特別展 雪村 奇想の誕生 東京藝術大学大学美術館

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ここでご紹介するのは、室町時代から桃山時代にかけて活動した画家の展覧会である。その名は「雪村」。この言葉でネット検索しようとすると、類推で「雪村いずみ」などと出て来てしまうので、確かに上のポスターにある通り、『「ゆきむら」ではく「せっそん」です』というコピーには意味があるのかもしれない。まあそれだけ、雪村という画家の一般的な知名度が低いということでもあろうし、中には、雪舟と間違えて展覧会に足を運ぶ人もいるかもしれない。一応私の場合は、2002年に渋谷の松濤美術館で大規模な雪村展を見ているので、画家についてのイメージはそれなりにある。雪舟のような天才性の画家というよりも、この展覧会の副題にあるような、奇想の画家であることも知っている。だが、それ以上に詳しいことを知るわけもなく、やはりこの展覧会には出かけてみたいと強く思ったのである。ちなみにこれが、2002年の展覧会の図録。そのときの副題は「戦国時代のスーパー・エキセントリック」。どう転んでも「堂々たる正統的画家」とは言ってもらえないのか (笑)。内容を見てみると、今回の展覧会の出展作と何割かは重複している。
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雪村周継 (せっそんしゅうけい = 出家名であろう) は生没年も定かではないようだが、1504年頃に生まれて 1589年頃に没したか、あるいは 1490年前後に生まれて 1577年頃に没したかという説がある。つまり、80余歳まで生きた、当時としては異例に長寿な人であったということだ。その現存作品は、もちろん諸説あるのは当然だが、150 - 200点ほどだと見られている。雪村が私淑した、まさに「堂々たる正統的画家」の代表である雪舟の場合は、没年がちょうど雪村の生年と近い (1506年頃?) が、真作はわずか 20点程度かと見られる。すなわち雪村は、室町期から戦国時代という戦乱期に活躍した画家としては、異例に多くの作品が現存していることになる。彼は茨城県の守護大名、佐竹氏の一族の長男として生まれたが、家督を継ぐことはなく、小田原、鎌倉、また福島県の三春などを拠点に画業を展開した。つまり都から遠く離れた東国で専ら「奇想」を追求した画家であり、また僧侶であった。貧しい人に絵を与えたりもしたらしく、それが現在まで多くの作品が残った理由のひとつであるようだ。私が本展に行ったときには未だ展示されていなかったが、これが重要文化財に指定されている雪村の自画像 (大和文華館所蔵)。確かに只者ではなさそうな面構えだ。
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最初にまとめて言ってしまうと、私の雪村に対する思いは若干複雑だ。昨今人気の「奇想」という言葉は、もともと辻 惟雄 (のぶお) が言い出した言葉であり、最近では異常な人気の若冲や、あるいはこれ以上の奇想はないという蕭白らについては、一般的な知名度は定着したように思われる一方、この雪村については、それらの画家ほどの強烈な奇想が感じられるのはごく一部の作品であろうと思う。なので、この展覧会の出展作のすべてにおいて驚愕の芸術が見出されるということはない。むしろ、「おっ、意外とまともじゃないか」という作品も多くある。だがよくよく見ると、彼の画業には一貫して何か人間的なものが通っており、それこそが彼の持ち味であったのではないだろうか。興味深いのは、専ら東国で活躍したこの画家の影響を、後述の通り、日本の中心たる京都で生まれ育った光琳のような人が大きく受けているという事実であり、後世につながる自由な画業を達成した画家という点で、雪村の存在意義を認識すべきような気がする。ではまず、茨城の正宗寺が所蔵する「滝見観音図」。
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これは、同じ茨城の弘願寺という寺にある作者不詳の同じ図柄の仏画を写したものであるらしいが、原図よりも観音の表情が柔和であり、また原画では畏れのあまりうつむいて祈っている童子を、観音を見上げて目を合わせる姿勢に変更している。このあたりに若き日の雪村が、既に自らの志向をはっきりと示していることが読み取れて面白い。以下、該当部分のアップで、原画と雪村作品を比べてみよう。上が原画、下が雪村である。
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これも上が原画、下が雪村。
