ティツィアーノとヴェネツィア派展 東京都美術館

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このブログで展覧会を採り上げるときには、なるべく開催期間中にとはいつも思っているのであるが、どうしてもそれを果たせないことがある。今回もしかりで、こともあろうに、今これを書いているのは、この展覧会の最終日の、しかも閉館後何時間も経った時間帯。加えてこの展覧会、東京での開催だけで、地方巡回はない。ということは、私がこの記事を書いてこれは素晴らしいと主張しても、誰もこの展覧会を今後見ることはできないわけで、なんともひどい話になってしまうのである。これはこのブログで何度も繰り返してきた悲劇 (?) なのであるが、せめて私はここで、東京で開かれたこの展覧会の意義と限界を、後世に語り伝えるつもりでこれからの記事をまとめることとしよう。

題名で明らかな通り、これはティツィアーノをはじめとするヴェネツィア・ルネサンスに関する展覧会。昨年 11月 3日の記事でも、国立新美術館で開かれた「ヴェネツィア・ルネサンスの巨匠たち」という展覧会をご紹介したが、それを補完するような位置づけと思うと興味深い。日本においてはルネサンスはそのままフィレンツェの絵画運動かのように思われているかもしれないが、もちろん、当時のイタリアは数々の都市国家からなっており、東方貿易で富を築いたヴェネツィアは、その富にふさわしいだけの文化をその地で築いたのである。当然にして絵画の分野でも天才が現れた。私は 20年ほど前にこの街を一度訪れたきりで、長らくご無沙汰してしまっているが、中学生のときから、聖マルコ寺院を見るまで死なないぞと誓っていたほどの憧れの地であり、幸いなことにその人生の目標が 30代で達成できた時には、痛く感動したものである (笑)。その際、現地を訪れる前にヴェネツィア派についても一通りの勉強をして行ったものであるが、それが今でも私のヴェネツィア・ルネサンスの知識のもとになっている。それによると、代表的な画家はもちろんティツィアーノと、それに続くティントレット、そしてヴェロネーゼであるが、それに先立って、ヤコポやジョヴァンニらのベッリーニ家、そしてあの神秘的な「テンペスタ」を描いたジョルジョーネがいたことが重要なのである。その観点からこの展覧会を見てみると、もちろんポスターになっている「フローラ」等のティツィアーノの優品はいくつかあるものの、それ以外に瞠目すべき作品というものは、実はそれほど多くない。とはいえ、当然のことながら、16世紀のイタリア絵画をそう沢山一度に日本に集めることを期待するのは、そもそも筋違いというもの。それゆえ、フィレンツェとは一味も二味も異なるヴェネツィアならではの絵画の在り方を、限られた材料から考える機会としては貴重なものになったということで、納得すべきなのであろう。

