ワレリー・ゲルギエフ指揮 マリインスキー歌劇場管弦楽団 (ヴァイオリン : 庄司紗矢香) 2017年12月 6日 サントリーホール

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この 2ヶ月ほどというもの、日本は、中でも東京は、相次ぐ世界トップクラスの指揮者とオーケストラの襲来に見舞われていて、このブログでも、それがいかなる襲来であったのか、なるべくヴィヴィッドにお伝えすべく、頑張って記事を書いてきた。そして、そのオーケストラ来日ラッシュの掉尾を飾るのが、ロシアを代表するこのコンビ、ワレリー・ゲルギエフと、彼が 1988年以来音楽監督・そして芸術監督を務めてきたサンクト・ペテルブルクにあるマリインスキー歌劇場のオーケストラである。ゲルギエフは言うまでもなく現代最高の指揮者の一人であり、その超人的な活躍は、64歳になった今でも衰えることがないどころか、ますます活発化しているようにも見える。これまでもロッテルダム・フィルやロンドン響、そして現在でもミュンヘン・フィルを率いる傍ら、このマリインスキーでは既に 30年近い関係を築き上げて来たのは、なんとも素晴らしいことである。多忙な指揮者は世界を飛び回るのが宿命であるが、このゲルギエフの場合は、世界を飛び回りながらもひとつの歌劇場・オケと関係を深めているわけで、優に普通の指揮者 2人分か 3人分の活動を展開していると言ってもよいと思う。
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このゲルギエフとマリインスキーは既に何度も日本を訪れていて、オペラの引っ越し公演もあればオケだけの場合もあるが、今回はオケだけである。だがその日程がすごい。今ここに書き出してみよう。
 12/1 (金) 熊本
 12/2 (土) 広島
 12/3 (日) 大阪
 12/4 (月) 高松
 12/5 (火) 武蔵野
 12/6 (水) 東京
 12/7 (木) 松戸
 12/9 (土) 所沢
 12/10 (日) 東京 (13時と 18時の 2回)

うーむ。10日間の間に、首都圏と西日本で 10回のコンサートと、大変な過密スケジュール。そしてまたそのプログラムがすごい。通常のツァーでは 2種類か 3種類のプログラムを回して行くものだが、彼らの場合、実に驚くべきことに、全 10回の内容がすべて異なるのである!! もちろん、曲の重複はあって、10日間全く違った曲を演奏し続けるわけではさすがにないが、それにしても、同じ順番での数曲の演奏のを繰り返すのと、組み合わせが毎回毎回違うというのとでは、オケにかかる負担もかなり違うだろうと思うのである。曲目はロシア物とフランス物がメインで、チャイコフスキー 5番、プロコフィエフ 6番、ラフマニノフ 2番に交響的舞曲、あるいはそのラフマニノフの全 4曲のピアノ協奏曲 (12/10 の 2回の演奏会で走破する) や、幻想交響曲、「展覧会の絵」に加え、牧神の午後への前奏曲、デュティユーの「メタボール」、ワーグナー「パルシファル」前奏曲などの小品もある。ソリストも、ピアノのデニス・マツーエフと松田華音、ヴァイオリンの庄司紗矢香と、実に忙しい日本ツアーなのである。今回私が聴いたのは、以下のようなプログラム。
 リムスキー=コルサコフ : 組曲「金鶏」
 ショスタコーヴィチ : ヴァイオリン協奏曲第 1番イ短調作品77 (ヴァイオリン : 庄司紗矢香)
 ベルリオーズ : 幻想交響曲作品14a

ううーん。これ、演奏時間長すぎではないですか。ショスタコーヴィチとベルリオーズだけでも一晩のプログラムとしては充分である。上に書いたような過密スケジュールで、しかもそれぞれのコンサートの中身がこれほど濃いというのも、このコンビの特徴である。実際、通常は 19時に開演すると 21時頃終わることがほとんどであるところ、今回の終了は 21時45分。そもそも後半の幻想交響曲が始まったのが 20時45分頃だったから、通常のコンサートではほぼ終了時刻に近かったわけだ (笑)。

