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ミュージカル「ウエスト・サイド・ストーリー」 2017年 7月18日 東急シアターオーブ

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別項で井上道義指揮の大阪フィルの演奏による「ミサ」の上演をご紹介し、その中で、指揮者・作曲家として知らぬ者とてないレナード・バーンスタインの生誕 100年が来年であることに触れた。さすがにバーンスタインクラスになると、様々な記念行事が世界中で開かれるようであるが、この公演もその一環。上のチラシにある通り、「生誕 100年記念ワールドツアー」の日本公演なのである。小編成のオーケストラのメンバーの過半に日本人の名前が並ぶことを除けば、キャスト・スタッフには日本人はゼロ。メンバーの選抜について説明した文章を見つけることができないが、マネージメントはサンダンス・プロダクションズというブロードウェイ・ミュージカルを手掛ける事務所であるので、恐らくはブロードウェイでオーディションを行ったものであろう。つまり、ブロードウェイの引っ越し公演ということになる。このミュージカルのブロードウェイ初演は 1957年で、今年はそれからちょうど 60年ということにもなる。

会場は、東京でも珍しいミュージカル専門劇場、東急シアターオーブ。一応 (?) 東急沿線在住者である私は、この劇場のオープン時からいろいろと宣伝を目にして来ていて、一度行ってみたいなぁと思っていたところへ、この演目である。家人を誘って出かけることとした。聞けば、この劇場のこけら落としはやはりこの「ウエスト・サイド・ストーリー」であったらしく、早くもオープン 5周年になるとのこと。東急は現在、渋谷地区の大規模な再開発を行っていて、シネコン 109 シネマズで映画を見ると、必ず予告編の前に二子玉川あたりの、東急沿線でもオシャレな界隈に住むという設定の若い夫婦と幼い娘さんの幸せそうな様子 (「この緑の植物いいねぇー」「あぁ、いいねぇー」などとやっている) の宣伝が上映されるが、あれも東急なのである。どうでもよいが、その宣伝の中で、夕食が何がよいかを訊かれた女の子の返事が「マルゲリータ」(ピザ) ではなく「マルガリータ」(カクテル) だったら、ちょっとは毒が出て面白くなるのになぁと、ろくでもないことをいつも考える私である (笑)。ま、ともあれ、渋谷駅から直結のビル、渋谷ヒカリエの中に東急シアターオーブは位置している。
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私は、新しいものを追いかける習性は特にないのだが、一度このビルには行ってみたいと思っていたので、今回はその意味でも興味津々。まぁ既にできてから 5年も経っているので、もはやことさら新しい場所と強調する意味もあるまい (笑)。11階にある劇場入り口からさらに昇って行くと、ハチ公前交差点の混雑や山手線のホームを含めて、渋谷一帯を見下ろせる、なかなかのロケーションだ。まだビルが建設途中であった頃に NHK の「ブラタモリ」でこの場所を紹介していたことを思い出した。新宿の高層ビル街もこのようにズラリと並んで見え、壮観。夜景はまた格別だ。
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今回の上演は 7/12 (水) から 7/30 (日) までの間に 23公演。かなりの強行軍だ。私が出向いたのは 7/18 (火) で、平日とはいえ、会場は老若男女で賑わっている。なかなかに大人の雰囲気の劇場で、こういうところに人々が集ってくるとは、東京にも大人の文化が根付いているのだなと、東急の文化への貢献に敬意を表したい気持ちになった。ただ、あえて難点を指摘すると、敷地面積の制約によるものか、ホワイエが狭いこと。また、1階から 2階、3階までの行き来も楽ではないし、何より、バーカウンターが 2階席のホワイエにしかない点は、絶対に改善した方がよい。これでは休憩時間にゆっくりと飲み物を楽しむこともできない。

