チョン・ミョンフン指揮 東京フィル (ピアノ : イム・ジュヒ) 2017年 9月18日 Bunkamura オーチャードホール

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東京フィルハーモニー交響楽団 (通称「東フィル」) の指揮台を今月、首席指揮者のアンドレア・バッティストーニと分け合うのは、このオケの名誉音楽監督のチョン・ミョンフンである。7月に彼がこのオケと行ったマーラー「復活」の名演についてはこのブログでもご紹介したが、9/15 (金) にはサントリーホールでまたその「復活」を演奏、今回 9/18 (月・祝) と 9/21 (木) の 2回に亘って彼が振るのはベートーヴェンである。
 ベートーヴェン : ピアノ協奏曲第 3番ハ短調作品37 (ピアノ : イム・ジュヒ)
 ベートーヴェン : 交響曲第 3番変ホ長調作品55「英雄」

チョンと東フィルは、2002年にベートーヴェンの交響曲全曲を演奏し、それはライヴ録音になっているが、その初日のメインの曲目がこの「英雄」(エロイカ) であったようだ。そのライヴ録音自体は、私の記憶では、それほど瞠目の名演という印象でもなかったが、それから 15年を経て、この多忙な世界的名指揮者がこれだけ頻繁に東フィルの指揮台に立ってくれている事実や、最近何度も実際に耳にしたこのコンビの充実ぶりから推して、今回の演奏には大変期待ができる。そしてその期待は十二分に満たされたのだが、今回もまた若い優れたピアニストについてまず語ることをお許し頂きたい。今回日本デビューを飾ったピアニストの名前はイム・ジュヒ。名前とこのような外見から、若い韓国の女流ピアニストであることは分かったが、事前に何の情報もないままに会場に足を運んだ。
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そしてプログラムに掲載されたバイオを見てびっくり!! 2000年10月生まれとある。ということは、来月の誕生日でようやく 17歳になるという若さなのである。なんと 9歳のときにゲルギエフとマリインスキー劇場管と共演、2012年にはロンドン響の韓国ツアーのサプライズゲストとして登場、そしてチョン・ミョンフンとは既に何度も共演しているという、天才少女である。プログラムに掲載されている彼女の言葉を引用しよう。

