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バーンスタイン作曲 ミサ 井上道義指揮 大阪フィル 2017年 7月15日 大阪・フェスティバルホール

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20世紀の最も偉大なる音楽家のひとり、レナード・バーンスタインは 1918年生まれ、1990年没。ということは、来年生誕 100年を迎えることになる。指揮者として最も知られているであろうバーンスタインは、もちろん作曲家でありピアニストであり、教師であり、またヒューマニズムの観点における活動家でもあった。このブログで音楽を扱うときには基本的に現在活動している音楽家の演奏を採り上げているので、既に死去してしまった偉大な音楽家について語ることは、いわば何かのついでということになってしまっている。実はこのブログの開設の際、記事のカテゴリーとして「音楽 (Recorded Media)」というものを作り、過去の音楽家が残した遺産についても、随時述べて行くことにしようとしたのであるが、率直なところ、とてもそんな記事を書いている時間がない (笑)。なので、残念ながら今に至るもそのカテゴリーの記事はゼロなのであるが、その代わりと言っては語弊があるものの、思いつくまま文化の諸分野を放浪することを旨とするこのブログでは、話のついでにバーンスタインの業績に触れるようなことがあると、時々暴走してしまうのが常なのである (笑)。それほど私にとってこの音楽家の存在は大きいということなのであるが、そんな私が聴き逃すわけにはいかない公演がこれなのであった。絶好調の井上道義が、手兵である大阪フィル (通称「大フィル」) を指揮して、バーンスタンの問題作、ミサを演奏する。幸いなことに土曜日の公演があったので、大阪まで聴きに行くことができた。これは壮年期のバーンスタインの写真。
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さて、作曲家バーンスタインが好きな人でも、このミサの実演を耳にした人はあまり多くないのではないか。かく言う私も実演では初めて体験することになる。調べてみると、日本初演は名古屋のグリーン・エコーという合唱団が 1975年に果たしていて、その後も 1978年、86年に再演されているとのこと。また、今回の指揮者井上道義自身、1994年に京都市交響楽団を指揮して一度演奏しているらしいが、私はそのいずれも体験していない。ただ曲自体はよく知っていて、大学に入った頃に何かの本で、「ロックバンドも入った型破りなミサ」であるということを知り、大学在学中には、初演と相前後して録音された作曲者自身による演奏に随分と親しむこととなった。特に冒頭間近の「シンプル・ソング」は今でも時々ふと口ずさむ、私にとっては長年に亘るお気に入りの曲 (2016年 6月 4日の映画「グランドフィナーレ」の記事ご参照)。もちろん、このミサの全曲を通して聴いてみて、さながら「アンチ・ミサ」とも言うべき内容に、大きな衝撃を受けたことは言うまでもない。そう、このミサは、まさに型破りで、通常のラテン語のミサ曲の歌詞を使いながらも、バーンスタインの自作の英語の歌詞も様々な歌手によって歌われ、ロックやブルースなどがあちこちに登場し、バレエや児童合唱もという曲なのである。冒頭に掲げたチラシに「これはオペラかミュージカルか」とある通り、通常のミサ曲の範疇に入る曲ではない。もっとも、「オペラかミュージカルか」という題目は、バーンスタインのほかの作品、例えば「ウェストサイド物語」や「キャンディード」についても言われることである。だがこの曲はキリスト教の典礼であるべきミサであって、そのような宗教曲に対して、あろうことかオペラかミュージカルかという同じ疑問が呈されること自体が異常なのである。作曲者自身はこの曲を「歌い手、演奏家そして舞踊手のための劇場用作品」と銘打っており、1971年 9月にワシントン DC のジョン・F・ケネディ・センターのオープニング記念として初演されたもの。実際に舞台に接してみて実感するのは、これは予算的にも内容的にも、上演至難な作品である。2,700人収容の大阪のフェスティバルホールはほぼ満席の大盛況で、多くのファンの関心を引いたことが分かる。尚、Youtube では、今回指揮のみならず演出も請け負った井上道義のインタビューや、大変興味深い熱心なリハーサル風景なども見ることができる。
