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表現への情熱 カンディンスキー、ルオーと色の冒険者たち パナソニック汐留ミュージアム

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東京・汐留のパナソニック汐留ビル内にあるパナソニック汐留ミュージアムは、面白い企画展をやっていることがあるので、時々足を運んでいる。もちろん、企画展だけではなくて所蔵品もそれなりに充実していて、特にジョルジュ・ルオー (1871 - 1958) のコレクションで知られている。この展覧会は、館蔵品だけではなく、パリのルオー財団の協力のもと、国内有数のドイツ絵画のコレクションを誇る宮城県美術館などからも出展を仰いで開催されたもの。興味を引くのは、主人公たるべきルオーと組み合わされている名前である。それは、ワシリー・カンディンスキー (1866 - 1944)。生年を比べてみると同世代と言えるが、この 2人を比較するという発想は、私にはなかった。なぜなら、ルオーはフランス人で、サーカスやキリストを厚塗りの絵具で描いた人であり、人間性の真実を問い続けた重い作品が中心で、一般にはフォーヴィスムに分類されている。一方のカンディンスキーはロシア生まれで、バウハウスの教官を務めるなどドイツで活躍しながら、人間のしがらみを超えた楽しげな抽象画に至った人。さらに言えば、より私の好みに近いのはカンディンスキーであり、純粋なかたちと色の面白さには、いつも舌を巻くのである。それにひきかえルオーの作品は、その情緒はよく分かるものの、気分によっては少し重いかなと思うこともある。だがこの 2人には実は接点があったらしい。それは、1907年頃、ルオーが当時館長を務めていたパリのギュスターヴ・モロー美術館 (これは私も身震いするほど大好きな場所) での出会いであったとのこと。そしてカンディンスキーはルオーの作品に接する機会を得たらしいのである。この展覧会は、この 2人の偉大な画家の作品と、同時代にあってこの画家たちの中間に位置するとも考えられるドイツ表現主義、それからパウル・クレーの作品を集めて成り立っていた。

と、着眼点は大変面白く、充実した展覧会であったことは間違いないのだが、少しだけ苦言を呈するならば、ルオーとカンディンスキーの間の意外な影響関係や、それぞれの画家とドイツ表現主義との異同といった観点での明確なメッセージは、残念ながらそれほど感じられなかった。つまり、偉大な芸術家の間の有機的なつながりにまで思いを馳せるよりは、結局、それぞれの画家のそれぞれの作品を楽しむ内容であったような気がするのである。以下では、図録の掲載順にいくつかの出展作を紹介して行くが、私自身、そのつながりに必然性を見出せるか否かは定かではない。従って、まとまりのない記事になってしまうかもしれないので、その点は何卒ご容赦を。ただもうひとつ言えるとするなら、この展覧会のタイトルになっている「表現への情熱」、これはひとつのキーワードにはなっていると思う。奇しくも前回の記事で、知られざる日本の初期のパステル画家たちを紹介した際にも、彼らや、パステルを開発した業者の情熱に打たれたということを書いたが、いつの時代、いつの場所でも、芸術家の表現に賭ける情熱こそが、スタイルを超えて人を感動させるものなのだと思う。

