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ニューイヤーコンサート 2018 大野和士指揮 東京都交響楽団 2018年 1月14日 サントリーホール

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今年に入ってから私が体験しているコンサートは、あたかもシルヴァン・カンブルラン指揮の読売日本交響楽団と、大野和士指揮の東京都交響楽団 (通称「都響」) との一騎打ちのような様相を呈している (笑)。実はこの日とその前日は、山田和樹と日本フィルが、バーンスタイン生誕 100年記念の演奏会を開いていて、私としては相当に迷ったのであるが、いっそ上記の一騎打ちを楽しむかと思い、そちらを諦めてこの演奏会に行くことに決めたのだ。今回の大野と都響の演奏会は、ニューイヤーコンサートと銘打たれているが、日本赤十字社の献血チャリティ・コンサートでもある。かくして会場で幾ばくかの金銭を寄付した私は、いかなるニューイヤーコンサートになるのかと期待しながら、サントリーホールの席についたものである。今回の曲目は以下の通り。
 ヨハン・シュトラウス : 喜歌劇「こうもり」序曲
 ヴェルディ : 歌劇「椿姫」から「乾杯の歌」「ああ、そはかの人か」~「花から花へ」
 ビゼー : 歌劇「カルメン」から前奏曲、「恋は野の鳥」(ハバネラ)、「ジプシーの歌」
 プッチーニ : 歌劇「ラ・ボエーム」から「冷たき手を」「私の名はミミ」「愛らしい乙女よ」
 ストラヴィンスキー : バレエ組曲「火の鳥」(1919年版)

なるほど、前半にはオペラの序曲や超有名なアリアを並べ、後半はごく短い近代のバレエ組曲で〆るというわけである。侮れない知恵者の大野のこと、ありきたりなウィーンの猿真似のニューイヤーコンサートになるわけもない。
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このコンビの充実ぶりは既に何度もこのブログで書いてきているので、今更何を書こうかと思うくらいだが、それでもやはり、最初の「こうもり」序曲がずっしりとした音で、しかも勢いよく走り出した瞬間、やはりその充実感には圧倒される。これはいわゆるウィーン風のシュトラウスではなく、ただ新年にふさわしいフレッシュな音楽なのである。もちろんウィーンにはほかにない素晴らしい流儀があることは当然だが、かの地から遠く離れたこの東京でも、作曲者の頭の中で鳴っていたであろう音に迫るプロたちがいる。それでこそ西洋音楽は世界で演奏されるのである。喜悦感、疾走感、そして劇的な要素まですべて鳴り響いた「こうもり」序曲であった。

そして、メジャーなオペラ 3曲の中のいちばんおいしい部分を味わうこととなった。今回登場した歌手は 3人。まずはソプラノの大村博美。フランスをメインの舞台として活躍している歌手である。
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「椿姫」と「ラ・ボエーム」で彼女と組むテノールは、笛田博昭。堂々たる体躯で、イタリアで数々の入賞歴のある人だ。
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そして「カルメン」を歌うメゾ・ソプラノは脇園彩。先にやはり大野 / 都響の第九の記事でも言及した通り、名指揮者ファビオ・ルイージの指揮のもとで、メルカダンテの「フランチェスカ・ダ・リミニ」の世界初演に参加したほか、既にミラノ・スカラ座の舞台にも立っている。
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この 3人の歌はいずれも素晴らしく、聴きなれたはずのこれらの名曲に、「あぁー、やっぱりオペラはいいなぁ」と思わせてくれる出来栄えであった。特に、私は「ラ・ボエーム」には滅法弱く、今回演奏された第 1幕の後半のシーンではいつも、涙腺が緩まないように自分に気合を入れる必要があるのだが (笑)、今回もその気合がなければ、オイオイと泣いてしまったかもしれないほど感動的であった。日本人はそもそも、体格的にオペラ歌手としてはハンディがあるという事実はあると思うのだが、それでもやはり、優秀な若手は自然と世界で活躍の道を見つけるのである。世界的に見てもオペラ界では、絶対的なスターの数は減っていると思うので、優秀な若手歌手には、是非臆せず世界で活躍して欲しいものである。そして時折故郷である日本で、その成果を聴かせてくれればありがたいと思う。今回の一連の曲を聴いていて、今年 9月から新国立劇場の芸術監督に就任する大野のさらなる活躍が本当に楽しみになった。というのも、今回の歌手 3人は、大村が二期会、笛田が藤原歌劇団、脇園がフリーと様々。もちろん二期会も藤原歌劇団も充実した活動を展開しているが、国内の歌手の世界もいろいろしがらみがあって大変であると聞く。これまで海外で活躍してきた大野が芸術監督に就任することで、新国立劇場では、海外からやってくる優れた歌手たちと、日本の優れた歌手たちがさらに自由に共演できるようになればよいと思う。今回のコンサートは、ごくシンプルなオペラ抜粋であったとはいえ、実は今後の東京での活動を見据えた大野のしたたかな実験の場であったのではないだろうか。

そして休憩後の「火の鳥」は、期待通りに色彩渦巻く演奏となった。但し、今回も感じたこのコンビの課題は、弱音部の色気ではないだろうか。強い音で推進力を出す部分に比べて、ゆっくりした場所での微妙なニュアンスには、このコンビであればさらにさらに豊かな表現が可能であると思うのである。尚、今回は「美しく青きドナウ」や「ラデツキー行進曲」がアンコールで演奏されることもなく、これもいかにも大野らしくて私は好感を持った。

さて、もう一度大野のオペラについて考えてみよう。私は彼の指揮するオペラ公演やオーケストラ公演を、海外でも何度か聴いているが、ここではそのうち 2つをご紹介する。ひとつは 2007年10月20日、メトロポリタン歌劇場でのヴェルディ「アイーダ」。もうひとつは 2009年 5月 2日、リヨン歌劇場でのベルク「ルル」。いずれも忘れがたい舞台である。
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ヨーロッパの昔ながらの指揮修業のスタイルは、歌劇場での練習ピアニスト、いわゆるコルペティトールとして様々なオペラ公演の舞台裏に接することである。これには当然言葉の壁もあり、なかなかに厳しい鍛錬であろうと思うのだが、その経験は血となり肉となって、その指揮者の音楽性の根幹をなして行くものだと思う。ところが、指揮者コンクールで優勝することでキャリアを始める人が増えてくると、なかなかそのような経験に恵まれないことも多いだろう。だが幸いなことに (と言ってよいのか否か分からないが)、現代指揮界で活躍する指揮者には、コンクールではなく、たたき上げで頂点に至った人もいて、その典型はクリスティアン・ティーレマンであろう。日本人にはそのようなキャリアはかなりハードルが高いのは自明だが、大野の場合は、コンクール歴はあるが、若い頃からコルペティトールの経験もあって、それが、欧米各国でのオペラ指揮に役立っているのだと思う。音楽家として世に認められるには様々な要素があるとはいえ、これから日本で上演されるオペラの質を高めているには、大野ほどの適任者はいないだろうと思うのである。オペラとは実に厄介なもので、余談としてその一例を挙げると、今回の演奏会で一部が演奏されたオペラ、「こうもり」「椿姫」「カルメン」「ラ・ボエーム」はいずれも、超のつく有名作品ばかりであるが、これまでに活躍した一流指揮者で、この 4曲すべての録音を残した人がどのくらいいるだろう。まず、カラヤンを挙げよう。そして・・・レヴァインは、もちろんいずれも指揮しているだろうが、「こうもり」全曲の録音はあるのだろうか。ショルティは? やはり「こうもり」が欠けているのでは? アバドはそもそもプッチーニを振らなかったし、ムーティもプッチーニは「トスカ」だけのはずで、「カルメン」も「こうもり」も、きっと振っていないのではないか。小澤が「椿姫」を指揮したとは、少なくとも近年は聞いたことがない。マゼールですら、この 4作の録音は揃わないし、メータもしかり。以上は私が今の理解の中で書いているので、調べれば間違いもあるかもしれないが、いずれにせよ、この 4作品の録音を残したメジャー指揮者として、カラヤン以外は思いつかない・・・と思っていたら、もうひとりいた。自分の気に入った作品しか指揮しない、極めてレパートリーの狭い指揮者で、よく本番直前に緊張のあまり (?) キャンセルすることが多かった変わり者の指揮者。そう、カルロス・クライバーである。なるほど、それなりにクラシック音楽の録音・録画が頻繁になされてきた時代でも、この超メジャー作品すべてを記録として残すには、世界楽壇の帝王か、孤高の天才指揮者でなければならなかったわけだ (笑)。オペラの面白さや奥深さは、こういうところにもあると思うので、是非マエストロ大野には、そのようなオペラの尽きせぬ面白さ・奥深さを、東京の聴衆に存分に表現して欲しいと思う次第である。

by yokohama7474 | 2018-01-15 00:24 | 音楽 (Live) | Comments(0)  

シルヴァン・カンブルラン指揮 読売日本交響楽団 (クラリネット : イェルク・ヴィトマン) 2018年 1月13日 サントリーホール

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先にニューイヤーコンサートの様子をレポートしたフランスの名匠シルヴァン・カンブルランと読売日本交響楽団 (通称「読響」) の、今年 2回目のコンサートである。読響はご覧の通り、時々カッコいいチラシを作るのであるが、今回のものも、なかなかにスタイリッシュ。だが、そこで謳われているコピーは、必ずしもプログラムとの関連性が明確でないこともある。なになに、今回は「私は孤独で、こんなにも愛されている」ですと??? なんだか分かったような分からないような (笑)。まぁ今回の曲目で言えば、1曲目は孤独と関係するものであり、写真の中の鬱陶しい天気の様子からも、その線が濃厚かとも思われる。そうそう、このコンサートは大変に凝った曲目ゆえ、集客は今一つではあったが、私の見るところ、これは東京の音楽ファン必聴の素晴らしいプログラムであり演奏であったと思う。曲目は以下のようなものであった。
 ブリテン : 歌劇「ピーター・グライムズ」から 4つの海の間奏曲
 ヴィトマン : クラリネット協奏曲「エコー=フラグメンテ」(クラリネット : イェルク・ヴィトマン、日本初演)
 ブルックナー : 交響曲第 6番イ長調

これらの曲目の間には特に共通点が見当たらないようでいて、こうして並べてみると、独特の色合いを感じることができる。そのことを実感した私の思いが、拙い文章で伝わるか否か心もとないが、以下に感想をつれづれに綴ることとする。この演奏会、私の見間違えの可能性も否定できないものの、2階センターの最前列に、指揮者の下野竜也、評論家の長木誠司、作曲家の細川俊夫 (か、もしかするとそのそっくりさんたち???) が集うほどの注目度の高いものであった。だがマエストロ・カンブルランは、飽くまでくつろいでおられる (笑)。
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まず、最初の「ピーター・グライムス」の 4つの海の間奏曲の冒頭が鳴り響いた瞬間、カンブルランと読響の広く深いメシアン体験を実感することとなった。これは陰鬱さと表裏一体の美しさがありながら、それだけではなく、何か近代的な精神がピンとそこで張っているような音楽。まさにオケの力量を試されるような曲なのであるが、この鋭い感性と高音の浮遊感の両立は、なかなかに大変なことであるに違いない。この曲はブリテンのオペラの代表作である「ピーター・グライムス」の間奏曲を 4曲集めたもの。オペラのストーリーは、英国の田舎の漁村における少年殺しがテーマになった陰鬱なもので、主人公ピーター・グライムスの孤独はこのオペラのそこここを支配し、英国特有の暗い空とあいまって、このオペラに深い陰影を与えている。この 4曲の間奏曲にはそれぞれ異なった個性があるが、カンブルランと読響はそれを鮮やかに描き分けて実に見事であった。また終曲では、音が海さながらに激しくうねるのであるが、ティンパニの表現力には素晴らしいものがあった。

