山田和樹指揮 日本フィル マーラー・ツィクルス第 7回 2017年 5月14日 Bunkamura オーチャードホール

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1979年生まれの若手指揮者のホープ、山田和樹が日本フィル (通称「日フィル」) を指揮して行っているグスタフ・マーラー (1860 - 1911) の全交響曲の連続演奏会、いわゆるツィクルスも、今年で 3年目に入り、いよいよ最後の 3つの交響曲 (番号のついていない「大地の歌」及び未完成の 10番は除く) が演奏される 。上のポスターにある通り、「第 3期 昇華」というタイトルがついている。因みに第 1期は「創生」、第 2期は「深化」であり、毎年 3曲ずつ順番にマーラーの交響曲を演奏して来ているのである。また、もうひとつの特色は、名実ともに日本を代表する作曲家、武満徹 (1930 - 1996) の作品を毎回組み合わせていること。このブログでは昨年の 4・5・6番をご紹介したが、私はこのツィクルスを最初から (出張で聴けなかった 2番を除き) 聴いて来ているので、いよいよ 3年目の仕上げに入ったことに大きな感慨と期待を抱くものである。そして今回の曲目は以下の通り。
 武満徹 : 夢の時 (1981年作)
 マーラー : 交響曲第 7番ホ短調「夜の歌」
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今回もいつものように演奏前に山田が登場してプレ・トークを行った。それによると、このシリーズを続けてきて、自らも、計画した当初考えたことと、実際にやってみて分かることとの違いを感じるとのこと。それは、自らの指揮の変化、マーラーの作風の変化、そして武満とマーラーの意外な共通性といったものである由。未だ 30代の指揮者としては、いかに天才といえども当然、日々進化の過程にあるであろうし、また、よく言われる通り、マーラーの作品には彼自身の人生が暗示あるいは予言されているという要素もあるので、創作の過程を時系列に従って辿ることによる発見は、必ずあるだろう。そして、これまであまり言及されて来なかった武満とマーラーの共通点については、私自身も毎回新鮮な思いを抱いている。もちろん、共通点とともに相違点もまた多く感じるわけであるが、時代も場所も文化的背景も超えて、例えば生と死の問題であるとか、人間と自然の対立や融和とか、あるいは音響美学という点においても、興味深い共鳴を耳にすることができるように思う。さて山田は今回演奏する第 7番が、マーラーの中で最も人気のない曲ゆえ、今回のコンサートのチケットの売れ行きもよくないと嘆いて聴衆を笑わせたが、なんのことはない、会場のオーチャードホールはほどんど満席だ。もちろん、この 7番がマーラーの交響曲で最も人気が低いことについては私も同意するし、多くの人が同意見であろう。山田はその理由のひとつとしてまず、マーラー自身が、初期の交響曲について書いたような詳細な曲の内容についての説明を、後年はしなくなったことを挙げた。そして、「夜の歌」というタイトルがよかったのか悪かったのか分からないが、終楽章などはハ長調で光が差すような音楽であって決して暗くはないし、交響曲として珍しいギターやマンドリンといった楽器の使用 (マーラーがうまく書いているので、PA 使用による補強も検討したが、なくてもよく聞こえるので不要と判断したと) も、夕方のセレナードというよりは、東洋的な雰囲気を出すために使われていて、そこにはロマン主義という時代の美学もあると主張。さらに、マーラーと武満の共通点として、バッハ研究を挙げた。マーラーは晩年バッハの楽譜を持ち歩いていたらしく、特にこの 7番の終楽章は、バロック音楽の研究成果であるという評価が一般的だ。また武満もバッハを深く尊敬し、最期の病床でもマタイ受難曲を聴いていたことを例に挙げていた。そして興味深かったのは、このような現象はもちろんバッハ個人の音楽への傾倒もさることながら、西洋音楽の原点であるバッハに遡ることで、モーツァルトやベートーヴェンをもそこに見ていたのだろうという山田の言葉である。つまりそれは、西洋音楽の流れの中に自分を置く試みであって、マーラーも武満も、そのような先人たちに学ぶ姿勢によって歴史に名を留める存在になったということを意味していよう。現代にもそのような作曲家たちが多く存在して欲しいと思わないではいられない。ここでは大バッハに敬意を表して、その肖像画を掲げておこう。
