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ダニエレ・ガッティ指揮 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 (ヴァイオリン : フランク・ペーター・ツィンマーマン) 2017年11月20日 サントリーホール

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前日の川崎公演に続く、オランダの名門ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団と、昨年からその新たな首席指揮者の任にあるイタリアの名指揮者ダニエレ・ガッティによるコンサートである。今回サントリーホールでは、上のチラシにあるように 2回のコンサートが開かれる。そのうち 11/21 (水) の曲目は、既にご紹介した 11/19 (日) の川崎での曲目と同じなのである。実は前回の記事に少し書いた通り、今回のコンセルトヘボウの来日公演の 2つのプログラムは、かなりシンプルなものになっているのだが、今回の曲目は以下の通り。
 ベートーヴェン : ヴァイオリン協奏曲ニ長調作品61 (ヴァイオリン : フランク・ペーター・ツィンマーマン)
 ブラームス : 交響曲第 1番ハ短調作品68

名曲で真っ向勝負とも取れるし、ちょっと冒険心を欠くかなぁとも思われる。あるいは、未だ新しいコンビゆえに冒険を避けるという意図もあるのだろうかとも考えてしまう。だが、前日の川崎でのコンサートは、曲目のシンプルさなどどうでもよくなってしまうような、上質な演奏を聴かせてくれた。課題は集客である。前回の記事には書かなかったが、川崎公演は日曜日であるにもかかわらず、かなり空席が目立つ淋しい入りであった。そして今回、月曜日のサントリーホールはどうだったかというと、これが当日券の販売もない満席ぶり。まずはほっとしたのである。これがこのロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の本拠地、その名もコンセルトヘボウ。英語でいう「コンサートホール」という、そのものズバリのシンプルなホールである。私の実感するところ、ヨーロッパ文化のひとつの頂点をなすと言ってもよい素晴らしいホール。
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さてこの演奏会でソロを務めたヴァイオリニストは、ドイツの中堅、フランク・ペーター・ツィンマーマン。私と同じ 1965年の生まれで、今年 52歳。1983年に若杉弘指揮のケルン放送響のソリストとして初来日してから既に 34年。常に世界の一線で活躍してきたヴァイオリニストであるが、いつまでも童顔というか、若々しさを保っている人である。
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同世代のドイツのヴァイオリニストでは、1歳下のクリスティアン・テツラフがいるが、以前このブログでもご紹介した通り、テツラフが寄らば斬るぞという雰囲気の禁欲的なイメージであるとすると、このツィンマーマンはもう少し親しみやすいキャラクターであり、超絶技巧を売り物にせず、飽くまでヒューマンな温かみを感じさせる人である。今回のベートーヴェンの演奏でも、そのことを再度認識することとなった。この曲はヴァイオリンソロの登場までが結構長いためか、あるいはモーツァルトのコンチェルトと同じく、書かれた時代の演奏スタイルを反映してか、ソリストがオケのヴァイオリンのパートを一緒に弾くことがある。今回はまさにそうで、ツィマーマンは冒頭からごく自然に、楽員たちとともに音楽に入って行った。このコンチェルトにおいては、このような冒頭の流れが重要で、コンチェルトとしては異例に長い作品だけに、冒頭に乗れないと、そのまま改善のきっかけを失う例もある。そのような場合、大抵は「妙に静かなベートーヴェン」になってしまうというのが私の経験則なのであるが、今回は最後までそのような妙な静かさは到来せず、相変わらず統一感のある絶妙の音色で一貫したコンセルトヘボウの美しい音を堪能することができた。さすがこのソリストとこのオケ (そういえば、前日ソロを弾いたチェロのタチアナ・ヴァシリエヴァも、今日はオケの一員として楽しそうに弾いていた)、そしてこの指揮者である。ガッティに関して言えば、冒頭のティンパニへの指示から、かなり丁寧な指揮ぶりで、音像の明確なイメージが常にある様子であった。時にファゴットやチェロの旋律がよく響くこともあり、この曲の持ち味を充分に引き出していたと思う。ツィンマーマンはアンコールとして、バッハの無伴奏ソナタ第 2番の終楽章を弾いた。運動性のある音楽だが、やはり彼のヴァイオリンは、ここでも温かい人間性を感じさせるものであった。

さて、メインは天下の名曲ブラームス 1番である。一言でいうと、これもまたこのコンビらしい、きめ細かくまた美しい音楽であったが、私としては最高の名演と評価するには若干の躊躇あり、という気がした。ここでガッティが目指したものは、やはりオケの音質の高さと、それを取りまとめて自らが作り出す流れであったと思う。このブログで何度も書いている通り、ブラームスの交響曲は、まず何よりも極めて洗練された質の高い音でないと成功しないのだが、その点では今回の演奏は、やはり素晴らしい出来ではある。だが一方で、飽くまで私の好みだが、作曲者が 20年間艱難辛苦を乗り越えて書いたこの曲においては、やはりどこかで、野蛮なまでの生命力が欲しいところ。その点には少し物足りないかなという気がしたのである。例えば弦楽器の編成であるが、前日のマーラーがコントラバス 7本、チェロ 10本であったのに対し、この日のブラームスは、コントラバス 6本にチェロ 8本。つまりブラームスはマーラーよりも早い時代という整理であって、ことさらにこの曲の重量感を強調する意図はなかったのだろう。それから、この曲は第 3楽章と第 4楽章が続けて演奏されることが多く、それによって、短い休息から一気にクライマックスに雪崩れ込むというイメージができるのだが、今回の演奏ではその箇所では明確に演奏を切り、その代わり、第 2楽章から第 3楽章に入る部分をつなげていた。これは珍しいが、第 2楽章の抒情を、第 3楽章の気軽な雰囲気で中和しようということか。それから、第 1楽章提示部の反復はなかった。これらを考え合わせると、やはりガッティの求めたものは、劇的な音楽よりも流れのよい音楽であったように思う。その点、どのパートも隅々まで美しさに満ちたオーケストラは、彼の目指す音楽を見事に音にしていたとは考えられる。音楽とは、様々な表現があるから面白く、どの演奏家も同じなら、わざわざ聴きに行く価値がない。今回の私の印象も、またこのコンビの今後の演奏を体験する中で、また変わって行く可能性もあるかもしれない。そして、今回もアンコールはなし。これはもしかすると、昔のカラヤンよろしく、ガッティのポリシーなのかもしれない。
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終演後、サイン会があるというので参加した。なんでも、高円宮 (宮様ご自身は既に亡くなっているので、今では久子妃殿下のことをこう呼ぶのだろうか。オランダ王室とは仲がよいらしい) が表敬訪問されているとのことで、少し時間がかかるとのスタッフの説明であったが、それほどひどく待たされることなく指揮者が登場した。プログラムにこのようにサインをもらい、今後のこのコンビの演奏への期待を高めたのである。
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さて、海外一流オーケストラ来襲シリーズが続いているが、次の音楽の記事は、いよいよアレである。私もアレが本当に楽しみだが、アレの記事をアップするまで、音楽好きの方も、是非、このブログの映画とか美術の記事をお楽しみ下さい。よろしくお願いします。

by yokohama7474 | 2017-11-21 00:59 | 音楽 (Live) | Comments(0)

ダニエレ・ガッティ指揮 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 (チェロ : タチアナ・ヴァシリエヴァ) 2017年11月19日 ミューザ川崎シンフォニーホール

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オランダの首都アムステルダムに本拠地を持つ世界最高の楽団のひとつ、コンセルトヘボウ管弦楽団の来日公演である。2年前の前回の来日公演では、ユジャ・ワンをソリストに迎え、指揮を取ったのは、もともとこのオケの打楽器奏者であったグスタヴォ・ヒメノであった。その時の演奏会の様子や、コンセルトヘボウ管のドキュメンタリー映画、また、現地アムステルダムで聴いたコンサートなど、このブログでは様々な角度からこの世界有数のオケの活動を描いてきたが、今回の来日公演にはまた格別な意義がある。それは、大の人気者マリス・ヤンソンスを引き継ぎ、昨年から首席指揮者に就任したイタリアのダニエレ・ガッティ (1961年生まれ) との初の来日公演になるからである。
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既に前日京都での演奏会を済ませ、これが 3日連続の首都圏のコンサートの最初。その後は長崎と大阪での公演があり、計 6公演である。今月初旬からの海外オーケストラ襲来組のひとつであるが、ただ、今回のコンセルトヘボウ管の曲目を見てみると、この百戦錬磨のオケとしては、楽々こなせるような内容ではないかと思う。プログラムは 2種類あって、この日の川崎での演奏会では、以下の通り。
 ハイドン : チェロ協奏曲第 1番ハ長調 (チェロ : タチアナ・ヴァシリエヴァ)
 マーラー : 交響曲第 4番ト長調 (ソプラノ : マリン・ビルトレム)

ははぁ、なるほど。古典派というか、ほとんどバロックに近い小編成のコンチェルトと、演奏時間は 1時間を要するとはいえ、マーラーの交響曲の中で最も穏やかなものとの組み合わせである。そう、確かにそうなのであるが、実際に聴き終わってから振り返ってみると、音符の数やテンションの高さだけが音楽の密度ではないことに思い当たる。さすがガッティとコンセルトヘボウの組み合わせによる演奏だと、実感したのである。

最初のコンチェルトでソロを弾いたのは、ロシア人のタチアナ・ヴァシリエヴァ。コンセルトヘボウの首席チェロ奏者である。
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この長身とその名前で思い出したのだが、彼女は庄司紗矢香の親しい友人で、以前、ナントや東京のラ・フォル・ジュルネで、庄司と組んでブラームスの二重協奏曲を弾いていた人ではないか!! 知らない間にこの名門オケの首席に就任していたとは。
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このハイドンの演奏、コントラバス 2本の小編成で、ヴァイオリンは左右対抗配置だが、出て来る音は現代オケのそれである。実は冒頭は、ごくわずかソロとオケの呼吸が揃わなかったかと聴こえ、この先どうなるかと思いきや、もう第 1楽章の半ばには、コンセルトヘボウの美しい響きに魅了されていた。内輪のソリストを頂いたオケは、当然のようにソロと一体となった音楽を歌って行くし、指揮のガッティも、その流れを邪魔することなく、要所要所で響きをちょっと締めたり開放したりする。さすがに世界一流のオケであると思うのは、その音楽が、あたかも流れ行く川のようにキラキラと輝き、その場面場面で、微妙な光の反射を見せるのである。こういう音楽は、聴く人の心を豊かにする。そう、音符の数とは関係なく、聴く人の心を豊かにする音楽なのである。ただ、ヴァシリエヴァのチェロは、テンポもよく表現も鮮やかで、確かに巧いのだが、強いて言うと若干優等生的というか、真面目すぎて面白みを欠く面もあったように思う。それは、どちらかというと奔放なタイプの音楽家を好む私の独断であるのだが、ハイドンの愉悦の表現には、ちょっと踏み外しがあった方がよいような気もしたことを、正直に述べておこう。それはアンコールで弾かれたバッハの無伴奏チェロ組曲第 1番の第 1楽章でも変わらない印象であった。ただ逆に言えば彼女のチェロは、オケの流れに逆らわないものなので、オケの首席奏者の道を選んだのは妥当だったのかもしれない。

