リッカルド・シャイー指揮 ルツェルン祝祭管弦楽団 2017年10月 8日 ミューザ川崎シンフォニーホール

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2日前のサントリーホールでのベートーヴェンとストラヴィンスキーの演奏会を既に採り上げた、リッカルド・シャイーと、彼が昨年から音楽監督を務めるルツェルン祝祭管弦楽団の演奏会、もうひとつのプログラムを聴くことができた。今回はオール・リヒャルト・シュトラウス・プログラムで、以下の 3曲が演奏された。
 交響詩「ツァラトゥストラはこう語った」作品302
 交響詩「死と変容」作品24
 交響詩「ティル・オイゲンシュピーゲルの愉快ないたずら」作品28

まずはこのレパートリーについて、思うところを語ろう。この 3曲、演奏時間でいうと、演奏された順番に短くなり、つまりは最初の「ツァラトゥストラ」が最も長く、次が「死と変容」で、最後の「ティル」が最も短い。また曲の壮大さにおいては、最初に演奏された「ツァラトゥストラ」が最も立派で、「死と変容」がそれに次ぎ、「ティル」は諧謔味溢れる曲だ。つまりこのコンサートは、壮大な冒頭を持つ壮大な作品に始まり、段々短くて壮大さを欠く曲に移行するという、異例の構成であるのだ。だがその順番には理由がある。なぜなら、R・シュトラウスの交響詩の中で、コンサートの最後に相応しい大きな音で終わる曲は「ティル」だけであるからだ。だがそれも、ひとつのコンサートをシュトラウスの曲だけで占めるという前提があってこそ、この演奏時間 15分ほどの曲がトリを務めるということになるのだ。そこでちょっと考えてみたのだが、私は過去にシャイーの R (いや、実はこれが J であっても同じなのであるが 笑)・シュトラウスの演奏を聴いたことがあるだろうか。ちょっと記憶にあるのは、旧ベルリン放送響の音楽監督時代に、ヘ短調の交響曲という習作を演奏したのを FM でエアチェックしたことだ。コンセルトヘボウ時代はどうかと思って、13枚組のライヴ録音のアンソロジーを取り出してきて調べたが、やはりシュトラウスは含まれていない。ワーグナーの管弦楽曲はそれなりに採り上げているし、ブルックナーとマーラーの交響曲全集を作り、ツェムリンスキーやシェーンベルクなども積極的に取り上げているシャイーが、つまりは後期ロマン派から近代に移行する時代の音楽を得意とするシャイーが、実は後期ロマン派の雄である R・シュトラウスを、これまであまり演奏した気配がないことは、大変に意外である。その一方でオケの側を振り返ってみると、クラウディオ・アバドがこのルツェルン祝祭管弦楽団を創設したのは、ベルリン・フィルの芸術監督を退いた後の 2003年。大病を経験したこともあり、システムの出来上がった既存楽団との共同作業よりも、気心の知れた奏者を集めて好きな曲を演奏することに、むしろ音楽の喜びを見出したものであろう。そんなアバドがルツェルンで採り上げていたのは、主としてマーラーとブルックナーの交響曲。幅広いレパートリーを網羅的に演奏することは、きっと考えていなかったのだろう。それゆえ、アバドもこのオケでシュトラウスの交響詩を採り上げたことはなかったのではないだろうか。そう考えると、この演奏会は、指揮者にとってもオケにとっても、新境地を目指してのレパートリー開拓と言えるように思う。実はこのシャイーとルツェルン祝祭管は、既にこの夏、現地で同じプログラムの演奏会を行ったという。
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前回のこのコンビの演奏について、私はオケの機動力は認めつつも、若干複雑な感想を記した。だが今回のシュトラウス・プログラムには、ただただ脱帽だ。ある意味では、現代オーケストラのひとつの極致を聴くことができたと言ってもよい。3曲いずれも、その音の密度といい温度といい表現の多様性といい、実に瞠目すべきものであり、さすがヨーロッパの腕利きが集う名人オケだけあると感嘆した。冒頭の「ツァラトゥストラ」は、まさに悠揚迫らざるテンポで堂々と展開し、名人オケでも時にミスを起こすような難所も易々とクリア。次々と押し寄せる圧倒的かつ緻密な音響は、そうそう聴けるものではない。クライマックスでは音は高々と飛翔した後、静かな低弦のピツィカートで消えて行き、その余韻は素晴らしいものであった。「死と変容」も、次々と寄せては返す弦の波に、腹に響く金管や朗々と鳴る木管が絡んで、厳かな曲のメッセージが強烈に浮かび上がる演奏。そして「ティル」は一転して、諧謔味溢れるアクロバティックな演奏で、これまた曲の本質に肉薄するもの。最後にティルが死刑宣告される部分では小太鼓が 2台使われていたが、そのうちの 1台は、プロヴァンス太鼓というのだろうか、このような形のものであった。これなど、シャイーの音に対するこだわりを示す例ではないだろうか。
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メインのプログラムにこのように酔いしれながら、アンコールは何だろうと考えていた。オール・シュトラウス・プログラムであれば、きっとアンコールもシュトラウス作品だろう。アンコールに演奏されうるシュトラウスの曲とは、あの曲とあの曲くらいしかない。そこでオケの配置を見渡すと、それまでの曲で使われていなかったはずのタンバリンやチェレスタ、それから木琴、加えてカスタネットが見える。ということはもう決まりだろう。そう、「サロメの 7つのヴェールの踊り」である。ここでシャイーは指揮棒を置いて素手で指揮し、官能的にうねるオーケストラを完全にドライブした。このアンコールにおいても、改めてこのオケの実力と、シャイーの統率力に感服した次第。今回は全く文句のつけようのないコンサートであり、まさに眼福ならぬ耳福 (?) という貴重な体験であった。この臨時編成のオケは、これからどのような活動を展開して行くのか分からないが、ヨーロッパの各国が、移民問題やテロの脅威、あるいは EU 離脱や独立運動などに翻弄されているからこそ、永世中立国スイスでこのようなメンバーが集まることには、意味があるのではないか。日本にもサイトウ・キネン・オーケストラという優れた臨時編成オケがあるが、そちらの方も今後の方向性が気になるところ。それぞれに違った事情を持ちながら、でも音楽をする瞬間には、とにかく聴衆を魅了する時間を提供し続けて欲しいものだ。
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さて、ここで述べておきたいひとつの懸念は、集客である。前回の演奏会で、サントリーホールが半分くらいしか埋まっていなかったと嘆いたが、今回は週末であるにも関わらず、ミューザ川崎は空席が目立っており、上層階に至っては人影もまばらといった様相。全体では 1/3 くらいしか入っていなかったのではないか。正直、演奏者の皆さんに申し訳ないような気がしたし、その内容の素晴らしさを聴くと、本当にもったいないことだったと思う。やはりチケットの値段が高すぎるのだろうか・・・。今後の東京の来日オケ事情は、よく注意が必要だろう。

