アンドリス・ネルソンス指揮 ボストン交響楽団 (ヴァイオリン : ギル・シャハム) 2017年11月 7日 サントリーホール

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既に 2日前の川崎での演奏会をレポートした、ラトヴィア出身のアンドリス・ネルソンスとその手兵、ボストン響の東京 3連続公演の初日である。以前の記事に書いた通り、川崎の演奏会はそれほど入っておらず、東京公演も、とりわけ今日の場合には、曲目がちょっと渋いので、チケットの高値と相まって、もしかするとまたガラガラなのではないかと心配して会場に向かったが、幸いなことにそれは杞憂に終わり、客席はほぼ満員に近い入りであった。まずは一安心だ。なるほど東京の聴衆はレヴェルが高い。それから、以前の記事では、プログラムにコメントを寄せている小澤征爾が会場に姿を見せるのでは、という全く根拠も何もない憶測 (無責任でスミマセン) を書いたが、蓋を開けてみると、小澤の姿は見当たらないものの、その代わりと言っては大いに語弊があろうが、サントリーホール館長である堤剛の横の席に登場したのは、皇太子ご夫妻である。クラシックのコンサートに皇族の方が来られることは全く珍しいことではないが、今が旬の若手指揮者の演奏会においでになるとは、やはり皇太子ご夫妻の音楽好きも、さすがのものがある。そんなことを繰り返して書いているのは、今回の曲目に関係がある。
 チャイコフスキー : ヴァイオリン協奏曲ニ長調作品 35 (ヴァイオリン : ギル・シャハム)
 ショスタコーヴィチ : 交響曲第11番ト短調作品 103「1905年」

前半のチャイコフスキーは、既に川崎でのコンサートでも演奏されているが、注目はなんと言ってもショスタコーヴィチ 11番である。1957年に発表されたこの曲、ショスタコーヴィチの 15曲のシンフォニーの中でも、かなり演奏頻度が低いことは確か。1905年に起こった「血の日曜日事件」、つまり、首都サンクト・ペテルブルクの宮殿に向かって民衆が行進し、それに対して軍隊が発砲したという事件、つまりは後のロシア革命につながる民衆の蜂起を題材にしているため、いかにもソ連時代の政治的なメッセージが込められているように思われることが、あまり演奏されない理由のひとつであろう。もちろん東京では、随分以前にゲンナジ・ロジェストヴェンスキーが読響で、比較的最近ではアレクサンドル・ラザレフが日フィルで、ショスタコーヴィチを集中的に採り上げている経緯があり、この 11番ももちろん演奏されているし、また、一時期アーヘンの音楽監督を務めた北原幸男は、N 響を指揮したデビュー盤でこの曲を演奏した。このブログでも、オレグ・カエターニ指揮の都響の演奏をご紹介したし、都響はきっといずれエリアフ・インバルの指揮でも演奏するに違いない。だが、外来のオケがこんな曲を採り上げるには、大いにリスクがある。それゆえ、会場がほぼ満員であることだけでも、東京の聴衆の質を示していようというものだ。

