ボンクリ・フェス 2017 (アーティスティック・ディレクター : 藤倉大) 2017年 5月 4日 東京芸術劇場

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前項のラ・フォル・ジュルネの演奏会を聴き終わり、屋台の焼きそばをかきこんで、急いで向かった先は池袋。東京芸術劇場で 17:30 開演のコンサートを聴くためである。その名は、「ボンクリ」。なに? 聞きなれない言葉だし、桃栗三年柿八年のような語呂だが、一体どういう意味なのか。実は、「ボーン・クリエイティヴ」の省略形。つまり、「人間は皆、生まれつきクリエイティヴだ」ということを意味しているそうな。では一体どのようにしてそのクリエイティヴな人間の能力が発揮されるのであろうか。実は、私が聴いたこの現代音楽のコンサート以外にも、終日会場の東京芸術劇場ではワークショップやセミナーが開かれていて、子供から大人までが事前申し込みによって参加できたという。演奏家も多く集い、新しい音を求めて終日ワイガヤをしたり真面目に演奏したりするらしい。今年から新たな企画として始まったとのことだが、このイヴェント全体のアーティスティック・ディレクターを務めるのは、作曲家の藤倉大。1977年生まれだから今年 40歳。このブログでも何度か言及してきている。これは以前テレビでも特集を見たことがあるが、現代音楽の大御所であり、藤倉の師匠でもあったピエール・ブーレーズとの貴重なツー・ショット。
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彼はロンドン在住で、その活躍はまさに世界的なのであるが、このような意欲的な企画を日本で実行してくれるとは嬉しい限りである。以下にご紹介する通り、これは東京の文化シーンにおいて見逃せない試みであり、このような試みの繰り返しから、日本の音楽界は進化して行くに違いないと思うのである。私の場合は、あるコンサートでもらったチラシの束の中に、上に写真を掲げたこのコンサートのチラシが目に留まり、「これはなんだろう?」と思って内容を確認した結果、これは是非聴きたいと思ったのである。というのも、作曲家として、藤倉以外に坂本龍一や武満徹、大友良英 (NHK 朝ドラ「あまちゃん」のテーマで知られる) の名前まであるではないか!! 演奏者には現代音楽を専門に手掛けるアンサンブル・ノマド (指揮 : 佐藤紀雄)、ソプラノの小林沙羅、そして、雅楽の伶楽舎と、意外な顔合わせである。チケットは 3,000円とお手頃だし、是非覗いてみたいと思ったもの。ここで曲目を書いておこう。まさに今躍動している音楽を中心に聴くことで、音楽には一体どんなことができるのかを考える面白い機会である。
 デヴィッド・シルヴィアン : Five Lines / The Last Day of December (ライヴ版世界初演)
 坂本龍一 : tri (ライヴ版世界初演)
 武満徹 : 雅楽「秋庭歌一具」から第 4曲「秋庭歌」
 同上 ライヴ・リミックス
 ブルーノ・マデルナ : 衛星のためのセレナータ
 大友良英 : 新作 (終演後「みらい」と曲名発表) (世界初演)
 坂本龍一 (藤倉大編) : thatness and thereness
 藤倉大 : フルート協奏曲 (アンサンブル版日本初演)

ざっと順番に見て行くと、まず最初の曲を作ったデヴィッド・シルヴィアンであるが、私はその名を知らなかったのであるが、もともと英国のニューウェーヴバンド、ジャパンの中心メンバーで、解散後も坂本龍一その他のミュージシャンとのコラボを行い、最近は前衛音楽分野でも活動しているらしい。
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彼は藤倉とは友人であるようで、この 2曲を楽譜に起こしたのは彼らしい。最近活躍著しい小林沙羅が、完全にオペラの歌唱法できれいに歌い上げたが (歌詞は英語なのであろうが、全然聞き取れなかった)、伴奏は弦楽四重奏を中心とした不思議な音楽で、心地よい浮遊感を味わうこととなった。
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2曲目の坂本の「tri」は、音程の違う 3つのトライアングルが響きあう異色の作品。前半は残響あり、最後の 1/3 くらいでは、残響をなくしてドコドコと乾いた音であった。メロディがなく、リズムだけであって、単純に響いていたように思うが、実は緻密に書かれているそうな。ここではイメージショットを (笑)。
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3曲目は、かつてこのブログでも昨年の全曲上演について記事を書いた、武満徹の雅楽「秋庭歌一具」からの 1楽章。演奏前に藤倉が、東京芸術劇場の担当者の女性と舞台に出てきて、今回のコンサートについて少し語ったが、「自分が尊敬する演奏家の人たちに出てほしいとお願いすると、ほとんどの人が OK して頂いて感激しています」とのこと。但し、舞台設営に 5分くらいかかるはずが、2 - 3 分で終わってしまったため (笑)、インタビューは尻切れトンボとなってしまったのが残念。ともあれ、雅楽演奏集団である伶楽舎のメンバー (笙の宮田まゆみを含む) が、相変わらず美しい演奏を披露した。この曲、よく聴くと本当に武満が常に目指していた移ろい行くものの儚さがよく表現されていて、心に深く残る曲である。残念ながら口ずさむことはできないが (笑)。これも雅楽のイメージで。
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この演奏中、後ろの席でヘッドフォンをつけながら何やら機械をいじっていたのは、ノルウェー人のヤン・バング。演奏終了後、怜楽舎のメンバーが引き上げると、藤倉と、それからやはりノルウェー人トランペット奏者のニルス・ペッター・モルヴェルという人が出てきた。PC が 2台開いていて、藤倉とバングがそれを操作。どうやら先刻の「秋庭歌」の演奏に加工を施したものが響き、そこにトランペットの即興が加わるというもの。音楽のデジャヴュのような不思議な効果を感じた。

