リッカルド・シャイー指揮 ルツェルン祝祭管弦楽団 2017年10月 6日 サントリーホール

e0345320_08554225.jpg
ヨーロッパの主要音楽祭のうちのひとつに、スイスのルツェルンで開催されるルツェルン音楽祭がある。私もちょうど 30年前の 1987年に一度だけ行ったことがあって、カラヤンとベルリン・フィルによる幻想交響曲などを聴いたのだが、当時の演奏会場は全くの会議場であった。それが今や、素晴らしい近代的なホールもできていて、綺羅星のごとき音楽家たちが登場する中、毎年この音楽祭のために臨時編成されるオケも大きな話題となる。それが今回来日した、ルツェルン祝祭管である。このルツェルン音楽祭は 1938年に始まったものであるが、1934年にナチスがオーストリアを併合したことでザルツブルク音楽祭から閉め出された音楽家たちの手によって開始された。当時の代表的なヴィオリニストであったアドルフ・ブッシュが中心となり、イタリアの巨匠アルトゥーロ・トスカニーニに協力を呼び掛けて特別オーケストラが編成された。以前私が現地で購入したこの音楽祭の写真集があるので、その中から、初年度のポスターと、そのトスカニーニの指揮になる第 1回の演奏会の写真を掲載しよう。ポスターには、トスカニーニと並んでブルーノ・ワルターの名前もあるのが興味深いし、オケの方は、コンサートマスターをアドルフ・ブッシュ自身が務めているのが確認できる。
e0345320_09161102.jpg
e0345320_09162591.jpg
この音楽祭で編成されたオケはやはりルツェルン祝祭管弦楽団という名称であったが、実はその団体が今日まで継続しているわけではなく、今回来日したこのオケは、2003年にクラウディオ・アバドによって創設されたもの。ミラノ・スカラ座、ウィーン国立歌劇場やベルリン・フィルという文字通り世界最高の団体を率いたこの名指揮者はまた、そのキャリアを通じてユース・オーケストラの指導に熱心であったが、やはり自身が創設したマーラー室内管弦楽団のメンバーを中心にしながら、首席奏者には名だたるソリストたちを据えたスーパー・オーケストラだ。例えばこの写真でヴィオラのトップに座っているのは、もとベルリン・フィルのヴォルフラム・クリスト。彼はまさに驚愕のスーパー・ヴィオラ奏者であるのだが、今回の来日でもヴィオラのトップを務めていた。
e0345320_09202923.jpg
このアバドとルツェルン祝祭管は、2006年に来日している。残念ながら私はそれを聴いていないのだが、2013年10月に再度来日の予定が発表され、そのときにはチケットを購入した。ところがアバドの体調が思わしくなくてその公演はキャンセル、翌年 2014年 1月にアバドは死去する。このオケの今後がどうなるか注目されたが、この上ない人物がアバドの後任を引き受けてくれた。1953年ミラノ生まれのイタリア人指揮者、リッカルド・シャイーである。
e0345320_09320029.jpg
もともとは、やはりミラノ出身のアバドがスカラ座の音楽監督であったときにそのアシスタントとして頭角を現し、1980年代初頭、20代の頃から世界の最前線で活躍して来た。今や彼はそのスカラ座の音楽監督であり、昨年からこのルツェルン祝祭管の音楽監督としてもアバドの遺志を継いでいるわけである。追って触れたいと思うが、彼が世界的な活躍を始めた頃に私は本格的にクラシック音楽を聴き始めたので、私にとっては、まさにキャリアの初期からその活動を知っている指揮者としての最初の世代であるということになる。これまで、ベルリン放送響 (現ベルリン・ドイツ響)、王立コンセルトヘボウ管、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管、あるいはボローニャ歌劇場など、彼がシェフを歴任した団体のそれぞれと、着実に充実した演奏を展開してきたことを、数々の録音・実演を通してつぶさに知っている。その彼が今や 64歳の押しも押されぬ巨匠として、新たなコンビでこの日本を再訪してくれることの意義は、大変に大きいのである。

ところが、期待に胸膨らませて会場のサントリーホールに出掛けてみてびっくり。客席の埋まり方は半分ほどと、ガラガラであったのである!! 同様の現象は、このブログでも過去にフィラデルフィア管や、シュターツカペレ・ドレスデンの前例を見てきたが、これほどの知名度と実力の指揮者であってもこの程度しか入らない理由は何であろうか。ひとつには楽団の知名度、客寄せになるソリストを起用していないこと、もうひとつはやはりチケットの値段。それから、東京での日常のオーケストラ体験が、既にかなりのレヴェルに達していること、等々が挙げられよう。この現象は、今後の東京の音楽界のことを考えるためには重要な事柄ではあると思うが、ここでは一旦そのことは脇において、コンサート自体に話題を移そう。今回のシャイーとこのオケはアジアツアーを行い、2つのプログラムで合計 7回の演奏会が開かれる。うち 2回が東京、1回が川崎、1回が京都。それから、北京で 2回とソウルで 1回である。そのツアーの最初のコンサートとなったこの日の曲目は以下の通り。大変魅力的な曲目ではないか。
 ベートーヴェン : 劇音楽「エグモント」作品84序曲
 ベートーヴェン : 交響曲第 8番ヘ長調作品93
 ストラヴィンスキー : バレエ音楽「春の祭典」

