密偵 (キム・ジウン監督 / 原題 : 密偵)

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私が韓国映画を敬愛していることは、以前もこのブログで書いたことがある。いわゆるテレビドラマの韓流とか K-Pop には疎い私であり、映画にしても、それほど沢山韓国の作品を見ているわけではないが、そうであっても、これまで経験した範囲で言えば、全般的な映画作りの真剣さやその内容の仮借なさについては、残念ながら日本映画はかなり差をつけられていると、常々思っているのである。今回の「密偵」にしても、エンターテインメントとして上質な出来であり、また同時に、人間の本質を見る者に深く問う、素晴らしい作品であると思う。監督のキム・ジウンは、以前の作品ではホラーの「箪笥」を見ているし、ハリウッドデビュー作でアーノルド・シュワルツネッガー主演の「ラストスタンド」も見た。いずれも驚天動地の大傑作とは言わないが、違ったタイプの作品において、なかなか巧みな演出を披露していたと思う。
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本作の舞台は、第二次大戦中、日本統治下の韓国である。このブログでもご紹介した怪作「お嬢さん」もそうであったが、この時代を舞台にした韓国映画が最近増えているのか、それとも、これまでもあったのに日本では公開されなかっただけなのか。いずれであっても、見る人はその映画の中でストーリーテリングや人間の感情表現方法などに意を砕くべきだろう。たまたまここでの悪玉が日本人であっても、それを理由に日本人がこの作品を見ることを避けるなら、それは映画を文化の重要なひとつの形態と考える私のような者からすると、大変にもったいないことだと思うのである。実際、このような上質な映画になると、政治的なメッセージだけで観客の心をつかむのではなく、人間の本質を描くことでこそ、観客にアピールするものだと思う。もちろん悪い日本人や、偉そうにする日本人も沢山出て来るが、逆に韓国人の方も、全員が英雄的な人間像ではなく、そのリアリティことに打たれるべき作品である。

ここでの主人公は、韓国人でありながら日本の警察に所属するイ・ジョンチュル。日本語の使用を含め、これはかなりの難役であるが、演じるのは韓国を代表する名優、ソン・ガンホ。日本で韓国映画がブレイクするきっかけとなった「JSA」「シュリ」の両方に出演していたが、フィルモグラフィーを見ると、それ以外にも「殺人の追憶」「親切なクムジャさん」という私の大好きな作品にも出ており、既に 50歳と脂の乗った年齢である。若い頃から決して美形ではなかったが、今はこのように、作品にふさわしい深みのある演技を見せる。また、彼の持ち味はなんといっても、常にどこかユーモアを感じさせること。この悲惨な内容の映画を、観客がちゃんと冷静に見ることができるのは、かなりの部分、彼の演技に負うものと思われる。
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それから、日本に抵抗する義烈団の団長を務めるイ・ビョンホンもまた、韓国を代表する俳優で、「ターミネーター : 新起動 / ジェネシス」や「マグニフィセント・セブン」というハリウッド映画にも出ている。ここではストイックであり冷徹な切れ者でありながら、祖国独立への強い決意を持つ義烈団の団長役を、静かな迫力で熱演している。
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それから、この人。先般日本公開され、私もこのブログで大絶賛した「新感染 ファイナルエクスプレス」での熱演も記憶に新しい、コン・ユ。容姿はすっきりしているが、内に秘めた情熱をうまく表現している。あ、この映画でも、「新感染 ファイナルエクスプレス」と同じく、列車内でハラハラドキドキの目に遭うのである。
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日本からは、鶴見辰悟が朝鮮総督府警務局の部長として出演している。もちろん弾圧する側だから悪い奴なのだが、そこはかとない人間味もあって、この映画の深い陰影を作り出すのに大きな貢献をしている。
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それから、大変印象に残ったのは、ハシモトという、名前は日本人だが韓国人で、主人公と同じく日本の警察で働いている警官を演じた、オム・テグだ。一体誰が敵で誰が味方なのか分からないストーリー展開の中で、常に周囲に気を配る、動物的な身のこなしの男。彼が誰かをジロリと睨むだけで、ブルブル震えあがってしまうような迫力である。
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このような名優たちの織りなすドラマは、奇想天外というわけではなく、常に歴史の歯車が回っているという感覚のもとで進展するが、先の読めないものであり、ストーリーを追うだけでも楽しめる。実はタイトルの「密偵」は、主役の警察官のことを指すのではなく、ほかにいるはずの二重スパイであって、謎解きの面白さはそこにもある。だが私が本当に感動するのは、人間の複雑な感情のひだがそこここに現れていることである。対立、裏切り、同情、友愛、激昂、諦観・・・。これらは人間の歴史の中でいつどこにでもある感情の数々であり、何もこの映画を戦争時のものとして見る必要はないと思う。描かれているのが人間であれば、その映画には見る価値があるのであるから。中には拷問など悲惨なシーンもあるのだが、それでもこの映画は、韓国人から見た日本統治への憎しみという感情をストレートにテーマにするのではなく、登場人物のセリフや音楽の使い方に、ユーモラスな要素を見出すことができる。後半の方で流れるドヴォルザークのスラヴ舞曲作品 72-2 は、ちょうどこの映画を見る前日にサイモン・ラトル指揮ベルリン・フィルのアンコールで聴いたばかりであったが、そのスラヴの憂愁溢れるメロディが、描かれた現実の悲惨さを優しく包んでくれる。そして大詰めではラヴェルのボレロを使っていて (但し原曲通りではなく、合唱を入れるなど独自のアレンジをしたもの)、ここには巧まざるユーモアが感じられた。

このように、大変に凝った作りで、見ごたえ充分の映画なのであるが、もうひとつ印象に残ったことを書いておくと、それは言語である。もちろん韓国語がメインだが、出演している役者たちの一部は、日本語を喋ったり中国語 (義烈団のアジトが中国にあるため) を喋ったりしている。この自然さが大変よい。東アジア、つまりは日中韓が中心をなすこの地域では、中国由来の共通の伝統文化はあれども、3ヶ国で言語は全く異なり、そして、現在に至るも外交上の問題が存在している。以前もどこかで読んだことがあり、最近でも日経新聞に掲載されていた生物・地理学者ジャレド・ダイヤモンドの言葉にもあった通り、現実世界におけるこのような東アジアの不安定な状況や諍いが、この地域の経済発展を阻んでいるという説は理解できる。だがこの映画では、政治的目的を持つ登場人物たちは自由に 3ヶ国語を駆使して、様々な危険に身を投じて行く。このような姿は、今後の東アジア地区の安定を目指すにあたって、大変示唆に富んだものではないか。
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繰り返しだが、この映画を、当時の戦争の悲惨な状態や、抑圧する側にあった日本人の非難という面をメインに描いたものと思ってはいけない。歴史というものの残虐性や、人と人の信頼関係の尊さなどに思いを致すべきだろう。恐らくは題材のせいか、日本ではあまりヒットしなかったように見受けられ、既にほとんどの劇場で上映が終了しているが、今調べたところ、新宿のシネマートではまだしばらくかかっている。人間の本質を考えたい人には、強くお薦めしたい映画である。

by yokohama7474 | 2017-12-05 01:40 | 映画 | Comments(0)  

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