タイ 仏の国の輝き 東京国立博物館

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前項の記事でも書いた通り、私の文化体験の原点は仏像なのであるが、仏像仏像とうるさく唱えている割には、日本以外のアジア諸国の仏像や仏教遺跡を見に行った機会はさほど多くない。韓国の慶州とか、カンボジアのアンコールワット (これは仏教とヒンズー教が混在)、インドのアジャンターやエローラには行ったことがあるが、恥ずかしながら、インドネシアのボロブドゥールとか、中国の敦煌や雲崗、龍門、あるいはスリランカには行ったことがない。そしてタイについては、一度だけ出張でバンコクを訪れた際に黄金仏をかろうじて見ることができた程度。スコータイやアユタヤという仏教遺跡には是非とも行ってみたいのだが、未だに果たせていない。そんな私にとって、タイの最高レヴェルの仏像に対面できるこの機会は非常に貴重なものである。日タイ修好 130周年を記念する特別展で、既に九州国立博物館で開催された後、現在東京国立博物館で開催されているもの (8/27 (日) まで)。以下、この展覧会の印象を徒然に書いてみよう。

まず会場に入ると、このような美しい仏さまが出迎えて下さる。展覧会のポスターにもなっている「ナーガ上の仏陀坐像」である。12世紀末から 13世紀の作とされていて、シュリーヴィジャヤ様式。シュリーヴィジャヤとは、7世紀からマラッカ海峡を支配して東西貿易で重要な地位を占めた海上交易国家である。この仏陀が乗っているのは大きな蛇であるが、よく見るとこの大蛇、ぐるぐるととぐろを巻いて仏陀の台座になっていると同時に、7つの鎌首をもたげて光背ともなっている。これは、瞑想する仏陀を龍神が風雨から守ったという説話によるもので、ここでは水と関係する蛇の神ナーガがその役を負っている。この造形の面白さは東南アジアならではである。
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会場はいくつかのコーナーに分かれているが、まずは「タイ前夜 古代の仏教世界」である。日本に住んでいると、我々の国以外のほとんどの場所では、様々な文化・文明が混じり合い、時に融和、時に対立して様々に変容していったというダイナミズムを忘れがちであるが、このような展覧会からそのようなことを学べる。これは 5世紀末から 6世紀前半の作とされる仏陀立像。マレー半島東側のウィエンサという場所での出土とのことだが、一見してこれはインド風である。実際にグプタ朝のものであり、インドに渡った修行僧や商人が持ち帰ったものと考えられている。
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これは 7世紀の仏陀立像。青銅製で高さ 20cmの小さなもの。やはりインドからの請来品であるようだ。このような、両肩を覆い (いわゆる「通肩」)、体の線を浮き出させる衣の着方は、日本の仏像にはない。小金銅仏ということなら、この時代には日本には既に大陸・半島から沢山入ってきており、多分日本でも作られたと思うのだが、この作品とは随分違った造形になっている。この時代にして既に、南アジア・東南アジアの美意識と東アジアの美意識が違って来ていることは興味深い。これは風土・気候にも関係しているのだろう。
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これは 7~8世紀、ドヴァーラヴァティ様式の仏陀立像。説法印 (これは日本にも入ってきた) を結んでいるお姿はなかなかに神々しい。指の表現など、非常に力強く表情豊かで、印象に残る。
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これも 7~8世紀、ドヴァーラヴァティ時代の法輪頂板。この上に法輪 (釈迦の教えを広めるための車輪状の法具) を載せたのであろう。ここで浮彫された容貌魁偉の怪物たちは、握った手の中の植物から唐草が勢いよく出ていて、生命力に満ちている。インドでヤクシャと言われる自然神に由来すると見られているらしい。
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ところで寺好きなら誰しも、これを見て連想するものがあるだろう。そう、奈良の薬師寺の本尊、薬師如来の台座に描かれた巻毛の鬼神たちである。よく日本がシルクロードの東の終点であることを示す好例と言われるその鬼神たちは、こういう姿をしている (もちろんこのタイ展には出品されていません)。これ、日本にあると信じられない人もおられようが、上古の文明のダイナミズムを感じることができるではないか。実際これも 7~8世紀の作であろうから、上のドヴァーラヴァティ時代のタイの作品と同時代の作なのである。
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これもまた 7~8世紀のドヴァーラヴァティ時代のもので、マカラ像装飾背障。マカラとは、インドの想像上の怪物。背障とは、玉座の背もたれのこと。つまりこれは玉座の背もたれの一部であるが、その先端にはマカラが大きく口を開け、そこから何か別の生き物が飛び出している。
