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この小説の作者はハンガリー人であるが、1986年にフランス語で発表された。そしてその内容の衝撃によって世界で読まれるようになり、上の写真にもある通り、映画も制作された (脚本・監督はヤーノシュ・サースという、やはりハンガリー人)。実は私は、2014年に日本公開された映画を先に見て、後からこの原作を読んだもの。これを読むと映画は原作を忠実になぞっていることがよく分かり、映画には映画のよさもあるものの、大体において原作の方が映画より面白いことが多い。それは、本を読むには映画よりも長い時間をかけて作品世界とつきあうからであり、また、登場人物を自らの想像力で心の中で動かす必要があるからでもあるだろう。むしろこの作品の場合、よくぞ原作の持ち味をあそこまで頑張って映画化したな、と映画の出来に感心するくらいである。

原作者アゴタ・クリストフは 1935年生まれ。2011年に既に物故している。
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この生年で明らかな通り、子供時代を戦争の中で生きた女性である。そしてまた戦後の東西冷戦にも巻き込まれるという人生を送ったわけであるが、そのような激動の時代を生き抜く逞しさを、後年になって小説に昇華したと言えるだろう。学生時代は数学好きの文学少女。そして 18歳で結婚し、女工として働く。1956年のハンガリー動乱の際に、20万人のハンガリー人が国境を越えてオーストリアに脱出したが、彼女とその家族もその中にいた。そしてスイスに移住、また女工として働き、貧しい生活を送る。やがて離婚、大学に通ってフランス語を学ぶ。家庭を切り盛りしながら深夜に執筆する生活に入り、最初はハンガリー語で書いていたが、1970年代からフランス語で書き始め、戯曲が地元のローカル劇団によって上演されたり、ラジオドラマになる。そして 1986年、初めて書いた小説が、この「悪童日記」というわけだ。既に 50を越えていたわけだが、やはり才能があり、かつ、もっと大切なことには、窮屈な生活の中でも濁らない視線があったのだろう。この「悪童日記」が世界的に売れた後、「ふたりの証拠」「第三の嘘」という三部作を書き上げた。

この「悪童日記」は世界中でベストセラーになったという。読んでみると分かるが、ここには戦争の悲惨さが痛いようなリアルさで描かれていて、なんとも陰鬱な思いにとらわれざるを得ないのだが、その一方で妙にユーモラスな要素 (ある場合には、絶望極まって、もう笑うしかないという開き直り) が全編を通して見られるので、結果として、戦争を起こす愚かな人間の姿と、その戦争の惨禍の中でも逞しく生き抜く人間の持てる力の双方に、読む人は圧倒されるのである。

映画を先に見てしまった人間としては、上記の通り、この原作の雰囲気をそのままに映画化したことに感動を覚えるとともに、その反面、原作ならではの優れた点を感じる。例えば、主人公は双子の男の子たちであって、映画では当然二人が出演しているのであるが、原作では、この二人はそれぞれの人格を与えられておらず、終始「二人で一人」という描き方 (一人称で書かれた小説であって、主語は常に「ぼくら」) であるのだ。多少想像力を逞しくすると、これは実は一人の主人公が、つらい生活からの逃避のために双子の片割れを空想の中で作り出したと考えても、あながち変ではないくらいだ。
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それから、映画の中では舞台はハンガリー、そこに駐留する将校はドイツ人ということが明確であったが、実は原作では舞台は明確にされておらず、ハンガリーの首都ブダペストとおぼしき街は「大きな町」、少年たちの暮らす田舎は、作者自身によるとハンガリーのオーストリア国境近くにあるクーセグという街がモデルらしいが、ここでは「小さな町」としか言及されない。敵国も、そして後半でその敵国から「解放」してくれる他国 (もちろん史実ではソ連であり、解放という言葉にカッコ書きをするのも当然意味がある) も、具体名は出てこない。これぞ文学の素晴らしさ。ここで描かれた人間の真実の姿には、国の特定は必要ないのである。残念ながら私がまだ訪れたことのないブダペストは、このような美しい街。
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それから、原作では映画よりも遥かにエグいシーンが沢山出てくる。文字では書けても、映像にすると醜悪すぎるような設定が多いのである。だが、これも文学の強みであろう、ひとつひとつのエピソードがそれなりに完結していて、全部で 62の短い章から成っている。その構成によって悲惨の連鎖という印象が薄れ、読者は戦争の悲惨さに心を痛めながらも、最後まで読み通すことができるのだ。この作品の原題は「大きなノートブック」という意味であるが、それは、少年たちが戦争下の自分たちの生活を赤裸々に綴った日記の様相を呈しているからであろう。その意味で、「悪童日記」という邦題は、うーん、ひねりは理解できるが、少し響きが楽観的に響き過ぎるような気がする。

余談だが、20世紀を代表する指揮者であったサー・ゲオルク・ショルティはハンガリー系ユダヤ人。1912年生まれだからアゴタ・クリストフよりも一世代上だが、やはり戦争に人生を翻弄されており、戦争中にスイスに滞在してから久しく母国に帰れなくなったのだが、父親とはその際にブダペストから列車に乗るときに別れたきり、一生もう二度と会えなかったと語っている彼のインタビューを見たことがある。この指揮者が感傷に無縁な強靭な音楽を終生奏で続けた裏に、そのような痛ましい経験があったのだ。平和な時代の我々には想像もできないようなことであるが、でも少しでもそのような逸話を知っていると、戦争を題材にした作品に接した際にも、なんとか想像力を巡らせることができるというものだ。

この小説、誠に恐るべき作品である。決して楽しい気分にはならないが、読む人の心になにがしかの強いインパクトを与えることは請け合いだ。また、こんな凄い作品を書いた人が独学の主婦であったことも、人間の持つ潜在能力に気付かせてくれるのである。日常に埋没することなく、感傷もコントロールし、曇りのない目で世界を見ること、それができるか否かはあなた次第、とマエストロ・ショルティもおっしゃっています。
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by yokohama7474 | 2016-06-11 00:35 | 書物 | Comments(0)