さて、指揮者ガッティについて書いてみよう。私はこの指揮者に対して、少し複雑な印象を持っている。日本でも、1998年のボローニャ歌劇場における「ドン・カルロ」の熱演を未だに記憶しているし、翌年にはロイヤル・フィルとも来日し、マーラー 5番などを演奏したのを聴いた。ところが、私がロンドンに住んでいた 2009年、ちょうど首席指揮者がこのガッティからシャルル・デュトワに代わるタイミングで、フェアウェルとして演奏されたベートーヴェンやマーラーの 9番という大作は、完全に空振りの凡演であったのだ。ところがその後デュトワが振るとロイヤル・フィルは活き活きしていたので、やはり相性というものがあるのかと思いながら、さてガッティの本当の力はどこに、と思ったのだが、同じころ、まさにこのコンセルトヘボウとともにロンドンで行ったコンサートで聴いたチャイコフスキー 5番は、実に鮮やかな名演であったのである。イタリアの若手指揮者のホープであった頃から時も経ち、今や名門コンセルトヘボウの首席指揮者として 56歳のガッティが聴かせてくれる音楽を、じっくり楽しみたい。そう思って聴いた今回のマーラー 4番。実はここでも、ハイドン同様、冒頭の鈴と木管の作り出すテンポが、ほんのわずか、いびつかと思った。だが今回も、彼らはすぐに体制を立て直し、深い陰影に富んだ美しい演奏を繰り広げたのであった。改めて実感するガッティの指揮の特色は、イタリア人らしくよく歌うことと、緩急のバランスが素晴らしくよいことだ。うーん。これだけ情報量の多いマーラー 4番の演奏も、ちょっとないのではないだろうか。特に第 3楽章では、静かにうねり続ける音の流れが、秋の夕映えのように無限の情緒をたたえて、聴く者に強く迫ってきた。また第 4楽章は、かなりギアチェンジが必要な音楽であるのだが、バタバタする箇所は皆無。常にバランスがよく視野の広い指揮ぶりであったと思う。ところで、今回ソプラノ・ソロにはユリア・クライダーというドイツ人が予定されていたが、体調不良とのことで、急遽マリン・ビストレムというスウェーデン人歌手に変更になった。この歌手、私には知識はなかったのだが、以前 BS で放送された、アムステルダム歌劇場 (時折コンセルトヘボウがピットに入る) で上演されたガッティ指揮の R・シュトラウスの「サロメ」で主役を歌っていた人だ。その番組は録画して、もちろん (?) 見ていないのだが、悪魔的なサロメの世界から遠く離れた清浄な天国の生活を、今回は歌うことになったのである (笑)。正直、ドラマティックな歌唱の方がやはり合っているのではないかと思ったが、突然の代役として立派にその役を果たしたと思う。
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ところで、私が聴きながらツラツラ考えていたのは、マーラー 4番とシュトラウスの「サロメ」は、作曲は同じ頃ではないのかということ。今調べてみると、前者の初演は 1901年 1月。後者の初演は 1905年12月。5年ほどの差はあるが、音楽史的観点からは、同時代の作と分類してもよいであろう。マーラーとシュトラウスは、友人でもありライヴァルでもあったわけだが、血みどろの世界と清浄な世界は、実は近い感性でつながっていた時代だったのかもしれない。そんなことで、アンコールには (「サロメの 7つのヴェールの踊り」には打楽器が少ない編成だったので) シュトラウスの歌曲でもやってくれないかと思ったが、結局何も演奏されずに終わった。昨今の東京における来日オケの公演でアンコールなしは珍しいが、マーラー 4番の終結部、清澄な湖に沈んで行くようなハープの低音が未だに耳に残っており、それがそのままコンサートの終結部であったことに、ガッティの見識を思う。さて、このコンビが演奏するもうひとつのプログラムは、どうなることであろうか。

by yokohama7474 | 2017-11-20 00:21 | 音楽 (Live) | Comments(0)

トゥガン・ソヒエフ指揮 NHK 交響楽団 2017年11月18日 NHK ホール

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このブログで過去何度か、その高い能力を称賛してきた、北オセチア出身の名指揮者、トゥガン・ソヒエフが NHK 交響楽団 (通称「N 響」) の指揮台に戻ってきた。今年 40歳になる彼は、トゥールーズ・キャピトル管弦楽団とベルリン・ドイツ交響楽団という 2つのオケを率いるほか、現在ではモスクワのボリショイ劇場の音楽監督も兼任しているという多忙な身である。私は以前から、この指揮者を初めて実演で聴いたときから、絶対に大成すると確信したと声高にふれ回っているが (笑)、実際、そのような自分なりの予感が的中し、その指揮者の活躍が活発化することは嬉しいし、何よりも、東京で実際に聴けるのがありがたいではないか。今回彼は、11月の N 響定期 3プログラムのうち 2つを指揮し、残る 1つのプログラムは、既にこのブログでご紹介した通り、マレク・ヤノフスキが担当した。ソヒエフの 2つのプログラムはすべてプロコフィエフ作品で、この指揮者を聴くには最適と言ってもよいと思うが、特にこの日の曲目は、大変興味深い。
 プロコフィエフ (スタセヴィチ編) : オラトリオ「イワン雷帝」作品 116

通常 N 響定期では、チラシが作られることはなかったが、最近は時々あるようで、このコンサートも、上に掲げたような派手なチラシが作成されている。もちろん、それだけ注目のプログラムであるということだろう。この作品、ご存じの方も多いと思うが、あの映画史上の巨匠、セルゲイ・エイゼンシュテインが監督した映画「イワン雷帝」にプロフィエフがつけた音楽を編集してオラトリオとしたもの。曲としての知名度はそれなりにあろうが、実際に演奏されることは決して多くない。その理由の第一は、やはり作曲者自身の手によって編曲されたものではないということではないだろうか。その点が、同じプロコフィエフが、やはりエイゼンシュテインの映画のために書いた音楽を、こちらはカンタータとして編曲した「アレクサンドル・ネフスキー」とは異なると言える。だが、実際に聴いてみると、いかにもプロコフィエフらしい音楽でありながら、極めて平明で、大変に親しみやすい曲である。だが、曲について語る前に、ここはどうしてもエイゼンシュテインについて触れなくてはならない。1898年に現在のラトヴィアのリガに生まれ、1948年に没した、ソ連時代の巨匠映画監督である。このような、一目見たら忘れない、個性の強い顔立ちであった人。
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映画史をかじる人なら誰でも、彼の唱えたモンタージュ理論を知ることとなり、その代表的な例として、「戦艦ポチョムキン」(1925年) の中の有名な「オデッサの階段」のシーンを知ることとなる。ここでそこに深入りすることはしないが、私も映画好きのご多分に漏れず、学生時代に彼の作品の多く、つまりは最初の「戦艦ポチョムキン」から最後の「メキシコ万歳」までを見た。もちろん「イワン雷帝」も、完成した第 1部 (1944年)、第 2部 (1946年) のみならず、スターリン政権の圧力によって部分的に撮影されて頓挫した第 3部の断片まで見たことがある (因みにその機会は何かの講座だったかもしれず、講師は明確に思い出せないが、篠田正浩だったような気がしないでもない)。私の場合は、映画の文脈だけではなく、ロシア・アヴァンギャルドへの強い興味もあり、それらはいずれも非常に興味深いものであった。「戦艦ポチョムキン」はサイレントであるが、後からショスタコーヴィチ 5番などを録音した版でも見たし、弁士付きの上映も見た。それに対して「イワン雷帝」の場合は、あの弦楽器が目まぐるしく動く中、金管が奏する雷帝のテーマがしっかり録音されていて、「あ、プロコフィエフだ!!」と思ったものだ。これがそのエイゼンシュテインの「イワン雷帝」からのワンカット。
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この「イワン雷帝」をコンサートで演奏するとき、今回のようなアブラム・スタセヴィチ (1907 - 1971) の編曲による版以外にもいろいろな版があり、私などは、昔ロストロポーヴィチが録音した (そして新日本フィルでも指揮した) マイケル・ランケスター版で親しんだ方であるが、このスタセヴィチは 1940年代の映画音楽の録音を実際に指揮した経歴のある人らしく、彼の手になるオラトリオ「イワン雷帝」は、1961年、プロコフィエフ生誕 70周年 (没後 8年) の記念演奏会で初演されたもの。それゆえ、ある意味でオーセンティックな版とは言えるのかもしれないが、実はこの曲がもうひとつポピュラーにならない理由として挙げたいのは、語りつきのこの版においても、イワン雷帝が何者で、いかなる敵にどのように戦ったかのストーリーが、よく分からないからである!! 今回の演奏では語りを歌舞伎役者の片岡愛之助が務めたが、あえて歌舞伎風の雰囲気で語ったのはよいにせよ、やはりストーリー展開が不明であるのは同じ。なお、愛之助の公式ブログを見てみると、奥様はドラマの撮影が雨で流れたので、この日急遽 NHK ホールに来ていたらしい。ほぅ。私の席からは見えませんでしたよ (笑)。
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余談だが、エイゼンシュテインは日本文化に興味があったらしく、若い頃は日本語も学んでいたらしい。実は、1928年に史上初の歌舞伎の海外公演がソ連で行われた際、二代目 市川左團次 (1880 - 1940) と面会している。映画「イワン雷帝」にも歌舞伎の影響があると言われている。これがその左團次とエイゼンシュテインの写真。
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このように、作品としての課題は避けがたくあれこれありながら、だがこの日の演奏の素晴らしかったことは疑いがない。もちろんソヒエフの指揮が、いつものように音楽の大きな流れを作り出していて、きめ細かくまた呼吸よくオケの力を引き出していたことは、圧倒的と言ってもよかったであろう。この指揮者と N 響との相性はかなりよいように思う。そして、一方の功労者は、東京混声合唱団であろう。さすがに譜面を見ながらの歌唱であったが、ロシア語というなじみのない言語で、これだけの長丁場を乗り切るだけでも大変なのに、その力強い歌には、きっとソヒエフも満足したことだと思う。例えば後半のある曲では、合唱が徐々にクレッシェンドして行くところがあるのだが、その音量の絶妙なコントロールには大変感動した。それから、この曲には児童合唱も含まれていて、今回は東京少年少女合唱隊であったが、70分ほどのこの曲の最後 1/4 ほどの部分にしか出番がないにも関わらず、ハミングやロシア語の歌詞を美しく歌っていて (最後の方には、チャイコフスキーの大序曲「1812年」の冒頭に使われているロシア正教の聖歌「神よ汝の民を救い」のメロディが出て来る)、これもまた特筆もの。ともにウクライナ出身の 2人のソリスト、つまりメゾソプラノのスヴェトラーナ・シーロヴァとバリトンのアンドレイ・キマチは、出番は少ないが、これも安定した出来であった。このように、総じて、曲の弱点を補ってあまりある奏者たちの熱演に、会場は沸いたのである。このような演奏頻度の低い曲が、このような水準の演奏で聴けることは、本当に貴重なことであると思う。ソヒエフの才能はとどまるところを知らない。
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次の彼の来日は、来年 3月。また手兵トゥールーズ・キャピトル管弦楽団との演奏である。彼が得意とするロシア物とフランス物が並んでいて、これまた聴き物であり、早くも待ち遠しい思いに駆られてしまうのである。

by yokohama7474 | 2017-11-19 22:53 | 音楽 (Live) | Comments(2)