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先端のアップがこちら。ちょっと分かりにくいかもしれないが、これは牛の角を持った獅子であるとのこと。両方の前足を上げているのがなんとも愛嬌があるが、全体としては異形の者たちの印象が強烈で、なかなかにワイルドだ。
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ドヴァーラヴァティ時代の作品が続くが、これはやはり 7~8世紀の舎衛城神変図 (しゃえじょうじんぺんず)。仏伝の中から、釈迦が異教徒の挑戦を受けてそれを神通力で撃退する場面。中央に聳えるのはマンゴーの木らしい。素朴だが力強い作品だ。
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これらもドヴァーラヴァティ時代のもので、ともに菩薩立像。壁面に嵌め込まれていたものであろうか。特に左のものは、からだを大きくひねっていて面白い。会場で間近に見ると、壁面から崩れ落ちたものが未だに強い生命力を保っている様子が伺われて、感動的だ。
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この地域には多くの民族がいて、様々な文化・文明が混淆したわけであるが、宗教の面においては仏教とヒンズー教は入り混じっており、東の果ての日本においてもその名残り (主として明王、天部の造形において) があるくらいだから、ましてやこの東南アジアにおいては大らかな混淆ぶりが面白い。これはそんな中でも大変に変わったヒンズー教の神像で、アルダナーリーシュヴァラ坐像。なんでも、男神シヴァとその妻の女神パールヴァティーが一体になった姿とか。右半身が男、左半身が女である。この写真では少し分かりづらいが、確かに左側にだけ胸のふくらみがあるという特殊な姿なのである。造像の時期については 6世紀から 9世紀まで諸説あるらしい。
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これは 8世紀の菩薩立像。タイ風というよりはカンボジア風に見えるが、この記事でこれまでご紹介した作品にはなかった多臂像であり、そのスラリとした長身はなかなかに美しい。腰ひもを結んでいるのが印象的 (これも日本にはない東南アジアテイストだ) だが、それ以外に一切衣をつけていないのが不思議な気がする。もしかして本物の衣類を着せたりしたのでは? と勝手に想像するのも楽しい。
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これは 12~13世紀の人物頭部。北部タイに存在したハリプンチャイ王国で作られた彫刻であるが、タイトルとして「人物」としているのは、神像・仏像の類ではなくて王族の肖像かもしれないということだろうか。明らかに微笑を浮かべたこの表情はなんとも清廉で、もしかすると民衆から慕われていた王の顔なのかもしれない。
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これもまたカンボジアのアンコール風の作品で、12世紀末~13世紀初期の観音菩薩立像。アンコール・トムのバイヨン寺院を建造したジャヤヴァルマン 7世の時代に、そのアンコール・トムで制作させてタイに運ばれたものと考えられているらしい。非常にがっしりしたモデリングであり、いわゆるタイの仏像のイメージとは異なっているが、クメール文明はそれだけ周囲に対する影響力があったということか。現在でもカンボジアとタイの国境周辺の遺跡の性質 (どちらの国に優位性があったか) を巡って、両国民の間で意見の相違があると聞いたことがあるが、文化的にはそれぞれの個性があり、それらが混じり合うことこそが面白いのである。
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さて、これは 15世紀の仏陀坐像。スコータイ時代のもので、これぞタイの仏像というイメージである。大らかで、堂々たる体躯。
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タイと言えば遊行仏 (ゆぎょうぶつ) である。仏陀が歩いて説法する場面を表したもの。これも 14~15世紀のスコータイ時代のもので、仏陀遊行像。独特のからだの曲線がなんとも面白い。
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これも遊行仏であるが、台座の銘文から1481年という制作年が判明するもので、ラーンナータイ様式。上の遊行仏よりも前のめりで、足元に視線を投げておられる。
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それもそのはず、この仏陀が歩を進める先には、彼以前に悟りを開いた先達たち (過去仏) の足跡が、仏足跡として刻まれているのだ。なんともユニークな造形ではないか。