さて、あまり東急のこととか劇場のことで無駄口ばかり叩いていないで、本題に入ろう。私の「ウエスト・サイド・ストーリー」体験は、最初はもちろんロバート・ワイズと、もともとの舞台の振付をしたジェローム・ロビンズの監督による映画 (1961年) であった。もちろん劇場公開時には未だ生まれていないので、自宅でのヴィデオ鑑賞という形態での体験であった。それから、録音ではもちろん作曲者バーンスタインがホセ・カレーラスとキリ・テ・カナワを主役コンビに据えたものと、その滅法面白いメイキング物 (英語の発音が悪くてバーンスタインに怒られ、頭を抱えて悩むカレーラスがかわいそうだが)。舞台では、2003年にオーチャードホールで見たミラノ・スカラ座版だけだ。この時には主役級はすべてオペラ歌手であったようだが、今回の上演と共通するのは、振付のジョーイ・マクリーニーと指揮のドナルド・チャンである。つまり、今回の上演はミラノ・スカラ座版と共通点があるということだろう。まあこの曲の場合、こんなイメージが定着していますからね。新機軸を狙うのはリスクが高すぎるという事情もあるに違いない。
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さすがブロードウェイ水準の上演だけあって、歌も踊りも、なかなかに楽しめるものであり、全体を鑑賞した印象は大変満足である。だが、実のところ、主役の 2人にはもう少し伸び伸びした歌唱があってもよいかもと思ったのも事実。例えば「トゥナイト」に聴かれる熱情の表現には、もっと曲の途中で盛り上がる要素が欲しいし、「アイ・フィール・プリティ」のフレーズの最後の歌詞 "By a Pretty Wonderful Boy" の部分は、もっときれいな高音で聴きたい。これはなにもオペラ的に歌って欲しいというわけではなく、ミュージカル流儀においても、さらにクリアな表現が可能なはずということを言っているつもり。これはもしかすると、マイクの問題もあったのだろうか。ちょっと歌が近すぎて、響きすぎるために音像がぼやけていたようにも思う。その一方で、圧巻だったのはプエルトリコ移民の女性たちによる「アメリカ」ではなかったか。これは楽しい。もちろん、このミュージカルの特色である、夢の世界ではない 1950年代の現実を感じる場面のひとつがこの「アメリカ」であるのだが、現実がつらいがゆえにそれをしゃれのめすという感覚に、人間の逞しさがある。そんなことを思わせるシーンだった。
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それにしてもこの曲、ミュージカルにしては音楽が難しすぎないか。その後ブロードウェイに現れたほかのメジャーなミュージカル、「ライオン・キング」でも「ミス・サイゴン」でも「オペラ座の怪人」でも「レ・ミゼラブル」でも、あるいは「シカゴ」でも「42nd ストリート」でもよい。いずれも、もっともっと平易な音楽ではないか。稀代の教養人でもあったバーンスタインとしては、自分が世に問うミュージカルとはこのようなものであるというこだわりがあったのであろう。それが今日、遠く離れた日本でもこれだけの聴衆を獲得していることは、考えてみれば素晴らしいこと。作曲者自身が編曲したこのミュージカルの抜粋で、オーケストラコンサート用に作られたシンフォニック・ダンスという組曲があるのだが、実はそこには、このミュージカルで最も有名なナンバー 2曲、つまり「マリア」と「トゥナイト」が入っていない。今回改めて全曲を聴いてみると、バーンスタインがその組曲で伝えたかったのは、夢見る主役たちの甘い思い (最後には悲劇に終わるにせよ) ではなく、貧困の中で逞しく生きる若者たちの姿であったということかと思い至った。ジムでのダンスシーンでのトランペットや、マンボでの掛け声こそ、作曲者が高々と響かせたかった音楽なのであろう。

東京では、来年のバーンスタイン生誕 100年を記念して、この「ウエスト・サイド・ストーリー」の全曲演奏が 2種類行われる。ひとつはなんと、あのパーヴォ・ヤルヴィ指揮 NHK 交響楽団による演奏会形式での上演。もうひとつはバーンスタイン晩年の愛弟子である佐渡裕指揮による、映画全編に生で伴奏音楽をつけるという企画。いずれも絶対に聴きに行くぞ!! と決意を固める私であった。考えてみれば、クラシックの音楽家が全曲を採り上げるミュージカルは、歴史上これと、やはりバーンスタインの手になる「キャンディード」くらいだろう。私は「キャンディード」も心から愛しており、ミュージカルに刺激されて、ヴォルテールによる原作まで読むに至ったので、来年上演がないことはいささか寂しいが、またいずれ舞台にかかることはあるだろう。ところで、クラシックの音楽家が「ウエスト・サイド・ストーリー」を演奏することが一般的になる過程では、上述の作曲者自身による録音の存在が欠かせない。こんなジャケットであった。懐かしいなぁ。
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そんな思いで、2003年の来日公演で見たこの作品のミラノ・スカラ座版のプログラムを引っ張り出してパラパラ見ていたら、大変な発見があった。上述の通り、このときの主要キャストは皆オペラ歌手で、それぞれに世界的なキャリアが紹介されているが、なんと主役のトニーの 3人のキャストのうちのひとりは、今や世界最高のテノールのひとり、ヴィットリオ・グリゴーロではないか!! 私も昨年 7月16日の記事で、ロンドンで見たマスネの「ウェルテル」の上演について書いたことがある。そう思って手元にある「ウエスト・サイド・ストーリー」全曲 CD の幾つかをひっくり返してみると、おっと、あったあった。トニーを歌っている。2007年の録音だ。
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このように、ミュージカルとオペラの中間、あるいはアマルガムとして特異な価値を持つこの作品、これからも多くの優れた演奏に恵まれて行くことだろう。一方で会場の東急シアターオーブも、これから改善できることは改善してもらい、ミュージカル専門劇場としての重要度を一層増して行ってもらいたい。そう言えば私が見た日の公演は、ちょうどオープンから 5年目のその日ということであったらしく、終演後にステージに並んだ歌手と指揮者が、客席にも参加を求めながら、「ハッピー・バースデイ」を歌うこととなり、大いに盛り上がったのである。今後 10年、20年、いや 50年と、7月18日にはこの歌がこの劇場で流れますように。

by yokohama7474 | 2017-07-19 23:26 | 演劇