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要するにこの曲のどこが衝撃的かと言うと、本来は神を称える曲であるべきミサの中に、神への信仰に疑問を抱く人々があれこれ出てきて、不信心な、だが生活感のこもった率直な歌や、なんともだらしない歌や、あろうことか卑猥な歌まで歌ったりして、ミサを執り行おうとする司祭の邪魔だてをする。そしてその司祭自身、最後にはなんたることか儀式用の杯を床に投げて粉々に砕き、祭壇の覆いもはがしてしまい、床に転がって神への不信を呟くのである。この曲の真価を理解するには、芸術家バーンスタインを知る必要があり、また当時の社会情勢を知る必要があるだろう。1971年と言えば、ニクソン政権下、米国はヴェトナム戦争の真っただ中。ヒッピー文化真っ盛りである。私の手元の自作自演 CD から、初演当時の舞台の写真 (ジャケット写真を含む) を何枚かご紹介する。時代の雰囲気が明らかであろう。
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この曲は 17曲から成り、上演時間は正味 2時間もあるのだが、今回の演奏では、第 9曲の後に 20分の休憩が置かれた。開始部分ではオケのチューニングの音すら聴こえず、一旦完全に暗転したかと思うと、照らされたスポットライトの中、司祭役のバリトンの大山大輔が登場して、ジュークボックスにコインを入れる。そうすると、テープに録音された 4人の独唱者による「キリエ・エレイソン」(これを含むテープの部分は、もしかすると初演時と同じ古い録音なのかなと思ったが、さてどうだろう) が、それぞれに全く違った調子で流れ始める。そのあと司祭がギターを持って「シンプルソング」を歌うのであるが、ふと気づくと指揮者の井上は、そのときにはオーケストラ・ピットの中で指揮をしている。そのあと行進曲とともに木管・金管奏者が入ってきて、ピット内ではなく、ステージ左右に陣取る。また、ロックバンドとブルースバンドもその奥、ステージ上に配されている。私の席からはピットの中は見えなかったが、そこにはつまり、弦楽器奏者と打楽器奏者しかいなかったということになる。井上自身による演出はなかなかに凝ったものであり、曲の持つ特殊性をかなり明確に出す大胆なものであったといえようが、さすがに指揮者自身による演出だけあって、音楽的に無意味な行為は何もない。それに輪をかけたのが日本語字幕。これも井上自身によるもので、かなり砕けていながら語感もよいもの。例えば原詞で "no no no!!" とある部分には「何なのののの」という具合。私は以前、もう 15年以上前だが、井上の指揮する東京交響楽団でオルフの「カルミナ・ブラーナ」を聴いた際、同じように井上自身担当した訳詞を見ていて、そのときも音楽の流れと語感に乗っ取った、面白いものであったことを思い出した。いやそれにしても、リズム感といい抒情といい、井上の指揮はまさに自由自在。この曲の真価を引き出してみせる見事な統率ぶりであった。

歌手ではもちろん、司祭を演じた大山大輔が最大の功労者であろう。昨年のミューザ川崎でのジルヴェスター・コンサートでは、井上とよいコンビで客席を沸かせていたが、ここでも堂々たる歌唱。ただ、オペラ的発声を求められない箇所がほとんどであり、時にはもっと遊びがあってもと思うこともあったが、最後の場面の熱唱には大いに感服させられた。ラテン語で英語で、時には日本語で、あるいはヘブライ語まで、歌に語りにと、縦横無尽である。