続く曲は、今回が日本初演であったヴィトマンのクラリネット協奏曲。私はあれこれ硬軟とりまぜた現代音楽を愛好する者であるが、寡聞にしてこの作曲家の名前は初めて聞いた。1973年生まれのドイツ人で、ヘンツェやリームに師事した経歴を持ち、今ヨーロッパで最も注目されている作曲家のひとりであるという。2004年にはザルツブルク音楽祭の、2009年にはルツェルン音楽祭の、それぞれアーティスト・イン・レジデンスを務めた経歴を持つが、一方でクラリネット奏者でもある。
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実は今回日本初演されたこのコンチェルトは、カンブルランの指揮、作曲家自身のクラリネットで 2006年に世界初演されている。オーケストラは当時のカンブルランの手兵であったバーデン・バーデン & フライブルク SWR 響と、フライブルク・バロック・オーケストラであった。ここで 2つの団体名を挙げているには理由がある。実はこの曲、2群のオケから成り、しかもそのうちひとつは現代楽器のピッチで調律されている一方、バロック・オーケストラはそれより低いピッチとなっている。解説でそれを読んだとき、では 1曲目と 2曲目の間では舞台上は大幅に変更されるだろうと思ったが、案の定、10人ほどの係の人たちが登場して、椅子や楽器の配置を大幅に変えた。演奏の準備をするだけでもかなり大変な曲なのだ。全曲 20分ほどなので、さほど長くはないのだが、そこで繰り出される音響の多彩さは、こればかりは聴いてみないと分からないだろう。管楽器を、吹くのではなく。口の部分や底の部分を手で叩いたり、ソロ・クラリネットも、時に音を出さずに楽器に息を吹き込んだりする。なかなか舞台で聴ける機会はない作品であろうし、視覚を伴う鑑賞では、面白い箇所も様々にあった。このヴィトマンはなかなかの才人であると思う。但し、このような創作態度の裏に、ただ音の美しさを追うだけでは新しい芸術音楽として存在を認められないという発想があるのなら、ちょっと心配だ。つまり、音楽たるもの、耳で聴いて感動するものであるべきだし、鳴っている音が面白くとも、果たしてそこにはどこまで表現としての切実さがあって、一般人にもその切実さが届くかということかと思う。

そしてメインはブルックナーであったのだが、彼の中期以降の交響曲としては最も演奏頻度の少ない第 6交響曲。このあたりもカンブルランの選曲のセンスが伺われて面白い。この 6番は、古いドイツの巨匠たちでブルックナーを頻繁に演奏した指揮者たち、例えばブルーノ・ワルターとかハンス・クナーパッツブッシュもレパートリーにはしていなかった。その一方、オットー・クレンペラーにはこの曲の録音があるし、ウィルヘルム・フルトヴェングラーも、残念ながら第 1楽章が欠損しているが、録音が残っている。ブルックナーのシンフォニーとしては異例なほど、揺蕩う部分が少なく、攻撃的と言いたくなるほどの運動性を持った曲と言え、私は昔からかなり好きな曲である。考えてみれば、そもそもカンブルランのようなフランスの指揮者がブルックナーを指揮すること自体、それほど多くはないわけで、今回はその意味でも興味深い機会であったのだ。蓋を開けてみれば、いかにもカンブルランと読響らしく、速めのテンポで粘らずに純粋な音響を紡いで行く演奏であり、これならブルックナーをあまり好きでない人でも、楽しめるのではないかと思った。そう、こういうブルックナーには、実はかなり説得力があるのだ。その代わり、音の流れに乗れなければ、空虚な音響になってしまう恐れがある。その点、やはりカンブルランは只者ではなく、実にきっちりとリズムを振り続けながら、ブルックナー独特の偏執狂的とすら言える音の流れを壮大に再現した。素晴らしい才人である。
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そういえば、今年生誕 100年を迎えたレナード・バーンスタインのことを考えると、今回の最初の曲、「ピーター・グライムス」の 4つの海の間奏曲は、彼がボストン響を指揮して生涯最後のコンサートで演奏した曲であり、またブルックナーは、正規録音では 2種の第 9交響曲しか残さなかったが、私は非正規版で、ニューヨーク・フィルを指揮したこの 6番を持っている。私の見るところ、バーンスタインほど栄光に飾られながらも実際には孤独であった人は、そうはいない。それを考えると、実はこの演奏会の隠れたテーマは、「私は孤独で、こんなに愛されている」と呟くバーンスタインであったというこじつけも、結構面白い説になるのではないか。いずれにせよカンブランと読響は、今こそ傾聴すべき高みに達している。彼が読響の常任の座から降りてしまうと、その後はどのくらい聴けるのか分からないので、今のうちにこのコンビをできるだけ聴いておきたいと思うのである。

by yokohama7474 | 2018-01-14 22:44 | 音楽 (Live) | Comments(0)  

広上淳一指揮 NHK 交響楽団 (ヴァイオリン : 五嶋龍) 2018年 1月13日 NHK ホール

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今年、2018年は、あの偉大なる作曲家、指揮者、教育者であったレナード・バーンスタインの生誕 100年の年である。私のバーンスタインへの熱い思いは過去にもこのブログで何度も触れてきているが、指揮者としての輝きはもちろん、残された多くの録音や映像で充分に楽しむことができるのであるが、近年の傾向として、作曲家バーンスタインに対する評価が上がってきているような気がする。かく申す私も、彼の作品を聴き返してみて、なるほどそんな音楽だったのかと思うことがあり、例えばこのブログで採り上げた「ミサ曲」や「ウェストサイド・ストーリー」などがそうである。この演奏会もバーンスタイン生誕 100年を記念するもの。とは言っても特別演奏会ではなく、定期演奏会である。今回NHK 交響楽団 (通称「N 響」) を指揮するのは広上淳一。
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現在は京都市交響楽団の常任指揮者として知られる彼であるが、その小柄な体をフルに動かしての熱演で、東京の聴衆にも強く支持されている。大晦日にも東京フィルを振った東急ジルヴェスターコンサートで、ムソルグスキーの「展覧会の絵」の最後の 2曲でカウントダウンを行い、大いに客席を沸かせていた。その広上も今年はなんと還暦を迎えるという。思い返せば、アシュケナージがこの N 響にピアニストとして登場して協奏曲の夕べを開催した際に指揮者に指名したのがこの広上で、確か私は、そのときに彼の名を初めて知ったのだと思う (但しその実演には接していない)。このブログではおなじみの、「えっ、つい最近じゃないの?!」という決まり文句 (?) とともにここで明らかにしておくと、それは 1985年のこと。その前年にアムステルダムで開かれたキリル・コンドラシン指揮者コンクールでの優勝という話題をひっさげての登場であった。ただ、今回 N 響定期でバーンスタインを記念する演奏会を指揮するほど、広上がこの大指揮者と近かったという認識はないのだが、実は上記のコンクール優勝後、アムステルダムで研鑚を積んでいた 1980年代半ばにバーンスタンがコンセルトヘボウ管に客演した際、アシスタントを務めたのだという。それは知らなかったが、確かにバーンスタインとコンセルトヘボウは、ベートーヴェンの「ミサ・ソレムニス」や、2回目のマーラー全集における 9番、あるいはシューベルトの「未完成」「ザ・グレイト」などで素晴らしい成果を残しており、なるほど若き日の広上にはそれは大きな刺激になったことだろう。
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さて今回の曲目は以下の通り。
 バーンスタイン : スラヴァ! (政治的序曲)
 バーンスタイン : セレナード (プラトンの「饗宴」による) (ヴァイオリン : 五嶋龍)
 ショスタコーヴィチ : 交響曲第 5番ニ短調作品47

なるほど、バーンスタインの自作 2つに、後半は彼が終生愛してやまなかった交響曲から成る、興味深いコンサートである。まず最初の「スラヴァ!」であるが、これはバーンスタインの盟友でもあった稀代の名チェリスト、ムスティスラフ・ロストロポーヴィチの愛称。彼が旧ソ連から米国に亡命し、1977年、ワシントン・ナショナル交響楽団の音楽監督に就任した際のお祝いで書かれた曲。イスラエル・フィルを指揮した自作自演の録音も残っている。
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これは 5分弱の賑やかな曲で、まさに広上の持ち味にぴったりだ。実は 70年代の米ソ間には多大な緊張があったはずだが、社会的意識の強い芸術家同士の交流では、政治も洒落のめす対象であったのだろう。皮肉の効いた面白い曲を、溌剌と面白く聴かせてもらった。尚、この曲のテーマはバーンスタインのほかの作品、つまりは「ペンシルヴァニア街1600番地」から採られているらしい。私はこの作品を、ケント・ナガノとロンドン響の演奏でロンドンで実演を聴いたこともあり、CD も持っているが、そうとは全く気づきませんでした。

次に演奏されたのは、実質的にはヴァイオリン協奏曲である「セレナード」。1954年の作で、今回ソロを弾いたのは、人気者の五嶋龍であった。現在 29歳だが、子供の頃から活動しているので、キャリアは既に長い。
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そういえばこの曲は、1986年、彼の姉である五嶋みどりが未だ 15歳にもならない頃、タングルウッド音楽祭において、作曲者の指揮のもとで演奏した際に弦が切れたのに、慌てず騒がずオケの奏者と楽器を交換して最後まで弾き終えたという逸話で有名である。この逸話は、米国では教科書にも載っていると聞いたことがある。余談ながら、実は今回初めて私は、このときの生々しい映像 (後年の本人へのインタビューつき) を YouTube で見ることができることを知った。弦は一度ならず二度切れ、最初はバーンスタインも指揮を停めるが、二度目はその必要もないくらい落ち着いて対応し、客席がどよめいているのが記録されている。ご興味のある向きは、「五嶋みどり タングルウッドの奇跡」で検索されたい。さてそれも今は昔の話。天才少年から本物の天才に脱皮しつつある弟の龍にしてみれば、姉の有名な逸話と自分の演奏は、全く無関係であろう。体でリズムを取り、オケに視線を向けて一体感を醸成しながら、切れのよいヴァイオリンを聴かせた彼も、やはり只者ではない。私はこの曲は、アイザック・スターン、ギドン・クレーメルがそれぞれ独奏した新旧の作曲者自作自演盤で親しんできたが、生で聴くのは初めてであり、実に不覚にも、管楽器なしの編成であることに今回初めて気づいたという体たらく。打楽器が多いので、すっかり幻惑されていましたよ。プラトンの「饗宴」に登場する賢人たちの名前が各楽章につけられているが、あまりそれを気にせずとも楽しめる曲である。作曲家バーンスタインの才気は、ここでも充分に感じられるので、このような演奏を通じて、彼の作品は今後一層ポピュラーになって行くのではないだろうか。

