ステファヌ・ドゥネーヴ指揮 ブリュッセル・フィル (ピアノ : モナ=飛鳥・オット) 2017年 6月11日 東京芸術劇場

e0345320_12091387.jpg
注目のコンビが来日だ。私が深く尊敬する指揮者、ステファヌ・ドゥネーヴが音楽監督を務めるブリュッセル・フィル。この指揮者については、このブログを始めて未だ日も浅かった頃、2015年 6月 8日の記事において、NHK 交響楽団を指揮した演奏会で採り上げて絶賛した。当時の記事は未だ短いものであったのだが、この川沿いブログはその後膨張しており (笑)、様々な寄り道をしながらも、東京で接することのできる文化の隆盛を地方に海外に、また将来に伝えるべく、心してこの記事を書くこととしよう。

まずはベルギーの首都であるブリュッセル。EU の本部がある都市でもあり、先の空港でのテロにも負けじとヨーロッパの誇りを保ち、文化の灯をともし続けて欲しいものである。
e0345320_21100852.jpg
ベルギーは、いわゆるベネルクス 3国 (ベルギー、ネーザーランド (= オランダ)、ルクセンブルク) のひとつ。もちろんドイツやフランスというメジャーな国とは異なり、文化的にも多様なのであるが、それゆえにこそ、真にヨーロッパらしい存在であると言えると思う。私はこれまでに 3回ブリュッセルを訪れており、そのいずれもが、当時かの地のオペラハウス、モネ劇場の音楽監督であった大野和士の指揮を聴くためのものであったのだが、この街の中心にあるグラン=プラスは、かのヴィクトル・ユーゴーが「世界で最も美しい広場」と絶賛した場所であり、そこに身を置くと、本当に時間を忘れるのである。
e0345320_22045034.jpg
さて、ブリュッセルはそのような素晴らしい街なのであるが、では、ベルギーと聞いて人は何を思い出すだろう。ビール。チョコレート。もちろん。だが人物についてはどうだろう。まず思い出すのは、アガサ・クリスティが創作した名探偵、「灰色の脳細胞」を持つエルキュール・ポワロ。それから実在の人物では、もちろんブリューゲルほかのルネサンス期のフランドル絵画の画家たちもおり、世紀末象徴主義のクノップフ、そしてシュールのマグリット。音楽の分野ではなんといっても作曲家セザール・フランク。それから指揮者では、アンドレ・クリュイタンス。こうして並べてみると、フランスでもないドイツでもない、またオランダとも異なる、ベルギーという国の一筋縄では行かない個性を感じることができる。そんな国のオーケストラとしては、もちろん上述のモネ劇場のオケも素晴らしいが、それ以外ではやはり、ベルギー国立管弦楽団に指を屈する必要があるだろう。上に名前の挙がったアンドレ・クリュイタンスが手塩にかけたこのオケは、2003年に、当時未だ 20代で天才ともてはやされた音楽監督ミッコ・フランクのもとで来日した。だが今回、ドゥネーヴとともに初来日を果たしたこのブリュッセル・フィルはそれらとはまた異なるオケであり、1935年にベルギー国立放送のオケとして発足した。ドゥネーヴは 2015年 9月からそこの音楽監督を務めているのである。

ではこのドゥネーヴ、いかなる指揮者であるのか。1971年生まれのフランス人。ゲオルク・ショルティ、ジョルジュ・プレートル、小澤征爾らのアシスタントを務め、このブリュッセル・フィル以外にも、昨年まで名門シュトゥットガルト放送響の首席指揮者を務めたほか、現在はあのフィラデルフィア管弦楽団の首席客演指揮者でもある。私が過去 2回、彼の演奏に接したところで断じてしまうと、この人こそ、時代を担う巨匠になるべき素晴らしい指揮者だ。
e0345320_22291584.jpg
そのようなドゥネーヴとブリュッセル・フィルが今回演奏した曲目は以下の通り。
 ギューム・コネソン (1970 - フランス) : フラメンシュリフト (炎の言葉)
 ベートーヴェン : ピアノ協奏曲第 5番変ホ長調作品73「皇帝」(ピアノ : モナ=飛鳥・オット)
 ベートーヴェン : 交響曲第 3番変ホ長調作品 55