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これはスコターイ時代、15世紀のハリハラ立像。仏教の像ではなく、ヒンズー教のもので、シヴァ神とヴィシュヌ神が合体した姿。何やら異様な迫力のある像で、吸い寄せられるように見入ってしまう。だが指先の柔らかさなどは、やはりタイ独特のものだと思う。
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これは 15世紀初頭、アユタヤー時代の金象。高さわずかに 15.5cmの小品だが、この造形は見事なもの。ミニチュアながら、背中には貴人の乗る輿が据え付けられている。
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これもアユタヤー時代、15世紀の金ぴかの仏陀坐像。ワット・マハータート遺跡の仏塔の地下から出土したものである。いかつい容貌の仏陀だが、いわゆる上座部仏教 (もともとは日本等に伝わった大乗仏教に対して小乗仏教と呼んだが、蔑称的なので最近ではこのように呼ばれる。簡単に言うと、大衆救済ではなく、出家による個人の悟りを中心とする仏教) のタイでは、慈悲の表情よりもこのような表情の方がふさわしいのだろうか。
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会場にはまた、タイと日本の古いつながりを示す資料も多く展示されている。江戸時代初期、日本ではシャムと呼ばれた当時のタイに移住した人物といえばこの人、山田長政だ。これは 19世紀に描かれたもので、所蔵するのは私も先般訪れてその建築の素晴らしさに驚愕した、静岡浅間神社。山田は静岡出身とされているらしい。
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長政が作った日本人町は、最盛期の人口 1,000~1,500人だったとされていて、商人のみならず浪人たちも多く移住してきたらしい。タイで国王の義勇兵としても日本人が働いたということだ。この 1918年の「カティナ (功徳衣) 法要図」には、なぎなたを持った剃髪の日本人義勇兵が描かれていて、大変興味深い。
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さて、会場の最後の方のコーナーでは、写真撮影が許されているので、私自身がその場で撮影した写真をご紹介する。バンコクのワット・スタットテープワラーラム仏堂というところの大きな扉の実物と、本尊の写真が展示されている。この寺院はラーマ 1世 (在位 1782 - 1809) の命によって着工され、1847年に完成したもの。本尊は 1366年にスコターイで制作された 8mの大仏で、1808年に水路バンコクへと運ばれた。今回展示されている大扉は高さ 5.8m、表面には様々な動植物の浮彫、裏面には壁画がほどこされた見事なものであるが、1959年に線香の香炉から火が出て損傷してしまったらしい。バンコク国立博物館で保管されていたが、経年劣化が進んだため、住友財団の支援を受けて、2013年から修理が始められ、九州国立博物館が協力したという。今回の展覧会では、修復なった扉を展示することで、日・タイの友好関係を深めようという趣旨であるらしい。素晴らしいことだ。
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このように、歴史的な変遷を含めてタイの彫刻・工芸の逸品の数々に触れられる貴重な機会である。日本の仏教美術との違いからも、様々なことを考えるヒントが得られるので、広い視野で古美術を見たいと思う人には必見の展覧会と言ってよいであろう。

by yokohama7474 | 2017-08-19 14:19 | 美術・旅行 | Comments(2)
Commented by dd907 at 2017-08-22 00:07
仏像ミステリーの、5月5日に仏様に出会ったお話、楽しく読ませて頂きました。大田区にお住まいと以前の記事で拝見しましたが、クラシックマニアだった叔父が大田区鵜の木に住んでいました。「5」という数字にはとても縁があり、母が5日生まれ、祖母が旅立ったのが5日、5月5日は祖父の命日なのでいつも手を合わせており、忘れることがない日付なのでであります。藤原広嗣という人を母に知っているか尋ねると(寺社仏閣巡りが好きで日本史に強いので)本を読んだことがあると申しておりました。20代の時、微笑みの国タイのバンコク市内や、涅槃像、アユタヤ王朝の遺跡群を観てまわりました。山田長政の日本人村も訪れたのです。母はシャムに行った山田長政について書かれた、遠藤周作の「王国への道」を読んでいるというので、いずれ読めたらいいなと思っています。これから、先日録画しておいたBSのバイロイト音楽祭(マイスタージンガー)を、ちょっとだけ見ようと思っています。
Commented by yokohama7474 at 2017-08-22 22:28
> dd907さん
それはいろいろご縁がありますね。そして、様々な文化分野の探求は一生ものだと思います。
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