ブラッド・ファーザー (ジャン=フランソワ・リシェ監督 / 原題 : Blood Father)

e0345320_19311773.jpg
ある日の私と会社の同僚のオジサンの会話。
私「いやー、メル・ギブソンが久しぶりに主役を張っている映画があるんですけど、信じられないことに、上映している劇場が少ないし、もうすぐ終わっちゃうんですよー」
同僚「おっ、『マッド・マックス』以来ですか」
私「(ちょっと困って) いやいや、あれは随分昔のデビュー作で、それ以外にもいろいろ出演していますけど、最近は DV 問題とかユダヤ人差別発言とか、いろいろ問題があったらしく、全然出ていなかったんですよ」
同僚「でも、今やっていますよね、『ハクソー・リッジ』。私戦争ものが大好きなので、あれは見ようと思っています」
私「(お、よく知っているなと思い) あれは監督作ですよね。私も必ず見ますけど、こっちは主演作です」
同僚「(興味なさそうに) なんというタイトルですか?」
私「えぇっと、ブラッド・・・なんだっけな」
同僚「え??? ブラピも出ているんですか???」
私「あ、いや、この場合のブラッドは Brad じゃなくて、Blood、つまりは血ですね。分かります? ブルゥゥラアッッドです。そうそう、題名は、ブラ・・・ええっと、ッド・ファーザーですよ。」
同僚「『ゴッド・ファーザー』じゃないんですか」
私「・・・」

とまぁ、職場でいかに文化的な会話をしているかが分かろうというものだが、現在監督としての新作映画「ハクソー・リッジ」が公開中のメル・ギブソンが、上のポスターの言葉を借りれば、「荒野に完全復活!」である。調べてみると、2010年に「復讐捜査線」、2011年に「それでも、愛してる」(ジョディ・フォスター監督)、2012年に「キック・オーバー」(自身で製作・脚本も) 等の主演作はあるものの、私はどれも見ていないし、なんだか題名を聞いても正直どれもぱっとしない。やはり、「マッド・マックス」シリーズに続いて「リーサル・ウェポン」シリーズ、そして「ブレイブハート」で監督・主演として映画史に残る名作 (と私は思っている) を作り、「パッション」でも妥協を知らない映画作りを見せつけた人としては、なんとも淋しい限り。そしてこの映画は、フランス資本によるもので、それゆえにハリウッド映画のような予算をかけられなかったものと思うが、それでも私は断言しよう。メル・ギブソンはまぎれもない現代を代表する名優であり、この低予算映画の中でも、その存在感には圧倒的なものがある。なので、趣味は映画鑑賞だと唱える方には、是非見て頂きたい映画である・・・もし未だ劇場にかかっていれば。

メル・ギブソンの実際の年齢は 61歳。この映画の中ではこのように深いしわが刻まれた顔を見せているが、さすがにこれはメイクだろう。
e0345320_01260840.jpg
この映画を見て思い出すのは、この前の記事で採り上げた「ローガン」である。そこではスーパーパワーを持つべきヒュー・ジャックマン演じるところの主役が髭をボウボウに生やし、「娘」に対する思いを戦いの原動力としていた。この映画においても、ここではスーパーパワーはないものの、長年のならず者生活を通じて身に着けた力強さとサバイバル術で、娘を守るために戦いの場に身を投じるのである。
e0345320_01310515.jpg
ハリウッドのトップを走ってきた俳優が年老いて、父としての意識に突き動かされ、老体に鞭打って敵に立ち向かうというのが、現代のはやりなのであろうか。そう思いたくなるくらい、「ローガン」とこの映画には共通点があり、そして、どちらもヒットしていないという点で共通しているのである (笑)。このことをいかに自分の中で整理をつけようか。作り手側は、スーパーヒーローの失墜を描いて人々にショックを与えたいと思っている一方で、鑑賞者側は、そんな淋しい映画は見たくないよと思っていると、そういうことなのであろうか。ただ、「ローガン」と比べるとこの映画の方が、まだ老いたるヒーローの矜持がよく描かれている。その端的な例は、劇中後半で、メル・ギブソンが髭をきれいに剃って、その精悍な素顔を見せて敵と戦うことなのである。
e0345320_01385905.jpg
ここで娘役リディーを演じているのは、現在 23歳のエリン・モリアーティ。これまでメジャーな作品にはあまり出ていないようだが、ここでの彼女は、役柄にふさわしいじゃじゃ馬ぶりと意外なかわいらしさを見せていて、なかなかの熱演である。ただ、この写真のような凛とした美しさは、この映画の中ではあまりお目にかかれなかった気がする。その意味では、また違った映画での演技に期待したいと思う。
e0345320_01444386.jpg
この映画の舞台は米国とメキシコの国境近くであり、多くのならず者たちがスペイン語を喋っている。そして主役の親子の間には、そのヴィヴィッドな状況に対する対応の違いが見える。すなわち、娘が流暢にスペイン語を話すことから、彼女がメキシコ人の恋人を持っている (いた) ことが分かるし、また父が白人至上主義的な発言をすると、娘がそれをやんわりと非難する (例えば、人類最初の女性であるイヴについて、「彼女は白人じゃなかったはずよ。だって聖書の舞台は中東でしょ」などと発言して)。これは現在の米国政権の姿勢に鑑みて、なかなかに微妙な設定であり、ハリウッド映画ではなくフランス資本によるものだという特性がここに出ているのかもしれない。メル・ギブソン自身も、主演としての大々的な復帰をハリウッド映画で果たすことはよしとしなかったのかなぁ・・・と思ってしまうシーンである。だがこの映画の演出自体は、概してなかなかのものだと言えると思う。いかにメル・ギブソンが非凡な俳優でも、演出の冴えがなければ、観客の心に残る演技には至らなかったかもしれない。その意味で私は、このあまり知名度が高くない映画の持つ意義は大きいと思うのだ。ここで監督を務めているのは、フランス人のジャン = フランソワ・リシェ。1966年生まれで、硬派な作品作りで知られるらしいが、私はこれまでに彼の作品を見たことはない。この映画の出来が多くの人に認められることを期待したい。メル・ギブソンを映画監督として、また俳優として尊敬するという彼は、ここで彼を主役として迎え、演じるキャラクターを突き動かすのは何かということを常に追求する姿勢を尊敬したという。そして、映画の結末を撮影 1時間前に変更したという!!
e0345320_02361544.jpg
その結末がいかなるものかについては、ここで言及はしないが、まあ感動的とは言えようが、あまり元気の出るものでないことは確かである。なるほど、撮影現場で様々な議論が行われ、脚本の内容までが柔軟に変更されるとは、なかなかに面白い。もし監督が権威を振りかざすようなら、そうは行かないであろうから、やはりこの映画には撮影現場から成功の要素があったものと思われる。だがこの映画にまといつくならず者たちの乱れようや、「ローガン」同様に爽快感のない内容から、あまり一般受けしないのもやむないのかもしれない。一方、現在公開されているメル・ギブソンの監督作「ハクソー・リッジ」も、あまりヒットしているようには見受けられない。これはいけない。この非凡な俳優がこのまま埋もれて行ってしまうことがあれば、それは大変にもったいないと思うのである。だから、もしこの映画を「ゴッド・ファーザー」の新作と勘違いして見に行く人がいれば、それはそれで意味のあることだと思うので、とりあえずは隣の席のオジサンに薦めてみようかと思っている・・・もし未だ劇場にかかっていれば。

by yokohama7474 | 2017-07-08 02:50 | 映画 | Comments(0)
<< ミュシャ展 国立新美術館 LOGAN / ローガン (ジ... >>