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これも初期の「叭々鳥図」。この画題は水墨画ではポピュラーではあるが、二羽が同じ方向を向いていると、そちらに何かあるのかなと鑑賞者に思わせるではないか。描く手法には習熟が見られても、テーマの描き方にユニークなものがある画家であることが分かる。
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そして、この絵あたりには既にして「奇想」が明確に見られるのではないか。「瀟湘八景図帖」から。岩山や松がうねっているし、建物もいやに屋根が張っていて、見る者を不安にする要素がある。一見すると技術的に未熟のようにも思えるのだが、実はちゃんと描こうとすればできるのに、それをわざとしなかったように思えてくる。
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これは京都国立博物館蔵の「夏冬山水図」。重要文化財に指定されている。なんだ、ちゃんと描けば描けるではないかという印象 (笑)。立派な作品である。だがやはり、木々や岩々の存在感が異様ではある。
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これは「山水図」から。遠くから渡ってくる雁の群れに対して差し出されたような岩の上に、人が 3人描かれている。ひとりは子供であろうか。雪村の絵にいつも漂っている人間的なものが、この小さな画面からも感じられて面白い。
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そして雪村の代表作、やはり京都国立博物館所蔵の重要文化財、「琴高 (きんこう) 仙人・群仙図」。2002年の雪村展のポスターを飾った作品。これは、弟子たちに「龍の子を取ってくる」と言い置いて川に入った琴高仙人が、数日後に巨大な鯉に乗って川から現れたという、中国の伝説によるもの。三幅もので、中央に琴高を、左右に弟子たちを描いている。独特の誇張した墨の線の面白さもさることながら、どうだろう、大変人間的な雰囲気に心が優しくなるようではないだろうか。
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似たような作品として、この「列子御風図 (れっしぎょふうず)」が挙げられよう。列子は道教を極め、風に乗って中空を飛んだという。強く吹いている風と、ふわりという浮遊感が楽しい。
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これはメトロポリタン美術館が所蔵する「竹林七賢酔舞図」。竹林の七賢の絵はよく見るものの、普通は静かに清談をしているわけで、酔っぱらって、しかも踊っているというのはあまりないような気がするが・・・。なんだか、賢者たちも飲んで騒いでいるのだから、凡人の自分たちがしても一向に構わないと思いたくなる (笑)。
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次は「欠伸布袋・紅白梅図」。三幅の真ん中で布袋さんが大きく欠伸をしていて、その左右に紅白の梅が描かれている。1986年に至って、初出の雪村の作品として紹介されたとのこと。
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実は、この気楽な作品に啓示を受けて、日本美術史に残る名作が生まれたという説があるらしい。これである。
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言うまでもなく、京都に生まれた江戸時代の天才絵師、尾形光琳 (1658 - 1716) による、国宝「紅白梅図屏風」である。確かに布袋のポーズを流水に置き換え、左右の梅については、向かって右 (紅梅) は曲線的、向かって左 (白梅) は直線的と見ると、構図上の共通点はあるとも思われる。雪村のこの作品は江戸のさる大名屋敷に置かれていたことが確実であるらしく、光琳が江戸に下った際に目にした可能性はあるとのこと。これはなんとも面白いことで、雪村の影響力もさることながら、光琳という人の、見たものを変容させて自らの創造に活用するという抜群のセンスを感じることができる。尚、この展覧会では光琳が雪村から影響を受けて描いた作品も幾つか並べられていて、興味深い。以下、光琳の筆になる「馬上布袋図」と「琴高仙人図」。後者は、上に掲げた雪村のオリジナルと比較して、鯉の左右の向きも逆なら、表情や表現方法が違っており、ただの光琳の意図が雪村の模写ではなく、雪村のアイデアに倣って換骨奪胎することだったことが判る。
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これは雪村の「百馬図帖」。真後ろから馬を描いた画家はあまりいないと思うが、どのポーズも曲線が馬の姿を表していてユーモラス。
