大野和士指揮 東京都交響楽団 2018年 1月10日 サントリーホール

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私にとって 2018年の 2回目のコンサートは、大野和士と彼が音楽監督を務める東京都交響楽団 (通称「都響」) の定期公演である。このブログではこのコンビの演奏会を何度も採り上げ、その多くを高く評価して来たし、その中でも最近のものは、つい昨年末の第九なのであるが、今月このコンビは、3回の演奏会で、なかなかにハードな 2種類のプログラムを採り上げる。今回の曲目は以下の通りである。
 リヒャルト・シュトラウス : 組曲「町人貴族」作品60
 ツェムリンスキー : 交響詩「人魚姫」

うーむ、これは聴くべき内容であろう。その理由をまず述べたいと思う。そもそも生演奏でオーケストラを聴く醍醐味とは、どの音が正確だったとかきれいだったとかという点にのみあるわけではなく、また、ある演奏を評価するに際し、どこでミスがあったとか、どこの難所をうまく切り抜けたとか、そんなことばかりに気を取られていてはいけないと私は思っている。いやもちろん、このブログでもそのようなことを話題にすることもあるが (笑)、それでもやはり私は、東京で音楽を聴くことの意味を常に考えていたいと思っているのである。つまり、明治以来 150年、この国における西洋音楽の受容や、自らの手による表現も、既に長い歴史があるということであり、先人たちの様々な工夫や努力によって培われてきたことを今こそ実感したい。東京のオケは個性がないという評価がかつてはあったが、既にその時代は過ぎ、それぞれのオケにおいて、独自の歴史に依拠しながら個性が育っているものと思う。そんな大仰なことをここで書くのは、今回の大野と都響の 2つのプログラムから、かつてこのオケが急速に発展した時代のことを思い出すからだ。それは 1986年から 1995年までの、故・若杉弘が音楽監督を務めた時代である。ちょうど私が学生時代から社会人の初期の頃に当たるわけで、しかも時代はバブルを経験。世はマーラーブームなどとも呼ばれ、幾多のマーラーの名演奏が東京の舞台を賑わせた時代でもあった。若杉は大変知性に溢れた文化人であり、いわゆる職人性においては、さらに優れた指揮者はほかにもいたかもしれないが、その高い知性と音楽への深い愛に裏打ちされた貪欲な演奏姿勢は卓越しており、そんな彼を、私はいつも尊敬していた。都響時代に限らず、国内外でこの人が残した偉大なる業績は、いずれ正しく再評価すべき時が来ることは間違いないだろう。
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都響はこの時代のあと、存続の危機すら伴う相当の苦境も経験することにもなり、それを克服してこそ今があるわけだが、若杉時代に行った、ドイツ古典派からロマン派、フランス音楽や内外の現代音楽までの広いレパートリー、なかんずくワーグナー、マーラー、R・シュトラウスを中核としたその演奏活動がなかったら、今日の発展はなかったかもしれない。実は今月の大野と都響のプログラム 2種は、いずれも若杉が得意としたものであり、恐らくは新たな黄金時代を築きつつある大野 / 都響のコンビが、今改めて世に問う音楽は、楽団の歴史を振り返ることでもあるのだと思う。実際今回の 2曲、まるで若杉その人の演奏会の曲目のようではないか。そう思って手元にある過去の都響の演奏会プログラムを調べてみると、記憶にある通り、私はいずれの曲も、若杉 / 都響で生演奏を聴いているのである。「町人貴族」は 1994年10月25日に、「人魚姫」は 1989年10月 20日に。前者は定期公演で、もともとこの芝居に劇中劇として含まれていた歌劇「ナクソス島のアリアドネ」とともに。後者は大いに話題となったマーラー・ツィクルスの第 4回で、「巨人」のブダペスト初稿版とともに。実は後者は、この「人魚姫」と、それから「巨人」の初稿のダブル日本初演という貴重な演奏会であったのである。
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今回の演奏について少し述べよう。最初の「町人貴族」は非常に小さい編成であるので、指揮台は使用されず、楽器配置も、指揮者の向かって右側に管楽器と打楽器、向かって左側に弦楽器という変則だ。ここで大野は譜面を見ながら、この洒脱なバロックのパロディのような音楽を丁寧に描き出した。大野の指揮にはもともと、親しみやすいカリカチュア性とでもいうべき面があるといつも思うが、それはこのような曲には向いているものと思う。ただその一方で、やはり音楽の流れが速く強くなる場面、つまりシュトラウスのロマン性がより明確になる場面の方が、静かな場面よりも説得力があったのではないか。これはやはり楽団の持ち味ではないだろうか。表現の幅という意味では、都響といえども、まだまだ伸びる余地があるということかと思う。

