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セイジ・オザワ松本フェスティバル ファビオ・ルイージ指揮 サイトウ・キネン・オーケストラ 2017年 8月20日 キッセイ文化ホール

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今年もセイジ・オザワ松本フェスティバルの季節がやって来た。総監督の小澤征爾は今年 (毎年のことながら音楽祭期間中の 9月 1日に) 82歳になる。これが今年の音楽祭の記者会見に姿を見せたマエストロ。元気そうに見え、ちょっと安心だ。
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さて、今年のこの音楽祭でのオペラ上演は、メインのサイトウ・キネン・オーケストラによるものはなく、小澤征爾音楽塾オーケストラによるラヴェルの「子供と魔法」のみ。その代わりということだろうか、サイトウ・キネンのオーケストラコンサートが 3種類のプログラムによって 6回開かれる (通常は 2プログラム 4回)。だが、多くの人にとって残念なことには、小澤総監督が指揮する曲目は、ほんの一部。具体的には、B プログラム (8/25、27) におけるベートーヴェンの「レオノーレ」序曲第 3番と、C プログラム (9/8、10) における内田光子との、やはりベートーヴェンのピアノ協奏曲第 3番。これだけだ。そのせいだろう、今年は例年と異なり、小澤が出演するプログラムでもチケットは即刻完売にはならなかったようである。ちょっと複雑な思いであるが、今後も水戸室内管との第九 (後半のみだが)、小澤征爾音楽塾、そして年明けにはベルリンでベルリン・フィルとの「子供と魔法」ほかのプログラムが控えている。ファンとしては無理せず息長く活動して欲しいので、ここは我慢である。これは今回の会場、キッセイ文化ホールの入り口の飾りつけ。
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だがその一方で、今年のオーケストラ・コンサートでは、3つのプログラムのうちのひとつとして、臨時編成のオケではなかなか取り組みにくい難曲が採り上げられることとなった。それは、マーラーの交響曲第 9番ニ長調。西洋音楽史上でも屈指の、重い内容を持つ大交響曲だ。指揮するのは、2014年以来 4年連続の登場となるイタリアの名指揮者、ファビオ・ルイージである。
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ルイージについては、一昨年、昨年のこの音楽祭での演奏についても書いたし、NHK 交響楽団を指揮した演奏会も採り上げたことがある。ここ松本でのマーラーは、既に 5番、2番と来て今年は 9番。昨年私は「せっかくなのでマーラーをシリーズ化してほしい」と希望表明したが、それが叶って大変に嬉しいのである。しかも曲が 9番とあっては、心して聴く必要がある。これがリハーサル風景。小澤総監督も立ち会っていたわけである。尚、今回のコンサートマスターは、マーラー演奏の輝かしい歴史を持つ東京都交響楽団の矢部達哉、副コンサートマスターは、読売日本交響楽団の小森谷巧であった。
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このブログでは度々ルイージの指揮ぶりを、アクセルとブレーキをうまく踏み分けるという比喩を使って、私の感じるところを表現しようとしてきた。ところが今回は若干勝手が違っていた。つまり、音楽の推進力や、細部の繊細さと雄大な流れの両立がいつもながらに見事な演奏ではあったが、これまでのルイージの演奏で感じたような緩急のテクニックという要素は、ほとんど感じなかったのである。それは、演奏家としても極限の状態で臨むしかないようなこの曲を前にすると、もうアクセルだのブレーキだのと言っていられない、ということだろうか。もちろんクラシックファンなら誰でも知っていることだが、あれだけ声楽や特殊楽器を使って破天荒な構成の交響曲を次々に書くことで、西洋音楽史がそれまで持たなかった新しい音響世界を創り出したマーラーという作曲家が、人生で最後に完成させたこの交響曲では、楽章数は正統的な 4 (まあ、4楽章の構成内容は伝統的なものではないが) であり、また改めてステージを見渡しても、珍奇な楽器はない。ギターやマンドリンやカウベルはおろか、チェレスタすらないのであるから、マーラーとしては極めて保守的な編成なのである。だが、そこで流れて来る音響は、まさに生と死の壮絶なせめぎ合い。ここで語られるのは世界苦ではなく、芸術家個人の死への激しい抗いと、それとは裏腹な甘美な諦念なのであり、そうなってくるともはや、音の強弱や遅い早いで工夫の余地などない。実際今回の演奏は、過度に粘らず、時に楽器が鋭い飛び込みを見せるあたりにルイージの個性は感じられたものの、全体を通して、ただ楽譜に書かれた音を誠実に再現するという音楽家の使命を果たそうという姿勢が強く感じられたのである。もちろん全体を通して非常に見事な演奏であったのだが、私の感想では、出色は後半の 2楽章。第 3楽章の弦楽器群のささくれだった狂気と、同じ弦楽器群が第 4楽章で聴かせた絶美の音の流れの対象には、実に鳥肌を禁じ得ない、ただならぬ切実さがあった。このオーケストラの素晴らしさは、太い音の流れを作り出しながらも、実に敏感に指揮者に反応することであって、特に今年の演奏では、ルイージとの共感、あるいは強い信頼関係というものを随所に感じさせ、それはそれは、実に深く説得力のある音楽であったのだ。これはやはり、世界のどこに出しても通用する音楽であり、松本だけでしか聴くことができないのはもったいない。いやもちろん、この音楽祭が 25年間に亘りこの松本で継続して来たからこそ、このレヴェルがあることは間違いないし、音楽祭を支える市民やヴォランティアの人々の努力が、この極上の音のひとつの要素になっていることも実に尊いことだ。だが、やはり世界に発信することが必要であろうし、世界から多くの人々を迎え入れることが望ましいと思う。これだけの演奏を聴いて、冷静でいられるわけもない私は、この感動をどこに持って行けばよいのか分からず、まずはこのブログでご紹介するわけである (笑)。

このルイージは、来年以降もマーラー演奏を継続してくれるであろうか。そして彼とこの音楽祭との関わりは、今後どうなって行くのであろうか。大変に気になるところである。その一方ルイージは今週、実は東京のステージに登場する。それについてはまたご報告できると思うので、お楽しみに。

ところで、松本駅前のロータリーにこのようなもの発見。小澤の書というものを初めて見たように思う。
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実はこの時計台にはほかにも「岳都」「学都」とあって、それぞれのガクト分野の専門家の書が彫り込まれている。確かに松本では、山、教育、音楽が豊かに人々の暮らしを彩っているように思う。都会の生活に疲れた人間にとっては、ほんの数時間の滞在でも、何か大切なものを与えてくれる街なのである。

by yokohama7474 | 2017-08-20 23:39 | 音楽 (Live) | Comments(0)

N響 JAZZ at 芸劇 (ジョン・アクセルロッド指揮 NHK 交響楽団) 2017年 8月19日 東京芸術劇場

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今夏の東京の気候は、全く気が滅入る。ひっきりなしに雨が続き、ちょっと晴れ間が出たかと思うと夕方にはものすごい雷雨に見舞われる。もちろん私とても、夏休みの間ずっと東京にいたわけではないが、かといってずっと旅行していたわけでもない。うだるような暑さも決して楽しいものではないが、それが昔からの夏というもの。もちろん、近年の暑い夏はそれはもう、昔はなかったような異常な暑さになるのであって、そのこと自体は「昔ながら」ではないという言い方もできるものの、夏は日差しがギラギラしてセミが鳴いて入道雲が沸き起こるもの。それゆえ、今年の夏のような事態は、本当に気が滅入るのである。

そんな中、ちょっと楽しい演奏会に行って来た。もちろん帰りには雨に降られたものの、「雨に唄えば」ではないが、音楽を口ずさみながらの帰途は、雨でも楽しいものだ。この「N 響 JAZZ at 芸劇」は、文字通り NHK 交響楽団 (通称「N 響」) が池袋の東京芸術劇場 (通称「芸劇」) で、ジャズなど、通常のクラシックのようなお堅い音楽でないレパートリーを演奏するというもの。私は今回初めて聴くが、今年が 3回目で、毎年夏に開かれているそうだ。今回の曲目は以下の通り。
 ショスタコーヴィチ : 二人でお茶を (タヒチ・トロット) 作品 16
           ジャズ組曲第 1番
 チック・コリア : ラ・フィエスタ (ピアノ : 塩谷哲)
 バーンスタイン : 「オン・ザ・タウン」から 3つのダンス・エピソード
         「ウエストサイド物語」からシンフォニック・ダンス

なるほど、確かにこれは肩の凝らない楽しい曲目である。もともと N 響というオケは、技術的には優れていても遊び心がないというイメージがあったことは否めないが、最近はそのような枠を超えた演奏をすることも多く、首席指揮者のパーヴォ・ヤルヴィもその柔軟性を高く評価している。オーケストラというものは不思議なもので、この種の軽めの音楽 (どうも気に入らない表現だが、一般的にそのように思われているタイプの音楽) を鑑賞するには、大変に腕が立つ団体でないと楽しめないのである。その意味でも、N 響が得意とする重厚なブラームスやブルックナーを離れて、このようなレパートリーを演奏してくれることに期待が高まる。そしてこのシリーズで毎回指揮をしているのは、1966年生まれの米国の指揮者、ジョン・アクセルロッド。
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この指揮者の名はどこかで聞いたことがある。経歴を見ると、指揮をレナード・バーンスタインとイリヤ・ムーシンに学び、ハーヴァード大学を卒業している。これまで、ルツェルン交響楽団・歌劇場の音楽監督、フランス国立ロワール管の音楽監督を歴任、現在は王立セヴィリア響の音楽監督とミラノ・ジュゼッペ・ヴェルディ響の首席客演指揮者を兼任している由。現代音楽も頻繁に取り上げているらしい。なかなかの実力者であるようだ。外見は上の写真よりも髪がクリクリで、体格ももう少しよかったと思うし、メガネをかけていた。加えて、衣装の具合もあり、ちょうどフランスの名指揮者ステファヌ・ドゥネーヴとそっくりのような気がした (笑)。

さて今回の演奏であるが、一言で言えば、いや実に楽しいものであった。最初の「二人でお茶を」の冒頭など、金管、特にトランペットに一層の磨きが欲しい点はあったが、木管は自発性に富み、またいつものように弦楽器の厚みとニュアンスは最高で、響きのよいホールで聴くことのできる N 響は本当に素晴らしい。最初のショスタコーヴィチの「二人でお茶を」は、米国の軽快なミュージカルナンバーの編曲なのだが、作品番号がついているということは、作曲者としてはよほどの自信作だったのだろう。1928年、22歳のショスタコーヴィチが、指揮者ニコライ・マルコ (あのムラヴィンスキーの師である!!) にそそのかされて、ラジオから聴こえて来たこの曲を、たったの 45分で大編成のオーケストラ曲に編曲したものと言われている。真偽のほどは分からないが、学生の頃から天才の名をほしいままにしたショスタコーヴィチが、未だ後年の政治に翻弄される前の自由な時代にのびのびと筆を取ったことが感じられて、私は好きなのである。続くジャズ組曲 1番は 1934年の作。当時ソヴィエト・ジャズ委員会に属していた作曲者が、ジャズの普及を目的として書いたという。私の感覚では、ジャズなど、戦後のスターリニズムにおける社会主義リアリズムと真っ向から対立する音楽だが、これもロシア・アヴァンギャルドの流れの最後の輝きであたのだろうか。この組曲は、いわゆるバンド音楽なので非常に編成は小さいが、バンジョーやハワイアンギターが入る。前者を弾くのは、あのアンサンブル・ノマドのリーダーである佐藤紀雄。後者は田村玄一という人であったが、組曲の最後の曲ではギターを膝の上に横にして、まるでツィターのように弾いていたのが面白かった。