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因みに、本展に展示されている雪村の影響を受けた後世の画家たちの作品の中に、幕末から明治期に活動した狩野芳崖の「牧馬図」があるので比較してみよう。狩野派を継ぎ、あの壮麗な「悲母観音」を代表作とする芳崖の方が、やはり真面目かな ? (笑)
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そうなるとやはり、雪村らしい作品をあと幾つかご紹介せねばなるまい。まず、今回の展覧会のポスターになっている「呂洞賓 (りょどうひん) 図」。呂洞賓とは中国の仙人であり、ここでは自らも龍に乗りながらも天空の龍を睨み付け、さらに手元の水瓶の中から小さな龍を放つところ。せっかくなので、天空の龍と、水瓶から出てきた二匹の小さい龍のアップも掲載する。雪村の絵は細部が面白い。
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同じテーマで、違った構図の作品もあり、いずれも動的でユーモラス。決まりきった構図で繰り返し描くことはつまらないと思ったのではないだろうか。
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ユーモラスな雪村作品をあと 2つ。「布袋童子図」と「李白観瀑図」。それから、水の表現がユニークな「猿猴図」。これらは決して最上の芸術作品というわけではないかもしれないが、恐らくリラックスして描いているであろう、その画家の心持ちが、見る人を幸せな気分にしてくれる。
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その一方、雪舟ばりの見事な山水画もある。メトロポリタン美術館蔵のこれなど、素晴らしいではないか。
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これは京都国立博物館所蔵の「雪景山水図」。人の姿が細かく描かれていて、そこには人間的な気配が漂う。
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一方で、これは雪村作品としては若干異色ではないだろうか。茨城の笠間稲荷美術館所蔵になる「金山寺図屏風」の細部である。金山寺とは中国の禅寺であるが、ここでは立て込んだ伽藍に、奇妙なリアリティと、何かシュールなまでのいびつな空間構成を感じる。雪村の心の中の架空の世界を写生したという印象。
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もちろん雪村は金山寺現地に行った経験などありはしないが、日本人画家で実際に現地に行った人がいる。それはほかでもない、雪舟だ。「金山図・阿育王 (あしょかおう) 山図」という二幅を描いたらしく、雪舟を深く尊敬していた雪村によるこの作品も、これは二幅のうちの一幅で、失われたもう一幅には阿育王山図が描かれていた可能性もあるとのこと。そこで気になって、その雪舟作品が現存しているか否か調べてみたが、どうやら現存はしていないようだ。ただ、広島の佛通寺に残る狩野安信 (探幽の弟) 筆の同名作品の原画が雪舟作であったとされているようだ。佛通寺については、以前「禅 心をかたちに」展の記事で、2体の頂相彫刻をご紹介した。一度訪ねたい古刹である。また、せっかくなので、中国の金山寺についても少し調べてみた。日本で有名な金山寺味噌は、ここから空海が伝えたという説があるらしい。古い寺なのである。江蘇省の鎮江というところにあるらしく、仏像好きの心を揺さぶる、このような巨大な仏さまが祀られているという。雪村ならずとも、行ったような気になってみたい、そんな由緒正しい寺院なのである。
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とまあ、最後はいつものように順調に脱線してしまったが、今回の展覧会を改めて思い出してみて、やはり雪村のユニークさを実感することができる。冒頭に書いた私自身の複雑な思いを再度自己分析してみると、雪村は「堂々たる正統的画家」ではないかもしれないし、時に奇想に惑わされるものの、何よりも彼の作品に表れた人間性と、緩いようでいて実は真摯な創作姿勢にこそ、打たれるのである。やはり、日本美術史上において、貴重な存在であることは間違いないだろう。本展の期日は 5/21 (日) まで。これを見逃すと雪村の作品をまとまって見る機会がいつになるか分からないので、文化に関心のある方々には、是非上野の藝大美術館にお運び頂くことを、お薦めしておこう。

by yokohama7474 | 2017-05-07 19:38 | 美術・旅行 | Comments(0)