コルネリウス・マイスター指揮 読売日本交響楽団 (ピアノ : ダニール・トリフォノフ) 2017年 9月16日 東京芸術劇場

e0345320_22290357.jpg
昨今の東京のオケのコンサートでは、およそ期待外れというものがほとんどないばかりか、世界的な音楽都市の面目躍如というべきであろう、老年の巨匠から若きライジング・スターまで、あらゆる音楽家が競い合っている。今回、世界的活躍を始めて未だ日の浅い若手指揮者と若手ピアニストの興味尽きない共演が、読売日本交響楽団 (通称「読響」) の演奏会で実現した。指揮は 1980年生まれのドイツ人、コルネリウス・マイスター。ピアノは 1991年生まれのロシア人、ダニール・トリフォノフ。曲目は以下の通りである。
 スッペ : 喜歌劇「詩人と農夫」序曲
 プロコフィエフ : ピアノ協奏曲第 2番ト短調作品 16
 ベートーヴェン : 交響曲第 6番ヘ長調作品 68「田園」

さて今回指揮を務めるマイスター (ドイツ人でこの苗字ということは、きっと何代も続く職人の家系の生まれなのだろうか) は、現在ウィーン放送響の首席指揮者として名を馳せているが、この読響とは 2014年に初共演、R・シュトラウスのアルプス交響曲を指揮したらしい。そして今年 4月、読響の首席客演指揮者に就任。今回は就任後初の演奏会となる。また彼は既にロイヤル・コンセルトヘボウ管、バイエルン放送響、パリ管や、ウィーン国立歌劇場、ドレスデン国立歌劇場、ミラノ・スカラ座、英国ロイヤル・オペラなどで指揮を取っており、若手指揮者としてメキメキと頭角を現している人。2018年からは、読響常任指揮者シルヴァン・カンブルランのあとを受けて、シュトゥットガルト歌劇場の音楽総監督に就任するらしい。まさに今、旬の指揮者である。こんな指揮者を首席客演指揮者として迎える読響は、さすがであると思う。
e0345320_22451829.jpg
最初の「詩人と農夫」序曲は、ウィーンでオペレッタの作曲家として人気を博したフランツ・フォン・スッペ (1819 - 1895) の代表作のひとつ。彼の残した数多いオペレッタは、現在では全曲が上演されることはほとんどないが、その数々の序曲は、それはもう楽しく、未だに大変な人気なのである。私の場合は、カラヤンが録音したスッペ序曲集のアナログ・レコードを聴きまくったことで、「軽騎兵」やこの「詩人と農夫」をはじめとする彼の序曲にはとことん親しんだ。だが彼の作品は最近の東京ではあまり耳にすることができないので、今回は非常に貴重な機会なのである。今回初めて知ったことには、このスッペはイタリア・オペラの巨匠ドニゼッティと親交があり、そのドニゼッティの代表作のひとつ「愛の妙薬」のドゥルカマーラ役を 1842年に歌っているらしい。この写真は後年のものであるが、あの軽妙な序曲の数々を書いた人にしてはいかめしい外見だ。
e0345320_23034680.jpg
さて、コンサート冒頭のこの「詩人と農夫」序曲を聴くだけで、マイスターの素晴らしい才能は明らかだ。もちろん、昨今絶好調の読響の音のソノリティも大きく貢献しているのであるが、このマイスターのように大きな呼吸で音楽を作る人には、オケとしてもついて行きやすいのではなかろうか。冒頭の厳粛な金管に続く抒情的なチェロのソロの素晴らしい音!! 大きな身振りで表情豊かに、心から音楽を感じていることが明らかな演奏をしたのは、このオケの首席チェロ、遠藤真理である。もともとはソリストであるが、マイスターの首席客演指揮者就任と同じ今年 4月に、読響に入団した。
e0345320_23121341.jpg
それにしてもマイスターのマイスターぶり (?) はどうだ。すっきりとした指揮ぶりからはおよそ想像しにくいほどの、充実した音が流れて来る。それはあたかも清い水をたたえた川の流れのようであり、どこをとっても音楽の喜びが溢れている。素晴らしい指揮者である。