会場はかなりの混雑かと思って出向いたところ、予想外のガラガラぶりで、そのあたりにも、ヴェネツィア派の日本での人気が決して高くないことが伺えた。音楽好きの私としては、ヴェネツィアと言えば、ワーグナーが亡くなった場所であり、またストラヴィンスキーが埋葬されている場所であることから、死のイメージが強い。もちろん、シェークスピアの「ヴェニスの商人」の街であり、トーマス・マン / ルキノ・ヴィスコンティ / ベンジャミン・ブリテンの「ヴェニスに死す」の街であり、また、ヴェルディのオペラでも (特に調べることなく思いつくまま列挙するだけでも)、「2人のフォスカリ」と「オテロ」の舞台になっている街。つまりは、とても明るく楽しい街ではなく、退廃と策略と陰謀の街であるということだ。そこには統領 (ドーチェ) がおり、その人はまず、怜悧で狡猾な奴と相場が決まっているのだ (笑)。試しに、この展覧会に出展されていラッザロ・バスティアーニ (1449 から記録 - 1512) の「統領フランチェスコ・フォスカリの肖像」(1460年頃) を見てみよう。
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フィレンツェでもルネサンス時代には人物を真横から描いた作品が多く存在するが、このような冷たい老年の男性を描いたものが、どのくらいあるだろうか。しかもこの人物、まさにヴェルディの「2人のフォスカリ」の主人公で、あり、そのヴェルディのオペラの原作を書いたのは、あのバイロンだ。そのような芸術家たちをひきつけるような、何か力強く耽美的な要素を、この統領の生涯が持っていたということであろうか。この衣服の描き方も素晴らしく、まさにヴェネツィアで生まれた芸術の一典型ということになるのではないか。次に、バルトロメオ・ヴィヴァリーニ (1430 頃 - 1491 以降) の「聖母子」(1465年頃) を見てみよう。
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とてもルネサンス時代の絵画とは思えない、古風なイコン風の作品。ヴェネツィアが東方との貿易で栄えた街であることまでを思わせる、独特な静謐さをたたえた作品である。だが反面、フィレンツェで花開いた人間賛歌的な側面は、ここではあまり感じられない。そしていよいよ、ヴェネツィア派を築いたベッリーニ兄弟の一人、ジョヴァンニ・ベッリーニ (1435頃 - 1516) の「聖母子」(1470年頃) が登場する。もとの所有者の名に因んで、フリッツォーニの聖母と呼ばれているらしい。人物は彫塑的で、その動きはここでも制限的で生硬であるが、その澄んだ青空が美しく、シュールですらある。
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だがその後しばらくは、会場に並んでいる作品群は私の心をあまりとらえない。技術的にそれほど見るものがあるとは思えない。だが、この作品の前で、はたと足を止めることになった。
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これこそ、あの大画家ティツィアーノ・ヴェッチェリオ (1488/90 - 1576) の若い頃の作品、「復活のキリスト」(1510 - 12 年頃) なのである。なるほど、20代前半ということになるが、この展覧会でほかに並んでいる画家たちの作品に比べて、キリストの身体に宿る存在感は紛れもなく非凡なものだ。顔が小さく描かれているのは、下から見上げられることを想定してのものであろうか。ここでも空の青さが、何やら現実を超えた世界に見る者を運んで行くような気がする。そしてしばらく進むと、この展覧会の目玉、やはりティツィアーノの「フローラ」(1515年頃) に辿り着く。
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NHK の日曜美術館でも特集を組んでいたが、この作品はフィレンツェのウフィツィ美術館の所蔵で、長らく美の規範のひとつとみなされてきた。確かにその肌の色の生々しさや、金髪の流れるさま、また白とピンクの衣服の陰影など、見れば見るほど美しい。フローラは花の女神であり、その右手につかんだ花からは、芳香が漂ってくるようですらある。このティントレットの若い頃の 2作には、天才ならではの輝きが見られ、彼がその後の長い画家人生で追求して行く美学の萌芽が見られるとともに、若い頃ならではのまっすぐな感性も感じることができて興味深い。この作品を見るだけでも、この展覧会の意義は大きかったと言えるだろう。しかも、繰り返しになるが、会場はガラガラで、東京の美術ファンたちは、大変もったいないことをしたようにも思う。

次に私の目に留まったのは、ベルナルディーノ・リチーニオ (1485/89 頃 - 1550 頃) の「騎士の肖像」(1520 - 23年作)。
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まるで近世イタリアを舞台にした映画に出てくるような、若々しくありながら、髭によって威厳も備えている、しかしまたどこか寂し気な、なんとも複雑な要素を持つ騎士の姿ではないか。作者は肖像画を中心に手掛けた画家であるらしい。ヴェネツィアでは統領の肖像は数多くあり、あとで見る通り、中心画家ティツィアーノの活躍の場のひとつもそこにあったが、統領以外にも描かれた人たちがいて、ティツィアーノ以外にも高い技術を持った画家がいたことを認識するのである。だがこの影のある表情にまた、ヴェネツィアならではの憂鬱さを感じてもよいように思う。