さて、後半のショスタコーヴィチ 5番であるが、これは、バーンスタインが深い思い入れを持っていた曲。晩年には指揮することはなかったようだが、1979年の東京文化会館でのニューヨーク・フィルとのライヴ盤は凄まじい名演として知られている。その映像 (前座で演奏されたシューマン 1番とともに) を収めた市販のビデオテープも、今や貴重なもの。写真で一部お目にかける。
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それから私の手元には、同じバーンスタインとニューヨーク・フィルの 1959年の旧録音のアナログ盤がある。これはライヴ録音ではないが、その年にソ連ツアーを行ったバーンスタインとニューヨーク・フィルのかの地での大成功を記念して、このようなレコードが米国で発売されたものであろう。ジャケットの写真はそのツアーでのもので、作曲者もバーンスタインの横で嬉しそうだ。当時の冷戦状態を思うと、これがいかに大きなイヴェントであったかが分かる。もっとも、当時西側からはほかにも演奏家が結構ソ連を訪れてはいて、オーマンディとフィラデルフィア管、ミュンシュとボストン響、カラヤンとベルリン・フィルなどの同地でのライヴ録音も残されているが、ここではこれ以上深入りはやめておこう。
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このようにバーンスタインと因縁の深いこのショスタコーヴィチ 5番を、今回、広上と N 響はしっかりと強い音で演奏した。この曲全体の意味は、依然として謎めいたものではあるが (プログラムの解説によると、最近の説では、「カルメン」の引用によって、作曲者が当時恋い焦がれていた女性が暗示されているという)、それはそれとして、ここで鳴る様々にドラマチックな音の流れは、やはりこの作曲家の最高傑作の名に恥じないものであると、改めて認識する。広上の身上は、常に曲の劇性を生のまま抉り出すような情熱であり、それは今回も全開であったが、その一方で、当然のことながら、各パートの輪郭の描き方や、主役の楽器の交代などには、優れて職人的な手腕を見せる。端的な例が第 2楽章冒頭の低弦で、これはちょっとびっくりするほど思い切ったもので、迫力充分であった。第 3楽章と第 4楽章の間にもきっちり休止を取って、ただ勢い任せに第 4楽章を始めるのではなく、じっくりと腰を据え、力を解き放っていた。このように素晴らしい演奏であったとは思うのだが、但し、じっくり聴いて行くと、この曲の深層にある絶望的な深い屈折には少し届かない、ごくわずかなもどかしさを感じてしまったのも事実。平明で、誰でも感動できる音楽こそが彼の指揮の最大の長所であることを思うと、言い様のないほどの暗い闇を広上に求めるのは、場違いなのかもしれない。全体として素晴らしい表現力であったからこそ、些細な点が気になったともいえるかもしれない。

以前書いたことがあるが、昨今の東京のメジャーオケでは、日本人指揮者が定期演奏会を振るのはなかなかに狭き門である。還暦を迎えるというマエストロ広上には、ますます意欲的な活躍を期待したい。

by yokohama7474 | 2018-01-14 08:50 | 音楽 (Live) | Comments(0)  

大野和士指揮 東京都交響楽団 2018年 1月10日 サントリーホール

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私にとって 2018年の 2回目のコンサートは、大野和士と彼が音楽監督を務める東京都交響楽団 (通称「都響」) の定期公演である。このブログではこのコンビの演奏会を何度も採り上げ、その多くを高く評価して来たし、その中でも最近のものは、つい昨年末の第九なのであるが、今月このコンビは、3回の演奏会で、なかなかにハードな 2種類のプログラムを採り上げる。今回の曲目は以下の通りである。
 リヒャルト・シュトラウス : 組曲「町人貴族」作品60
 ツェムリンスキー : 交響詩「人魚姫」

うーむ、これは聴くべき内容であろう。その理由をまず述べたいと思う。そもそも生演奏でオーケストラを聴く醍醐味とは、どの音が正確だったとかきれいだったとかという点にのみあるわけではなく、また、ある演奏を評価するに際し、どこでミスがあったとか、どこの難所をうまく切り抜けたとか、そんなことばかりに気を取られていてはいけないと私は思っている。いやもちろん、このブログでもそのようなことを話題にすることもあるが (笑)、それでもやはり私は、東京で音楽を聴くことの意味を常に考えていたいと思っているのである。つまり、明治以来 150年、この国における西洋音楽の受容や、自らの手による表現も、既に長い歴史があるということであり、先人たちの様々な工夫や努力によって培われてきたことを今こそ実感したい。東京のオケは個性がないという評価がかつてはあったが、既にその時代は過ぎ、それぞれのオケにおいて、独自の歴史に依拠しながら個性が育っているものと思う。そんな大仰なことをここで書くのは、今回の大野と都響の 2つのプログラムから、かつてこのオケが急速に発展した時代のことを思い出すからだ。それは 1986年から 1995年までの、故・若杉弘が音楽監督を務めた時代である。ちょうど私が学生時代から社会人の初期の頃に当たるわけで、しかも時代はバブルを経験。世はマーラーブームなどとも呼ばれ、幾多のマーラーの名演奏が東京の舞台を賑わせた時代でもあった。若杉は大変知性に溢れた文化人であり、いわゆる職人性においては、さらに優れた指揮者はほかにもいたかもしれないが、その高い知性と音楽への深い愛に裏打ちされた貪欲な演奏姿勢は卓越しており、そんな彼を、私はいつも尊敬していた。都響時代に限らず、国内外でこの人が残した偉大なる業績は、いずれ正しく再評価すべき時が来ることは間違いないだろう。
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都響はこの時代のあと、存続の危機すら伴う相当の苦境も経験することにもなり、それを克服してこそ今があるわけだが、若杉時代に行った、ドイツ古典派からロマン派、フランス音楽や内外の現代音楽までの広いレパートリー、なかんずくワーグナー、マーラー、R・シュトラウスを中核としたその演奏活動がなかったら、今日の発展はなかったかもしれない。実は今月の大野と都響のプログラム 2種は、いずれも若杉が得意としたものであり、恐らくは新たな黄金時代を築きつつある大野 / 都響のコンビが、今改めて世に問う音楽は、楽団の歴史を振り返ることでもあるのだと思う。実際今回の 2曲、まるで若杉その人の演奏会の曲目のようではないか。そう思って手元にある過去の都響の演奏会プログラムを調べてみると、記憶にある通り、私はいずれの曲も、若杉 / 都響で生演奏を聴いているのである。「町人貴族」は 1994年10月25日に、「人魚姫」は 1989年10月 20日に。前者は定期公演で、もともとこの芝居に劇中劇として含まれていた歌劇「ナクソス島のアリアドネ」とともに。後者は大いに話題となったマーラー・ツィクルスの第 4回で、「巨人」のブダペスト初稿版とともに。実は後者は、この「人魚姫」と、それから「巨人」の初稿のダブル日本初演という貴重な演奏会であったのである。
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今回の演奏について少し述べよう。最初の「町人貴族」は非常に小さい編成であるので、指揮台は使用されず、楽器配置も、指揮者の向かって右側に管楽器と打楽器、向かって左側に弦楽器という変則だ。ここで大野は譜面を見ながら、この洒脱なバロックのパロディのような音楽を丁寧に描き出した。大野の指揮にはもともと、親しみやすいカリカチュア性とでもいうべき面があるといつも思うが、それはこのような曲には向いているものと思う。ただその一方で、やはり音楽の流れが速く強くなる場面、つまりシュトラウスのロマン性がより明確になる場面の方が、静かな場面よりも説得力があったのではないか。これはやはり楽団の持ち味ではないだろうか。表現の幅という意味では、都響といえども、まだまだ伸びる余地があるということかと思う。

メインの「人魚姫」であるが、この曲などは、まさに最近の大野 / 都響が指向するポスト・マーラー演奏における恰好のレパートリーであろう。作曲者のアレクサンダー・フォン・ツェムリンスキー (1871 - 1942) はウィーン世紀末を語るには欠かせない名前であり、より正確には、マーラーとシェーンベルクをつなぐ重要な存在である。
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マーラーよりは 11歳下、シェーンベルクよりは 3歳上。彼の音楽は濃厚な後期ロマン派のスタイルで書かれていて、決して晦渋ではない。この「人魚姫」は、抒情交響曲と並んで彼の代表作とみなされている。アンデルセンの童話に基いているが、明るいメルヘンではなく、死の影に包まれた陰鬱さと、重厚な音響が交錯する 45分の大作だ。作曲されたのは 1903年で、まさに世紀末文化がモダニズムに移行する前の爛熟期。実は私は今回の演奏会のプログラムで初めて知ったのだが、この「人魚姫」は 1905年に作曲者自身の指揮で初演されているが、その同じ演奏会で、なんとなんと、シェーンベルクのやはり初期の濃厚なロマン的大作、交響詩「ペレアスとメリザンド」も、作曲者自身の指揮で初演されたそうである!! すごい演奏会もあったものだ。時代の空気が濃厚に感じられるではないか。だがシェーンベルクの「ペレアス」の方は、メジャー曲とは言わないまでも、その後も著名指揮者たちによって継続して演奏された (カラヤンも録音を残しているし、ベームも実演では採り上げ、メータやバレンボイムにとっては重要なレパートリーだ)。それにひきかえこのツェムリンスキーの「人魚姫」は、結局出版されず、スコアも散逸してしまったそうである。それが再発見されたのは 1980年で、その 4年後に蘇演を行ったのはペーター・ギュルケ (ベートーヴェンの楽譜の校訂で知られる人で、N 響で第九を振ったこともある)。だが、なんといってもこの曲が世間の注目を集めたのは、1986年に当時のベルリン放送響を指揮したリッカルド・シャイーによる世界初録音であったし、私もその演奏でこの曲に親しんだものだ。以来、それなりには聴かれるようになった曲だが、未だ人気曲とは言い難い。だがここで大野は、譜面台も置かずに暗譜で指揮をして、ダイナミックな曲の持ち味を充分鮮やかに描き出したのである。いつもの通り、マーラー・オケとしての実績を誇る都響の音にはずっしりと情報量が詰まっていて圧巻である。やはり前半のシュトラウスの小規模な曲よりもこちらの方が、格段に聴きごたえがある。私は、29年前に若杉と都響が行ったこの曲の日本初演の演奏についてはまるっきり覚えていないが、もちろん今回ほどのレヴェルには達していなかったであろう。このほぼ 30年間の間にこのオケが果たした躍進には、実に目覚ましいものがあると思うと、感慨もひとしおであった。
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実は私にはもうひとつの記憶があって、それは、随分以前に、この大野が N 響を振って同じツェムリンスキーの「人魚姫」を演奏した録画を見たということである。そこで帰宅して、ビデオテープからダビングして保存してあるブルーレイディスクを探し当てて見てみると、ありましたありました。それは 1995年 7月29日の演奏で、会場はやはりサントリーホールであった。せっかくなので、少し冒頭の方の映像をお見せしよう。この時から大野はこの大曲を暗譜で振っていたことが確認できる。やはり古い録画を取っておくと、いつかは役に立つものなのですな (笑)。
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かくして日本のオケの歴史は連綿と紡がれて行く。それを目撃できる我々は恵まれていると私は思うのだが、残念ながら今回の演奏会には、空席がかなり目立った。ツェムリンスキーの知名度は未だに低いということだろうか。実は大野と都響は来シーズン、10/24 (水) の定期演奏会で、この作曲家のもうひとつの代表作、抒情交響曲を採り上げる。これはマーラーの「大地の歌」がお好きな方はきっとお好きであろうから、是非多くの方に、会場の東京文化会館に足を運んで頂きたいものである。それからもうひとつ。若杉弘は 1935年生まれ (小澤征爾と同い年) であったので、都響の音楽監督であったのは、51歳から 60歳の頃。1960年生まれの大野和士は今年 58歳。ちょうど当時の若杉と同世代ということになる。その意味でも、巡りくる歴史に思いを馳せることができて面白い。今月のもうひとつの大野 / 都響のプログラムでも、そのあたりを考えてみることとしたい。

by yokohama7474 | 2018-01-11 01:08 | 音楽 (Live) | Comments(0)  