そして 2曲目のコンチェルトに登場したピアニストは、2010年のショパン・コンクール第 3位、2011年のチャイコフスキー・コンクールで優勝した若手の逸材、ダニール・トリフォノフ。私もその名前しか聞いたことがなかったので、今回は大変楽しみにしていたのだが、予想を上回る素晴らしい才能だ。そのプロコフィエフの 2番のコンチェルトは、ロシア・アヴァンギャルドの雰囲気を持つ野性味あふれる自由闊達な曲で、私が心から惚れている曲。特に第 1楽章の最後の方で、目まぐるしく動くピアノに触発されるように、オケが堰を切ったように狂気の絶叫を聴かせる箇所は、何度聴いても鳥肌が立つ。トリフォノフのピアノは、音量は大きく、かつその音質はクリアであり、隅々まで曖昧なところは皆無。このプロコフィエフの 2番には最適なピアニストであろう。伴奏のマイスターと読響も、なんとも充実したサポートぶりで、申し分ない。トリフォノフがアンコールで弾いた、やはりプロコフィエフのバレエ音楽「シンデレラ」のガヴォットを含め、この作曲家のとんがった感覚をよく出していた。彼の CD はドイツ・グラモフォンから何枚も出ているが、こんなことは昨今珍しいはずである。ちなみに彼は現在、髭を蓄えていて、この写真よりはワイルドな印象だ。
e0345320_23265359.jpg
そしてメインの「田園」も、マイスターの個性がくっくりと浮き出た名演であった。音のひとつひとつに、生きる喜びが溢れているという印象である。また彼は、楽章と楽章の間でも指揮台に立ったまま緊張感を保ち、弛緩することは決してない。大きな音楽の流れを作り出す手腕を持った人なのであろう。気負うこともなく、スムーズな指揮ぶりであるが、マイスターの非凡な才能は誰の耳にも明らかだ。奇をてらうことは一切なく、名曲との堂々たる真っ向勝負である。今回改めて思ったことには、この「田園」においては、ヴァイオリンをはじめとする弦楽器が、ほぼ全編に亘って (鳥の鳴き声の箇所は除く) 旋律を紡いで行くのだということ。今回の読響の弦楽器の響きには素晴らしい充実感があって、マイスターの丁寧な指揮のもと、自然の中の人間というこの曲のテーマを、実に美しく描き出したのである。
e0345320_00152582.jpg
繰り返しだが、読響は本当に素晴らしい若手指揮者を首席客演指揮者に迎えたものである。今回の演奏会のプログラムには、マイスターの就任の辞が掲載されているが、以下のような言葉に嘘はないものと思う。

QUOTE
日本のお客様の卓越した能力と知識に、私はいつも感動しています。音楽の持つ、国境を越えて文化を結ぶ力をともに楽しめる時、私は心が温まり幸せな気持ちになります。
UNQUOTE

終演後には指揮者とピアニストによるサイン会があったので参加した。トリフォノフのピアノが素晴らしかったので、ラフマニノフの変奏曲を集めたアルバム (トリフォノフ自身の作品「ラフマニアーナ」を含む。また「パガニーニの主題による変奏曲」での共演は、ヤニック・ネゼ = セガン指揮のフィラデルフィア管だ) を購入した。 和気あいあいとしたサイン会の様子と、私がもらったサインは以下の通り。
e0345320_00263287.jpg
e0345320_00264444.jpg
e0345320_00271188.jpg
e0345320_00273552.jpg
さて、その輝かしい才能に触れることができたマイスター、12月にはまた読響の指揮台に戻ってきて、マーラーの大作、第 3番を指揮する。冬に聴く夏の交響曲ということになるが、今から本当に楽しみなのである。

by yokohama7474 | 2017-09-17 00:29 | 音楽 (Live) | Comments(0)
<< パーヴォ・ヤルヴィ指揮 NHK... エル ELLE (ポール・ヴァ... >>