モーツァルト : 歌劇「ドン・ジョヴァンニ」(演奏会形式) ジョナサン・ノット指揮 東京交響楽団 2017年12月10日 ミューザ川崎シンフォニーホール

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東京交響楽団 (通称「東響」) とその音楽監督、ジョナサン・ノットによる、モーツァルト・オペラの演奏会形式上演の第 2弾である。前回の「コジ・ファン・トゥッテ」は大変に楽しくまた充実した演奏であったのだが、改めて確認してみると、あれはちょうどほぼ 1年間、昨年 12月11日に東京芸術劇場で聴いたものであった。今回は「ドン・ジョヴァンニ」である。このブログで日本のコンサートのあれこれを紹介して来ている身としては、ここでひとつ、新たに感慨を覚えることがある。つい 3ヶ月前も、日本のオケがそのシェフ指揮者のもとで、このオペラの演奏会形式上演を行わなかっただろうか。そう、パーヴォ・ヤルヴィ指揮 NHK 交響楽団が、NHK 音楽祭の一環としてこの曲を演奏した。これはたまたまなのか、それともオケの間の競争関係によるものなのであろうか。強調したいのは、いずれの指揮者も世界の最前線で活躍するトップの指揮者であることで、しかも、自らの手兵とともに取り組んだ演奏であるということだ。昔のように、エラい指揮者が特別公演をするのではない。定期演奏会でこそないものの、それぞれのオケの本拠地での演奏であり、つまりはこれらの演奏が、東京のオケの日常ということなのだ。

昨年から 3年がかりでノットと東響が取り組んでいるのは、モーツァルトのいわゆるダ・ポンテ三部作である。昨年「コジ・ファン・トゥッテ」、今年「ドン・ジョヴァンニ」、そして来年には「フィガロの結婚」が予定されている。イタリア人ロレンツォ・ダ・ポンテによるイタリア語の台本に作曲されていて、それぞれに持ち味は全く異なるが、いずれも大のつく傑作なのである。今回演奏された「ドン・ジョヴァンニ」は、稀代の女たらしである主人公の悪辣さと、でもどこか人間くさい部分が入り混じる、なかなかに複雑な性格の作品で、最後はドン・ジョヴァンニが手にかけた騎士長の亡霊が現れて、彼を地獄に引きずり込むという怖い話である。だが日本でもかなり頻繁に演奏されている人気作で、今回も、会場のミューザ川崎シンフォニーホールはほぼ満席だ。昨年の「コジ」は、ここミューザと東京芸術劇場の 2回公演であったが、今年はミューザで 1度きりの上演。これはいかなる理由があるのか分からないが、ちょっともったいないことではないだろうか。今回のリハーサル風景がこちら。
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この写真には指揮者のノットのほかに 8人の男女が写っているが、これが、合唱 (今回も昨年に続き新国立劇場合唱団) を除く「ドン・ジョヴァンニ」の登場人物のすべてである。「コジ・ファン・トゥッテ」ほどの緊密なアンサンブル・オペラではなく、ソロのアリアや様々な組み合わせの重唱もあるが、だがやはり、8人のアンサンブルが精緻でないと成功しない作品である。今回はかなり直前になって、主役とドンナ・エルヴィーラ役の 2人の歌手が急遽来日中止となり、代役に変更になったというトラブルがあったにも関わらず、今回登場した歌手たちは、いずれも見事な出来であった。今回は演奏会形式とはいえ、原純という人が演出を担当して、歌手たちにはほぼ舞台上演並の演技が要求される。もちろん譜面を見ながら歌う歌手などひとりもいない。いわゆる超有名歌手というのはいないし、私もドンナ・アンナ役以外の歌手にはほとんどイメージがなかったが、これは素晴らしい歌手陣であった。以下の 8人である。
 ドン・ジョヴァンニ : マーク・ストーン (英国)
 騎士長 : リアン・リ (中国)
 レポレッロ : シェンヤン (中国)
 ドンナ・アンナ : ローラ・エイキン (米国)
 ドン・オッターヴィオ : アンドリュー・ステイプルズ (英国)
 ドンナ・エルヴィーラ : ミヒャエラ・ゼーリンガー (オーストリア)
 マゼット : クレシミル・ストラジャナッツ (クロアチア)
 ツェルリーナ : カロリーナ・ウルリヒ (チリ)

