ダンケルク (クリストファー・ノーラン監督 / 原題 : Dunkirk)

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映画を見る際にこだわるポイントは、もちろん人によって様々であろうが、以前からこのブログで述べている通り、私の場合は、見るべき映画の選択において最も重要な要素は、監督なのである。その意味でこの映画は、もちろん必見であることは論を俟たない。なぜなら監督は、あのクリストファー・ノーランであるのだから。私にとって、いや、映画が好きなあらゆる人にとって、彼は間違いなく現代最高の映画監督のひとりである。2000年の出世作「メメント」に驚嘆して以来、私は彼の監督作をすべて見てきたが、およそ失望させられたことがない。これは実に驚異的なことなのであるが、さらに驚くのは、彼が未だ 47歳であること。これからの 30年、40年は、私自身があと何年生きるかは別として (笑)、ノーランの映画が一体どこまで進化するのか、本当に見ものであると思う。
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既に大々的に予告編で上映されていた通り、この作品は、ノーラン監督初の実話もの。1940年、第二次世界大戦の未だ初期、ナチスドイツが破竹の快進撃を続けているときに、フランス北部、ドーヴァー海峡に面した港街ダンケルクに追い詰められて逃げ場を失った 40万人の連合国 (もちろん、英国とフランスがメイン) 兵士たちが体験した絶体絶命のピンチを描いている。これも散々予告編で見たことであるが、この監督は CG は基本的に使わない主義で、本当に病院の建物一棟を爆破したり、空中に吊るした航空機を途中で輪切りにしたり、無重力空間を作り出すために巨大な部屋のセットを作ってそれを回転させたり・・・。そんな監督が戦時中の実話に挑むと、一体どういうことになるのであろうか。桟橋にひしめきあって救援を待つこのような夥しい数の兵士たちは、ダンケルクに追い詰められた全体の人数の中の、ほんの一握りなのである。
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私が見たのは、今時珍しい 35mm フィルムによるヴァージョン。もちろんデジタル映像に慣れた目には、ピントが甘く見える。最初はそれが気になったのであるが、徐々にそれに慣れてくると、あたかも戦場で撮影したようなリアルさがひしひしと感じられ、それによって、見ているのが苦しくなってきた。それにはほかにも理由があって、この映画には気の利いたストーリーテリングはなく、セリフや音楽は最小限。また、時計が時を刻むようなチクタクいう音が最初から最後まで聞こえるのである。ここに登場する兵士たちは、自分たちが大きな危機にさらされていることは皮膚感覚で分かっても、では、いついかなるかたちで絶対的な危機が訪れるのか、あるいは、いかなる手段で自分たちが救出されうるのか、そういったことに想像力を巡らせることができない。それは全くの極限状態であり、人間の生存本能が剥き出しになる状況であろう。今、平和な時代の平和な国に住む我々には、そのような極限状態を理解できると言うなら、それはおこがましいというものだ。だからこそ、この映画で疑似体験することには意味があろうと思うのである。世に言うダンケルク救出作戦の、実際の写真がこれだ。もし自分がこの中にいたら、果たしてどのように行動していただろうかと自問する。
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この映画の顕著な特色のひとつは、敵であるドイツ軍の人間を一切映像で見せていないことだ。メッサーシュミットの戦闘機が飛んだりしている映像はあっても、そこで操縦しているパイロットは映らないし、それ以外のいかなる箇所でも同じこと。つまりここでは、迫り来る敵軍ドイツという想定はあっても、それが人間であるのか、はたまた抽象的な「敵」であるのかすら描かれていない。つまり監督の意図は、敵には敵の事情なり、命を賭けた戦いがあるという事実を描くのではなく、連合国軍兵士たちにとっての、顔の見えない敵の脅威を描くということであったと思う。戦争映画において、敵をいかに描くかは重要な問題であるが、この映画のように、敵を一切描かないことで、兵士の抱いた恐怖をリアルに表現する手法はなかなかに思い切っている。ここで観客は、当日その場にいた兵士たちと同じように、顔も見えず、いつ現れるか分からない敵に怯えつつ、早く戦場を抜け出したい!! と切望するのである。見ていて苦しくなるようなこのリアリティ、さすがクリストファー・ノーランである。

そしてこの映画のキャストは、そのほぼ全員が男性。当然それも、歴史的事実に基づくリアルな設定であろう。ここに登場する様々な兵士たちや、彼らを迎えに行く民間の船に乗った人たちが、それぞれに直面する危機に立ち向かう。時には複数の人物の複数の危機のシーンが同時並行で描かれる。そこにはもちろんノーランの演出の妙はあるのであるが、その地獄絵図の凄まじさに、観客はただスクリーンに釘付けとなるのである。それからもうひとつさすがだと思ったのは、若い兵士たちに新人俳優を多く起用し、観客にとっても、見知らぬ兵士の経験する危機という点でのリアリティが存在することである。しかも、どの俳優も本当に精悍だし、素晴らしい存在感がある。きっと彼らの中から明日のスターが生まれてくるのではないか。これはトミーを演じるフィン・ホワイトヘッド。
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それから、何人かの実績のある俳優たちが、互いに共演することなく、それぞれが素晴らしい存在感を発揮している。まずなんと言っても、使命感に燃え、クールに敵を撃破する空軍パイロット、ファリアを演じるトム・ハーディが最高だ。そして、海から救出される謎の英国兵を演じるキリアン・マーフィー。加えて、もともとのシェイクスピア劇から活動の幅を広げ、今や英国を代表する偉大なる監督 / 俳優であるケネス・ブラナーの演じる海軍中佐。いずれも素晴らしい。繰り返しだが、これらの俳優同士がこの映画の中で出会うことは、決してないのである。
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またここでは、極限状態に置かれた人間たちの弱い部分も仮借なく描かれている。そのような弱い人間を責めるのは簡単だが、自分の命が危ない状況で、一体どこまで命を捨てる覚悟ができるのであろうか。戦争の真実が、結局は人間の真実を赤裸々に暴くのだということは、人間の持って生まれた宿命なのであろうか。決して万人が楽しめる娯楽作にはなっていないこの映画が訴える虚無感には、現代に生きる我々がしっかりと受け止めなくてはならない要素が多々ある。眼と心を大きく開いて、過去の戦争の凄惨な歴史と、立派な行いをした人々の姿を、自らのうちに取り込みたいと思う。そんなことをストレートに思わせる監督の手腕に脱帽しながら。

by yokohama7474 | 2017-09-19 23:56 | 映画 | Comments(0)
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