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ウラディーミル・マヤコスフキー (1893 - 1930) はロシア・アヴァンギャルドを代表する詩人である。この本はそのマヤコフスキーによる短い戯曲を収めたもの。最近でこそ東京でロシア・アヴァンギャルドや構成主義の展覧会はあまり多くないものの、1980年代以降、何度も興味深い展覧会が開かれてきた。ロシアにおいて両世界大戦間に花開いた前衛活動の時代は、そのままロシア革命とスターリン時代の間。巨大な帝政が転覆して誕生した世界最初の共産党国家として、内外の戦闘において、また粛清によって多くの血がロシアで流されたという痛ましい歴史があるわけだが、文化・芸術の面では刺激に満ちた時代となった。ロシア・アヴァンギャルドの雰囲気を示す作家として、パーヴェル・フィローノフ (1883 - 1941) の作品のイメージを紹介しよう。これは、我が家の書棚から引っ張り出して来た、1990年にパリのポンピドゥー・センターで見た展覧会のカタログ。私にとっては、生まれて初めて訪れたパリで、ロシア・アヴァンギャルドの代表として名前を知っていたこの画家の展覧会を見ることができた喜びは未だに忘れ難いものだ。今手元に充分な資料がないが、確か私はフィローノフの名前を、「世界最初の抽象画家のひとり」として認識していた。
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さてこのフィローノフ、1913年にこの戯曲「悲劇ヴラジーミル・マヤコフスキー」(表記は冒頭に掲げた小笠原豊樹訳による土曜社のヤマコフスキー叢書に従う) がサンクト・ペテルブルクで初演されたとき、その舞台美術を担当したという。主役は当時 20歳のマヤコフスキー自身。その他の俳優は公募で集めた素人ばかりであったという。1913年ということは、未だ帝政時代であるが、既に胎動している前衛芸術の様子を偲ぶことができる。

この戯曲、本でさっと読んだ限りでは、一体何が進行しているのかあまり想像できないようなものであるが (笑)、それゆえにこそ、本当にロシア・アヴァンギャルドの雰囲気がいっぱいで、わけもなく嬉しくなってきてしまう。なにせ本文の最初の部分を開くと、こんな感じなのである。
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このプロローグでのマヤコフスキー自身の口上を少し引用してみよう。

QUOTE
きみたちにわかるかな、
なぜぼくが
嘲りの嵐のなか、
平然と、
自分の魂を大皿に載せて
モダンな食事の席へ運ぶのか。
広場のほっぺたの無精髭を伝い
無用の涙となって流れる、
このぼくは、
恐らく
最後の詩人なのだろう。
UNQUOTE

すっとぼけたイラストのイメージとは異なり、詩の内容は、シニカルなようで意外と情緒的であるのがお分かりであろう。私はこれまでマヤコフスキーの作品には断片的にしか触れてこなかったので、このようなイメージと内実のギャップに興味を抱くとともに、この詩人のナイーブな内面に好感を抱くに至った。このイラストは、「乾いた黒猫の群を連れている老人」という登場人物のセリフ、「さあ、こするんだ! 乾いた黒猫を、こすれや、こすれ!」という部分に添えられたもの (笑)。
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私の知識では、この詩人は若くして自殺したとの整理になっているが、いろいろと調べてみると、ピストルで頭を撃ち抜いて発見されたものの、今では他殺という説もかなり有力になってきているようだ。没年は 1930年。スターリン時代であり、秘密警察の関与があってもおかしくない時代である。時代を駆け抜けた天才詩人に、一体何があったのか。
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この土曜社のマヤコフスキー叢書は、2014年 5月から、全 15巻の予定で刊行中。「背骨のフルート」「南京虫」「風呂」等、彼の一連の作品を読んでみたい。ロシアの芸術の理解への道程にはなるだろうと思います。

by yokohama7474 | 2016-06-02 23:11 | 書物 | Comments(0)

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私は昔ながらの古本屋が好きで、街を歩いていて古本市など開かれているのを見ると、足を停めずにはいられない。そして玉石混交の古い本を買い込んで悦に入るのである。この本もそのようにして近年入手したもの。上の写真にある通り、いちばん外側は段ボールになっていて、その中には何やら模様つきのカバー。そしてそのカバーの中に、硫酸紙で包んだ本が入っているのである。今ではありえない、なんという贅沢な作り。実際に私がこの本をいくらで購入したかは覚えていないが、外側の段ボールには、「初」の字に丸がついていて、「\ 2,500」とある。恐らくは初版本ということであろう。奥付を見てみると確かに、昭和 49年の初版本だ。西暦では 1974年。今から優に 40年以上前の本である。実際に購入したのは数百円ではなかったか。

作者はあの井上 靖 (やすし、1907 - 1991)。「敦煌」「天平の甍」等の歴史もので名を成した大作家だ。
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よく知られている通り、彼はもともと新聞記者であり、歴史のみならず東西の美術にも詳しい人であった。私は若い頃に彼の代表作に加え、主として日本美術に関する文章を多く読んだものだし、琵琶湖畔の十一面観音を題材にした「星と祭」という大部な小説も興味深く読んだものだ。今回採り上げるこの本は、副題にもある通り美術に関するエッセイで、5編からなるが、以下の通り対象は古今東西に亘っている。
 ゴヤの「カルロス四世の家族」について
 桂離宮庭園の作者
 微笑と手と (レオナルド・ダ・ヴィンチ小論)
 顔真卿の「顔氏家廟碑」
 「信貴山縁起絵巻」第一巻を観る

ふーんなるほど。現代でこそ、脈絡なく音楽や美術や映画などを雑多に語るいい加減なブログなどというものも世の中には存在するが、昭和のこの頃、これだけ広範な美術を語る作家という存在は貴重であったことだろう。そしてこれらの文章、読んでいて大変面白い。堅苦しいところはなく、むしろ軽妙な語り口なのであるが、透徹した視線が感じられ、襟を正したくなる箇所があれこれあるのだ。もう失われてしまった昭和の文人の姿であろう。