シルヴァン・カンブルラン指揮 読売日本交響楽団 (ヴァイオリン : 三浦文彰) 2018年 1月 6日 東京芸術劇場

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日本のクラシック音楽ファンの年明けも、まぁ人によって様々ではあろうが、多分ほとんどの人が元旦にすることがある。それは、ウィーン・フィルのニューイヤー・コンサートを生中継で見ることだ。このコンサートは毎年現地 11時に開始するのだが、それは日本時間では 19時。ちょうど元旦の一家団欒の時間帯であるので、普段家族にあまりサービスしていない (?) クラシックファンの方も、ここでは美酒を片手に、優雅なウィンナ・ワルツを堪能するのである。今年のウィーン・フィルのニューイヤー・コンサートの指揮者は、おなじみのイタリアの巨匠、リッカルド・ムーティであったが、今やこのオケと最も長く近い関係という意味では世界で三本の指に入るマエストロの相変わらず真面目な指揮のもと、だがやはりウィーン・フィルは、世界にふたつとない紛れもないウィーン・フィルであった。ところで、このウィーンでのニューイヤー・コンサートの影響は多大なものがあって、ウィーンから遠く離れたここ東京においても、新年はウィンナ・ワルツを生で聴きたいという声が多いらしく、新年を寿ぐコンサートでは、ウィンナ・ワルツが定番となっている。私が今回、今年初めてのコンサートとして聴いたこのコンサートも、そのような内容のものである。昨年は例年にも増して意欲的な演奏が多かった読売日本交響楽団 (通称「読響」) が、音楽監督シルヴァン・カンブルランとともに行ったニューイヤー・コンサートである。内容は以下のようなもの。

 ヨハン・シュトラウス : 喜歌劇「こうもり」序曲
 ヨハン・シュトラウス : ワルツ「南国のバラ」作品388
 ラヴェル : 亡き王女のためのパヴァーヌ
 ヴィエニャフスキ : 華麗なるポロネーズ第 1番作品 4*
 デュカス : 交響詩「魔法使いの弟子」
 オッフェンバック : 喜歌劇「天国と地獄」序曲
 サン=サーンス : 歌劇「サムソンとデリラ」からバッカナール
 ワックスマン : カルメン幻想曲*
 ヨハン・シュトラウス : トリッチ・トラッチ・ポルカ作品214
 ヨハン・シュトラウス : ポルカ「雷鳴と電光」作品324
 ヨハン・シュトラウス : ワルツ「美しく青きドナウ」作品314
 * ヴァイオリン : 三浦文彰

なるほど、さすが才人カンブルラン。ただルーティーンで行うニューイヤー・コンサートではない。ここで気づくのは、ウィーンの音楽である J・シュトラウスが両端をサンドウィッチのように挟み、間にはフランス音楽が入っていること。もちろん、ヴィエニャフスキはポーランドの人であるが、パリで学んでいるし、ワックスマンももともとポーランド (現在はドイツ領) で生まれた人だが、ここで題材となったのはフランス・オペラの代表作であるビゼーの「カルメン」である。しかも、ここには様々なダンスがある。ワルツ、パヴァーヌ、カンカン、バッカナール、ハバネラやアラゴネーズ、ポルカといった具合。いや実に巧妙なプログラムではないか。しかも大変面白いのは、「カルメン幻想曲」(1946年作曲) を除いてはみな、1850年代から 1890年代、つまりは 19世紀後半に書かれた曲なのである。いかにも 20世紀然としたラヴェルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」ですら、1899年の作曲なのだ。このような小品であっても、最初から最後まで譜面を見ながらの丁寧な指揮であったカンブルラン。

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それから、曲の連続、または対照の妙も心憎いばかり。例えば前半最初の「こうもり」と後半最初の「天国と地獄」はともにオペレッタの序曲で好対照をなしている。また前半で言うと、シュトラウスが最初に 2曲続く間にも、「南国のバラ」の序奏に「魔法使いの弟子」の序奏を思い出す。そして、ウィーンの音楽とフランスの音楽の境界におかれたラヴェルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」は、一見奇抜な選曲でありながら、ちょうど、それぞれ違う世界同士の間の橋渡しのような、味わいのある音楽で、しかも旋律線のしっかりしたもの。例えばここで、より新年の賑わいにぴったりなシャブリエの狂詩曲「スペイン」であったらどうなったか。もしかすると、ちょっとうるさかったかもしれない。では、ドビュッシーの「牧神の午後への前奏曲」では? ちょっと官能的すぎる。その意味でも、淡い色彩感を持つ「亡き王女のためのパヴァーヌ」は、いわばお口直しとして絶妙の選択であったといえる。また後半では、「サムソンとデリラ」のバッカナールという中東風のエキゾチックな音楽から、イスラム教徒の支配を受けたスペインの情熱的音楽を利用した「カルメン」の旋律につながる。そして最後は、さながらウィーンでのニューイヤー・コンサートのように、ポルカのあとに「美しく青きドナウ」が来る。まぁそうなるとアンコールは知れたこと。ヨハン・シュトラウス父の作曲になる「ラデツキー行進曲」と、相場は決まっている。結果的にはその読みは当然正しかったのであるが、ただその前に Nice Surprise があったので、あとでご紹介する。

上に書いた通り、ウィーン・フィルによるウィンナ・ワルツによってクラシックファンの新年が明けるとはいえ、あの独特の引きずるようなリズムは、そのとろけるような音色とともに、絶対にウィーン・フィルしか出せないし、ほかのオケがそれを真似るのは愚の骨頂。だから、ウィーンとは縁もゆかりもない土地のオケがこのようなレパートリーを演奏するときには、ひたすら音楽に没頭してアンサンブルを整え、そして大いに歌えばよいものだと私は思っている。それから、軽めの音楽であっても、真剣に演奏することが求められる。そして今回のカンブルランと読響の演奏は、まさにそのようなもの。もともとこれまでこのオケを親しく指導してきた歴代の指揮者たちは、重厚なドイツ的音楽か、さもなくば切れ味鋭く推進力のある音楽を得意とする人たちばかり。ウィーン風にたゆたう優雅な音楽は、このオケの過去の経験の中ではさほど多くないように思う。だが、ヨハン・シュトラウスの音楽の持つ愉悦感は、きっちり演奏すれば、何もウィーン風でなくとも楽しめるのである。今回の演奏会では、コンサートマスターが小森谷巧、サブが長原幸太という強力コンビで、とにかく極上のアンサンブルを聴かせてくれたし、真面目な中にも、徐々に奏者の顔に笑みが沸き出てくるような自発性があって、これこそがまさにこのような音楽が求めるものであったと思う。
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ただ、もし欲を言うとするなら、ウィンナ・ワルツの場合にはさらに練った音があればよかったようにも思う。一方で、「魔法使いの弟子」の色彩感や、「サムソンとデリラ」のバッカナールの大詰めの盛り上がりなどには非凡なものがあり、そのあたり、やはり指揮者の音楽的指向が如実に表れたように思う。そのような上質な部分があったからこそ、「雷鳴と電光」で楽員が (確か 6名だと思ったが)、曲の内容に合わせて、傘を差して逃げ惑う人たちに扮したとき、一部の楽員さんに明らかな照れが見られた (当然ですよね。特にハープの方など。笑) にもかかわらず、客席から自然に手拍子が沸いたのであろう。さてそれから、このコンサートでのソリストを紹介せねば。

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ヴァイオリンの三浦文彰。1993年生まれだから、現在弱冠 24歳。2009年に 16歳でハノーファー国際コンクールで史上最年少で優勝した実績の持ち主。世界で活躍を始めているが、一般的にはなんと言っても 2016年の大河ドラマ「真田丸」のメインテーマの演奏で知られていよう。三浦のヴァイオリンは若者らしく勢いのあるもので、ともすると勢い余って音程が一瞬微妙になるようにも聴こえるのだが、それは自発性のなせるわざで、大変に結構なことではないだろうか。今回彼が弾いたヴィエニャフスキのポロネーズ 1番でも、舞曲らしい荒々しさをよく表現していたし、ワックスマンの「カルメン幻想曲」でも、その縦横無尽な音の流れは実に爽快であった。そしてこの演奏会が「美しく青きドナウ」(ちなみにこの曲は、ウィーンのニューイヤー・コンサートでは 1曲目のアンコールの定番で、最初の弦楽器のトレモロのところで聴衆が拍手で遮り、指揮者とオケが新年の挨拶をするのが恒例であるが、今回もトレモロのあとに (あらら) 拍手をした人が 1人だけいた) が終了したあと、さぁ、ラデツキー行進曲の小太鼓か!! と思いきや、カンブルランと一緒に三浦が登場。そして始まったのはこの音楽。

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このサービス精神に客席は沸き、それが最後のラデツキー行進曲につながった。実はこのラデツキー行進曲では三浦も演奏に参加。最初は最後列で遠慮がちに演奏していたが、そのうち前に繰り出してきて、長原幸太と椅子を分け合って演奏することに。そしてカンブルランは、この人らしく客席の拍手もきっちりコントロールして、新年のコンサートは大団円を迎えたのである。

今月カンブルランが読響で指揮するのは 3種類の演目。今回の盛りだくさんの演奏会も楽しかったが、さぁ、残る 2つも内容がギッシリだ。楽しみである。そんなわけで、私としてはなかなかに気分のよい初コンサートとなったのだが、また今年も元気に東京の文化を楽しみたいし、このブログをご覧頂く方々の健康を心から祈念します。あ、あとはもちろん、世界の平和なくしては文化活動も何もあったものではない。何よりも平和な社会を。


by yokohama7474 | 2018-01-06 23:24 | 音楽 (Live) | Comments(0)  

