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希望のかなた (アキ・カウリスマキ監督 / 英題 : The Other Side of Hope)

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フィンランドを代表するだけでなく、現代映画界を代表する映画監督のひとり、アキ・カウリスマキの新作である。ちょっと変化球で知られるこの映画作家がここで題材としたのは、難民問題。言うまでもなく、ヨーロッパを中心として現代社会を揺り動かしている深刻な問題だ。だがこの作品の題名は「希望のかなた」。きっとここには、難民が抱える困難な日常を超えたところにある希望が描かれているに違いない、と思って劇場に足を運んだのである。現在 60歳のカウリスマキ監督はこんな人。思ったより恰幅がよい。
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映画のストーリーを追うよりも、まず第一に抱いた印象を記そう。それは、ここには明らかに小津安二郎の影響が顕著であるということだ。一言で表現するなら、それは画面に終始漂う静謐さということになろう。それは本当に小津独自の、あえて言ってしまえば極めて前衛的な手法であったのであるが、彼の死後何十年も経って、遠いフィンランドの監督がそのスタイルを踏襲しようとは、小津自身も思いもよらないことではないか。もちろん私は小津を神にように崇める人間であるから、このように現代を代表する映画作家に対して小津が強い影響を及ぼしていることだけでも、大いなる感動を覚えるのである。
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だが、その手法はともかく、ここで語られるストーリーは小津映画とは似ても似つかないものだ。上述の通り難民をテーマとしているのだが、それは非常にストレートで、シリアから石炭を積んだ船がヘルシンキに辿り着いたとき、その石炭の山の中からすすだらけの顔を見せる男、カーリドが主人公。演じているのは実際にシリアに生まれて 15歳でフィンランドに渡ったシェルワン・ハジ。
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ここでの彼の演技をどのように評価しようか。いわゆる一般的な意味での熱演というものとは少し違うような気がする。この難民が生きるために行わざるを得ないあれこれの懸命な行為を、彼はただ淡々とこなしているように見える。ここで彼は、生き別れになった妹を探したり、生きるために無一文から職を求めたり、それはそれは過酷な運命に立ち向かうのだが、時に喧嘩をすることはあっても、決して絶望の涙も流さなければ、情熱に身を任せての絶叫もない。それこそ小津映画の主人公のように、監督が作り出した架空の世界での擬制の生を生きているように見えるのである。
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そしてカウリスマキらしく、乾いた笑いを誘う箇所がいくつもあって、小津映画云々に対してイメージを持てない人でも充分楽しめる作りになっている。中でも我々日本人としては、主人公たちがナンチャッテ日本料理店を開き、そこに日本人ツアー客がやってくるシーンでは、笑いをこらえることは難しいだろう。こんな面々による寿司を提供された客たちは、皆無言で去って行くのである。気合の入ったオリジナルののれんも虚しい (笑)。
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そしてここでもまた、観客の感情移入を誘う登場人物 (?) がいる。レストランでかくまわれているという設定の、このワンちゃんだ。このつぶらな瞳がたまらんですなぁ。
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実はこのワンちゃん、名をヴァルプといい、実際にカウリスマキの愛犬であるそうだ。これはこの作品のセットでの一コマ。
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次の写真のシーン、本当はここでは見せたくないのだが、勢いで載せてしまおう。劇中のどこで登場するシーンであるかは伏せておくが、大変に感動的なシーンである。ここで主人公カーリドは、過酷な運命の中に、まさに希望のまた違った側面 (英題の直訳はこれである。「かなた」= 「遠く」というニュアンスはない) を発見したものと思う。それにはこのヴァルプの名演技が大きく貢献しているのである。
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プログラムにはカウリスマキのメッセージが掲載されている。それによると、彼がこの映画で目指したのは、「難民のことを哀れな犠牲者か、さもなくば社会に侵入しては仕事や妻や車をかすめ取る、ずうずうしい経済移民だと決めつけるヨーロッパの風潮を打ち砕くこと」だそうである。ヨーロッパでは歴史的に様々な偏見が蔓延したことがあるが、それに対して資本主義の矛盾を批判する左翼的な映画が生まれた。カウリスマキ自身はこの「希望のかなた」をそのような作品のひとつと位置付けている。だがそのような企ては失敗に終わることが多く、そのあとに「ユーモアに彩られた、正直で少しばかりメランコリックな物語」が残ることを願うとのこと。なるほど、難民問題の真実を深刻に描くよりも、つらい現実の先にある人間性に期待して作られた映画であると理解する。いやもちろん、この映画には上で触れていない、気の滅入るような深刻な場面もいくつかあるのだが、それは今実際に世界で起こっている現実と認識しながらも、その上で、過酷な現実を乗り越えるべく人間が本来持っている強さには、笑いやメランコリーというものが含まれるということを感じたい。この映画に大いに笑い、そして目を開いて主人公たちの運命を見ることで、難民問題に対して今すぐ何ができるでもない我々も、せめて想像力の中で希望を抱くこと。それは映画ならではの貴重な経験であり、現代の名匠カウリスマキの手腕に身を委ねる行為なのであると思う。

by yokohama7474 | 2018-01-08 23:30 | 映画