すみだサマーコンサート 2017 指揮とピアノ : 上岡敏之 新日本フィル 2017年 7月29日 すみだトリフォニーホール

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このブログで何度もご紹介して来ている通り、新日本フィルハーモニー交響楽団 (通称「新日フィル」) は、錦糸町駅近くのすみだトリフォニーホールを本拠地としている。このホールは墨田区によって建設されたものであるが、とかく土地に不足する東京において、オーケストラが本拠地で練習もでき、そのままそこでコンサートもできるという環境は極めて稀だ。東京に並み居るオケの中で初めてそのような稀なことを成し遂げたのが、この新日フィル。このすみだトリフォニーホールのオープンは今からちょうど 20年前。そのことについては、今年 3月11日付の記事の中でも触れておいたが、実際のところ、過去 20年間のこのオケの躍進ぶりには目を見張るものがある。誤解を恐れずに言えば、小澤征爾と朝比奈隆をかなりの頻度で聴くことができるオケとして人気を博した頃よりもさらに充実した状態にあると思う。今回、ちょうど隅田川の花火大会の日に私が出かけたこのコンサート、副題が「わが街のコンサート」となっていて、墨田区が音楽の力で地域を活性化したいという意図でこのホールを建設し、20年に亘って音楽活動を展開してきたことを記念するもの。ただ単に一流の演奏家を外から呼んできて演奏してもらうのではなく、そこに暮らす人たち自身の力で音楽を創り出し、それによって街の活性化を図るという試みは、本当に貴重なものなのである。

そして今回のコンサートはまた、新日本フィルの音楽監督上岡敏之 (かみおか としゆき) の就任シーズンの締めくくりの演奏会でもある。今年 9月からの新シーズンにおいては大変盛り沢山の面白いコンサートが予定されているが、とりあえずは今シーズンの締めくくりということで、オケの皆さんの気合もまたひとしおであろう。これがマエストロ上岡。どんなときもニコニコしておられる (笑)。
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さて、今回の曲目は一風変わっている。
 アルヴォ・ペルト (1935 - ) : 子どもの頃からの歌 --- 少年少女合唱とピアノのための
 オルフ : カルミナ・ブラーナ

後半のカルミナ・ブラーナは人気曲であるが、前半のペルトの曲はいかなるものか。実はこの曲、副題にある通り、少年少女合唱とピアノのための曲であって、オーケストラは登場しない。少年少女合唱は、すみだ少年少女合唱団で、それを指揮するのは甲田潤という指揮者。そして、それを伴奏するピアノを弾くのが、なんとマエストロ上岡なのだ。だが驚いてはいけない。確か以前も書いたことがあるが、上岡はピアノの名手でもあり、新日フィルのメンバーと室内楽を演奏することはもちろん、ピアノ・ソロのアルバムも出しているし、なんと、音楽史上最も難しいとも言われるラフマニノフのピアノ協奏曲第 3番のソリストを務めたこともある。私の知る限り、日本でそんな芸当ができるのは彼ひとりであろう。これが彼のアルバムのジャケット。
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1曲目の作曲家アルヴォ・ペルトは、既にそれなりの知名度があると思うが、現代を代表する作曲家で、バルト三国のエストニア出身。私としても、過去 30年くらい深く愛好する作曲家である。既に 82歳になった。
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もし現代音楽にあまり関心がないが、何かヒーリング効果のある曲を聴いてみたいと思う人がいれば、だまされたと思ってこの人の音楽を聴いてみて欲しい。例えば「フラトレス」など大いにお薦めである。その様式は一種のミニマルともみなしうるが、「鐘の音」(ティンティナブリ) 様式という自身の命名が、この作曲家の作風を端的に表しいている。だが今回演奏された「子どもの頃からの歌」はちょっと異色の作品で、彼が若い頃に舞台やアニメーション用に書いた平易な音楽を実に 15曲集めたもの。2015年に発表され、自身の母に捧げられていて、演奏時間は約 30分。今回の演奏で見事な歌を披露したすみだ少年少女合唱団は、小学生から高校生から成る合唱団で、これこそ、音楽における街の活性化の大きな成果であろう。舞台手前、真ん中に置かれたピアノの左右にそれぞれ 30名ほどが陣取り、曲によってはソリストたちが舞台手前に出てくる。この曲の歌詞はドイツ語であるが、驚いたことに、年長者の数名以外は皆、譜面を持たない暗譜での歌唱である!! 相当に準備を重ねたのであろうし、彼ら彼女らにとっては、一生忘れることのできない経験になったに違いない。但し、60名ほどのメンバーのうち、男の子はほんの数名。私が数えた限りにおいては、4名だったと思う (スカートをはいていた男の子がいないという前提。笑)。やっぱり男の子の場合は、合唱なんて女の子がやるものだという意識があるのであろうか。そんなことはないですよ、歌だって体力が要るし、表現力だって要る。墨田区の男の子たちには、これから合唱を頑張ってもらいたい。ところでこの曲のピアノ伴奏は、曲の性格からして、それほど奇抜な音は出てこないものの、それなりにいたずらっぽい刺激的な箇所も時々あり、今回の上岡の演奏は、さすが!! の一言。これを聴いたことで、指揮者としての彼のテンペラメントをよりよく理解できたと思う。こんな練習風景の写真があるが、この「探偵」というゆるキャラらしきものは一体・・・(笑)。
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さて後半のカルミナ・ブラーナであるが、これまたいつもの通り、上岡の個性の刻印が明確に捺されたものになった。そもそもこの曲の冒頭は、迫力ある映画やテレビのシーンで BGM として使われることが多く、今ならちょうど劇場でかかっている映画「関ヶ原」の予告編の音楽だといえば、知らない人でも、あぁあれか、ということになると思う。だが上岡の手にかかるとこの曲は、ただがなりたてる曲ではなく、細部において非常に繊細な部分を持つダイナミックレンジの広い曲として再現される。テンポの速い箇所は、オケや合唱 (栗友会合唱団と、上記のすみだ少年少女合唱団) がついて行くのに若干苦労するような印象であったが、その一方で、非常に丁寧に曲の起伏を描き出そうとする意図は明白であり、その点に指揮者の個性が表れていたと思う。願わくば、さらに切り込みの鋭い、また音の重量が感じられる、そんな演奏になればもっと感動的になるのでは。歌手陣は、二期会のメンバーであるバリトンの青山貴と安井陽子は見事。焼かれる白鳥をカンターテナーで歌った絹川文仁 (開成高校の歌唱講師を務めているらしい。うーん、そうなのか) は、ちょっとご愛敬のような熱演ぶり。全体を通して、シーズンを締めくくり、また墨田区の音楽行政の成果を確かめるには恰好の演奏会であった。