第九 秋山和慶指揮 東京交響楽団 (ヴァイオリン : 服部百音) 2017年12月28日 サントリーホール

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日本という国には、生活のあちこちに、欧米にはない独特の慌ただしさがあることが多いのだが、そのひとつの例が、クリスマスの飾りつけから正月の準備への転換である。会社のオフィスや公共スペースには、12月のある時期からクリスマスツリーが飾られ、華やかな雰囲気を演出するが、クリスマスが終わるや否や、ツリーは跡形もなく片付けられる。オフィスや家庭には、門松などの新年の飾りつけが即座になされるのである。音楽の方もそうで、これだけ第九第九といって、演奏会も開かれ、テレビでも放映されるのに、年が変わればそこはウィンナ・ワルツの世界。年明けに第九を聴く (あ、実演ではやっていないので、録音をという意味です) のは、何か罪悪感を覚えることなのである (笑)。欧米では、クリスマス (イヴがメインではなく、クリスマス当日と、その翌日の Boxing Day) が大事であり、そこから元旦までは、家族とゆっくり過ごす休暇のシーズン。そして 1月 2日から正常通りが普通である。年を超えても、街中にクリスマスツリーは平気で放置されている。年明けのクリスマスツリー、それはいかにものんびりして見える。その一方で日本では、年明けの第九と同じく、年が明けてもまだクリスマスツリーを飾っている人は、何か悪いことをしているような意識、あるいは少なくとも「恥ずかしい」という意識に捉えられるのである。そう考えると、日本人は律儀というか、しっかりしているが、その分、日本の社会には息苦しさもあるということになる。どちらがよいか悪いかは別として、その点は自覚しておいた方がよいと、私はいつも思うのである。

冒頭からそんなことを書いたのは、いつも東京での第九演奏のトリを飾る秋山和慶と東京交響楽団 (通称「東響」) による、「第九と四季」に出掛けると、あぁ本当に今年も終わりなんだなぁとの感慨に捉えられるからである。アークヒルズにあるサントリーホールの正面の広場はカラヤン広場と名付けられているが、クリスタルのように光り輝いていた巨大クリスマスツリーが撤去され、寒々とした空間が広がっているのを見ると、ほっとするような淋しいような、そんな気がするのである。ともあれ、私にとって年末 5回目の第九であるとともに、今年最後のコンサート。秋山和慶が、桂冠指揮者を務める東響とのコンビで、毎年恒例の曲目によって 1年を締めくくる (実際にはこのコンビはこのあと、大晦日にミューザ川崎でジルヴェスターコンサートを行うが、私は今年はそれには出掛ける予定はない)。このブログで何度もその演奏を称賛しているマエストロ秋山は、今年 76歳。
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会場で配布されたプログラムでは、このオケの毎月の定期演奏会やそれに準じるものがまとめて掲載されているが、それを見てみると、今月は、12/2 (土) にサントリーホールで、12/3 (日) に新潟で開かれたジョナサン・ノット指揮のベートーヴェンの「エロイカ」をメインとしたプログラム (このブログでも採り上げた) のほかには、12/28 (木)・12/29 (金) の 2日間に亘って開かれるこの「第九と四季」しか載っていない。つまり、月の最初と最後の演奏会だけである。まさかその間、このオケの演奏会がなかったわけはないと思って東響のサイトを調べてみると、なんのなんの。このブログでも採り上げた川崎での「ドン・ジョヴァンニ」のほか、若手指揮者とともに地方の小中学校を回ったり、東京でも子供用の演奏会を開いたり (でも実はそこにアイヴズなどが入っていて面白い)、信時潔の珍しいカンタータを演奏したり、複数回のクリスマスコンサートを開いたり、3人の日本人指揮者 (飯森範親、堀俊輔、山下一史) と各地で既に第九を演奏したりしているという、なんとも目が回るような多忙なスケジュールをこなしてきているのである。メンバーの皆様、本当にお疲れ様です。でも、いかに演奏し慣れた恒例の曲目とはいえ、ここで 2回立ち向かわねばならないのは、西洋音楽の金字塔のひとつ、ベートーヴェン作曲交響曲第 9番ニ短調作品125「合唱つき」なのである。ここはもうひと踏ん張り。

では恒例の「第九チェックシート」である。
・第九以外の演奏曲
  ヴィヴァルディ : ヴァイオリン協奏曲「四季」からホ長調「春」、ヘ短調「冬」
・コントラバス本数
  8本
・ヴァイオリン左右対抗配置
  なし
・譜面使用の有無
  指揮者 : ありと見えて、実はなし
  独唱者 : ソプラノのみあり、ほかはなし
  合唱団 : なし
・指揮棒の有無
  あり
・独唱者たちの入場
  第 2楽章と第 3楽章の間
・独唱者たちの位置
  合唱団の最前列中央 (ステージ奥、オケの後ろ)
・第 3楽章と第 4楽章の間のアタッカ
  あり

このブログを始めて今年は 3度目の年末になり、毎年数公演の第九を採り上げているが、実はこの秋山 / 東響による第九だけは、3年連続で採り上げているのである。曲目は、先に言ってしまうとアンコールまで含めて、すべて同じ。だが違うのは、「四季」のソロを弾くヴァイオリニストと、第九のソリストたち (の一部) である。今年ヴァイオリンを弾いたのは、未だ 18歳という若さの服部百音 (もね)。
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彼女の名は、父である作曲家、服部隆之の作品、大河ドラマ「真田丸」のヴァイオリン・ソロのパートを弾いた映像などで知られていることと思う (但し、テレビ本編での演奏は彼女ではなく、三浦文彰)。さらに言えばこの服部隆之の祖父は服部良一、父は服部克久と、3代に亘る作曲家の家系なのである。ただ作曲家といっても、私がこのブログで時々採り上げる、しんねりむっつりした晦渋な芸術音楽ではなく、歌謡曲や映画、テレビ、最近ではゲームなどの分野で、主に活躍している人たちだ。たとえば服部良一の作品には「東京ブギウギ」や「青い山脈」や「銀座のカンカン娘」があり、なんと国民栄誉賞も受賞している。一方、克久、隆之の親子は、実はともにパリのコンセルヴァトワールに留学するという芸術音楽の教育を受けた、れっきとした「作曲家」なのである。これの意味するところは、芸術音楽とか大衆音楽という区別自体にあまり意味のあるものではなく、時代の感性を反映した音楽は、人々の耳と記憶に残り、語り継がれるということだ。そんな家系に生まれた服部百音の演奏を、私は今回初めて聴いたが、「『真田丸』の服部隆之の娘」という先入観を捨てて傾聴すべき、素晴らしいヴァイオリニストであることが分かったのである。大変不本意ながらこれまで知らなかったことに、彼女はなんと 8歳から名教師ザハール・ブロン (レーピン、ヴェンゲーロフや、日本人では樫本大進、庄司紗矢香、神尾真由子らを育てた現代最高のヴァイオリン教師) に師事しているというのだ!! 既に国際的なコンクール入賞歴もあるが、現在でも、東京音楽大学付属高校に通いながら、スイスのザハール・ブロン・アカデミーに在籍しているという。サントリーホールという四方に客席のあるホールでの演奏ということで、お辞儀をするときは必ず正面、右、左、そしてステージ後ろと、それぞれの聴衆に丁寧に頭を下げるというステージマナーを見せたが、軽薄に笑ったりなどせず、若さに似合わず常に冷静である。だが一旦音楽が始まると、その伸びやかな音は実に美しく鮮烈だ。若さがストレートに音楽を奏でているという印象で、大変にフレッシュである。いつものように指揮をしながらチェンバロを弾いて伴奏した秋山も、好々爺のようであった。この服部百音のヴァイオリン、何か強い意志に裏付けされているように思われ、今後の活躍が楽しみである。

さて、第九に至る前に随分と長文になってしまっているが (笑)、実際のところ、秋山と東響の演奏には常に変わらぬ安定感があるので、演奏自体についてあまりとやかく言う必要はないものと思われる。上記で見たような過密スケジュールを知ると、そういえばちょっとオケに疲れが見えたかも、と思う場面もなきにしもあらずだったが、大きなミスもなく、特に第 3楽章後半から気分が高揚して行ったものと思われた。それから、興味深かった点がいくつかある。まずは先の第九演奏でも触れた、木管楽器の編成である。今年聴いた大野和士 / 都響の演奏と、エッシェンバッハ / N 響の演奏では、コントラバス 8本という弦楽編成に対抗するように、木管はオリジナルの倍の各 4本であったが、今回の秋山 / 東響の演奏では、同じコントラバス 8本でも、木管はオリジナル通り、各 2本 (それに加えて、ピッコロとコントラファゴットは持ち替えでなく 1人ずつの奏者が参加) であったのだ。このあたりに指揮者の指向がかなりはっきり表れるので、来年からは第九チェックシートの項目に、これを加えることとしたい (但し、ちゃんとメモを取らないと忘れてしまう可能性あるが・・・笑)。秋山の指揮ぶりであるが、上記のチェックシートに譜面は「ありと見えて、実はなし」とふざけたことを書いた意味は、いつもの通り指揮台に譜面を置いているにもかかわらず、結局全く手を触れていなかったからだ。去年はこれを、最初はいつもの通り譜面をめくっていたのを途中でやめたのかと思ったのだが、どうやら最初から見ていなかったようで、これは秋山としては珍しい方法ではないだろうか。それから、歌手は最近の定番である、第 2楽章と第 3楽章の間の入場であったが、演奏開始前に館内放送で、「曲の緊張感を保ちたいという指揮者の強い希望により、拍手はご遠慮下さい」との注意がなされた。確かに、ここで拍手が入るのはあまりよろしくないし、演奏によってはチューニングを行うことで中途半端な緊張緩和を避けることもあるが、やはり、拍手なしに独唱者たちが席につくのを静かに待つという今回の方法が最もよいように、私には思われる。合唱はいつもの通り東響コーラス。これは東響の専属のアマチュア合唱団であるが、今年設立 30周年。公演ごとにメンバーをオーディションし、曲目に適した合唱指揮者を招聘するようだが、今回の指導は、バイロイトでの経験豊富な合唱指揮者で、新国立劇場合唱団も指導している三澤洋史。日本のステージでの合唱曲においてはおなじみの顔である。この人選も、年末の東京での第九演奏の競争における各団体のプロフェッショナリズムの追求を示しているように思われる。
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もうひとつ、是非書いておきたいのは独唱者たちである。この秋山 / 東響の第九ではいつも、4人のソリストのうち 1人は外国の、しかも結構実績のある人を呼んでいるようだが、今回は、メゾ・ソプラノの清水華澄、バスの妻屋秀和というおなじみのコンビにテノールの望月哲也、そしてソプラノはこの人だ。
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そう、世界的に活躍するギリシャ人ソプラノ歌手で、日本でも有名なディミトラ・テオドッシュウ。第九におけるソプラノ・ソロには見せ場はほとんどないのだが、世界的歌手がどのように存在感を示すのかに興味があった。正直、しばらく見ない間にかなり大柄になってしまった彼女の姿がステージに現れたときには、ちょっと驚かないではなかったが、独唱者たちの中で唯一譜面を見ながらの歌唱はさすがのものであり、まずは安心した。実際のところ、コーダ手前の四重唱の最後の方でソプラノがぐぐっと伸びあがるところでは、異例なほどの声の伸びが聴かれ、おぉっと思ったのだが、最後の "t" の子音の手前で、ちょっと声が落ちてしまったのは残念 (笑)。ともあれ、その後の恒例のアンコール「蛍の光」では、譜面を見ながら日本語での歌唱となり、例年のことながら、ステージで歌っている歌手たちの中で、彼女が唯一の外国人ということが実感された。・・・テオドッシュウ自身はどう思ったろうか。「クリスマスツリーを早々に片づける東洋の国は不思議だけど、この『蛍の光』は、なんだか感動的ね」と思ってくれたであろうか。