ともあれ、前半のチャイコフスキーにも簡単に触れよう。先の川崎のコンサートではスーツにネクタイといういで立ちであったギル・シャハムは、今回は燕尾服で登場。だがその演奏は、もちろん川崎でのものと同様に、流れがよく強い表現力のあるもの。冒頭のオケの序奏のあとにネルソンスがオケを称えたのも同じなら、演奏中にソリストのシャハムがしきりとオケに笑顔を送っていたのも、第 1楽章終了時にチューニングを行ったのも同じ。だがやはり、二度目であってもこの演奏は聴きごたえがある。今回改めて思ったことには、もしかするとこの演奏、人によってはちょっと弾き急いでいると感じる場合もあるかな、ということ。だがそれこそ曲の盛り上がりに正直に応える演奏家たちの真摯な姿勢によるものであろう。きっとチャイコフスキーもこの演奏を聴いたら喜ぶのではないかと思ったものだ。アンコールも同じバッハのガヴォットで、安定した美音が深く耳に残った。
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そしてメインのショスタコーヴィチであるが、これもやはり期待通りの名演となった。何度も書いているが、このボストン響は大変美しいハーモニーを聴かせるオケであって、それは大音響であっても何ら変わることはないのであるが、このような激しさを含んだ曲におけるボストンの演奏には、なんとも言えない魅力がある。4楽章制ではあるが、全く切れ目なく通して演奏されるので、60分ほどの間、聴衆は音楽的情景の移り変わりに立ち会うことになるのだが、これだけの美音で、繊細な弱音から凄まじい咆哮までを聴くことのできる喜びは大きい。ただその一方で、実は聴衆を飽きさせない工夫などあまりされていないこの作品の欠点も、そこには見えてきてしまうのも致し方ないように思う。以前もどこかの記事で書いたが、ショスタコーヴィチの交響曲には様々に屈折した要素があり、虚心坦懐に楽しもうにも、なかなかそうはいかないもどかしさが付きまとう。だからこの曲の場合、漂う朝もやのような冒頭部分から、民衆への悲惨な発砲という劇的な事件が起こるあたりの推移も、その悲劇が収まったあとの呆然とした感じも、人の心を掴んで離さないということには至らない点、いつもながらに、やはり惜しい気がするのである。もちろん、曲を知っていると、ネルソンスとボストンの妙技が次々と難関を切り抜けて行くことに感心するし、第 3楽章で延々とヴィオラが歌う中音域の悲歌などは大変に感動的ではあるのだが、曲本来の弱点である、部分部分の接合の弱さをどうしても感じてしまう。とはいえ、繰り返しだが、この曲の演奏としては、これは最上の部類に入るであろう。聴きながら私は、演奏の良し悪しを超えて、むしろショスタコーヴィチの創作の過程について、思いを巡らしているのであった。
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実はこのネルソンスとボストン響は、ショスタコーヴィチの録音について、ある快挙を達成している。それは、昨年、今年と 2年連続で、彼らのショスタコーヴィチの録音がグラミー賞 (最優秀オーケストラ・パフォーマンス賞) を受賞しているのだ。昨年は交響曲第 10番。今年は第 5、8、9番である。昔と違って様々な名演奏家が録音を次々と出す時代ではないとはいえ、2年連続でのグラミー賞とは、これは大変な快挙であろう。今回演奏された 11番も、きっとそのうち録音が発表されるのであろう。これは、シリーズ第 1弾として発表された交響曲第 10番のジャケット。
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演奏会から帰るみちみち考えたことだが、ネルソンスがボストンの音楽監督就任以降、ショスタコーヴィチ・シリーズを手掛けているのはなかなかに巧みな戦略だ。というのも、このオケで過去にこの作曲家を多く取り上げた人がいないと思われるからだ。歴史を振り返れば、クーセヴィツキーが 7番の米国初演に名乗りを上げたことはよく知られているし、この記事でも以前に触れたことがある。だが、それ以外では確か 5番や 9番くらいしか採り上げていないはず。また、このオケと近い関係にあったバーンスタインは、ショスタコーヴィチを早くから積極的に採り上げたとは言えようが、やはり網羅的には採り上げてはいない。小澤がボストンの任期中に指揮したショスタコーヴィチの交響曲は、私が明確に記憶しているのは 10番だけ (若い頃のどこかのインタビューで、この作曲家は苦手と発言していたのも覚えている)。その後任のレヴァインに至っては、オペラを含めてあれだけ膨大なレパートリーを誇りながら、ショスタコーヴィチを採り上げたとは聞いたことがない。そう思うと、旧ソ連圏であるラトヴィア出身のネルソンスが、この作曲家の一連の演奏によってボストン響の輝かしい歴史に新たなページを加えるのは、戦略的にも大いに意味があるではないか。自然体の音楽を奏でる人ではあっても、大変に高い知性と戦略性を併せ持った指揮者であると思う。

さて、演奏会は大いに盛り上がり、今回もアンコールが演奏された。前回の川崎と同様、また大きな声で、"Dear ladies and gentlemen!!" と聴衆に語り掛け、「なるべく多くの人に聞こえるようにゆっくり喋ります」と言う割には早口で喋ったことには (笑)、日本の聴衆の音楽に対する姿勢は非常に素晴らしいという賛辞であった。音楽への情熱を共有したいという表現で、その賛辞を繰り返し、アンコールの曲目を紹介したのだが、「それはやはりショスタコーヴィチの・・・ええっと (と譜面を指し示し)、『モスクワのチェリョームシカ』から『ギャロップ』です。交響曲よりはずっと短いです」と、ひょうきんぶりを示した。この曲、1957年、つまり今回演奏された交響曲第 11番と同時期に作曲された、彼の唯一のオペレッタなのであるが、これこそほとんど演奏されない。メジャーな演奏家のアルバムでは、この「ギャロップ」等を、リッカルド・シャイーがフィラデルフィア管と録音しているものくらいしかないのではないか。だが実は、私はこの曲をよく知っているのだ。なぜなら、こんな CD が随分以前から手元にあるからだ。
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これは 1995年の、この曲初の録音。ロンドンで、BBC の音楽雑誌の付録として購入したものだ。当時、「へぇー、全く知らないショスタコーヴィチの曲だから、どんなものか、ちょっと買ってみよう」と思って買ったものであったが、聴いてみたらなんとも軽妙な音楽で、オペレッタと知ってまたビックリ。英語での上演のライヴで、きっとカットだらけなのだろうと思うが、冒頭にいきなりギャロップが出てきて、なんとも威勢がよい。このオペレッタ、近年確か BS で全曲の舞台上演を放送したと記憶するが、現在でも極めて珍しい作品。前回の「エグモント」序曲から一転して、こんなものをアンコールに持ってくるとは、やはりネルソンス、なかなかの策士である。さて、このアンコールが終わると既に 21時半頃になっていたので、私はそこで会場を辞したのだが、帰宅してサントリーホールのサイトで確認すると、なんとその後アンコールとしてもう 1曲、バーンスタインの弦楽のためのディヴェルティメントの第 2楽章「ワルツ」が演奏されたとのこと。これも肩の凝らない選曲である。聴き逃したのはなんとももったいないが、仕方ない。私はもう一晩、このコンビの演奏を聴くことができる。それをまた楽しみにしよう。