さて、ヴァイオリンを左右対抗配置にし、指揮台を使わず、つまようじのような短い指揮棒で指揮をしたゲルギエフについて語ってもよいのだが、やはりまず書いておきたいのは、ヴァイオリン・ソロを弾いた庄司紗矢香である。このブログではこれまでも散々その才能をたたえてきたわけであるが、私の見るところ、この人はやはり飛び抜けたものを持っている。10代から活躍し、30代半ばに至った今でも、遠目には小柄なお嬢さんのようであるが、その音楽の強烈な表現力や、彼女の活動自体の充実ぶりには目を見張るものがある。
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同じサンクト・ペテルブルクのオケでも、彼女の場合はもう一方の雄であるユーリ・テミルカーノフとサンクト・ペテルブルク・フィルとの関係が深いと理解していて、確か日本ではゲルギエフ / マリインスキーとの共演は初めてであろう。そして今回の曲は、ショスタコーヴィチの 1番のコンチェルト。もう 10年以上前になるだろう、シャルル・デュトワ指揮の N 響をバックに庄司はこの曲を演奏していたし、また、2012年のラ・フォル・ジュルネでは、ドミトリ・リス指揮ウラル・フィルの伴奏で演奏し、同じメンバーでのレコーディングもある。この曲には極めて陰鬱な箇所と、退廃的な諧謔味に溢れた箇所とが存在していて、つまりは誰もが聴いて楽しくなるような曲ではない。実は今回のツアーの曲目を見てみると、庄司が登場するのは、この日以外には大阪、松戸、所沢で、曲はいずれもポピュラーなチャイコフスキーのコンチェルトであって、ショスタコーヴィチの演奏はこの日だけである。つまりはこのショスタコーヴィチ、東京の聴衆のための演奏であったわけだ。そしてそのヴァイオリンのただならぬ表現力は、聴衆を圧倒した。この曲の陰鬱な箇所は、あえて言えばロシア的な暗さが必要だし、諧謔味のある個所は、水際立った鮮やかな技術が必要だ。その両方をこれだけ説得力をもって演奏できるヴァイオリニストが、世界にどのくらいいるであろうか。何より庄司のヴァイオリンは、深く音楽に入って行って、その強い集中力で音楽と一体と化すような特質を持つが、今回の演奏でも、作曲者の深い心の闇に臆せず踏み入って行く、その真摯な態度が、聴衆に感銘を与えたものと思う。アンコールで演奏されたバッハの無伴奏パルティータ第 2番からのサラバンドも、やはり彼女らしく、美音に甘んじない厳しい音楽で、舞台の袖で立ったまま聴いていたゲルギエフも、感慨深げに見えた。ところで大阪公演後には、こんな写真が撮られている。庄司は最近安藤忠雄設計の直島の美術館で演奏したりして、この大阪出身の、元ボクサーで現在は巨匠建築家である偉大な人物と、親交を深めているようだ。そういえば、私も早く、国立新美術館での安藤忠雄展の記事をアップせねば・・・。
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そして、最初の「金鶏」組曲と最後の幻想交響曲であるが、近年のマリインスキーの充実ぶりを実感させる高い水準の演奏で、大いに楽しんだ。「金鶏」組曲は、同名のオペラからの 4曲によって成るものだが、作曲者自身の手によるものではなく、それほど演奏頻度の高い曲ではない。だが、ここでの演奏は完全に自家薬籠中のものであり、冒頭に登場する金鶏の鳴き声を模したトランペットの叫びからして実に見事。木管楽器のニュアンスや、チェロを中心とする弦の音の充実した響きも素晴らしい。唐突な曲想の変化や東洋的な響きも、ゲルギエフの精力的な指揮にぴったりついて行くオケのキャパシティによって、常に緊張感を持って表現されていた。そしてメインの幻想交響曲がまた、千変万化の刺激的な演奏。第 1楽章の提示部の反復はなく、うねるような勢いが印象的であったし、第 2楽章では珍しくコルネット (トランペットの親戚 ? のような金管楽器) 入りの版を使用していた。そうそう、このコルネットの登場で、金管パートをじっと見ることになったのだが、この曲では第 2楽章も、それから第 3楽章も、ホルンを除く金管楽器は全く沈黙し、最後の第 4・第 5楽章の狂乱に備えることに気がついた。この演奏では、そのように見通しがよい一方で、時折細かいテンポの揺れもあって、聴衆を飽きさせない工夫がされていた。つまりは、ただ幻想と狂気をやみくもに描き出すのではなく、そこには周到な演出上の計算があるということだろう。プログラムに掲載されたゲルギエフのインタビューで彼は、この幻想交響曲を、「即興を許してくれる作品」と表現し、ベルリオーズの作品は「いつも予期しないことが展開して、リズムの変化や音楽的なアイデアが次々に出てくる。現代音楽に近い閃きがあるのです」と語っている。なるほど、今回の演奏でもそれが分かったような気がする。

