アンドリス・ネルソンス指揮 ボストン交響楽団 (フルート : エリザベス・ロウ、ハープ : ジェシカ・ジョウ) 2017年11月 8日 サントリーホール

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アンドリス・ネルソンスとボストン交響楽団による来日公演で、私が経験することのできた三度目のもの。プログラムは以下の通りであった。
 モーツァルト : フルートとハープのための協奏曲ハ長調 K.299 (フルート : エリザベス・ロウ、ハープ : ジェシカ・ジョウ)
 ラフマニノフ : 交響曲第 2番ホ短調作品 27

ネルソンスとボストン響に関しては、過去 2回の演奏会の記事であれこれ書いてきたので、既にこれ以上贅言を弄する必要はないと思うが、その音色の美しさ、音楽のパレットの色彩の多さ、聴かせどころの設計の巧みさ、等々、さすが名門オケと上り調子の若手指揮者のコンビである。今この音楽を東京にいながらにして聴くことのできる我々は、本当に恵まれていると思う。このシリーズは、KDDI がスポンサーについていて、今回は前 2回に比べてもスポンサー色が強く、サントリーホールの小ホール、いわゆるブルーローズを使った関係者を招待してのレセプションがあったり、客席を見まわしてみても、きっちりとスーツを着こなした人々が丁寧な挨拶をされている場面が多く見られた。前日は皇太子ご夫妻臨席であったので、強いスポンサー色を出すのは遠慮したのかもしれない。もちろんこのような文化イヴェントは、チケットの売り上げだけですべての費用を賄うことは不可能で、企業のスポンサーシップは不可欠。KDDI さんには、一般のファンの人たちも感謝すべきであろう。

さて、今回も大変意欲的なプログラムであったわけだが、前半のモーツァルトにおいては、よくあるように、オーケストラの首席奏者が 2人、ソロを取った。フルートのエリザベス・ロウと、ハープのジェシカ・ジョウ。
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このモーツァルトのコンチェルトは本当に美しい曲で、フルートとハープが、オーケストラと一体となって華麗な音楽を奏でるのを聴くことに、その醍醐味がある。その意味で、オケの首席奏者たちがソロを取ることには大きな意味があって、今回もそれを実感することができたのである。ネルソンスのような、大きくて劇的な表現力を持つ指揮者が、このように可憐な古典派の曲に対する適性があるのか否か、事前のイメージはあまりなかったのであるが、実際に聴いてみて、あらゆる箇所で最高のニュアンスを持って奏されたこの演奏には、本当に魅了された。楽器間のバランスやその音色の美しさ、特に弦楽器の各パートが、まるで一人の奏者のように自在に音を紡いで行くさまは、まさに超一級だ。そして、このタイプの音楽は、解釈云々よりも、曲自体の美しさを感じる演奏こそが優れていると思うのだが、今回がまさにそうであった。以前、指揮者のマイケル・ティルソン・トーマス (通称 MTT) が様々なソリストたちと協奏曲を演奏するドキュメンタリーで、確か「コンチェルト!」というシリーズを見たことがあるが、その中で MTT が、このフルートとハープのための協奏曲の第 2楽章の冒頭部分を口ずさみ、「なんという美しさ。人生を賭ける価値がありますよね」と呟くシーンが印象的であったが、今回の演奏でもそんなことを思い出していた。アンコールに演奏されたのは、フランスのジャック・イベールの間奏曲という小品で、ちょっとスペイン情緒も感じさせる、楽しい曲であった。

