特別展 茶の湯 東京国立博物館

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このブログで何度か謝罪して来たことであるが、記事でご紹介する美術展のうちかなりの部分が、既に終了してしまったものなのである。中には東京以外の都市に巡回する展覧会もあるが、そうでないものについては、私が記事にする内容を、実際の展覧会で実物を前に吟味して頂く機会がないということになる。最近特にそのことを考えるようになり、今後はなるべく、充分な残り期間のある展覧会をご紹介したいのであるが、とりあえずの謝罪として申し上げておきたいのは、この茶の湯展と、異常なほどの人出で賑わったミュシャ展 (近日中にアップ予定・・・ならよいのだが 笑) だけは、もはや見る術のない展覧会のご紹介として何卒ご容赦頂きたい。だが、この世に芸術作品のある限り、ここで、あるいはミュシャ展の記事でご紹介するそれらの芸術作品にまた巡り合う可能性はあるわけで、一期一会を期待して生きて行くことはまた、大いに意義のあることである。

まあ能書きはこのくらいにして、展示作品の紹介に移りたいが、さらに言い訳めいた言説を弄するなら、ここで夥しい数 = 250点以上が展示されていた茶器とその関連の作品について、私ごときが何を語れるわけでもないし、とりわけこの分野は、分かる人には分かる、分からぬ人には永遠に分からぬというものであろうから、ここでは出品作のごく一部をご紹介しながら、言葉の無力をご一緒に実感したい (笑)。さて、そんなことで、展覧会は室町時代、足利将軍の茶室を彩った、舶来品、いわゆる「唐物」の茶器や美術品の綺羅星のごとき展示から始まる。しょっぱなに登場するのはこれだ。
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言わずと知れた曜変天目茶碗。静嘉堂の三菱コレクションのひとつである。この展覧会では展示替えもあって、この作品の展示は一定期間のみであったが、それにしてもこの茶碗は、誰が見ても分かる王者の風格である。世界でもたった 3つ、すべて日本に伝来する曜変天目茶碗は、その 3つとも国宝である。但しそのうちひとつ、大徳寺龍光院のものは普通に見られる機会はほとんど皆無。また、最近「開運! なんでも鑑定団」で「発見」された新たな曜変天目との触れ込みの茶碗は、私もテレビで見たが、正直なところ、国宝のそれらとは似ても似つかぬもの。その意味でも、この静嘉堂美術館のものと藤田美術館のものは、このブログではいずれも過去に採り上げているが、主としてそれらを所蔵する美術館ではそれなりに目にする機会がある点、ありがたい。昨年の今頃、2016年 6月11日に書いた静嘉堂美術館での記事では、このような素晴らしい茶碗の展示方法に苦言を呈したが、その意味では、今回の展覧会は最先端を行っていて素晴らしい。何度見ても飽きることのない絶対的な美を味わうには最高の環境であった。そして、名刺代わりの一発のもうひとつは、これだ。
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大阪の東洋陶磁美術館所蔵の、ということはこちらは住友コレクション(正しくは安宅コレクションだが)の、油滴天目茶碗。やはり国宝なのである。上記の曜変天目と同じく南宋時代、12 - 13世紀の作と思われる。油が水をはじくようなこの模様は、見るものを神秘的な感覚に誘う。さてこのような逸品で始まるこの展覧会の最初のコーナーは、上述の通り、足利将軍家の所蔵品。足利将軍家が称揚することで、絵画におけるその後の日本美の一典型とみなされた中国人画家がいる。牧谿 (もっけい、生没年不詳) である。私の知る限り、近年この画家の展覧会が日本で開かれたのは、1996年の五島美術館でのものが唯一で、そのときには会場で図録が売り切れで増刷待ちであったことを、昨日のことのように覚えている。それだけ牧谿の実物に接するのは貴重な機会なのであるが、ここでは、真作か否か判明しないものも含めて、8点の牧谿が展示されていた。これは有名な、大徳寺の「観音猿鶴図」の中の猿。もちろん国宝である。
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これは京都国立博物館が所有する、伝牧谿作の「布袋図」。この飄々とした表現は、典型的な牧谿の作風のイメージとは異なるが、だがその筆致は、上記の猿図と共通するところがあるように思われる。
