モーツァルト : 歌劇「ドン・ジョヴァンニ」(演奏会形式) パーヴォ・ヤルヴィ指揮 NHK 交響楽団 2017年 9月 9日 NHK ホール

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毎年 9月から11月頃にかけて開催される NHK 音楽祭は今年で 15回を迎えた。この音楽祭は、NHK ホールを舞台に、海外一流のオーケストラと NHK 交響楽団 (通称「N 響」) とが出演する 4 - 5回の演奏会によって成り立っている。正直なところ、ここに出演するオーケストラはいずれも、サントリーホールなどほかの会場でも演奏するし、開催時期も明確に定まっているわけではないので、例えばザルツブルクやルツェルンといった、ヨーロッパで行われている本格的な音楽祭とは少し性格を異にしている。だがそれでも、毎年出演する豪華な顔ぶれには瞠目すべきものがあり、すべての演奏が NHK の FM と BS で放送されるという点では貴重なものである。実はこの音楽祭には毎年テーマがあるのだが、今年のテーマは「人は歌い、奏でつづける」。開かれる 4回の演奏会はいずれも、オペラや声楽曲をそのプログラムとしている。実はちょっとこのテーマに聞き覚えがあるような気がして、意地が悪いようだが、過去のこの音楽祭のテーマを調べてみると、ありましたありました。第 1回、2003年がこれと全く同じテーマであった。だがその内容は違っていて、第 1回の曲目は、オペラの序曲や抜粋、あるいはヴェルディのレクイエムとか、ベートーヴェン 9番、マーラー 3番といったものであったのに対し、今回はオペラ全曲の演奏会形式上演が 2回、加えてワーグナーの「ワルキューレ」の第 1幕というヘヴィー級の曲目、そしてブラームスのドイツ・レクイエムである。今回私が聴くことができたのは、そのオペラ全曲演奏のひとつ。演奏したのは、首席指揮者パーヴォ・ヤルヴィ率いる N 響である。
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過去このブログでは、このヤルヴィがいかに現代指揮界において重要な存在であるか、また、彼と N 響の共演がいかに高いレヴェルを保っているかについて、何度も触れてきた。実際にこの指揮者は世界でひっぱりだこなのであるが、その多忙な時間のかなりの部分を割いて N 響を指揮しに来日しているのを見ると、東京の音楽界のレヴェル向上にこれからも大きく寄与してくれることは、ほぼ確実なのである。広いレパートリーを誇り、およそ振れない曲などないかのような彼の活動ぶりだが、ちょうど先月のレコード芸術誌で彼の特集を組んでいる中に、彼のレパートリーとして「目立たないのは古典派以前とオペラくらいか」という記述があった。なるほどその通りだが、今回の曲目はまさに古典派のオペラ、モーツァルトの「ドン・ジョヴァンニ」である。この指揮者は本当にスマートな人で、コアとなるレパートリーは確かにあり、手当たり次第にそれを広げている印象はないのだが、気がつくと広範なレパートリーで聴衆を楽しませてくれるのである。興味深いことに、今年の 12月には東京交響楽団が音楽監督ジョナサン・ノットとともに同じ作品の演奏会形式上演を行う。そちらは、いわゆるダ・ポンテが台本を書いたモーツァルトの 3本のオペラを順番に演奏する 2回目なのであるが、数ヶ月をおいて東京を代表する指揮者とオケが同じ曲を演奏するというのも、聴衆としてはなんとも有り難い機会だと思う。

さて、実はこのヤルヴィ、今年の 5月から 6月にかけて、この「ドン・ジョヴァンニ」でミラノ・スカラ座デビューを果たしたらしい。調べたわけではないが、今回の歌手もそのスカラでの公演と同じ人たちが含まれているのかもしれない。ということは、スカラ座の舞台と同じレヴェルの音楽を東京で聴けるということだ。このオペラには 8人の登場人物が出て来るが、日本人歌手は 2人のみで、残り 6人は海外から来ている。実際のところ私は、6人の海外歌手のひとりも知らなかったが、以下の通り、実に国際的な顔ぶれなのである。
 ドン・ジョヴァンニ : ヴィート・プリアンテ (イタリア)
 騎士長 : アレクサンドル・ツィムバリュク (ロシア)
 ドンナ・アンナ : ジョージア・ジャーマン (米国)
 ドン・オッターヴィオ : ベルナール・リヒター (スイス)
 ドンナ・エルヴィーラ : ローレン・フェイガン (オーストラリア)
 レポレッロ : カイル・ケテルセン (米国)
 マゼット : 久保和範
 ツェルリーナ : 三宅理恵

