ファビオ・ルイージ指揮 読売日本交響楽団 2017年 8月24日 東京芸術劇場

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つい先日松本でのセイジ・オザワ松本フェスティバルで渾身のマーラー 9番を聴かせてくれたイタリアの名匠ファビオ・ルイージが、東京に登場した。おりしも東京は、8月も終わりに至っての久しぶりの猛暑。まさに上のチラシにあるごとく、ルイージと組んで「最高に熱い夏」を演出するオーケストラは、読売日本交響楽団 (通称「読響」) である。東京を代表するオケのひとつである読響の指揮台には、もちろん様々な名匠巨匠が登場するが、それでもルイージのような世界最高クラスの指揮者を迎えることは貴重な機会であるに違いない。一方のルイージは、サイトウ・キネン・オーケストラ以外に、これまで NHK 交響楽団を指揮したことはあるが、それ以外の東京のオケを指揮するのはこれが初めて。日本の蒸し暑い夏では体調管理も簡単ではなかろうが、4年連続で松本で 8月・9月に指揮をし、以前は札幌の PMF (パシフィック・ミュージック・フェスティバル) の音楽監督として、真夏の東京で指揮をしたこともある。今年 58歳と、まさに指揮者として脂の乗り切った世代であり、今回の共演がなんとも楽しみである。8月は世界のどこのオケも定期シーズンではなく、欧州各地では音楽祭が開かれている頃。読響も今月は、3プログラムによる 4回の演奏会しかなく、今回のものは「読響サマーフェスティバル 2017 ≪ルイージ特別演奏会≫」と題されている。今回の池袋の東京芸術劇場での演奏会のあと、翌 8/25 (金) に横浜みなとみらいホールで同じプログラムが繰り返される。そのルイージと読響の初共演の曲目は以下のようなもの。
 リヒャルト・シュトラウス : 交響詩「ドン・ファン」作品20
 ハイドン : 交響曲第 82番ハ長調「熊」
 リヒャルト・シュトラウス : 交響詩「英雄の生涯」作品 40 (第 1稿)

うーむ。そう来たかという感じである。R・シュトラウスはルイージ得意のレパートリーであり、2009年に当時の手兵シュターツカペレ・ドレスデンと来日した際にも、今回の 2曲を含むシュトラウスの一連の作品を指揮した。私は大阪のザ・シンフォニーホールで、今回の 2曲に加えて「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」を聴いたのだが、その流麗な音のドラマに本当に魅了されてしまったことをよく覚えている。なので、このシュトラウスの代表作 2作は当然期待大なのであるが、注目は真ん中のハイドンである。実はルイージはこの曲を、一昨年のセイジ・オザワ松本フェスティバルで採り上げている。その時の演奏会は私も記事にしたのを覚えていたので今読み返すと、あーあ、厳しいことを書いているなぁ (笑)。いずれにせよ、ハイドンのように音符が少ない曲では、オケの本当の合奏力が勢い試されることとなる。初顔合わせでこの曲となると、これは緊張感があるではないか。プログラムに掲載されているルイージの言葉には、「読響と共演した経験のある友人らからは、大変レベルが高く経験豊かなオーケストラと聞いています。私も好奇心でいっぱいです」とある。さあ来いと言わんばかりのルイージの写真。
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結果として私が思うことには、これは実に瞠目すべき大成功の演奏会であった。世界で活躍する名指揮者との初共演において、文字通りすみからすみまで全員日本人からなるオーケストラが、全く臆することなく実に大人の演奏を展開したという点において、昨今の東京のオケの充実ぶりを象徴するような、素晴らしい機会であったと言えるだろう。まず最初の「ドン・ファン」では、滑り出しは音の重心がちょっと重めかと思ったが、その後展開されていったオケの機動力は大したもの。いつものルイージのアクセルとブレーキが繰り出され、それは時には微妙な差でしかないのだが、音のドラマの描き方が大変に丁寧。読響は、充分な美観を保ちながらそれについて行った。弦楽器の表現力に加え、木管・金管も (本当にごく細部の課題を除けば)、聴いていて身を乗り出したくなるような充実ぶりだ。もちろん、多少お互いに未だ手探りのところはあったかもしれない。だが、忙しく世界を飛び回る指揮者に対して、その意を汲んで実にプロフェッショナルに反応するオケを聴くのは気持ちがよい。ルイージ自身も、相当に手応えを感じた演奏であったのではないか。一方でオケの方も、充実感を得たのだろう、1曲目のカーテンコールから既に、楽団から指揮者への拍手が出るという珍しいことが起こっていた。

続くハイドンは、いわゆる古楽風のアプローチではなく、現代オケによるハイドン。だがその冒頭から流れ出した音には、余計な気負いがなく、過度に滑りすぎることのない堅実さが聴き取られ、フレーズフレーズが新鮮かつ堂々と響いていた。なるほど、これはシュトラウスとは全く別種の音楽であるが、そのスタイルの違いを当然のことのように表現できる点、読響はやはり優れたオーケストラであるのだ。この「熊」の愛称を持つ交響曲を私は大好きで、巧まずしてユーモアが現れた演奏でなければ楽しめないのだが、今回の演奏ではミスもなく、ハイドン特有のユーモアをそこここに聴き取ることができた。これにより、ルイージの課した課題を、読響は余裕でクリアしたものと思いたい。

