トン・コープマン指揮 NHK 交響楽団 2017年 6月14日 NHK ホール

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以前もこのブログで触れたことであるが、東京におけるコンサートのメッカであるサントリーホールは現在改修中。通常定期演奏会をここで行っているオケはそれぞれに、それぞれにほかの会場で定期演奏会を継続中だが、ひとつだけ、本来サントリーホールで行っているべき定期演奏会を取りやめたオケがある。NHK 交響楽団 (通称「N 響」) である。もちろん東京 No.1 オケとしての存在感は未だ健在であるものの、昨今のほかのオケの充実ぶりには目を見張るものがあり、その意味では、このオケが行っている 3つの定期プログラムのうち 2つが、あの巨大な NHK ホールでの演奏であることは、今後 10年の N 響を占う上では、由々しきことなのではないかと私はいつも思っている。なので、サントリーホールが改修中、サントリーホールでの定期を取りやめ、代わりにその NHK ホールでの 3ヶ月だけのシリーズ (と、同じ内容でのミューザ川崎シンフォニーホールでの木曜 15時からのシリーズ) になったことに、複雑な思いを抱くファンは多いことだろう。この 3回シリーズ、上のポスターにある通り、4月は広上淳一、5月はウラディーミル・フェドセーエフが指揮台に立ち、そして今月 6月の最終回は、オランダ出身の古楽専門指揮者、トン・コープマンの登場である。今年73歳。「渋谷・大人の寄り道」をどのように演出してくれるのであろうか。
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実はこの演奏会、発表当初は英国の名指揮者、ネヴィル・マリナーの指揮で予定されていた。だがマリナーは昨年 10月、残念ながら 92歳で大往生。そして代役として選ばれたのがコープマンである。これはなかなかに興味深い。というのも、マリナーはモーツァルトを得意にしていたとはいえ、(研究はともかく実際の演奏活動においては) 飽くまで現代楽器オケを指揮する演奏家であったのに対し、このコープマンは一徹なまでの古楽指揮者。チェンバリスト、オルガニストでもある彼は、1979年に自ら設立したアムステルダム・バロック管弦楽団との演奏活動を積極的に展開して来た。実は彼とそのアムステルダム・バロック管とは、1991年の 5・6月と11月に、開場間もない池袋の東京芸術劇場で、モーツァルトの全交響曲 (番号付き 41曲、もとい 40曲 <なぜなら 37番は欠番なので> + 番号なし数曲) とレクイエムを、全 11回の演奏会で踏破しているのである。それも今となってはバブル時代の歴史的イヴェントと言えようが、加えてすごいのは、そのすべてを 1993年に NHK が BS で放送したこと。当時私はがんばって全 11回をビデオに録画したのだが、実は 1度だけ緊急番組が放送されたために録画し損ねたのである。それは今回調べてみると、第 4回。何の緊急番組であったかというと、元総理大臣、竹下登の証人喚問である (笑)。これもまたバブル時代末期のイヴェントであった。

ともあれそのような古楽のスペシャリスト、コープマンは、その経歴を見ると、王立コンセルトヘボウ管やベルリン・フィル等の一流モダンオケにも客演の実績があるとのこと。今回は N 響との初共演であるが、果たしていかなる結果になるのであろうか。今回の曲目はすべてモーツァルトで、以下の通り。
 歌劇「魔笛」K.620序曲
 フルートとハープのための協奏曲 K.299 (フルート : カール・ハインツ・シュッツ、ハープ : シャルロッテ・バルツェライト)
 交響曲第 41番ハ長調K.551「ジュピター」