長いコンサートが終わって演奏されたアンコールは、ストラヴィンスキーの「火の鳥」から、子守歌と終曲。もちろんポピュラーな曲であるが、アンコールとして演奏されるのは比較的珍しい。昔クラウディオ・アバドがこの部分をアンコールで演奏したのを放送で聴いたことがあって、その時は子守歌が静かに始まったと記憶するのだが、今回はその前の「魔王カスチェイの凶悪な踊り」の強烈な終結音から入って、聴衆をびっくりさせた (笑)。まあしかし、これだけの長丁場をこなしながらも、またこのように技術的にも感情的にも強い集中が必要な曲を演奏して、ゲルギエフとマリインスキーは実に隙がない。

このように、怒涛の来日オケラッシュの掉尾を飾るにふさわしい演奏会を堪能した。本当はラフマニノフのピアノ・コンチェルト 4連発も聴きに行きたいが、既に別の予定が入っていて、それは果たせない。だがまた数年後には彼らは日本にやってきて、聴衆の度肝を抜いてくれることだろう。またその時を楽しみにしよう。次は、そうだなぁ、ちょっと趣向を変えて、モーツァルトの全交響曲連続演奏なんて、いかがですかね。
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by yokohama7474 | 2017-12-08 00:01 | 音楽 (Live) | Comments(2)
Commented by エマスケ at 2017-12-08 20:22 x
こんにちは。
私も6日の公演を聴きました。
おっしゃるように、今秋の来日オケの掉尾を飾るにふさわしい演奏会だと思います。

特に、庄司紗矢香のショスタコーヴィチの協奏曲は、素晴らしかったです。
10年ほど前、王子ホールでの彼女のリサイタルで、照明を最小限に抑えた中で演奏されたショスタのソナタが、何かに取り憑かれたような、鬼気迫る強烈な印象を残すものでした。
同じくらいの時期に、記事に書かれているN響での演奏がありましたが、その後、なかなか彼女のショスタを聴く機会がなかっただけに、今回はとても楽しみにしていました。
今回も、ものすごい集中力を発揮していて、曲自体の性格もありますが、何か常人離れしているような演奏と思いました。
ですので、第3楽章のカデンツァが終わったとたんに観客にもわかるほどのため息をついたのを見て、少し安心しました。

「金鶏」も「幻想」もよかったです。
アンコールに「火の鳥」まで聴くことができ、大満足で家路につくことができました。
ゲルギエフのサービス精神に感謝です。

さて、師走は何かと野暮用が多いのですが、年内にもう1度くらいこちらのブログにお邪魔できるといいと思います(笑)。
失礼いたしました。
Commented by yokohama7474 at 2017-12-08 23:19
> エマスケさん
いつもコメントありがとうございます。庄司さんのよいところは、鬼気迫る演奏をしながらも、あくまでも人間的な部分があることですよね。今後ますます、すごいヴァイオリニストになるものと思います。ゲルギエフの次の来日も早くも楽しみです。このブログも、年内にまだいろいろ記事を書く予定ですので (忘年会での肝臓のダメージ次第というところもありますが 笑)、是非またお立ち寄り下さい。
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