大変国際的なキャストである。ここにはたまたま英国人が 2人、中国人が 2人入っていて、日本人が全く含まれていないことに注目しよう。日本にもこれらの役を立派に歌える歌手がいるはずで、もしかするとそういう人たちは、このキャストを見て悔しがっているかもしれない。だがここでのノットの意図は、国籍に関係なく、ただ純粋に、国際的な舞台で活躍している歌手たちを揃えたということではないだろうか。日本人を排除するとか、英国人や中国人を優遇するという意図は全くなく、日本で国際的なレヴェルの演奏を成し遂げようというノットの真摯な思いが、ここに見られると思う。ということは、今後ノットのお眼鏡にかなった日本の歌手は、自然にこのようなキャストの中に入ってくることであろう。ノットの東響での任期は 2026年まで。その間に、このような演奏会に実力で登場する日本人歌手が出てくることを期待したい。実際今回の歌手陣も、立派であったとはいっても、日本人が足元にも及ばないというイメージはない。急遽主役のドン・ジョヴァンニを歌ったマーク・ストーンは、ベルリン・ドイツ・オペラでこの役を歌っているほか、オペラとコンサートの双方で活躍しており、ネルソンス、ハーディング、マゼール、パッパーノらの指揮で歌った経歴のある歌手で、圧倒的とは言わないまでも、この悪役を活き活きと歌ったし、それ以外の歌手もそれぞれに立派な経歴で、いずれも安定感がある。だが、繰り返しだが、日本の歌手にもそのレヴェルに到達する可能性は、充分にあると思うのだ。ただ、中でちょっと特別だったのは、ドン・オッターヴィオを歌ったアンドリュー・ステイプルズであろうか。私はこのオペラの中でこの役を見るたびにイライラするのが常である。カップルの相手役であるドンナ・アンナとともに、何やら深刻ぶっていて、本物の人間性をあまり感じないからであろうか。だが最近はちょっと見方が変わってきていて、それは主にドンナ・アンナの歌唱によるものであったが、今回はこのステイプルズの歌うドン・オッターヴィオに、はっとする瞬間を多く聴いた。彼の歌唱は、例えばフアン・ディエゴ・フローレスを思わせる。フローレスがこんな端役を歌うことは考えにくいが (笑)、あの繊細なリリコの声でこの役を歌ったら、こんな感じなのかと思った。ドン・オッターヴィオの歌がこんなに美しいとは、初めて知りました。
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それにしても、前回の「コジ・ファン・トゥッテ」に続いて、指揮者のノットは、今回もレチタティーヴォ (日本語訳は「詠唱」。登場人物たちがセリフを音楽的に語る部分) の伴奏を自分で行っていて、なんとも忙しいこと。伴奏楽器はチェンバロではなく、もう少し進んだ楽器、ハンマーフリューゲルだ。もちろん、レチタティーヴォの部分ではオケは沈黙しているから、指揮者がその伴奏をすることは物理的に不可能ではない。だが、音楽はしばしば、レチタティーヴォから急にオケの伴奏に移るので、そんなときノットは、ハンマーフリューゲルを弾きながら徐々に中腰になって指揮の準備をすることとなった。いやいや、ご苦労様でした。これは昨年の「コジ」のリハーサル風景から。
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そして、やはり今回印象的であったのは、オケの充実ぶりである。弦楽器は極小編成 (第 1ヴァイオリン、第 2ヴァイオリンともに 6名、ヴィオラ 4名、チェロ 3名、コントラバス 2名) であったが、その敏捷な動きと多彩な感情表現は、まさに世界クラス。序曲の序奏部分からして通常よりもかなり速く、いかにも古楽風の響きであるが、その活き活きと弾むリズムや、疾走するメロディを聴いて行くうちに、スタイルのことは全く気にならなくなり、ひたすら音楽の表現力に酔いしれることとなったのである。もちろん木管のニュアンスも万全で、あらゆる個所が見事な輪郭を描いていて素晴らしい。これでこそ、演奏会形式でオペラを聴く意味があろうというものだ。ノットと東響が現在打ち立てつつあるスタンダードは、間違いなく世界に発信できるレヴェルのもの。あらゆるレパートリーにおいて、このコンビのこれからが楽しみなのである。

次にノットが東響に帰ってくるのは、来シーズンの開幕、2018年 4月である。採り上げるのは、マーラー10番のアダージョとブルックナー 9番。これは究極のプログラムである。心して待つこととしたい。

by yokohama7474 | 2017-12-10 22:49 | 音楽 (Live) | Comments(0)  

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