N響 JAZZ at 芸劇 (ジョン・アクセルロッド指揮 NHK 交響楽団) 2017年 8月19日 東京芸術劇場

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今夏の東京の気候は、全く気が滅入る。ひっきりなしに雨が続き、ちょっと晴れ間が出たかと思うと夕方にはものすごい雷雨に見舞われる。もちろん私とても、夏休みの間ずっと東京にいたわけではないが、かといってずっと旅行していたわけでもない。うだるような暑さも決して楽しいものではないが、それが昔からの夏というもの。もちろん、近年の暑い夏はそれはもう、昔はなかったような異常な暑さになるのであって、そのこと自体は「昔ながら」ではないという言い方もできるものの、夏は日差しがギラギラしてセミが鳴いて入道雲が沸き起こるもの。それゆえ、今年の夏のような事態は、本当に気が滅入るのである。

そんな中、ちょっと楽しい演奏会に行って来た。もちろん帰りには雨に降られたものの、「雨に唄えば」ではないが、音楽を口ずさみながらの帰途は、雨でも楽しいものだ。この「N 響 JAZZ at 芸劇」は、文字通り NHK 交響楽団 (通称「N 響」) が池袋の東京芸術劇場 (通称「芸劇」) で、ジャズなど、通常のクラシックのようなお堅い音楽でないレパートリーを演奏するというもの。私は今回初めて聴くが、今年が 3回目で、毎年夏に開かれているそうだ。今回の曲目は以下の通り。
 ショスタコーヴィチ : 二人でお茶を (タヒチ・トロット) 作品 16
           ジャズ組曲第 1番
 チック・コリア : ラ・フィエスタ (ピアノ : 塩谷哲)
 バーンスタイン : 「オン・ザ・タウン」から 3つのダンス・エピソード
         「ウエストサイド物語」からシンフォニック・ダンス

なるほど、確かにこれは肩の凝らない楽しい曲目である。もともと N 響というオケは、技術的には優れていても遊び心がないというイメージがあったことは否めないが、最近はそのような枠を超えた演奏をすることも多く、首席指揮者のパーヴォ・ヤルヴィもその柔軟性を高く評価している。オーケストラというものは不思議なもので、この種の軽めの音楽 (どうも気に入らない表現だが、一般的にそのように思われているタイプの音楽) を鑑賞するには、大変に腕が立つ団体でないと楽しめないのである。その意味でも、N 響が得意とする重厚なブラームスやブルックナーを離れて、このようなレパートリーを演奏してくれることに期待が高まる。そしてこのシリーズで毎回指揮をしているのは、1966年生まれの米国の指揮者、ジョン・アクセルロッド。
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この指揮者の名はどこかで聞いたことがある。経歴を見ると、指揮をレナード・バーンスタインとイリヤ・ムーシンに学び、ハーヴァード大学を卒業している。これまで、ルツェルン交響楽団・歌劇場の音楽監督、フランス国立ロワール管の音楽監督を歴任、現在は王立セヴィリア響の音楽監督とミラノ・ジュゼッペ・ヴェルディ響の首席客演指揮者を兼任している由。現代音楽も頻繁に取り上げているらしい。なかなかの実力者であるようだ。外見は上の写真よりも髪がクリクリで、体格ももう少しよかったと思うし、メガネをかけていた。加えて、衣装の具合もあり、ちょうどフランスの名指揮者ステファヌ・ドゥネーヴとそっくりのような気がした (笑)。

さて今回の演奏であるが、一言で言えば、いや実に楽しいものであった。最初の「二人でお茶を」の冒頭など、金管、特にトランペットに一層の磨きが欲しい点はあったが、木管は自発性に富み、またいつものように弦楽器の厚みとニュアンスは最高で、響きのよいホールで聴くことのできる N 響は本当に素晴らしい。最初のショスタコーヴィチの「二人でお茶を」は、米国の軽快なミュージカルナンバーの編曲なのだが、作品番号がついているということは、作曲者としてはよほどの自信作だったのだろう。1928年、22歳のショスタコーヴィチが、指揮者ニコライ・マルコ (あのムラヴィンスキーの師である!!) にそそのかされて、ラジオから聴こえて来たこの曲を、たったの 45分で大編成のオーケストラ曲に編曲したものと言われている。真偽のほどは分からないが、学生の頃から天才の名をほしいままにしたショスタコーヴィチが、未だ後年の政治に翻弄される前の自由な時代にのびのびと筆を取ったことが感じられて、私は好きなのである。続くジャズ組曲 1番は 1934年の作。当時ソヴィエト・ジャズ委員会に属していた作曲者が、ジャズの普及を目的として書いたという。私の感覚では、ジャズなど、戦後のスターリニズムにおける社会主義リアリズムと真っ向から対立する音楽だが、これもロシア・アヴァンギャルドの流れの最後の輝きであったのだろうか。この組曲は、いわゆるバンド音楽なので非常に編成は小さいが、バンジョーやハワイアンギターが入る。前者を弾くのは、あのアンサンブル・ノマドのリーダーである佐藤紀雄。後者は田村玄一という人であったが、組曲の最後の曲ではギターを膝の上に横にして、まるでツィターのように弾いていたのが面白かった。