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さて、この曲に多く登場する歌手たちは、二期会や藤原歌劇団の人たちが多かったが、驚くのは、小川里美や小林沙羅といった、このブログでも過去に何度か名前に触れている日本一流のソリストも、いわゆるストリート・コーラスの一員であるという贅沢さ。このようなリハーサル風景で、その贅沢な布陣による熱心な準備状況が理解されよう。実際、大変複雑な構成を持つこの曲のアンサンブルは、実に見事であった。そういえば、今回舞台に立った歌手の皆さんは、ソリストであれ合唱団であれ児童合唱であれ、全員が暗譜。演奏会形式ではなく、完全にオペラ的な上演であったとも言える。
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因みに今回の上演は、ラテン語の典礼文以外には基本的にはほぼ英語であったが、一部は日本語での語りや歌唱もあった。語りの部分は確かに日本語の方がよいだろうが、歌についてはどうだったろうか。原文歌詞を再チェックしていないのだが、英語ではかなり韻を踏んでいる部分があるはずで、そのような箇所は意味だけ同じ日本語にしても面白くないので、日本語にしてみたということかと想像している。それほど不自然でない感じで言葉の切り替えがなされており、日本での、そして大阪での演奏ということで、歌詞が大阪弁でも大いに結構なのである (笑)。ところで、井上自身による字幕で、「連祷 レント リタニ」という部分があって、きっと多くの方にとっては ??? であったと思うが、そのネタについては、やはり井上道義が指揮をした演奏会についての、この記事をご参照下さい。
http://culturemk.exblog.jp/25242824/

それから、大阪フィルハーモニー合唱団によるコーラスも見事なら、キッズコール OSAKA による児童合唱も見事。ボーイソプラノの込山直樹も、あれだけの大舞台をよくぞ緊張せずに歌い通したものだと思う。終演後のカーテンコールでは、まず最初にマエストロ井上がピットの中を奥に進み、ステージ下に辿り着くと客席の方を向き、よっこらしょとステージに腰かけるかたちとなったと思うと、斜め後ろにでんぐり返しをするような恰好でステージ上に身を置いて、すっくと立ち上がったのである!! 既に 70歳とはいえ、もともとバレエダンサーであった人であるから、それほどは驚かないが、それにしても尊大な指揮者なら、そんなことをしないだろう。そして歌手の挨拶が一巡した際、なぜか肝心の井上の姿が見えないと思ったら、なんと、コンサートマスターの崔文洙以下、大フィルの弦楽器と打楽器のメンバー全員をステージ上に誘導しているところだった (笑)。このあたりもこの指揮者の持ち味が出て、充実した公演に花を添える楽しいパフォーマンスであった。あ、それから、今回の公演には、バーンスタイン晩年の愛弟子である佐渡裕の名が、「ミュージック・パートナー」としてクレジットされている。このように、リハーサルにも参加していたようだ。
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さて、最後にもう少し、この作品について語りたい。この演出を見て明らかであるのは、主役の司祭はバーンスタインその人だということだろう。彼は最初の方ではスコアを見ながら何やら書き込みをしているし、音楽に合わせて指揮もしている。民衆の前で説教するのは、あたかも学生や聴衆の前でレクチャーするがごとくであり、そして最後、祭壇の覆いが取れてしまうと、そこにはピアノが現れるのである。作曲者であり指揮者であり教育者でありピアニストであったバーンスタインの姿を想像することは容易であった。私もきっと、この曲を書いたときの彼には、司祭と自分を一体化して考えるという気持ちが働いていたのではないかと思う。帰宅してから、手元にある何冊かのバーンスタインの伝記を引っ張り出してみて、このミサについての記述をざっと見てみたが、ジョーン・パイザーの「レナード・バーンスタイン」という本には、「この作品がバーンスタイン自身を題材にしていることに気がつけば、多くの謎が氷解する」という記述があって興味深かった。1987年に書かれたこのパイザーの本は、バーンスタインの同性愛癖について暴露する内容を含むもので、当時大変センセーショナルな話題になったものだが、私は 1990年 (つまりバーンスタインの没年) に日本版が出たときにすぐに買って読んだ。内容には確かに衝撃的な部分もあったが、あまりにも巨大なバーンスタインという芸術家の本質に迫る、渾身の伝記であると思ったものだ。今回は図らずもそのことを再確認することとなった。