今回このコンビは全国で 9回のコンサートを開く (東京以外には名古屋、札幌、金沢、姫路、広島、観音寺、福岡) が、そのいずれのコンサートでも、コネソンの「フラメンシュリフト」が冒頭に演奏される。ドゥネーヴとブリュッセル・フィルは最近ドイツ・グラモフォンからこの作曲家の作品集を発売したようで、会場にもその CD のジャケットをあしらったこのような自立式の宣伝が見られた。
e0345320_22372383.jpg
演奏に先立ってドゥネーヴは指揮台でマイクを持ち、このオケの第 2ヴァイオリンの首席である萩原 麻利の通訳で聴衆に語り掛けた。傑作だったのは、開口いちばん、萩原が "Ladies and Gentlemen, good afternoon!" と英語で呼びかけたのに続いて、ドゥネーヴが「ミナサン、コンニチハ」と日本語で喋ったことであった。私はこのようなユーモアのセンスが大好きなので、客席で声を挙げて笑ってしまいました。そしてドゥネーヴが解説することには、このコネソンの曲は、ベートーヴェンとドイツ音楽に捧げられたものであり、冒頭の音型はあの第 5交響曲と同じであるとのこと。そして自分たちが最近コネソンの CD を出したことが述べられ、「終演後にはサインします」との発言もあった (この箇所での萩原の通訳は「終演後に CD をお買い求め頂けます」であったが・・・)。それから、ドゥネーヴが語ることには、来日の直前に難関コンクールとして知られるエリザベート王妃コンクールがブリュッセルで開かれ、チェロ部門で日本人の岡本侑也が 2位に入り、協奏曲の伴奏を自分たちが行ったこと、それから、日本を代表する作曲家、細川俊夫の新作を初演したこと (これは、同コンクールでチェロの課題曲となった「昇華」という曲のことだろう) が述べられた。
e0345320_22571450.jpg
今回の演奏会のプログラムは、ベートーヴェンの作品と、そのベートーヴェンへのオマージュから成っているわけだが、私も今回初めて知ったことには、ベートーヴェンの祖父はブリュッセル近郊の生まれ。彼の名前に入っている van は、確かにオランダあたりに多いもので、生粋のドイツ人のものではない。なるほど、ヨーロッパは誠に一筋縄ではいかないのだ。そして演奏されたコネソンの「フラメンシュリフト」は確かに、フランス的な曖昧模糊としたものではなく、弦がザッザッとリズムを刻むドイツ風の音楽で、かつ華やかさも併せ持つ 10分程度の曲。終演後にドゥネーヴがスコアを抱えて指さしていたのが印象的であった。

次に演奏された「皇帝」では、若手ピアニスト、モナ=飛鳥・オットが登場。1991年生まれだから今年 26歳。3歳年上の姉、アリス=沙良・オットと同じく、ドイツ人の父と日本人の母の間に生まれている。これは姉妹のツーショットだが、向かって右がモナ。むしろ姉よりも大人びた風貌と言ってもよいのでは。
e0345320_23063732.jpg
だが今回の演奏は、率直なところ、姉アリスの演奏レヴェルにはごくわずか届かないような気がしたのは私だけであろうか。非常にきれいな音で長い指が鍵盤を駆け巡るのであるが、この曲であればもう少し力強さが欲しいし、それに伴う山っ気というか、緩急の使い分けがあった方がよかったと思う。その一方、若い音楽家が自らを信じて疾走することは何よりも素晴らしいことであり、今の彼女にできる演奏であったという点には気持ちよいものを感じさせてもらった。今後の活躍を楽しみにしたい。アンコールとして弾いたリストの「巡礼の年『ヴェネツィアとナポリ』」のカンツォーネは、一転して暗い情緒を感じさせる名演であったことから、このピアニストの様々な可能性を感じることができた。

そしてメインの「エロイカ」であるが、これは快速テンポで駆け抜ける爽快な演奏となった。「皇帝」でもそうであったが、ドゥネーヴは指揮棒を持ち、ヴァイオリンの左右対抗配置も取らないが、弦楽器 (コントラバス 6台編成) にはヴィブラートをかけさせず、キビキビとした現代的なベートーヴェンを描き出した。第 1楽章のコーダでトランペットが「行方不明」になる箇所も、この勢いで聴くと気にならないから不思議である。かと言って無味乾燥な演奏ではなく、時にはごくわずかテンポを落としてみたり、第 3楽章スケルツォの中間部のホルン 3重奏もほのぼのとした味わいのものであった。このオケの性能はかなり高く、この気持ちよい演奏の実現においてその性能はいかんなく発揮されたと思う。ただ 1箇所、第 2楽章葬送行進曲の冒頭すぐに弦が細かく刻む場所でずれてしまい、音楽がギザギザな感じになってしまった点が惜しまれた。

アンコールとして演奏されたのは、(ドゥネーヴの日本語まじりの紹介のあと) シューベルトの「ロザムンデ」間奏曲第 3番。ここでは一転して遅いテンポで極めて抒情的な演奏が聴かれ、いかにもロマン派という雰囲気が醸成された。弦楽器を見ていると、ヴァイオリンはヴィブラートなしだが、チェロの一部は朗々とヴィブラートをかけていた。味わい深い演奏だったので、次は是非ドゥネーヴのドイツ・ロマン派が聴いてみたいものだ。

終演後のサイン会は、ピアニストが先に準備していて、指揮者は遅れてやって来ることとなったが、和気あいあいという大変よい雰囲気であった。モナは姉アリスと同様、日本語には全く問題なく、サインを求める人たちに丁寧に応対し、時折やって来る知り合いの人たちとも楽しそうに会話していた。一方のドゥネーヴはまた、きっちりとファンの目を見てコミュニケーションを図っており、サインをしては「ヴォアラ」(フランス語で「はいどうぞ」の意味) などと言いながら、これまた楽しそうであった。これらの写真で、その楽し気な雰囲気が伝わるとよいのだが。
e0345320_23295030.jpg
e0345320_23300757.jpg
e0345320_23310359.jpg
e0345320_23312190.jpg
e0345320_23313928.jpg
ベルギーからの初来日のオケと若手ピアニストは、これから地方巡業となる。奏者たち自身、是非日本での演奏を楽しんで頂きたいし、ヨーロッパの現在を我々日本人の前で表現して欲しいものだと思う。

by yokohama7474 | 2017-06-11 23:34 | 音楽 (Live) | Comments(0)