選ばれている題材のうち、ゴヤ描くところの「カルロス四世の家族」については、昨年 12月にプラド美術館展に関連した記事を書いた。
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http://culturemk.exblog.jp/24008763/
ここで井上は、この作品に描かれた一人一人について、その人生を記述する。中にはモデルが特定できない人物もいるが、ほとんどは判明しており、その性格やその後の運命など、興味深いエピソードが目白押しだ。歴史の残酷を見つめる小説家の視線には、やはり端倪すべからざるものがある。

とりわけ面白かったのは、この本の最後に掲載された「信貴山縁起」についてである。むむ、私は最近の記事でこの絵巻物について触れなかったか。そうだそうだ、「伴大納言絵詞」について触れた、出光美術館の展覧会についての記事だ。
http://culturemk.exblog.jp/24344174/

ちょうど見たいと思ったこの絵巻物についての文章を読むことになるとは、なかなか面白い偶然だ。この絵巻物も「伴大納言絵詞」と同様、3巻からなるが、その第 1巻は、これも「伴大納言絵詞」と同様、残存しているのが絵画部分のみで言葉を欠いているが、これまたやはり「伴大納言絵詞」同様に宇治拾遺物語等でストーリーは判明するという。これは果たして偶然なのか、それともこの 2つの絵巻物の間に何か関連性があるということだろうか。ともあれここでの井上は、この第 1巻で描かれていることを、いや描かれてはいないことまでも、登場人物を仔細に精査しながら、また想像力を駆使しながら、まるで見てきたかのように (?) 語るのである。これはなかなかに楽しい。小説家特有の想像力でストーリーを編み出しているわけであるが、そのリアリティはなかなかのもの。これは、命運 (みょううん) 上人という特殊な能力を持つ僧が放った鉢が、米俵を大量に入れてある倉を運び上げ、いずこかに持ち去る場面。驚く人々が口々に騒ぐ様子が目に浮かぶようだ。これが 12世紀の作とは、とても信じられない。
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というわけで、この「信貴山縁起絵巻」を見たいという私の願いは募るばかり。うーん。誰か私を鉢に乗せて、この絵巻物のある場所まで連れて行って欲しい。・・・いつ、どこで見ることができるのか。井上靖は既にこの世の人ではなく、教えてくれない。まるで闇夜を歩くかのような私なのであった。

by yokohama7474 | 2016-05-05 23:30 | 書物 | Comments(0)

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このブログであれこれクラシック音楽についての記事を書いている私であるが、何を隠そう、楽器は何もできない人間なのである。音楽の楽しみの本質は、自分でそれを奏でることであることは充分理解しているつもりであり、その限りにおいて、自分で演奏もしない人間がいかにエラそうなことをほざいても、所詮はその説得力に限界があると思う。だがその一方で、音楽がごく一部の専門家のものではなく万民のものであるとすれば、どんな人間でも、音楽について語ることができるはずである。それが許容されることこそが音楽の素晴らしさなのだろうと思う。

ピアノを習ったことのない私にとっては、バイエルの教則本の内容がいかなるものであるかを知る由もない。だが、幼少の頃にピアノを習う人が、まずはこのバイエルから入って、ブルグミューラーやらツェルニーに移って行くということはもちろん常識として聞いたことがあり、このバイエルの教則本が全然面白くないという話もよく耳にする。だからバイエルの名前は、強制された習い事の象徴のようなイメージがあり、であるからこそ、一体それがどういうものであるのか、また、一体どういう人がそれを作ったのか、なぜそれほどメジャーであるのか、なんとも気になるのである。ふと立ち寄った書店でこの本を見かけたとき、ちょっと読んでみるかと思ったのはそのような背景による。結論から申し上げれば、この本は滅法面白く、著者の実体験を書き綴っているだけに、下手なミステリーよりもよっぽど楽しめるのである。クラシック音楽に全く関心のない人にはお勧めしないが、少しでも興味がある人には、読んでみて絶対損はないとお勧めしたい。これらは日本で出版されているバイエル教則本の例。
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著者は、日本でピアノの初期教育の聖典と言われてきたバイエルが、最近では本場ドイツをはじめとする世界のどの国でも時代遅れとなっており、日本でもその意義を疑問視する声が増えてきていることを批判的に紹介。また、この教本を作ったバイエルという作曲家についての伝記的事実がほとんど全く知られていないことに着目し、一体バイエルとはいかなる人だったのか (もしかすると実在しなかったのか、あるいは他の作曲家の偽名か、はたまた複数の作曲家が使用したペンネームなのか)、またその教本がいかにして普及し、誰が日本に紹介し、誰が称揚したのか、という点について、凄まじい執念で調査を始める。いや実際、なぜそこまでと思えるほどの執念に、読み進むほど圧倒されるのだ。そして、謎の真っただ中に無謀にも (?) 飛び込んで行き、欧米のあちこちを訪ね歩く著者が、内外の多くの協力者や信じられないような運命的偶然に恵まれて道を拓いて行く展開に、ページを繰るのももどかしいほどの興奮を覚えるのである。何より、真摯な姿勢を自ら揶揄するようなユーモアのセンスが常に漂っているところがよい。

この本の著者、安田寛 (ひろし) は 1948年生まれなので今年 68歳の音楽学者。国立音楽大学の修士課程を修了、各地の大学で教鞭を取り、現在は奈良教育大学の名誉教授。ほかの著書には日本の唱歌のルーツを讃美歌に結び付けるような内容が見受けられるので、このバイエルの探求も、結果的にはその流れの中にある。ライフワークということなのだろう。

