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上岡敏之指揮 新日本フィル (ピアノ : デジュー・ラーンキ) 2017年 9月14日 サントリーホール

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新日本フィルハーモニー交響楽団 (通称「新日本フィル」) のシーズンは 9月から始まる。このコンサートはその新シーズンを開始する定期演奏会である。指揮をするのはもちろんこのオケの音楽監督、上岡 (かみおか) 敏之。1960年生まれで、来週の誕生日で 57歳になる。これまでドイツを中心に地歩を築いてきた人であり、素晴らしく個性的な指揮者である。このブログでも過去何度もこの上岡と新日本フィルのコンビの演奏会を採り上げているが、私には常にこの指揮者への期待がある。それは、それぞれの演奏が一般的な意味で成功していようがそうでなかろうが、彼の個性が常に表れているということによる。実は、個性を常に聴き取ることができる指揮者というものは、さほど多くない。そんなわけで、私は上岡のコンサートに何度も足を運んでいるのである。前回記事で採り上げた彼の演奏会は、7月29日、すみだトリフォニーホールでのオルフ「カルミナ・ブラーナ」を中心とするプログラムであり、その終演後に開かれたサイン会で、「9月のマーラー、楽しみにしています」と私が無遠慮にもマエストロに声をかけたと書いた。そして今回、その楽しみにしていた「9月のマーラー」を聴きに行くことができたのである。
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上岡と新日本フィルの 2シーズン目の最初を飾る演奏会の曲目は、以下の通り。
 ベートーヴェン : ピアノ協奏曲第 4番ト長調作品58 (ピアノ : デジュー・ラーンキ)
 マーラー : 交響曲第 5番嬰ハ短調

少し演奏時間が長めのプログラムであるが、非常によい内容である。ベートーヴェンの 5曲のピアノ協奏曲の中でも、楽章構成 (第 1楽章だけで演奏時間半分以上) や、ピアノソロとオケの関係 (第 1楽章はオケが沈黙しピアノソロで始まり、第 2楽章はピアノは沈黙しオケだけで始まる)、孤独感と喜遊感の交錯がユニークな持ち味を示している傑作。そして、マーラーにとっての 20世紀を告げるファンファーレで始まり、多彩な音の饗宴にノスタルジックなアダージェットが入る、大交響曲。上岡の手腕に期待である。まずベートーヴェンのコンチェルトでソロを弾いたのは、ハンガリー出身の名ピアニスト、デジュー・ラーンキだ。
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彼は 1951年生まれで、つい先週 66歳になったばかり。私の世代では、1980年代頃に「ハンガリー三羽烏」と呼ばれた昔の若手ピアニストのひとりとして、もう随分以前からおなじみの人なのである。若いときはこんな感じで、そのハンガリー三羽烏の中では、ルックスはいちばんというもっぱらの評判であったものだ。
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ちなみにこの三羽烏、その後の道のりはそれぞれで、感慨深い。出世頭はなんといってもアンドラーシュ・シフ。彼は今や、押しも押されぬ現代最高のピアニストである。このブログで採り上げたことは未だないが、それは、昨年の来日公演ではチケットを買ってあったのに、所用で行けなかったという痛恨の事態による。私の深く尊敬する大ピアニストであり、いずれまた採り上げることがあるだろう。そして、三羽烏の残るひとりは、ゾルタン・コチシュ。彼は結構以前から指揮にも取り組んでいたらしく、小林研一郎の後任として 1997年以降ハンガリー国立交響楽団 (現ハンガリー国立フィル) の音楽監督を務めたが、昨年のこのオケとの日本公演直前に、惜しくも亡くなってしまった。優れた音楽家もまた人間。活動内容も様々なら、芸風も移り変わり、与えられた時間にも宿命的なものがある。なので、流れ行く時間の中、その時々の音楽家の演奏に耳を傾けることこそが重要だ。そのような思いを持って耳を傾けた今回のラーンキのベートーヴェン、円熟の境地を感じさせながらも、永遠の青年という印象をも併せ持つ、興味深い演奏であったと思う。上記の通りこの曲は、ピアノとオケの会話にユニークなところがあり、静かに呟くようなピアノで始まる第 1楽章では、そのうち決然たる音楽も登場して、聴き手を飽きさせないのであるが、ラーンキのピアノの呟きには粒立ちのよさがあって美しいが、同時に絶望的な孤独よりは前向きな姿勢が感じられるもの。感動のあまり身動きできないということにはならないが、音楽を聴いている充実感をそこここで味わうことができた。一方、上岡指揮の新日本フィルの伴奏は、どうだろうか、冒頭のピアノに応える弦楽器からして、もう少し純度の高い音楽を聴きたかったような気がする。その後のマーラーでも感じたことだが、本拠地のすみだトリフォニーホールで聴くこのオケと、今回の久しぶりのサントリーホールでの演奏とでは、少し印象が違っていたようにも思うのである。

