LOGAN / ローガン (ジェームズ・マンゴールド監督 / 原題 : LOGAN)

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ある日の私と会社の同僚のオジサンの会話。
私「いやー、もうちょっとヒットすると思った映画がどうやらあんまりヒットしていないようで、慌てて見に行かないといけないと思っているんです」
同僚「(興味ないが半ば義理という様子で) どんな映画ですか?」
私「あ、『ローガン』という映画なんですけどね」
同僚「???」
私「あ、知りません? あのぅ、『X-メン』のキャラクターで、あの、爪の長い、ほら・・・ (と拳を握り、両手を交差させてローガンの姿を表現するが、その方法では、長くてしかも金属の爪を説明する術がないと気づき、途中でやめる)」
同僚「(怪訝な顔で) どんな映画なんですか」
私「あの、ほら、ヒュー・ジャックマン主演なんですけど、ミュータントなのに年取ってきて、段々力が衰えるみたいな」
同僚「あ、それでそういうタイトルなんですね」
私「えっ????」
同僚「だって、『老眼』っていう映画なんでしょ」
私「(うなだれながら) ま、まぁそんな感じです・・・」
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ヒュー・ジャックマンもびっくりなこんな勘違いを、多くの人が抱いたわけではないと思うが、確かにこのような老眼鏡をかけたヒュー・ジャックマンを見たくはないというのが人々の本音ではないだろうか。上映 1ヶ月と少しで多くの映画館では今週打ち切られてしまうようだ。ほんの 3年前の「ウルヴァリン : SAMURAI」ではこんな感じだったのに、この間の老い方は実にひどい。
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だがこの映画には一方で、若いパワーも溢れている。ローラという役名のこの子である。
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若いと言ってもちょっと若すぎるが (笑)、2005年に英国の俳優とスペインの女優の間に生まれたダフネ・キーン。これが映画デビューになる。予告編をご覧になった方はご存じの通り、この好戦的な表情でカバンを投げ捨てたあと、小柄な体を活かして雄たけびを上げながら敵に襲い掛かり、それはもう大変なことになるのだが、それにしてもこの子の戦闘意志に満ちたこの面構えはどうだろう。それから、冒頭に掲げたポスターでチラリとこちらを見ている視線の強いこと。この子役の演技を見るだけでも、この映画には価値がある、とまず言ってしまおう。

それにしても、ヒュー・ジャックマン演じるローガンは一体なぜにそんな老け込んでしまっているのか。それには明確な理由があり、この映画の舞台は 2029年。既に多くのミュータントが死滅しており、ローガン自身も体内に埋められた金属 (アダマンチウムというらしい) に身体が拒否反応を起こし、既に治癒能力も衰えているのである。そして彼が面倒を見ているのは、なんとあのプロフェッサー X、チャールズ・エグゼビアなのである。演じるのはいつものパトリック・スチュワートなのであるが、実年齢も今年 77歳、ここではメイクと演技で実際以上の老け役となっているのであろうが、それにしても痛々しい。
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そして映画は、この 3人があたかも 3代に渡る家族であるかのようにともに敵から逃げるロード・ムーヴィー (?) なのである。
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この映画を見て行くうちに、なぜにヒットしなかったかがよく分かる。つまり、救いのない内容になっているのだ。ヒュー・ジャックマンはこれが最後のウルヴァリン映画であると明言していることは宣伝でも謳われていたが、なるほどそうか。例によってネタバレを避けるので、これ以上語ることはできないが、「X-メン」シリーズを、特に熱狂的とは言わないまでも、それなりに見て来た身としては、やはり淋しい。だが、ひとつ興味深いのは、ここで描かれていることは、何も世界の終わりではないのである。これまでもハリウッド映画は、多くのいわゆる「カタストロフもの」、つまり世界が破滅の危機に瀕するという騒々しい設定の映画 (原因は天災だったり異星人の攻撃だったりあるいはマッドサイエンティストの暴走であったり、いろいろだが) を作り出して来た。「X-メン」シリーズ自体が本来は騒々しいものばかりである。だが、この映画はどうだ。ウルヴァリン物であるからもちろん肉弾戦が中心で、そこに銃撃戦、カーチェイスが加わる。なるほど、こんな「X-メン」シリーズは珍しい。世界は終わらない。だがミュータントたちは、肉弾戦を戦いながら死滅して行く。そのことに気づくと、この映画は本当に切ない物語であることが分かるのである。

それから、この偽装「一家」が途中で立ち寄る家がある。そこには黒人一家が暮らしていて、貧しいながらも温かい家庭なのである (そしてどうやらそのシーンにおけるパトリック・スチュワートとヒュー・ジャックマンの会話はアドリブらしいのだ)。だが、その土地でのいざこざと、ローガンたちを追って来た悪党どもによって、なんとも恐ろしい悲劇が起こってしまう。この設定も、あまりにも悲しいものであって、かつショッキングでもある。それから、最後の方に登場する一群の子供たちは、本来なら未来を作り出す担い手であるはずだが、その描き方には明るさはほとんどない。子供たちもこんな風に走って逃げて、そして闘うのである。
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上の写真の右端はもちろんローラだが、彼女としても、このような仲間との出会いは重要であれ、しかしやはり、敵と戦うときには重い孤独を背負っているのである。こんな感じで。
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この映画はもともと、ヒュー・ジャックマンがもうウルヴァリンを演じることはないというところから始まったようである。監督のみならず製作総指揮・原案・共同脚本を担当したジェームズ・マンゴールドは、ヒュー・ジャックマンと組むのは「ニューヨークの恋人」「ウルヴァリン : SAMURAI」に続く 3作目で、この 2人はこの映画についてじっくりと話し合うことから始めたらしい。これがマンゴールド。
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そのように作られた映画は、興行成績が伸び悩んでもやむないという、やはりそれなりの決意に満ちたものなのだろう。作品の救いのなさこそが、作り手たちが表現したかったものなのか。いや、作り手たちはきっと言うだろう。ここでローガンとローラの間に芽生えた父と娘の感情の尊さを見よと。それは私も分かっている。だがそれにしても、つくづく爽快感のない映画であることは間違いない。もはや時代は、超能力を能天気に賛美することはできず、いかなる超能力もいつかは果てる日が来るのだということを認識すべきということだろうか。もしそうなら、多くの人はやはりそれを見たくないだろう。なぜに夢を見ることを禁じられ、ヒーローがこのように衰えた力を振り絞るさまを直視しなくてはならないのか。
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こうなると、今後の「X-メン」シリーズの行方が気になってくる。「デッドプール」のような、ひょうきんなようでいて結構エグい映画も、そこには絡んでくるのであろうか。それはそれで楽しみな面はあるが、我々はもう、このようなワクワクするイメージに出会うことはないのであろうか・・・。
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会社の同僚とともに私も、老眼鏡を携えながら今後のシリーズの行方を固唾を飲んで見守ることとしよう。

by yokohama7474 | 2017-07-06 23:37 | 映画 | Comments(0)
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