そのライフワークにかける著者の執念がたどり着いた結論は、なんとも達成感のあるものである。その箇所に至ると、見も知らぬ著者に対して握手を求め、「本当によかったですね」とねぎらいの言葉をかけたくなるのである (笑)。それから、その艱難辛苦につきあった挙句、全編の最後に記述されたエピローグにおいて、読者はインターネットの利便性を思い知るとともに、その逆説として、利便性度外視で情熱を傾けて多くの徒労を経ながら真実に近づくという行為の尊さに思い至る。ここでネタバレは避けるが、この本を読まれる方には、その表現があながち大げさでないことをお分かり頂けると思う。願わくばこの本の著者のごとく、真実を追い求める真摯さを心のどこかで持ち続けたい。そして大きな仕事を成し遂げたい。読む人にそのような思いを抱かせる書物であり、その点では非常に勇気づけられる。一方で、人間の営みが限られた生の期間にのみ行われることに思い至り、一縷の無常観とともに本を置くことになることも事実。そしてしばらくすると、正が限られているからこそ、真摯な姿勢で生きることに意味があるのだということにも気づかせられるのだ。

それにしても、何事にも歴史があることを思い知る。星の数ほどの人間が生まれ、死んで行く。この世に痕跡を残す人もいれば全く残さない人もいる。痕跡を残しても歴史によって忘れられて行く人もいる。この本の本当の感動はそこにある。私がここで唐突に思い出すのは、名匠ヴィム・ヴェンダース監督の映画、「パレルモ・シューティング」だ。
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この連想を突飛に思われる方もおられよう。実際、この映画はバイエルとは縁もゆかりもない (笑)。あのデニス・ホッパーの最晩年の出演作であるこの映画、そのホッパー演じる死神が、これまでにこの地上で生きた人たちの長い長いリストを見せるシーンがあって、そこには戦慄するような歴史の重さと残酷さがある。私がこの「バイエルの謎」を読んで感じた深淵は、そのような感覚に極めて近いものであった。相変わらず我田引水、牽強付会の暴論であるが (苦笑)、本当のことだから仕方ない。この映画をご覧になっていない方、この本と併せてお勧めしておきます。

by yokohama7474 | 2016-04-19 23:52 | 書物 | Comments(2)

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いわゆる古典的な推理小説の名作の中に、「赤毛のレドメイン家」という作品がある。私は子供の頃、古今の推理小説 (という言葉自体、今では死語になってしまったが、この場合はやはり、「ミステリー」などというよそよそしい呼び方はそぐわない) についての本をそれなりに読んでおり、その中でこの作品の名を知ったのである。特に、江戸川乱歩が激賞しているとのことで、興味を惹かれたのであった。ところが、今に至るもその「赤毛のレドメイン家」を読んだことがない。にもかかわらず、ある日書店でこの本が陳列されており、「『赤毛のレドメイン家』のフィルポッツが贈る長編推理小説」とあるのを見て、迷わず購入したのだ。帯にはデカデカと「名著復活 入手困難だった名作をお届けします」とあって、これがまた好奇心を激しく刺激。東京創元社復刊フェアに乗ってみようと思ったわけである。実は同じシリーズの復刊で、アーネスト・ブラマ作の「マックス・カラドスの事件簿」は既にこのブログでも採り上げた。さすが創元推理文庫。食指をそそる復刊だ。

イーデン・フィルポッツ (1862 - 1960、長生きだ!!) は英国人で、これは 1931年の作品。とある海岸で発見された溺死体が失踪したバンジョー弾きの格好をしていたところから物語は始まる。その謎に、警察署長のニュートン・フォーブズの友人である医師のメレディス (苗字の記載はない) が迫るというストーリー。作品はメレディスの一人称で語られる。冒頭部分については、実は上の描写は正しくなく、メレディスとその友人の刑務所長とが犯罪論をかわすシーンから始まっていて、その後物語の展開に入って行くのである。そして読者は、メレディスが正規の捜査権限を一切持たないままに、事件の謎に迫って行く過程を辿ることになる。真相は最後の 30ページ以降で明らかになるが、まあそれなりになるほどという感じではあるものの、うーん、驚いてひっくり返るというほどのものでもない。その一方、冒頭に出てきた犯罪論の続きが物語の合間合間に何度も延々と出てきて、正直なところ、ストーリーの流れをその度に分断し、鬱陶しいことこの上ない。当時の英国では、このようなペースで時間が流れていたのであろうか。約 300ページの本で、それほど分厚いわけではないものの、そのストーリー展開の遅さに、現代人である私は終始イライラし、時には 1ページを読む間に、残りの何百ページのことを考えて憂鬱になったこともある。そんなわけで、読み始めてから読む終わるまで、結局数ヶ月を要してしまった。通勤のカバンの中には大概入っていたし、出張にも携えて行ったが、実際に手に取って読む気になかなかなれず、なんとも遅々たる歩みであったわけだ。

そんなわけで、残念ながら推薦に値する作品とは思えず、読み終えたときの解放感のみがせめてもの救い (?) となってしまった。この本の解説によると、フィルポッツの名前は、上記の「赤毛のレドメイン家」によって日本では知られているものの、米国や、あるいは本国英国でも、現在ではほとんどその名を見ることはないという。だが、彼は十代の頃のアガサ・クリスティの隣に住んでいて、彼女の書いた小説について適切に助言を行ったらしい。なので、きっと頭のよい人で、小説のプロット作りにはそれなりのものがあったのだろうが、いかなる理由でか、余分な要素を沢山小説に盛り込んで、その小説自体を台無しにしてしまった・・・??? 残念なことだ。かくなる上は、名作と評判高い「赤毛のレドメイン家」を読んで、その真価に迫ることにしたい。尚、この作品を絶賛した江戸川乱歩は、その翻案を書いたという。その作品は「緑衣の鬼」だ。おー、子供の頃全巻読んだポプラ社の少年探偵団シリーズにも入っていた、あれだ。
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ただ、便利な時代になったもので、このシリーズでもこのあたり (第 34巻) になると、乱歩のオリジナルではなく、別の作家が子供用に書き直したものであったことが分かる。もちろん私は、大人用の版でもこの作品を読んでいるが、内容はよく覚えていない。「赤毛のレドメイン家」と併せて、このブログでまた感想を書ける日がくるかもしれない。

by yokohama7474 | 2016-03-26 00:53 | 書物 | Comments(0)

