パーヴォ・ヤルヴィ指揮 NHK 交響楽団 (チェロ : ターニャ・テツラフ) 2017年 7月 1日 NHK ホール

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早いもので、2017年ももう半分を過ぎた。そうして NHK 交響楽団 (通称「N 響」) の指揮台に、首席指揮者のパーヴォ・ヤルヴィが還って来た。N 響のシーズンは 9月からなので、今回の一連の公演が、シーズン最後の定期演奏会ということになる。上のプログラム写真でも分かるように、たまたま私が今回対象とする演奏会は 7月にずれ込んだとはいえ、元来は 6月の定期の一環なのである。以前も触れたように、もともと 3種類の定期のうち 1種類をサントリーホールで行っている N 響であるが、現在そのサントリーホールは改修中。6月の定期はかくして 2プログラムのみ。今回私が聴いたものはその 2つ目で、よく演奏日程を確認してみると、今回の 7/1 (土) のものが、今シーズンの定期演奏会の文字通り最後のコンサートなのである。道理で演奏終了後、女性楽員がヤルヴィに花束を渡していたはずだ。今シーズンは N 響にとって、とりわけ意義深いシーズンであったと評価されるのではないだろうか。そのひとつの理由は、今年 2月から 3月にかけて行われたヨーロッパツアーであろう。5月14日のスタインバーグ指揮 N 響の演奏会の記事でそのツアーの成果についてはご紹介したが、今回の 6月定期のプログラムには、N 響のスポンサー 5団体への謝辞として、このような写真が掲載されている。クラシックファンならすぐに分かる、アムステルダムのコンセルトヘボウにおけるヤルヴィと N 響の演奏会を写したものであろう。
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ともあれ、6月の定期公演のひとつは、デュティユー、サン・サーンス、ラヴェルというオール・フランス物。そして今回私が聴いたのは、このように対照的な、オール・ドイツ初期ロマン派プログラムである。
 シューマン : 歌劇「ゲノヴェーヴァ」序曲
 シューマン : チェロ協奏曲イ短調作品129 (チェロ : ターニャ・テツラフ)
 シューベルト : 交響曲第 8番ハ長調 D.944「ザ・グレイト」
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うーんなるほど。よく考えられたプログラムだ。その理由を列挙しよう。
・前半は、ヤルヴィがもうひとつの手兵ドイツ・カンマー・フィルと集中的に手掛けたことがあるシューマン
・だが彼の交響曲ではなく、序曲と協奏曲。しかも、よりポピュラーな「マンフレッド」序曲やピアノ協奏曲ではない
・後半は、ヤルヴィがこれまであまり取り上げていないシューベルト
・このシューベルトの交響曲「ザ・グレイト」を、作曲者の死後、世に紹介して「天国的な長さ」と評したのは、ほかならぬシューマン

このように、シューベルトとシューマンのそれぞれの活動の幅を念頭に置きながら、同じレパートリーの繰り返しを避けて新鮮さをもたらそうという意図かと思われる。いつもヤルヴィのプログラミングにはそのような明確な意図が感じられることが多く、その一方であまりマニアックにもなりすぎないバランスのよさがあると思う。

では順番に演奏を振り返ってみよう。最初の「ゲノヴェーヴァ」序曲は、シューマン唯一のオペラの序曲であるが、今日ではオペラが全曲演奏されることはめったにない。だが幸いにして私はこのオペラの全曲実演を 2度見ており、最初は 2006年、米国初演がニューヨーク州の Bard College という大学内のホール (マンハッタンからハドソン川を随分遡ってドライブした) でなされたとき。2度目は 2011年、新国立劇場中劇場で行われた、こちらは日本初演で、東京室内歌劇場による演奏 (十束尚広指揮)。全曲を見た感想は、まぁ頻繁に演奏されないのも分かるなというもの (笑)。正直あまり面白くない。だが、ここに出てくる魔術的要素が、恐らくはワーグナーにつながっているのかと思うと感慨深いし (そういえばジークフリートという登場人物もいる)、ドイツ人特有の森の神秘という要素もある。そして、序曲だけならそれなりの頻度で演奏される。今回のヤルヴィのこの曲の演奏は、譜面台も置かない暗譜によるもので、管楽器と弦楽器の掛け合いが見事。ヤルヴィ特有の疾走感と、N 響らしい重量感を併せ持つ演奏で、非常に気持ちのよいものであった。尚、編成はコントラバス 8本 (ちなみに後半のシューベルトも同じ。チェロ協奏曲は 6本) と、初期ロマン派にしては若干大型。ドイツ・カンマー・フィルを振るときとは異なったアプローチであり、オケの持ち味に合わせてなんでもできてしまうヤルヴィの才能を再確認した。