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ここでの司祭がバーンスタイン自身の似姿であるという前提に基づいて考えると、強く再認識できることがあった。よく、「彼はマーラーと自分を重ねていたが、指揮者としては最高の存在でも、作曲家としてはマーラーのような偉大な存在ではなかった」ということが言われるが、果たしてそうであろうか。マーラーは、世紀末ウィーンの文化の中で、世界苦を抱きながら新奇な音響を開拓した。一方でバーンスタインは、米国という、軍事や経済で世界をリードしながらも歴史の浅い国において、その米国ならではの音楽を創ろうとしたのではないか。巨大オケをドラマティックに使って、あるいは前衛の流れに乗って、新奇な曲を書こうとすればきっと彼にはできたであろう。だが彼が創作したかった世界はそんなものではなく、米国という、多くの人々が暮らすつぎはぎの国における、理念であったり正義感であったり、平易さへの指向であったり大衆性の許容であったり、あるいは現実への絶望感であったのではないか。彼の音楽にはどれも、ヨーロッパ音楽の模倣はない。ひとつの特徴は例えば、この「ミサ」における「シンプル・ソング」。ここにはガーシュウィンやコープランドや、あるいはバーバーやウィリアム・シューマンに共通する情緒と静謐さがある。これは紛れもなくアメリカ音楽であるのだ。そのことの意義は、今後ますます認識されるのではないだろうか。それから、ひとつの切り口として、この「ミサ」と奇妙な共通点のある曲を 2曲挙げたい。ひとつは、ベンジャミン・ブリテンの「戦争レクイエム」である。それはもちろん、ラテン語の歌詞と英語の歌詞の混淆、あるいはバンダの活用という点が最大の理由であるが、作曲者の同性愛指向という点でも奇妙なつながりがある。バーンスタインの生涯最後のコンサートには、そのブリテンの「ピーター・グライムズ」からの 4つの海の間奏曲が入っていたことも、何か不思議な縁を感じさせるのである。もうひとつの曲は、シェーンベルクの「モーゼとアロン」である。このオペラは第 3幕が未完成に終わったが、第 2幕の終盤には「黄金の子牛の踊り」があり、人々の熱狂がある。この「ミサ」の終盤における人々の狂乱と、どこか似ていないか。「ミサ」のその場面は、「アニュス・デイ」、つまり「神の子羊」であって、子牛と子羊という点も面白い (笑)。よく考えてみると、バーンスタインが指揮したシェーンベルクの作品は、聴いたことがない。同じユダヤ系であっても、その音楽作りの美学は大きく異なっていたわけである (十二音音楽を評価しないのは分かるが、初期の「浄夜」など、当然演奏してしかるべきだったと思うが)。だが、ウィーンに生まれて後年米国に移住したシェーンベルクと、米国に生まれて後年指揮活動の中心をウィーンに置いたバーンスタインとは、奇妙なコントラストを成しているではないか。両方とも、ただの偶然であるかもしれないが、歴史には時折、奇妙な偶然というものがある。そのような偶然を通じて、これらの歴史的作曲家の間に存在する共通点と相違点を認識するのは、大変意味のあることだと思うのである。

などと、想像の翼はこれからもまだまだ広がって行くものと思うが、ともかく今回の上演は、いずれまた是非再演を期待したい。今回は第 55回大阪国際フェスティバルの一環としての公演であったので、同フェスティバルの主催者である朝日新聞 / 朝日放送が、かなり資金援助しているのだろう。実は「ミサ」の中で司祭が、アドリブで人の名前を挙げて神の加護を願う場面があるのだが、今回は確か「大フィルさん、朝日さん、大植さん、ミッチーさん」と言っていた (笑)。・・・と書いてから思ったのだが、この流れだと、「朝日さん」と聞こえたのはもしかして「朝比奈さん」だったのか??? つまり、朝比奈、大植、井上 (ミッチー) とは、歴代の大フィルの音楽監督であるからだ。・・・まあともあれ、神のご加護によりさらなるスポンサーが見つかり、東京でも再演となることを祈っております。"Let us pray!!"