実はコープマンと N 響は、同じ曲目で翌 15日 (金) は (しつこいようだが平日の 15時から!!) 川崎で、また 17日 (土) は上田市で、18日 (日) は豊川市で演奏会を開く。私の野心は、そのような地方公演を聴きに行くことであったが、今週土曜日から出張が入ってしまったので、やむなく今回、NHK ホールでの「水曜夜のクラシック」シリーズの一環であるコンサートに出かけることとした。ひとつ興味深いのは、今回もともとマリナーが予定していた曲目は、最初が「フィガロの結婚」序曲、それから 25番の交響曲、次に、これは同じフルートとハープのための協奏曲を経て、最後は 36番「リンツ」というプログラムであったのだ。つまりコープマンに指揮者が変更になって、協奏曲以外の曲目は総入れ替えになってしまった。理由は判然としないが、勝手に解釈すると、協奏曲以外は後期のウィーン時代の作品で揃えたかったということではないのか。その推測には理由があり、今回のフルートとハープのソリストは、いずれもウィーン・フィルの首席奏者。
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それに加え、今回客演コンサートマスターを務めるのは、元ウィーン・フィルのコンサートマスターとしておなじみの、あのライナー・キュッヒルなのである。つまりこのコンサートの主要な演奏家たちは、みなウィーン・フィルの一部ということになる。ウィーンで生まれた曲を演奏したくなるのも無理はない (笑)。
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さて、コンサートの内容であるが、私としてはいくつかの点で複雑な思いを抱くことになった。まずひとつは、やはり会場の大きさ。最近 NHK ホールの音響は、私の気のせいか、以前よりもよくなったような気がするのだが、とはいえ、多分に想像力でその響きを補って聴く必要があるケースが依然として多い。ほかのオケが響きのよいホールで自発性溢れる演奏を自在に展開している今、やはりこの環境が N 響の 10年後にとって重要な意味を持つだろうと、繰り返したい。今回の演奏では、前半がコントラバス 2本、後半が 4本という小さな編成であり、その微妙なニュアンスを聴きとるには、残念ながらこのホールは大きすぎる。それから、キュッヘルであるが、例によってひとりだけ、本当に冒頭の「魔笛」序曲から、音がビンビンと響いてくるのである。これはもちろんよい面もあると思うが、指揮者の志向する音楽はノン・ヴィブラートの古典的プロポーション。ウィーン的な蠱惑的音楽とはかなり異なっている。もっとも、ウィーン・フィルとても最近は多くの古楽系指揮者を指揮台に迎えてはいるものの、「これぞウィーン・フィル」という音はやはりロマン的なものであると思う。だから、キュッヒルの音が飛び出して聴こえてくることは、音楽のスタイルという観点からは、やはりちょっと違和感があったのである。但し、後半の「ジュピター」でキュッヒルの手元をよく見ていると、前半とは異なり、わずかにヴィブラートをかける場面もあるように見受けられ、実際に聴こえてくる音も、尻上がりに均一性が改善したように思えた。音楽とは本当に生き物なのであって、一流のプロといえども、すべて思ったように行くとは限らず、それこそが生演奏の醍醐味だと思うのである。コープマンの指揮自体は、予想した通り、鳥肌立つような霊感に満ち溢れたものとは言えない実直なものであったが、その小柄なからだをせっせと動かし、指揮棒を持たない両手でオケをリードする姿には真摯さが見られて、好感を持つことはできた。その一方で、モーツァルトの交響曲でも「ジュピター」くらいになると、少しはロマン性、と言って悪ければ、音楽の「味」が必要な箇所も多い。これは、以前も例えば、クリストファー・ホグウッドとエンシェント室内管の実演でも感じたことである。今回の演奏では、もう少しその「味」が欲しいような気がした。そしてコープマンが演奏会終了後の拍手に応えて、客席に向かって「モーツァルト!!」と叫んで指揮し始めたのは、「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」の第 1楽章。アンコールでありながら、提示部をきっちり反復するあたりも真面目な印象だが、これは「ジュピター」よりもしっくり来る、N 響のアンサンブルがよく響いた演奏であった。あ、それから、フルートとハープのための協奏曲のソリストたちに関しては、もちろんきっちりとまとまっていたものの、正直、ちょっとおとなしいかなという気がしないでもなかった。彼らはアンコールとして、結果的にこの日唯一のモーツァルト以外の曲目 (笑)、ジャック・イベールの間奏曲を演奏し、これも洗練された優れた演奏であった。

上で書いたことはちょっと否定的に響くかもしれないが、でも私はこの演奏会を結構楽しんだことも事実。いわゆる古楽系の指揮者では、N 響はロジャー・ノリントン (私は彼のことを真の天才だと思う) との共演は多く果たしてきたが、ノリントンは病気も患ったし、既に高齢。この系列の指揮者で新たな可能性を発掘するには、コープマンのような人はなかなかに面白い選択だと思う。N 響の挑戦ということになるものと思うので、また再演があってほしい。やはり、次はバッハではないでしょうかね。まぁまずはその前に、土曜の上田でのコンサート、頑張って頂きたい。どうやら音響のよさそうなホールがあるようだ。上田の人たちが羨ましい (笑)。
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by yokohama7474 | 2017-06-15 00:28 | 音楽 (Live) | Comments(5)
Commented by エマスケ at 2017-06-15 08:21 x
こんにちは。
今回はブログ主様にしては珍しくネガティブな評価でしたか...。
私は、N響のモーツァルトは時として、ブログ主様のおっしゃる「味」というか、モーツァルトのウキウキするような楽しさの表現がイマイチ、と感じることがあります。
ですが、昨夜のモーツァルトは、瀟洒な小箱を思わせる、よい演奏だったと思います。
1階の真ん中あたりに座っていたのですが、ライナー・キュッヒル氏がコンサートマスターとわかった瞬間に周囲が色めき立ったのが感じられるとか、ソリスト2人が頻繁にアイコンタクトを交わす様子が微笑ましいとか、演奏以外の情報に依るところも少なくなかったかもしれませんが。