実はそのジャズ組曲にもピアノを弾いて参加していた塩谷哲 (しおや さとる) が、次のチック・コリアの曲でソロを弾いた。彼は指揮者アクセルロッドと同じ 1966年生まれのピアニスト。東京藝術大学作曲科を中退してピアニストやプロデューサーとして活躍しているようである。ピアノのレパートリーは、いわゆるクラシック系よりは、ラテンやジャズやポップスがメインということになるようだ。この N 響 JAZZ at 芸劇のような企画にはふさわしいアーティストと言えるだろう。
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大編成のオケを前にして、最初はちょっと緊張気味かとも思われたが、音楽が流れ出すと全く心配不要。叙情性あふれ、また即興性も備えたピアノは、大変に美しいものであった。チック・コリアはもちろん有名なジャズ・ピアニストであるが、この「ラ・フィエスタ」という曲は、アルバム「リターン・トゥ・フォーエヴァー」の中のナンバーらしい。もちろんこれは、コリアが率いるグループの名前であることくらいは知っていて、アルバムも昔聴いたことがあると思うが、この曲を聴いた記憶はなかった。半分ほどはピアノソロで、時折オケがそれをかき混ぜるような曲であり、正直なところそれほどの名曲とは思わないが、演奏者が全員真摯に取り組んでいることで、充実した音楽として響いていたと思う。塩谷はアンコールとして、自作の "Life with You" というナンバーを演奏。これまた大変抒情的で、楽しめる音楽であった。

さて後半はバーンスタインの 2曲。ここでオケは本領発揮である。私が第一に感じたことは、楽員の面々が本当にこれらの曲 (特に「ウエストサイド」) を愛しているということ。そうでなければ、あんなに弾けるような音は出ないだろう。今やバーンスタインの音楽は、素晴らしい音楽として我々が受け入れられるものであり、「指揮者」バーンスタインの音楽ということではなく、「作曲家」バーンスタインの音楽として楽しめる時代が来たものと思う。実は、冒頭で指を鳴らすところや、「マンボ」の中で「マンボ!!」と叫ぶところなど、誇り高い N 響の楽員さんたちがちゃんとノリノリでやってくれるだろうかと思ったのだが、それは全くの杞憂であった。それどころか指揮者は「マンボ!!」の合いの手を客席に求めたのであったが、残念ながら舞台と客席が同時に熱狂して叫ぶということにはならなかった。かく言う私も、大好きなこの曲に参加しないことはあり得ないと思って参加したのだが、調子はずれの声で「まんぼー」と小さく呟くにとどまってしまった (笑)。いやそれにしても、この「ウエストサイド物語」のシンフォニック・ダンスは、本当にいい曲だ。先般ミュージカル全曲を久しぶりに鑑賞したこともあり、改めてこの曲がどの場面をつないでいて、どのような流れになっているのかを再確認することができた。ミュージカルの顔である「マリア」と「トゥナイト」を欠くこの組曲は、若者たちのエネルギーが悲劇にひた走る、その運命を扱っているのだ。「マリア」のメロディは「チャチャ」に出て来るし、「トゥナイト」がなくても「サムフェア」や「出会いの場面」で叙情性は含まれている。これは大変によくできた組曲であり、今回のような高いクオリティの演奏で聴くことで、聴衆はますますこの曲に引き込まれて行くのである。アクセルロッドの指揮は大変にストレートであり、大きなジェスチャーでオケを鼓舞する指揮ぶりは情熱的だ。面白かったのは、「ウエストサイド」の冒頭や「スケルツォ」でオケのメンバーが指を鳴らす場面で、何やらちょっと違う、何かを叩く音が混じっていたので、打楽器でも使っているのかと思ってよく目を凝らし耳を澄ますと、なんとそれは、指揮者が口の中で舌を鳴らす音であった!! このあたりも指揮者の持ち味が出ていると思う。また、アンコールでは「マンボ」が再度演奏され、まあ客席からの声は相変わらず「まんぼー」という感じではあったが、オケはプロフェッショナルに盛り上がっていましたよ!! 作曲家バーンスタイン、万歳!!
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ところで今回演奏されたうちの「オン・ザ・タウン」であるが、これはミュージカルの題名なのである。実は私はこの曲を学生時代に作曲者の自作自演で何度も聴いていて、ある日ジーン・ケリー特集だか何かで、劇場に「踊る大紐育」というミュージカル映画を見に行くと、題名が "On the Town" だったので、「あ、これ、バーンスタインの『オン・ザ・タウン』だったのか!!」と、ユリイカ状態になったのであった。そう、まさか「踊る大紐育」が「オン・ザ・タウン」だとは思わなかったもので (笑)。この映画 (1949年) における水兵 3人組は、ジーン・ケリー (スタンリー・ドーネンとともに共同監督を兼ねる) に加え、フランク・シナトラと、ジュールズ・マンシンだ。楽しい映画だった。
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鬱陶しい 8月を吹っ飛ばす、大変に楽しい演奏会でした。

by yokohama7474 | 2017-08-20 01:55 | 音楽 (Live) | Comments(2)

ピーター・ゼルキン ピアノ・リサイタル 2017年 8月 1日 すみだトリフォニーホール

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ピーター・ゼルキンは 1947年生まれ、今年 70歳になる米国のピアニスト。一般的な知名度はもしかしたらさほど高くないかもしれないが、クラシックの世界では、あるビッグネームとの関連で、非常に有名である。そもそも米国人で Serkin と綴る名前を、日本ではなぜに「ザーキン」または「サーキン」と呼ばすに「ゼルキン」とドイツ語風に発音するのか。しかも、ファーストネームはドイツ語風の「ペーター」ではなく英語の「ピーター」なのである。つまり、苗字のみドイツ語風なのであるが、それはつまり、「ゼルキン」とはこの人の苗字であるからだろう。
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ここで若き日の小澤征爾と映っているお爺さんは、20世紀を代表する大ピアニストの一人で、ピーター・ゼルキンの父、ルドルフ・ゼルキン (1903 - 1991) だ。私はこの人の実演を聴くことはついに能わなかったが、録音では素晴らしいモーツァルトやベートーヴェンやシューベルトを聴いて、大変な感動を何度も受けている。つまり父ゼルキンは正統的なドイツ音楽を得意とする巨匠ピアニストとして、88歳の生涯をまっとうしたわけである。それゆえであろうか、息子ピーターは、父とはまるで対照的な、70年代のヒッピー文化の中で名を上げるというキャリアを築いたのである。特によく知られているのは、ヴァイオリンのアイダ・カヴァフィアン、チェロのフレッド・シェリー、そしてクラリネットの天才リチャード・ストルツマンとともに、メシアンの「世の終わりのための四重奏曲」を演奏するために結成されたグループ、タッシであろう。当時の写真に見るそのタッシの面々は、このような人たち。前列右側が、当時未だ 20代であったはずのピーターである。尚、ピーターを日本に紹介したのは武満徹である。
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このように、もともとピーター・ゼルキンが音楽の世界でその存在感を知らしめたのは、「あの巨匠の息子」というレッテルに反抗するかのような 70年代のヒッピー風のいでたちであり、現代音楽への取り組みであったわけである。かく言う私自身も、ピーター・ゼルキンというピアニストについて、この時代の活動以降、それほどに注意を払ってきたわけではないことは白状しよう。もちろん、小澤征爾がボストン響で武満の「カトレーン」を演奏・録音したときにタッシと共演したことや、さらに後年ベルリン・フィルを指揮して珍しいマックス・レーガーのピアノ協奏曲でピーターと共演したのは、私の記憶が正しければ、父ルドルフの生前の小澤への依頼であったことを知っているし、その小澤とピーターとの共演は、東京でのベートーヴェンの合唱幻想曲で、生で体験した。そんな流れであるから、2011年のサイトウ・キネン・フェスティバル松本 (当時) で、このような写真が撮られていても驚かない。そう、ピーターの左右にいるのは、小澤征良と武満真樹である。
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私は今、ピーター・ゼルキンというピアニストについて語る中で、演奏の紹介に入る前にかなり寄り道をしているのだが、その理由は、私がもともとピーター・ゼルキンに対して持っていたイメージが、彼独特の個性を明確に示しながらも、今や既に過去のものであることを言いたいからなのである。上に書いた小澤とのベートーヴェン (ちなみにそれを聴いたのは、小澤の生誕 60年記念演奏会だったから、既に 20年以上前) で既に、ドイツの古典を正統的かつ真摯に弾きこなすピーターを目撃していた。そして今回、初めて彼のリサイタルに足を運びたいと思ったのは、その曲目である。
 モーツァルト : アダージョ ロ短調K.540
 モーツァルト : ピアノ・ソナタ第 17 (16) 番変ロ長調K.570
 バッハ : ゴルトベルク変奏曲BWV.988

ここには武満もメシアンもない。父ゼルキンが得意としたようなドイツ・オーストリア系の音楽の、しかも深い内容を持つ曲ばかり。ここに今のピーターの真骨頂が発揮されるだろうと期待された。そしてその期待は、実に見事なかたちで満たされたのである。正直なところ、このようなコンサートについては、あまり詳細を語る気がしない。たったひとりで舞台に立ち、ただ鍵盤を見ながら黙々と演奏を続けるピアニストの孤独を強く感じさせると同時に、背筋がピンと伸びるような、生きる勇気を与えてくれるような、そんな音楽の創造の現場に立ち会えることは、そうそうあるものではない、という感慨を持った。メガネに、きれいに分けられた髪、茶色の三つ揃いに白いワイシャツ、赤いネクタイにポケットチーフという、オシャレな銀行マンのようないでたちの彼、巨匠のかつての放蕩息子は、今や淡々と繰り広げられる彼自身の世界の表現によって、多くの人々を感動させることのできる素晴らしい芸術家なのである。いや、そんなことは既に何年も前からの状況であって、それに実感を持って接する機会のなかった私の方が無知なだけなのだ。
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前半のモーツァルトはいずれも晩年の作 (なお、ソナタのナンバリングは旧モーツァルト全集によるとこの曲は 16番だが、新全集では 17番である)。なんという深い孤独感。なんという透明な抒情。ピーターのタッチに父ルドルフを思い出すところはないこともないが、やはりもっと現代的に洗練されている。また、例えばブレンデルのような極限の粒立ちのよさとも違うし、内田光子の底光りのする輝きとも違い、もちろんバリバリの若手の勢いとも違う。それは、過去半世紀に亘って演奏活動を続け、世界の変動を目撃し、世界を変える試みに参加して来た芸術家の、高い境地を感じさせるものだ。

後半のバッハの「ゴルトベルク変奏曲」は、言わずとしれた鍵盤楽曲の最大の傑作のひとつだが、誰もが知るグレン・グールドの最初の録音と最後の録音があまりにも異彩を放っているため、私などは、ほかのどのピアニスト / チェンバリストで聴いても、どうももう一歩のめり込めない感がある。だが今日のピーターの演奏は、やはり淡々としながらも、曲の無類の面白さを改めて味わうことのできる名演であった。もちろん技術的に破綻はないが、かといって超絶技巧と思わせるところもない。ただ、今ここで目まぐるしく曲想の変わる音楽が鳴り響いていることの感動を覚える、そんな演奏であった。ピーターは、グールドばりのとは言わないが (笑)、時折低い唸りを上げながら、着実な足取りの音楽的な旅を続けたと表現すればよいだろうか。最後のアリアの演奏を終えたピーターは数十秒間静止をし、永遠のように思われた沈黙を破って会場に拍手が沸き起こり始めたときには、ホールを埋めた聴衆たちの心に、間違いなく温かいものが流れていたはず。それゆえ、ブラヴォーの声は出ないが、いかにも静かな感動が場内を伝わって行ったのである。こんなコンサートには当然ながらアンコールなどない。素晴らしいコンサートであった。