終演後帰ろうとして、ふと 1階ロビーの CD 売り場を見ると、「終演後サイン会開催」と書いてあるではないか。今まで私は秋山の演奏会でそのような表示を見た記憶がない。係の人に「秋山さんのサイン会ですよね」と確認して、参加することとした。マエストロはほどなく、燕尾服のまま出てきてサインしてくれたが、なんと嘆かわしいことに、並んでいる人はほんの 5 - 6人しかいなかった!! ちょっとサイン会の表示が地味だったのではないだろうか。これではマエストロに失礼だと憤慨しつつも、このようなサインを大変丁寧に書いて頂いて、感激である。
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こうして今年も、数々のコンサートやオペラを経験することができ、健康上も特に問題なく年の瀬を迎えることができた。なんとも有り難いことである。このブログでは年内はまだ少し記事を書く予定であり、いつもご覧頂いている方々には、是非最後までお付き合い頂ければと思います。

by yokohama7474 | 2017-12-29 12:28 | 音楽 (Live) | Comments(0)  

第九 クリストフ・エッシェンバッハ指揮 NHK 交響楽団 2017年12月27日 サントリーホール

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今年の年末に私が体験する第九、すなわち、ベートーヴェンの交響曲第 9番ニ短調作品125「合唱つき」の、4回目の演奏会である。今回は NHK 交響楽団 (通称「N 響」)。今年の指揮は、ドイツの名指揮者、クリストフ・エッシェンバッハである。1940年生まれなので、今年既に 77歳と知って驚く。
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私の世代は、彼をまずピアニストとして認識していたと言えるであろう。例えば、カラヤン / ベルリン・フィルをバックにしてのベートーヴェンのピアノ協奏曲全集。
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もちろん彼は早くから指揮にも取り組み、チューリヒ・トーンハレ管、北ドイツ放送響、パリ管、そしてフィラデルフィア管などの名門オケのシェフを務めてきたという、指揮者として輝かしい経歴を誇っている。だが、どういうわけか、やはりピアニスト兼指揮者として活躍してきたバレンボイムやアシュケナージとは比較にならないほど、私は彼が指揮する演奏会を経験した機会が少ない。今思い出せるのは、今から 10年以上前、彼が名門フィラデルフィア管弦楽団の音楽監督であったときに本拠地ヴェライゾン・ホールで聴いた演奏会くらいである。今でも覚えているのは、確かメインがチャイコフスキー 5番で、演奏前にコンサートマスターが聴衆に話しかけ、終演後にチャリティーイヴェントか何かがあると告げた際、「次の曲は通常のテンポなら 45分くらいで終わる曲なので、そのあとでまた会いましょう」と説明し、会場の爆笑を買っていたことだ。つまり、エッシェンバッハの指揮は往々にして濃厚なロマン性を持っていて、遅めのテンポになることを、聴衆は当然ながら知っていたということである。だが演奏内容自体はなかなかのものであったと記憶する。それ以外の機会としては、2015年に彼がウィーン・フィルと来日した際にチケットを買ってあったが、このときはやむを得ない事情でコンサートに行けなかった。実はそのことはこのブログのどこかの記事に書いてあるのだが、ここでは繰り返さない。それからこのエッシェンバッハ、N 響の定期公演デビューはついこの 10月であり、そのときにはブラームスの交響曲全 4曲を、2回の演奏会ですべて振っている。当初の予定では、4番は曲目に入っておらず、モーツァルトのピアノ協奏曲第 12番の弾き振りであったが、指の故障によって曲目変更になったものである。実は私はここでも、3番・2番の演奏会のチケットを持っていたのだが、出張のために行けなかったという経緯がある。

そのように、エッシェンバッハとこれまで巡りあわせの悪かった私であるが、今回、ブラームスの交響曲に続いてドイツ音楽の神髄であるこの第九を、ドイツ人指揮者として輝かしい実績を積み重ねてきた指揮者と N 響のコンビで聴けることは、なかなかに貴重な機会である。今回このコンビで演奏される第九は全部で 5回。うち 4回は NHK ホールで、最終日のこの日だけがサントリーホールでの公演であった。興味深いことに、ほかの日のプログラムは第九 1曲だけだったのに、この日だけはバッハのオルガン曲が前座で演奏された。では、川沿いのラプソディ恒例の「第九チェックシート」を書いてみよう。

・第九以外の演奏曲
  バッハ : トッカータ、アダージョとフーガハ長調BWV.からトッカータ
  バッハ (デュリュフレ編) : コラール「主よ、人の望みの喜びよ」
  バッハ (イゾアール編) : アリア「羊は安らかに草をはみ」
  バッハ : 「天においては神に栄えあれ」からフーガBWV.716、コラールBWV.715
・コントラバス本数
  8本
・譜面使用の有無
  指揮者 : なし
  独唱者 : なし
  合唱団 : なし
・指揮棒の有無
  あり
・独唱者たちの入場
  第 2楽章と第 3楽章の間
・独唱者たちの位置
  合唱団最前列 (舞台後方 P ブロック)
・第 3楽章と第 4楽章の間のアタッカ
  あり

今回オルガンを演奏したのは、若手オルガン奏者の勝山雅世。
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実は彼女は、やはり昨年のサントリーホールでの N 響の第九 (指揮はヘルベルト・ブロムシュテットで、スポンサーは今回とおなじ、かんぽ生命) でも前座でオルガン・ソロを弾いていた。昨年の自分の記事を読み返すと、曲が終わるたびに拍手が起こっていちいちお辞儀していたと書いてあるが、今回はそんなことはなく、合計 20分ほどの演奏を、聴衆は続けて楽しんでいた。最後の曲のオルガンらしい強奏が素晴らしいと思ったものだ。

さて、休憩のあと演奏された第九だが、数日前に聴いた大野和士と都響の演奏と同じく、コントラバス 8本で、木管楽器は倍管、つまり通常各 2本のところを 4本である。やはりエッシェンバッハの指向は、小ぢんまりとした第九ではなく、生命力あふれる異形の交響曲としての第九であったろう。だが、その表現には実は端正な部分も多く、各パートの音の分離もよいし、指揮者の右側に陣取った第 2ヴァイオリンの音型もよく聴き取ることができたのである。各フレーズの細かいところにも気配りがなされていて、結構こまめにタメを作って音楽の流れを作り出しており、全体として、鬼気迫る大野の演奏よりは、とっつきやすいものであったようにも思う。いわゆるドイツ的な重さがあるという表現は合わないが、それでもやはり、ドイツ音楽の個性をよく描き出した演奏であったと思う。なるほどこの指揮の手腕は大したものであって、あれだけ数々の名門オケを率いてきたにはちゃんと理由があるなと思うと同時に、これまであまり彼の指揮を聴けなかったことを残念に思ったものだ。これを機会に、定期的に N 響を振りに来てくれないものであろうか。このような年齢の実績のあるドイツ人指揮者は、存在自体が貴重であり、N 響が伝統として持っているドイツ物への適性を、いかんなく発揮してもらえるのではないだろうか。もちろん、かつて N 響の指揮台に登場したドイツ系の巨匠たちとは、持ち味に差があることは致し方ないであろうし、それゆえにこそ、N 響の演奏に何か新しい要素を加えてくれそうな期待感がある。
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ところで今回も合唱団は、昨年に続いて東京オペラシンガーズである。舞台の奥に並ぶのではなく、贅沢にステージ裏側の客席、P ブロックの 2/3 程度のスペースに陣取っての歌唱であった。この合唱団はもともと力強さをその特徴とするが、今回も痛快な歌いぶりであり、素晴らしい。N 響の第九と言えば長らく国立音大の合唱団との共演であったが、合唱においても、プロの世界での切磋琢磨が東京の年末には起こっている、ということであろうか。それから、昨年の N 響の第九では 4人の独唱者たちはすべて外国人であったが、今回はすべて日本人。ソプラノの市原愛、メゾソプラノの加納悦子、テノールの福井敬、バリトンの甲斐栄次郎と、実績のある人ばかりで、安定感抜群であった。

そんなわけで、なかなかに充実の演奏であり、さすが N 響とエッシェンバッハと思わせる内容であった。ただ、私の好みから言えば、先に聴いた大野和士と都響の、より表現力の強い演奏の方が共感できる、というのが正直なところ。それだけ東京の第九は、ただ単に年の瀬の余興ではなく、非常に高いレヴェルでの在京オケのつばぜり合いという様相を呈しているものと思う。競争があることは、ファンとしては嬉しい限り。さて、これで残る第九はあと 1回となりましたよ。それは次回の記事で。

by yokohama7474 | 2017-12-29 01:13 | 音楽 (Live) | Comments(2)  

第九 大野和士指揮 東京都交響楽団 2017年12月24日 東京芸術劇場

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ちょうど前日、24時間前もこの同じ場所の同じような席で、同じようなコンサートを聴いたはず。そう、前日のサッシャ・ゲッツェル指揮の読響に続いて私が体験する今年 3回目の年末の第九、今回の演奏は大野和士と、彼が音楽監督を務める東京都交響楽団 (通称「都響」) なのである。
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大野についてはこのブログでも散々賛辞を捧げてきたし、一般の知名度もそれなりに高いと思うが、その知性と冒険心に裏打ちされた演奏活動は、まさに世界を駆け巡り、東京ではこの都響とのコンビで充実した活動を繰り広げている。今年 57歳。これからますますの高みに達する指揮者であると思うが、今回の第九を聴くと、本当に日本でこの人の演奏を聴けることに感謝の念を捧げたくなる。彼の第九は、随分以前に当時の手兵、東京フィルを指揮した演奏会を聴いたが、今回の演奏の質はその時とは段違い。前日に聴いたゲッツェルと読響の演奏も素晴らしいものであったが、今回の大野と都響の演奏は、率直なところ、さらにその上を行く渾身の名演であったと私は思う。

では、「川沿いのラプソディ」恒例の「第九チェックシート」から行きましょう。

・第九以外の演奏曲
  なし
・コントラバス本数
  8本
・ヴァイオリン左右対抗配置
  あり
・譜面使用の有無
  指揮者 : なし
  独唱者 : なし
  合唱団 : なし
・指揮棒の有無
  あり
・独唱者たちの入場
  第 2楽章と第 3楽章の間 (ティンパニ以外の打楽器奏者 3名も同時入場)
・独唱者たちの位置
  指揮者のすぐ前、すなわち舞台前面
・第 3楽章と第 4楽章の間のアタッカ
  なし

さて実は、この情報だけでも、ははぁーんとお気づきになる方がおられると思う。この演奏の特色は、コントラバス 8本の編成であったところにまず表れている。前回の記事で、ゲッツェルと読響の演奏が現代におけるスタンダードスタイルではないかと書いたが、今回の大野と都響の演奏は、それとは随分違っている。このブログではよく、オケのサイズを表現するのにコントラバスの本数を書いているが、では管楽器はどうであろうか。ベートーヴェンの時代には木管楽器 (オーボエ、フルート、クラリネット、ファゴット) はそれぞれ 2本ずつが普通で、昨今の演奏ではそれを踏襲する場合が多いのだが、今回の演奏では倍管 (つまりは各 4本ずつ、但しコントラファゴットとピッコロはそれぞれ、ファゴット、フルートと持ち替え) であったのだ。また、ホルンはオリジナルの編成では 4本のところ、今回の演奏では 5本。ほかの金管はオリジナル通りであった。ここでひとつお断りしておくと、そのような編成が演奏評価において大事なら、なぜいつも弦楽器だけではなく管楽器の編成も書かないのかと思われる方がいるかもしれない。そこには理由があって、ひとつは、そこまで書くと煩雑になること、もうひとつの現実的理由は、いつも管楽器がすべて見渡せる席で聴いているとは限らないからだ。というわけで、いつもはコントラバスの本数だけでオケのサイズを測っているわけである。