ピエタリ・インキネン指揮 日本フィル 2017年11月17日 サントリーホール

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今月から来月初旬にかけて、数々の一流オーケストラが海外から来日する東京の音楽界であるが、こういうときであるからこそ、日本のオケにも頑張ってもらいたい。そして、その頑張りを目の当たりにすることで、外来オケの水準にため息をついたり興奮するだけではない、充実の音楽体験ができようというものだ。そのような期待をもって出掛けたこの演奏会は、日本フィルハーモニー交響楽団 (通称「日フィル」) とその首席指揮者である 37歳のフィンランド人、ピエタリ・インキネンによるもの。その意欲的な曲目は以下の通りである。
 ラウタヴァーラ : In the Beginning (日本初演)
 ブルックナー : 交響曲第 5番変ホ長調

今回の演奏会は途中休憩なしで行われた。それは、前半のラウタヴァーラの曲が 7分程度と短いこともあるが、もうひとつ、その自然への共感が、メインのブルックナーとも近似する要素があるからだろう。いや実に意欲的な試みだ。このインキネン、その華奢な外見によらず、かなり大胆な策略家と見える。
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さて、現代指揮界では、エサ=ペッカ・サロネンを代表として、フィンランド人の指揮者たちの活躍が目立つ。このブログでも何度かそのようなことに触れてきたが、このインキネンは未だ 30代で、これからまだまだ活躍の場が広がって行くべき人であり、そのような俊英の指揮を日フィルで聴ける喜びは大きい。だがフィンランド指揮者というと、ひとつ課題がある。それは、何かというとフィンランドの国民的作曲家であるシベリウスの作品を演奏することを求められることである。もちろんシベリウスの音楽は素晴らしいし、フィンランド人がそれを素晴らしく演奏することは事実である。だが、指揮者たるもの、自国の音楽だけ指揮してよいと思うわけもなく、自らが率いるオケとは、様々なレパートリーを演奏して行くべきである。その意味でこのインキネンと日フィルの関係は面白くて、首席客演指揮者時代からシベリウスを集中的に採り上げ、主要作品は既に演奏し終わってしまった。さてそうなるとインキネンとしては、「まず、求められる期待には応えたでしょう。あとは自分の好きなことをやりますよ」と言いたくもなるであろうし、実際最近は、ワーグナーの楽劇を含む後期ロマン派を集中して演奏している。そして、ブルックナーのシリーズもその一環であろう。パーヴォ・ヤルヴィと NHK 響、ジョナサン・ノットと東京響といったコンビもブルックナーをシリーズで手掛けているようだが、インキネンと日フィルには彼らなりの個性を聴いてみたいものだ。

だが、そのブルックナーに先立って演奏された曲が、なんとも気が利いている。現代フィンランドを代表する (そして、実は私は知らなかったのだが、昨年惜しくも亡くなった) エイノユハニ・ラウタヴァーラ (1928 - 2016) の作品。この人は、北欧らしいヒーリング的要素を持つ音楽を書いた人で、万人に愛される作風を持つ。アシュケナージはこの作曲家のファンだし、意外なところでは、サヴァリッシュもその曲を演奏していたものだ。かく言う私も大好きで、今手元の CD 棚を調べてみると、オンディーヌやフィンランディアといったレーベルから出ている彼の作品集を 5枚持っている。ただ、彼の珍しいファーストネームを今回初めて知って、これは覚えられないなと思っている (笑)。
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今回演奏された「In the Beginning」は、上に日本初演と書いたが、実はアジア初演。そもそも世界初演自体がつい最近で、それは今年の 9月 8日に、このインキネンの指揮するザールブリュッケン・カイザースラウテン放送フィル (まさにこの 9月にインキネンが首席指揮者に就任した) によってなされたばかり。プログラムには日フィル共同委嘱作品とあるので、インキネンが、自らが率いる 2つのオケを通して委嘱した作品であろうと思われる。作曲自体は 2015年とのことだが、いずれにせよラウタヴァーラ最晩年の作であって、作曲者自身も音として聴くことはできなかった。世界の創造のような弱音から始まり、緩急を交えて最強音に達したところで終わる曲だが、明らかに、この作曲家が生涯愛したフィンランドの自然の美しさが想定されているであろう。ここでの日フィルは、個々の楽器が実にニュアンス豊かに音の流れを表現していて、見事であった。

そしてメインのブルックナー 5番は、インキネンと日フィルの個性がはっきり出た演奏になった。まず編成は、弦はコントラバス 8本だが、管楽器はスコアの指定通り、木管は 2本ずつで、金管の補強もない。この曲には終楽章をはじめとして大音響が炸裂する箇所が多いが、インキネンの意図は、壮大な音宇宙を描き出すよりも、まさにラウタヴァーラの曲の精神と同じような、自然への賛美を表現することではなかったか。それを表すように、オーボエ、そしてフルートを中心とした木管の透明度は素晴らしく、例えば第 2楽章の後半でそのオーボエとフルートが掛け合う箇所や第 3楽章スケルツォの中間部など、本当に美しい瞬間であったと思う。もちろん弦楽器 (ヴァイオリンは左右対抗配置) も揺蕩う大河のように、最初から最後まで集中力を維持して、この曲の持ち味を美しく歌い上げた。上のチラシの宣伝にあるように、確かに「瑞々しくも懐かしい」ブルックナーになっていたと思う。だが、私個人としては、これも宣伝文句にあるように、「こんなブルックナーを聴きたかった・・・」とまで思ったかというと、その点は保留しておこう。この曲も (奇しくも前座のラウタヴァーラの曲と同じく) 作曲者が生前に音になったのを聴かなかった曲であるが、ブルックナーの頭の中には、当時の奏者の演奏能力を超えた、壮大な音の大伽藍が鳴っていたものと思う。その意味では、この美しい演奏は、どこかこの曲の本質とは異なる点があるのかもしれない。その点、やはり課題は金管ではないだろうか。大詰めの巨大なクライマックスでは立派に鳴っていた金管だったが、むしろそこに至るまでの、時には弱い音でニュアンス豊かに吹くべきところには、まだまだ改善の余地はあったように思われてならない。そのピースがぴったりはまる時、このような一種独特の情緒のある演奏は、より一層説得力が増すのではないだろうか。明確な個性を打ち出しつつあるインキネンと日フィルの演奏にはこれからも触れて行きたいし、大いに期待するものである。
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インキネンの日フィルの次の登場は来年 4月。マゼールが編曲した「指環」の抜粋をメインとしたワーグナー特集がどのような演奏になるか、今から楽しみである。

by yokohama7474 | 2017-11-19 00:04 | 音楽 (Live) | Comments(0)

ヘルベルト・ブロムシュテット指揮 ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団 2017年11月13日 NHK ホール

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過去 2回のサントリーホールでの演奏会をご紹介してきた、90歳の巨匠ヘルベルト・ブロムシュテットの指揮するライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の演奏会、今回が東京での 3回目のもの。これは NHK 音楽祭の一環として行われたもので、会場は NHK ホールである。上の写真は、会場入り口に下がっていた垂れ幕。

実はこのブログでは、昨日からちょっとした異変が起こっている。このブログの通常の訪問者数は、大体 1日に 300くらいなのであるが、昨日 (11/12) は 424。今日 (11/13) に至っては、23時55分現在で 468と、当ブログ史上最高記録を更新である。また、昨日のゲヴァントハウス管の演奏会の記事のアクセスは 171であった。これも私の記憶にある限り、1日のアクセス数としては、過去にちょっとない数である。改めて、この老巨匠に対する人々の極めて高い興味を実感することができる。
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さて、今回のブロムシュテットとゲヴァントハウスの日本ツアーの掉尾を飾るのは、ブラームスの傑作、ドイツ・レクイエム作品45。バリトン・ソプラノ独唱と合唱団を伴う 70分の大曲で、通常はラテン語で書かれたカトリックの典礼文が使われる死者のためのミサ曲をレクイエムと呼ぶのに対し、プロテスタントの国ドイツの作曲家ブラームスは、マルティン・ルターによるドイツ語訳聖書から自ら歌詞を選んで、そこに個人的な故人への思いも託した上で、演奏会用の宗教曲を仕上げ、それをドイツ・レクイエムと題したのである。実はこの曲、今回のゲヴァントハウス管のほかの演奏会のすべての曲目と同様、このオーケストラが世界初演を行っている。それは 1869年のことで、指揮を取ったのは、作曲家として音楽史にその名を留めているカール・ライネッケであったという。このオケの 275年の輝かしい歴史に、改めて思いを馳せる。実はこのブロムシュテット、今回の日本でのほかの 4公演 (札幌、横浜を含む) を主催した音楽事務所 KAJIMOTO が制作したプログラムでのコメントにおいて、同音楽事務所ではなく、NHK 主催のこの演奏会のことに触れている。こんな具合だ。