さてそれでは作品を見て行こう。まずは、ポスターにもなっているこの絵である。
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一見いかにも表現主義的に見える作品。だが私が気になったのは、手前中央に見える長髪の男性である。このメランコリックな表情と、まるでクローズアップのように大きく描かれた人物 (実は大きさはその右に見える後ろ向きの人物と変わらないが、その人物は、顔が見えないことと、白い衣装によって、完全に風景に埋没している) は、表現主義の感性とは遠いものに見える。この作品は、宮城県美術館のコレクションで、カンディンスキーの「商人たちの到着」(1905年作)。後年の彼の自由な抽象画を知っていると、とても同一人物の作品とは思えないが、でもよく見るとその色使いの豊かさや、動きを感じさせる形態などにはやはりカンディンスキーらしさも伺い知ることができる。当時彼はミュンヘンにいたが、これはパリのサロン・ドートンヌに出品されたもの。故郷ロシアの伝統的な風俗をテンペラで描いたもの。一方、その頃のルオーの作品がこれだ。
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1902 - 1909年作の「縁日」。これは上のカンディンスキーよりも、よほど抽象画に近いではないか!! (笑) 後年彼がよく描いたサーカスの情景ではあるものの、人々の顔は描かれておらず、どっしりとした厚塗りではない、疾走力のある作風が面白い。さらに 2人の比較を続けると、これが 1904年作のカンディンスキーの「夕暮れ」。こちらも宮城県美術館所蔵であり、やはりパリのサロン・ドートンヌ出品作。暗闇から浮かび上がるような人々が独特の詩情を醸し出しており、少し版画のような平面性もあって、後年の抽象画とは違った印象の作品。
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それに対し、これはルオーの 1909年の作品、「法廷」。テーマは既にルオーらしい人間の醜さになっているが、これも上のカンディンスキー作品と同様、暗闇から浮かび上がる人物像であり、ただ抒情的であるだけではなくて、色と形の造形の妙を感じさせる。なるほどこうして見ると、この全く異なる 2人の画家がこの時期、パリで接点を持っていたことに想像力が及んで行く。
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ここで展覧会はルオーの初期の作品に移って行く。これは「人物のいる風景」(1897年作)。26歳のときの作品ということになるが、その水墨画すら思わせる夢幻的な表現はなかなかのもの。その点は、さすがモローの弟子という印象を抱く。
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これはさらに若い頃の作品、「ヨブ」(1892年作)。まさにモローのもとで修業していた頃の作品だが、なるほどここには後年のルオー作品の萌芽が見られよう。
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そしてこうなるとどう見てもルオーだ。1909年作の「道化師」。フォーヴという分類も納得できるものがある。
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これも、ルオー独特のフォーヴのタッチではあるかもしれないが、色使いもきれいなら、構図もなかなか安定感がある。「ブルターニュの風景」(1915年作)。
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これはやはりルオーの「踊る骸骨」(1939年作)。ボードレールの「悪の華」をテーマにした色彩版画が企図されたが、結局実現せず、このような断片的な習作のみが残された。ボードレールの退廃にはもう少し華麗さがあるので、例えば骸骨の踊りでも、綺麗な衣装を着ている方がそれらしいようにも思うが、ルオーの感性からすると、装飾のない裸の骸骨にこそ、生と死の深みがあるということだろうか。
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さて、展覧会はドイツ表現主義に入って行く。だがそこには、この範疇があまり似つかわしくない、いや、そもそもどんな流派にも属さないとしか言いようのない独自の作風を持った画家、パウル・クレー (1879 - 1940) も入っている。クレーはスイス人だが、ミュンヘンに学び、そこでカンディンスキーとも親交を得た。これは「紫と黄色の運命を持つ響きと二つの球」(1916年作)。まるで今でいうアール・ブリュット、つまりはアウトサイダーアートのようである。
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ルオーの作品には、ドイツ表現主義との共通点を感じさせるものも確かにある。これは「アフリカの風景」(1920年以降)。当時活躍した画商、アンブロワーズ・ヴォラールがテキストを書いてルオーが挿絵を描いた「ユビュおやじの再生」という豪華本から。ふーん、この本は、アルフレッド・ジャリの「ユビュ王」とは関係ないのだろうか。
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さてここで、典型的ドイツ表現主義の絵画をご紹介。マックス・ペヒシュタイン (1881 - 1955) の「森で」(1919年作)。いわゆるブリュッケ (ドイツ語で「橋」の意味) というグループに属する画家である。私はこのタイプの作品が大好きで、ブリュッケに対する思い入れも深い。思い返せば、日本で初めてこのブリュッケの画家たちが体系的に紹介されたのは、1991年の「ドイツ表現主義 ブリュッケ展」。首都圏では目黒区美術館と、今はなき神奈川県立美術館で開催されたが、私は後者で見たのである。それは素晴らしい文化体験であった。
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そして、若干とりとめがないのだが、またパウル・クレーの作品。「ホフマン風の情景」(1921年作)。バウハウスの教授に就任した彼が、その理念を社会的に広める目的で発行した「新ヨーロッパ版画集」第 1集のうちの 1枚。ホフマンとは言うまでもなく、E・T・A・ホフマンである。幻想の世界であるが、クレーの場合には、どんな世界も透明感のある冷たい感覚のものとして表現される。
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これはアルフレート・クビーン (1877 - 1959) の「騎士ローラント」(1921年作)。これも「新ヨーロッパ版画集」第 5集の中のもの。クビーンは、前にも何かの記事で触れたように記憶するが、退廃の極致を描いた人で、ちょっと病的な作品が多いのであるが、これはまだ健全な方 (?) である。しかしそれにしても、この展覧会で登場している画家たちは皆近い世代であって、なるほどそうだったのかと気づかされる。
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展覧会の主役のひとり、カンディンスキーが抽象の世界に入ってからの作品を。1923年作の「素描」。図録から写真撮影して、画像をデジカメから取り込むときに、「えぇっと、どっちが上だっけ」と、グルグル回転させてしまいました (笑)。カンディンスキーの作品には音楽性があるとよく言われるが、私もそうだと思う。また、こんな作品は誰にでもできそうで、決してそうではない点に、芸術の奥深さがある。
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これに色がついてさらにリッチになると、この「活気ある安定」(1932年作) のようになる。カンディンスキーもこうなってくると、例えばミロなどとの共通性も感じさせるが、ミロよりは幾何学的要素が多いと思う。それにしてもこの人の作品は、見ていて本当に楽しくなるのである。
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そして、なぜか気になるクレーをさらに 2点。「樹上の処女」(1903年作) と「綱渡り師」(1923年作)。20年の隔たりがあるとはいえ、この作風の違いは一体なんだろう。本当に、自分の内面を悟られないように細心の注意を払いながら、表面上はただ好き勝手に作品を作っているように見えるあたりに、全く独自なものを感じる。
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そして最後に、これぞルオーという作品、「聖顔」(1939年作) を掲載しておこう。もちろん、ここパナソニック汐留ミュージアムの所蔵作品である。
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上でも書いた通り、偉大なる芸術家たちの異なる個性のぶつかりあいを辿るというよりも、かなりアドホックな作品群であったという思いは否めないものの、少なくとも、20世紀初頭のヨーロッパ絵画の流れのひとつの傾向は明確に感じられた。つまりは、ここに後期印象派やシュールやキュビスムなどが混じってくると本当に訳が分からなくなるところ、それらとは違って、ルオー、カンディンスキー、クレー、そしてドイツ表現主義の画家たちに共通する感性は、確かに感じることができたのである。鑑賞者による好みはあるだろうが、私はこのような画家たちの感性に打たれるし、また、自らのスタイルを追い求める芸術家の情熱も、この展覧会のテーマのひとつとして、しっかり感じて来ましたよ。

by yokohama7474 | 2018-01-13 01:42 | 美術・旅行