前半のベートーヴェンは、コントラバス 8本の編成で、ヴァイオリン対抗配置もなく、過度でない範囲でのヴィブラートもかかっている。つまり、このブログでベートーヴェンを語るときにいつも気にする古楽風のアプローチは取られていない。だが、8番の、特に第 1楽章はかなりの快速テンポであったし、「エグモント」序曲の冒頭は、音楽自体重々しく書かれてはいるもの、その本質を外すことなく、同時にシャイーらしく清澄に流れて行く演奏で、品がよいものであった。それらの点から、イタリア人として歌うことを基本に置きながらも、常に時代に受け入れられる音楽を追求して来た指揮者の、現在の到達点を感じることができたのである。もちろんオーケストラの水準は世界トップクラスであり、弦の厚みも管のニュアンスも、さすがと思わせた。因みにメンバーには、上記のヴィオラのヴォルフラム・クリスト以外に、チェロのトップにはクレメンス・ハーゲンがいる。メンバー表を眺めてみると、上述のマーラー室内管以外に、ミュンヘン・フィルやコンセルトヘボウ、バイルン放送響、シュターツカペレ・ベルリン、デンマーク王立管などのメンバーが名を連ねている。文字通り、欧州の楽員たちによる夢のスーパー・オーケストラというわけだ。

そして後半の「春の祭典」では、コントラバスは 9本 (チェロ 12本) となり、圧倒的な音楽が展開された。そもそもこの曲はシャイーの十八番であり、私のシャイー体験のごく初期に、FM 放送で当時のベルリン放送響を指揮したこの曲の鮮烈な演奏に、鳥肌立ったことを未だによく覚えている。その演奏をエアチェックしたカセットテープは未だに手元にあり、確認すると 1981年11月29日、ベルリン・フィルハーモニーホールでのもの。当時解説を担当していた音楽評論家の金子建志 (今回の演奏会にも姿を見せておられたが) が、「盛り上がる箇所ではまさに『打楽器の祭典』という感じでした」と語っていたことをよく覚えている。今この記事を書くためにそのテープを聴いてみてはいないのだが (デッキ故障中ゆえ)、このときの演奏で印象的だったのは終結部。この曲の最後は、ピィッという高音の後にドーンという打楽器の一撃が来るのであるが、そのピィッとドーンの間に一瞬の間を置くのが通常のやり方で、指揮者によっては間を長く取る場合もある。だが、この 36年前のシャイーの演奏では、珍しいことに、ピィッとドーンがほとんど同時と言ってもよいほど近接していた。なにせ古い記憶だけで書いているので、心もとない部分もあるのだが、実は今回の演奏でもシャイーがその部分を同じようにやっていたのを聴いて、久しぶりのデジャヴを感じてしまったのだ。だがその一方で、冒頭のファゴットは、記憶にある昔の演奏よりもゆったりとしたもので、あえて言えば少し情緒的。そう思えば、全体を通して今回の演奏は、キレキレの「打楽器の祭典」というよりは、もう少し音のソノリティを重視した、あえて言えば重厚なものではなかったか。つまり、個々の箇所では圧倒的な部分は様々にあれど、全体の印象は、過激な前衛音楽というよりも、既に評価の確立した名曲というもので、手に汗握るスリルはあまりなかったかもしれない。シャイーは 1985年にクリーヴランド管を指揮してやはりこの曲を録音しているが、その印象と比較しても、今回のルツェルン祝祭管との演奏には、ある意味の「円熟味」があったように思うのは私だけであろうか。これを是とするか非とするかは全く聴き手の自由であり、それこそが音楽の醍醐味だと思うのだが、正直なところ私には、若干の戸惑いがある。時とともに変わるもの変わらないもの、音楽家の個性には様々な面があるだろうが、このように若い頃から知っている音楽家の円熟は、ある意味のノスタルジーの裏返しになる時もあるのだな、と思った次第である。ところで、今回画像を探していて、このようなアナログレコードを発見。録音は 1981年とあるから、まさに私が大興奮したあの時の演奏のライヴ録音なのであろうか。CD 化されていないとすれば、LP で探すか・・・。
e0345320_12035005.jpg
さて、演奏そのものは非常に充実したものであったので、会場からはブラヴォーも飛び、シャイーが英語で聴衆に曲目を告げて始まったアンコールは、なんと、同じストラヴィンスキーの「火の鳥」から「カスチェイの踊り」。このバレエ音楽の聴きどころのひとつであるが、単独で演奏されることはあまりない。だがここでのシャイーの指揮は大変にキレがよく、オケの能力も全開であり、大いに盛り上がった。