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その牧谿と並び称される、同じ 13世紀、南宋時代の中国の画家がいる。その名は玉澗 (ぎょくかん)。彼も日本で多大な尊敬を集めた画家だが、多分このような自由な筆さばきはそれ以前には日本には存在せず、足利将軍家の美意識がこのような絵画作品を日本に流布させたものであろうか。その後の水墨画のパターンに鑑みて、それほど特殊には思われないが、これが典型的な日本の水墨画のルーツになっているのだろう。これは (牧谿にも同名の作品があるが) 「遠浦帰帆図」(えんぽきはんず) の一部。京都国立博物館所蔵の重要文化財である。うーん、最小限の表現に詩的な感覚が満載だ。
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次は東京国立博物館所蔵の国宝。李迪 (りてき) の手になる「紅白芙蓉図」である。これも南宋時代、1197年の作である。つまりは描かれてから既に 820年を経過しているということだ。活けるがごとき花の様子が生々しい。
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これは徽宗 (きそう) 作と伝えられる五島美術館所蔵の「鴨図」。徽宗 (1082 - 1135) は宋の皇帝であり、芸術を篤く庇護するとともに自ら絵筆を取った人。真筆ではないという説が有力だが、写実的でありながらも、どこか精神的高潔さを感じさせる作品ではないだろうか。
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これは足利氏ゆかりの栃木、鑁阿寺 (ばんなじ) に伝わる重要文化財の「青磁浮牡丹文花瓶 (せいじうきぼたんもんかへい)」(13~14世紀)。青磁の花瓶と香炉である。香炉は足利尊氏、花瓶は足利義満からの寄進であるという。この青磁というものは、日本人好みのわび・さびの感覚とはちょっと違うが、この独特のツヤのある緑色には、なんとも落ち着くのである。
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そしてこれはなんと、国宝の「青磁下蕪花入 (せいじしもかぶらはないれ)」(13世紀)。アルカンシエール美術財団というところが所蔵している。うーん、まるでモランディの絵画を見ているような静謐さ。実はこれは実業家、原六郎 (1842 - 1933) のコレクションであり、品川にある原美術館は現代美術専門だと思っていたら、実は彼の屋敷跡なのであった。この財団は原家のコレクションを管理する団体であるとのこと。
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これは東京国立博物館所蔵になる、重要文化財の「青磁輪花茶碗 銘 馬蝗絆(せいじりんかわん めい ばこうはん)」(12~13世紀)。「平家物語」の中に、平重盛が中国の高僧から贈られたものと記されており、後に将軍足利義政が所有していたときに、ひびが入ったので中国に送って代わりの品を求めたところ、当時の明王朝ではこれに優るものはできないとして、かすがいを打って送り返して来たと言われる。そのかすがいをイナゴに見立てて、「馬蝗絆」と呼ばれているとのこと。だが、この茶碗が重盛の時代に遡るとは考えられていないとのこと。それに、中国に送ったらこのようにして返してきたというのも、どうも信憑性があるとは思われないが、大胆に修理したものをまた新たな景色として取り入れて伝説を作ることで、茶碗の価値を高めていると考えると面白い。
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これも東京国立博物館所蔵の重要文化財、「柿釉金彩蝶牡丹文碗 (かきゆうきんさいちょうぼたんもんわん)」(11~13世紀)。この渋い色合いは、上で見て来た青磁とは全く異なるもの。これは中国製だが高麗の墓から出土したものらしい。この碗の薄さはまた独特の鋭さを持ち、なんとも言えない枯れた味わいがある。考えてみれば、800年とか 900年前の焼き物がこれだけ多く、割れずに保存されている日本という国は本当にすごい。価値を認めたものには最大限の注意を払って大事にするわけで、それによって守られた対象にも、星霜を経て自然と品格が出てくるということであろうか。