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昨年 6月にこのブログを始めてから読書の時間がほとんどなくなってしまっていることについては、以前にもぼやきを書いたが、気を取り直して、効率的に進められる読書の道を探ってはいる。もうすぐ読み終わる本も硬軟取り混ぜて何冊かあるが、ここで採り上げるミステリーは、出張を利用して読み進めたもの。先週の今頃から米国に出張であったため、機内での映画鑑賞 (往復で 3本見たが、劇場とはいろんな意味で環境が異なるので、私にとっての「映画鑑賞」の範疇には入れないようにしており、よってブログの対象ともしない) に加えて、一気呵成に読書する機会であるととらえ、出張直前に本屋で適当な本を物色し、これを選んだものだ。

上の写真の帯には「読者全員が犯人」とあって、題名が「最後のトリック」と来た。なになに、そうすると、この本を読む読者が殺人事件の犯人になるという、文字通りミステリー史上最後に残された究極のトリックを扱ったものであるのか。本の背表紙にあるあらすじにも、「ラストに驚愕必至! この本を閉じたとき、読者のあなたはかならず『犯人は自分だ』と思うはず?!」とある。最後が !! でなく ?! であるあたりに一種の保留を見る (笑)。だが、試してみようではないか。

この種の本を紹介するのは本当に難しい。ネタを明かさずに感想を言うことに腐心するからだ。よくこの種の本の最後に記載されている解説に、あらすじと引用が満ち満ちているのを目にするが、冗談じゃない。今その本を読み終えたばかりの人に、あらすじを教え、本文を引用してどうしようというのか。そんなものは解説を書く人の原稿用紙のマス目埋めに過ぎない。だから、原稿用紙を使っていない私はこう言おう。この本を閉じたとき、読者の私は『なるほど、読者を犯人にするという発想には工夫はあるけど、私は犯人ではないよ』と思ったのである。要するに、読み終わる前に作者の苦労が分かってしまうのである。それは、「読者が犯人」という (作中でも散々に不可能だと位置づけられている) 無理なトリックと、連続する挿話の涙ぐましい関連に読んでいる途中で気付くからである。ここで誓って言おう。私は誰も殺していない。いかにこの本の作者が凄もうと、私には殺したという意識がないのであって、そうである以上、この本を読んで心底恐ろしくなる読者は、残念ながらほとんどいないであろう。

もっとも、挿話の中に面白いシーンがいくつかあったことは事実。双子の姉妹が隔離された部屋でカードの柄を当てあうところなど、人物像もよく描かれていた。身なりを気にしない博士が、お互いに音を聞きあうことができない構造を表現するのに、「隣の部屋でシカゴ交響楽団がベルリオーズの『テ・デウム』を演奏しても気づかない」と発言する点など、クラシックファンとしてはニヤリである (私の知るところ、このオケはこの曲を録音したことはない)。また、天文学に関する詳細な記述にもリアリティがある。だが、このような大仰なトリックを大上段に構えて主題に据えた作品である以上、読み終えてしまえばそのあたりの印象は、あまり強く残っていないのが実情だ。

作者、深水黎一郎 (ふかみ れいいちろう) は、1963年山形生まれ。慶応の大学院文学研究科博士課程修了後、ブルゴーニュ大学とパリ大学で学んだという。これまでにメフィスト賞や日本推理作家協会賞短編部門を受賞している。なかなかの教養人とお見受けするので、究極のトリックなどより、人間世界に実際に存在しているミステリーを題材にされる方が興味深い作品になるのではないでしょうかなどと、勝手な感想を抱いております。

by yokohama7474 | 2016-03-06 21:37 | 書物 | Comments(0)

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推理小説史上最も有名な探偵が、コナン・ドイルが作り出したシャーロック・ホームズであることは論を俟たないが、「ストランド・マガジン」がホームズ物を連載し始めたのは 1891年。その爆発的な成功に他の出版社が追随しないはずはなく、第一次大戦開戦の 1914年頃まで、続々と「シャーロック・ホームズのライヴァルたち」が登場して英国の文壇を賑わせたとのこと。このマックス・カラドスという探偵が活躍するシリーズもそのひとつで、第一短編集の出版がちょうど 1914年。よって、探偵カラドスは、「ホームズの時代」最後の名探偵と目されている由。この探偵が登場するのはすべて短編で、26編あるとのことだが、この本にはそのうちの 8編が所収されている。

このマックス・カラドスという探偵の特徴は、盲目であること。先天的なものではなく、森の中で乗馬しているときに木の枝が目に当たって失明したという設定になっている。しかしながら、視覚を失ったことで逆にほかの感覚が研ぎ澄まされ、印刷物や手書きの書類も、指先でなぞることで難なく読めてしまう。また、忠実な従僕のパーキンソンという人物が、卓越した観察眼を主人に叩き込まれたということで、視覚面でこの探偵のサポートをする。カラドスは巨額の資産を譲り受けたことで、働く必要のない身であるが、同級生でこちらは本物の探偵であるカーライルを助けて、難事件を次々解決して行くのである。

私は昔の推理小説はそれなりに好きで、ホームズ物はもちろん全部読んでいるし、エラリー・クイーンやヴァン・ダインの主要作品、それからなかんずくチェスタトンのブラウン神父物は、驚嘆をもってすべて読んでいる。もちろん、その筋のマニアの方々には及びもつかないが、このカラドス物を初めて読むに際し、それなりの基準は自分の中にあるつもりである。この作品集の面白い点は、いかにも英国の作品だけあって、登場人物の台詞の皮肉に富んだ言い回しや、まさにホームズばりの細かい観察が必ず出てくること。そして、超常現象を含む不可思議な出来事が起こって、読者にはその不可思議がどのように展開して行くのかについて期待感が高まる。日本でも「座頭市」の例があるように、目が見えないがゆえにむしろ感覚が研ぎ澄まされているという発想も面白く、通常人が騙されるようなことにも騙されないというストーリー展開も、それなりに迫力がある。