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このたび彼ら (注 : ライプイツィヒ・ゲヴァントハウス管のこと) は、楽団の豊かな歴史の中でも特に重要な役割を演じた 5つの傑作 --- かつてライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団が世界初演を任された 5つの曲 --- を、皆さまのために演奏いたします。いずれも、楽団の個性の本質を成す作品です。とりわけ私は、日本の聴衆の方々の前でブラームスの「ドイツ・レクイエム」を初披露できることに心躍らせております。
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自社主催公演以外の公演をイチオシとしたこのマエストロの言葉に、KAJIMOTO の方には多少の同情は禁じ得ないが (笑)、その一方で、この指揮者の誠実なコメントに、ある種の感慨を抱くことができる点が大変好ましい。これだけ多くの来日を重ね、ドイツ物だけではなく北欧ものやロシアもの等、自らのほとんどのレパートリーを日本で披露していると思われるこの指揮者が、未だこの重要なドイツの作品を日本で指揮していなかったとは、意外である。実はブロムシュテットは、決して膨大なレパートリーを誇る指揮者というわけではなく、彼が採り上げる作品には必ず、彼自身が採り上げるべき理由についての確信があるとも言えるだけに、この老巨匠としても、この名作を披露できる今回は、期するところがあるということだろう。それからもうひとつ、実は私も比較的最近このコンサートのチケットを購入した (レオニダス・カヴァコスのリサイタルに行くかこれにするか、迷っていたのである) ときには気づいていなかったことには、合唱団に大変な驚きが隠されていた。このメジャーな声楽曲であれば、日本のどの合唱団も大変立派に歌うだけの優れた技量を持っているであろう。にもかかわらず、今回登場した合唱団はこの人たちだ。
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音楽ファンならすぐに判る、これはウィーンの楽友協会大ホール。そこを本拠地とする合唱団と言えば、もちろんウィーン楽友協会合唱団、Singverein である。これはなかなかの驚きだ。ちょっと調べてみたのだが、近辺の日程でこの合唱団単独のコンサート予定は見当たらず、どうやら彼らは今回、このドイツ・レクイエムを歌うためだけに来日したように思われる。そしてそこにもうひとつの歴史的要素を加えよう。ブラームスはこのウィーンの楽友協会の理事であった時期もあり、そのゆえんであろう、ここの小ホールはブラームス・ザールと名付けられているのだが、実は、ゲヴァントハウスによる全曲初演の 2年前、1867年に、このドイツ・レクイエムの最初の 3楽章がこのホールで試演され、その時の合唱を務めたのが、この楽友協会合唱団であったのである。なので、このオケにこの合唱団によるこの曲の演奏は、指揮者のこだわりによるものなのだと思われる。

このような歴史的な顔ぶれによる今回のドイツ・レクイエムは、この NHK ホールでの上演 1度だけで、会場はほぼ満員の盛況。期待感は充分であり、もちろんそこはブロムシュテットとゲヴァントハウスであるから、演奏が悪かろうはずもない。だが、正直なことを言えば、この日に先立つ 2日間、サントリーホールでこのオケの美音を聴き続けた身としては、今回 NHK ホールにおいて、この繊細な曲の本当の魅力が充分に耳に入ってきたかと問われれば、少々残念であったとお答えすることになろう。このドイツ・レクイエムは、もちろん有名な曲ではあるけれども、決して派手な曲ではない。その点で、例えば第九とかヴェルディのレクイエムとか、あるいはベートーヴェンのミサ・ソレニムスといった曲に比べても、音色の点ではさらに地味だと言ってよいと思う。既に冒頭の弱音からして、聴衆が耳を傾ける、まさにそのことによって音が動き始め、チラチラと炎が小さく燃え上がり、広がって行くような瞬間に立ち会いたい。今回も当然そのような音が鳴っていたと、想像力を駆使すればなんとか分かったように思うが、このホールでは残念ながら、「弱音に圧倒される」という経験は期待できないのである。冒頭以外でも、ブラームスらしい分厚い中音域が随所に聴かれ、そこに時折光が差すような高音やリズミカルな音型が入ってくるような箇所こそが、この曲の持ち味であると思うのだが、やはり、相当に想像力で音を補って聴く必要が出てきてしまった。一方、第 3曲のフーガなど、音が大きく渦を巻く箇所も何度かはあって、そういった箇所の迫力には傾聴すべきものがあった。だがやはり、弱音あっての強音の説得力であり、これがサントリーホールなら・・・と思ってしまったことは、正直に白状しておこう。私はこのブログで過去何度も、NHK ホールの音響についての課題に言及したことがあるが、最近はそれをやめていた。なぜなら、このホールを本拠地とする N 響の演奏では、最近は結構音が聴こえるような気がするからだ。もちろん、座席にもよるのかもしれないし、一概に言ってしまうのは適当ではないかもしれないが・・・。なので今回は久しぶりにこのホールにもどかしさを覚え、総勢 100名弱のメンバーが揃ったせっかくのウィーン楽友協会合唱団の歌も、多分に想像力で補って聴くこととなったし、ソリストについては、ソプラノのハンナ・モリソン (もともと予定されていたゲニア・キューマイアという歌手から変更になったが、経歴を調べると、バロック音楽を主に歌っている人であるようだ) は安定していたが、バリトンのミヒャエル・ナジは、やはり音響のせいかもしれないが、時に安定感を欠いていたようにも聴こえてしまった。それから、今回はステージ上に鍵盤が設置され、このホール自慢のオルガンを、音量は控えめながらも、使用していたようだ。調べてみるとこの曲でのオルガン使用は任意。私としては、上に書いた冒頭部分の弦楽器の伸びなど、純粋にオケの音に耳を澄ませたい場面であるところ、オルガンの周期的な音がごくわずかだが入ってきたこと (正確に言うと、冒頭部分で何か周期的な低音が入っていることが気になって舞台を見まわしてみたところ、オルガンが演奏していることが分かったのであるが) が少し興ざめであった点も、やはり残念であった。それにしても、交響曲もそうであるが、ブラームスの音楽は本当に上質の音色を必要とするし、実演ではホールの音響が演奏の印象に大きな影響を与えるだな、と実感したことである。

だが、繰り返しだが、この曲の魅力とこの演奏者の美的特色をある程度理解していて、そこに多少の想像力があれば、きっと今回も素晴らしい演奏であったのだろうということは、なんとか分かる。だがもうひとつ、これは本当に残念であったのは、終演後の拍手である。昨日のブルックナーと同じく、曲を振り終えて両手を静止させた指揮者が、ゆっくりと円弧を描いて右腕を下ろして行く最中、一人の人がかなりしつこく拍手を続けていたのだ。きっと、曲が終わったことを自分は知っていると、知識を誇示したかったのかと想像するが、それにしても、あれは明らかにマナー違反であろう。たった一人の行動によって、演奏会の雰囲気が台無しになるのは、なんとももったいないこと。文化都市東京においては、あのような行為は慎む必要があると思う。

今回の演奏は、もちろん NHK の主催であるからして、ほかの NHK 音楽祭のコンサートと同じく、FM と BS で放送される。きっと放送で聴くと、素晴らしい名演であることを認識することができるだろう。90歳のブロムシュテットの今回の来日公演は、それですべて終了。まだまだ意気軒高なマエストロは、またきっと来日してくれるであろう。実はそれは、早くも半年後、来年の 4月に予定されている。N 響定期 3公演に登場して、A プログラムでは、ベルワルト 3番と幻想交響曲、B プログラムでは、ベートーヴェン 8番、7番。C プログラムでは、やはりベートーヴェンのピアノ協奏曲 4番 (独奏はピレシュ) と交響曲 4番を指揮する。これまた、聴き逃せないものばかりだ。なるほど、これで、以前の記事で言及した、N 響とバンベルク響によるブロムシュテットのベートーヴェン・ツィクルス完了ということになるわけだ。ところで、ネット上でこんな写真を発見。ゲヴァントハウス管の新旧カペルマイスターの交歓の図であり、なかなか貴重なものだ。来年からはいよいよネルソンスが楽長に就任。このオケの今後も、また面白くなりそうである。
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by yokohama7474 | 2017-11-13 23:56 | 音楽 (Live) | Comments(3)

ヘルベルト・ブロムシュテット指揮 ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団 (ヴァイオリン : レオニダス・カヴァコス) 2017年11月12日 サントリーホール

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前日に続き、サントリーホールで、275歳のオケを 90歳の指揮者が率い、50歳のソリストと共演するコンサートを聴いた。今回の曲目は以下の通り。
 メンデルスゾーン : ヴァイオリン協奏曲ホ短調作品64 (ヴァイオリン : レオニダス・カヴァコス)
 ブルックナー : 交響曲第 7番ホ長調