実はそのジャズ組曲にもピアノを弾いて参加していた塩谷哲 (しおや さとる) が、次のチック・コリアの曲でソロを弾いた。彼は指揮者アクセルロッドと同じ 1966年生まれのピアニスト。東京藝術大学作曲科を中退してピアニストやプロデューサーとして活躍しているようである。ピアノのレパートリーは、いわゆるクラシック系よりは、ラテンやジャズやポップスがメインということになるようだ。この N 響 JAZZ at 芸劇のような企画にはふさわしいアーティストと言えるだろう。
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大編成のオケを前にして、最初はちょっと緊張気味かとも思われたが、音楽が流れ出すと全く心配不要。叙情性あふれ、また即興性も備えたピアノは、大変に美しいものであった。チック・コリアはもちろん有名なジャズ・ピアニストであるが、この「ラ・フィエスタ」という曲は、アルバム「リターン・トゥ・フォーエヴァー」の中のナンバーらしい。もちろんこれは、コリアが率いるグループの名前であることくらいは知っていて、アルバムも昔聴いたことがあると思うが、この曲を聴いた記憶はなかった。半分ほどはピアノソロで、時折オケがそれをかき混ぜるような曲であり、正直なところそれほどの名曲とは思わないが、演奏者が全員真摯に取り組んでいることで、充実した音楽として響いていたと思う。塩谷はアンコールとして、自作の "Life with You" というナンバーを演奏。これまた大変抒情的で、楽しめる音楽であった。

さて後半はバーンスタインの 2曲。ここでオケは本領発揮である。私が第一に感じたことは、楽員の面々が本当にこれらの曲 (特に「ウエストサイド」) を愛しているということ。そうでなければ、あんなに弾けるような音は出ないだろう。今やバーンスタインの音楽は、素晴らしい音楽として我々が受け入れられるものであり、「指揮者」バーンスタインの音楽ということではなく、「作曲家」バーンスタインの音楽として楽しめる時代が来たものと思う。実は、冒頭で指を鳴らすところや、「マンボ」の中で「マンボ!!」と叫ぶところなど、誇り高い N 響の楽員さんたちがちゃんとノリノリでやってくれるだろうかと思ったのだが、それは全くの杞憂であった。それどころか指揮者は「マンボ!!」の合いの手を客席に求めたのであったが、残念ながら舞台と客席が同時に熱狂して叫ぶということにはならなかった。かく言う私も、大好きなこの曲に参加しないことはあり得ないと思って参加したのだが、調子はずれの声で「まんぼー」と小さく呟くにとどまってしまった (笑)。いやそれにしても、この「ウエストサイド物語」のシンフォニック・ダンスは、本当にいい曲だ。先般ミュージカル全曲を久しぶりに鑑賞したこともあり、改めてこの曲がどの場面をつないでいて、どのような流れになっているのかを再確認することができた。ミュージカルの顔である「マリア」と「トゥナイト」を欠くこの組曲は、若者たちのエネルギーが悲劇にひた走る、その運命を扱っているのだ。「マリア」のメロディは「チャチャ」に出て来るし、「トゥナイト」がなくても「サムフェア」や「出会いの場面」で叙情性は含まれている。これは大変によくできた組曲であり、今回のような高いクオリティの演奏で聴くことで、聴衆はますますこの曲に引き込まれて行くのである。アクセルロッドの指揮は大変にストレートであり、大きなジェスチャーでオケを鼓舞する指揮ぶりは情熱的だ。面白かったのは、「ウエストサイド」の冒頭や「スケルツォ」でオケのメンバーが指を鳴らす場面で、何やらちょっと違う、何かを叩く音が混じっていたので、打楽器でも使っているのかと思ってよく目を凝らし耳を澄ますと、なんとそれは、指揮者が口の中で舌を鳴らす音であった!! このあたりも指揮者の持ち味が出ていると思う。また、アンコールでは「マンボ」が再度演奏され、まあ客席からの声は相変わらず「まんぼー」という感じではあったが、オケはプロフェッショナルに盛り上がっていましたよ!! 作曲家バーンスタイン、万歳!!
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ところで今回演奏されたうちの「オン・ザ・タウン」であるが、これはミュージカルの題名なのである。実は私はこの曲を学生時代に作曲者の自作自演で何度も聴いていて、ある日ジーン・ケリー特集だか何かで、劇場に「踊る大紐育」というミュージカル映画を見に行くと、題名が "On the Town" だったので、「あ、これ、バーンスタインの『オン・ザ・タウン』だったのか!!」と、ユリイカ状態になったのであった。そう、まさか「踊る大紐育」が「オン・ザ・タウン」だとは思わなかったもので (笑)。この映画 (1949年) における水兵 3人組は、ジーン・ケリー (スタンリー・ドーネンとともに共同監督を兼ねる) に加え、フランク・シナトラと、ジュールズ・マンシンだ。楽しい映画だった。
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鬱陶しい 8月を吹っ飛ばす、大変に楽しい演奏会でした。

by yokohama7474 | 2017-08-20 01:55 | 音楽 (Live) | Comments(2)
Commented at 2017-08-20 19:35
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by yokohama7474 at 2017-08-20 21:31
> カギコメさん
コメントありがとうございます。おっしゃることはよく分かりますし、私の無駄口を申し訳なく思います。このブログは様々な方に実際にご覧頂いていますし、またそうであってほしいと思っておりますので、その前提で書いて行くつもりです。どんな分野の文化であれ、きっかけさえあればいろいろな楽しみ方ができる、という思いを伝えるためのブログですので。今後とも是非よろしくお願い致します。
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