ただ、ただである。正直、犯罪の種明かしがされても、ポンと膝を打つようなことは残念ながら少なく、やはりホームズ物とは読み応えが違う。短編においては、ペダンティックな設定やウィットだけではなく、キラリと光るトリックが必要であるところ、どうもこのカラドス物には、その点において不満が残る。もちろん、犯罪の動機に人間の感情の機微が現れるようなこともあるけれど、それゆえに逆に今度は意外性がない結果となっているように思う。

作者のアーネスト・ブラマは、個人的な情報をほとんど公にしなかった人らしく、生年も最近まで諸説あったようだが、1868年生まれというのが定説になっているようだ。このカラドス物の前に、カイ・ルンという中国人が語るアラビアン・ナイト風の奇譚を集めた The Wallet of Kai Lung なる著作で人気を集めた由。未だに英国ではそれなりに人気があるようだ。以下、右がカラドス物、左がカイ・ルン物の表紙。
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創元推理文庫のこのシリーズ、「シャーロック・ホームズのライヴァルたち」と銘打たれていて、ほかにもいろいろ出ているようだ。あたりであろうとはずれであろうと、読んでみないと分からないし、今回のように不満を述べている場合でも、必ずなんらか興味深い点もあれば、逆にホームズシリーズの偉大さを思い知るという意味もある。機会あれば、シリーズのほかの本も読んでみたいと思う。


by yokohama7474 | 2015-11-15 10:15 | 書物 | Comments(0)

どこかで読んだのだが、日本人ほど自国論が好きな国民はいないそうである。確かにその種の本はいろいろあって、ベストセラーも多く、また自分自身や、自分の周辺を考えてみれば、日本人の発想や社会のシステム、組織の意思決定方法等々につき、欧米やアジア各国との比較において、いろいろな議論をすることが多い。その理由はいろいろ思い当たることもあるが、人によって意見は様々。議論しているうちに、なぜ我々は日本人論を戦わせるのかという方向になることもある。こうなってくると、「日本人論」ではなく「日本人がなぜ日本人論が好きか論」になってしまい、厄介なので深入りしないが (笑)、まあ興味深いことではある。

今回読み終えたのは、「地球日本史」という 3冊シリーズのうちの 2冊目、「鎖国は本当にあったのか」という題名のついたもの。因みに 1冊目は「日本とヨーロッパの同時勃興」と題されており、これは数ヶ月前に読んだ。3冊目の「江戸時代が可能にした明治維新」も購入済だが、読まずに積んだままになっている本の多さに鑑みて、実際に手に取るのは少し先になるであろう。
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大体私はいい加減な人間であって、古本屋で 1冊目を手に取り、面白そうだと思ったので、買ってきてそのままにしており、随分と時間が経ってから、全く別の古本屋で 2冊目が売られているのを知って、「あ、シリーズ物だったのか」と初めて気づいて購入。そうなってくると 3冊目も購入しようと思い、ネットで古本を購入。つまり私の手元で仲良く並んでいる 3兄弟は、生まれも育ちも別々な者同士が、縁あって集まってきたというわけだ。

さて、このシリーズはもともと産経新聞の連載をまとめたもの。ドイツ文学者で評論家の西尾幹二が責任編集となっているが、様々な分野から総勢 30名程度だろうか、専門の執筆者を集めている。この西尾幹二は、一般的には保守の論客と言われていると理解しており、私はこれまで、大部な「国民の歴史」なども、シリーズの「国民の芸術」とともに、その前提で面白く読んだことがあるが、それよりもなによりも、最初に彼の著作を読んだのは、いや、読まされたのは、中学生のとき学校の国語の教材であった「ヨーロッパの個人主義」だ。今でも探せばその本は本棚の奥から多分出て来ると思うが、ヨーロッパのことなど何も知らなかった当時の私にとっては、この簡潔な題名が大変印象的で、漠然としたヨーロッパのイメージ作りの基礎となったように思う。今調べてみると、その著作は 1969年のもの。この「地球日本史」シリーズは 1998年からの刊行であるから、その間に 30年近い時間が経過している。地球日本史というからには、日本の歴史的事象を地球規模で見て、それがいかに同時代の世界において優れたものであったかを、手を変え品を変えて主張しているのが本書である。

著作家にはそれぞれの立場があり、読む側としては本を選ぶ権利があるのであるから、ちゃんとどういう立場の人が発言しているのかを念頭に置いて読むことが肝要であると私は思っている。歴史認識については特にそうで、それは何も日本に限ったことではなく、アメリカでもヨーロッパでもアジアでも同じであろう。書かれていることを真摯に考えることだけでなく、それ以外の可能性も常に念頭に置いておかないと、あらぬ方向に自分自身の考えを導いてしまう恐れがあると、私は思う。また、書かれた時代という要素も大きい。本書は前世紀に書かれたものであるゆえ、世界の秩序とか、新興国の状況、またインターネット社会という観点からは、多少なりとも Out of Date な面があることは否めない。

この本には、各項目の筆者についての短い紹介が載っていて、皆さん立派な学者さんだが、いかんせん、年齢層はびっくりするほど高い。生年は軒並み 1930年代か 1940年代、中には 1920 年代の人すらいる!! (今日現在未だ存命であるか否かは調べておりません) その意味でこの本は、気鋭の若手学者が通説に挑むということではなく、酸いも甘いも知り尽くしたベテラン学者の方々が、ふがいない若手学者に喝を入れるといった風情だ (笑)。

ただ、ひとつひとつの項目を見てみると、素人目にもいささか乱暴な議論が多いと思う。まあ、学術書ではないので、それでもよいのかもしれないが、本当にこれらの主張を通したいなら、きっちりとした学問的議論も必要なのではないだろうか。と言いつつも、本当に面白い議論があれこれ入っていて、興味は尽きない。ごく一部を以下のご紹介する。