by yokohama7474 | 2017-11-08 02:39 | 音楽 (Live) | Comments(6)
Commented by エマスケ at 2017-11-08 12:36 x
こんにちは。
ボストン響だけで3回も行かれるのですね。
まだ11月初めですのに、ハイペースでいらっしゃいますね(笑)。

私も7日のサントリーホールを聴きましたが、素晴らしい演奏でした。
チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲は何度も聴いているはずなのに、あんなによい曲だと認識を新たにしました。
ギル・シャハムとオケとの信頼関係の良さも特筆すべきで、ジャズのセッションのようにも感じました。
シャハムが弾き急ぐ、というのか、茶目っ気たっぷりな様子でテンポを上げると、それにオケが応え、指揮者と奏者が笑顔でアイコンタクトを交わす...というシーンが何度か見られました。

後半、ショスタの「1905」は、CDでもほとんど聴く機会のない曲でしたが(11番ですし)、あんなによい曲だとは思いませんでした。
ここでも緩急自在、60分の大曲を安定的に演奏し、最後に盛り上げる...。名演でした!

ブログ主様の評も拝見し、マーラーも聴けばよかった、と思いつつ、サントリーホールのサイトを確認したところ、9日の公演はまだ空きがありました。
ということで、もう一度聴きに行くことにいたしました。

お邪魔しました~(^^;)
Commented by yokohama7474 at 2017-11-08 23:57
> エマスケさん
はい、今日、11/8 (水) の公演に行きました。直前に見ても、未だ最安値の P ブロックの席に空きがあったもので・・・。また記事はアップさせて頂きますが、私の記事をご覧頂いて 9日の演奏会に行かれるとのこと、ご同慶の至りです。これで私も、少なくとも 1枚は、ボストン響のコンサートチケットの売り上げに貢献したわけで (笑)、こんなに光栄なことはありません。
Commented by 吉村 at 2017-11-12 21:07 x
BSOは留学中の88年から90年に定期会員として演奏会に通い、様々なイベントで少人数のコンサートも聴いたので、思い入れが深いオーケストラです。でも、いつも感じているのが、本拠地のボストンシンフォニーホールでの出来を越える演奏になかなか遭遇しない、ということです。あのホールの残響の多い管y港と比べると、カーネギーホールなどでも合っていない、と思ってしまうんですが、改装後のサントリーホールとの相性は抜群に良いと感じました。弦の響きが特にバランス良く感じました。
7日の演奏はRCで聴いていたので、皇太子殿下ご夫妻を斜め後ろから拝見していましたが、血の日曜日事件をあつかった作品を皇室の方がお聴きになるのは、面白い光景でした。まあ、この事件が明石元二郎の策謀故に起きたとすれば、明治日本政府に起因するものなので、その為政者のひ孫がお聴きになるのは、いっこうに構わない事かもしれませんが!
Commented by yokohama7474 at 2017-11-12 23:30
> 吉村さん
そうですね、留学中のお話は何度かお伺いしました。私自身は、ボストンには何度か行ったことがあるのに、未だに同地のシンフォニーホールで演奏会を聴いたことがなく、人生で達成すべき目標のひとつになっています (笑)。血の日曜日事件にそのような背景があることは知りませんでした。皇太子ご夫婦が、なぜに最もポピュラーなハイドンの「太鼓連打」とマーラーの「巨人」ではなく、この日のプログラムを選択させたのか、気になりますね。
Commented at 2017-11-23 15:07 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by yokohama7474 at 2017-11-23 21:52
> カギコメさん
再度のコメントありがとうございます。やはり皆さん、この秋の一連の一流オーケストラ来襲を楽しまれていますね。これだけ様々な指揮者とオケを経験できる我々は、大変恵まれていると思います。また是非お立ち寄り下さい。
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