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ジョナサン・ノット指揮 東京交響楽団 2017年 5月13日 東京オペラシティコンサートホール

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今月は東京交響楽団 (通称「東響」) の指揮台に音楽監督、ジョナサン・ノットが帰ってくる。予定されているのは 2つのプログラムによる 3回のコンサート。そのうち私が今回聴いたものは、この東京オペラシティでの演奏会ただ 1回だけのプログラム。このコンサートの曲目を見ると、これは必聴のものと誰しもが思う・・・かどうかは分からないが、少なくとも私はそうであったのだ。以下のようなもの。
 ハーマン (パーマー編) : タクシードライバー オーケストラのための夜の調べ
 バートウィッスル : パニック アルト・サックス、ジャズ・ドラムと管打楽器のための酒神讃歌
 ベートーヴェン : 交響曲第 8番ヘ長調作品93

では何がそんなに私に期待を抱かせたのか、順番に見て行こう。まず最初の作品は、映画好きならすぐに分かるはずの、これだ。
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1976年制作、マーティン・スコセッシ監督、ロバート・デ・ニーロ主演の映画「タクシードライバー」。私は公開当時この映画を封切で見るには未だ幼かったが、もちろんその後テレビで見て、衝撃を受けた。そして、初めてニューヨークを訪れた 1996年の冬に、あちこちのマンホールの蓋から白い蒸気が立っているのを見て、「まるで『タクシードライバー』ですね!!」と興奮して、当時の駐在員に笑われたものであった。そしてこの映画で見事に表現された夜のニューヨークの雰囲気には、アルトサックスが奏でるこの映画のテーマほどふさわしいものはないのである。この映画の音楽を書いたのが、「市民ケーン」や、「サイコ」をはじめとする数々のヒッチコック映画でその天才を示した、あのバーナード・ハーマン (1911 - 1976) であることを知ったのは、さらに後年のことであった。熱烈なヒッチコック・ファンである私は、当然このバーナード・ハーマンの映画音楽の CD (サントラではない)を複数所持しているが、ひとつは作曲者自らがロンドン・フィルを振ったもの。もうひとつは、あの名指揮者エサ=ペッカ・サロネン (ちょうど来週から来日する予定だ) 指揮のロサンゼルス・フィル。前者はヒッチコック作品だけだが、後者には「タクシードライバー」も含まれている。これが指揮をするハーマンの写真。いやそれにしても「サイコ」の音楽、サイコーでしょう。シャレではなく本当に。
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さて、今回の演奏会では、生前ハーマンの作曲をサポートした英国の作曲家・編曲家のクリストファー・パーマー (1946 - 1995) の編曲による 9分ほどの短い作品が演奏された。コンサートの開演は 14時であったが、この音楽とともに会場は、未だ危険の多かった頃のニューヨークの夜の雰囲気で満たされた。オーケストラはほぼ通常編成だが、一見して明らかなことに、主要楽器の中ではオーボエを欠いている。なるほど、夜の雰囲気にこの高音を奏でる楽器は不要ということか。ノットは暗譜で指揮を取ったが、いつものように丁寧な指揮ぶりで、この後に演奏されたような前衛音楽でもなく古典の名作でもない、映画音楽という、ともすれば芸術家から軽視されそうなレパートリーに対する彼の深い愛情を感じることができた。と書いている今も、「タクシードライバー」のテーマを口ずさんでいる私 (笑)。

そして 2作目は、1934年英国生まれ、既に 83歳で Sir の称号を持つ偉大な作曲家、ハリソン・バートウィッスルの作品。
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私は彼の作品の熱狂的なファンというわけでもないが、ブーレーズが指揮した彼の作品集の CD などで、それなりに馴染み深い作曲家である。今回演奏された「パニック」という作品は、1995年にアンドルー・デイヴィス指揮 BBC 交響楽団によって、夏の風物詩であるプロムスのラスト・ナイトで初演されたもの。アルト・サックスとドラムスがソロとして活躍し、一方のオケには、なんと弦楽器が一切含まれておらず、管楽器と打楽器だけ。結果として繰り出される音響はかなり刺激的で、カオスと言ってもよい。独奏楽器たちは酒神バッカスの奔放なふるまいを表しているらしく、神話的でありかつ演劇性も持ち合わせるこの作曲家らしい作品と言える。ここでのアルト・サックス独奏は、「タクシードライバー」と同じく波多江史朗。ドラムスは萱谷亮一で、ともに目まぐるしい音響の中をよく泳いでいた。ここではノットはさすがに譜面を見ながらの指揮であったが、常に動いていなければならないこのような現代曲こそ、もともと彼が得意とする分野のひとつ。若干うるさい音楽であったことは事実だが、それでもノットの良心的な演奏に充実感を覚えることとなった。

