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壽 新春大歌舞伎 二代目松本白鸚、十代目松本幸四郎、八代目市川染五郎襲名披露 2018年 1月 7日 歌舞伎座

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私は決して歌舞伎に詳しい方ではないが、人並みには興味があって、できれば毎月でも見に行きたいのであるが、いかんせん日常生活には時間の限りというものがあり、普段これだけ西洋音楽のコンサートに通い、見たい映画も劇場スケジュールとにらめっこして決めている身としては、どうしても能・歌舞伎・文楽という伝統芸能、それから現代演劇を見る機会は少なくなってしまう。だが歌舞伎の場合にはひとつのチャンスがある。正月早々に始まる新春歌舞伎である。東京では、今回私が見た歌舞伎座のものに加え、新橋演舞場や浅草公会堂でも 1月 2日または 3日から興行が始まり、ほぼ月末まで毎日、それぞれ午前の部と午後の部がある。これは大変な公演数だ。特に新年早々から成人の日にかけては、クラシックのコンサートはあまり開かれていないので、歌舞伎を見るよいチャンスである。しかも今回は歌舞伎界の一大イヴェントが開かれるから、なおさら興味をそそられるのだ。歌舞伎座に直結している地下鉄東銀座駅にも、そのイヴェントのポスターが貼ってある。
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歌舞伎座に辿り着いて、あたりの景色を見てみよう。
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そう、松本幸四郎が二代目松本白鸚を、その息子市川染五郎が十代目松本幸四郎を、そのまた息子松本金太郎が八代目市川染五郎を、それぞれ襲名する、そのお披露目公演なのである。歌舞伎界の長い伝統の中でも、三代揃っての襲名披露は 37年ぶりとのことで、その 37年前の襲名披露とは実は今回と全く同じで、やはり当時の松本幸四郎が松本白鸚を、市川染五郎が松本幸四郎を、松本金太郎が市川染五郎を襲名したものであったのだ。つまり、高麗屋の屋号を持つ彼ら三代が、世代をひとつずらして今回も同時襲名したことになる。私などは二代目白鸚を初めて知ったのは中学生の頃、大河ドラマで彼がルソン助左衛門を演じた「黄金の日日」(1978年) であったのだが、当時彼は未だ市川染五郎であった。その後彼は 1981年の襲名によって松本幸四郎となったのだが、私の感覚では、それはつい最近の出来事。それが 37年前とは実に驚きだ。いやー、時の経つのは早いものである (笑)。それから、思い返せば 2年前にも私は歌舞伎座で新春歌舞伎を見て、その際、この高麗屋三代の共演に接したのであった (2016年 1月 3日の記事ご参照)。それが今回揃って新名跡の襲名とは、実にめでたいことである。普段なかなか歌舞伎を見ることができない私にとっては、これは本当にワクワクするような機会になったのだ。私と家人が見に行った夜の部は 16時30分に開演し、3回の休憩を挟んで 4つの演目 (襲名披露の口上を含む) を見て、終演は 21時。やはり歌舞伎は大変に長いのである。そしてそこに登場した役者たちも大変豪華で、もう満腹である。

まず最初の演目は、「双蝶々曲輪日記 (ふたつちょうちょうくるわにっき)」から、「角力場」。1749年に大坂竹本座で初演された作品で、大坂を舞台とした上方の世話狂言であるらしいが、この場では、その題名通り、相撲取りが 2人登場する。現実社会では近頃何かとお騒がせの相撲界であるが、もちろんここでの演目設定は、最近の相撲界の不祥事が発生する前になされたものであろうから、深読みする必要はないだろう。江戸時代当時の最上級位である大関の濡髪長五郎と、素人相撲で名を上げた放駒長吉という力士たちが、それぞれの贔屓筋から、あるひとりの遊女の身請けを頼まれるのだが、格上の長五郎が長吉との取組でわざと負け、身請け話を有利に進めようとするため、長吉が憤慨するというストーリー。全編の上演ではなく、ひとつの場だけなので、この 2人の力士たちのやりとりに決着がつくことがなくて、しかも遊女の身請けをなぜに力士が引き受けるかがよく分からないので、あまり一般受けする内容ではないように思う。そしてこの演目には、今回襲名披露を行った高麗屋の三代の誰も出ていないのだが、プログラムに掲載されている各演目の過去の上演記録を見ていると、2014年 10月に、当時の幸四郎と染五郎親子がこの演目で共演していたことが判明。調べたら写真が見つかりましたよ。角力場ではないようだが、左が濡髪長五郎を演じる幸四郎 (現・白鸚)、右が放駒長吉を演じる染五郎 (現・幸四郎)。力強く王者の風格ある長五郎と、いかにも町人上がりで線の細い長吉との対照が面白いが、それはまた、この親子の役者としての適性もそれぞれに示しているようにも思う。
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上記の通り、町人が遊女を身請けするのに相撲取りを利用したということは、やはり力の強い者に頼ることによってライバルに差をつけようとしたということなのであろうか。江戸時代の (そして実は現代にも続く) 日本の社会には、このようなしがらみが沢山あったのであろう。そのしがらみを、役者の見栄というスタイルで形式美に高めた我々の祖先の感性は素晴らしいではないか。また、今回の配役はなかなかに華やかで、長五郎に中村芝翫 (まぁ、私などにとっては橋之助という名前に未だなじみがあるが)、長吉に片岡愛之助。遊女吾妻には中村七之助である。それぞれに大変持ち味がよく出ていたが、特に愛之助の演じた長吉は、実は長五郎の贔屓である町人の山崎屋与五郎と二役。長吉が花道の奥に消えたかと思うと、その後まもなく舞台上の相撲小屋の中から与五郎として出てくる場面の早変わりは見事であり、歌舞伎の面白さを改めて実感させてくれた。