休憩後に演奏されたのは、ロシア出身の作曲家、ラフマニノフの第 2交響曲である。以前も書いたが、これも私の大好きな曲であり、その濃厚なロマンをたっぷりと味わいたいのだが、その一方で、例えば第 2楽章スケルツォなどは、切れのよい音で仕上げてもらわないといけない。つまり、表現の幅が大きな演奏でないと成功しないのであるが、予想に違わず今回のネルソンスとボストンのコンビは、本当に細部まで指揮者とオケの意思疎通がうまくできた演奏を披露した。つややかな弦も、目立つべきところとそうでないところをうまく演奏し分けた木管も、炸裂する音響の中でも決して美感を失わない金管も、まさに万全の出来であったと言えるだろう。その一方で、実はこれは前日のショスタコーヴィチ 11番の感想でも記したことだが、誠実な演奏であるがゆえに、時に曲の弱点も時に露わにするような点もあったかもしれない。この曲の場合、その長さに見合った情緒が常に横溢しているかというと、必ずしもそうではなく、例えば全く独自の感性ゆえにむしろ長丁場を必要とするブルックナーや、あの手この手で聴衆を楽しませることにたけたマーラーとは、その点においてちょっと違っている。それゆえにこそ、ある時期までは一部をカットして演奏されるのが普通であったという事情があるのだろう。ある意味で、ここまで高度な演奏に仕上がってしまうと、曲のありのままの姿が見えてしまうという逆説が成り立つのかなぁと、少し考えてしまった。だが、アンコールで演奏された同じラフマニノフの小品、ヴォカリーズでもそうであったが、美しいといえばこれ以上ないほど美しい演奏に関して、それ以上何を言うことができようか。
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ところでこのラフマニノフの 2番に関して、ちょっと不思議な現象が起きているのでご報告する。そもそもこの曲を来日公演の曲目として採り上げるのは、結構なチャレンジであると思う。今私がすぐに思い出すのは、この曲の全曲ノーカット録音を世界で初めて達成し、その後も愛奏しているアンドレ・プレヴィンとロイヤル・フィルによる来日公演 (1991年?) での伝説的な演奏くらいである。そのほかにもあるかもしれないが、その演奏頻度はこれまで決して高かったとは思えない。だが、一体どうしたことか、今回のネルソンスとボストンの演奏を皮切りに、来日オケによるこの曲の演奏が今後相次ぐのである。来週 11/15 (水) にはウラディーミル・フェドセーエフ指揮チャイコフスキー・シンフォニー・オーケストラ、12/10 (日) にはワレリー・ゲルギエフ指揮マリインスキー歌劇場管、という具合。また、日本のオケでも、確か夏に秋山和慶と東京響が川崎で演奏している。同じラフマニノフの 3番の交響曲も、先にこのブログでご紹介した大野和士と東京都響との演奏に続き、11/23 (木)・25 (土) は、なんとサイモン・ラトルとベルリン・フィルが、川崎と東京で演奏するのである!! 昨今は、ピアノ協奏曲でもラフマニノフの演奏頻度が上がっている (上記のゲルギエフとマリインスキーは、デニス・マツーエフとともに、あろうことか、1日に 2回の演奏会で全 4曲の協奏曲を連続演奏する!!) ように思われ、時ならぬラフマニノフ・ブームの様相を呈している。時代は彼のロマンティシズムを求めているということなのだろうか。興味深い現象だ。

以上で、私が今回体験したネルソンスとボストン響の演奏会のレポートは終了である。実は今回は終演後にサイン会ありと発表されていて、当然参加しようと思ったのであるが、関係者に訊いてみると、終演後にスポンサー主催のレセプションがあり、それにネルソンスも参加してからになるとのこと。今回も例によって終演は 21時半近かったので、サイン会開始は 22時以降になるのではないかと思い、参加は断念した。上記の通り、企業によるスポンサーシップは、この種の文化イヴェントにとっては不可欠。レセプションなら、別の日にしてくれていたらなぁ・・・などと考えるのはやめましょう (笑)。

また今日、彼らの来日公演の掉尾を飾る、ハイドンの 103番「太鼓連打」とマーラー「巨人」の組み合わせが演奏される。私は今晩は別の場所にいて、それは聴けないのであるが、きっと大成功間違いなしだろう。次にこのコンビの演奏を聴けるのはいつのことか、早くも楽しみなのである。

by yokohama7474 | 2017-11-09 11:09 | 音楽 (Live) | Comments(2)
Commented at 2017-11-16 17:47
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by yokohama7474 at 2017-11-16 23:40
> カギコメさん
コメントどうもありがとうございます。このブログをそんな名曲に例えて頂けるのですか?! それは誠に光栄です。これからも微力を尽くして頑張りますので、よろしくお願い致します。
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