タリス・スコラーズ (ピーター・フィリップス指揮) 2017年 6月 5日 東京オペラシティコンサートホール

e0345320_11014096.jpg
このブログでコンサートを採り上げるときには、どうしても私の好きな分野であるオーケストラ、しかもブルックナーやマーラーの大曲が多くなってしまう傾向がある。だが、たまにはそうでないものも聴きたいと思うのが人情。そこで出かけたのが、英国のア・カペラ合唱団、タリス・スコラーズの来日演奏会である。1973年にピーター・フィリップスによって設立され、ルネサンス期の宗教音楽を中心とした活動を展開している。私は Gimmel というレーベルから出ている彼らの CD (ジョスカン・デ・プレとかロシア正教の聖歌など) を何枚か持っているほか、昔エアチェックした FM 放送や BS 放送等のメディアによって、この合唱団が行う異様に美しい演奏にはそれなりに親しんできた。だが、今回実に 16回目の来日を果たす彼らを、これまで生で聴いた覚えがない。いつでも聴けると思ってはいけない。聴けるときに聴いておかないと。これが設立者兼指揮者のピーター・フィリップス。
e0345320_23142912.jpg
そもそもこの団体の名称はどこから来ているのか。タリスというのは、トマス・タリス (Thomas Tallis 1505頃 - 1585)、英国ルネサンス期の作曲家であろう。スコラーズとは Scholars、つまりは学者たちということか。つまり、タリスのようなルネサンス音楽を研究するグループという意味なのであろうか。だが、以前も少し触れたことがあるが、このタリス・スコラーズが本拠を置く英国は、オランダと並ぶ、いわゆる古楽のメッカであって、数々の演奏家が活動しているわけであり、やっている人たちの学歴も軒並み高く、知性は感じさせるのだが、彼らの演奏の内容は、学究的というよりは実に活き活きしていることが多い。とても学者さんの研究目的の音楽ではないのである。このあたりに英国特有の屈折というか、ユーモアがあるという見方もできるだろうが、何はともあれ、このタリス・スコラーズの歌唱を一度でも聴いてみれば、そこに音楽の喜びが溢れていることを感じない人はいないだろう。もし全くご存じない方がおられれば、手っ取り早く YouTube で検索頂くことをお勧めする。この合唱団の澄んだ歌声の宗教音楽が、日常生活に疲れた心と体を、存分に癒してくれることだろう。例えば、今回も歌われたアレグリの「ミゼレーレ」。
https://www.youtube.com/watch?v=xpzdB0G3TJU

今回彼らは西宮、東京、札幌、名古屋、長野で、2つのプログラムによる計 6回の演奏会を開く。今回私が聴くことができたのは東京での 1回目で、チケットは完売。曲目は以下の通り。
 トマス・タリス (1505頃 - 1585) : ミサ曲「おさな子われらに生まれ」
 ウィリアム・バード (1540頃 - 1623) : めでたし、真実なる御体 / 義人らの魂は / 聖所にて至高なる主を賛美もて祝え
 グレゴリオ・アレグリ (1582 - 1652) : ミゼレーレ
 クラウディオ・モンテヴェルディ (1567 - 1643) : 無伴奏による 4声のミサ曲
 ジョヴァンニ・ピエルルイジ・ダ・パレストリーナ (1525頃 - 1594) : しもべらよ、主をたたえよ

この演奏会にはタイトルがあって、「エリザベス 1世の英国国教会音楽の黄金時代と≪モンテヴェルディ生誕 450年記念≫」というもの。ここで簡単な頭の整理だが、西洋で「音楽の父」と呼ばれ、バロック音楽を集大成したヨハン・セバスティアン・バッハの生涯は 1685年から 1750年。ということは、上記の作曲家たちはバッハよりも 100年以上前に生まれた人たちばかりである。どれほど古い音楽であるかが分かろうというものだ。コンサートのタイトルにある通り、前半のタリスとバードは英国、エリザベス朝 (1558 - 1603) に活躍した作曲家たち。シェイクスピアと同時代人たちと言ってもよい。それに対して後半のアレグリ、モンテヴェルディ、パレストリーナはすべてイタリアの作曲家たち。実際に聴いてみると、やはりイタリアの作曲家たちの方が変化があって気が利いているように思える (笑)。