そのメインのマーラー 5番であるが、多くのマーラー・ファンと同じく、この曲の大の愛好者である私は、それはもう数多くの実演・録音でこの曲に親しんできたが、今回ほどユニークな演奏は、ちょっと記憶にない。まず冒頭のトランペットには細かい表情づけをしていて、それは予想通りであったのだが、その後大音響を経てから、足を引きずるような呻吟の葬送行進曲のメロディが奏されるところでは、コントラバスのピツィカートが異様に大きく響く。それからウネウネと続くことになる音楽は、随所に通常と異なるバランス設定やテンポ設定が聴かれることとなった。狂乱の箇所では、まさに狂ったようなテンポによるささくれだった音となり、鋭い音の切れ込みが現れる。脱力感が支配する場所では、間延びするすれすれのところまで音楽の足取りが落ちる。面白いのは、このような変幻自在の音楽が、アクセルとブレーキという、私がよく使う比喩とは今回違った印象であったことだ。自分で書いたこのコンビによる同じマーラーの 6番の記事 (3月12日付) を読み返すと、そのアクセルとブレーキという比喩を使っているので、やはり今回の印象は、そのときと若干異なったのだと分かる。今回の場合、なんというべきか、音楽の内なる欲求に基づく表情づけという要素がより強く感じられ、加速する部分は、アクセルというよりは、自然に坂道を転げ落ちる感じとでも言おうか。自在にテンポを揺らしても、恣意性を感じることは少なかったのである。それから、例えば第 4楽章アダージェットから第 5楽章ロンドに移るとき、ホルンの信号音のあとに弦楽器が未だアダージェットの陶酔の余韻を込めて、長い弱音を奏するが、そこのテンポの異様な遅さは、ちょっと聴いたことがないようなもの。喩えて言えば、白昼夢に漂う青年が、遠くから響いてくる現実の音に対して、夢うつつのまま「もう少し寝ていたい」と呟いているように思えた。だが第 5楽章に入ると音楽は精力的に動き出し、それはもう上がっては下がり、押しては引いての音の大冒険になるのであり、その移行の妙には感嘆した。夢幻の境地にいた青年は、大地の上で躍動し、そして、諧謔味を帯びながらも、高らかに勝利を宣言したのである。大詰めの弦の細かい動きの波を聴きながら、マーラーが世紀のはじめに頭の中で描いた勝利のシーンはいかなるものだったのかと想像してみた。ショルティとシカゴ響によるこの曲の録音のジャケットには、世紀末のアルプスの画家セガンティーニの鳥肌立つ名作「悪しき母親たち」が使われていたことを、ふと思い出したりもした。
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このように、今回のマーラー 5番の演奏は極めてユニークなもので、まさに上岡の面目躍如といった印象であったが、だが、あえて難を言うと、弦楽器の厚みがもうひとつ充分でないという点が残念だった。私の記憶では、すみだトリフォニーホールで聴くこのオケの弦には、いつももっと輝きがあるように思うのだ。もともと上岡の指揮ぶりは、決して分厚い音でブカブカ鳴らすわけではないのであるが、このような壮大な作りの曲では、やはり音の厚みは欲しいところ。これが実際にホールの違いなのか、あるいは私の気のせいなのか、また次のこのコンビの演奏に接して考えてみたいと思っている。

プログラムには、音楽監督就任 1年を経た上岡のインタビューが掲載されている。いわく、オケがオープンになってきて、自分の音で音楽を正直に伝える作業が広がってきたと感じているとのこと。また、演奏会とはお客とともに作り上げるもの、という持論が展開されている。興味深いのは、「僕はあがり症の上にオペラのピットで演奏する生活が長かったせいか、ステージ上の指揮台に一人立つのは、いまだに緊張するんですね」と述べていること。いやいや、あがり症にはとても見えませんよ (笑)。これだけ自分独自の音楽を追求できるとは素晴らしいこと。だから私はこのコンビを、これからも応援したいのである。
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by yokohama7474 | 2017-09-15 01:28 | 音楽 (Live)