前日のコンサートについての記事でもご紹介したが、この 275 / 90 / 50 という今回のツアーゆかりの数字の組み合わせはオリジナル T シャツになっている。前日もあったのか否か記憶にないが、会場の T シャツ売り場には、こんな写真が展示されている。言うまでもなく、左からヴァイオリンのカヴァコス、指揮のブロムシュテット、ひとり置いて、音楽事務所 KAJIMOTO の梶本眞秀社長。そして、後ろにいる人物は、多分このライプツィヒ・ゲヴァントハウス管の総支配人であるアンドレアス・シュルツであろう。今回の演奏会にも姿を見せていて、1階席真ん中あたりで、どなたかの紹介によって、小泉純一郎元首相を挨拶を交わしていた。尚、今回の客席には、指揮者の鈴木雅明、ヴァイオリンの成田達輝らも姿を見せていた。
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さて、この演奏会について、私ごときが何を語ろうか。あまり確信が持てないが、まずは語り始めよう。まず前半のメンデルスゾーンは、1845年にこのゲヴァントハウス管が初演した曲。初演を行ったのは、作曲者メンデルスゾーンがこのオケの楽長に就任する際にコンサートマスターに就任した、フェルディナント・ダヴィッド。
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この甘美なヴァイオリン・コンチェルトは、まさにこのゲヴァントハウスによって世に出されたわけである。それから 170年以上を経て、極東の地で、ギリシャ人のヴァイオリニストが、今や世界の名曲であるこのコンチェルトを見事に弾くことになろうとは、作曲者も初演者も、想像したことがあっただろうか。カヴァコスであるからもちろん、ただ甘美な演奏にはなるわけもなく、本来ならこの曲に似つかわしくないとすら言えるほどの、いわば哲学的な演奏であったと評価したい。長身で軽々とヴァイオリンを弾く彼であるが、出て来る音には常に細心の注意が払われていて、音楽を聴く楽しみ、あるいは人が今そこに生きて、音楽を聴いているということの意義といったものすらを感じさせる。私はこの人のヴァイオリンを聴いておよそ失望したことはないのだが、今回も最大限の敬意を払うべき演奏であったと思う。ブロムシュテットも、前日のブラームスに続いて、堅実な伴奏に努めた。そしてアンコールに演奏されたのは、今回もバッハの、無伴奏パルティータ 3番から「ガヴォット」。ここでも澄んだ音色に哲学性まで感じさせる、背筋が伸びるような演奏であった。つい先日も、ボストン響の演奏会においてソロを弾いたギル・シャハムが同じ曲をアンコールで弾いており、それはそれで、なんとも人間的な素晴らしい演奏であったが、今回のカヴァコスの演奏は、より孤独感の強い、だがやはり大変感動的な演奏であった。それにしてもこのカヴァコス、私は海外で初めて聴いて、これはすごいと思ったヴァイオリニストであるが、今回の聴衆の反応は、完全にこの人の音楽を強く支持するものであると思った。彼の活動はどんどん広がっており、ユジャ・ワンとブラームスのソナタ全曲を録音したり、同じブラームスのトリオを、ヨーヨー・マ、エマニュエル・アックスと録音していたりする。まさに今が旬のこのアーティストを、ブロムシュテットとゲヴァントハウスのような最高の伴奏で聴ける我々は、本当に恵まれている。
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そして、今回メインの曲として演奏されたのは、ブルックナーの大作、交響曲第 7番である。この曲の初演が、作曲者の生前の遅まきの成功のきっかけとなったことは当然知っていたが、その初演は 1884年、アルトゥール・ニキシュ (ベルリン・フィル第 2代音楽監督) の指揮するこのゲヴァントハウス管によってなされたことは、寡聞にして知らなかった。ウィーン・フィルではなかったわけである。この歴史的な初演を成し遂げたオケが、21世紀に至って、ブルックナーを得意とする 90歳の巨匠のもとでこの曲を日本で演奏することは、これまた大変意義のあることだ。ブロムシュテットのブルックナー 7番と言えば、昨年の今頃、これもドイツの名門オケであるバンベルク交響楽団と日本で演奏したことを、2016年11月 5日の記事に興奮した筆致で書いたのも、記憶に新しい。正直なところ、その時の演奏が既に期待に違わぬ歴史的な名演であったことから、今回は少しは冷静に聴くことができたと言ってもよい (笑)。その感想をここでグダグダと書くまでもないだろう。ブロムシュテットとゲヴァントハウスは、まさにこの曲の神髄を謳いあげたという言葉以上に、何が言えようか。ただ今回、実は私の耳には、この演奏の濃淡が、時折響いて来た。つまり、第 1楽章は金管のニュアンスが完璧ではなく、第 2楽章、それから第 3楽章も、開始部分は驚くほどの音の密度でもなかったものが、音楽が進んで行くにつれ、熱を帯びて行ったように思う。これは演奏の批判ではなく、そこに存在した人間性の証しとして捉えたい。そういえば、昨年の演奏に続き今回もノヴァーク版による演奏と明記されているが、昨年は、記事に書いた通り、ノヴァーク版の最大の特徴である、第 2楽章アダージョでの打楽器が欠けていた。ところが今回は、ちゃんと入っていたのである。但し、シンバルとトライアングルはなく、ティンパニだけであったが。尚、このコンビが 2006年に録音したこの曲は、実はノヴァーク版ではなくハース版であった。このあたりに、80代以降も続いているブロムシュテットの飽くなき探求心を感じることができる。それから、今回の演奏で最も心震えたのは、その第 2楽章アダージョで、ワーグナーチューバと続いてホルンが、ワーグナーを追悼する涙の叫びをあげたあとに、孤独なソロを吹くフルートである。私はこれまでの人生で、この曲をそれはそれは随分沢山聴いてきたが、ここのフルートがこんなに美しく響いたことは、ちょっと記憶にないくらいである。そうして、全曲が壮大な曲調で終了したあと、会場はまさに水を打ったような静けさに包まれた。それから、中空で停まった指揮者の右手が、何十秒もかけてゆっくりと下りてきて、ようやく緊張感がほどけたその瞬間に、わっと拍手が起こったのである。私は、この拍手が示す東京の聴衆の質の高さは素晴らしいと思うし、その一員になれたことを、誇りに思う。以前であれば、大きな音で終わる曲にはすぐにブラヴォーが沸き起こり、あるいは静かな曲でも、誰かがフライング気味に拍手をすることが多かった。だが今や東京の聴衆は、音楽の本当の楽しみ方をよく知っているのだ。私はステージに向かって左側で聴いていたので、よく見えなかったが、ブロムシュテットは体を右側にひねって、聴衆に対して拍手を送っていたようにも見えた。私の思い込みかもしれないが、演奏家としても、渾身の演奏に対してあのような反応があることは、本当に冥利に尽きるであろう。因みに、今回もブロムシュテットは全曲暗譜で指揮をした。
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ブロムシュテットとゲヴァントハウスの演奏、残るは NHK 音楽祭の一環として開かれるブラームスのドイツ・レクイエムだけである。これも心震えるような感動を期待したい。さて、ここでまた脱線だが、我が家のアーカイブで最も古いブロムシュテットの映像を引っ張り出して見てみた。それは、1991年 3月 8日に NHK ホールで行われた N 響の定期演奏会で、ここでは、ベルワルト (ブロムシュテットの母国スウェーデンの作曲家) の交響曲第 4番と、ブラームスの交響曲第 1番とを、ともに暗譜で振る 63歳のブロムシュテットの姿がある。興味深いのは、ここで彼は、現在のようにヴァイオリンの左右対抗配置を取っていないように見えるし、指揮棒も持っている。ここにも、常によりよい表現を求めて試行錯誤を重ねてきた、真摯な音楽家の姿を見ることができるだろう。当時、N 響の定期演奏会の一部は、BS で生放送していて、その休憩時間には曲の解説が入っていた。当時を知らない若い方のために、あるいは、当時を懐かしみたい方のために、映像をいくつかお見せしよう。解説は、作曲家の柴田南雄である。
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当時からブロムシュテットも進化したが、東京の聴衆も進化したと思う。大変素晴らしいことではないか。

by yokohama7474 | 2017-11-13 00:54 | 音楽 (Live) | Comments(0)

マレク・ヤノフスキ指揮 NHK 交響楽団 2017年11月11日 NHK ホール

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前項でご紹介した、サントリーホールで 15時に開演したヘルベルト・ブロムシュテット指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団のコンサートを、17時20分を過ぎてからの終演と同時に抜け出して向かった先は NHK ホール。18時開演のこのコンサートを聴くためだ。週末であっても、六本木界隈から渋谷までは結構交通渋滞が発生することが多いことを知っている私としては、もとより時間的な余裕がないことは分かっていたのだが、タクシーの運ちゃんを叱咤激励、なんとか開演ギリギリに現地に到着。無事このコンサートに間に合ったのである。そのような無理をしてまで私が聴きたかったコンサートは、ポーランド出身のドイツの指揮者、マレク・ヤノフスキが久しぶりに NHK 交響楽団 (通称「N 響」) の定期公演を指揮するというもの。ヤノフスキと言えば、東京・春・音楽祭でワーグナーの「ニーベルングの指環」4部作を 4年がかりで指揮して、東京でもその健在ぶりを示したのは記憶に新しいところ。私もこのブログの今年 4月 2日付の記事で、既に今回の演奏会を予告していた。N 響の定期には 3種類あり、それぞれ 2回ずつのコンサートが行われる。ということは、リハーサルも含めると、定期に登場する指揮者は多分東京に 1ヶ月ほど滞在する必要があるのではないか。世界の数々の人気指揮者を指揮台に招いている N 響のこと、たまには全 3プログラムを 1人の指揮者で賄うことは難しいであろう。今月は多分そのような例なのではないか。世界で引く手あまたであろう天才トゥガン・ソヒエフが 2回を担当するが、残る 1回を指揮するのが、マレク・ヤノフスキである。1939年生まれなので、今年 78歳になる。
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ヤノフスキの N 響デビューは 1985年のことらしい。だが近年はとんとご無沙汰だったように思う。東京・夏・音楽祭でこのオケと素晴らしいワーグナーを達成したことがきっかけだろうか、久しぶりの定期登場には期待が高まる。実のところ私は、この指揮者の忠実な聴き手とは、お世辞にも言えなかったことを白状しよう。日本でも披露した超大作「ニーベルングの指環」全曲を、名門シュターツカペレ・ドレスデンを指揮してレコードデビューしたこの人は、しかし、その後の活動はベルリン・フィルやウィーン・フィルという超メジャーの楽団ではなく、もう少し渋いところでなされたのである。だがこの経歴によって現在のヤノフスキの芸術が磨かれてきたのだと、今となっては理解することができる。ところで、私の手元にあるヤノフスキと N 響の演奏の画像は、1998年10月のもの。既に 20年近く前になる。ただヤノフスキは、20年前もあまり変わりなく見える。
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そんなヤノフスキが今回採り上げた曲目が面白い。
 ヒンデミット : ウェーバーの主題による変奏曲
 ヒンデミット : 木管楽器とハープと管弦楽のための協奏曲
 ベートーヴェン : 交響曲第 3番変ホ長調作品55「英雄」