メインの「人魚姫」であるが、この曲などは、まさに最近の大野 / 都響が指向するポスト・マーラー演奏における恰好のレパートリーであろう。作曲者のアレクサンダー・フォン・ツェムリンスキー (1871 - 1942) はウィーン世紀末を語るには欠かせない名前であり、より正確には、マーラーとシェーンベルクをつなぐ重要な存在である。
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マーラーよりは 11歳下、シェーンベルクよりは 3歳上。彼の音楽は濃厚な後期ロマン派のスタイルで書かれていて、決して晦渋ではない。この「人魚姫」は、抒情交響曲と並んで彼の代表作とみなされている。アンデルセンの童話に基いているが、明るいメルヘンではなく、死の影に包まれた陰鬱さと、重厚な音響が交錯する 45分の大作だ。作曲されたのは 1903年で、まさに世紀末文化がモダニズムに移行する前の爛熟期。実は私は今回の演奏会のプログラムで初めて知ったのだが、この「人魚姫」は 1905年に作曲者自身の指揮で初演されているが、その同じ演奏会で、なんとなんと、シェーンベルクのやはり初期の濃厚なロマン的大作、交響詩「ペレアスとメリザンド」も、作曲者自身の指揮で初演されたそうである!! すごい演奏会もあったものだ。時代の空気が濃厚に感じられるではないか。だがシェーンベルクの「ペレアス」の方は、メジャー曲とは言わないまでも、その後も著名指揮者たちによって継続して演奏された (カラヤンも録音を残しているし、ベームも実演では採り上げ、メータやバレンボイムにとっては重要なレパートリーだ)。それにひきかえこのツェムリンスキーの「人魚姫」は、結局出版されず、スコアも散逸してしまったそうである。それが再発見されたのは 1980年で、その 4年後に蘇演を行ったのはペーター・ギュルケ (ベートーヴェンの楽譜の校訂で知られる人で、N 響で第九を振ったこともある)。だが、なんといってもこの曲が世間の注目を集めたのは、1986年に当時のベルリン放送響を指揮したリッカルド・シャイーによる世界初録音であったし、私もその演奏でこの曲に親しんだものだ。以来、それなりには聴かれるようになった曲だが、未だ人気曲とは言い難い。だがここで大野は、譜面台も置かずに暗譜で指揮をして、ダイナミックな曲の持ち味を充分鮮やかに描き出したのである。いつもの通り、マーラー・オケとしての実績を誇る都響の音にはずっしりと情報量が詰まっていて圧巻である。やはり前半のシュトラウスの小規模な曲よりもこちらの方が、格段に聴きごたえがある。私は、29年前に若杉と都響が行ったこの曲の日本初演の演奏についてはまるっきり覚えていないが、もちろん今回ほどのレヴェルには達していなかったであろう。このほぼ 30年間の間にこのオケが果たした躍進には、実に目覚ましいものがあると思うと、感慨もひとしおであった。
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実は私にはもうひとつの記憶があって、それは、随分以前に、この大野が N 響を振って同じツェムリンスキーの「人魚姫」を演奏した録画を見たということである。そこで帰宅して、ビデオテープからダビングして保存してあるブルーレイディスクを探し当てて見てみると、ありましたありました。それは 1995年 7月29日の演奏で、会場はやはりサントリーホールであった。せっかくなので、少し冒頭の方の映像をお見せしよう。この時から大野はこの大曲を暗譜で振っていたことが確認できる。やはり古い録画を取っておくと、いつかは役に立つものなのですな (笑)。
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かくして日本のオケの歴史は連綿と紡がれて行く。それを目撃できる我々は恵まれていると私は思うのだが、残念ながら今回の演奏会には、空席がかなり目立った。ツェムリンスキーの知名度は未だに低いということだろうか。実は大野と都響は来シーズン、10/24 (水) の定期演奏会で、この作曲家のもうひとつの代表作、抒情交響曲を採り上げる。これはマーラーの「大地の歌」がお好きな方はきっとお好きであろうから、是非多くの方に、会場の東京文化会館に足を運んで頂きたいものである。それからもうひとつ。若杉弘は 1935年生まれ (小澤征爾と同い年) であったので、都響の音楽監督であったのは、51歳から 60歳の頃。1960年生まれの大野和士は今年 58歳。ちょうど当時の若杉と同世代ということになる。その意味でも、巡りくる歴史に思いを馳せることができて面白い。今月のもうひとつの大野 / 都響のプログラムでも、そのあたりを考えてみることとしたい。

by yokohama7474 | 2018-01-11 01:08 | 音楽 (Live) | Comments(0)  

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