・日本は 17-18 世紀、ちょうどヨーロッパが「世界史」の体現者として振る舞い始めたほぼ同時期に、世界的レベルでの先端を行く「有力文明」の一つに達していた。その意味で、奇しくもユーラシア大陸の東の端と西の端が同時に世界を引っ張った。
・ヨーロッパ人はアジアに来て、銀の流通量に驚いた。16世紀の最大の銀の供給源は日本であった。当時世界一の経済大国であったスペインは、植民地で産する金銀の量に依拠しており、そのために略奪を働いた。その点日本は、自国内で産する銀によって、スペインをも凌ぐ世界一の経済大国であった。
・秀吉の朝鮮出兵は、征服欲によるものではなく、拡大する西欧への対抗措置としての東アジア経営を考えてのものであった。
・16世紀後半の日本は、世界最大の鉄砲の生産・使用国になっており、ヨーロッパのどの国にもまさる軍事大国であった。しかるに日本はその後の江戸時代に、鉄砲の制限・縮小に向かって行ってしまった。

まだまだあるが、このあたりでやめておこう。私はこれらのポイントについての検証を行う能力はないので、それらが正しいか否かを論じる立場にはない。ただ、日本人が正しく自分たちの歴史を知って、評価すべきは評価し、批判すべきは批判するという態度は、国際社会の中でしかるべき責任を果たすために必要であるように思う。その観点から、この本に学ぶところは多い。あ、でも、どさくさまぎれに、写楽は北斎であったという説も入っているが、それは鵜呑みにしないようにしよう (笑)。


by yokohama7474 | 2015-09-17 01:42 | 書物 | Comments(4)

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白水 u ブックスには面白い本があれこれあるが、この小田島 雄志訳のシェイクスピア全集、全 37巻を購入してから、随分と時間が経つ。なにせ、西洋音楽や西洋絵画を楽しむには、シェイクスピアは必須なのである。あるいは映画を取ってみても、黒澤の「蜘蛛の巣城」が「マクベス」であるとか、「ウェスト・サイド・ストーリー」が「ロメオとジュリエット」であるとかいう基本形もさることながら、例えば、私が尊敬おくあたわざる女流監督、ジュリー・テイモア (一般にはミュージカル「ライオン・キング」の演出で知られる) が、マイナー作品「タイタス・アンドロニカス」を原作として「タイタス」という映画を撮ったり、あるいは、最近一体どうしてしまったのか分からずに大変残念な大天才、ピーター・グリーナウェイの「プロスペローの本」がもちろん「テンペスト」であったりすることからも、いかにシェークスピアが様々な芸術家の霊感の源泉になったかが分かろうというもの。ここで現代音楽に目を転じ、ベリオの「耳を澄ましている王様」(マゼールが世界初演) がやはり「テンペスト」であるとか、ライマンの「リア王」が大変感動的だとか、そうなってくるとちょっとマニアックなので、この辺でやめておこう。

と言いながら、実は遠い昔に、このシェイクスピア全集の第 1巻、「ヘンリー 6世」第 1部から順番に制覇しようとして、第 1巻すら読み終わることなく、挫折したきりだ。もともと芝居は好きな私であるが、脚本を書物として読むのは、どうも苦手なのだ。舞台で見ると、登場人物の判別は顔や服装や言葉で行うのだが、本になると、それが人物名になっていて、想像力を働かせるのはなかなかに酷である。これは裏を返せば、脚本を読み込めば、その作品のいろんなイメージを想像できるというもの。

この「から騒ぎ」、原題は "Much Ado About Nothing" というらしい。辞書で調べると、確かに "Ado" という言葉は「騒ぎ」「騒動」などとある。今度外人と話すときに使ってみるとするか。"W...What?!" という反応になること請け合い。そもそも日本人がそんなに高級な英語を喋るわけもないと思っているし、まあそれは実際その通りなので。ただ、この本の解説を見ると、この時代の英語では、"Nothing" は "Noting" (気づくこと) とほとんど同じ発音であったとのことで、この芝居のテーマが、「根拠のないこと (Nothing)」に基づく騒ぎであり、同時に「気づくこと (Noting)」によって始まりまた解決するということを意味しているという説もある由。

これを読むと、とどまるところを知らない言葉遊びがなんとも凄まじい。それこそ小田島訳の真骨頂なのであろうし、翻訳の苦心のほどは随所に偲ばれるのだが、実際に日本語で舞台にかかったときには、なかなか厳しいのかもしれない。まあしかし、シェークスピアのひとつの顔が言葉遊びにあることは間違いないだろうから、昔の英語の分からない身としては、このような訳からイマジネーションの翼を伸ばして劇を楽しむのも一興であろう。

それにしても、17世紀に書かれたこの戯曲、なぜにこうも人間の本質を描いているのだろう。誰かに対する信頼は、その信頼にもとるニセの情報によって簡単に覆る。高望み、から元気、有頂天という感情は、悪巧みによって、嫉妬、怒り、後悔、自己嫌悪・・・と、ほかの様々な感情にその座を譲ることとなる。この「から騒ぎ」は、さして長くもないその上演時間で、そのような人間心理をとことん描き出すのだ。そこに狂言回しも加わり、面白いことこの上ない。

ところでシェイクスピアについては、その正体が謎のままであり、そのテーマで何冊も本が出ているし、映画もいくつかある。彼の生地ストラットフォード・アポン・エイボンには 2度訪問したが、そこで目にするものも、詳細は省くが、実に面白い。そもそも英国の歴史的な場所は、ナショナル・トラストかイングリッシュ・ヘリテージが管理しているにも関わらず、ストラットフォード・アポン・エイボンの諸施設は、シェイクスピア協会か何かの管理になっていて、その事実だけで充分な事柄が物語られているのだ。実際英国では、シェイクスピアの生家が本物ではないということで、訴訟にもなったと聞く。また世の中には、なんとかこの空前絶後の劇作家の正体を暴こうと、いくらなんでもこじつけだろうという解釈をしている研究者が山ほどいるらしい。ここではその一端をご紹介しよう。以下の本に掲げられたシェイクスピアの肖像。この絵は、肩のあたりの描き方のぎこちなさから、実は後ろ向きの人物が後頭部に仮面をつけているところを描いていて、「私の正体を暴けるものなら暴いてみなさい」という意味だという説があるのだ!! いやいや、それ、考え過ぎでしょう。私には、ただのヘッタクソな絵にしか見えないのだが (笑)。
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さぁって、なぜ松本で音楽祭を聴いている途中にのんきにこんな本を読んでいるのか、答えはまた次回。

by yokohama7474 | 2015-08-30 00:41 | 書物 | Comments(0)