なるほど、今やドイツの巨匠として尊敬を集めるヤノフスキが今回採り上げるのは、確かにドイツもののみ。だが、前半のヒンデミットは、いわゆるドイツ物というよりも、現代音楽の走りのような存在であるゆえに、若干異色である。だが今回、ヤノフスキが舞台に登場し、譜面台も置かずに暗譜で振り出した「ウェーバーの主題による変奏曲」は、確かにドイツ物でも何でもなく、切れ味鋭い近代音楽であった。実際この曲の冒頭からヤノフスキと N 響が繰り出した鋭い響きは、普段の N 響からなかなか聴けないようなもの。この指揮者の振る音楽が、結構過激な鋭さを帯びていることは、新たな発見であった。実はこの曲には、あのフルトヴェングラーの録音が残っている。私も昔アナログレコードで聴いたが、残念ながら今すぐ手元には出て来ない。そこでフルトヴェングラーの演奏会記録と録音記録 (1984年に没後 30周年として発売されたレコード芸術の別冊による) を見てみると、彼は 1947年のザルツブルク音楽祭でのウィーン・フィルとの演奏以来、生涯で 10回、この曲を指揮している。ドイツ・グラモフォンの録音に残っているのは、1947年 9月のベルリン・フィルとのライヴである。この曲の初演は 1944年、未だ戦時中にアルトゥーロ・ロジンスキ指揮のニューヨーク・フィルによってなされていることや、フルトヴェングラーを巡る、いわゆる「ヒンデミット事件」を考え合わせても、この曲の歴史的価値には大いに考えさせられるものがある。ところで、そのベルリン・フィルで、ヒンデミットのこの曲と、その一部の原曲であるウェーバーの劇付随音楽「トゥーランドット」を、同じ演奏会で指揮した人がいる。それは、ほかならぬ小澤征爾。1992年 11月のこと。せっかくなので、その時の小澤の勇姿をここに掲げておこう。
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さて、寄り道はこのくらいにして、今回のヤノフスキと N 響の演奏会に戻ろう。2曲目に演奏されたのは、同じヒンデミットでも、遥かに演奏頻度が少ない、木管楽器とハープと管弦楽のための協奏曲。1949年の作である。実はヤノフスキも、この曲を指揮するのは今回が初めてであったという。道理で、この日のコンサートの中でこの曲だけは、譜面を見ての指揮であったわけである。それにしても、78歳で新たなレパートリーを、日本のオケとの共演で手掛けるとは、なんとも頭の下がることである。この協奏曲でソロを取ったのは N 響の首席たち。フルートの甲斐雅之、オーボエの茂木大輔、クラリネットの松本健司、ファゴットの宇賀神広宣、ハープの早川りさこの面々である。このうちハープの早川は、この曲の日本初演にも参加したらしい。この曲はそれほど面白いものとも思わないが、終楽章でクラリネットが延々とメンデルスゾーンの「夏の夜の夢」の中の結婚行進曲を吹き続けるのが印象的。解説によると、この作品の初演日はヒンデミット夫妻の結婚 25周年の記念日であった由。件のヒンデミット、なかなか洒落たことをしますなぁ。あ、それから余談だが、上記の小澤指揮ベルリン・フィルの 1992年の演奏会では、メインの曲目はメンデルスゾーンの「夏の夜の夢」であったというのも、面白い偶然だ。
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さて、演奏会の後半は、ベートーヴェンの「エロイカ」である。これはもう、ドイツ音楽の権化のような曲。今回の演奏では、弦はコントラバス 8本、木管は倍管 (つまり、オリジナルでは各 2本ずつであるところ、各 4本とすること)。昨今流行りの古楽風ベートーヴェンではなく、ドイツ音楽の神髄を聴かせようという意図であったろうか。だが実際には、ヤノフスキの指揮はそれほど重いわけではなく、この曲に必要な疾走感は充分に備えている。だがその一方で、第 1楽章では何度も、弦楽器が見栄を見る場面では大きなカーヴを描いてみせた。また、例の第 1楽章のコーダにおけるトランペットであるが、「英雄のテーマ」をワンフレーズ明確に吹いてから黙るという方法を取った。いずれも、ヤノフスキの信念が現れた箇所であったと言えると思う。その後の楽章でも、とりたてて個性的な部分はなかったものの、指揮者の信念は随所に感じることができる演奏であった。天下の名演ということではないにせよ、今のヤノフスキの音楽が持つ説得力を、充分に感じることができたのである。この指揮者の現在の円熟ぶりは世界中で評価されている様子であり、今年 1月には 22年ぶりにベルリン・フィルと共演、その後 9月にもブルックナー 4番で再度共演したらしい。そんな円熟の指揮者の演奏をリアルタイムで楽しむことのできる我々は、なんと幸せではないか。次の来日を楽しみにしたい。

by yokohama7474 | 2017-11-12 23:26 | 音楽 (Live) | Comments(0)

ヘルベルト・ブロムシュテット指揮 ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団 (ヴァイオリン : レオニダス・カヴァコス) 2017年11月11日 サントリーホール

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このブログを始めた 2015年から、その年とその翌年、毎年秋から冬にかけてその演奏をご紹介してきたスウェーデン出身の現代屈指の巨匠指揮者、ヘルベルト・ブロムシュテットが今年も来日した。過去 2年は NHK 交響楽団やバンベルク交響楽団を指揮したものであったが、今回彼が指揮するオーケストラは、ドイツのライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団である。よく知られている通り、このオーケストラの歴史は非常に古く、設立は 1743年。世界最古のオケのひとつであるが、宮廷楽団ではない民間の手になるオケとしては、まさに世界で最初のもの。その栄光の歴史は、ドイツ音楽史の重要な部分を担っている。私はこのライプツィヒという街を訪れたことは未だにないのであるが、いつかは行ってみたい街である。バッハ以来、メンデルスゾーン、シューマン、ブラームス等の名前と切っても切り離せない、このライプツィヒという街の誇りであるこのゲヴァントハウス管の第二次大戦後の歴史はしかし、若干複雑なものになっている。それは、旧東ドイツに位置することで、近代性よりも、伝統的な「いぶし銀のような渋い響き」を持つと認識されるようになり、かなり最近まで、その古い音こそが楽団の価値であるというイメージが出来上がっていた。このオケのシェフは、音楽監督とか常任指揮者とは言わず、カペルマイスター = 楽長という。この呼び方も、ドイツの昔ながらの徒弟制度を具現するようなものではないだろうか。日本の音楽ファンにとってこのオケは、フランツ・コンヴィチュニー、ヴァーツラフ・ノイマンに続いて楽長となり、1970年から 1996年までその地位にあったクルト・マズアとのコンビによって盛名を馳せたと言えるだろう。だがそのマズアの評価は様々であり (私には私の評価もあるが、ここで深入りは避けよう)、よくも悪くも、伝統的なドイツのオケという整理であったと思う。1998年に楽長に就任したのが、今回の指揮者であるヘルベルト・ブロムシュテット。彼はやはり旧東ドイツのドレスデンでの活躍が印象的であったので、このゲヴァントハウスのような「地味な」オケには合っているとみなされた。だが、そのブロムシュテットの音楽はその頃からさらに進化を遂げるようになり、日本にも、上記の通り N 響やバンベルク響、またサンフランシスコ響、北ドイツ放送響やチェコ・フィルとのコンビで登場し、その芸術の深まりを聴かせてくれている。彼は 2005年にこのオケの楽長の地位を去ったが、現在でも名誉楽長の称号を持っている。その間、このオケの楽長を務めて、その音色を一新したのは、日本でもつい 1ヶ月ほど前、ルツェルン祝祭管との名演を繰り広げたリッカルド・シャイー。そして、シャイーのあとを受けて 2018年から楽長に就任するのは、つい 3日前までやはり日本でボストン響との力演を展開したアンドリス・ネルソンス。そう考えると、東京の音楽界は、欧米から遠く離れているにもかかわらず、現代の重要な演奏家たちが入れ代わり立ち代わりステージ立っていることが改めて実感できる。

さて、このブロムシュテット、ついに現在 90歳の高齢に達した!! 以前の記事でも書いた通り、未だに指揮台でストゥールも使用せず、手の内に入った曲なら暗譜で指揮をするこの指揮者、ある意味では、人間の持っている能力の極限に到達していると言ってもよい。1927年生まれだから、ちょうど上で名前の出たクルト・マズアと同い年。現代指揮界におけるその存在は、限りなく重い。
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実は今回のツアーは、幾つもの記念の年に行われる。まず今シーズン、楽団は創立 275年を迎える。また、上記の通りブロムシュテットは 90歳。そして、ツアーに同行するヴァイオリンのレオニダス・カヴァコスは 50歳。会場には、これら 275、90、50 という数字をあしらった、こんな T シャツまで売っているのである。
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それから面白いのは、今回この指揮者とオケが披露する 3つのプログラムにおける、天下の名曲全 5曲はいずれも、なんとこのゲヴァントハウス管が世界初演したものばかりなのである。これは、なかなかない貴重な聴き物である。既に札幌と横浜でのコンサートを済ませ、今回東京で初のコンサートなるが、その曲目は以下の通り。
 ブラームス : ヴァイオリン協奏曲ニ長調作品77 (ヴァイオリン : レオニダス・カヴァコス)
 シューベルト : 交響曲第 8番ハ長調 D.944「ザ・グレイト」

後者は 1839年に、前者は 1879年に、このオケで初演されている。これは本当にすごいことである。まずブラームスのコンチェルトは、もちろん古今のヴァイオリン・コンチェルトの中でも屈指の名作。ブラームスらしい暗い情熱に支配されてはいるものの、第 2楽章のオーボエ・ソロなど、極めて美しい曲想も含まれている。初演はブラームスの親友でもあった伝説のヴァイオリニスト、ヨーゼフ・ヨアヒムの独奏、作曲者自身が指揮するゲヴァントハウス管によってなされたが、このヨアヒム自身、弱冠 17歳にしてこのゲヴァントハウス管のコンサートマスターに就任したという経歴を持つ。これがそのブラームス (椅子に座っている方) とヨアヒム (立っている方) のツー・ショット。ブラームスは、若き日の美青年のおもかげを (わずかに? 笑) とどめている。
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今回ソロを弾いたのは、ギリシャ出身の素晴らしいヴァイオリニスト、レオニダス・カヴァコスである。実は彼の弾くブラームスのコンチェルトは、以前もこのブログでご紹介したことがある。それは、2016年 8月10日の記事。伴奏は、ワレリー・ゲルギエフ指揮の PMF オーケストラであった。その時の自分の感想を見返してみたが、印象は全く同じ。つまり、美音をこれ見よがしに聴かせようという態度の全くないこの人のヴァイオリンは、通常の音楽鑑賞を超えた高いレヴェルでの音楽体験を可能にしてくれるのである。私などがこの演奏に費やすべき適当な言葉を見つけられるわけもない。伴奏のブロムシュテットも、40歳下のこのヴァイオリニストに対する敬意を示していた。また、アンコールで彼が弾いたバッハの無伴奏パルティータ第 2番のサラバンドも、目を閉じて聴いていると、今自分がいつの時代にどこにいるのか分からなくなるほど、ピュアな音がまっすぐに響いていた。今後ますます目が離せないヴァイオリニストである。
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後半に演奏されたのは、シューベルトのハ長調の大交響曲。一時期あまり使われなくなっていた「ザ・グレイト」というあだ名が、最近はまた頻繁に使われるようになっていると思うが、これはそのようなあだ名にふさわしい、時代の制約を超えた壮大な大曲である。シューベルトの死後この曲を発見し、「天国的な長さ」と評したのはシューマンであるとは知っていたが、実は初演の指揮を取ったのはそのシューマンではなく盟友のメンデルスゾーンであることは、恥ずかしながら知らなかった。そして初演のオケは、彼が楽長を務めていたこのゲヴァントハウスであったのだ。本当に音楽史を体現しているオーケストラを相手に、90歳の巨匠が紡ぎ出す音楽はいかなるものであったか。今たまたま何の気なしに「紡ぎ出す」と書いたが、今回の演奏はまさにその形容の通り、幾重にも連なって滔々と流れて行く音の糸を堪能することのできるものであった。ブロムシュテットはいつもの通り、ヴァイオリンを左右対抗配置にし、指揮棒を持たずに、また、譜面台にスコアを置きながらもそれに一切手を触れることなく、暗譜で指揮をした。この曲には、第 2楽章などに深い情緒もあるものの、音楽を構成する主要な要素のは、あたかも現世の苦しみを超えて彼岸に向かう喜びのような雰囲気である。まさに天国的なこの曲の演奏者として、ブロムシュテットとゲヴァントハウス以上の組み合わせを想像できるだろうか。この演奏は、基本的にはイン・テンポを守りながら、実は随所に遊びもあって、曲をよく知っている人ならそれだけ楽しめるようなものではなかっただろうか。演奏する楽員たちの表情も柔らかく、ごく自然な流れの中で、川のように流れ過ぎて行く音楽的情景を、聴衆は皆穏やかな気持ちで楽しんだに違いない。また、その「天国的」な様子は提示部の反復にも出ていて、第 1楽章だけでなく第 4楽章も反復を励行していた。以前、パーヴォ・ヤルヴィと N 響によるこの曲の演奏について記事を書いた際、オリジナル重視の昨今とは言え、この曲の第 4楽章の反復はいかにも長いという感じがするので、そのパーヴォの演奏ではその部分の反復がなかったことを評価したが、今回は、まぁこの天国的演奏なら、それもありか (笑) と思ったものである。この曲の第 4楽章の反復部分は、クレッシェンドになっているので、音楽がまるでフェード・アウト、フェード・インしたような不思議な感覚を呼び覚ます。それが天国のようなのである。感傷のない天国の音楽。今のブロムシュテットとゲヴァントハウスならではの演奏であったと思う。
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この演奏会、もともと演奏時間が長く、終了したのは開演から 2時間20分ほど後の、17時20分。私は拍手が続いている間に会場を抜け出す必要があったのだが、実は終演後に指揮者と独奏者のサイン会があるとアナウンスされていたので、少々残念であった。ただ、ブロムシュテットのサインなら、昨年バンベルク響との来日時にもらったことがある (2016年11月 4日の記事ご参照)。それから、私はあと 2回、このブロムシュテットとゲヴァントハウスの演奏会に出掛けることを予定しているので、またサインを頂ける機会があればよいなと思う。当のご本人が 90歳という超高齢であることを、ほとんど無視した希望を述べておりますが (笑)。あたふたとサントリーホールをあとにして私が向かった先については、また次の記事にて。