実はプログラムで初めて知ったことには、ピーター・ゼルキンの録音デビューは、現代音楽でもなんでもなく、なんと 1965年、18歳のときの「ゴルトベルク変奏曲」で、それはその年のグラミー賞最優秀新人賞を受賞したとのこと。その後彼は、1986年、1994年とこの曲を録音し、4度目の録音も最近済ませたらしい。つまりこのピアニストは、キャリアの最初からヒッピー姿による前衛の闘士ではなく、もともとバッハの稀代の名作で世に出て、それを非常に大事にしてきたということだ。ここでもそれを知らなかった自らの無知を恥じるのみだが、それでも、今回の演奏会を経験した私には、物事を新たに見る目がひとつ増えたと思う。そうそう、プログラムに記載されているもうひとつの面白い情報は、父ルドルフ・ゼルキンの「ゴルトベルク変奏曲」とのかかわりだ。そういえば、ルドルフのバッハとは、聴いた記憶がない。だが彼は、録音こそ残さなかったものの、この「ゴルトベルク」を愛奏し、1921年 (ということはルドルフ 18歳。ちょうど息子ピーターがこの曲でレコードデビューした年だ) にベルリンで、なんとこの曲を全曲アンコールとして弾いたというのだ!! この「ゴルトベルク」は、反復指示をどの程度実行するかにもよるが、グールドの超快速演奏でも 45分、普通は 1時間ほどかかる曲。それをアンコールで弾いたとは、なんとも恐れ入る話なのだが、狂乱の 20年代ベルリンでは、そんなこともあったのだ。

ところで、せっかくなのでこの素晴らしいピアニスト 2代が一緒に映っている写真はないものか探してみると、ありましたありました。ピーター坊や、ちょっと微妙に陰のある表情ですなぁ。
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また YouTube には、1988年に親子でシューベルトの行進曲ト長調作品52-2 を連弾した映像もある。あまり面白い曲ではないが、貴重な映像であることは間違いない。
偉大な音楽家の息子が必ずしも偉大な音楽家になると決まったわけではない。むしろ、父が偉大であればあるほど、息子にかかるプレッシャーは大きいだろう。今 70歳になった息子ピーターの音楽を聴いて、偉大なる系譜に敬意を表するとともに、現代を生きる我々としては、このような現生の優れたアーティストからもらえる恩恵を、心から楽しみたいものだと思う。

by yokohama7474 | 2017-08-02 00:52 | 音楽 (Live) | Comments(2)

東京二期会公演 リヒャルト・シュトラウス作曲 楽劇「ばらの騎士」 (指揮 : セバスティアン・ヴァイグレ / 演出 : リチャード・ジョーンズ) 2017年 7月30日 東京文化会館

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このブログはクラシック音楽に普段縁のない方にも楽しんで頂けるように、それなりには工夫して書いているつもりであるが、曲についての面倒な説明や、固有名詞があれこれ出てくると、どうやら難易度が上がるらしい。ということで、今回はかなりくだけた始まりとすることにした。オペラには様々な作品があり、その味わいもまさに千差万別。だが、もし「涙腺が刺激されるオペラ」には何があるかと問われればどう答えよう。私の場合、2つのオペラが真っ先に頭の中に浮かんでくる。私がいかに心のすさんだ冷たい人間であっても (いや、そうだと宣言しているわけではないですよ。たとえそうであってもの話)、この 2つのオペラには涙腺が刺激されずにはいられない。まずひとつは、プッチーニの「ラ・ボエーム」。大詰めの音楽ではなく、第 1幕のミミとロドルフォの出会いの場面、つまり、「私の名はミミ」と、それに先立つ「冷たい手を」である。オペラ通の方にはバカにされるかもしれないが、実際そうなのだから仕方がない。そしてもうひとつ泣けるオペラは、ほかでもないこの「ばらの騎士」なのである。

18世紀、マリア・テレジアの時代のウィーンの貴族が婚約者に銀製のばらを送るという架空の習慣を題名に持つこのオペラは、豊麗な音響に包まれた作品であるが、その内容はいわばドタバタ喜劇。聴いたことのない人は、どこに泣ける要素があるのかといぶかるかもしれない。ところがあるんです。終幕の大騒ぎのあとの 3重唱と、それに続く 2重唱。音楽の力はこんなにすごいものかと思うほど、泣けてくるのである。だから、もし初めてこのオペラを DVD などで見る人は、登場人物の行動がけしからんとか品がないとか思って途中でやめてしまってはいけない。最後の最後に、この世のものとも思えない音楽と出会う瞬間、それまでのドタバタがあったがゆえに人は心から感動を覚えるのであるから。シュトラウスという大天才がものした、信じがたいほど素晴らしい音楽なのである。これが比較的若い頃のシュトラウス。
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今年の東京では、私の知る限り、この「ばらの騎士」が 2種類上演される。ひとつは、11月から 12月にかけて、外国人歌手を主役級の役柄に迎えて行われる、新国立劇場の公演。そしてもうひとつは、今回私が鑑賞したもの。この公演は、二期会創立 65周年、財団設立 40周年を記念して行われるもので、英国の名門音楽祭、グラインドボーン音楽祭との提携公演であるらしい。二期会の公演はこのブログでも何度も採り上げている通り、ワーグナー、シュトラウスというドイツものを採り上げることが多いが、ひとつの大事な点は、多くの場合、キャストがすべて日本人であることだ。今回のこの「ばらの騎士」は、音楽だけで正味 3時間、休憩を含めると 4時間を要する大作で、登場人物も大変に多い。だがキャスト表を見てみると、見事に全員日本人で、しかもかなりの脇役に至るまでダブル・キャストが組まれているのだ。
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以前も書いたと思うが、世界の大都市の大部分においては、オペラハウスがひとつだけ (もちろん、ウィーンやベルリンは例外) あって、ほぼすべてのオペラ公演がそこで上演される。ところが東京の場合、オペラハウスでの公演以外に、この二期会や藤原歌劇団が年に何演目も公演を打っている。加えて、ホール (日生劇場など) の主催公演もあり、そして、欧米各地のメジャーマイナー入り乱れてのオペラハウスの引っ越し公演が頻繁にある。そう、オーケストラコンサートの数同様、オペラの上演回数に関しても、東京は、控えめに表現しても世界有数、もしかしたら世界一かもしれないのである。そしてさらに驚くべきは、この二期会の公演のように、キャストが全員日本人ということも多いのだ。こんなことが東京以外で起こっているとは思えない。もちろん、すべての上演が世界最高水準ではないかもしれない。だが、若い歌手でも舞台に立つチャンスが与えられることで、どんな大作・難曲でもレパートリーとして定着して行く。それこそがまさに文化の発展である。今回の公演では、そのことの価値を改めて実感することとなった。

但し、歌手 (とオーケストラ団員のほとんど) が日本人であっても、今回の指揮者と演出家は外国人だ。今回ピットに入るオーケストラ、読売日本交響楽団 (通称「読響」) のコンサートも振ったことがあるドイツの指揮者、セバスティアン・ヴァイグレ (1961年生まれ) は、現在フランクフルト歌劇場の音楽監督として気を吐いている。演出のリチャード・ジョーンズも、英国ロイヤル・オペラのみならず、スカラ座や MET などでも仕事をしているほか、通常の演劇の演出も行っている。今回の記者会見時の様子がこちら。興味深いことに、今回の上演は、東京のあと、名古屋 (愛知県芸術劇場)、大分 (iichiko 総合文化センター) にも巡回するという。尚、名古屋と大分では、これも名指揮者であるラルフ・ワイケルトが指揮を取る。
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東京での公演は 4回で、私が見たのはその最後のもの。上記の写真の通り、7/26 (水)・29 (土) のキャストと、7/27 (木)、30 (日) のキャストは完全に異なるもの。これだけの数の歌手たちがドイツ語の作品をきっちりと歌いこなすのを見て聴いて、きっと指揮者も演出家も、日本の歌手の水準の高さに目を見張ったものであろう。私の見なかった方の回には林正子、妻屋秀和、幸田浩子というおなじみの人たちが出ていて、キャストの知名度の点ではそちらの組の方が正直なところ高かったようだが、私の場合、新たな歌手に接して感動する喜びに価値を見出すタイプなので、むしろこの組の方に期待をもって見に行ったのである。

まず特筆すべきは、ヴァイグレ指揮の読響による雄弁な音楽。冒頭部分は、情事を表現したと言われている、活力と艶美さを兼ね備えた音楽で、ここは勢いよくきれいな音で走り出さないといけないところ、実に堂に入った滑り出し。それから第 2幕冒頭は早馬であるが、そのギャロップの楽しくまたしっかりしたこと。第 3幕では、オックス男爵を驚かすための仕掛けを試しているわけで、ガシャガシャと不協和音が響くが、そのいたずらぶりが充分に表現されていた。ヴァイグレの指揮は実に巧みで、優美な箇所は絶妙の呼吸で音の艶を引き出し、騒音をかきわけるような箇所でも、オケが乱れることはまずない。「ばらの騎士」の音楽は実に手の込んだ複雑なものであるが、これだけ鳴っていれば申し分ない。

歌手陣も総じて安定した出来。舞台にはプロンプターボックスが見当たらず、この長丁場をどの歌手も余裕で歌いこなした。特に元帥夫人役の森谷真理 (もりや まり) は、この役に必要な、適度な色気と大人の分別を充分に表現していて見事。2016年12月23日のヤクブ・フルシャ指揮東京都響の第九の記事で紹介した通り、ウィーン在住で、レヴァイン指揮のもと MET で「魔笛」の夜の女王を歌った経験もある人だ。
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オクタヴィアンの澤村翔子は、あとで述べるように、演出によってパンツ役としての個性が少し抑えられてしまったようにも思うが、演技も含めて熱演。ゾフィーの山口清子は未だ若い歌手のようで、声量には課題があったが、声の質は美しいと思った。多少残念だったのはオックス男爵の大塚博章で、この役の粗雑さ (それゆえに憎めない) には少し合わないタイプの歌手だと思った。