by yokohama7474 | 2017-07-16 03:10 | 音楽 (Live) | Comments(0)

マルク・ミンコフスキ指揮 東京都交響楽団 2017年 7月10日 東京文化会館

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今回東京都交響楽団 (通称「都響」) の指揮台に立ったのは、1962年生まれのフランス人指揮者、マルク・ミンコフスキ。このブログでも、前回同じ都響を指揮した際の演奏会と、金沢で指揮をしたロッシーニの「セヴィリアの理髪師」の演奏会形式上演を絶賛した。このミンコフスキ、私のイメージでは古楽の指揮者として名を上げた人だが、その経歴はウィーン・フィルやベルリン・フィルの指揮を含め、現代楽器の通常オケでも活発な活動を展開しているのである。この都響との共演は今回で 3回目。前回の演奏会は 2015年12月16日付の記事で採り上げたが、その前、つまりは最初の顔合わせのときにも私は聴いていて、いずれの機会においても、この人が現代を代表する素晴らしい指揮者であると実感したものであるのだが、今回またそこに新たな感動が加わった。この演奏会でミンコフスキと都響が採り上げた曲目は以下の通り。
 ハイドン : 交響曲第 102番変ホ長調
 ブルックナー : 交響曲第 3番ニ短調 (ノヴァーク 1873年初稿版)

一言、この人はすごい指揮者である。このような天才の演奏を、今の都響のような練れた音を出すオケで聴くことができるとは、東京の聴衆は本当に恵まれている。だが奇妙なことに、ミンコフスキと都響の共演は今回はこの演奏会 1度きり。もしかするとミンコフスキはどこかの地方オケでも振りに行くのかと思って全国のコンサート予定を調べてみたが、ほかのコンサートは発見できなかった。ということは、本当にこの 1回のコンサートを振るためだけに来日したものであろうか。もしそうなら、都響を気に入っていなければ実現しないこと。演奏後の彼の動作を見ていると、相当にこのオケを高く評価している様子が伺える。大変相性のよいコンビであると思う。
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最初のハイドンでは当然、古楽的なアプローチが聴かれるかと思いきや、ヴァイオリンの左右対抗配置はいつものようにあったものの、冒頭の序奏の部分から弦楽器はヴィブラートをかけて演奏している。いやその音の実に見事なこと!! このような演奏を耳にすると、演奏スタイルなど大した問題ではなく、要するに、よい音楽とそうでない音楽があるだけだと思う。序奏の最後にフルートが響いて鮮やかな主部に入ると音楽は一層充実度を増し、音楽はさらにその先へ。その演奏の素晴らしさは、思い出しても身震いするほどだ。そうして、全休止のあとまたフルートがオケを始動する。その呼吸の素晴らしいこと。正直、聴いているうちに私は何か空恐ろしい感じすらして来た。この曲はハイドン円熟期の傑作のひとつで、いわゆるロンドン・セットという最後の 12曲の交響曲のうちでも、最後から 3番目のもの。あだ名がついていないため、あまり知名度が高くないかもしれない。しかし、疾走感とユーモアに溢れた、いかにもハイドンらしい曲であり、オケにとっては水際立った技術を披露するにはうってつけだが、うまく流れないとかなり悲惨なことになりかねない。ここで私が思い出すのは、この都響のいわば「中興の祖」ともいうべき実績を残した指揮者、若杉弘が、1986年に都響の音楽監督に就任したときに、オケのレパートリーにとってのハイドンの交響曲の大事さを強調していたことだ。その若杉自身も時折ハイドンを採り上げていたが、正直なところ、当時の都響と今の都響とではあらゆる点で違いがある。そう思うと、過去 30年のこのオケの進化には目覚ましいものがあることに改めて思い至る。隅々まで清冽な音で全曲を振り終えたミンコフスキは、まずはフルート、そして木管奏者たち、加えて金管奏者たちまで起立させた。また、見事なソロを聴かせたチェロ奏者にも最大限の敬意を表していたのである。

