シャルル・デュトワ指揮 NHK 交響楽団 (ピアノ : ジャン=イヴ・ティボーデ) 2017年12月 9日 NHK ホール

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例年 12月の NHK 交響楽団 (通称「N 響」) の指揮台には、同楽団の名誉音楽監督の地位にあるスイスの名指揮者、シャルル・デュトワが立つ。調べてみるとそれは 2008年からのことなので、今年で 10年目を迎える。フランス物をレパートリーの中心に据えて精力的に活躍するこの指揮者も、既に 81歳と知って驚く。今回の 3種類の定期演奏会の曲目はそれぞれに特色のあるもので、特にラヴェル没後 80年を記念して、ピアノのピエール・ロラン・エマールを迎えてのオール・ラヴェル・プロはいかにもデュトワらしいものであったが、私は残念ながらそれを聴くことができなかった。そして今回、彼が得意とするもう一人の作曲家、ストラヴィンスキーをメインに据えたこのコンサートに足を運んだのである。曲目は以下の通り。
 ストラヴィンスキー : 幻想的スケルツォ作品 3
 サン=サーンス : ピアノ協奏曲第 5番ヘ長調作品 103「エジプト風」(ピアノ : ジャン=イヴ・ティボーデ)
 ストラヴィンスキー : バレエ音楽「火の鳥」(1910年全曲版)

デュトワは若い頃にスイス出身の大先輩指揮者であるエルネスト・アンセルメに学んでいるが、このアンセルメは、言うまでもなくストラヴィンスキーの盟友であった人。だからデュトワのストラヴィンスキーは、作曲者直伝の要素があるのである。私は今回の演奏会を聴きながら、改めてデュトワが N 響に対して果たした大きな役割を思っていた。彼は 1996年に N 響の常任指揮者に就任し、1998年には音楽監督となった。それまでの N 響はドイツ系の偉大な指揮者たちが主として指揮台に立っていたことから、デュトワの就任は冒険かとも思われたが、それから 20年以上を経て、N 響の演奏能力はより一層向上しているわけで、やはりデュトワがこのオケに対して果たした功績には、絶大なものがあると思う。
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そのデュトワが指揮する最初の曲目は、ストラヴィンスキーの若き日の作品、幻想的スケルツォである。これは作曲者が未だロシアでリムスキー = コルサコフに師事していた頃の作品であり、私としてはよく知っている曲だと思っていたが、恥ずかしながら今回のコンサートのプログラムで知ったことには、もともとはベルギー象徴派の作家、モーリス・メーテルリンクの「蜜蜂の生活」に基づき、女王蜂や働き蜂の生活を描いたものであったらしい。そう思って聴くとなるほどと思うこともあるが、ストラヴィンスキーにはやはり、物語性よりも、すっきりとした明確な輪郭線が欲しい。作曲者自身が後年この曲を、純粋な交響的音楽として書いたと主張している。デュトワと N 響は、その意味で大変素晴らしい演奏を成し遂げたと思う。

2曲目はサン=サーンスのピアノ協奏曲 5番である。このサン・サーンスという作曲家、大変な知識人であり多作家であり、未だにその作曲の全貌について、日本 (だけではないかもしれないが) では明らかなイメージはないとも言える。ピアノ協奏曲は 5曲書いていて、これはその最後のもの。非常に平明な音楽である。今回ソロを弾いたのは、今年 56歳になったフランスのピアニスト、ジャン=イヴ・ティボーデである。
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この人は昔からおしゃれで、ステージ上で真っ赤なソックスを見せびらかす (?) 感じの人である。そのピアノは洒脱で、深刻さのないもの。レパートリーの中心はフランスものなので、今回のようなサン=サーンスのコンチェルトはお手の物である。この曲、「エジプト風」と副題がついている通り、作曲者がエジプトのルクソール滞在中に書かれたものであり、第 2楽章にアラビア風の旋律があれこれ出てくるのだが、ティボーデのピアノはこの平明な作風にぴったりで、誰もが楽しめる演奏を成し遂げた。デュトワと N 響の伴奏も、旋律線をくっきり描き出すもので、弦楽器の練れた音が印象的であった。実際のところ、今回ティボーデが履いていたソックスの色は分からなかったが (笑)、いかにも彼らしい鮮やかな演奏であったと思う。そしてティボーデが弾いたアンコールは、やはり平明な短い曲。私はその曲を知らず、そして、会場に掲示してあったはずのアンコール曲の紹介をうっかり見逃してしまったのであるが、印象から言うと、フランス音楽のようでいて、ちょっと感じが違う。もしかすると、スペインの作曲家、フェデリコ・モンポウあたりの作品であろうかと思った。その後 N 響の Twitter によると、前日の同じプログラムで演奏されたアンコールは、あっ、やっぱりモンポウではないか!! 「子どもの情景」から「庭のおとめたち」。・・・だが、その後もう一度 Twitter を確認すると、今回のアンコールはモンポウではなく、シューベルトのクッペルヴィーザー・ワルツ変ト長調 (珍しい調性だ!)。あぁ、全く自分の無知が恥ずかしい。手元にある作曲者自身のピアノによるモンポウのピアノ作品全集を引っ張り出してきて聴いてみると、それはそれでなかなか味があるのだが、なるほど今回の曲はシューベルトであったか。実は今回初めて知ったことには、いかにもフランスのピアニストであるティボーデは、父はフランス人だが、実は母はドイツ人であるそうだ。なるほどそうであったか。