もうひとつこの演奏の特異性は、独唱者たちの位置にある。最近の第九の演奏では、舞台奥の合唱団のすぐ前に独唱者たちが陣取るケースがほとんどだ。それは、全人類の協和 (あ、もちろんそれは本当は正確ではなく、「キリスト教を前提とする人類の協和」が正しいのだが) を歌うこの曲にあっては、ソリストたちの超絶技巧を聴くよりは、合唱団とともに高らかに歌われる人類賛歌を聴くべきだからであろう。だが今回の演奏では、そのスタイルを取らず、まるでヴェルディのレクイエムでも演奏するかのように、舞台前面に独唱者たちが陣取った。聴いているうちに分かったことには、今回の大編成の演奏では、独唱者たちがステージの奥にいるのでは、充分に声が響かないだろうから、前面に陣取ることにしたのであろう。それだけ今回の演奏には凄まじい音の流れがあり、熱狂があった。改めて実感されたことには、やはり大野と都響のコンビは今や、東京で聴ける最強コンビのひとつであるということだ。いつも私が絶賛しているこのオケの芯のある音は、今回の演奏では冒頭から明らかであり、この第九という破天荒な曲の個性に決して負けることのない、隅々まで彫琢をほどこされた音のドラマが、聴衆全員を圧倒したのである。弦楽器は互いの音を聴きあって有機的に増殖して行き、大野自身の感興の高まりに実にヴィヴィッドに反応する。そう、何度も比較して申し訳ないが、前日の演奏に比べると、指揮者とオケの間の信頼関係がより深く、オケの音自体にも、より凄みがある。第 4楽章で歓喜のテーマが低弦 (チェロとコントラバス) に出てから、ヴィオラに広がり、そして両翼のヴァイオリンに伝わって行って、遂に総奏に達する箇所は、まさにその有機的増殖が鳥肌立つほど見事であったし、クライマックスを築く "vor Gott" のフェルマータは、古きよきドイツの演奏のように、最近ではあまり聴けないほどの長さであり、壮大な音響であったのだ。コントラバス 8本、木管は倍管、独唱者たちは舞台前面であることが、すべて功を奏して、聴覚をなくしたベートーヴェンが夢想したであろう宇宙的な音響を繰り広げていた。
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それから、大野は合唱のパートを最初から最後まで歌いながらの指揮であり、そのことも、合唱団へ独特な霊感を吹き込むことに貢献していただろう。実際、合唱団に対する指示は大きな身振りではなかったが、大野の身体全体から発するオーラが、合唱団の人たちの身体から発する声を、遥かな高みに持ち上げていた。ともすればどの作品も器楽的に過ぎると言われるベートーヴェンであるが、あえて言ってしまえば、今回の第九の音のドラマは、オペラティックであったとすら思う。こんな第九は、ちょっと聴けるものではないだろう。

その合唱団は、二期会合唱団であり、もちろんいつもはオペラを歌っている人たち。また独唱者たちはいずれも二期会または藤原歌劇団の若手で、現在活躍中の人たちばかり。ソプラノが林正子、メゾ・ソプラノが脇園彩、テノールが西村悟、バリトンが大沼徹である。林はこのブログでも何度か触れているが、メゾの脇園は、私は今回初めてその名を知った人。2014年からイタリア各地で活躍しているらしい。
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彼女の実績で注目すべきは、あのイタリアの名指揮者ファビオ・ルイージが昨年 7月に初演したメルカダンテの「フランチェスカ・ダ・リミニ」というオペラで主要な役を歌っており、CD や映像作品になっているのである。もちろんこの作品は、(チャイコフスキーの管弦楽曲と同様) ダンテの「神曲」に基づくものであるが、1831年に作曲されて以来、演奏されることもなく今日にまで至ったオペラなのである。ルイージの意欲が感じられる話であるが、そんな意義深いプロジェクトに日本の若手歌手が参加しているとは、本当に素晴らしいことだ。
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思えば大野は、来年 9月のシーズンから、新国立劇場の芸術監督に就任する。ドイツやベルギーやフランスでどっぷりオペラに浸かって実績を挙げてきた彼のことであるから、いよいよ東京でオペラ指揮者としての真価を頻繁に聴かせてくれることは、間違いなく東京の音楽界のビッグニュースである。今回共演した歌手たちもまた、大野の指揮するオペラで歌うことも多くなるだろう。その意味でも、このような素晴らしい音響に満ちた第九の演奏は、今後の東京の音楽界の一層の充実に対する期待を抱かせるものであったと思うのである。大野は年明けも都響で、メシアンのトゥーランガリラ交響曲やツェムリンスキーの「人魚姫」といった大作を指揮する予定である。東京の音楽ファンは、世界を羨ましがらせることになるかもしれない。

by yokohama7474 | 2017-12-24 23:59 | 音楽 (Live) | Comments(0)  

第九 サッシャ・ゲッツェル指揮 読売日本交響楽団 2017年12月23日 東京芸術劇場

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私にとって今年の年末 2回目の第九は、読売日本交響楽団 (通称「読響」) によるもの。指揮は、1970年生まれのオーストリア人、ザッシャ・ゲッツェルである。
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この人はもともとウィーン・フィルのヴァイオリン奏者であるが、タングルウッドなどで研鑚を積んだ後、2001年に指揮者デビューを果たし、現在では世界各地でオペラとコンサートの両面で活躍している。私は以前、紀尾井シンフォニエッタで一度聴いたことがあるが、フル編成のオケを指揮するのを聴くのはこれが初めてである。実は今回の第九、本来は別の指揮者が予定されていた。それは 1947年生まれ、今年 70歳になるフランス人のエマニュエル・クリヴィヌ。リヨン国立管弦楽団の音楽監督としてその高い実力を世界に知らしめた名指揮者であり、私も今回は久しぶりにクリヴィヌを聴けることを楽しみにしていた。この読響は 1月分のコンサートを 1冊のプログラムに掲載しているのだが、12/12 (火) に、既にこのブログでも採り上げた、コルネリウス・マイスター指揮のマーラー 3番を聴きに行った際には、第九の指揮者としてクリヴィヌの名前が印刷されていて、その 2日後に指揮者変更のアナウンスがあった。今年の読響の第九は、12/17 (日) が初日で、12/24 (日) まで合計 6回あり、うち 1回は首都圏を離れて大阪での公演である。つまり、初日の僅か一週間前の指揮者変更発表であったわけだ。クリヴィヌは、健康上の理由で長距離の移動を医師から禁じられたとのことだが、そんなギリギリのタイミングであっても、ゲッツェルのような信頼できる代役を確保することができたことはラッキーだったし、しかも、彼は今年 4月に既に読響を指揮しているので、その点も含めて代役としての不安はあまり大きくはなかったのである。だがこのゲッツェルの写真をあしらったチラシはほとんど作られなかったのではないか。冒頭に掲げたのは、会場の東京芸術劇場の入り口に掲示されていたポスターである。ここでは記録のために、クリヴィヌの写真が掲載されたチラシも載せておこう。
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では今回も「第九チェックシート」から始めよう。
・第九以外の演奏曲
  なし
・コントラバス本数
  6本
・ヴァイオリン左右対抗配置
  あり
・譜面使用の有無
  指揮者 : あり
  独唱者 : なし
  合唱団 : なし
・指揮棒の有無
  あり
・独唱者たちの入場
  第 2楽章と第 3楽章の間 (オケのチューニングの前、ティンパニ以外の打楽器奏者 3名及びピッコロ奏者も同時入場)
・独唱者たちの位置
  合唱団の前列、金管に挟まれた場所
・第 3楽章と第 4楽章の間のアタッカ
  あり

毎回思うのであるが、このチェックシートで私が勝手に抽出したポイントは、演奏によって微妙に違っていて面白い。だが、今回の演奏はある意味では昨今の演奏スタイルのスタンダードと言ってもよいのではないかと思う。つまり、指揮者はきっちりスコアを見て指揮をし、第 2楽章の提示部はきっちり反復。一方で歌手たちは暗譜で歌い、独唱者たちは第 2楽章と第 3楽章の間で入場して、その場所は、舞台前面ではなく合唱団の近くである。弦楽器の規模は、コントラバス 8本ではなく 6本。もちろんそんなスタンダードスタイルであっても、この破天荒な曲ともなるとやはり演奏者の個性はそこここに出てくることになり、指揮者とオーケストラの比較を集中的に楽しめるのが面白い。

今回のゲッツェルの指揮は、大変に勢いのあるものであったと思う。盛り上がりの随所でティンパニが鋭く鳴り響いていたが、そのように聴こえたひとつの理由は、そのティンパニが通常のステージ奥ではなく、上手側に置かれていたことにもよるのかもしれない。日本のオケはどこも、通常の欧米のオケの数倍から、ことによっては数十倍、この曲を頻繁に演奏しているので、読響クラスになると、もうその演奏の安定度は大したもので、急遽代役となった指揮者のもとでも、実に見事な演奏を展開しており、ごくわずかテンポが上がったかと思う場所でも、余裕でついて行っていた。ゲッツェルの指揮ぶりには、ウィーン風と言ってよいのか否か分からないが、どこかたおやかな部分があって、第 3楽章は大変に美しいものであったが、決して退屈なものではなく、上記の通り、全曲を通しての音楽の勢いは、なかなかのものであった。ただ、第 1楽章と第 2楽章でそれぞれほんの一瞬だが、ちょっと音楽の流れが悪くなったかなぁと思う箇所があったのだが、実はそれは、音楽にそもそも勢いがあるからこその、指揮者とオケの呼吸の、ほんのわずかな不一致であったのかもしれない。そういう要素があった方が、演奏に人間味があって面白いと思う。合唱団は今回も新国立劇場合唱団。ソリストは、ソプラノのインガー・ダム=イェンセンがデンマーク人、テノールのドミニク・ヴォルティヒがドイツ人で、そこにソプラノの清水華澄とバスの妻屋秀和という、おなじみの二期会所属歌手が入るという陣容。妻屋の "O Freunde" という第一声は実に堂々たるもので、聴きごたえ充分であった。

こうして東京の第九演奏は、ひとりの世界的指揮者が急にキャンセルしても、また別の世界的指揮者が登場して歓喜の大合唱を繰り出して行く。これはなかなかに素晴らしいことではないですか。

by yokohama7474 | 2017-12-24 11:24 | 音楽 (Live) | Comments(2)  