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ベートーヴェンのピアノ協奏曲第 3番は、マエストロ (注 : もちろんチョン・ミョンフンのこと) と 13歳の時に初めて共演しました。沢山の思い出があります。皆さんに楽しんでいただき、思い出を共有していただけたらと思います。
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16歳の少女から思い出について言及あるとは、ちょっと早い気もするが (笑)、ともあれ 10代の音楽家にとって、チョン・ミョンフンとコンチェルトのソリストとして共演するということは、考えられないほどの名誉であろうし、韓国人ピアニストであればなおのこと、通常なら相当緊張するような事態だと思う。だが彼女の今回の演奏ぶりには緊張のかけらも感じられず、驚いた。いや、音楽を行う場に何国人とか何歳だとか性別がどうだとかいう区別が必要ないことは、いつもこのブログで私が主張していることであり、つまりはただその音楽の清冽な生命力に感銘を受けたということである。イムのピアノは本当に溌剌としていて臆するところがなく、明るい音で実にのびのびと音楽を楽しんでいて、このベートーヴェンとしては唯一の短調で書かれたピアノ協奏曲を、その悲劇性よりも生命力に重点を置いて表現した。もちろんミスタッチなど皆無であるだけでなく、この箇所はどう表現しようという迷いすら、一切見られない。これは非凡な演奏であったと言えるであろう。一方のチョンの伴奏は、これまた一切手加減のない強烈なもので、通常の協奏曲演奏なら、指揮台の手すりを取って、ソリストに顔を向けられるように指揮台自体を斜めにすることが多いが、今回はそれらはなく、後半の「エロイカ」と同じ指揮台の位置で、しかも指揮者は譜面台すら置いていない。若いソリストを優しく包むということではなく、丁々発止の勝負である。終楽章の大詰め間際の決め所でのティンパニの連打など、聴いたことのないくらいの迫力だ。そのようにして演奏を終えたイムは、ステージマナーだけは、未だ初々しい 10代のアーティストという感じで微笑ましく、ほんの 2度ほどステージから戻ってきたかと思うと、やおらアンコールを弾き出した。ヨハン・シュトラウスの「トリッチ・トラッチ・ポルカ」であるが、なんともド派手なピアニズムを持った超絶技巧の曲に編曲されている。これはかつての名ピアニストであるジョルジュ・シフラが編曲したものであると後で知ったが、まさに伸び盛りのピアニストがその腕を存分に見せるという意味で、ここでは演奏者の若さを大いに称賛するべき内容の演奏であったと思う。これは、今回に先立つ文京シビックホールでの、同じプログラムでの演奏会のリハーサルの一コマ。自身名ピアニストであるチョンの薫陶を、若いイムは充分に受けたことであろう。彼女の思い出はまだまだこれから、偉大なものになって行くことは確実である。
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後半の「エロイカ」は、一言でいうと、疾走する荒馬のような音楽に仕上がっていて、凄まじい推進力を持つチョンの音楽が、献身的なオケの努力によって、まざまざとその威力を発揮した。そもそも彼の指揮ぶりには強い集中力があり、その指揮棒が空を切るうちに、徐々に熱を帯びて来るとすら感じられる時がある。今回のような、逃げも隠れもできない名曲において、チョンのような指揮者の真っ向勝負を聴くことは、そのまま音楽の持つ強い力を実感することにほかならない。彼の指揮ぶりは決して愛想のよいものではなく、場合によっては、昔のカラヤンのように、目を閉じてオケと目を合わせないように見えることもある。だが、その凝縮力、推進力は常にマックスに保たれているどころか、流れゆく音楽の場面場面で、オケのメンバーのインスピレーションを強く刺激していることは明らかだ。そして、ここぞという時には、グッと音楽の流れを引き寄せて、あたかも川の底を抉るようにして強い表現力を打ち出すことで、明らかに音楽の視野を広げてみせるのである。やはり、よほどお互いの意思の疎通がよくできる指揮者とオケの関係でなければ、そのような演奏は成立しないと思う。例えば今回の「エロイカ」では、第 1楽章展開部の後半や、第 2楽章後半で、弦が短い音を何度か強く奏する際に、ちょっと驚くような強調がなされることで、この 19世紀初頭に書かれた異形の大シンフォニーの神髄を聴くことができた。そう、この曲は 200年以上前に書かれたもので、オケの編成も至ってシンプル。木管はスタンダード (オーボエ、フルート、クラリネット、ファゴットが各 2本ずつ)、金管は、ホルンは 3本だがトランペット 2本で、当然ながらトロンボーンもチューバも (まだ) ない。打楽器はティンパニだけである。つまり、ハイドンやモーツァルトのシンフォニーと変わらない編成である (弦は、今回の演奏ではコントラバス 6本)。それなのに、音の勢いや、そこに込められた感情も、古典派としては異常なほどの域に達しているわけである。これまでに文字通り数限りなく聴いている曲であるにも関わらず、改めてそんなことを思わせる演奏には、音楽を聴く醍醐味を深く感じることができるとしか言いようがない。
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終演後にはすぐにブラヴォーがかかり、数人のファンはスタンディングオヴェーションを送るに至った。快演に対してチョンも満面の笑みであり、オケの全力演奏を労っていた。プログラムに載っているチョンのインタビューが感慨深い。

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東京フィルは適応性があってフレキシブル。アンサンブルが驚異的に素晴らしい。何度も言っていますが、東京フィルは私の日本の家族です。(中略) 今は、プロの指揮者として働くのではなく、個人的な理由で活動していきたいと思っています。そのオーケストラと特別に温かな関係があるとかでないと、そこには行きません。
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なんという素晴らしいコメントか。これだけの指揮者がこれだけの思い入れをもって東京にやって来て、東フィルを指揮してくれていることには、東京の一聴衆として、本当に感謝したい気持ちである。次のチョンの東フィルへの登場は、来年 1月。モーツァルトの「ジュピター」とベルリオーズの幻想交響曲だ。来年には 3月にインバルと都響も幻想を演奏するので、またまた東京の音楽界には活気が漲ることでしょう!! あ、もちろん、そこに至るまでにも、東京の音楽界は、それはもう大変なことになりますので、なんとか記事にして行きたいと思っています。思い出作りと言うには凄すぎる内容ですよね (笑)。

by yokohama7474 | 2017-09-19 01:29 | 音楽 (Live) | Comments(0)
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