さて、今回のメインはストラヴィンスキーの傑作、バレエ音楽「火の鳥」の全曲である。もちろんポピュラーな曲ではあるが、全曲 50分近くを要するこの曲には、さらに手頃な 20分程度の組曲があって、そちらの方がよく演奏される (組曲にも 3つの版があるのだが)。そもそもバレエ音楽の組曲にはいくつかのパターンがあって、たとえばチャイコフスキーの「くるみ割り人形」とかプロコフィエフの「ロメオとジュリエット」などの長い曲になると、その中の美しい場面をつなげて組曲としており、曲順も全曲とは異なることもある。また別のパターンとしては、全曲に出てくる順番に沿って抜粋版のような組曲を作ることもあり、この「火の鳥」はそれにあたる。それ以外には、ちょっと変わった例として、バルトークの「中国の不思議な役人」のように、全曲の最後の方だけカットして組曲にすることもあり、また逆に、「ダフニスとクロエ」の第 2組曲のように、全曲の最後の方をそのまま組曲とすることもある。そしてこの「火の鳥」、組曲ではなく全曲を演奏する指揮者は例外なく、かなりストラヴィンスキーに対する思い入れが強い人ばかりだと思う。例えばカール・ベームは、ドイツ音楽しか振れないと言われるのに抵抗してこの曲をレパートリーにしたが、演奏したのは組曲のみ。カラヤンも、録音は残していないが、この曲の組曲を演奏した。バーンスタインも組曲のみであったろう。それに対し、ニューヨーク・フィルでバーンスタインの後任であったピエール・ブーレーズはもちろん全曲を演奏しているし、上で名前を出したエルネスト・アンセルメも早い時期に全曲版を録音している。デュトワはもちろん全曲版を録音しているが、今回のプログラムによると、「この曲がいかに独創的であり素晴らしいものであるか、組曲版では分かりません。47分間のバレエ音楽として聴いていただければ、ストラヴィンスキーの考えを理解できるでしょう」と語っている。デュトワとモントリオール響によるこの曲の録音は、こんなジャケットでした。
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しかしこのデュトワという人、とても 80歳を超えているとは思えないほど、変わらぬ指揮ぶりである。気心の知れた N 響のメンバーとともに、この曲の千変万化の面白さを再認識させてくれた。ごくわずかな技術的な傷もあったが、これだけ曲の本質を突いた演奏では、その点に目をつぶって面白さを実感することができるのである。この人の指揮には、深く停滞する瞬間がなく、あえて言ってしまえば、音楽はその表層を見せながらグングン進んで行くのであるが、このようなレパートリーにおいてはその個性が強烈に生きるのである。例えばブルックナーのような音楽ではそうはいかないだろうが、賢明なことに、あれだけ幅広いレパートリーを誇るデュトワは、これまでブルックナーとは明確な距離を置いているのだ。N 響のかつてのドイツ系の指揮者陣では、ブルックナーをレパートリーにしない人はほとんどいなかったが、過去 20年ほどを振り返ると、このデュトワやアシュケナージ、それから、最近は高齢化によって登場しないが、名誉客演指揮者であるアンドレ・プレヴィンもみな、ブルックナーを振らない人たちである。そして素晴らしいのは、現在の首席指揮者であるパーヴォ・ヤルヴィは本当にスーパーな指揮者で、ちゃんとブルックナーもレパートリーに入っている。そのようなことを考えながら今回のデュトワの演奏を聴いていて、やはりこのオケの発展において、この指揮者の貢献は大きいのだなと思ったものである。

N 響の来シーズンの予定では、また来年の 12月にデュトワが指揮台に帰ってくる。未だ曲目は発表されていないが、楽しみにしたい。これでブルックナーだったら、ちょっとビックリですな (笑)。

by yokohama7474 | 2017-12-09 23:24 | 音楽 (Live) | Comments(0)  

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