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さて今回の演奏であるが、山田の内外での活躍ぶりを知っているせいか、これまでよりもさらに一段の高みに到達したように思われてならない。最初の武満の「夢の時 (ドリームタイム)」は、オーストラリアの先住民であるアボリジニの天地創造の神話に想を得たもの。典型的な武満の美しい作品で、思い出してみると岩城宏之が手兵メルボルン交響楽団と来日したときに取り上げていたのをテレビで見たのが、私のこの曲との出会いであった。それは 1987年のこと (ちなみに岩城はこの曲の初演者であり、それは 1982年に、当時の岩城のもうひとつの手兵であった札幌交響楽団を指揮してのものであった)。私は当時、最初にこの曲を聴いたときから、時折ズーンと鳴り渡る和音に心地よさと神秘感をいつも覚えるのである。また、ここでの夢の世界の顕現には、映画芸術の夢との類似がイメージされているようで、いかにも映画マニアの武満らしい。だが驚くべきことに、この曲はもともと、チェコ出身の前衛振付家、イジー(英語読みで「イリ」とも)・キリアンの委嘱による舞踊音楽なのだ!! ダンスの音楽にしては全く拍節感がないのであるが、それはそうだ。夢の世界だもの (笑)。ただ音楽史には、拍節感のないバレエ音楽として有名な例がある。それはもちろん、伝説のニジンスキーが踊ったドビュッシーの牧神の午後への前奏曲だ。武満との共通性という点では、真っ先に名前の挙がるのが、この作曲家である。また、以前も記事で採り上げたが、武満の創り出した美しい音響は、ロシアの天才監督、アンドレイ・タルコフスキーの映画に表現されたような究極の夢幻性との共通点も、感じずにはいられない。武満の描いた夢の時間はまた、音楽史や映画史の記憶と結びついた、美的感覚に酔うことのできる時間であったのだ。今回の山田と日フィルの演奏のように、極めて繊細に、だが自然に美麗な音が響いてくると、このような曲はレパートリーとして定着し、将来の聴衆にも是非楽しんでもらいたいと切に思うのである。これが、「夢の時」初演に近い頃のキリアン。
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そしてメインのマーラー 7番であるが、山田の解釈は非常に洗練されたものであり、弦を中心とするオケの熱演によって、この渋い曲の魅力が、実は侮れないものであることを再認識させるに充分であったと思う。例えば冒頭部分、さざ波が起こって湖にボートが動き出すような音楽は、普通はもっと緩やかに重々しく奏されることが多いが、今回の演奏では、陰鬱さを感じさせないテノールホルンのしっかりしたソロによって、遠い世界への呼びかけのように響いた。英語で言うと Evocation などという言葉があり、日本語では「召喚」ということになろうか、神秘性を含む言葉のイメージだ。だがこの場合の神秘性は、前半の武満の曲のそれと同様、あくまで美的な感覚であって、おどろおどろしいものは感じない。今思い返せば、今回の山田の解釈では、第 3楽章の「影のような」と譜面に書かれたスケルツォですら、必ずしも闇の音楽ではなかったし、終楽章も、様々な演奏の可能性のある中で、かなり輝かしさに意識を置いたものであったと思う。第 2楽章、第 4楽章の「夜の音楽」の性格も、そう、たまたま前日にジョナサン・ノットと東京交響楽団で聴いた「タクシードライバー」の危険なニューヨークの夜の雰囲気とは異なり (笑)、あくまで美学としての夜のイメージ、ここではないどこかを思わせる遥か彼方へのロマンということであったろう。そうなると、頻繁にオケがひきつけを起こすような第 1楽章も、これも前日のノットと東響で聴いたベートーヴェン 8番のスフォルツァンドとは異なり、諧謔味はないが、しかし退廃的なものでもないように響いたと書いてしまおう。全曲を通しての弦楽器の共鳴には素晴らしいものがあり、特にヴィオラが深く音楽をえぐっていた。中音域の充実によって、この曲らしい晦渋さは表現されていたものの、素晴らしいのは、それがしんねりむっつりしたものではなく、常に前進力を音楽に与えていたのである。要するに、ここで山田は、陰鬱な世紀末的退廃ではなく、美的なロマン性を推進力を持って表現することで、この曲の魅力に新たな光を当てたということではなかったろうか。

演奏を終えた山田の顔には、充実感が溢れており、自身もかなり手ごたえを感じる出来であったろう。多くの場合日本のオケの課題である金管パートには、今回もごくわずかな課題はあると思ったが、炸裂する音響も随所に聴かれ、迫力充分であった。何より、山田和樹という若い逸材とこのような充実した共同作業を行うことで、オケの皆さんの語彙もより拡充するであろうから、日フィルのマーラーの在り方を今後も追求して頂きたいものだと思ったことである。このツィクルス、次回はいよいよ 6月初旬、超大作の 8番だ。鳥肌立つ名演を期待しております。

Commented by 吉村 at 2017-05-15 12:46 x
相馬さんがお世話になりました!
今晩はフィルハーモニアを文化会館で聴きます。
Commented by yokohama7474 at 2017-05-15 16:36
> 吉村さん
はい、若い世代にクラシックに親しんで頂く、よい機会でした。今日のフィルハーモニアは、ベートーヴェン 7番がメインですね。サロネンはあまりベートーヴェンをやらないので、興味深いです。また感想をお聞かせ下さい。
by yokohama7474 | 2017-05-15 00:39 | 音楽 (Live) | Comments(2)