ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン 2017 井上道義指揮 シンフォニア・ヴァルソヴィア (和太鼓 : 林英哲) 2017年 5月 5日 東京国際フォーラム ホールA

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今回のラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン、音楽祭の期間はあと一日残っているものの、明日は別件があってでかけることのできない私が、最後に楽しんだコンサート。それがこれだ (19:00 開演、コンサート No. 215)。絶好調の井上道義が、ポーランドの室内オケであるシンフォニア・ヴァルソヴィアを振る。そして曲目は以下の通り。
 フィリップ・グラス : 2つのティンパニとオーケストラのための幻想的協奏曲
 石井眞木 : モノプリズム (日本太鼓群とオーケストラのための)

最初に言ってしまうと、非常に大きな期待を込めて出かけたこのコンサート、大変な熱演であり、本来 45分で予定されている演奏時間が 1時間を越えても、聴衆は温かい拍手を演奏者たちに送り続けていた。今回の音楽祭の中でも特筆すべき成果のひとつになったのではないか。

まず、最初のグラスの作品から始めよう。1937年生まれのグラスは、今年既に 80歳になると聞いて驚くが、日本でもそれなりに知名度のある現代音楽の作曲家ではないだろうか。いわゆるミニマル・ミュージックに属する作曲家と一般にはみなされていて、「コヤニスカッツィ」のような映画音楽や、あるいはデヴィッド・ボウイ、ブライアン・イーノと組んだヒーローズ・シンフォニーなどが知られているかもしれない。私にとっても長らく近しい作曲家であり、手持ちの CD も多いし、代表作「浜辺のアインシュタイン」の天王洲での日本初演 (1992年) には当然出かけたが、長い公演時間中、ホールに出入り自由で、なんとも楽しい思い出になっている。そんな彼の音楽は、ほとんど常に前進するリズムをまとっているので、ダンスがテーマの今年の音楽祭には最適であろう。
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ここで演奏されたのは、2000年の作で、文字通り 2つのティンパニがステージの前面に並んで、ほぼ全曲叩きまくる協奏曲。それぞれのティンパニは、7つの太鼓から成っているので、合計 14台の太鼓が鳴りまくるわけである。こんな珍しい曲、日本初演ではないのかと思いきや、2015年 (因みにコンサートのプログラムに 2014年とあるのはどうやら間違いのようだ) に、常任指揮者パスカル・ヴェロ指揮のもと、仙台フィルが日本初演している。私は聴いていないが、これがそのときのポスター。以前このブログでヴェロと仙台フィルの東京公演を絶賛したところ、ありがたいことに地元のファンの方からコメントを頂いたが、このような意欲的なプログラムを聴けるとは、仙台のファンの方々が羨ましい!!
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今回の独奏ティンパニは、ふたりのポーランド人のピョートル (ポーランド語で Piotr と綴る) で、ひとりはピョートル・コストゼワ。彼はこのシンフォニア・ヴァルソヴィアのティンパニ奏者。もうひとりはピョートル・マンスキで、彼はワルシャワ・フィルのティンパニ奏者。曲は 3楽章から成っていて、特に第 1楽章は典型的グラス風、目くるめく音楽で面白い。第 3楽章の冒頭には 2人のティンパニ奏者によるカデンツァがあって、その部分では舞台の照明が落ちて、主役二人だけが浮かび上がるという趣向。ここで井上は、暗いところでもよく見えるためだろう、赤い蝋燭のようなもので指揮を取っていた。とにかく井上の指揮はいつもの通りあちこちに指示の出る忙しいものであるが、リズム感がしっかりしているので、オケも弾きやすかったのではないか。但し、その後の舞台転換の際に出てきて井上が言うことには、両側でドコドコ容赦ない轟音が響くので、指揮台でオケの音が聞こえなくて困るとのこと。なるほどそうでしょうね (笑)。

