N・S・ハルシャ展 チャーミングな旅 森美術館

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東京・六本木ヒルズにある森美術館で開かれているこの展覧会は、1969年生まれのインドのアーティスト、N・S・ハルシャの、日本初の大規模な回顧展。上のポスターを見ると、何やらカラフルな沢山の人たちが描かれていて楽し気だし、「チャーミングな旅」という副題も気を引く。これがハルシャさん。
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彼は南インドの古都マイスールに生まれ、今もその地に住んでアート活動を展開しているらしい。この展覧会のタイトルにある「ジャーニー」とは、彼自身の人生の歩みだけではなく、インドの経済発展、伝統と現代の間の往来などの様々な「旅」が示唆されていると、主催者の説明にある。実際にこの展覧会に足を運んでみると、ポスターに見られる、ミニマルアートのような、またヒンドゥー教の様々な神の姿のような、にぎやかで鮮やかな作品だけでなく、ブラックユーモアをたたえたものや強烈な表現力で仮借ない社会の真実を抉り出したものなど様々で、近年国際的に注目されているというこのアーティストの全貌にかなり近づけるものとなっている。会場では写真撮影が自由なので、最初は大きな作品の細部など撮ろうかなと思ったのだが、結局、ごく最小限にとどめておいた。というのも、細部を見て行くと面白くてきりがなく、それを次々と写真に撮っても、どうにも埒が明かないというか、面白みが伝わりにくいと感じたからである。ここには、インドの人たちの暮らしぶりや、あるいはさらに広く人の生きざま、あるいは国や地方の政治・経済の変遷が、様々なかたちをとって表されており、ファンタジーと現実感がない交ぜとなった面白さがある。私も今回初めてその名を知ったアーティストであるが、様々なことを考えるヒントをもらえる新鮮な展覧会である。