そして最後のベートーヴェン 8番。なぜそれまでの意欲的な 2曲の後のメイン曲目が、ベートーヴェンの交響曲の中では決して派手ではないこの曲であったのか。指揮者自身のコメントは見当たらないものの、私の勝手な解釈では、いずれの作品でもリズム及び打楽器が大事である点がひとつ。それから、1曲目の作曲者ハーマンは、「映画音楽のベートーヴェン」と呼ばれているらしいこと。加えて、2曲目のバートウィッスルに見られたような、楽器の擬人化に近い効果が、このベートーヴェンの交響曲にあるからではないか。彼の書いた 9曲の交響曲のうち最後から 2番目であるが、最後の第 9は明らかに古典派の範疇を越えてロマン派に入っているのに比べると、この曲の場合、長さは 30分程度と短く、伝統的な 4楽章制を取っていて、一見すると古典派風に見える。だが、序奏もなくいきなり流れ出る冒頭の流麗なメロディや、実は大シンフォニーにも負けないくらい激しく畳みかける音響が聴かれる第 1楽章からして、ハイドンやモーツァルトの音楽とは全く違うのである。そもそもここには、ある種の痙攣するような音楽が頻繁に聴かれる。いわゆるスフォルツァンドという楽譜の指示なのだが、例えば交響曲第 2番の古典的なスフォルツァンドとは異なっていて、諧謔味が濃い上に、表現の幅が広い。それにより、特にそれぞれの木管楽器が、何らかの喜劇的性格を与えられて、擬人性を感じるのだ。再び暗譜で行われた今回のノットの指揮を聴いていると、このスフォルツァンドが絶妙に響いていて、音楽的視野が突然さぁっと広がるような気がした瞬間が何度も訪れた。ヴァイオリンは (ベートーヴェンだけでなく演奏会を通して) 左右に振り分けられ、弦楽器の編成はコントラバス 5本 (チェロが 6本だったので、コントラバスは本来の 4本より 1本増やして低音を充実させたのであろう)。ティンパニは、最近ベートーヴェン演奏でよく見かけるような硬い音のする小ぶりなものではなく、通常のものであった。つまり、サイズや配置は古楽器オケ風であっても、この曲が必要とする多彩な表現を求めていたことが分かる。弦と管のかけあいも素晴らしいものがあった。全体を通して、曲の性質への理解がないと正当な評価が難しい、ちょっと通好みの名演であったと思うが、客席からは盛んにブラヴォーが飛んでいて、大変気持ちのよいコンサートであった。ノットと東響、いよいよさらなる高みに昇って行く予感である。
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さて、最後にオマケとして、今回の最初の 2曲と関連する私の体験を書いておこう。まずバーナード・ハーマンであるが、ニューヨーク・フィルのコンサートの中で、やはり彼の音楽を演奏したものがあったことを覚えていて、しかもそこにはスペシャル・ゲストが出演していたのだ。記憶を頼りに書庫をあさって引っ張り出してきたのが、2006年 4月24日のコンサートのプログラム。指揮はあの作曲家、ジョン・ウィリアムズ (彼も既に今年 85歳と高齢。まだまだ元気で活躍して欲しいものだ)。この時には実はコンサート前半にハーマンの音楽 (「市民ケーン」を含む初期の作品やヒッチコック作品に加え、「タクシードライバー」も)、後半には自作を指揮したのである。そしてスペシャル・ゲストとは、前半がマーティン・スコセッシ、後半にはなんと、スティーヴン・スピルバーグだったのだ!! 資料として貴重だと思うので、プログラムの写真を掲載しておく。
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そして私は思い出したのだ。このとき前半に登場したスコセッシは確か、ニューヨーク生まれという自らの生い立ちを語ったあと、「タクシードライバー」に関するハーマンとの思い出を語っていた。特に、「このときはハーマンは既に病気で、最後の録音の直後に亡くなった」と言っていたことを、まさに今日思い出したのだが、調べてみると確かにそうだ。1976年、バーナード・ハーマン最後の作品がこの夜の音楽、「タクシードライバー」であったのだ。脳の中にかろうじて残っていた 11年前の記憶が、思わぬかたちで甦った。ボケ防止にはよいことだ (笑)。

そしてバートウィッスルに関しては、2008年 4月15日、ロンドンのロイヤル・オペラで、「ミノタウロス」というオペラの世界初演を見た。この作品、今では DVD も市販されている。音楽監督アントニオ・パッパーノの指揮で、主演はジョン・トムリンソンであった。
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ここにもギリシャ神話に傾倒する作曲者の姿勢が見える。聴いて楽しい音楽では決してなかったと記憶するが、バートウィッスルの作品の流れに対するあるイメージ作りとしては、貴重な経験をしたものであると思う。

たった一回の東京での音楽会から、映画にギリシャ神話に、そして正統的な古典音楽の斬新な解釈まで、たくさんの刺激を得ることができたわけだ。一粒で何度でもおいしいコンサートでした。さすがノットである。

by yokohama7474 | 2017-05-14 00:01 | 音楽 (Live)