、ガスを演じるのは、ローレンス・フィッシュバーン。なんと言っても「マトリックス」シリーズで知られているであろうが、私にとっては、未だ若い頃の「地獄の黙示録」での狂気の演技が忘れがたい。ハリウッドにとって、なくてはならない名バイプレーヤーだと思う。
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さて、この映画にはほかにも地球で撮られた映像などが登場するが、本当に上記以外に人間が出てくるシーンはほとんどない。ところが、エンドタイトルを注意深く見ていると、上記 4名以外にもう一人、名前の出てくる俳優がいる。それはこの人。
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あのアンディ・ガルシアだ。ここではあえて若い頃の写真を掲載したが、「ゴッドファーザー パート III」の頃の勢いに比べて、残念ながら最近は少し影が薄いような気もするし、リメイク版の「ゴーストバスターズ」でのニューヨーク市長役も、こう言ってはなんだが、大したことのない役だった。そしてこの映画では、本当に一瞬だけしか出ていないので、人によっては見逃す可能性大である。彼の出演シーンを見たときに私は、この人と混同してしまった。そう、スペインの偉大なるヴィオラ・ダ・ガンバ奏者、ジョルディ・サヴァールである。ここで笑ってもらえる人が何人いるか分からないが・・・。
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監督のモルテン・ティルドゥムは、1967年ノルウェー生まれ。長編監督デビューは 2003年であるが、それ以降自国内での映画制作を行ってきて、初の英語作品は、2014年の「イミテーション・ゲーム / エニグマと天才科学者の秘密」である。なるほど、あのベネディクト・カンバーバッチ主演のあの映画か。飛行機で見たため、このブログで記事として採り上げてはいないが、なかなか面白かった。このような才能をしっかり見出すのが、ハリウッドの懐の深さであると実感する。
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さあ、この映画の結末をどのように評価しようか。なるほどそう来たかという感じはあって、好感を持つことはできる。人間の、またそれ以外の生物の命の尊さについて、何か感動的なものを感じることもできる。その一方で、設定の壮大さに比して、ちょっと控えめなようにも感じる。上述の通り、歴史的にも日常的にもリアリティのない設定における話の展開なので、個人の物語の結末をそこに見るべきであろうが、ブラックさがない分、ゾッとする切実さもない点が、評価の分かれ目になるだろう。とはいえ、いろんなシーンを思い出すと、様々に想像が膨らむ映画であり、その点ゆえに、私はこれを、なかなかよくできた映画であると評価したい。

by yokohama7474 | 2017-04-01 23:17 | 映画 | Comments(0)
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