ヴェルディ : 歌劇「オテロ」(演奏会形式) アンドレア・バッティストーニ指揮 東京フィル 2017年 9月10日 Bunkamura オーチャードホール

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ほんの前日、パーヴォ・ヤルヴィと NHK 交響楽団によるオペラ全曲の演奏会形式上演を見たばかりだが、この日もまたオペラ全曲の演奏会形式上演なのである。今回はまた違った楽しみでいっぱいだ。というのも、東京フィルハーモニー交響楽団 (通称「東フィル」) とその首席指揮者であるイタリア人、弱冠 30歳のアンドレア・バッティストーニが採り上げたのは、イタリアの血がたぎる名作であり、ヴェルディ後期の傑作である「オテロ」なのである。バッティストーニはこれまでにも東フィルと組んで「トゥーランドット」やマスカーニの「イリス」を演奏会形式で採り上げていて、私はそれらを大いに楽しんだが (「イリス」については 2016年10月16日の記事をご参照)、この「オテロ」は音楽の中身が濃いだけに、これまでにも増して楽しみだ。

前日のヤルヴィと N 響の「ドン・ジョヴァンニ」では、演奏会形式とはいえ、歌手たちはそれなりの衣装を着て、舞台上演さながらの演技を披露していた。それに対して今回は、衣装は完全にコンサートスタイル (男性は全員燕尾服) で、演技もほとんどない。とは言っても、歌手たちや、また合唱団 (新国立劇場合唱団と世田谷ジュニア合唱団) まで含めて、全員が暗譜での歌唱である。つまり、そのまま舞台上演が可能なほどの歌いぶりであったのだ。そして私が何より感動したのは、今回のバッティストーニと東フィルの演奏の驚くべき充実ぶりだ。このオペラは序曲も前奏曲もなく、いきなり嵐のシーンで始まるが、客席の照明とともに舞台の照明も暗くなって登場したバッティストーニは、聴衆の拍手も知らぬげに、指揮台に登るやいなやタクトを一閃、渦巻く音響が沸き起こったのである。その電撃的な冒頭から一貫してオーケストラは極めて雄弁であり、最強音から最弱音に至るまで随所にニュアンス満載だ。本来は新国立劇場の専属オケとなることを予定されていた、そして実際にそこでほかのどのオケよりも頻繁に演奏している、このオケの豊富なオペラ体験なくしてはあり得ないような、オペラ的音響をこれでもかとばかりに繰り出したのである。お見事。
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一方、歌手陣はいささか複合的であったと言えようか。主要な役柄は以下の通り。
 オテロ : フランチェスコ・アニーレ (イタリア)
 デズデーモナ : エレーナ・モシュク (ルーマニア)
 ヤーゴ : イヴァン・インヴェラルティ (イタリア)
 カッシオ : 高橋達也
 ロデリーゴ : 与儀巧
 エミーリア : 清水華澄
 ロドヴィーコ : ジョン・ハオ (中国)

まず主役のフランチェスコ・アニーレは、昨年の「イリス」でもオオサカ役を歌っていた人だ。そのときの美声には魅了されたが、所詮は脇役。今回のような出ずっぱりの主役となると、負担は段違いである。彼の歌唱、朗々と歌い上げる箇所は素晴らしい表現力であったが、ストーリーの流れにおいては重要な、低い声での朗誦にはちょっと課題が残ったか。演奏会形式でありながら、第 3幕と第 4幕の最後で指揮台に頭を乗せるような恰好で倒れるという熱演によって、このオペラの劇性を表現していた点は高く評価したい。
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デズデーモナのエレーナ・モシュクは今回初めてこの役を演じるらしいが、もともとのレパートリーは、夜の女王とか、「ホフマン物語」の 4役のようなコロラトゥーラが多いようだ。経歴は大変立派なもので、世界の名歌劇場で活躍している。今回彼女は第 4幕の「柳の歌」で聴衆を魅了することとなった。実はこのデズデーモナという役、細やかな心理描写を必要とする割には聴かせどころが少なく、その「柳の歌」にすべてが集約されていると言っても過言ではない。そんなことを再認識させる素晴らしい歌唱であった。
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ヤーゴのイヴァン・インヴェラルディも世界各地のオペラハウスで活躍しており、私としては今回の歌手陣の中の最大の功労者であったと思う。そもそもこの「オテロ」という作品は、ヤーゴがよくないと締まらないのだが、その意味では、彼の歌唱が上演全体の出来を押し上げていた。
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その他日本人、中国人歌手 (但しロドヴィーコのジョン・ハオは二期会会員) も要所要所を締めていたが、存在感のある歌唱を聴かせた歌手として一人挙げるとするなら、エミーリア役の清水華澄であろう。この役は、終幕の大詰めで真相が明らかになるきっかけを作るという重要な役。以前山田和樹と日本フィルの伴奏によるリヒャルト・シュトラウスの「4つの最後の歌」で見事な歌唱を聴かせたことは記事に書いたが (2016年 9月 4日の記事ご参照)、今回も実に素晴らしいと思った。やはりこのような脇役が充実すると、上演の質自体がぐっと上がるのである。
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と、音楽的にはかなり充実した公演であったのだが、ひとつ問題があった。それにはこの上演のポスターとして、冒頭に掲げたものとは異なるもうひとつのパターンのものをご紹介する必要がある。