シャイーとルツェルンのもうひとつのプログラムは、オール・リヒャルト・シュトラウス・プログラム。その演奏会の記事では、また昔のシャイーにも少し触れてみたいと思う。

by yokohama7474 | 2017-10-07 12:11 | 音楽 (Live) | Comments(6)
Commented by 吉村 at 2017-10-07 22:02 x
この記事拝見して改めて、アンコールの火の鳥のスーパーカーでぶっとばすような爽快感が、良くも悪くもこの楽団との関係では目指されているものなのかなーと思いました。
それはそれで、良い事ですし、R.シュトラウスがどんな感じだったかのレポート楽しみにしております。そっちのプログラム中の一連の曲も如何様にも料理できますから。
Commented by yokohama7474 at 2017-10-07 23:05
> 吉村さん
そうですね。サントリーホールでは今日、そのプログラムがあったのですが、ご承知の通り (笑)、私は今日はそちらには出向かずに別の場所にいました。明日、ミューザ川崎で聴いて参ります。また適宜アップさせて頂きます。
Commented by マッキー at 2017-10-11 10:39 x
私も聴きに行きました。
シャイー指揮ルツェルン祝祭管弦楽団は予想以上に素晴らしくビックリしました。
たいして期待していなかった前半のベートーヴェンが思いの外素晴らしくて驚きました。
エグモントの開始音からこれは本物だと感じました。
シャイーは60歳を越えたのにいまだに若々しくフレッシュな演奏をしますね。
次のベートーヴェン Syn8 特に1楽章のあの推進力と生命力!
音楽の持つ生命力が内面から吹き出してくるような演奏でした。こんな生命力のある1楽章は生では今まで聴いたことがありません。
唯一思い出せるのはウィーンフィル最古の録音のシャルク指揮のSPレコードの演奏です(このレコードは最高のベートーヴェンSym8です)。
2楽章以降はシャルクとは違うものとなりましたが、シャイーは素晴らしいベートーヴェンSym8を聴かせてくれました。
後半の「春の祭典」も名演でしたが私にとって特に印象に残る解釈はなく、スタンダードに名演と言える演奏だと思いました。
この日のコンサートで一番驚いたのはルツェルン祝祭管弦楽団の驚異的なレベルの高さです。現時点で紛れもなく世界一のオーケストラと言って過言ではないでしょう。
ここ最近で聴いオケではバイエルン放響が世界一かなと思っていましたがルツェルン祝祭管弦楽団の方が上ですね、正に世界一ですよ。
ルツェルン祝祭管弦楽団は寄せ集めという人もいますが、メンバーは毎年ほぼ固定されているから活動期間が短期間な常設オーケストラというべきではないかと思います。決して寄せ集めなんかではないですね。
そしてオーケストラから豊麗で芳醇な美しい響きを引き出すシャイーの指揮の手腕に感服しました。今の時代にこれほどカラフルに音色を変化させて表現できる指揮者はシャイーだけですね。
そしてこのコンビの全体に音量が大きくガッチリした響きは時に昔何度も生を聴いたカラヤン指揮ベルリンフィルを思い出させる瞬間がありました。
聴いていてシャイーが初来日した1984年に同時期にカラヤンも来日していてシャイーがカラヤンに挨拶に行ったという昔の雑誌の記事を思い出してしまいました。
アンコールの「火の鳥」から も爆発的な名演。
久しぶりに大満足のコンサートでした。
Commented by yokohama7474 at 2017-10-11 23:56
> マッキーさん
コメントありがとうございます。今回の 8番のクオリティは、シャルクにまで遡りますか!! S = イッセルシュテットもよいですが (笑)。でも確かに、シャイーならではの鮮烈な音楽でしたね。このコンビの今後は、本当に楽しみですね。
Commented by マッキー at 2017-10-12 01:29 x
>yokohama7474 さん

リプレイありがとうございました。
シャルクの名演を想起させられたのは1楽章のみです。その後はシャイー色の演奏でした。
S = イッセルシュテットを挙げられていましたが私はあの演奏は指揮者の持つ音楽性が小粒で全く魅力を感じません。
昔から評価の高いワインガルトナーの演奏も良いのですがシャルクの演奏の方が優れていると思います。

今回のシャイー&ルツェルンは翌10/7のR・シュトラウスの日も行きました。
yokohama7474さんは川崎公演に行かれたようですが、いずれそちらの欄にコメントさせていただきます。
Commented by yokohama7474 at 2017-10-12 22:46
> マッキーさん
了解致しました。それでは、シュトラウスの方の演奏へのコメントも、楽しみにお待ちしております。
<< ワーグナー : 楽劇「神々の黄... エイリアン : コヴェナント ... >>