未来に向けての考察はもちろん意味があるが、たまには過去を振り返ってみるのもよいのでは。先の記事に書いた通り、シャイーは私にとっては、その活動の初期から聴いてきた指揮者である。彼のデビュー盤はマスネの「ウェルテル」であったが、シンフォニー分野でのデビュー盤は、ロンドン・フィルを指揮してのメンデルスゾーンの 2番・3番。またそれに続いて彼の名声を高めたのは、ウィーン・フィルを指揮してのチャイコフスキー 5番である。以下、当時レコード芸術誌に載った広告。メンデルスゾーンは 1981年 2月号、チャイコフスキーは 1982年 7月号である。若い方にとっては珍しい写真だと思うので、1980年代に思いを馳せてみて下さい。
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彼のレパートリーは広範であることは確かだが、一方で意外なこだわりがある。初期の頃から、例えばショスタコーヴィチのジャズ組曲は録音したが、交響曲はその後も多分全く録音していない。あるいは、プロコフィエフを採り上げるにも、有名な 1番や 5番ではなく、オペラ「炎の天使」を一部転用した 3番や、カンタータ「アレクサンドル・ネフスキー」が彼のレパートリーであった。何かまとめて録音するときには、それは例えばエドガー・ヴァレーズだ。それから、やはり 80年代初頭のインタビューで、自分はイタリア人だがレスピーギは嫌いなので演奏しないと語っていたのを覚えているが、確かに彼の指揮する「ローマ三部作」は、聴いたことがない。また、せっかくキャリアの初期に会心のチャイコフスキーを録音したウィーン・フィルとも、ある時期から関係が悪くなったという話を聞いたことがある。そんなわけで、30年以上世界の最前線で活躍して来たのは、その柔軟性かと思いきや、決してそれだけではなく、自分の信頼する音楽に深く没頭して活動してきたということなのかもしれない。もちろんオペラの分野では、スカラ座の音楽監督として今後も期待が大きいが、オーケストラ演奏に関しても、今後どのようなレパートリーを聴かせてくれるのか、目が離せないのである。あ、上のチャイコフスキーの宣伝文句に、「もはや彼から目を離すことは許されません」とあるが、35年経ってもそうなのか!! (笑) これは大変なことだと思いますよ。

by yokohama7474 | 2017-10-09 01:26 | 音楽 (Live) | Comments(0)
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