山田和樹指揮 日本フィル 2017年 9月 8日 サントリーホール

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つい先日、忘れられた日本の作曲家、大澤壽人の作品ばかりによる演奏会で見事な演奏を行った日本フィル (通称「日フィル」) と、その正指揮者を務める山田和樹が、秋からの今シーズン初の定期公演で、またまた意欲的なプログラムを採り上げた。まずはその内容からご紹介することとしよう。
 ブラッハー : パガニーニの主題による変奏曲作品26
 石井眞木 : 遭遇 II 番作品 19 (雅楽 : 東京楽所)
 イベール : 交響組曲「寄港地」
 ドビュッシー : 交響詩「海」

うーん、ちょっと渋すぎるような気がするなぁ・・・(笑)。おかげで客席はそれほど埋まっていない。だが、これはやはり聴く価値が大いにある演奏会なのだ。そもそもこの曲目をどう評価しようか。ごく一般の音楽ファンは、ドビュッシーの「海」にしかなじみがなく、イベールの「寄港地」は題名だけ聞いたことがあるとか、そんな感じであろうか。よくよく曲目構成を見てみると、前半 2曲はドイツ系、後半 2曲はフランス物という区別はできようか。プログラムには、「異なるものの出会い」がこの 4曲に共通するとあるが、賛同できるようなできないような。以下、順番に見て行こう。

まずボリス・ブラッハー (1903 - 1975) である。名前にはなじみがあり、特に今回演奏された「パガニーニの主題による演奏曲」(1947年) は代表作として知られている。最近でこそあまり演奏されないものの、ジョージ・セルやレオポルド・ストコフスキー、フェレンツ・フリッチャイ、あるいはセルジュ・チェリビダッケ、ゲオルク・ショルティという指揮者たちが録音を残している。こうして名前を並べると錚々たるものだが、やはり歴史的な顔ぶれ。それを考えると、本当に最近は演奏されることが少ないのが奇異なほどである。このブラッハーという作曲家、私などは、この曲以外には、息子のコーリア・ブラッハーがベルリン・フィルのコンサートマスターを務めたことがあるがゆえに、名前になじみがあるという感じである。彼の顔写真をあしらった作品集のジャケットはこれだ。指揮は一部でマニアックな人気を誇る (まあ私も好きだが 笑) ヘルベルト・ケーゲルだ。
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今回演奏されたパガニーニの主題による変奏曲は、あの有名なパガニーニの奇想曲第 24番のテーマ (リストやラフマニノフが転用した有名なメロディ) をもとにした変奏曲であり、戦後すぐの東ドイツで書かれた割には、ジャズ的な要素が顕著である点が面白い。ブラッハーの若い頃に活況を呈したベルリンの雰囲気が偲ばれる。今回の山田と日フィルの演奏は、かなりきっちりと各変奏の性格を描き出したもので、オケの性能も充分。面白く聴くことができた。