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これは一体なんだろう。骨太な「オテロ」という作品には似つかわしくない、線の細い白黒の世界。そのヒントは、プログラムに掲載されたバッティストーニの文章に見られる。この若きマエストロいわく、自身優れた作曲家でもあり、この「オテロ」の台本を書いたアッリゴ・ボーイトには「二元論」という詩があり、それこそはこの「オテロ」の本質と関係しているとのこと。白と黒、つまりは白人であるデズテーモナと黒人であるオテロの間に存在する二元論。このポスターはどうやらそれを象徴しているらしい。そして今回の上演では、白と黒の織りなすプロジェクションマッピングがステージ上で展開した。こんな具合である。
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プログラムに掲載されている阿部一直というアート・プロデューサーの解説によると、これはライゾマティクリサーチなるアート集団によるもの。会場であるオーチャードホールの壁面を三次元モデリングで計測して立体空間情報化し、音楽の進行に合わせて映像を投影するという、世界初の試み。なんでも、「オテロ」を実際に聴いた人がどの場面でどのような感情を抱いたかというデータを取り、それをもとに投影する映像を作ったらしい。・・・うーん、申し訳ないが私には、そんなことをする意味が分からない。人間の感情は演奏される音楽によって移り変わるもの。それを舞台に投影することに一体いかなる意味があるのか。実際のところ、冒頭の嵐のシーンでの激しい映像は音楽の力を大いに邪魔していたし、その後、このオペラの全曲に亘って展開される人間感情の機微において、映像のあるシーンとないシーンがあり、見る者に余計な思考を強いたと思う。カーテンコール時にこのアート集団が姿を見せたときにはブーイングが起こっていたが、率直なところ、私も全く同感である。名作の持つ強い音楽の力は、それだけで充分なものなのだ。関係者の努力に敬意を払うのはやぶさかではないが、今回の聴衆の反応をよく理解して欲しいものである。その意味で、上記の阿部一直の文章も、私としては、申し訳ないが説得力のないものとしか思えないのだ。

この作品はヴェルディ 74歳の作で、この不世出のオペラの巨匠の、最後から 2番目のオペラである。台本作者のボーイトの励ましのもとに書かれた作品であることはよく知られている。まぁ、そこには白と黒の二元論は確かにあるかもしれないが、うねる音楽の迫力と、登場人物たちの複雑な感情表現こそが本質だ。そのようなことを実感できる上演を見たいと思う。今回の上演は、奇妙な映像の投影にもかかわらず、音楽的な成果には大いに見るものがあった。バッティストーニと東フィルには、今後も力強く多彩な音楽を奏でて欲しいと思う。さてこれは、本作の作曲を終えたヴェルディが、喜んでボーイトに送った手紙。「親愛なるボーイト 終わった! われわれに乾杯..... (そして彼にも) さようなら G・ヴェルディ」とある。ここで言う「彼」とは、主役オテロのことだろうか。この短い手紙に、大作曲家の自信と安堵感がにじみ出ている。願わくば、ハイテクに依存するのではなく、作曲家が心血を注いで作り出した音楽の力だけを感じるような上演を体験したい。
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by yokohama7474 | 2017-09-11 00:38 | 音楽 (Live) | Comments(2)
Commented by usomototsuta at 2017-09-15 12:54 x
演出についての率直なご意見が面白かったです。この件については他のブログ等でも皆さん異口同音に批判的でしたね。本来なら視覚に訴えるということは最も有効な伝達手段の一つでしょうけど、それを過剰、余計と思わせてしまうのが音楽だけが持つ凄さなんだろうと思います。またそれは演奏が良かったからこそのことなのでしょう。
Commented by yokohama7474 at 2017-09-16 01:03
> usomototsutaさん
そうですね。オペラにおいては、まずは何より、音楽の力が大事です。人間の感覚の中で視覚は最も強いものであるだけに、オペラの演出に携わる人には、本当の意味での音楽の力を分かって頂き、視覚が聴覚を邪魔しないようにする必要があると思います。
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