演出について少し述べると、最近の傾向に沿うように、舞台装置は概して簡単なものであり、巡業を行うという現実的な要求を満たしている。役者にも結構細かい演技をさせ、音楽に合わせた動きなどもあって、この千変万化の音楽にうまく乗るものであったと思う。ただ一方で、そこに何かポンと膝を打つような新たな発見もないように思った。冒頭でいきなり、舞台奥で元帥夫人が全裸 (もちろん肌色のスーツ) でシャワーを浴びているのを見て、これは結構過激に走るのでは、と思ったことからすれば、やや拍子抜けと言ってもよいかもしれない (あ、裸を期待したわけではないので念のため 笑)。第 1幕ではこのような長いソファの上で物語が展開する。壁の時計は開始時には 8時30分を指していて、実際に 70分間の演奏時間中、針は進んで行く。ここで通常と違ったのは、オクタヴィアンは最初に登場して来たときから女性の長い髪を束ねておらず、その姿はどう見ても女性なのである。この役の面白みは、「フィガロの結婚」におけるケルビーノ同様、女性が男を演じる役において、劇中でその男役が女を演じるというジェンダー・パニックなのであるが、何かあえてそのような要素を消してしまったように思われた。
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第 2幕は、最初はこのような前景で進み (ゾフィが結婚の衣装を着せられているところ)、壁が開くと、奥に水の流れるファーニナル邸の玄関が現れる。その後は今度は長いテーブルが現れて、ゾフィはその上に登らされる羽目になる。歌手たちの動きに変化をつけようという意図だったのか。
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第 3幕は終始このような屋根裏部屋のような場所でストーリーが展開する。オックスの下心に応じて (?) 照明が変わるのが面白い。だが、細部の小道具にはあまり説得力が感じられず、また、通常はオックスのズラは、騒ぎの中ではがされてしまうのだが、この演出では自分で堂々と取っており、これもあまり必然性を感じない (笑)。この写真の場面はもちろん最後の 3重唱で、ここでは天井の高い部屋でじっくりと歌われるこの名曲に、やはり今回も酔いしれることとなった。
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この作品が作曲されたのは 1910年で、作曲者 46歳のとき。今日でも頻繁に演奏される一連の交響詩群を書き終え、オペラに移行して行く時代の作品であるが、この作品は未だ作曲者 5曲目のオペラであったわけで、しかもその前が「エレクトラ」、さらにその前が「サロメ」と、既に超絶的な作品を書いていたことを思うと、空恐ろしいような気がする。ホフマンスタールという一流の作家との共同作業ということもあって、まさしく世紀の傑作のひとつである。考えてみれば、若い頃からの盟友であったマーラーが亡くなったのは、このオペラが初演された 1911年。時代の過渡期である。もちろん世界情勢も明らかな過渡期であり、3年後に勃発した第一次世界大戦によって大ハプスブルク帝国は崩壊してしまうわけだ。上記の 3重唱で元帥夫人が語る「何事にも終わりがある」という言葉は、その意味では大変に象徴的なのであるが、そんな思いもあって、奇跡の 3重唱が壮大な夕焼けのように響くのを聴くと、いつも私の涙腺は緩んでしまうのである・・・。

このように、課題も成果もそれぞれに楽しい上演であったのだが、実は私には、第 3幕で壁にかかっていた絵画について、なかなか思い出せないというオマケがついた。これはヴィーナスであって、画家の名前には確か「ネル」がついたはず・・・。うーん、でもそれ以上思い出せない・・・。呻吟しながらネットで「ネル ヴィーナス」と検索すると、なんということ、画家の名前はアレクサンドル・カバネル (1823 - 1889)、オルセー美術館所蔵の「ヴィーナスの誕生」(1863年作) であると確認でき、溜飲を下げたのである。便利な時代になったものだ!! カバネルは 19世紀フランスのアカデミーの画家である。
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この「ばらの騎士」という作品の持つ力は、とても簡単に語りつくせるものではないが、もしこれまでこの作品をご存じなく、今後名古屋か大分でご覧になろうという方は、是非是非、最後の 3重唱で涙腺が緩む経験をして頂きたい。その経験をする前と後とでは、シュトラウスの音楽について、ロマン派の美学の究極について、また、戦争に突入して行ったヨーロッパの歴史について、実感できるものが変わってくることと思いますよ。それはすぐれて文化的な出来事と言えると思う。

by yokohama7474 | 2017-07-31 00:24 | 音楽 (Live) | Comments(4)

すみだサマーコンサート 2017 指揮とピアノ : 上岡敏之 新日本フィル 2017年 7月29日 すみだトリフォニーホール

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このブログで何度もご紹介して来ている通り、新日本フィルハーモニー交響楽団 (通称「新日フィル」) は、錦糸町駅近くのすみだトリフォニーホールを本拠地としている。このホールは墨田区によって建設されたものであるが、とかく土地に不足する東京において、オーケストラが本拠地で練習もでき、そのままそこでコンサートもできるという環境は極めて稀だ。東京に並み居るオケの中で初めてそのような稀なことを成し遂げたのが、この新日フィル。このすみだトリフォニーホールのオープンは今からちょうど 20年前。そのことについては、今年 3月11日付の記事の中でも触れておいたが、実際のところ、過去 20年間のこのオケの躍進ぶりには目を見張るものがある。誤解を恐れずに言えば、小澤征爾と朝比奈隆をかなりの頻度で聴くことができるオケとして人気を博した頃よりもさらに充実した状態にあると思う。今回、ちょうど隅田川の花火大会の日に私が出かけたこのコンサート、副題が「わが街のコンサート」となっていて、墨田区が音楽の力で地域を活性化したいという意図でこのホールを建設し、20年に亘って音楽活動を展開してきたことを記念するもの。ただ単に一流の演奏家を外から呼んできて演奏してもらうのではなく、そこに暮らす人たち自身の力で音楽を創り出し、それによって街の活性化を図るという試みは、本当に貴重なものなのである。

そして今回のコンサートはまた、新日本フィルの音楽監督上岡敏之 (かみおか としゆき) の就任シーズンの締めくくりの演奏会でもある。今年 9月からの新シーズンにおいては大変盛り沢山の面白いコンサートが予定されているが、とりあえずは今シーズンの締めくくりということで、オケの皆さんの気合もまたひとしおであろう。これがマエストロ上岡。どんなときもニコニコしておられる (笑)。
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さて、今回の曲目は一風変わっている。
 アルヴォ・ペルト (1935 - ) : 子どもの頃からの歌 --- 少年少女合唱とピアノのための
 オルフ : カルミナ・ブラーナ

後半のカルミナ・ブラーナは人気曲であるが、前半のペルトの曲はいかなるものか。実はこの曲、副題にある通り、少年少女合唱とピアノのための曲であって、オーケストラは登場しない。少年少女合唱は、すみだ少年少女合唱団で、それを指揮するのは甲田潤という指揮者。そして、それを伴奏するピアノを弾くのが、なんとマエストロ上岡なのだ。だが驚いてはいけない。確か以前も書いたことがあるが、上岡はピアノの名手でもあり、新日フィルのメンバーと室内楽を演奏することはもちろん、ピアノ・ソロのアルバムも出しているし、なんと、音楽史上最も難しいとも言われるラフマニノフのピアノ協奏曲第 3番のソリストを務めたこともある。私の知る限り、日本でそんな芸当ができるのは彼ひとりであろう。これが彼のアルバムのジャケット。
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1曲目の作曲家アルヴォ・ペルトは、既にそれなりの知名度があると思うが、現代を代表する作曲家で、バルト三国のエストニア出身。私としても、過去 30年くらい深く愛好する作曲家である。既に 82歳になった。
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もし現代音楽にあまり関心がないが、何かヒーリング効果のある曲を聴いてみたいと思う人がいれば、だまされたと思ってこの人の音楽を聴いてみて欲しい。例えば「フラトレス」など大いにお薦めである。その様式は一種のミニマルともみなしうるが、「鐘の音」(ティンティナブリ) 様式という自身の命名が、この作曲家の作風を端的に表しいている。だが今回演奏された「子どもの頃からの歌」はちょっと異色の作品で、彼が若い頃に舞台やアニメーション用に書いた平易な音楽を実に 15曲集めたもの。2015年に発表され、自身の母に捧げられていて、演奏時間は約 30分。今回の演奏で見事な歌を披露したすみだ少年少女合唱団は、小学生から高校生から成る合唱団で、これこそ、音楽における街の活性化の大きな成果であろう。舞台手前、真ん中に置かれたピアノの左右にそれぞれ 30名ほどが陣取り、曲によってはソリストたちが舞台手前に出てくる。この曲の歌詞はドイツ語であるが、驚いたことに、年長者の数名以外は皆、譜面を持たない暗譜での歌唱である!! 相当に準備を重ねたのであろうし、彼ら彼女らにとっては、一生忘れることのできない経験になったに違いない。但し、60名ほどのメンバーのうち、男の子はほんの数名。私が数えた限りにおいては、4名だったと思う (スカートをはいていた男の子がいないという前提。笑)。やっぱり男の子の場合は、合唱なんて女の子がやるものだという意識があるのであろうか。そんなことはないですよ、歌だって体力が要るし、表現力だって要る。墨田区の男の子たちには、これから合唱を頑張ってもらいたい。ところでこの曲のピアノ伴奏は、曲の性格からして、それほど奇抜な音は出てこないものの、それなりにいたずらっぽい刺激的な箇所も時々あり、今回の上岡の演奏は、さすが!! の一言。これを聴いたことで、指揮者としての彼のテンペラメントをよりよく理解できたと思う。こんな練習風景の写真があるが、この「探偵」というゆるキャラらしきものは一体・・・(笑)。
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さて後半のカルミナ・ブラーナであるが、これまたいつもの通り、上岡の個性の刻印が明確に捺されたものになった。そもそもこの曲の冒頭は、迫力ある映画やテレビのシーンで BGM として使われることが多く、今ならちょうど劇場でかかっている映画「関ヶ原」の予告編の音楽だといえば、知らない人でも、あぁあれか、ということになると思う。だが上岡の手にかかるとこの曲は、ただがなりたてる曲ではなく、細部において非常に繊細な部分を持つダイナミックレンジの広い曲として再現される。テンポの速い箇所は、オケや合唱 (栗友会合唱団と、上記のすみだ少年少女合唱団) がついて行くのに若干苦労するような印象であったが、その一方で、非常に丁寧に曲の起伏を描き出そうとする意図は明白であり、その点に指揮者の個性が表れていたと思う。願わくば、さらに切り込みの鋭い、また音の重量が感じられる、そんな演奏になればもっと感動的になるのでは。歌手陣は、二期会のメンバーであるバリトンの青山貴と安井陽子は見事。焼かれる白鳥をカンターテナーで歌った絹川文仁 (開成高校の歌唱講師を務めているらしい。うーん、そうなのか) は、ちょっとご愛敬のような熱演ぶり。全体を通して、シーズンを締めくくり、また墨田区の音楽行政の成果を確かめるには恰好の演奏会であった。

終演後、サイン会があったので参加した。来シーズンのはじめ、9月にはマーラー 5番をメインとしたプログラムが予定されているので、「9月のマーラー、楽しみにしています」と声をかけると、「あぁ、ありがとうございます」と、大変丁寧に答えて下さり、こちらが恐縮するほどだった。上岡と新日フィルのコンビ、さらに知名度を上げて行ってもらうべきと思うので、私はささやかながらこのブログで声援を送り続けることとしたい。
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さて、最後にもうひとつ興味深い話題を。新日フィルの演奏会では、開演前に楽員数名がホワイエでプレ・コンサートを行うのが通例となっていて、今回もそれがあった。だが、結構混み合っていたので、私はその場所に足を運ばなかったのである。だが休憩時に見ると、このような絵画作品が、墨痕 (と言ってよいのか分からぬが) 鮮やかに展示されているではないか。
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むむ、この筆致はどこかで見たことがあるぞ。そうだ、来シーズンの新日フィルの定期演奏会のパンフレットである。この表紙、妙に印象に残るし、個別のコンサートのチラシも、同じようなデザインで既に作成されている。
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案の定これは、角田晴美というアーティストが、その場で曲の演奏とともに描き上げたものであることが分かった。なぜ分かったかというと、そこにいた真っ白い涼し気な和服を来た美人にピンと来て、オッサン特有の厚かましさで「あの、これ、先刻描かれたんですか」と質問すると、「はいそうです。10分くらいで」と返事があったからだ。因みに、演奏された曲はルクレールの 2つのヴァイオリンのためのソナタ第 3番とのこと。この絵画作品は、ルクレールの音楽とともに描かれたにしては若干情念過多とも思われるが (笑)、なかなかに印象的だ。帰宅して調べてみると、この角田さんは地元墨田区在住で、画家でありながら不動産屋。宅地建物取引士の資格を持っているという。「下町レトロ & リノベ物件サイト すみだの住みか」というサイトで、古い家屋を改造して活用するという、彼女の活動を見ることができる。こんな方です。
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そんなわけで、様々な意味で墨田区の文化行政に触れることのできる、大変貴重なコンサートであった。地域に根差した音楽を推進するには、なかなか大変なことも多いと思うが、下町ならではの活気をエネルギーにして、新日フィルさんにはますます頑張って頂きたい。あ、角田さんも頑張って下さい。

by yokohama7474 | 2017-07-30 01:03 | 音楽 (Live) | Comments(0)

