2017年 05月 14日
ジョナサン・ノット指揮 東京交響楽団 2017年 5月13日 東京オペラシティコンサートホール
ハーマン (パーマー編) : タクシードライバー オーケストラのための夜の調べ
バートウィッスル : パニック アルト・サックス、ジャズ・ドラムと管打楽器のための酒神讃歌
ベートーヴェン : 交響曲第 8番ヘ長調作品93
では何がそんなに私に期待を抱かせたのか、順番に見て行こう。まず最初の作品は、映画好きならすぐに分かるはずの、これだ。
そして 2作目は、1934年英国生まれ、既に 83歳で Sir の称号を持つ偉大な作曲家、ハリソン・バートウィッスルの作品。
そして最後のベートーヴェン 8番。なぜそれまでの意欲的な 2曲の後のメイン曲目が、ベートーヴェンの交響曲の中では決して派手ではないこの曲であったのか。指揮者自身のコメントは見当たらないものの、私の勝手な解釈では、いずれの作品でもリズム及び打楽器が大事である点がひとつ。それから、1曲目の作曲者ハーマンは、「映画音楽のベートーヴェン」と呼ばれているらしいこと。加えて、2曲目のバートウィッスルに見られたような、楽器の擬人化に近い効果が、このベートーヴェンの交響曲にあるからではないか。彼の書いた 9曲の交響曲のうち最後から 2番目であるが、最後の第 9は明らかに古典派の範疇を越えてロマン派に入っているのに比べると、この曲の場合、長さは 30分程度と短く、伝統的な 4楽章制を取っていて、一見すると古典派風に見える。だが、序奏もなくいきなり流れ出る冒頭の流麗なメロディや、実は大シンフォニーにも負けないくらい激しく畳みかける音響が聴かれる第 1楽章からして、ハイドンやモーツァルトの音楽とは全く違うのである。そもそもここには、ある種の痙攣するような音楽が頻繁に聴かれる。いわゆるスフォルツァンドという楽譜の指示なのだが、例えば交響曲第 2番の古典的なスフォルツァンドとは異なっていて、諧謔味が濃い上に、表現の幅が広い。それにより、特にそれぞれの木管楽器が、何らかの喜劇的性格を与えられて、擬人性を感じるのだ。再び暗譜で行われた今回のノットの指揮を聴いていると、このスフォルツァンドが絶妙に響いていて、音楽的視野が突然さぁっと広がるような気がした瞬間が何度も訪れた。ヴァイオリンは (ベートーヴェンだけでなく演奏会を通して) 左右に振り分けられ、弦楽器の編成はコントラバス 5本 (チェロが 6本だったので、コントラバスは本来の 4本より 1本増やして低音を充実させたのであろう)。ティンパニは、最近ベートーヴェン演奏でよく見かけるような硬い音のする小ぶりなものではなく、通常のものであった。つまり、サイズや配置は古楽器オケ風であっても、この曲が必要とする多彩な表現を求めていたことが分かる。弦と管のかけあいも素晴らしいものがあった。全体を通して、曲の性質への理解がないと正当な評価が難しい、ちょっと通好みの名演であったと思うが、客席からは盛んにブラヴォーが飛んでいて、大変気持ちのよいコンサートであった。ノットと東響、いよいよさらなる高みに昇って行く予感である。
そしてバートウィッスルに関しては、2008年 4月15日、ロンドンのロイヤル・オペラで、「ミノタウロス」というオペラの世界初演を見た。この作品、今では DVD も市販されている。音楽監督アントニオ・パッパーノの指揮で、主演はジョン・トムリンソンであった。
たった一回の東京での音楽会から、映画にギリシャ神話に、そして正統的な古典音楽の斬新な解釈まで、たくさんの刺激を得ることができたわけだ。一粒で何度でもおいしいコンサートでした。さすがノットである。