休憩を挟んで行われた口上は 25分が予定されていて、一体何人が挨拶するのかと思いきや、主役 3人以外になんと 19人。
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高麗屋三代の向かって右に座って司会役を務めたのは、坂田藤十郎。既に 86歳の人間国宝で、文化勲章受章者である。順々に挨拶をして行った 19人には、白鸚の実弟、中村吉右衛門や、市川左團次、片岡孝太郎、中村梅玉、中村雁治郎と扇雀兄弟、中村勘九郎と七之助兄弟、それに最初の演目で共演した中村芝翫に片岡愛之助も。ベテランから若手まで揃った豪華な顔ぶれである。真面目な口上もあれば思わず笑ってしまうものもあり、大変楽しい雰囲気であったが、当人たちはほかの人たちの口上の間はピクリともせず、自らの番では緊張感溢れる面持ちで挨拶した。もちろん芸の道は厳しいもの。周りの人たちはともかくも、本人たちは当然、伝統を担う緊張感を持ってその場に臨んでいたことだろう。

さてこの後 30分間の休憩時間に、予約してあった「襲名御膳」なる弁当を 3階の食堂で食べた。お値段 3,500円と多少高価ではあったものの、開演前に予約コーナーを見つけて家人に「まぁ、せっかくの襲名披露だからね」と同意を求めると、家人の返事の前に係の人から、思いがけず「ありがとうございます」と返事を頂いたことで、後顧の憂いなく (?) 予約することにしたのであった。弁当の中身は、高麗屋三代それぞれの好物に、多少おせち風の内容を合わせてあり、なかなかに美味でしたよ。それから、ふと見ると、先日京都で見た岡本神草展でその名を知った日本画家、菊池契月の作品が壁にかかっていて、これもまた感激。
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さてその後はメインの「勧進帳」である。もちろん歌舞伎十八番のひとつの人気演目であり、私も今回が 3度目の実演体験になる。今回の話題はなんといっても、弁慶を新・幸四郎、義経を新・染五郎が演じ、富樫を幸四郎の叔父にあたる吉右衛門が演じることである。この弁慶は高麗屋の家系の当たり役とのことで、新・白鸚はこの役を今まで 1,100回以上演じてきたという。これは、「ラ・マンチャの男」の 1,200回とほぼ並ぶ数であり、いかに彼がこの役に入れ込んできたかが分かろうというもの。調べてみると新・幸四郎はこの役は初めてではなく、2014年11月に一度演じており、その際の富樫は父である新・白鸚、義経は叔父である吉右衛門であったようだ。そうしてみると、ひとりの歌舞伎の演じる役柄というものは、年や役者の持ち味によらず、あ、それから時には演じる役の性別によらず、様々に変わりうるということになる。これが今回の幸四郎の弁慶と、染五郎の義経の姿。
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実際に見てみると、吉右衛門の富樫は、あえて高い声で弁慶の唸り声との対照を出していて、その凛とした存在感には図抜けたものがあったと思う。幸四郎の弁慶ももちろん熱演であり、この芝居の醍醐味を充分に表現していたとは思うが、きっと年を取って行くともう少し緩急というか、情熱の表現にさらに幅が出てくるのではないかとも感じた。年とともに役者の芸が円熟して行くのが歌舞伎の面白いところであろう (私は実際にそんな経緯を実体験するほどの歌舞伎ファンではないものの、その点は容易に想像がつく)。その意味では若い (って、12歳だからとても若い) 染五郎に至っては、これから本格的な役者の道を辿って行くわけで、今後の楽しみはさらに大きい。今回彼が演じた若い義経は、イメージ的には役柄にぴったりで、その年にしては緊張感のある演技だったと思うが、もし老人が (そう、上記の通り、例えば今回富樫を演じた吉右衛門が) この役を演じたらきっと面白いだろうし、それがまた歌舞伎の醍醐味でもあるのかな、とも思った次第。また、義経のほかの 4人の家来には、ここでも芝翫、愛之助と、雁治郎、歌六が安定して演じていた。それにしてもここでの弁慶、本当に機転と勇気による危機一髪であり、何度見ても面白い芝居だ。私も仕事で危機に面したときは、いつもこの芝居の弁慶を思い出して、なんとか窮地を脱するべく努力しております (笑)。

最後には舞踊があって、演目は、中村扇雀と片岡孝太郎による「相生獅子」と、中村雀右衛門、中村雁治郎、中村又五郎による「三人形」。前者は二人の姫が扇を手に踊っているうちに獅子の精が乗り移るというもの。後者は、傾城、若衆、奴の 3つのが人形に魂が宿り、吉原の情緒を踊り (と、セリフもあった) で表現するというもの。いずれも奇抜な設定の踊りであり、江戸時代の日本人の想像力の豊かさに驚いたものであった。

4時間半の長丁場であったが、やはり歌舞伎のワクワク感は何物にも代えがたい。高麗屋三世代のさらなる活躍を祈りながら、また面白い芝居を見てみたいものだと切望しているのである。

by yokohama7474 | 2018-01-10 00:48 | 演劇