そして井上が、後半のソリストを舞台に呼んだ。それは和太鼓の第一人者である林 英哲。
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この人は現代音楽の分野でも様々に活動し、海外でもよく知られた存在である。以前、和太鼓集団鼓童 (現在は坂東玉三郎が芸術監督) の記事を書いた際に触れたが、とにかく日本の太鼓を世界に知らしめた第一人者。既に 65歳と聞いて仰天である。その鬼気迫る演奏姿は、全く年による衰えを感じさせない驚異的なもの。これは別のときの写真だが、巨大な太鼓に打ち込むバチが殺気立っている。
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その林が率いる和太鼓ユニット、英哲風雲の会が今回アンサンブルとして参加 (7 - 8名だったろうか)。こんな筋肉隆々の若者たちである。
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今回彼らが演奏するのは、石井眞木 (まき、1936 - 2003) の代表作のひとつ、「モノプリズム」である。もう亡くなって 14年。私はこの人の音楽が好きだったし、父親が日本の文化面でのモダニズム開花に大きく貢献した舞踏家、石井漠であることも、もちろん、もともと大きな興味の対象であった。
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今回、舞台転換時に井上が林を舞台に呼びだしていろんな話をして大変興味深かったのだが、この「モノプリズム」は 1976年に小澤征爾とボストン交響楽団がタングルウッドで世界初演していることが紹介され、その時に 30歳 (井上自身は「25歳くらいだったかな」と言っていたが) の井上も立ち会っていたとのこと。小澤はこの曲を恩師のバーンスタインが絶対気に入ると確信し、リハーサルに呼んでいたところ、案の定、演奏が終わったあとにバーンスタインは林のところにやってきてハグし、キスの雨を降らせたとのこと。なんともありそうな光景だが、実際に経験した人の口から聴くと、改めて感慨が沸くというもの。舞台上には、奥に巨大な太鼓が据えられ、これは両面を 2人で叩く。舞台前面上手側には、一人用の太鼓 (足で挟んで全身で叩く、結構な大きさのもの) が 3つ。そして舞台前面下手側には、締め太鼓というらしいのだが、それを持った奏者たちが 7 - 8名演奏前に出てくる、という趣向。井上は、「締め太鼓のフォルテッシモはすごーい音がするけど、前の方の列の人たち、大丈夫? 心臓悪い人いないね?」と訊いて笑わせた。これが締め太鼓。
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さぁ、そして始まったこの「モノプリズム」の演奏。神秘的な脈動を示す締め太鼓の弱音での合奏から大音響での律動、鬼気迫る大太鼓の連打、阿鼻叫喚と化すオーケストラのうねる響きまで、聴衆はみな唖然茫然。地の底から湧き上がってくる得体のしれないパワーに圧倒される 30分間であったとしか言いようがない。和太鼓を世界に紹介するという意気込みで石井や林や小澤が大胆に行った試みは、もはや今日ではなしえないことかもしれない。1970年代、世界はこのような刺激を待っていたし、日本の方にも自信を持って出せる素材があった。もちろん、当事者たちは (作曲の石井以外) 未だ存命ではあるものの、やはり時代の勢いがないと、このような試みはできないだろう。音楽はより個人的なものになりつつあるような気がする。その意味で、芸術音楽の分野でも、例えば前日「ボンクリ」で聴いたように、コンピューターでリミックスして即興で面白い音響を試すような発想は、生の鼓動そのものを伝える太鼓の合奏とは、大きく異なるものだ。一概にどちらがよい悪いではなくて、いろんな可能性があってもよいわけだが、それにしても聴衆にこれだけの感動を与える「モノプリズム」のような曲が今後日本から生まれるだろうかと思うと、少し複雑な思いを抱いたのも事実。ともあれ、太鼓集団とミッチー指揮するワルシャワの室内オケとの熱演には、心から拍手である。

あとは余談。実は私にとってこの「モノプリズム」は忘れられない曲で、それは既に 2015年12月20日の鼓童に関する記事で書いたことなのであるが、ここで再度述べると、1986年、サントリーホールのオープニング記念演奏会の中で「小澤征爾と日本の作曲家たち」というコンサートがあり、そこで演奏されたこの「モノプリズム」における和太鼓の音に心底感動したのである。
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実はこの曲、上のプログラムにある通り、「序」という部分と「モノプリズム」に分かれていて、今回の演奏はその後者のみ。今回のプログラムによると、それが通例であるそうだ。そうすると 1986年の小澤の演奏は、珍しく全曲をカバーするものであったことになる。実際、今回の演奏で締め太鼓の静かな合奏が始まったときに、当時サントリーホール (もちろん、より残響が多い) で響いた重層的な音をはっきり思い出したのだが、あの時の演奏には、太鼓が入る前に、オケだけの演奏がそれなりの時間続いたあとであったがために、太鼓の音がより衝撃的であったのだ。その意味では、やはり「序」も含めて演奏した方が、より曲の真価が現れるというものではないだろうか。ともあれ、小澤がこの「モノプリズム」の初演者であるとは、実は今回初めて知った。そうすると、上に掲げた 1986年のコンサート、1曲目の「ノヴェンバー・ステップス」はもちろん小澤がニューヨーク・フィルで初演した曲だし、2曲目の安生慶の作品はこの時が世界初演。なので、3曲とも小澤が世に出した曲だということになる。それを思うと、やはり小澤征爾が音楽界に果たして来た役割は、極めて大きいのだなと思い当たる。来年 1月にベルリン・フィルとラヴェルの「子供と魔法」その他を指揮することが発表されたばかりだが、是非体力を温存して頑張って頂きたい。そして、ミッチーをはじめ、他の日本の指揮者の皆さんも、それぞれの持ち場での活躍を本当に期待したいのである。
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・・・なんだ、ラ・フォル・ジュルネから遠く離れて、ニッポン頑張れになってしまいましたね (笑)。

by yokohama7474 | 2017-05-06 02:54 | 音楽 (Live) | Comments(0)