コラージュ・秋山邦晴 野平一郎指揮 オーケストラ・ニッポニカ (ピアノ : 長尾洋史) 2017年12月17日 紀尾井ホール

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今年は数々の日本のオーケストラの熱演に加え、信じられないほど豪華な外来オケの名演を堪能した。だが、日本において芸術音楽を鑑賞する態度として、それだけでよいのであろうか。この点については、他人のことはいざ知らず、私個人に関しては、近代日本の西洋音楽を聴くことなしには、現在の東京の音楽界の盛況ぶりを深く理解することはできないという主義なのである。それゆえ、この演奏会はまさに必聴のものであったのだ。2002年に設立され、日本人の交響作品の演奏を使命とするオーケストラ・ニッポニカと、昨年からこのオケのミュージックアドヴァイザーを務める、私が尊敬してやまないピアニスト、作曲家、そして指揮者の野平一郎の演奏会である。
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オーケストラ・ニッポニカの演奏をこのブログで紹介するのは初めてであると思うが、私は以前にも彼らの演奏会に出掛けている。半年に一度程度の演奏頻度であるが、毎回テーマを設けて、忘れられた日本の管弦楽作品を紹介する、極めて意義深い活動に接することができるのだ。今回の演奏会のテーマは、上のチラシにある通り、秋山邦晴 (1929 - 1996) だ。これは、今回の会場に掲げられていた秋山の写真。
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今どきの若い人たちには秋山の名前は既に遠いものかもしれないが、私にとっては忘れがたい名前である。あの伝説的な前衛音楽集団、実験工房のメンバーであるが、基本的には作曲活動ではなく評論活動によって、20世紀音楽の様々な面を紹介した。彼の興味の対象はただ 20世紀の日本の音楽だけではなく、ある場合にはサティであり、またモダニズム芸術全般であった。かく言う私も、バウハウスやコクトーに関する彼のレクチャーを聞きに行ったし、あるシンポジウムでは、武満徹 (もちろん、秋山とは実験工房の仲間である) が、「最近年を取ってきて、ブラームスの音楽の孤独感に共感するようになってきた」と発言したのに対して、「武満徹たるもの、ブラームスなどに現を抜かしていてはいけない」と、ユーモアを交えて意見していたことを、はっきり覚えている。彼の細君は現代音楽を得意とするピアニスト、高橋アキ (高橋悠治の妹) であることもよく知られている。そんな秋山邦晴に因む今回の演奏会の曲目は以下のようなもの。事前の発表とは一部順番が異なっている。
 サティ : バレエ組曲「パラード」(1916)
 伊藤昇 : マドロスの悲哀への感覚 (1930)
 武満徹・芥川也寸志 : 組曲「太平洋ひとりぼっち」(1963 / 1996)
 湯浅譲二 : ピアノ・コンチェルティーノ (1994)
 早坂文雄 : 管弦楽のための変容 (1953)

うーん、実に多彩な曲目だが、これらはいずれも、秋山が発掘し、また紹介の労を取ったものばかり。開演 10分前に指揮者の野平がステージに登場し、今回の演奏会の趣旨や、オーケストラ・ニッポニカの活動に与えた秋山の影響などが説明された。また、秋山の活動の一端を示す展示を、今回の会場である紀尾井ホールのロビーで見ることができ、非常に興味深かった。以下の写真の 1枚目の真ん中は、ピエール・ブーレーズと語らう秋山。2枚目は、サティの墓詣での際のスケッチ、3枚目は 1979年に早坂文雄の作品を紹介する演奏会を開いたときのポスター (これについては後述)。
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1曲目のサティの「パラード」は、ディアギレフ率いるロシア・バレエ団が初演したもので、コクトーの台本、ピカソの舞台美術という豪華な顔ぶれであったことがよく知られている。射的の的や、低音高音のサイレン、タイプライター、PET ボトル (初演当時は瓶を使ったのだろうか?) に入れた水を振る音、果ては 3丁のピストルまでが登場するサティらしい破天荒な曲。秋山は妻の高橋アキとともに、サティの日本への紹介に心血を注いだわけで、その業績を偲ぶには音楽がふざけ過ぎているものの (笑)、秋山とオーケストラ・ニッポニカの真摯な演奏には、好感が持てた。これが、この奇妙なバレエのためにピカソがデザインした有名な緞帳。モダニズムの匂いが横溢している。
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2曲目は、伊藤昇 (1903 - 1993) という未知の作曲家による未知の曲である。伊藤は山田耕筰に師事し、海軍軍楽隊でトロンボーンを吹いていた人で、その後は現在の NHK 交響楽団の前身である新交響楽団で首席トロンボーンを務めたが、戦後は一切作曲活動を行わなかった。この埋もれた作曲家を発掘したのが、1975年に書かれた秋山の論文であったらしい。この「マドロスの悲哀への感覚」という曲は、オーケストラ・ニッポニカが近年蘇演し、今回は 2度目の演奏である由。なんとも野性味あふれる当時の前衛音楽で、1930年という作曲年代が信じられないような異端の曲だ。早い時期の日本の作曲界にもこのような存在がいたとは、実に驚きである。これが伊藤の肖像写真。
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次は、武満徹が作曲し、芥川也寸志がオーケストレーションと指揮を担当した映画音楽「太平洋ひとりぼっち」。この映画は言うまでもなく、太平洋の単独横断に成功した堀江謙一の手記をもとにしたもので、監督は市川崑、主演は石原裕次郎であった。堀江の航海の早くも翌年、1963年に映画化されている。よくも悪くも大衆性を持つ映画音楽を、立派な現代音楽の一分野として紹介した秋山の功績は大きいのである。私も武満の映画音楽は大好きなので、この映画は見たことがなくとも、音楽はよく知っていたし、サントラを収めた CD も持っているが、ここでオーケストレーションと指揮を担当したのが芥川也寸志とは知らなかった。プログラムには、この 2人の作曲家と秋山の写真が掲載されている。
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尚、この映画音楽が今回のようなかたちとして (ハーモニカ、ギター、ウクレレが入る) コンサートで初めて演奏されたのは、1996年。武満の死後 8ヶ月ほどしてからである。そのときの演奏者は、小澤征爾と新日本フィル。実はこれは、ちょうど 1年ほど前に武満没後 20周年として開かれた「武満徹の映画音楽」というコンサートの記事 (2016年12月22日付) に書いたことであるが、私も当時、サントリーホールでのこの小澤と新日本フィルによるコンサートを滅法楽しく聴いたことを、懐かしく思い出す。その演奏会のチラシをここに再度掲げておこう。
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さて、休憩後に演奏されたのは 2曲。最初は湯浅譲二のピアノ・コンチェルティーノ。湯浅はもちろん、武満や秋山とは実験工房の同志である。1929年生まれ (ちなみに今回のプログラムには、1925年生まれという誤った記載がある) だから、今年 88歳。今回も、杖をつきながらではあるが、演奏会場に矍鑠と姿を見せていた。
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慶応義塾大学医学部出身という経歴の持ち主で、米国で作曲を長く教えていた湯浅は、数多くの作品を世に送り出してきた、まさに現代日本の偉大なる長老作曲家である。私はこの人の作品は結構聴いているつもりだが、今回のピアノ・コンチェルティーノ (小ピアノ協奏曲の意味) は、今回が初めてである。1994年の作曲で、木村かをりと岩城宏之指揮オーケストラ・アンサンブル金沢によって名古屋で初演された曲だが、実は初演から 23年を経て、つい 2ヶ月ほど前に、サントリー芸術財団による作曲家の個展 (4歳下の一柳慧と共同) で東京初演されたばかり。20分ほどの曲だが、メシアン風であったり、あえて言えば武満風であったり、冴えた感性を感じさせる素晴らしい曲である。今回ソロを務めた長尾洋史 (ひろし) は、東京藝大修士課程を経てパリに留学した経験を持ち、国内主要オケとの共演実績が豊富である。今回指揮を採っている野平一郎も極めて優れたピアニストで、かつ現代音楽のスペシャリストだが、今回の長尾のソロは、非常にストレートで美麗であり、もし野平が弾いたらという仮定も詮ないものと感じさせる優れた演奏であった。
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そして最後は、早坂文雄 (1914 - 1955) の早すぎた晩年の作品、「管弦楽のための変容」(1953年作)。早坂については、生誕 60周記念演奏会を採り上げた 2015年10月17日の記事で、私の彼に対する熱い思いを吐露しておいたが、音楽を独学で学んだ武満徹が唯一師と仰ぎ、黒澤明や溝口健二の映画を劇的に彩った作曲家である。40そこそこで逝去しなければ、きっと日本の作曲界を大きく変える実績を残したことであろう。驚くべきなのは、この 30分を要する堂々たる作品は、作曲後埋もれており、秋山の努力によって、1979年に芥川也寸志指揮の新交響楽団 (ちなみにこれは、上述の NHK 交響楽団の前身のオケではなく、芥川が設立したアマチュアオーケストラで、現在でも活動を行っている) が初演することとなったという経緯である。もともとは上田仁指揮東京交響楽団によって、ヨーゼフ・シゲティとの協奏曲の前座として初演される予定で書かれたが、「なかなかの力作であるため、プログラムのバランス上、少し重たくなりすぎる」という理由で、初演が見送られたものであったという。当時の日本においては大変貴重であったに違いない、ヴァイオリンの巨匠シゲティの生演奏にスポットを当てるべき演奏会であったろうから、それもやむを得ない事情であったのかもしれない。それを秋山が発掘して実現に漕ぎつけた 1979年の初演時のポスターは、上に掲げた今回の会場での展示で見ることができる。その際のプログラムで秋山は、「今後かれ (= 早坂) の代表作として、演奏されていくことにもなるのではあるまいか」と記したらしいが、残念ながら実際には、それ以来今回まで一度もステージで演奏されたことがないという。だが聴いてみるとこれは、いかにも早坂らしい雅楽調の日本的旋律が繰り返され、文字通り変容して行く迫力満点の曲で、そこに沸き起こる音のドラマは、聴いていて飽きることがない。傑作である。テーマはチェロに始まり、また最後は原初の昔に返って行くように、チェロに戻り、遠い彼方へ消えて行く。素晴らしい作品なので、今後ほかの日本のオケでも是非採り上げて欲しいものである。これは、黒澤明と並ぶ早坂文雄の写真。
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これらの多彩なプログラムを演奏したオーケストラ・ニッポニカは、確かな技術を持つオケであり、各パートの積極性には傾聴すべきものがあったし、それを率いた野平も、非常に明確な指示によって、なじみのない曲でも充分に楽しめる演奏としたのである。この熱演には拍手を送りたいし、このオケの負っている使命、すなわち、埋もれた日本の近現代の作品の紹介には、心から敬意を表したい。

会場には面白い CD があれこれ並んでいたが、これまでに見たことのない「日本の電子音楽」というシリーズを何枚か購入した。そのうちのひとつがこの、秋山邦晴の手になる作品で、なんとなんと、「東京オリンピック選手村 食堂のための環境音楽」である。もちろん、前回、1964年の東京オリンピックのためのものだが、聴いてみると、沈黙の中に時々石を打つ音が聴こえるというもの。この時期秋山は、四国讃岐で算出されるサヌカイトに凝っていたという。いや、なかなかこれ、癒し効果がありますよ。来る 2020年の東京オリンピックでも使用してみてはいかがでしょうか。
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by yokohama7474 | 2017-12-17 23:53 | 音楽 (Live) | Comments(0)