ユダヤ人を救った動物園 アントニーナが愛した命 (ニキ・カーロ監督 / 原題 : The Zookeeper´s Wife)

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相変わらずナチスを題材にした映画が、数多く制作されている。この映画と、それから、この次に採り上げる映画も、いずれもナチスに関連したもの。これは私のイメージだが、世界が未だ東西に分かれた政治体制によって秩序が保たれていた頃には、ナチスは絶対悪として、物語の中で善玉によって倒されるべき対象であったような気がする。その典型例はインディー・ジョーンズ・シリーズではないだろうか。だが昨今のナチスを題材とした映画には実話に基づくものが多く、そこでは大抵歴史的なドキュメンタリータッチによって、その時代の人々の苦しみや希望が描かれることになる。この映画の場合は、もうその邦題で内容がバッチリ分かってしまうのだが、戦時中のポーランドでユダヤ人たちを救った動物園が主題である。ただ、原題を直訳すると「動物園経営者の妻」ということになり、冠詞が "a" ではなく "the" であることから、特定の人のことを指していることが分かる。私はこのブログでよく邦題と原題を比較しているが、今回も、このような説明調のタイトルにしなければ気がすまなかった配給会社の意向に、やはり疑問を抱くものである。日本語の語感に限界があるとも言えるかもしれないが、説明調にするほどに観客の想像力に訴える要素が減ってしまうように思うのである。

ともあれ、この映画の見どころはまず、主演女優にある。ジェシカ・チャステインだ。
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つい先だっても彼女が主演した「女神の見えざる手」を絶賛した私であるが、その中で、「ゼロ・ダーク・サーティ」以来彼女は、自立心に富んだ女性を演じていると書いたのだが、ここでの彼女の役柄はちょっと違っていて、動物園経営者の妻として、旦那に従って行動する受け身の女性である。そして、「女神の見えざる手」では資本主義の究極の姿である現代米国の首都での、生き馬の目を抜く激しい生活を送る女性であり、その言葉はまるでマシンガンのようであったが、この映画では一転して 1930年代から 40年代のポーランドで動物たちを相手に暮らしている主婦。喋る英語も東欧訛りであり、戦争という抗えない過酷な運命に翻弄され、動揺したり泣いたり弱気になったりするのである。だが、この女性を「受け身」と書いてしまった私は恐らく間違っていて、「女神の見えざる手」のバリバリのロビイストにように自らの使命を力強く遂行するのではなくとも、容赦なく回る歴史の歯車の中で、ただ運命に翻弄されるのではなく、自らの信念を持って勇気ある行動を取る、そんな女性なのである。従ってここでは、このジェシカ・チャステインの演技がまず何よりも映画の見どころであると言ってしまおう。だがそれにしても、このようなシーンは、やはり動物が好きでないと、なかなか引き受けることはできないものではないだろうか (笑)。
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動物ものには時に偽善的な雰囲気がつきまとうことがある。つまり、人間世界は欲にまみれて腐っているが、動物たちはピュアな命を持っていて、汚れのない存在であるというメッセージが必要以上に強調されてしまうと、うさん臭さも出てきてしまうのだ。その点、この映画は巧みにできていて、前半では動物たちと平和に暮らす動物園のオーナー夫婦 (夫は動物学者である) の様子が描かれるが、戦争、つまりこの場合は、舞台となっているポーランドにドイツが侵攻してきたことを言うが、それが起こってしまったあとは、動物園はほぼ空になってしまうので、動物の汚れのなさに焦点が当てられず、人間の愚かさだけが描かれる。その愚かさがあるからこそ、そこで称揚されるべきは、尊厳をもって運命と闘う人たちの勇ましさが強調されるのである。従って、ここで描かれているのは徹頭徹尾、「人間」であると言ってよいであろう。

役者では、ナチスの高官でやはり動物学者である役柄を演じるダニエル・ブリュールが印象に残る。代表作は、ニキ・ラウダを演じた「ラッシュ プライドと友情」であろうが、このブログでも、「ヒトラーへの 285枚の葉書」におけるやはりナチの高官の演技を称賛した。ここで彼が演じるヘックは、まずは戦争が始まる前に動物学者としてポーランドに駐在しているようであり、戦争が始まってからも、動物たちを救おうとしたり、珍しい動物の繁殖に取り組んだり、好意的な態度を多かれ少なかれ保つ。だがそのうち主人公アントニーナに魅かれていってしまうことから、話はスリルを帯びることになり、そのあたりの機微を含んだ演技が見事。
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この物語が実話に基づくことは上に述べたが、ではいかにこの動物園が多くの (300人ほどと言われる) ユダヤ人を救えたかというと、ユダヤ人たちが閉じ込められたゲットーに豚の飼料として活用するゴミを取りに行った際に、トラックに隠してユダヤ人たち数人を救い出し、一時的に動物園の敷地内に匿い、そして様々な手段で逃がしたというもの。この映画では、実はナチス側にも人間的な人がいたり、逃がされるユダヤ人たちにもあまり自己を表現しない人がいたり、実に生々しい人間模様が描かれていて、きれいごとに留まらない時代の狂気と、その中で信じたい人間性の双方をよく表現していると思う。ナチを絶対悪として非難するのは簡単だが、では自分がそのときに生きていれば、どこまで勇気ある行動を取れただろうか・・・。誰しもがそのようなことを感じるに違いない。

このなかなかに優れた映画を監督したのは、1966年ニュージーランド生まれのニキ・カーロという女流監督。
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既に数本の監督作があるが、日本未公開作もあり、あまりなじみのない名前であるが、きっと本作を機会に日本でも注目されるのではないか。ネットで検索してみると、ディズニーの "McFarland, USA" という作品がよくヒットする。これも日本未公開であるが、ケヴィン・コスナー主演で、クロスカントリーを題材にした作品であるらしい。さらに、デビュー作の "Memory & Desire" は、日本人夫婦を主人公にしているらしい。どんな映画なのだろうか。

この映画の主人公である、ヤンとアントニーナの夫妻は、イスラエル政府から「諸国民の中の正義の人」という称号を与えられたとのこと。そして、彼らが命を賭けてユダヤ人たちを匿ったワルシャワ動物園は、戦後再開し、現在でも営業しているという。いや、動物園だけでなく、この映画に登場するアントニーナが弾いたピアノや、ユダヤ人たちが隠れて暮らした地下室などは保存され、博物館として公開されているという。
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映画を評価するときに、そのもととなった事実の人道的側面だけに囚われる必要は、必ずしもないと思うが、この映画の場合には、極限状態における人間性の破壊や、それへの抵抗という点がよく描けているがゆえに、やはり現地を訪れてみたいという気になるというものだ。私はワルシャワは 3度ほど出張で訪れたことがあり、ナチスによって破壊されたが完全に復元した世界遺産の旧市街や、ショパンの心臓が眠る教会を見たが、まさか動物園にそんなものがあるとは知らなかった。今度は観光で訪れてみたいものである。

by yokohama7474 | 2018-01-21 18:25 | 映画 | Comments(0)  

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