諏訪内晶子 & ボリス・ベレゾフスキー デュオ・リサイタル 2017年 7月 4日 名古屋・三井住友海上しらかわホール

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1990年のチャイコフスキー国際コンクールでの優勝をきっかけに世界に羽ばたいたヴォイオリニスト、諏訪内晶子。彼女の最近の活躍ぶりの一端はこのブログでも何度か紹介して来たが、実はそれらは、一度室内楽があった以外はすべて協奏曲でのオーケストラでの共演であった。その後冷静に考えてみて、私が海外で聴いた彼女の演奏を含めても、なんたることか、リサイタルには一度も行ったことがない。それに気づいた私は、この「国際音楽祭 NIPPON」の一環として開かれるリサイタルに足を運ぼうと思ったのであるが、東京での公演はちょっと都合が悪い (その理由はほどなくしてこのブログ上で明らかにされるであろう・・・?)。そこでカレンダーとにらめっこし、たまたまこの名古屋でのリサイタルには行けることが判明したので、そのようにしたのである。会場の三井住友海上しらかわホールは、700席ほどの中型ホール。ヴァイオリンリサイタルを聴くにはちょうどよいサイズで、響きも素晴らしい。

さてこの「国際音楽祭 NIPPON」であるが、先だってのサロネン指揮フィルハーモニア管の演奏会の記事でも少し触れた通り、2012年に諏訪内が自ら芸術監督として始めた企画であり、初回はそのサロネン指揮フィルハーモニアの伴奏でサロネン自作のヴァイオリン協奏曲の日本初演が行われた。今年は第 5回 (2012年以降、2015年を除く毎年の開催)。今回は 5月に 3回、7月に 5回の演奏会が東京と名古屋で開かれ、震災復興支援の関係で岩手県久慈市でもチャリティー・コンサートが開かれるほか、チェロとヴァイオリンのマスター・クラスも開かれるという、大変に盛り沢山な内容である。そもそもこの音楽祭には 4つの柱があって、それは「イントロダクション・エデュケーション」(同時代の作品と若い演奏家の紹介)、「コラボレーション with アート」(音楽以外の芸術分野との交流)、「トップ・クオリティ」(もちろん演奏される音楽の質)、「チャリティ・ハート」(被災地や病院への貢献)。いずれも大変意義深いことであり、強く支持したい。
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演奏会が開かれる場所として名古屋が多い理由も、会場で購入したプログラムで判明した。それは、音楽祭の実行委員長を豊田自動織機の会長が務めているほか、スポンサーにはトヨタ本体や豊田通商の名前が並ぶ。もちろんこれだけの内容の音楽祭であるから、企業のスポンサーシップは必須であり、名古屋の盟主であるトヨタグループがこのように文化イヴェントをサポートしながらも、会社名を大々的に謳わない点に、会社の品格を感じることができる。

さて今回のリサイタル、注目のひとつは伴奏者である。ロシアの名ピアニスト、ボリス・ベレゾフスキー。実は彼は諏訪内と同じ 1990年のチャイコスフキーコンクールのピアノ部門の優勝者。この 2人はいわば「同期」として、一時期はデュオを組んでいたが、このところは共演しておらず、今回が実に 15年ぶりのデュオ。久しぶりとはいえ、息の合った演奏が期待される。せっかくなので、ベレゾフスキーの写真は若い頃のものを使おう。今はかなり貫禄が出て来ている彼であるが (笑)。
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そんな二人が採り上げた曲目は以下の通り。
 ベートーヴェン : ヴァイオリン・ソナタ第 5番ヘ長調作品24「春」
 ヤナーチェク : ヴァイオリン・ソナタ
 藤倉大 : Pitter-Patter (委嘱作品、世界初演)
 リヒャルト・シュトラウス : ヴァイオリン・ソナタ変ホ長調作品18

うーん、なかなかひねりが効いている。ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタで最もポピュラーな「スプリング・ソナタ」で始まるものの、モラヴィアの東方的な響きを聴かせるヤナーチェク、今活発な活動を続ける作曲家、藤倉大の新作に、秘曲とまでは言わないが、管弦楽の大家の R・シュトラウス若書きのヴァイオリン・ソナタ。なんとも多彩ではないか。