終演後、サイン会があったので参加した。来シーズンのはじめ、9月にはマーラー 5番をメインとしたプログラムが予定されているので、「9月のマーラー、楽しみにしています」と声をかけると、「あぁ、ありがとうございます」と、大変丁寧に答えて下さり、こちらが恐縮するほどだった。上岡と新日フィルのコンビ、さらに知名度を上げて行ってもらうべきと思うので、私はささやかながらこのブログで声援を送り続けることとしたい。
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さて、最後にもうひとつ興味深い話題を。新日フィルの演奏会では、開演前に楽員数名がホワイエでプレ・コンサートを行うのが通例となっていて、今回もそれがあった。だが、結構混み合っていたので、私はその場所に足を運ばなかったのである。だが休憩時に見ると、このような絵画作品が、墨痕 (と言ってよいのか分からぬが) 鮮やかに展示されているではないか。
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むむ、この筆致はどこかで見たことがあるぞ。そうだ、来シーズンの新日フィルの定期演奏会のパンフレットである。この表紙、妙に印象に残るし、個別のコンサートのチラシも、同じようなデザインで既に作成されている。
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案の定これは、角田晴美というアーティストが、その場で曲の演奏とともに描き上げたものであることが分かった。なぜ分かったかというと、そこにいた真っ白い涼し気な和服を来た美人にピンと来て、オッサン特有の厚かましさで「あの、これ、先刻描かれたんですか」と質問すると、「はいそうです。10分くらいで」と返事があったからだ。因みに、演奏された曲はルクレールの 2つのヴァイオリンのためのソナタ第 3番とのこと。この絵画作品は、ルクレールの音楽とともに描かれたにしては若干情念過多とも思われるが (笑)、なかなかに印象的だ。帰宅して調べてみると、この角田さんは地元墨田区在住で、画家でありながら不動産屋。宅地建物取引士の資格を持っているという。「下町レトロ & リノベ物件サイト すみだの住みか」というサイトで、古い家屋を改造して活用するという、彼女の活動を見ることができる。こんな方です。
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そんなわけで、様々な意味で墨田区の文化行政に触れることのできる、大変貴重なコンサートであった。地域に根差した音楽を推進するには、なかなか大変なことも多いと思うが、下町ならではの活気をエネルギーにして、新日フィルさんにはますます頑張って頂きたい。あ、角田さんも頑張って下さい。

by yokohama7474 | 2017-07-30 01:03 | 音楽 (Live) | Comments(0)
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