= 追記 =
今回の演奏会で配布されたチラシの中に、招聘元の KAJIMOTO が今後行う来日オーケストラ公演の曲目についての速報があった。どうやら、ほかでは未だ入手困難な情報だと思うので、その中で私自身が特に気になっていた団体の演奏曲目を以下の通り抜粋する。コメントすると長くなるのでやめるが、1ヶ所だけ、どうしても我慢できなくて、ビックリマークをつけています (笑)

* サイモン・ラトル指揮ロンドン交響楽団 (2018年 9月)
9/24 (月・祝)
 バーンスタイン : 交響曲第 2番「不安の時代」(ピアノ : クリスティアン・ツィメルマン!!)
 ドヴォルザーク : スラヴ舞曲作品 72-2
 ヤナーチェク : シンフォニエッタ
9/25 (火)
 ヘレン・グライム : 作品未定
 マーラー : 交響曲第 9番
9/29 (土)
 ラヴェル : マ・メール・ロワ
 シマノフスキ : ヴァイオリン協奏曲第 1番 (ヴァイオリン : ジャニーヌ・ヤンセン)
 ブラームス : 交響曲第 4番

* テオドール・クルレンツィス指揮ムジカ・エテルナ (2019年 2月)
2/13 (火)
 チャイコフスキー : 組曲第 3番、幻想曲「フレンチェスカ・ダ・リミニ」、幻想序曲「ロメオとジュリエット」

by yokohama7474 | 2017-11-12 00:12 | 音楽 (Live) | Comments(2)

チャイコフスキー : 歌劇「エフゲニー・オネーギン」(演奏会形式) ウラディーミル・フェドセーエフ指揮 チャイコフスキー・シンフォニー・オーケストラ 2017年11月 9日 NHK ホール

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毎年秋に NHK ホールを舞台に繰り広げられる NHK 音楽祭。今年の公演数は 4つで、その最初を飾ったパーヴォ・ヤルヴィ指揮 NHK 交響楽団によるモーツァルトの「ドン・ジョヴァンニ」の素晴らしい公演は、既にこのブログでもご紹介した。音楽祭の 2つ目の公演であったキリル・ペトレンコ指揮バイエルン国立管弦楽団によるワーグナーの「ワルキューレ」第 1幕ほかは、事前の予想通り素晴らしい内容であったようだが、私は聴くことができなかった。今回の記事でご紹介するのは第 3回目の演奏。このブログでは何度もその演奏をご紹介している、85歳 (!) のロシアの巨匠、ウラディーミル・フェドセーエフが指揮する手兵、チャイコフスキー・シンフォニー・オーケストラによるものである。このオーケストラは、私の世代であれば旧モスクワ放送交響楽団といった方が通りがよいし、この NHK 音楽祭の表記では、チャイコフスキー交響楽団となっている。名称はともあれ、この名指揮者が 1974年以来、実に 43年に亘って首席指揮者を務めてきている楽団なのである。このロシア有数の名コンビが今回演奏会形式で採り上げたのは、チャイコフスキーの不朽の名作オペラ、「エフゲニー・オネーギン」である。もっともこの題名も、NHK 音楽祭のプログラムによると、前半部分が「エフゲニー」ではなく「エフゲーニ」になっている。原語表記には一定のルールを持つ NHK のこと、なんらかの根拠あってのことだと思うが、この作品での歌唱を聴いていると、「オネーギン」という名前もロシア語での発音は、「オニェーイギン」のように聴こえるが、そのように表記しなくてよいのだろうか。

まあそんなことはどうでもよい。先の記事で書いた通り、この日私は、昼間に日生劇場でドヴォルザークの「ルサルカ」を鑑賞し、日比谷から千代田線に乗って明治神宮前まで移動し、NHK ホールでのこの公演に臨んだわけである。開演前には NHK ホール名物 (?)、助六寿司を腹に掻き込んでからの鑑賞となった。冒頭に掲げたのは、NHK ホールの入り口に下がっていた垂れ幕である。85歳という年齢がとても信じがたい、指揮者フェドセーエフ。今回もオペラ全 3幕を、指揮台にストゥールすら用意せず、徹頭徹尾、立って指揮をした。
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さて、この「オネーギン」という作品、聴く人誰もが納得する傑作であり、大変に充実した内容を誇っているのだが、原作はロシアの国民的作家・詩人のアレキサンドル・プーシキン (1799 - 1837) である。私はこのプーシキンが「オネーギン」の原作小説を執筆したという小屋を、モルドヴァ共和国の首都、キシニョフ(あるいはキシナウとも) で見たことがあるという話は、2016年10月16日の、ゲルギエフとマリインスキー歌劇場の来日公演による、同じ「オネーギン」の上演に関する記事で書いた。面白いことに、ロシアオペラの傑作は、ことごとくがこのプーシキンの原作によるものと言っても過言ではないのである。この「オネーギン」と並ぶチャイコフスキーの代表的なオペラである「スペードの女王」もそうなら、グリンカの「ルスランとリュドミラ」、ムソルグスキーの「ボリス・ゴドゥノフ」、リムスキー=コルサコフの「金鶏」といった具合。驚かされるのは、このリストには歴史ものあり空想ものあり、そしてこの「オネーギン」のような人間ドラマありで、その幅広さは尋常ではない。換言すると、この作家がこれだけ幅広い作品をものするだけの想像力の持ち主であったからこそ、19世紀ロシアの貴族社会を舞台にした、なんとも切なくまたリアリティのある人間ドラマを書くことができたのであろう。これがプーシキンの肖像。
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今回のプログラムにフェドセーエフが寄せた言葉から一部を抜粋しよう。

QUOTE
「エフゲニー・オネーギン」--- ロシアの二人の天才、ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー、アレキサンドル・プーシキンによって生み出された、まるでロシア人の人生についての百科事典の様な作品です。心、慈悲、そして愛を通して物事や世界を捉えること、それこそが偉大なるロシアの姿であり、そのすべてがこの作品の中に反映されていると思います。
UNQUOTE

なるほど、そうなのか。ただ私は、どのロシア人も徹夜でラヴレターを書いたり、必要以上にニヒルを気取って異性を振ったり、自暴自棄になって決闘を申し込んだり、人妻になった元恋人に言い寄ったりするのだと、ここでフェドセーエフが言っているとは思わない (笑)。どうしようもない心の綾によって翻弄される人間たち、そして彼らの人生に対するそれぞれに真摯な思い、そういったことについて語っているのだと思いたい。さて今回の演奏、そのような指揮者の強い思い入れが充分に感じられながらも、フェドセーエフらしく感傷を排した、一本筋の通った再現であった。この曲の冒頭は、華やかでも劇的もなく、主人公タチヤーナの内面を思わせるメランコリックで繊細な音楽。その冒頭のニュアンスの豊かさは、聴衆を一気に作品世界に引き込むだけのものであったと思う。今回は完全な演奏会形式で、歌手たちは燕尾服やドレスを着用していて、舞台前面、指揮台の左右で歌う。実は譜面台が左右それぞれに置かれていたのだが、冒頭にオリガ役の歌手が、「これは邪魔ね」とばかり持ち上げて横手の方に片づけてしまったのである (笑)。実際、譜面を見て歌う歌手はひとりもいない。そして後半には、譜面台は両方とも片付けられていた。今回の主要な役柄はすべてロシア人歌手によるもので、私の知った名前はひとつもなかったが、経歴を見ると、それぞれにロシアや世界の名門オペラハウスで歌っている人たちで、若手ばかりである。つまりこれは、日本にいながらにして、ロシアの若い世代の最高の歌手たちを聴ける機会であったのだ。名前だけ挙げておくと以下の通り。
 タチヤーナ : ヴェロニカ・ディジョーエヴァ
 エフゲニー・オネーギン : ワシーリー・ラデュク
 レンスキー : アレクセイ・タタリンツェフ
 オリガ : アグンダ・クラエワ
 ラーリナ : エレーナ・エフセーエワ
 グレーミン公爵 : ニコライ・ディデンコ

今回の歌手陣では、際立った存在はいなかったように思うが、それぞれに持ち味をよく活かしたアンサンブルであったと思う。試みに、やはり見事な演奏であった昨年のマリインスキーの来日公演のキャスト (やはり全員ロシア人) と突き合わせてみたが、同じ歌手はひとりもいない。さすがロシアは人材豊富であると驚嘆する。それから、端役は日本人が歌ったが、音楽教師トリケ役の清水徹太郎は、舞踏会における悲劇の予兆を逆説的に強調するとぼけた歌を、大変巧みに歌っていた。合唱は新国立劇場合唱団で、さすがに譜面を見ながらの歌唱であったが、安定した出来栄えであった。