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これは大阪市立東洋陶磁美術館所蔵の重要文化財、「木葉天目 (このはてんもく)」(12~13世紀)。加賀前田家に伝来したもので、実際の木葉を置いて焼き上げたものと言われているらしい。この美的センスには黙るしかないだろう。もしこのような仕上がりを想定して焼かれたものなら、そのセンスには脱帽しかない。
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これは常盤山文庫の所蔵になる、「犀皮水中 (さいひすいちゅう)」(13世紀)。中国 (南宋) 製で、犀皮と名付けられているが、サイの皮ではなく金属の上に漆で模様をつけたもの。これはペルシャから来た形であろうか。色合いは渋いものの、わび・さびとは違ったバタくささ (?) があって、見ていて飽きないのである。
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展覧会には「描かれた茶の湯」というコーナーがあって、いくつかの絵巻物が展示されているが、これは文化庁所蔵になる室町時代の「酒飯論」。酒好き、飯好き、両方好きの諸派 (?) の様子を描いているという面白い絵巻物。当時の日本人の生活を想像できる、ちょっとほかにない作品だ。でも、メシ食ったり酒飲んだりしている様子を描くのを、王朝絵巻のように雲で包む必要はないように思うが (笑)。
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さて、展覧会はその後、「侘茶の誕生」というコーナーに入る。ここにも名品の数々が並んでいて圧巻であったが、これは文化庁所蔵の重要文化財「灰被天目 銘 虹 (はいかつぎてんもく めい にじ)」(14~15世紀)。私は美しく展示されたこの茶碗を、ガラスケースに張り付くようにして見て、手に取ってみたらどんなに心地よいかを想像してみた。だがこれはもともと足利義政の所有になるもので、近代には益田鈍翁の所有であったものとのこと。私ごときが親しく手に取ることなど、夢のまた夢なのだが、それにしてもそのような親しみを感じさせる独特の雰囲気を感じる。
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そしてこのあたりから小さな展示品が増えてくる。侘茶の時代に入り、茶の湯の普及と特定の特権的な名前による権威づけがどんどん進んで行く。戦乱の世にあって茶の湯とは、武士も刀を抜いて行う儀式であるがゆえに、ある異常な緊張状態の中で、時に人の命まで左右するような重みを持つ文化に発展して行ったものと解釈した。これは徳川記念財団の所蔵する重要文化財「唐物肩衝茶入 銘 初花 (からものかたつきちゃいれ めい はつはな) (13~14世紀)。高さわずか 8.8m の、茶を入れる小さな容器であるが、驚くなかれ、信長 、秀吉、家康の手を渡って来た逸品なのである。実は天下の三肩衝 (「かたつき」とは形の名称) と称される茶入があり、この「初花」以外には、「新田」と「楢柴」である。このうち「新田」は、今回は出展されていなかったようであり、もうひとつの「楢柴」は、実は既に現存しない。映画版の「タイムスクープハンター」をご覧になった方は、そこに登場する商人・茶人の今井宗室が、命に代えても守ろうとする小さな茶入があったのを覚えておられようが、それがほかならぬ楢柴であった。茶入とは、人の命よりも大事なものであるのか・・・。今日この茶入をどんなに眺めても、そのような壮絶な歴史を思い起こすのは困難だ。
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展覧会はそれから、高校の教科書にも出てくる村田珠光 (むらた じゅこう 1422/23 - 1502) や武野紹鷗 (たけの じょうおう 1502 - 1555) という人たちに関連する出品物が続く。これは武野紹鷗自作の竹茶杓である。
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16世紀前半より、珠光の流れを継ぐ茶の湯者の間で、侘茶の流行とともに、茶室の中には唐絵だけでなく禅林墨跡が掲げられることになる。これは東京国立博物館所蔵の国宝「無相居士宛 尺牘 (むそうこじあて せきそく)」。12世紀のもので、筆者は南宋の僧、大慧宗杲 (だいえそうこう 1089 - 1163)。かなり硬派な感じである。