ともあれ、箱の問題は大きいです。
2025年へ向けNHK放送センターの建て替え計画もありますが、残念ながらホールは改修にとどめ、基本的に現状維持のようです。
もっと言わせていただくと、ホールを出た瞬間にいやでも耳に入る、アマチュア音楽家達の演奏も何とかならないものでしょうか。

コープマン氏には、次回は是非、バッハを振ってほしいと思います。

またお邪魔させていただきます。
Commented by usomototsuta at 2017-06-15 12:54
クラシック音楽ファン歴30年とはいえ、いわば聴くレパートリーとしては非常に浅く狭い範囲にとどまっていました。昨年宮崎のアイザックスターンホールへ大分から3時間半かけて出向き、ブロムシュテット、バンベルク響のシューベルト、ブルックナーの両7番を聴いたのをきっかけに、クラシック音楽への欲求がにわかに高まりました。折り返し点を過ぎたと思われる人生の後半、どれ程の音楽体験ができるのかと、あるいは他に興味が移るときが来るのか自分でも分かりませんが。何を言いたいのか判らなくなりましたが。今回のブログはN響及びNHKホールについて考えさせられました。大分在住なので、東京のホールは30年近く前受験にかこつけていったNHKホール、サントリーホール1回ずつのみです。ちなみに前者ではN響の定期で、メインはフランクの交響曲ニ短調?
後者では新星日本響のシェエラザードでした。1平成元年のことです。NHKホールの問題点は私のようなライトなファンにも見聞きしたことは多いです。今回のブログではその件を、オケの今後も含めて、また曲との関係を含めて具体的に言及されていました。地方に巨人ファンが多いように、私にとってテレビを通してのN響とその本拠地が、少なくとも視覚的には最もなじみ深いものでした。今回の指摘は恐らく間違っていないと思われますので、私としても複雑な気持ちです。同時に、例えばBS日テレ等が読響のコンサートを放送したり、CS放送でクラシック音楽専門チャンネルがあれば良いのにと思います。(すでにあるのでしょうか?) 月に3000円位なら想定内です。(笑)
Commented by yokohama7474 at 2017-06-15 21:52
> エマスケさん
コメントありがとうございます。音楽には多様な聴き方があり、それぞれの聴き手にとっての感想があるべきですので、このようなコメントを頂戴して有り難いです。でも、おっしゃることは分かりますよ。いずれにしても、生演奏においては環境は本当に大事です。日本もこれからは成熟国家としての位置づけを明確にして行くべきときでしょうから、演奏されている音楽の質にふさわしい環境は必須であると、私は思っております。またご意見お聞かせ下さい。
Commented by yokohama7474 at 2017-06-15 21:58
> usomototsutaさん
興味深いお話しをありがとうございます。音楽との出会いには様々な巡り合わせがありますよね。お聴きになったフランクは、もしかしたらホルスト・シュタインの指揮でしたか? もちろん N 響の歴史は素晴らしいもので、もちろん演奏能力も高いですが、そうであればこそ、極上のホールで聴きたいです。例えばワインを飲むのに、ビールジョッキは使いませんし、ワインの質が上等になればなるほど、ワイングラスによって微妙な味わいの差があるわけで、音楽も全く同じですよね。因みに BS 日テレは、月に一度、読響のコンサートを放送していますし、CS のクラシック専門チャンネルにはクラシカ・ジャパンがあります (月額 3,000円くらいだったと思います)。その意味では日本は恵まれているとは思いますが、ただやはり、生演奏も貴重だと思います。是非九州で様々な機会をご活用下さい。
Commented by usomototsuta at 2017-06-16 00:02
いつも丁寧な返信をありがとうございます。私が聴いたのは言われてみれば確かにホルストシュタインだったと思います。同じ頃N響アワーで「ローマの松」を振ってるのを見たのが、シュタインとこの曲を私が知った時でした。初めてのNHKホールに興奮しながら入って行き、コートを預かってもらえることに感激したものです。ワインとビールの例え、とても良く分かります。また、クラシカジャパン、確かにあります。ありがとうございました。
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