最初の「スプリング・ソナタ」は、この曲目の流れからするとむしろ当然かもしれないが、ただ明るく晴れ晴れした表情の演奏ではなかった。さほど歌い込むことはあえてせず、その代わりに強い推進力と深い陰影のある音楽であったと思う。第 1楽章でピアノが駆け上がる箇所では、いびつなほどテンポが煽られ、聴いている者に不安すら感じさせながら、ヴァイオリンがまたテンポを取り戻すという演出が聴かれ、ある種の即興性を感じることともなった。諏訪内のヴァイオリンは、非常に艶やかであり、また音量も大きいので、音楽のひだを巧まずして表現できるし、また退廃的な雰囲気までも出すことができる。その点においての出色はやはり、2曲目のヤナーチェクであったろう。私はこの作曲家の創り出す響き (管弦楽曲であれ室内楽であれ器楽曲であれ声楽曲であれオペラであれ) の神秘性に深く魅了されている人間であるので、今回の演奏の冒頭から最後まで続いた、美麗一辺倒ではない一連の独特な節回しに、まさにこの作曲家の神髄を聴く思いであった。ヤナーチェクはこんな人。どこか得体の知れない感じがしませんか (笑)。
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休憩後は作曲家の藤倉大がステージに登場。この作曲家については、先般の「ボンクリ」の記事をはじめ、このブログでも何度も言及しているが、今年 40歳の、日本を代表する作曲家である。これは今回の記者会見の様子であろうか。
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後半の演奏前のステージ上で、主催者側の人とおぼしき女性のインタビュー形式で、この国際音楽祭 NIPPON の委嘱によって書かれ、このコンサートで世界初演された「Pitter-Patter」という曲について語られた。まず曲の名前は英語でも日本語でもそのまま「ピタパタ」という意味で、子供が水たまりで遊ぶようなイメージとのこと。作曲に要した期間は 4ヶ月くらいなるも、その間に作業が停滞すると、別の曲にかかったりして作曲を進めたという。藤倉いわく、ちょうど学生の試験勉強でひとつの科目で息詰まったら別の科目に取り掛かるようなもので、「日本の受験勉強が初めて実生活で役に立ちました・・・冗談です」という発言もあって、学生時代の試験において一夜漬けの王者であった私自身の経験に鑑みても、大変分かりやすい説明だ (笑)。実演 1時間ほど前の最後のリハーサルでも、諏訪内から細部の演奏方法について「これがいいですか? それともこうした方がいい?」と訊かれると、どちらも素晴らしかったので、「どちらでもよいです」と答えたことなどがユーモラスに語られた。また、音楽とは、作る人、演奏する人、企画する人、聴く人が揃ってはじめて可能になるもの。今回のような演奏者と一緒に曲を作る経験は非常にためになったとコメントしていた。さて、この曲自体は、演奏時間10分程であったろうか、確かに冒頭、長い音で歌い出すヴァイオリンに対し、ピアノは右手だけでピロピロ旋回するような音を奏でている。その後何度か音楽的情景は変化するが、藤倉の曲は理屈っぽくないのがよい。音の変化を聴いているだけで充分楽しめるのである。また、最後の 3分間ほどはピアノが沈黙してヴァイオリンだけになる。作曲者は舞台上で、「これ、僕も書いていて変な音楽だなぁと思ったんですけど」ととぼけていたが、プログラムに寄せたコメントには、「後半だけでアンコールとしてソロ・ヴァイオリンで弾けるようにした」とあり、実はなかなかにしたたかな試みである。そのうち諏訪内は、協奏曲のあとのアンコールにこの曲の後半だけ弾くようになるのではないか。

最後のシュトラウスのソナタは、この作曲家らしい華麗な響きを持つ佳曲で、ここでも諏訪内の充実した音が非常に安定した響きを発していた。ベレゾフスキーは技術の誇示をすることもなく、きっちり伴奏していたが、だがここでも上述の即興性を感じさせる要素もあり、実に大人な内容の高度な演奏であったと思う。

そして演奏されたアンコールは、実に 5曲!!
 マスネ : タイスの瞑想曲
 ピーター・ウォーロック (シゲティ編) : カプリオール組曲からバス・ダンス (Basse Danse)
 クライスラー : シンコペーション
 リヒャルト・ホイベルガー (クライスラー編) : 喜歌劇「舞踏会」から「真夜中の鐘」
 ドヴォルザーク (クライスラー編) : わが母の教え給いし歌

ここで諏訪内とベレゾフスキーは大変に打ち解けた雰囲気で次々とアンコールを演奏し、途中で諏訪内が曲目を紹介するシーンもあった (彼女が舞台で口を開いたのを初めて聞いた)。これだけ性格の異なる曲を次々と完璧にこなして行くのは大変なこと。ヴァイオリンの素晴らしさを実感できる瞬間を味わわせてもらった。

このように大変充実したデュオ・リサイタルであったのだが、実はこの日の名古屋は台風の接近によって、コンサート開始時は大雨であったのである。だが終わってみると既に雨はやんでいて、気分も上々だ。そのような気象の偶然も音楽会の体験の一部であり、私としてはこのようなコンサートを可能にしたスポンサー企業の方々に、心から御礼申し上げたいのである!!

by yokohama7474 | 2017-07-05 00:03 | 音楽 (Live) | Comments(0)
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