エリアフ・インバル指揮 大阪フィル 2017年 7月28日 大阪・フェスティバルホール

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つい先だっての記事で、イスラエル出身、今年 81歳の名指揮者エリアフ・インバルが指揮する東京都交響楽団によるマーラーをご紹介し、世界有数のマーラー指揮者であるインバルのマーラーをまた聴きたい!! と絶唱 (?) したのであるが、そのチャンスは意外と早く巡ってきた。東京以外に本拠を置く日本のオケとしては有数の歴史と実力を誇る大阪フィルハーモニー交響楽団 (通称「大フィル」) が、その定期演奏会の指揮台にインバルを招き、しかもその曲目は以下の通りだ。
 マーラー : 交響曲第 6番イ短調「悲劇的」

大フィルの演奏会には以前からなかなか興味深い指揮者と曲目の組み合わせがあるので、聴いてみたいなぁと思うことが結構ある。だが、このオケの定期演奏会は木・金に行われており、週末はないのである。東京在住者としては、なかなか聴くチャンスがないのだ。だが。だがである。ちょっと待て。現在日本政府はライフ・ワーク・バランスに鑑みて、毎月最終金曜をプレミアム・フライデーと称して、早めに退社するように強く薦めているではないか。実際、私が日常的に関係のある省庁の人と 7/28 (金) の午後、打ち合わせをしようと打診すると、「その日はプレミアム・フライデーだからダメです」との回答。むむむ、そういうことなら話は簡単。15時過ぎの新幹線に乗って、一路大阪へ。かくして、インバルの指揮するマーラーをこの日本で再度楽しむことができた私は、本当に幸せ者なのである。ええっと、ここで白状すると、7/15 (土) に井上道義指揮大フィルの演奏会、バーンスタインのミサを聴いたときに、既にチケットを購入したものであった。ライフ・ワーク・バランスなら任せて欲しい (笑)。
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クラシック・ファンの方々には今更紹介するまでもなく、インバルは過去 30年以上に亘り、マーラー演奏の大家として揺るぎない地位を保っている。海外オケとの来日以外にも、NHK 交響楽団、読売日本交響楽団等といった在京オケとの顔合わせで精力的な演奏活動を日本でも繰り広げて来た。その中でも、2008年から 2014年までプリンシパル・コンダクター (日本語の意味は首席指揮者) を務めた東京都交響楽団との顔合わせは、数々のレコーディングもあり、世界に誇れるクオリティの演奏なのであるが、そのレパートリーの中心は、なんと言ってもマーラーである。それゆえに先日の交響詩「葬礼」と「大地の歌」の名演も、その流れの中にあった。指揮者にはいくつかのタイプがあり、活発に多くのオケとの共演を展開する人もいれば、気心の知れたオケと集中的に演奏に取り組む人もいる。インバルのキャリアを見ていると、基本的には後者であると思うのだが、それでも、80を超えてなお、新しいオケとの演奏を行っている点も驚異的なのである。そう、昨年 9月に初めて東京以外の日本のオケを指揮したインバルが、この大フィルとともに演奏した曲は、モーツァルト 25番とマーラー 5番。それから 1年を経ずして大フィルの指揮台に帰ってきたインバルは、やはりマーラーの大曲で勝負したのである。日本人のマーラー好きをよく知っているのであろうし、また日本でのマーラー演奏を楽しんでいるのであろうと思う。

先の都響との演奏会と同様、2本の指揮棒を持って現れたインバルは、いつものように譜面をめくりながらの指揮。冒頭の低弦は、少し呼吸が揃わないきらいがあったが、ズッズッズッと刻むリズムの重さは充分だ。今回のコンサートマスターは、大フィルの首席客演コンサートマスター、崔文洙 (チェ・ムンス) である。彼はまた新日本フィルのソロ・コンサートマスターでもあるのだが、今回の演奏では、まず第 1楽章のいわゆる「アルマの主題」を強く歌うところで、ほぼ中腰になって持てる力すべてをもってという様相を呈する演奏ぶりだ。つまり、中腰というか、ほぼ椅子から立ち上がりかかった姿勢での演奏であったのだ。その後も全曲を通して、全身全霊をもって大フィルの弦楽器をリードするという気概に圧倒された。素晴らしいコンマスなのである。
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今回の演奏、大フィルによる熱演であったことは間違いない。技術的なミスはほぼ皆無であった。だが。だがである。東京でしのぎを削るオケの数々においても、その音の充実感で東京一、つまり日本一を争う、あの都響を聴いた後では、さすがに分が悪いことを否定できない。どこがどうというのは難しいのだが、全体的に、私がよく使う言葉で言えば、音の緊密さを少し欠いていたように思うのである。もちろん、例えば今から 20年前なら日本のどこのオケでもフゥフゥ言いながら演奏していたこのとてつもない難曲を、技術的な破綻なく通して演奏するだけでも大変なもの。なので私は大フィルの健闘には拍手を送りたいのであるが、都響と比べて云々という評価方法にはひとつの意義があって、つまりは日本のオケ全体のレヴェルが、過去 20年間の間に急速に上がってきているということなのである。それゆえ、終演後のインバルはここでもまた、満足そうな表情を浮かべていた。実は今回インバルは、第 1楽章と第 2楽章、そして第 3楽章と第 4楽章 (ちなみに、第 2楽章と第 3楽章の順番は、伝統的な順番、つまりはスケルツォ - アンダンテ) の間をほとんど空けずに、いわゆるアタッカで演奏した。私が過去に何度か経験したこの指揮者のマーラー 6番ではどうだったか、にわかには思い出せないが、ここで勝手な推測を述べてしまうと、インバルの意図は、オケの集中力を途切れさせることなく、全曲をひとつの大きな弧として連続性をもって表現することで、音の緊密さを少しでも高めようとしたものではないか。弦はもっともっと歌ってもよい。金管はもっともっと炸裂してもよい。そして木管は、もっともっと目立ってもよい。そのようなインバルの思いが伝わってくるような指揮ぶりであったと思う。

繰り返しだが、私は今回の演奏を充分に堪能した。だがその上で、東京以外のオケの雄である大フィルには、まだまだ上を目指すことができると思うがゆえに、率直な感想を書いてみた。私は、オーケストラ音楽のいちファンとして常々思うことには、地方オケをもっともっと聴いてみたい。東京のオケの地位を脅かすような、充実の演奏を期待したいものだ。この大フィルに関して言えば、現在の井上道義体制から来年発足する尾高忠明体制に向けて、さらに意欲的な演奏を行っていって欲しいものだ。以前も書いたが、この中の島のフェスティバルホールは、キャパが大きい割には音響がよい。もちろん、大阪にはまた、素晴らしい音響のザ・シンフォニーホールもあって、音楽的な環境は既に贅沢なほど整っているのである。これがフェスティバルホールでの大フィルの演奏風景。
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今後の大フィルのスケジュールを見ていると、面白そうな演奏会がいくつかある。東京から聴きに行くのは決して楽ではないが、願わくばまたプレミアム・フライデーの恩恵をこうむって、素晴らしい演奏会を大阪で体験してみたい。

by yokohama7474 | 2017-07-29 23:11 | 音楽 (Live) | Comments(4)

チョン・ミョンフン指揮 東京フィル 2017年 7月23日 Bunkamura オーチャードホール

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一週間ほど前にジョナサン・ノット指揮東京交響楽団による熱演をレポートしたマーラーの交響曲第 2番「復活」であるが、その演奏と相前後して、その第 1楽章の原型となった交響詩「葬礼」の素晴らしい演奏を、エリアフ・インバル指揮東京都交響楽団が披露した。そして、7/21 (金) とこの日 7/23 (日) の 2回に亘って、今度はチョン・ミョンフン指揮東京フィル (通称「東フィル」) によって、また「復活」が演奏されるという事態。東京は時ならぬ「復活祭り」(?) に沸いているのであるが、 せっかくならこのお祭りに参加しないと損ではないか。現在は東フィルの名誉桂冠指揮者という地位にある世界的指揮者のチョンであるが、上のチラシにある通り、彼がこのオケで「復活」を振るのは 2001年以来実に 16年ぶりとのこと。日本のオケの指揮台に立つ名指揮者たちの中でも、このチョン・ミョンフンはもちろん、世界楽壇における地位もトップ中のトップであるが、私の感じるところ、その音楽の「凄み」という点において、他の追随を許さないレヴェルに達している人である。そんな彼の振る「復活」に、期待するなという方が無理というもの。
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今回、チョンと東フィルはこの「復活」を合計 3回演奏するのであるが、その日程と会場が面白い。まずは東京オペラシティで 7/21 (金) に行っており、そして今回の Bunkamura オーチャードホールでの演奏、そして 3回目はなんと夏休みを越えて、9/15 (金) に、改装なったサントリーホールで演奏される予定になっているのだ (ソリスト、合唱団もすべて同じ)。そもそも世界的指揮者が 2ヶ月を挟んで東京で同じ曲、しかもこんな大曲を指揮するとは極めて珍しいことであるが、東京を代表する 3つの異なるホールで「復活」を演奏するこのコンビには、何かの決意があるということだろうか。実は前回、2001年にチョンと東フィルがこの「復活」を演奏したのは、新星日本交響楽団との合併を経た「新生」東フィルとしての最初の定期演奏会であったとのこと。興味深いことに、合併前の旧・東フィルとしての最後の定期演奏会も、沼尻竜介の指揮でこの曲が演奏され、合併 5年後の 2006年にはダニエル・ハーディングの指揮で、10年目の 2010年には当時常任指揮者に就任したばかりのダン・エッティンガーの指揮で、この曲が演奏されているという。こうなってくると私もひとつ情報を付け加えたくなる (笑)。合併前の新星日響も、当時の大指揮者のもとでこの曲を演奏していて、それは 1986年、朝比奈隆によるもの。高揚感ある演奏だったのを覚えている。これは当日のプログラムからの写真。
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思い起こしてみれば、チョンが合併後の東フィルのミュージック・アドバイザーに就任するというニュースには、本当に驚いたものだ。もちろんそれに先立って N 響ではシャルル・デュトワが常任指揮者、そして音楽監督としての活動を行っていて、それまでの日本のオケの在り方が変わろうという流れはあった。だが東フィルの場合、合併前に音楽監督であった大野和士が非常に大胆なオペラ・コンチェルタンテ・シリーズなどで気を吐いていたので、その手作り感あふれる状態から、一気に世界のメジャー指揮者を指揮台に迎えることには、素直に喜べない気がしたのである。チョンほどの大物を高いギャラを払って連れて来ても、それは一時的なトレーニング目的であって、きっと長年に亘って振ってくれることはないだろうと、私は勝手に思い込んでいたのであった。ところが、それから早いもので 16年。私の思い込みは嬉しいことに間違っており、チョンは今も頻繁に東フィルの指揮台に立ってくれている。そう思うと、過去 20年ほどの日本のオケの飛躍を象徴するコンビのひとつが、チョン・ミョンフンと東フィルと言っても過言ではないだろう。