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私は学生時代から、第 2次世界大戦中のドイツの音楽界の動向には大変興味を持っていて、生涯勉強して行きたいと考えているのであるが、今般、とある人に薦められ、この大部な書物を読むこととした。上下 2巻で 750ページ近いのだが、面白すぎてページを繰るのももどかしく、あっという間に上巻を読み終えてしまった。

まず、基本中の基本を押さえておこう。リヒャルト・ワーグナー (1813 - 1883) は、ドイツロマン主義の大作曲家。一部、器楽曲も残しているものの、その生涯をほとんどオペラに費やした。こういう顔だ。
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一般にも、「ワルキューレの騎行」という曲が、その暴力性と、金管が炸裂するド迫力でよく知られている。それは実は、楽劇「ワルキューレ」の第 3幕への前奏曲なのだ。ほう、ではどんな曲か、ちょっと全曲でも聴いてみようかな、と思った方。覚悟はよろしいか。この「ワルキューレ」を含む 4部作、「ニーベルングの指環」は、上演に 4日間を要し、演奏時間は実に 15~16時間に及ぶのですぞ。それぞれの作品 1本が、平均的なイタリアオペラの倍くらいの長さだ。泣けども喚けども、4日間劇場に缶詰になり、鬱陶しく仰々しいドイツ語で、いつ果てるともない音響の渦に呑み込まれる。それって拷問に近いと思いませんか。

ところがその拷問に、身悶えして喜ぶ変人が、世界に何万人、何十万人、もしかしたら何百万人といるのだ。上記 4部作を含むワーグナーの主要 10作品 (ちなみに列挙すると、「さまよえるオランダ人」、「タンホイザー」、「ローエングリン」、「トリスタンとイゾルデ」、「ニュルンベルクのマイスタジンガー」、「ニーベルングの指環」 (= 「ラインの黄金」、「ワルキューレ」、「ジークフリート」、「神々の黄昏」の 4作)、そして「パルシファル」だ) は、世界のオペラハウスにおいて、なくてはならない重要レパートリーだ。しかもこの広い世界には、あろうことか、この重くて長くて暗いワーグナーのオペラだけを、よりによってワーグナーだけを、しかも真夏に演奏するという特殊な音楽祭があるらしい。信じられますか。その劇場は、19世紀に建てられ、冷房もなければ椅子のクッションもない、また、客席に通路もないところらしい。そんなところに出かけて行く人たちは、筋金入りのド M に違いない。そのド M の集まる音楽祭を、バイロイト音楽祭という。

そもそもワーグナーが他の作曲家と異なるのは、すべての作品に自分で歌詞を書いたこと。つまり、詩人であり音楽家であるということであって、自らの世界観を妥協なく作品に投影できたわけである。そして題材は、北欧・ゲルマンの神話や伝説。英雄、贖罪、浄化、神聖性、自己犠牲というキーワードが散りばめられた作品群だ。まあドイツの人たちがそのような作品に入れ込むのは、なんとなく分かる。でも、その人の作品だけを演奏する音楽祭があるとはどういうことか。

ここで登場するのが、有名なバイエルン国王、ルートヴィヒ 2世だ。ヴィスコンティの有名な作品を含め、その生涯が何度も映画化されており、また、日本人にも大人気のノイシュヴァンシュタイン城を建てた王様だ。

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この王様は、中世の英雄譚などの夢物語に溺れるのが好きな人で、ワーグナーの作品群にぞっこんほれ込み、ついにはそのパトロンを買って出る。それによって完成したのが、バイロイト祝祭劇場で、1876年のこけら落としが、この「指環」4部作の連続上演であったわけだ。

さてさて、本の中身になかなか辿り着かないが、この本は、その作曲者ワーグナー自身が創設したバイロイト音楽祭が継承されて行く中で、いかなる歴史があったのかということを、圧倒的な量の史料を駆使して克明に描いている。題名になっているヴィニフレート・ワーグナーとは、大作曲家ワーグナーの長男、その名もジークフリートという人がいたのだが、その奥さんだ。英国から年の離れた旦那のところに嫁入りして来て、最初はおしとやかなお嬢さんであったものが、ドイツの第 1次大戦における敗戦から、第 2次大戦に突き進む激動の時代に、どのように変貌し、どのようにこの音楽祭を維持して行ったかがよく分かる。例えて言えば、「ゴッドファーザー」の 1作目、ただの真面目な学生であった三男のアル・パチーノが、マフィア同士の争いの中で、血の気の多い長男、優柔不断な次男を差し置いて、家族を守ろうとしているうちに頭角を現して次のボスになるという、あのストーリーを彷彿とさせるものがある。歴史とは、様々な巡り合わせやある種の必然の積み重ねによって、少しずつ起こる変化が、いつのまにやら激流になる、そのような流れであると言えると思うが、ここに描かれたのは、天才、凡才、策略家、お人よし、ドイツ人、イタリア人、ユダヤ人、様々入り乱れて歴史の歯車がミシミシと回る様子である。そのまま映画にもできるような、凄まじい内容だ。

とまあ、書物の内容はともかく、一度そのバイロイト音楽祭に行ってみたい。おー、行ってみたいぞぉ・・・と心の中で叫んでいるのでありました。

次回に続く。


by yokohama7474 | 2015-08-09 07:14 | 書物 | Comments(0)