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これは高麗茶碗で、京都大徳寺の孤蓬庵所蔵の国宝「大井戸茶碗 喜左衛門井戸」(16世紀)。唐物ではなく、朝鮮半島の日用雑器を茶器として使用したものを井戸茶碗と言うらしく、これはその最高峰と言われるもの。少し大振りであり、雄大なスケールを感じると言ってよいと思う。
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そしてもちろん、茶の湯の大成者であり歴史上その名を知られる千利休 (1522 - 1591) ゆかりの品々が並ぶ。まずこれは、大阪の正木美術館所蔵の重要文化財「千利休像」。1583年、利休の生前の姿を描いた唯一の遺品であり、作者は長谷川等伯と伝わっているが、その点の確証はないようだ。自信に満ちた表情のように見えるがいかがであろうか。
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利休ゆかりの茶入、茶壷、花入などが並んでいるが、私の目を引いたのは、この「耳付籠花入 (みみつきかごはないれ)」(16世紀)。なんの変哲もない籠であっても、利休が所持したというその事実だけで価値が出てくるのが面白い。本来は魚籠であったものを利休が花入れとしたと言われる。そう思ってみると、それぞれの編み目も趣き深く思われてきて面白い。利休は、いわばミダス王のように、なんでもないものに手を触れて貴重なものに変えてしまった。
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利休の時代の代表的な陶芸家、樂焼の創始者、初代長次郎 (? - 1589) の「黒樂茶碗 銘 ムキ栗」(16世紀)。これはなんと、口の部分が四角形になっているという変わり種。樂焼は現代にまで続く焼き物であるが、破天荒一歩手前のこの想像力には脱帽する。LED を利用した会場の展示方法によって、昔の鑑賞法ではありえないほど、繊細で美しい茶碗の姿を堪能することができた。
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さて、古田織部 (1543 - 1615) になってくると、こちらは本当に破天荒な表現力でよく知られるが、これは、その織部の影響と考えられる「伊賀耳付水差 銘 破袋 (いがみみつきみずさし めい やぶれぶくろ)。この、現代陶芸のような自由な発想には本当に驚かされる。
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これは、三井記念美術館所蔵の国宝「志野茶碗 銘 卯花墻 (しのちゃわん めい うのはながき)。白っぽく大振りで、白い釉と左右の茶色い線が独特の風情を作っている。日本で作られた茶碗の国宝は、これともう 1点、本阿弥光悦の白楽茶碗 銘 不二山 (展覧会には出品されておらず) の 2点しかないそうだ。
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そしてこれは、文化庁所蔵の重要文化財、野々村仁清 (生没年不詳) の「色絵若松図茶壷 (いろえわかまつずちゃつぼ)」(17世紀)。仁清らしい華やかな色彩と上部の黒い釉との対照が美しい。そして、ここまで辿ってきた茶の湯を巡る美意識も、いよいよ泰平の江戸時代の空気を反映して来ているように思われる。
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冒頭に述べた通り、膨大な出品物の一部しかご紹介できなかったが、やはり茶の湯が日本人の美意識に与えた決定的な影響を様々に実感できる貴重な展覧会であった。鑑賞者の感性への刺激と、そしてそのモノの持つ謂れの双方がないと、高い評価がつかない分野ではあるが、現代に生きる我々は、それが国宝であろうが文化財指定がなかろうが、自由な視点で気に入った茶碗などをめでる特権を持っている。その特権を使える機会を、また持ちたいものだと思う。

by yokohama7474 | 2017-06-10 03:04 | 美術・旅行 | Comments(0)