休憩後最初は、20世紀半ばの前衛音楽の闘士、ブルーノ・マデルナ (1920 - 1973) の作品。アンサンブル・ノマドと、伶楽舎の人たちも一緒に演奏したが、最初はチューニングかと思ったら、それが曲の開始でした (笑)。「衛星のためのセレナータ」という題は、衛星の打ち上げの際に演奏すべく委嘱されたかららしいが、かなりの部分を即興で演奏する、まぁ今聴くと、「昔懐かしい現代音楽」のように聞こえてしまうのはやむないかもしれない。マデルナ自身には私も興味があって、以前はよく FM で彼の曲を聴いたし、指揮者としても、CD を見つけたらなるべく買うようにしている。
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次が面白くて、大友良英の「みらい」。アンサンブル・ノマドの指揮者でありギタリストでもある佐藤紀雄が、静かに抒情的なメロディをギターで弾きだすと、徐々に楽器が増えて音楽が盛り上がり、その間ギターは同じリズムを刻んでいる。そして、ターンテーブルを操作してギシギシギュルギュルという音を出す大友自身。やがて音楽はまた静まって、最初と同じギターのソロで終わる。新奇な音をいっぱい聞かせてもらったが、なかなか抒情性ある曲で、かつ前衛的。「あまちゃん」のテーマのあのノリのよさは、彼の一面に過ぎないのだと実感した次第。
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次は、坂本龍一の曲の藤倉による編曲。この thatness and thereness という曲は知らなかったが、1980年、彼の 2枚目のアルバムに入っているらしい。原曲を知らないと今一つ乗れなかったのが残念。これが若き日の坂本。わ、若い・・・。
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最後に演奏された藤倉のフルート協奏曲では、クレア・チェイスという米国の女性フルート奏者がソロを務めた。過去 10年で 100曲以上の新曲を初演しているというからすごい。今回は実に 4本のフルート (1本はピッコロ?) を持ち替えての演奏で、最大のものはなんと彼女の身長を超える大きさ。ちょうど数字の 4の、足の部分を長くしたような形態をしており、横棒のあたりにちょうど口が来て、そこから空気を吹き込みながら、左手ではガッチリ楽器を持ち、右手でガツガツと音を立てながら穴を押さえるという壮絶な演奏ぶり (笑)。曲自体も、藤倉らしい、重層的で、でもどこか抒情的な不思議な音楽。ただ、旋律を奏でずにぷっぷっと息を吹き込みながら短いタンギングで音を切る奏法が多く聴かれ、その点は若干耳についたような気がする。これは彼女のアルバム。
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現代において、新たな芸術音楽を創造するとは、どういう意味があるのか。音楽のジャンル分けは必要なのか。いわゆるクラシック音楽を聴いているだけでは、音楽の未来はないのだろうか。私自身は現代音楽にも多大な興味があり、なるべくオープンにあれこれ楽しみたいという欲張り者だが、時にそのような疑問の数々を抱くことがある。そんなときには、実際に現在創られている音楽をステージで聴くのが最も効果的。今回のような盛りだくさんな音楽に触れられる機会はそう多くないものの、関係者の方々の熱意に最大限の経緯を表するとともに、今後もこのような企画に積極的に接していく聴衆のひとりでありたいと思っている。ボンクリ、覚えておこう!!

by yokohama7474 | 2017-05-05 03:09 | 音楽 (Live) | Comments(0)
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