演奏開始前にステージを見渡すと、コントラバスが 10本の大編成である。最近このような大曲でも、通常サイズの 8本で演奏することが多いと思うが、ここは大規模所帯の東フィルならではの贅沢か。いつもの通り暗譜で指揮を始めたチョンであるが、上に書いた「凄み」は、その呼吸から来ている。気負いすぎることなくごく自然にキューを出して開始した冒頭部は、驚くほどの切れ味でもなかったものの、それに続く低弦の唸りには、凄みを抉り出すチョンの真骨頂が、早くも見えた。総奏に入っても、音楽は過剰な熱を帯びることはなく、迫力はあるものの、ある意味では淡々と進んで行く。逆説的かもしれないが、この淡々とした感覚こそが、チョンの紡ぎ出す凄みの秘訣なのだと思う。どういうことかと言うと、淡々としているかと思えた第 1主題に対して、第 2主題では一転、通常よりもぐっと遅いテンポで纏綿と旋律を歌い抜く。そのときに聴き手は、何か新しい世界が展開したように感じるのである。これはその後も全曲を通して聴かれた傾向で、例えば第 3楽章スケルツォでは的確なリズム感が諧謔味を強調していたし、終楽章の長い長い起伏の中で、オケの爆発の前、あるいは合唱が入ってくる前という要所要所では、遅いテンポでの祈りのような音楽が奏された。このようなメリハリによって聴き手は、ある時には突き放されることもあれば、ある時には纏綿たる情緒に溺れることとなる。チョンが大きな呼吸で指揮棒を振るとき、そこに生じる音楽の凄みが、徐々に深みを帯びて行くのである。既にお互いをよく理解している指揮者とオケのコンビであるから、音の呼吸も自然なのであるが、もし今回の演奏で僭越ながら課題を挙げるとするなら、金管の弱音部の細かいニュアンスではなかったろうか。ところで以前も書いたが、上記のようなチョンの音楽の特性は、彼の師匠であるカルロ・マリア・ジュリーニと共通する点があるのではないか。ジュリーニの手掛けたマーラーは、私の記憶する限り、1番、大地の歌、9番だけである。だが、もしジュリーニが「復活」を振ったらこんな演奏になってのではないか、などと想像しながら聴いていたものである。

今回の独唱者は二期会の人たちで、ソプラノの安井陽子とメゾ・ソプラノの山下牧子。合唱は新国立歌劇場合唱団であった。第 4楽章で独唱を歌うメゾの山下は、なんとも深々とした情緒を伴う声。どこかで聴いたと思ったら、今年 2月に新宿文化センターで行われたアンドレア・バッティストーニ指揮の同じ東フィルによるヴェルディのレクイエムであった。これが山下さん。
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そういえば新国立劇場合唱団は、前日 (土曜日) もフルシャ指揮東京都交響楽団の演奏会で、スークの「人生の実り」を歌っており、それは 2回の「復活」の演奏会 (金曜日・日曜日) の間だったことになる。既に新国立劇場でのオペラのシーズンは終わっているとはいえ、大変な日程である。もっとも「人生の実り」の方は女声合唱だけであり、歌詞のないハミングのみなので、それほど負担ではなかったということか。あるいは、そもそも 2組に分けての別々の歌手たちの出演であったのだろうか。ただ、合唱指揮は同じ冨平恭平。連続した日程で全く別の曲を聴くのに、同じ合唱指揮者が連続でステージで挨拶するのを見るというのも珍しいことだ。また、ここでひとつ思い出したことには、今回の演奏では、メゾの山下を除くソリスト・合唱団のメンバーは、全員譜面を見ながらの歌唱であった。最近の東京での声楽付きの大曲の演奏では、合唱団も暗譜ということも多いが、もともとヨーロッパでは、宗教的な内容の曲の場合には譜面を見るのが普通で、それは神に捧げる言葉、あるいは神がら授かった言葉を歌うからだ。「復活」はミサなどの純然たる宗教曲ではないものの、終楽章の歌詞は明らかに宗教性のあるもの。そのような背景に鑑みて、指揮者が譜面使用を指示したものではないかと、私は想像したくなるのである。

この曲の終盤は、それはもう凄まじい音響の嵐となるので、どんな演奏でも感動するのだが、今回のチョンと東フィルの演奏も、まさに鳥肌もの。この曲の優れた演奏では、合唱の盛大な盛り上がりに対して指揮者の身振りが返って小さくなることが多く、それこそがこの曲の凄みを引き出すひとつの要因かとも思うが、もちろん、「凄み」の指揮者チョン・ミョンフンは、最小限の身振りで最大限の壮絶な音量を炸裂させて、全曲を終了した。この曲の終楽章では舞台裏でトランペットとホルンとティンパニの別動隊が演奏をして、大団円ではそれらの奏者 (あ、もちろんティンパニは除く) もステージに合流して大音響に貢献するという方法が一般的だが、前述の通りこのオケはほかのオケよりも規模が大きいので、それはないかと思っていたら、なんのことはない、最後の最後に何人かの若い奏者 (多分学生のエキストラではないか) が舞台に合流した。数えてみると、トランペットは (起立の 4名を含む) 10名、ホルンは 11名であった。若い奏者たちにとっても、このような経験は本当に生涯の宝になることだろう。

高揚した気分でホールから出ようとすると、たまたま会社の先輩とばったり出くわした。中学生くらいの息子さんと一緒で、なんでも息子さんはホルンを演奏するという。「じゃあ、早くマーラーの演奏会に、エキストラとして出れるといいね」と冷やかすと、「はい」と照れながら答えてくれたのが微笑ましかった。現在ドヴォルザーク 8番を練習中とのことだったので、「ここは大変だねー」と、終楽章のアクロバティックなホルンの箇所を歌うと、我が意を得たりとうなずいてくれたのだが、こちらは演奏せず、ただ口で歌うだけだから気楽なもの (笑)。若い奏者の皆さんにとっては、東京は様々なオケを実際に耳にできる恵まれた環境なのである。プロのオケマンの皆さん、是非未来を信じて、さらに素晴らしい演奏を展開して行って頂きたい。

by yokohama7474 | 2017-07-24 00:32 | 音楽 (Live) | Comments(0)

ヤクブ・フルシャ指揮 東京都交響楽団 2017年 7月22日 東京芸術劇場

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この日の 14時からのコンサートにはいくつかの選択肢があった。まず、すみだトリフォニーホールでは、上岡敏之が手兵新日本フィルを指揮して、幻想交響曲などを演奏する。東京オペラシティコンサートホールでは、藤岡幸夫指揮東京シティ・フィルが、エルガー 1番などを演奏。これも面白そうだ。いやいや、本命はやはり、ミューザ川崎シンフォニーホールでの、ジョナサン・ノット指揮東京響であろう。なぜなら曲目は、シェーンベルクの浄夜とストラヴィンスキーの春の祭典という意欲的なものであるからだ!! これらはいずれも是非聴いてみたいものばかりであるが、残念ながら体はひとつ。涙を呑んで私が選んだのは、これらとは違うコンサート。東京都交響楽団 (通称「都響」) を、首席客演指揮者のヤクブ・フルシャが指揮するものだ。実のところ、今月都響は 3種類のプログラムを演奏するが、そのうちの 2種類は既にこのブログでご報告済。マルク・ミンコフスキ指揮の演奏会とエリアフ・インバル指揮の演奏会で、いずれも大絶賛した。そうなると残るもうひとつのプログラムも、聴かざるを得ないではないか (笑)。もちろん、世界の指揮界における若手のホープ、フルシャの指揮ということは大きなポイントであるが、曲目がまた素晴らしい。以下のようなもの。
 ブラームス : 交響曲第 3番ヘ長調作品90
 スーク : 交響詩「人生の実り」作品34
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ちょっと渋いと言えばそうかもしれないが、注目はやはり、フルシャの故郷であるチェコを代表する作曲家のひとり、ヨゼフ・スーク (1874 - 1918) の代表作、「人生の実り」であろう。私の世代でヨゼフ・スークと言えばもちろんあのチェコの名ヴァイオリニスト (1929 - 2011) を連想するが、彼はこの作曲家の同名の孫にあたる。チェコ人の音楽に対する情熱については、このブログでも過去に何度か紹介しているが、チェコ音楽史におけるこのスーク家の実績は、その中でも特筆すべきものではないか。以下、祖父スーク (作曲家として歴史に名を残しているが、孫同様に優れたヴァイオリニストでもあった) と孫スークの肖像。面影には共通するものがある。
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とこのように書きながらも、私にとって作曲家ヨゼフ・スークが身近な存在かと言えば、正直、決してそうではない。だがスークは、チェコ音楽における最大の作曲家であるドヴォルザークの娘と結婚しており、またプラハ音楽院教授としては、次の世代のチェコを代表する作曲家、ボフスラフ・マルティヌーを教えたという点で、チェコ音楽史の系譜の中で、極めて重要な人なのである。そしてその作風は、非常に豊麗な後期ロマン派風。生年を見るとそれは明らかで、ドイツ系の作曲家で言えば、リヒャルト・シュトラウスよりも 10歳下、ツェムリンスキーよりも 3歳下。その一方で、同じ東欧 / ロシア系の作曲家で見てみると、ハンガリーのバルトークより 7歳上、ロシアのストラヴィンスキーよりも 8歳上である。チェコ人の音楽性はかなり保守的であると言ってよいであろうから、スークの作風は、後期ロマン派の残影の中にあって、バルトークやストラヴィンスキーのような 20世紀の前衛とは一線を画するものである。また、音楽好きなら既にお分かりの通り、1874年生まれということは、過激な前衛音楽を切り拓いたオーストリア人シェーンベルクとは同い年。もっともシェーンベルクの場合も、初期には非常に後期ロマン派的な曲を書いていたので、その点での共通点はあると言えるかもしれない。

さて今回の演奏会では、指揮者フルシャが演奏前にステージに現れ、20分に亘りプレ・トークを行った。日本では演奏されることが稀なこのスークの作品について、どうしても語りたかったということだろう。いわく、彼が 17歳のときにプラハの楽譜店の前を通りかかったときに大きなスコアが安く売られているのを見て購入。自宅で勉強してみると、内容は安いどころの話ではなく、めくるめく世界であり、魅了された。17歳や 18歳でこの曲の内容が分かったとは言えないだろうが、素晴らしい芸術がそうであるように、知れば知るほどに、録音で聴けば聴くほどに魅了される。そして、いつの日かこの曲を指揮することを夢見るようになった。40分ほど切れ目なしに演奏される曲であるが、それは例えてみれば、寄せては返す海の波のようであり、また延々と流れゆく河のようでもある。「人生の実り」とは、英語では "Ripening" であるが、ここには人生の様々な要素が表現されていて、「実り」とは成熟した「状態」を指すのではなく、むしろそこに至る「過程」を表している。曲の内容について様々な研究者による様々な説があるが、自分としては初演者であるチェコの大指揮者ヴァーツラフ・ターリヒが唱えた、6つの部分に分ける説を支持したい。いずれにせよ、音楽の流れをよく聴いて欲しい。あ、それから、前半のブラームスもお楽しみ下さい!! と述べて、この若手指揮者のトークは終了した。つまりこの「人生の実り」という曲は、若き日のフルシャが音楽家になる決心をするきっかけの曲であったということだろう。ところで、フルシャの話の中に、彼の師であり、先般惜しくも亡くなったイルジー・ビエロフラーヴェクについての言葉があるかと思ったのだが、それはなかった。