指揮に話を戻すと、フェドセーエフは相変わらず指揮棒を持たない素手の指揮によって音楽を堅実に引っ張りながら、要所要所では見事な統率力を見せた。何よりも、全体の見通しがよかったと思う。その設計は、実は休憩の取り方にも出ていて、この 3幕もののオペラでは、通常は各幕間に休憩が入るのだが、今回の途中休憩は 1回のみで、時間も 20分のみ。前半は第 1幕と第 2幕第 1場まで。後半は第 2幕第 2場と第 3幕。こうすると前半に「手紙の場」とワルツ、後半にレンスキーのアリアとポロネーズ、という具合に、聴きどころが分かれる。一方で演奏時間は、前半 1時間50分、後半 50分と、若干いびつにはなったが、幕の切れ目でも聴衆の拍手に応えることなく、次の幕の分厚いスコアをドンと指揮台に置いて、ろくに間も置かずに淡々と次の幕に入っていくあたりに、この指揮者のよい意味での職人性を見た思いがする。
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そんなわけで、85歳の巨匠の、若々しくもニュアンス豊かな演奏に、静かな感動を覚えることとなった。人間が生きていくことののっぴきならなさを、このように淡々と表現されると、大仰な演奏よりも、返って説得力が増すのである。聴衆の皆さん、間違ってもオネーギンのように去勢を張ったり、レンスキーのように嫉妬に駆られて無謀なことをしてはいけませんよ。人と人の心には、常に通じるものがあるべきで、コミュニケーションこそが大事なのである。いつになく説教くさい終わり方ですな (笑)。

by yokohama7474 | 2017-11-11 01:41 | 音楽 (Live) | Comments(0)

ドヴォルザーク : 歌劇「ルサルカ」(指揮 : 山田和樹 / 演出 : 宮城聡) 2017年11月 9日 日生劇場

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この日は私にとってかなりハードな日になった。1日でオペラを 2本、鑑賞したのである。いや、これが人生初の経験とは言わない。ニューヨークにいたときは、土曜日に MET のマチネとソワレを両方見たことは一度ではない。だが、海外駐在中の、ある種の高揚感のある生活と、東京での日常生活との差は当然ながら歴然とあって、その意味では、「東京では初めて」、1日に 2本のオペラを鑑賞したと言えば正確になる。しかもその 2本は、イタリア物でもドイツ物でもフランス物でもなくて、両方ともスラヴ系オペラなのである。最初に見たのがこの記事で採り上げるドヴォルザークの「ルサルカ」、2本目は、これは演奏会形式上演だったが、チャイコフスキーの「エフゲニー・オネーギン」であった。後者はまた追って記事にするので、ここでは「ルサルカ」について徒然に語ることにする。

このオペラは、東京日比谷の日生劇場で上演されたもの。日生劇場とは、その名の通り日本生命日比谷ビルの中にある劇場であり、まるで海底のようなユニークな内装で知られるのであるが、設計者は、以前このブログでも個展をレポートした名建築家、村野藤吾 (1891 - 1984)。こけら落としは、あの伝説的な 1963年 (私もさすがに生まれる前である) のベルリン・ドイツ・オペラの引っ越し公演であった。ここでは年に数回はオペラ公演が行われていて、私も時々足を運ぶ。客席数 1,330と手頃なサイズであり、安い席でも充分声が届くのでありがたい。これが舞台から見たこの劇場の客席の様子。
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さて、この公演の楽しみはいくつかあって、まずは、私がこのブログでも何度となく賛辞を捧げてきた若手指揮者、山田和樹が指揮をすること。今年の 2月 6日付の記事で、彼が藤原歌劇団の「カルメン」で初めてオペラの指揮をした公演を採り上げたが、これは、少なくとも日本では、それに続く 2度目のオペラ指揮ということになるはずだ。楽しみのふたつめは、演出である。現在、静岡舞台芸術センター (SPAC) の芸術総監督を務める宮城聰 (みやぎ さとし)。彼がその静岡で演出した戦時中の R・シュトラウスを題材にした演奏会兼芝居 (?) については、今年 5月 1日の記事で言及していて、そこに、私とこの演出家の過去の僅かなご縁も書いているので、ここでは繰り返しは避けよう。ただ、彼自身が未だにアマチュアであった学生時代から、彼の演出を沢山見てきた私としては、このような由緒ある劇場の大舞台での演出は、本当に楽しみなのである。それから、みっつめの楽しみは、曲目である。チェコの大作曲家、アントニン・ドヴォルザークのオペラとしては、唯一現代の劇場のレパートリーに残っているが、チェコ語という特殊な言語の使用によってその演奏頻度は決して高くない「ルサルカ」。これは山田と宮城の写真。
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この演目は 3回上演され、今回がその初日なのだが、調べてみると既に 11/6 (月)、7 (火) と 2日間、中高生用の鑑賞教室という趣旨での上演がされているらしい。私が鑑賞した、この平日の 13時30分開演の公演にも、高校生とおぼしい男女が大勢鑑賞していたので、本格的な一般公演は今週末の土日ということになるのかもしれない。これがスタッフ・キャストの集合写真。
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さて、チェコ語のオペラを上演する苦労は、いかなるものであろうか。もちろん世界的に見れば、ヤナーチェクという、ちょっと独特の魅力的なオペラの数々を書いた人がいて、それはすべてチェコ語であるから、本格的なオペラハウスは多かれ少なかれ、チェコ語での上演の機会は、決して多くはなくとも、それなりにはあるとも言える。それ以外にも、スメタナ (「売られた花嫁」が有名)、マルティヌーという作曲家の作品、そしてもちろん、この大御所ドヴォルザークの「ルサルカ」が、主要なチェコ・オペラのレパートリーである。このオペラの初演は 1901年。20世紀最初の年である。有名な「新世界」(彼の書いた最後の交響曲である) 等、米国で書かれた作品はいずれも 19世紀の作。それに対して「野鳩」等の一連の交響詩は、実はすべての交響曲よりも後に故国チェコに帰国後に書かれているが、興味深いのは、その題材にはメルヘン的なものが多いことである。というのも、この「ルサルカ」(ドヴォルザークの 11のオペラのうち 10作目) も、人間に恋をした水の精を主人公とするメルヘン・オペラであるからだ。時代は既にワーグナーを知っており、ドヴォルザークもここではライトモチーフの手法を (ワーグナーほど複雑にではないが) 用いて、かなり劇的な音楽を書いている。劇中のアリアとしては、第 1幕で主人公ルサルカが歌う「月に寄せる歌」が突出して有名で、単独でもよく歌われる。

さてそんなオペラの上演であったのだが、舞台を見渡してすぐに気づくのは、いわゆるオケ・ピットが設置されておらず、指揮者とオケは、平土間の地面に並んでいて、客席との間には、赤いロープを渡してあるだけだ。そして、木管とホルンがオケの陣取っている場所に収まり切れず、舞台上に並んでいる (木管が下手、ホルンが上手)。この劇場で過去にオペラを見たときにはそのようになっていなかったので、これは演出上のなんらかの意図によるものであろうか。そして舞台は、あたかも日生劇場の海底のような壁がそのまま伸びていったような、曲線による閉ざされた空間に、幅の広い階段が設置されたもの。全 3幕、一切舞台装置の転換はなく、この場所が沼のほとりにもなり、宮廷の内部にもなる。様々な工夫があったとは思うが、正直なところ、スペースが限られていることから来る若干の閉塞感を感じてしまった。また、舞台下の空間も歌手たちが動くために使われており、それ自体はオペラ演出でも決して珍しくはないものの、昔から小劇場で宮城の演劇を見てきた者としては、少し懐かしいような気もしたものだ。あまり細部にこだわらず、ただ、民衆の好奇の目とか、宮廷の人間関係の浅薄さなどの表現には、音楽の流れを邪魔しないことを心掛けている様子が見られて、その意味では手堅い演出だったと言えるだろう。

私としてはこの演奏、やはり山田の指揮が第一の聴き物であったと思う。上記の通り、かなり劇的に書かれたスコアであり、音の動きも多彩であって、指揮者としても料理しがいのある作品であると思うが、さすが山田和樹、その敏捷な音楽の推移には、いつもながら非凡なものを感じた。オケは今回は読売日本交響楽団であるが、この読響、今月はこのオペラと、それからメシアンの超大作「アッシジの聖フランチェスコ」を演奏するわけで、いよいよ楽員の皆さんたちの日常に、パレットに並ぶ様々な音が満ちてくることだろう。合唱団は、オペラとしては珍しいことに、山田が音楽監督を務める東京混声合唱団。歌手陣はほぼ全員二期会の人たちで、チェコ語という慣れない言語にもかかわらず、朗々たる歌唱を聴かせた人が多かったが、その一方、どうしても言葉の響きが暗いので、声を張り上げてもニュアンスが充分に伝わらない箇所も、あったかもしれないと思う。タイトルロールの田崎尚美、王子の樋口達哉、水の精ヴォドニクの清水那由太、外国公女の腰越満美等、皆健闘していたが、もしひとり挙げるとするなら、魔法使いイェジババを演じた清水華澄であろうか。このブログでも過去に、やはり山田和樹と共演した R・シュトラウスの「4つの最後の歌」などをご紹介したことがある。
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実は私は以前、この「ルサルカ」を舞台で見たことは一度しかなく、それは 2011年の新国立劇場における尾高忠明指揮の上演であったのだが、今プログラムを引っ張り出してきて見てみると、主役級の歌手たちは外人だが、実はこの清水は、第三の森の精という端役で出演していた。因みに森の精のほかの二人は、安藤赴美子と池田香織。最近の二期会の公演やコンサートで活躍している人たちばかりである。なるほど、新国立劇場で常打ちでオペラを上演することは、やはり時とともに日本人歌手を育てているのだな、と改めて実感した次第。

ドヴォルザークは我々には充分親しい作曲家でありながら、彼のこのようなメルヘンへの指向については、実はそれほどイメージがない。ミュシャを思い起こすまでもなく華麗なる世紀末文化を誇るアールヌーヴォー都市であるプラハでは当時、いかにも世紀末的な、現実ではない空想の世界への逃避指向があったのだろうか。このような美しいアールヌーヴォーの建物、プラハ市民会館の中には、スメタナ・ホールというホールがあり、今でもチェコの人たちの音楽活動の中心である (私は前まで行ったことはあるが、残念ながら中には入っていない)。郷愁と名旋律の作曲家と思われているドヴォルザークを、一度世紀末の観点で聴き直すのも面白いかな、と思った次第。
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by yokohama7474 | 2017-11-10 01:09 | 音楽 (Live) | Comments(0)