続く石井眞木 (1936 - 2003) の作品。この作曲家については以前も、今年のラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンにおける井上道義指揮によるシンフォニア・ヴァルソヴィアの演奏で、彼の「モノプリズム」をご紹介したが、今回はまた興味深い曲目。「遭遇 II 番」という曲で、副題は「雅楽とオーケストラのための」。つまりここでは、日本古来の宮廷音楽である雅楽と、西洋音楽が「遭遇」するわけである。実は作曲者石井は、ボリス・ブラッハーの弟子。ここで前半の 2曲にはひとつのつながりがあることが分かる。だがその作風は師とはかなり異なるもの。この石井の作品は、オーケストラのための「ディポール」という曲と雅楽のための「紫響」という曲の同時演奏であり、それらをいかに組み合わせるかは指揮者の意向次第という、いわゆるチャンス・オペレーション (偶然性の音楽) の一種である。今回山田がこの曲を採り上げたには理由があり、実はこの曲、今回演奏しているオケである日フィルの委嘱によって作曲されたものなのだ。このオケの創立者であった名指揮者、渡邉曉雄の提案によって始められた日本の作曲家への委嘱シリーズである「日本フィル・シリーズ」のひとつであり、この「遭遇 II 番」という作品は第 23作。1971年 6月23日の初演である。いわゆる現代音楽の場合、せっかく委嘱による初演がなされても、再演の機会に恵まれないことも多いので、このように、委嘱したオケ自身での再演には大いに意味がある。私は、とりわけこの作品には興味があったのであるが、それは、この曲の初演の前後 (1971年 6月22・23日) に録音されたアナログレコードが手元にあるからだ。これである。
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そう、この曲の世界初演者は、当時 35歳の小澤征爾。このときのオーケストラは分裂前の旧日フィルで、小澤はその首席指揮者であった。だがこのオケは、この曲の初演の翌年、1972年に分裂。小澤は新たに新日本フィルを創設したのだが、その話はここまでにしよう。私が言いたかったのは、日本のオーケストラにも既に長い歴史があり、世界クラスの音楽家たちの活躍の場となって来たことである。山田和樹は現在は 38歳。初演を振った当時の小澤と近い年代だ。こうしてバトンは継承されて行くのである。さてこの「遭遇 II 番」であるが、当時の前衛手法であるトーンクラスターがかなり刺激的な音を立てるし、西洋オケと雅楽は、それほど密に響き合う感じでもない。正直なところ、今聴くとむしろノスタルジックにすら響くこのような当時の「現代音楽」に、衝撃の感動を受けるというところには至らないが、だがこのような曲に真摯に取り組む奏者たち (雅楽は東京楽所 (とうきょうがくそ) である) には心から敬意を表したい。

そして後半。まずはジャック・イベール (1890 - 1962) の「寄港地」である。この曲は、昔は名曲と言われていて、私もクラシックを聴き始めた初期に読んだ本にはよく紹介されていたものだ。ほかにも「ディヴェルティメント」などの洒脱な音楽を書いた人だが、一般的な知名度は決して高いとは言えないだろう。世代としてはラヴェルやドビュッシーより下、都会的なセンスあふれる、いわゆる六人組と同世代である。この肖像写真は、軍人風にも見えるが、軍人はこんな派手な蝶ネクタイはしないか (笑)。
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この「寄港地」という作品、3曲からなっていて、1. ローマ - パレルモ、2. チュニス - ナフタ、3. バレンシアという、船旅の情景を描いた色彩的な曲である。山田と日フィルは、鮮やかにこの曲を演奏してみせ、特に木管の多彩なニュアンスには傾聴すべきものがあった。だが、この曲自体がやはり、それほど上出来とは思われない。というのも、最後に演奏されたのが、天下の名曲、ドビュッシーの「海」であったからで、聴衆は勢い、比較をしてしまうからだ。名曲の名曲たるゆえんを改めて思い知ることとなったわけだが、この「海」での山田と日フィルの演奏は、若干の課題を残していたかもしれない。このコンビなら、さらにクリアに、さらに勢いの良い演奏ができたのではないか。もちろん素晴らしい箇所もあって、例えば第 2曲の後半の弦がうねり上がるさまなどは、この曲の神髄に迫るものだったと思う。その上で、さらに充実した響きを求めたいという気がしたのである。比較の対象が多い名曲であるがゆえの難しさもあるだろう。また、前回のコンサートから今回まで、世界初演曲や普段ほとんど演奏されない曲がいろいろ入っていたので、リハーサルが及ばなかったような事情もあるのかなぁと、勝手に思ってしまいました。

だが、これだけの意欲的な内容を着実に演奏するだけでも、大変なことである。やはり、同じレパートリーの繰り返しだけでは聴衆の確保は難しかろう。演奏する側の絶えざる工夫がないと、日本の音楽界のさらなる発展は見込めない。その点、今回のように客の入りはもうひとつであっても、このような曲目が演奏されているというだけで、東京の文化度が分かろうというものだ。今年マーラー・ツィクルスを完走したあとの、山田と日フィルのコンビの充実ぶりを、これからもしっかりと体験して行きたいものである。
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by yokohama7474 | 2017-09-09 01:44 | 音楽 (Live) | Comments(0)
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