さて、そんなスークの作品の前に演奏されたのは、指揮者が楽しんで下さいと言った、天下の名曲、ブラームス 3番。ここでは都響の今の充実が如実に表れており、なんとも味わい深い名演が展開した。「前座」としてはもったいないような演奏において、都響の実力を引き出したのは、もちろんフルシャの高い力量によるものであろう。実際、ブラームスの 4曲の交響曲の中でも最も渋いこの 3番を、こんなふうにじっくりと聴かせてくれる指揮者が、未だ 36歳の若手とは信じがたいような思いである。この演奏の中で、時折聴き手をはっとさせるように耳に入ってきた地を這うような低音は、コントラファゴットである。以前このブログでも、サイモン・ラトルがベートーヴェン 7番の演奏で、オリジナルの楽譜にはないコントラファゴットを使用しているという発見について書いたが、調べてみたところブラームスの交響曲 4曲のうち、2番を除く 3曲で、この楽器が使われている。まあ確かに 2番はブラームスにしては異例の明るい曲だから、コントラファゴットを含まない楽器編成も、分かるような気がする (だが実は、2番では唯一チューバが使われているという意外性もあるのだが)。ともあれ、昨年からドイツの名門バンベルク交響楽団の首席指揮者を務めるフルシャとしては、ブラームスで充実した演奏をできることは必須の条件であろう。今年 12月にはまた都響で、ブラームスの 1番と 2番を演奏することになっていて、今から楽しみである。これは過去のフルシャと都響の演奏風景。
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メインの「人生の実り」という曲について、実は私はそれほどに思い入れがあるわけではなかった。スークの作品としては、アスラエル交響曲とか「夏の物語」とともに、この曲もこれまでに録音では何度か聴いたことはあり、確かに滔々とした流れはあるものの、R. シュトラウスほどの超絶的なドラマ性があるわけではなく、もうひとつつかみにくい曲と思っていたのである。だが今回のフルシャの指揮ぶりを見ていると、プレトークで感じられたこの曲への思い入れがはっきりと感じられ、移り変わる音楽的情景において、常に確信をもってオケをリードする姿には、素直に感動した。実際、弦楽器の分奏も多く、全曲に切れ目はないのに曲想の変化は多い。また、随所で活躍するティンパニも拍を数えるのに真剣であって、技術的にはかなりの挑戦であったと思うが、最近の都響であればそのくらいの挑戦は軽々と克服できるということを実感した。このオケがマーラーを中心に刻んできた激闘の歴史が、ここにまた新たな歩みを実現したように思い、大変感動したのである。実はこの曲には、別動隊のトランペット 6本 (ステージ奥のオルガンの前に配置) と、女声合唱 (今回は新国立劇場合唱団) が入り、いずれも終盤に登場して曲を彩るのであるが、視覚的にもそれらの要素が大変効果的であった。まさに人生の実りに向かう道のりを、会場に集った聴衆たちは耳にすることができたのである。

実のところ、このブログで以前採り上げた、マーラーの「巨人」におけるフルシャと都響の演奏に接して、もしかするとこの指揮者は、最近の世界的活躍ぶりで疲弊しているのでは、と危惧したものであった。だが今回の充実した演奏を聴いて、彼の音楽がまさに実りつつあることが実感できて、安心した。都響との首席客演指揮者としての契約は今年で終了してしまい、その後はなかなか日本までやってくることはないかもしれない。だが、以前フルシャ自身が口にしていた都響への信頼を維持してもらえれば、我々には今後もチャンスがあるだろう。是非これからのフルシャのさらなる進化を、実際のステージで体験したいものだと思った。

by yokohama7474 | 2017-07-23 00:55 | 音楽 (Live) | Comments(0)

レナード・スラットキン指揮 デトロイト交響楽団 (ヴァイオリン : 諏訪内晶子) 2017年 7月19日 東京オペラシティコンサートホール

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ヴァイオリニスト諏訪内晶子が主催する国際音楽祭 NIPPON については、先般、諏訪内自身のヴァイオリン・リサイタルの記事でご紹介した。実は今年、この音楽祭に参加する指揮者とオーケストラがあって、それが今回私が聴いた、米国の名指揮者レナード・スラットキンとデトロイト交響楽団なのである。今年 73歳になるこの指揮者の演奏としてかつてこのブログでは、NHK 交響楽団を指揮したものと、フランス国立リヨン管弦楽団を指揮したものとを採り上げた。私はこのスラットキンという指揮者になんとも言えない愛着と信頼感を持っていて、その明快な指揮ぶりには毎度楽しませてもらっているのである。もともとセントルイス交響楽団の音楽監督として名を上げた人だが、父もフェリックス・スラットキンという指揮者であった。私も若い頃、父スラットキンがハリウッドボウル交響楽団を指揮した初期ステレオ LP を、中古レコード屋で見つけてはせっせと買っていた時期がある。私の興味の対象は、高踏的な大芸術だけではなく、庶民的というか、あえて言ってしまえば低俗ギリギリの文化分野にも及ぶので、彼の父の歴史的役割とともに、レナード・スラットキンの活動が大変に気になるのだ。
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一方のデトロイト交響楽団は、なんといってもハンガリーの巨匠アンタル・ドラティが 1977年から 4年間音楽監督を務めた際に、デッカに録音したストラヴィンスキーやバルトークやシマノフスキが忘れがたい。その後、ギュンター・ヘルビヒ、ネーメ・ヤルヴィを経て、2008年からこのスラットキンが音楽監督を務めている。私は生で聴くのが今回が初めてだが、大変興味深い曲目なのである。
 武満徹 : 遠い呼び声の彼方へ! (ヴァイオリン : 諏訪内晶子)
 コルンゴルト : ヴァイリン協奏曲ニ長調作品35 (ヴァイオリン : 諏訪内晶子)
 チャイコフスキー : 交響曲第 4番ヘ短調作品36

なるほど、メインのチャイコフスキー 4番は、スラットキンなら豪快に聴かせてくれそうだ。また、中間のコルンゴルトは私の愛好する曲であり、本当に楽しみ。そして最初の武満は、スラットキンのレパートリーとしては一見異色だが、彼は別の作品 (彼自身が世界初演した「系図 (ファミリー・トゥリー)」) を N 響とも演奏していたこともあり、期待できるのではないか。

まず最初の武満だが、諏訪内はこの曲を一度録音している。それは 2001年、N 響創立 75周年を祝う録音で、指揮はシャルル・デュトワ。確か国外ツアーの曲目でもあったのではないか。名門デッカによる録音であった (この CD でもメインはチャイコフスキー 4番という偶然)。
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早いもので、それから既に 16年が経過しているが、私は昨今の諏訪内はどんどん進化していると思っていて、今回の演奏でも、停滞した歌謡性とでも言うべき特異な武満の音楽を、過剰な気負いなくきれいに響かせていて、素晴らしいと思ったものだ。スラットキンとデトロイト響も、充分に美しい響きでその諏訪内のヴァイオリンに応えていた。予想通りオケのパートは、繊細さや陰鬱さが強調されるのではなく、明確で前向きな音楽に仕上がっていて、アメリカ風武満というものがあってもよいではないかと思った。これこそが音楽が世界語たるゆえんだろう。

さあそして、コルンゴルドである。この作曲家については後で少し書きたいが、このヴァイオリン協奏曲は 1945年の作。一聴して誰もが、古いハリウッドの映画音楽のようだと思うだろう。それもそのはず、このオーストリア生まれのエーリヒ・ウォルフガンク・コルンゴルト (1897 - 1957) は、戦前からハリウッドで映画音楽を書いていた人なのだ。だが、それはある意味で思わぬ運命のいたずらによるもの。もともと彼は幼くしてオペラで成功し、欧州全土で神童の名を欲しいままにした。9歳にしてマーラーから天才と称賛され、12歳で書いたピアノ・ソナタはリヒャルト・シュトラウスを恐れさせ、14歳にしてベルリン・フィルの指揮者ニキシュから作曲の委嘱を受ける。そして 23歳の年、1920年にオペラ「死の都」を書いて、欧州楽壇を席巻するのである。その後 1930年代からハリウッドで映画音楽を書き始めるが、ユダヤ系であったため、1938年のナチスによるオーストリア統合で母国に帰れなくなり、米国に亡命した。その意味で、「死の都」という傑作をものしてから、その先に行かなかった作曲家とも言えるが、上記の通り高踏的でない芸術も大好きな私にとっては、大いなる興味の対象なのである。なお、日本ではいろんな本が出版されており、「コルンゴルトとその時代」というみすず書房の書物で彼の人生を知ることができて、大変面白い。
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そもそもこのコルンゴルトのヴァイオリン協奏曲は、私が初めて聴いたこの作曲家の曲であり、演奏はイツァーク・パールマンで、伴奏はアンドレ・プレヴィン指揮のピッツバーグ交響楽団。高校生の頃、この録音をアナログ・レコードで何度も何度も聴いた私はその後、この協奏曲を 1947年に初演したのがあの超絶的な天才ヤッシャ・ハイフェッツであることを知り、もちろんハイフェッツの録音も聴くに及び、その耽美的な曲想に酔いしれた。第 1楽章は特に素晴らしい音楽なのだが、今でも実演ではそれほど演奏頻度が多くないので、今回のような機会は非常に貴重なのである。実際、もし今回の演奏会の曲目がメンデルスゾーンかチャイコフスキーかシベリウスのコンチェルトだったなら、きっと私は行かなかったことだろう (笑)。現在の諏訪内によるこの甘美な協奏曲に大いなる期待をし、そしてその期待は充分に報われた。甘美な節回しを聴いていると、コルンゴルトと武満には意外と共通性があるとまで思えてくるから不思議である。もちろんこの演奏は、甘美な部分だけではなく、疾走する部分も充分に美しいし説得力がある。・・・と考えていてふと思い出したのだが、現在諏訪内が弾いている楽器はストラディヴァリウスで、「ドルフィン」の愛称を持つ。楽器の先端の部分が丸くなっていて、それがイルカを連想させるからだという。
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そしてこの楽器 (1714年製)、以前使用していたのが、ほかならぬハイフェッツなのである!! 写真で見比べてみよう。
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ドルフィンも、かつての所有者のオハコを、現代の日本において再び奏でられることに喜びを覚えていたのではないか。そうだ、今の諏訪内の演奏には、なんとも言えない自由さがある。ここで私がさらに思い出したことには、1999年に、スラットキンが当時の手兵、ワシントン・ナショナル交響楽団と来日した際にやはり諏訪内と共演し、チャイコフスキーのコンチェルトが演奏された。だが私の記憶では、このときの諏訪内は全く精彩を欠き、それを察したスラットキンが途中から指揮棒を置いて、素手の指揮でしっかりサポートしていた。それを思うと今回の演奏は、まさに新境地と言えるのではないか。コルンゴルトをコルンゴルトらしく演奏できるのは、やはり名演奏家だけであろうし、それには楽器とのコミュニケーションも関係しているに違いない。加えて、スラットキンの両親がハリウッドで音楽家をしていた頃、ちょうどコルンゴルトが活躍していたので、きっとこの作曲家の映画音楽をスラットキンの両親は弾いていたに違いないというゆかりもあるのである。それらのことに気づいて満足した私は、今回は諏訪内がアンコールを弾かなかったことに妙に納得したのである。

そして後半のチャイコフスキー 4番では、オケのパワーが炸裂した。スラットキンはもともとあまりテンポを揺らしたり何か奇抜なことをやる人ではなく、ここでもオーソドックスな指揮ぶりであったが、何よりも明快で解放感があるのがよい。デトロイト響は音量も大きく、いわゆる昔ながらの米国の優秀なオケという印象だ。冒頭のホルンのファンファーレだけでも大変な厚みで、やはり日本のオケのクオリティが上がったと言っても金管は課題だなぁ・・・と嘆息した次第。ともあれ、途中退屈することは一切なく、最後の熱狂も素直に聴くことができて、素晴らしいチャイコフスキーであった。