だが私は実は、トマス・タリスの音楽が大好きで、そのきっかけはもちろん、ヴォーン・ウィリアムズ作曲の美しい曲、「トマス・タリスの主題による幻想曲」であったのだが、私の手元には、10枚組の廉価なトマス・タリス全作品集という CD ボックスがある。
e0345320_23481767.jpg
これを見ると、CD ごとにタイトルがあって、例えば「ヘンリー 8世のための音楽」「宗教改革のための音楽」「メアリ女王のための音楽」「エリザベス女王のための音楽」等々とある。そうなのだ。このタリスは大変長生きで、英国の歴史を変えたあのヘンリー 8世による英国国教会設立 (ローマ・カトリックからの離別) の時代から、その息子で若くして亡くなったエドワード 6世、カトリックに復帰したメアリ 1世、そして、ヘンリー 8世の娘であり、英国国教会に戻ったエリザベス 1世にそれぞれ仕えた人なのだ。同じキリスト教でも、カトリックであれば典礼はラテン語だが、国教会になると英語が使われたらしい。なんとも忙しい時代であった。今回歌われたタリスの曲、そしてバードの曲はいずれもラテン語であった。そして後半の曲目はイタリアの作品だから、これらもすべてラテン語。

このタリス・スコラーズは 10名の歌手から成っている。普通、いわゆる古楽の団体でもア・カペラの合唱団だけというのは珍しいと思う。今すぐに思い出すのは、ほかにはヒリヤーズ・アンサンブルくらいしかない。この時代の音楽はいわゆるポリフォニーと言って、日本語では多声音楽というのだろうか、様々な声部がそれぞれに進行して行く音楽で、いわゆる主旋律と伴奏からなるホモフォニーとは異なる。この合唱団の歌を聴いていると、理屈でなくそのことが実感できる。なにせ、それぞれの歌手の声がすべて同時に響き、同時に聞こえるのだ。溶け合いが美しいとは言えるが、それぞれのパートがくっきりと伸びあがって行き、声の線と線が絡み合う点にこそ、この種の音楽の素晴らしさがある。その音の線の絡み合いを耳にすると、私のような不信心な人間でも、自然と宗教的な感興が沸いてくるのである。メンバー 10名の内訳は、ソプラノ 4名、アルト 2名、テノール 2名、バス 2名である。だが、これによって女 6名、男 4名と思うとさにあらず。舞台を見ると女と男がそれぞれ 5名ずつなのである。そのヒントは、6/3 (土) に聴いた鈴木秀美指揮新日本フィルの演奏についての記事で、北十字さんからのコメントを頂いて私も気づいたように、このような古い音楽においては、男がアルトパートを歌うことがある。いわゆるカウンターテナーの一種である。これがタリス・スコラーズの面々。指揮者のフィリップスを除くと、確かに男女 5人ずつなのである。
e0345320_00115193.jpg
今回の演奏会では、アンコールが 2曲演奏された。まず、指揮者のピーター・フィリップスが挨拶。いわく、この素晴らしい場所 (彼は "Hall" という言葉を使わず、"Building" と言った。つまり東京オペラシティ・コンサートホールという空間そのものを指していたのだろう) に戻って来ることができて大変嬉しい。明後日また違うプログラムでも歌いますし。と、そこで手に持った本を掲げ、タリス・スコラーズの活動の歴史について私は本を書きまして・・・。それはこのような本 (カバーを広げた写真) で、会場でも売られていたが、翻訳ではなく原書だけであった。タイトルは "What We Really Do"。つまり、「我々が本当にしていること」。
e0345320_00183209.jpg
それから唐突に、今年はモンテヴェルディ生誕 450年なので、アンコールとして、この作曲家の Cantate Domino という曲を歌いますと説明した。そして、鳴りやまぬ拍手に続いてもう 1曲。イタリアの作曲家、アントニオ・ロッティ (1666 - 1740) は、Crucifixus (十字架にかけられ) を何曲か作曲していて、2日後には 8声のものを歌うが、ここでは 10声のものを歌います、とのことであった。いずれも素晴らしい演奏であったことは言うまでもない。だが、ひとつ疑問があって、それは会場に掲げられていたアンコールの表記だ。写真を撮ったのでここに掲載するが、2曲目は明らかに舞台上でフィリップスの喋っていたことと違う!! これも英国人特有のおふざけで、急遽予定と違う曲を歌うことにしたのだろうか (笑)???
e0345320_00312687.jpg
と思って今、東京オペラシティコンサートホールのサイトを見てみると、そこに掲載されている同ホールのツイッターの写真では、ちゃんと訂正されている!!
e0345320_00380735.jpg
うーん、どうやら急いで書き直したのであろうか。いずれにせよ主催者の方々、誠にお疲れ様です!!

このような予期せぬアンコールの変更だかいたずらだか (?) があったにせよ、この合唱団の音楽を聴いて、心が澄んだという思いを抱かない人はいないだろう。煩雑な日常を忘れるためにも、このような演奏会は大変に貴重なもの。またタリス・スコラーズの CD を買い込みたくなって来た。

by yokohama7474 | 2017-06-06 00:34 | 音楽 (Live) | Comments(0)