そして最後の「英雄の生涯」であるが、演奏開始前、ルイージは指揮台からホルン (もちろん、開始早々英雄のテーマを吹く) の方に視線を向け、そうしてヴィオラとチェロ (もちろん、冒頭で低音から駆け上がる) の方を向いて棒を振り下ろした。音の混じり方には、欲を言えばさらなる絶妙さを求めてもよいかもしれないが、そこに音で描かれた英雄の姿には充分な存在感があり、ここでもルイージの微妙なさじ加減について行くオケの技量が発揮された。激しく駆け込むところは激しく、ゆったりと歌うところはゆったりと、その表情の豊かなこと。重量感よりも流麗さに特徴のある演奏であったが、南ドイツ、ミュンヘンの生まれであるシュトラウスの音楽には、アルプスの反対側であるイタリアの風土に近い面もあるので、ルイージのアプローチには充分な説得力がある。前半の「ドン・ファン」よりもさらに色彩豊かに鳴り響く「英雄の生涯」であり、一瞬たりとも退屈することはなかった。この曲で活躍するコンサートマスターのソロ・ヴァイオリンは非常に大事だが、ここでは長原幸太が、コケティッシュというよりも、凄みのある音で全編を彩った。
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この演奏でひとつ特徴的であったのは、第 1稿を使用していたこと。音楽ファンなら先刻ご承知であろうが、この曲の通常の版と第 1稿 (日本でもおなじみであったシュトラウスの権威、ウォルフガンク・サヴァリッシュが世界で初めてこの版を録音した) の違いは、エンディングにある。引退した英雄が生涯の業績を振り返り、緩やかで穏やかな音楽に続き、終結部でファンファーレ調の金管と打楽器の一撃が入って、そして静かに終わるというのが通常版であるが、第 1稿では、その一撃がないまま、静かに音が遠ざかって行く。私は思い出したのだが、そう言えば 2009年のドレスデンとの来日時にも彼は第 1稿で演奏していた。今回のインタビューにおいても、この方が大仰な終わり方ではなく、自分の人生を静かに見つめて振り返る老人の姿を現していて、それが、作曲者が本来望んだものであろうと語っている。なるほど、音を聴いてみると、それも一理あると思う。これがルイージとドレスデンによるこの曲の録音のジャケット。やはり第 1稿である。
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このような大変充実した演奏のあとは、指揮者も楽員も大変満足そうに互いの健闘を称えあうのを見るのも楽しい。ルイージは弦の各パートの首席と握手を交わしたが、コントラバス・セクションまで出向いて握手をし、指揮台に戻って来たとき、ヴィオラ奏者との握手を忘れて指揮台から客席にお辞儀をしてしまった。そのあとに気づいて、ヴィオラ奏者に丁重に詫びながら、がっちり握手をすることで場の雰囲気を和ませているのを見て、この指揮者はきっと楽員から好かれるだろうな、と思った。そしてルイージは、楽員がひきあげたあとも、鳴りやまぬ拍手に応えて舞台に再登場したのである。きっと彼にとっても印象に残る演奏会になったはず。

今回のインタビューの中でルイージは、「華々しい経歴だが、挫折を感じたことは?」という楽団の意地悪な質問 (笑) に対し、「ないですね。私は非常にプラス思考なので。あまり幸せを感じない瞬間もありますが、音楽は私を助け、幸福感や達成感をもたらしてくれる源です」と答えている。なるほど。素晴らしく前向きなマインドの人なのであろう。是非また読響の指揮台に返ってきて、聴衆に幸福感を与えて欲しいものである。

by yokohama7474 | 2017-08-25 00:47 | 音楽 (Live) | Comments(2)
Commented by やま at 2017-08-25 09:03 x
こんにちは。ルイージと読売日響の演奏会を堪能したので、他の方の感想をとおもい、拝読いたしました。
一点だけご記憶の訂正を。ルイージは新国立劇場に客演して、東京フィルと『カヴァレリア・ルスティカーナ』『道化師』を演奏していますね。
今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。
Commented by yokohama7474 at 2017-08-25 23:27
> やまさん
コメントどうもありがとうございます!! ということは、「純然たるコンサートで N 響以外の東京のオケを振るのは」今回が初めて、ということですね。調べてみたところ、2006年 4月の公演で、「カヴァレリア・ルスティカーナ」では、サントゥッツァがガブリエレ・シュナウト、トゥリッドゥがアルベルト・クピード、「道化師」のカニオはクリスティアン・フランツという、なかなかの顔ぶれであったのですね。ちょうど私はその頃海外に住んでいたので、この公演は残念ながら聴いていませんが、きっと素晴らしい公演だったのだろうと想像します。
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