まずこれは、1995年の「無題」。延々と描かれているのは象である。左右や上下に見えるのは、何か祭りの飾りででもあるかもしれないが、何やら金属的な錆びのようでもあり、花のようでもあって、一方の象たちが線だけで描かれた無色の存在なので、その対照が不思議な感覚を呼びさます。
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これは 1999 - 2001年の「私たちは来て、私たちは食べ、私たちは眠る」。題名の通り、様々な人々が左から右へ移動し、川を渡ってまた進んで行き、そして人々は食べ物を食べ、そして寝るという三連作。限りない時の流れの中で営まれる無数の人々の生きざま、死にざまを考えると、気が遠くなるような、心地よいような、そんな作品である。どうしても全体像を写すことができないので (できたとしても人の姿が小さすぎるので)、それぞれのパートの一部のアップと、そのまたアップをお目にかける。まずこれは「来る」場面。
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これは「食べる」場面。よく知られている通り、インドでは右手を使って食べる習慣がある。だが、右手で食べていることを除けば、これは全人類の姿でもある。つまり人間であれば食べない人はいないわけで、ここで描かれた営みは、単純ながら、人類誕生以降すべての人間によってずっと繰り返されてきた風景なのである。人の生そのものの風景と言ってもよい。
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そしてこれは「寝る」場面。食べることと同じく、寝ることも人間の生と同義なのであるが、ここでは意識がない分、ある種の神秘性が生まれてくるのである。でも、寝ている人の顔には、何か無垢なものが現れるのが面白い。この瞬間、人は幼児に還っているのだろうか。
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次は少し現実との接点を持った作品をご紹介しよう。2004年の「マクロ経済は日給 30ルピーか 60ルピーかで論争する」。たんぼで田植えをしている農民たちの間にスーツ姿の人々が登場する。1990年代に始まるインドの経済発展を風刺的に表現したものと言えようが、ユーモアをたたえた人の姿を含め、一見しただけではさほど政治的なメッセージには見えないところに、この作家の持ち味があるのであろうか。
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次の作品はもう少しブラックな要素が明確だ。2007年の「浄化する者たちの対話」。自らのからだを酷使するインドの密教の修行 (タントラ・ヨーガ) に勤しむ人たちと、土地を測量、開発する現実的な人たちとの対比。だがここでは、地面に巨大な骸骨が横たわっており、人の生の儚さを思わせる。
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これは 2008年の「ここに演説をしに来て」。これはもう延々と続く、椅子に腰かけた人々の肖像。ほかの人と同じポーズを取っている人はだれ一人としていない。ところどころに描かれた煙のようなものが不思議な幻想味を加えている。
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次はまた少しブラックな感覚が入った作品で、私は結構好きなのであるが、2006年の「溶けてゆくウィット」。ここで血を流しながら次々と崖の下に転がり落ちて行くピエロたちは、何を表しているのか。解釈は人それぞれにすればよいのであろう。
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会場には体感型の作品もある。これは 2010年/2017年の「空を見つめる人びと」。これは図録からの写真ではなく、私が現場で撮影したものを使おう。床に様々な人々の顔が描かれていて、天井がそれを映し出している。その床に人々は靴を脱いで横たわり、絵の中の人々との交歓を楽しむというもの。しんねりむっつりした現代アートが多い中、これはシンプルで人々が屈託なく楽しめ、何かを感じることができる作品として貴重であると思う。
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これも私が現場で撮影したもので、2007年/2017年の「ネイションズ」(国家)。所狭しと並べられたミシンには、国連加盟 193ヶ国の国旗を描いた布が置かれている。「インド」という国家を生み出したマハトマ・ガンジーの活動を象徴する糸車のイメージと、工業化のイメージから、ミシンが使われているらしい。国家という概念の危うさと、それぞれの国家を生み出すためには人間が活動する必要がある (ちょうどミシンを踏むように) ということが感じられるが、やはりここでも、あまり政治的なメッセージという押しつけがましさのない点がハルシャの優れたところではないだろうか。
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類似のモチーフを違う視点から描いた 2007年の「神がみの創造」。ハルシャの暮らす南インドではテキスタイル工場が沢山あり、何千人もの人たちが働いている。人間が何かにかたちを与えることができるなら、この作品の人物たちのように、神々を生み出そうとすることもできるのだろうか。だがこの人物たちは皆、まるで亡霊のようで、黒い布から神々が出現するのか否かは、これだけでは分からないのである。その意味するところを考えるよりも、まずは視覚的なイメージの面白さを楽しみたい。
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ハルシャの作品は実際、上で見てきたような細密なものが多いのだが、そうでないものもあって、何をこの記事でご紹介するかはかなり迷うところ。つまり細密作品を眺め始めると、ここもあそこも面白いとなってしまって収拾がつかないようなことになってしまう。よって上では、ごく限られたイメージだけのご紹介にとどまってしまった点は否めない。だが最後に二点、私が現場で撮影した写真によって、また毛色の違う作品をご紹介する。まず、2013年の「ふたたび生まれ、ふたたび死ぬ」。実に、縦 3.6m、横 24m の超大作であり、ここには細密な要素は何もなく、宇宙的なスケールに、ただただ圧倒される。とはいえ、ここでも太い線は、ねじれようと流れようと常に連続していて、まさにこの題名のごとく、連綿とつながる人々の生を連想させる。その意味では、やはりハルシャらしい作品であると言えるだろう。
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これは 2013年の「タマシャ」。猿たちが天を指さし、その長い尾が絡まっている。解釈はいろいろ可能であろう。例えば、高い理想を掲げていても利害がかみ合わない人たちを指しているとか。まぁ解釈はこの際どうでもよい。物言わぬ猿の哲学的な仕草と、異様に長い尾の不思議な感じだけでも、大変印象に残る。これは、猿の神ハヌマーンではなくて、ハルシャの新しいスタジオの建設中に雨どいに座って作業をじっと見ていた 1匹の猿から着想を得たものであるという。

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というわけで、N・S・ハルシャとともにチャーミングな旅に出てみたわけであるが、ここにご紹介できなかったタイプの作品もあれこれあるので、その旅はなかなか変化に富んだ興味深いものである。様々な要素がごった煮になったインドらしいアートと言えば言えるし、さらに普遍的に人間の生きざまを表現しているとも言えるであろう。大事なことは、アーティストのメッセージを自分なりに取り込んで楽しむことだと思う。誰かから与えられるのではなく積極的にアートを楽しみに行くタイプの鑑賞者にとっては、見どころの多い展覧会であると申し上げておこう。

by yokohama7474 | 2017-06-01 01:02 | 美術・旅行 | Comments(0)
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