そしてまた、あまり記憶に残らないいくつかの作品の前を通り過ぎると、そこにはティツィアーノのもうひとつの傑作、ナポリのカポディモンテ美術館の所蔵になる「ダナエ」(1544 - 46年頃) がある。上記の「フローラ」から実に 30年ほどを経た時代の作品である。
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金の雨に姿を変えたゼウスが、ダナエとの交合を果たすというエロティックな場面であるが、金の雲から降り注いでいるのは、雨ではなく、なんと金貨なのである!! それゆえこのダナエは高級娼婦を表すという説もあるらしい。この頃のティツィアーノは既に当代一流の画家として押しも押されぬ地位を築いており、代表作「ウルビーノのヴィーナス」も描いている。当時はヌードを描く口実としてギリシャ神話が題材にされたとはよく耳にする話であるが、ローマ教皇庁でもそのような嗜好を持つ人々は多くいたのであろう。既にドイツでは宗教改革は始まっていたが、教皇庁のお膝元であるイタリアでは、未だこのようなエロティックな作品が描かれていたことは興味深い (いや、以前見たように、宗教改革のドイツでも、クラナッハの裸体画がひそかな人気であったことを思い出すと、これは国を超えた人間の共通性であるのか 笑)。ある意味では、成熟した時代のあだ花であり、自らの画家としての技術をひたすら磨いて行ったティツィアーノにとっては、ただ美麗ではない、世俗性を持った美を描くことに、保身上も芸術上も、意義を見出していたということであろうか。

ギリシャ神話に題材を採ったヌードをもうひとつ。ティツィアーノに続く世代のやはり天才画家、ヤコポ・ティントレット (1519 - 1594) である。「レダと白鳥」(1551 - 53年)。未だに若い頃の作品であるだけに、後年のうねり上がるような迫力はないが、ヴェネツィアという怪しい土地柄の個性は、既に充分に表れていると思う。
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上述の通りティツィアーノはまた、多くの肖像画を残したが、この「教皇パウルス 3世の肖像」(1543年) は、紛れもない傑作だと思う。この肖像画は、神聖ローマ皇帝カール 5世 (言わずとしれた、ハプスブルク家絶頂期の皇帝) との面会に先立って描かれたという。絵の中の含意について諸説あるようだが、興味深いのは、このようなヨーロッパにおける教会と世俗のトップが面会する場面に、この画家が関わっているということだ。ここに見るティツィアーノの人間観察眼には恐ろしいものすらあるように思う。
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これはやはりティツィアーノの「マグダラのマリア」(1567年)。70代後半、既に晩年に差し掛かった時期の作である。工房で作成したのかもしれないが、年齢を感じさせない肉体の生々しさと、背景の空の青さはどうだろう。
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そしてこれは、ティントレットの「ディアナとエンディミオン (またはウェヌスとアドニス)」(1543 - 44年)。この制作年代が正しければ、上記の「レダと白鳥」よりもさらに若い頃の作品である。ただ実は、そうではなくて晩年の作とする説もあるようだ。そもそも、題材も定かではないとは、未だ研究が充分進んでいないということだろうか。ともあれ、その謎めいた毒々しさは、紛れもないティントレットの個性であると言ってもよいと思う。
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本展では、工房作を含むパオロ・ヴェロネーゼ (1528 - 1588) の作品が何点か展示されているが、これは本人作とされる「聖家族と聖バルバラ、幼い洗礼者ヨハネ」(1565年頃)。これはまた、いかにもヴェロゼーネらしい、穏やかで、微光を放つような気品をたたえた素晴らしい作品ではないか。
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その他、版画も展示されていて、全出展作品は約 70点。ここでご紹介したのはその中でも優品ばかりであり、とても優品と言えない作品も正直多かったが、それでもヴェネツィア・ルネサンス独特の個性が随所に感じられる、充実した展覧会であった。かくして私のヴェネツィア再訪への思いは、日に日に強くなるのであった。フェニーチェ劇場でオペラ鑑賞したこともないし・・・。
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by yokohama7474 | 2017-04-02 23:39 | 美術・旅行 | Comments(0)