みな若手歌手のようだが、プログラムに載っている経歴を見ると、名門歌劇場への出演経験ある人ばかり。昔のように大柄な体格の歌手は皆無で、ヴィジュアル面でも大変に洗練されている。ヤルヴィのおかげで、東京にいながらにして世界のオペラ最前線の一旦に触れることができるのである。中でも印象に残った歌手は、ドンナ・エルヴィーラ役のフェイガン、次いでドンナ・アンナ役のジャーマンである。このような人たちだ。写真で見ると姉妹のように似ている。
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特にフェイガンは、声量、表現力とも素晴らしく、ともすればヒステリックに騒ぐだけになりがちなドンナ・エルヴィーラを、感情の豊かな女性として表現した。一方のジャーマン演じるドンナ・アンナの登場シーンには必ず深刻な音楽がつけられていて、ちょっと退屈にもなりかねないところ、今回はその美声で聴衆を圧倒したのである。もちろん、主役を歌ったプリアンテも、悪漢というよりは飄々とした印象のドン・ジョヴァンニで、これはこれで一本筋が通ったもの。従者レポレッロのケテルセンも、洒脱な演技を含めて安定した歌いぶり。そう、今演技について触れたが、今回は演奏会上演と言いながら、歌手の演技は舞台上演なみに細かい。衣装については、貴族と平民は見て分かるように区別され、ドン・ジョヴァンニやドン・オッターヴィオ、騎士長らが燕尾服であるのに対し、レポレッロはジャケットにジーンズ、マゼットとツェルリーナはレストランの従業員風だ。ドンナ・エルヴィーラとドンナ・アンナだけは、きらびやかなコンサート風ドレスであった。舞台前面、左右には白く塗られた横長のベンチがそれぞれ 3つずつ続いて置かれており、登場人物たちは出たり入ったりしながら、時にはそこに座って演技をする。ドン・ジョヴァンニ主従はタブレット端末や携帯電話を使って情報 (あ、もちろんドン・ジョヴァンニがモノにした女性のリスト 笑) を管理し、また、離れたところでもコミュニケーションを取る。なかなかにスピーディかつ簡潔な動きとなっていて大変よかったのだが、ベンチ以外に舞台装置がない分、大変凝った照明を駆使しており、その点も高く評価できると思う (例えば冒頭の衝撃的和音とともに照明は夜の雰囲気の暗い青となり、その後主部に入って音楽が快速に走り出すと、日の出のように赤くなるといった具合)。実は演出を担当していたのは、佐藤美晴という女性演出家。帰宅して調べてみて思い出したことには、今年 5月28日の記事で採り上げた、ピエタリ・インキネン指揮日本フィルによるワーグナーの「ラインの黄金」の演奏会形式でも演出をしていた人だ。今回、終演後のカーテンコールの際に、ヤルヴィに呼ばれて舞台に出てきていて、遠目にはお嬢さんのように見えるが、大学でも教鞭を取っており、各地で実績を積みつつある演出家なのである。
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飽くまで演奏会形式での上演なので、演出とは言っても本格的なものではなく、ただ要領よく音楽を進めるサポートになっていたとも言えるかもしれない。ただ一点、ラストシーンには私は大変に感心した。よく、主人公が騎士長に連れられて地獄に落ちたあと、最後に残りの 6人の歌う教訓的な歌が白々しいという評価があるが、今回のやり方は、「なるほど、その手があったか!!」と思わせる、単純にして意外性のあるもの。これによって終曲の持つニュアンスも変わり、ピリッと締まったと私は思う。このようなやり方が過去の演出にあったのか否かは分からないが、少なくとも私がこれまでの人生で見た「ドン・ジョヴァンニ」では一度もなかった。これは素晴らしいセンスである。ネタバレは避けるが、この上演は 10月22日 (日) の深夜、翌 23日 (月) の午前 0時から NHK の BS プレミアムで放送されるので、ご興味のある方は是非ご覧頂きたい。

さて、そしてヤルヴィ指揮による N 響の音楽は、もう素晴らしいの一言。オペラの演奏会形式上演においては、オーケストラはピットではなくステージに並んでいるわけで、その微妙なニュアンスまで聴き取ることができるし、指揮者の音楽の進め方もよく分かる。また、歌手とオケの物理的距離が近い分、呼吸を合わせることはより容易であるだろうし、場合によっては視線でコミュニケーションもできる。そんなことを再認識させてくれるような充実した演奏であった。音楽のいかなる箇所においても曖昧さのないヤルヴィの指揮は、クリアでありながら、なんとも重層的な音楽を N 響から引き出していて、いつもながらに素晴らしい手腕である。ヤルヴィは明らかにこの作品を自家薬籠中のものにしていて、これまであまり聴くことのできなかった古典派とオペラというレパートリーにおいても、彼の抜きんでた才能が輝くのであるということを思い知るに至った。これは間違いなく国際的に見ても高い水準の公演であった。

考えてみると、いかにヤルヴィが世界で活躍している指揮者であるとはいっても、彼が N 響の公演で使える予算は、もしかすると欧米のケースよりも多いのかもしれない。これまでのキャリアで彼が本拠地とした、または今でもしている都市を考えると、タリンやブレーメンやシンシナティはもちろん、パリやフランクフルトと比べても東京の経済規模は大きいだろう。それゆえにヤルヴィとしても、やりたいことができる喜びはあるのかもしれないと想像する。また、金銭面のみならず、聴衆の質という点でも、ある意味では非常に高いということは言えるはず。但し、本当に大人の文化としてのオーケストラ音楽が広く人々の生活を豊かにするには、まだ少し課題があるかもしれない。歴史あるヨーロッパの都市のように、東京の文化もさらに成熟して行ってほしいと願うものだが、このような素晴らしい演奏を日常的に聴けることが、そのような文化の成熟を実現することを期待したい。そういえば、この NHK 音楽祭においては、毎年必ず N 響が出演しているわけで、考え方によっては、N 響と世界のトップオケとの競争になっているわけである。今後もその競争を楽しみにしたい。
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by yokohama7474 | 2017-09-10 02:19 | 音楽 (Live) | Comments(0)
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