2曲目のシューマンのチェロ協奏曲では、ドイツ人女流チェリスト、ターニャ・テツラフがソロを演奏した。
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もちろん世界的に活躍している演奏家であるが、どうしても、現代を代表するヴァイオリニスト、クリスティアン・テツラフの妹という紹介になってしまう点は否めない。実際この兄妹は頻繁に共演しているし、ともに来日したこともある (2014年に、まさにパーヴォ・ヤルヴィ指揮ドイツ・カンマー・フィルのブラームス・ツィクルスで二重協奏曲を協演)。単独で聴いたのは、私としては今回が初めてであり、技術の確かさには全く非の打ちどころがない。一方このシューマンのコンチェルトは、もちろん演奏しないチェリストはいないくらいの有名曲であって、私も時折メロディを口ずさんだりなどすることがあるが、それでも、どうしてもこの曲が聴きたいと思うほど惚れ込んだことは、これまでにないのである (笑)。3楽章が続けて演奏される構成が、あまりめりはりを感じさせないのがひとつの理由かもしれない。今回の演奏では、憂いを込めたチェロと、そこにしっかり寄り添うオケ、特に明滅する木管楽器など見事であったが、ある意味ではこの曲のイメージ通りの演奏で、欲を言えばテツラフのチェロにもう少し優雅なところがあれば、さらによかったのではないかと、勝手に想像していたりする。アンコールはバッハの無伴奏チェロ組曲第 3番のサラバンドで、これは孤独感溢れる格調高い演奏であった。

後半の「ザ・グレイト」は、なかなかに興味深い演奏であった。前述の通り、コントラバス 8本という、近代オケの標準編成であり、シューベルトとしては大型と言ってもよいかと思うが、弦楽器も充分にヴィブラートを効かせていて、いわゆる古楽的なアプローチではない。但しテンポは若干早めで、第 1楽章提示部の反復からは、過度なロマン性を排し楽譜に忠実な、その意味では古楽系のスタイルに近い感性も感じられた。もっとも、第 4楽章では反復はなく、これはよかったと思う。というのもこの曲は 50分を超える長さであり、終楽章で反復がある演奏に接すると、「あぁ、長い」と感じることが常であるからだ (笑)。第 1楽章と第 2楽章の間には明白な休止を置いたが、第 2楽章と第 3楽章の間は休止なしで (アタッカで) 演奏され、第 3楽章と第 4楽章の間は、聴衆の咳払いの時間だけ待ったという感じで、すぐに演奏が続いた。ここでヤルヴィが目指していたのは、この長大な曲の持つ勢いを鮮烈に描き出すことであったのでは。ここでも駆け巡る弦の動きに木管が敏感に反応して N 響の持つ美質が非常に活きていたし、めまぐるしく変わる (と言っても、同じところを旋回しているという印象もある) 曲想がダイナミックに描き出されてもいたと思う。ヤルヴィはシューベルトをこれまで体系的に採り上げたことはないようだが、この最後の (とみなされている) 大交響曲から入って、今後は初期の交響曲にも入って行くことだろう。楽しみである。

ところでこの交響曲の音響を考えてみると、金管楽器にトロンボーンが含まれていることが大きなポイントであると思う。この楽器はもともと宗教曲にしか使われておらず、天からの声というか、荘厳な雰囲気を演出するためのものであったのだろう。それを初めて交響曲に導入したのは、私の理解ではベートーヴェンで、第 5番の終楽章 (面白いことに、低音のトロンボーンの対局である高音のピッコロも同じ終楽章で使用された)。ベートーヴェンはほかにも 6番「田園」と 9番でトロンボーンを使っているが、ここではいずれも、やはり宗教的な感覚が背景にあるだろう。ところがそのベートーヴェンを深く尊敬していたシューベルト (ベートーヴェンより 27歳下の 1797年生まれ) は、「未完成」とこの「ザ・グレイト」で、積極的にトロンボーンを使っているのである。これらの曲には直接の宗教性はなく、ただその劇性の強調のために使われたものと思われる。実はフランス人のベルリオーズ (1803年生まれ) も幻想交響曲 (書かれたのはこれらシューベルトの曲のほんの数年後であるはず) でトロンボーンを使用しているが、やはり限定的な使用にとどまっている。因みにシューマン (1810年生まれ) の交響曲は 4曲ともトロンボーンを使っているが、メンデルスゾーン (1809年生まれ) は、第 2番「讃歌」と第 5番「宗教改革」のみで、いずれも宗教的な背景が明白だ。このあたりにロマン派の作曲家たちの指向の違いが見えて面白い。それを思うとシューベルトの頭の中に鳴っていた器楽曲の音響は、晩年の膨張傾向と併せて、ちょっと通常の人間には想像もできないほど巨大であったのだなぁと実感するのである。私はウィーンに残るこの作曲家ゆかりの場所の中でも、彼が死を迎えた部屋を訪れたときのことを思い出す。今でも現役で使われているアパートの一室で、小さい部屋なのであるが、そこで貧しさのうちに世を去ったわずか 31歳の天才の頭の中に渦巻いていた壮大な音響を、今では極東の日本でも素晴らしい演奏で味わうことを知ったら、本人は何と言うであろうか。
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さて、9月から始まる N 響の新シーズンにおいても、ヤルヴィは定期演奏会だけで 9つのプログラムを振る。ショスタコーヴィチ 7番やマーラー 7番という大曲もあれば、オール・バルトーク・プロ、オール・ストラヴィンスキー・プロ、スクリャービンの 2番に、武満徹と「指環」抜粋の組み合わせ、あるいはフォーレのレクイエムやシベリウスの 4つの伝説曲、ブルックナー 1番などなど。実に多彩で、来シーズンも期待が高まる一方なのである。とりあえず今シーズン、誠にお疲れ様でした!!

by yokohama7474 | 2017-07-02 10:30 | 音楽 (Live) | Comments(0)
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