そしてアンコールが 2曲。1曲目は意外な選曲で、指揮者自身が「ハナワサク」と日本語で紹介したが、例の震災復興のテーマソング「花は咲く」である。恐らくは、国際音楽祭 NIPPON が震災復興もひとつのテーマとしていることによる選曲だろう。ここではいかにもゴージャスなオーケストレーションとなっていて (ひょっとしてスラットキン自身によるもの???)、聴く者すべての胸に迫る。まるで古くよきアメリカ音楽のように響いていた。そして 2曲目は、これは本当に古きよきアメリカ音楽で、でもこちらはテンポのよい、「悪魔の夢」という曲。スラットキンは「米国西部の伝統的な歌」と言っていたが、その調子は、コープランドの「ロデオ」の終曲「ホーダウン」にそっくりだ。聴衆にも拍手を求めるノリノリの演奏であった。帰りがけの表示で知ったことには、これはスラットキンの父フェリックスの編曲 (あるいは作曲か???) になるもの。充実した演奏会を景気よく締めくくった。ここで父フェリックス・スラットキンの写真を掲載しておこう。
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さて、最後にもうひとつ、コルンゴルトについて。私のこの作曲家のヴァイオリン協奏曲との出会いは上述の通りだが、実はそれより少し後、ある本を読んで私はコルンゴルトに夢中になった。その本はこれである。私の手元にあるのは、1985年の初版第一刷。
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この中に、「放浪の音楽家 映画的健忘症を克服する」という章があり、そこにコルンゴルトについて触れられた箇所がある。著者は、このブログでは度々その名前に触れてきている蓮實重彦である。ここで詳細を述べることはしないが、コルンゴルトが書いた映画音楽の雰囲気は今日にまで多大な影響を与えていると紹介されている。例えば「スター・ウォーズ」の音楽はまさにコルンゴルト的であると。私はそれまで、ホルストの「惑星」が「スター・ウォーズ」に影響を与えていることは理解していたが、コルンゴルトの映画音楽を知らなかったので、何枚かレコードを買ってみたものである。「シー・ホーク」「ロビンフッドの冒険」・・・なるほど、血沸き肉躍る音楽とはこのことか。それから私のコルンゴルト探訪が始まったのだが、実はこの本にはもう 1箇所、重要な記述があった。ダニエル・シュミット監督の「ラ・パルマ」という映画で、コルンゴルトの代表作であるオペラ「死の都」の中の、この上なく甘美なメロディが流れることについてである。これはまさに世紀末の雰囲気をたたえた耽美的な曲であり、映画音楽と併せて、一般にはあまり知られていないこの作曲家への道程を知ることとなった。ここで重要なのは、音楽についての知識を映画についての本で知ったということだ。このブログで、様々な文化の分野を自由に渉猟しているのは、私のそのような経験から来ているものであることを、ここで明らかにしておきましょう。狭い分野だけにこもっていては、新たな世界は開けない。自由な感性を持って、高踏的な芸術と大衆的な文化の双方を楽しむこと。そうすれば人生、なかなか刺激に満ちた楽しいものになると、私は思っているのであります。

by yokohama7474 | 2017-07-20 01:16 | 音楽 (Live) | Comments(0)

エリアフ・インバル指揮 東京都交響楽団 2017年 7月17日 東京芸術劇場

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7/17 (月) 夜から 7/18 (火) 夕刻にかけて、エキサイトブログのサーバーがメンテナンスのためにアクセス不可となり、その間、記事のアップができない状況であった。コンサートを聴いたらその日中か、無理でも翌朝には記事にすることを基本原則とするこのブログにおいては、本来ならこの記事は、24時間以上前に書いていなければならないものであったが、遅れてしまったことをお詫びしたい。私としてもそれは忸怩たることであって、なぜならば、前々回の記事でジョナサン・ノット指揮東京交響楽団によるマーラーの「復活」の演奏を採り上げたとき、その演奏と相前後して、ほかのコンビによる同じ「復活」の演奏のみならず、その交響曲の原型である交響詩「葬礼」の演奏もあると記述したからであった。炎暑に入りつつある東京の音楽界の賑わいを伝えるには、即時性が大事なのである。ともあれ、7/16 (日)、7/17 (月・祝) の 2日間に亘って池袋の東京芸術劇場で開かれたエリアフ・インバル指揮、東京都交響楽団 (通称「都響」) の演奏会。私が聴いたのは 2回目 (というのも、1回目にはちょうど先の記事でご紹介したノット指揮東京交響楽団を聴いていたからだ) で、曲目は以下の通りであった。
 マーラー : 交響詩「葬礼」
 マーラー : 大地の歌 (テノール : ダニエル・キルヒ / アルト : アンナ・ラーション)

東京のマーラー・ファンならこれは必聴であろう。都響の前プリンシパル・コンダクターで現在は桂冠指揮者、世界的にもマーラー演奏の権威と認められているイスラエルの指揮者エリアフ・インバルが、以前 (2012年 3月で、ライヴ録音にもなっている) にも採り上げたマーラー晩年の傑作、大地の歌を再び指揮することに加え、実演の機会の多くない「葬礼」を採り上げる。今年 81歳のインバルのマーラーは、これから毎回毎回が貴重な機会になるであろうし、ある意味で我々は、インバルと都響のコンビによるマーラー演奏によって、日本の音楽界の発展・進化の歴史に立ち会うと言っても過言ではないからだ。
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ではまず、交響詩「葬礼」から。この曲が書かれたのは 1888年、マーラー 28歳のとき。もともと新たな交響曲の第 1楽章として構想されたが、途中で頓挫してしまった。そこでこの曲は、死者の霊を呼び出す異教的祭礼をテーマとする交響詩として完成された。だが出版にこぎつけることはできず、1893年に再び交響曲としての構想に立ち返ることとなる。そしてマーラーは翌 1894年に、5楽章からなる大作、交響曲第 2番「復活」を完成させた。その過程で「葬礼」は、演奏される主題や曲の大きな流れは維持されたものの、細部においてはかなりの修正を加えられて、その交響曲の第 1楽章とされた。つまりこの「復活」が完成してしまうと、「葬礼」なる交響詩の存在意義がなくなってしまったわけで、結局演奏の機会に恵まれることなく、埋もれて行ってしまった。そんな曲がようやく世界初演されたのは実に 1983年のこと。世はマーラーブームであった。その時の演奏、ヘスス=ロペス・コボス指揮ベルリン放送交響楽団 (現ベルリン・ドイツ交響楽団) による CD は当時西ドイツのシュヴァンというレーベルから発売され、私も発売時に購入して愛聴していた。日本語解説に「世界初録音」とあるのが見えるだろうか。因みに曲名は「葬礼」ではなく「葬送」となっている。尚、今ではほかにも、ブーレーズやシャイーやパーヴォ・ヤルヴィやジョルジュ・プレートルの指揮の CD が手に入る。
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さて、ではこの「葬礼」という曲、日本初演はいつ行われたのか。1990年 3月30日、若杉弘が、今回のコンサートと同じ都響を指揮して行った。これは、文字通り画期的なマーラー・ツィクルスの一環で、第 2番「復活」の演奏の際に、第 1楽章を通常の版ではなくこの交響詩「葬礼」に入れ替えてのものであった (実は私はこの演奏会のチケットを持っていたが、所用で聴けなかったので、これもライヴ収録された CD で喝を癒している)。尚、この若杉のマーラー・ツィクルスのプログラムに、当時既にマーラー演奏の世界的権威であり、後に同じ都響を指揮して何度もマーラーを演奏することになるエリアフ・インバルその人の言葉も載っているので、ご紹介する。
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そのような「葬礼」という曲、インバル自身がこれまで指揮したことがあるのか否か分からないが、もちろん期待は大である。楽員のチューニングが終わり、なぜか 2本の指揮棒を持って舞台に登場したインバルは、1本を譜面台に置いて、精力的に指揮を始めた。そしてその瞬間私が認識したことには、都響は今や東京ナンバーワンのオケではないだろうか。前日のノットと東響の「復活」の演奏では、以前の記事に書いた通り、冒頭には課題を感じたところ、今回のインバルと都響が繰り出した響きは、まさに「死者の霊を呼び出す異教的祭礼」にふさわしい、凄まじいもの。低弦の唸りは、冒頭から容赦なく人々の耳に、深く重く、強い説得力をもって響いたのである。それから始まった 25分間、なんと素晴らしい演奏であったことか。「復活」の最終版では消えてしまった、中音域 (第 2ヴァイオリンやヴィオラ) が呪いの言葉を呟くように唸る箇所があちこちで聴かれ、その流れの深いこと。もちろん、完成版に慣れた耳には粗削りに響く箇所もあり、ブルックナーと違ってマーラーの作曲法には洗練があるので、わざわざ粗削りな版を聴く意味があるかと思わないでもないが、聴いてみるとそれが意外と面白いのである。得体の知れない葬礼を目の前で見ているという不気味さに聴衆は圧倒されることとなった。そして、もともとインバルの指揮ぶりは器用なものではないのだが、81歳とは思えないくらい精力的に指揮棒 (上の写真にある通り、彼が使用しているのは比較的短いもの) を上下していると、突然バキッと音がした。よく見えなかったが、どうやら指揮棒を指揮台にぶつけて折ってしまったようであった!! だが音楽の力はいささかも弱まることなく、指揮者は慌てず騒がず、指揮台にあった予備の一本を取り出して、相変わらず精力的な指揮を続けたのであった。このあたり、わざわざ 2本指揮棒を持ってきたことが功を奏するのも、事前に予感のある、何か神がかった演奏であったということではないか (笑)。

休憩後の「大地の歌」は、因みに指揮棒 1本で登場し、特にトラブルなく全曲を振り終えたのだが (笑)、ここでもオケの表現力には際限がない。漢詩のドイツ語訳を歌詞としているのは有名な話であり、また、歴代の大作曲家が交響曲第 9番を完成したあとに死んでいることから、9番目のこの曲には番号をつけずに発表して、でも結局第 10番を完成しないまま世を去ったという逸話もよく知られている。だが、そのような情報を考えずとも、この練りに練った音楽 (6曲からなるが、第 1楽章ソナタ形式、第 2楽章緩徐楽章、第 3・4・5楽章スケルツォ、第 6楽章フィナーレとみなせば一応交響曲だ) にずっと浸っていたいと思うような演奏であった。最初のホルンの叫びの野性味から、最後の "Ewig (永遠に)" の言葉を取り巻くチェレスタやマンドリンのきらめきの夢幻さまで、充分にマーラーを知り尽くしたコンビが、様々な情景や感情を描き出していたし、今思い出しても終楽章のオケによる間奏部分の緊張感は異様なほどであった。今回はアルト・パートをスウェーデン人のアンナ・ラーション、テノール・パートをドイツ人のダニエル・キルヒが歌ったが、特に前者は (随分以前にアバド指揮ベルリン・フィルの「復活」の録音でソリストを務めていた ... 1996年の日本公演では違う歌手だったが)、暗譜で全曲を歌い、大変に安定した歌唱であった。終楽章では、オケに劣らぬ「練れた」声で感銘を与えてくれた。一方後者も、若干単調と感じないでもなかったが、いかにもドイツ人テノールという真面目な歌いぶりであった。
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終演後のインバルは終始上機嫌で、都響の音のクオリティに満足したことであろう。こうしてインバルと都響は、東京の音楽界に多大なる貢献を果たしつつ、また新たな道を進んで行くことであろう。9月から始まる来シーズンのプログラムを見ると、来年 3月に彼は都響に還ってくる。採り上げるのは、これも楽しみなショスタコーヴィチの大作 7番に加えて、幻想交響曲、悲愴等の名曲が並んでいる。うーん、どれも聴いてみたいが、やはりマーラーもまた聴きたいものである。炸裂する音響の中で折れる指揮棒をまた見てみたい!!

by yokohama7474 | 2017-07-19 03:05 | 音楽 (Live) | Comments(6)