休憩後のブルックナーは、前回彼が採り上げた第 0番に続き、今回は第 3番。しかも、珍しい初稿による演奏だ。ブルックナーの版の問題は非常に複雑で、正直、私もよく理解していない。だがこの曲の場合には、初稿、第 2稿、第 3稿とあるものの、多くは第 3稿による演奏で、初稿は (第 4番、第 8番の初稿と並んで) ほとんど演奏されないものと整理している。その珍しい初稿によってブルックナー全集を初めて録音したのが、現在この都響の桂冠指揮者であるエリアフ・インバルだ。私も学生時代にこのインバルの録音を衝撃をもって聴いた口だが、この 3番の場合、そもそも曲想に野性的な面があるため、その聴き慣れない版ゆえの衝撃もひとしおであったのを覚えている。こんなジャケットであった。
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そのインバルは日本では、1989年にベルリン放送交響楽団 (現在のベルリン・ドイツ交響楽団) を指揮してこの 3番の初稿を実演で披露し、私も聴きに行ったものである。その後彼は都響でも同じ版を演奏したはずだが (1997年)、そのようなインバルの努力にもかかわらず、この曲のこの版は、日本ではそれほどポピュラーになることなく今日に至っている。録音では、ロジェストヴェンスキー、ティントナー、そして先日読響を指揮したシモーネ・ヤングらによるものがあるが、多分世界的にも未だポピュラーとは言えないだろう。ブルックナー・ファンは既にご存知の通り、この曲は「ワーグナー」交響曲と呼ばれることがあり、それは、ブルックナーが憧れのワーグナーに初めて会ったときに 2番と 3番のスコアを見せ、「トランペットで始まる方」、つまりこの 3番がよいと誉められたため、感激したブルックナーはこの曲をワーグナーに献呈したことによる。私は個人的には、あの尊大なワーグナーが本当に当時無名のブルックナーの交響曲のスコア 2曲に目を通したか否かは疑問に思わないではないのだが (笑)、いずれにせよ、このことによってブルックナーが受けた刺激により、音楽史は、前代未聞の神秘性に入って行くブルックナーの後年の交響曲を得るに至ったとは言えるのではないか。これが、バイロイトにおけるこの 2人の作曲家の出会いをシルエットで描いたもの。
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それから、この第 3交響曲に関しては、初演 (第 2稿による) の際にブルックナー自身がウィーン・フィルを指揮したものの、多くの聴衆は理解できずに演奏の途中で帰ってしまったが、最後まで残って拍手を送ったのが、当時ウィーンでブルックナーの弟子であったグスタフ・マーラーであったというのも、有名な逸話である。さてこの初稿、私も今回久々に耳にしたが、後の版では削除されてしまったワーグナー作品の引用があるという。なるほど、確かに「ワルキューレ」や「タンホイザー」に近い音響を確認することはできたが、これはそのままの引用ではなく、いわばオマージュのようなものだろう。よく指摘されるように、ワーグナーとブルックナーは、その創作指向は (分厚い音を鳴らす以外には) 共通点はほとんどなく、ワーグナーは交響曲をほとんど書かなかったが、ブルックナーはオペラを 1曲も書かなかった。だから私はこの曲が「ワーグナー」と呼ばれることをあまり意味あるとは思っていない。それよりも、この曲でブルックナーがまさに音楽史において前代未聞の境地に入っていったこと、それこそが意味あることだと思うのである。従って、初稿によってこの曲を聴くと、その突然の全休止や、とりとめなく響く頻繁な楽想の変化、そして聖なるものと俗なるものの混在に、実に野性的なものを感じるのである。後年に至っての改編により、音響が整理された第 3稿が、私にとっては大いに耳に馴染みがあるので、この初稿を聴いてみると、メロディや曲の大まかな流れには後の版とほぼ同じであるのに、細部のメリハリや展開の説得力においては、不満が多いという印象が正直なところ。だがそれゆえにこそ、今回のようなミンコフスキと都響のような、隅々まで充分に音が鳴った演奏で聴くことで、ブルックナー本来の音楽というものに迫ることができるのだと思う。オケ全体による大音響の爆発力から、そこに浮かぶ木管の呼吸のよさ、また、後の稿にはない弦楽器の細かい音型の掛け合いに至るまで、どの場面にも演奏家たちの明確な意志が見える。そして終楽章の大詰め、後年の版ではさらに周到に設計されたクライマックスが、ここでは意外とあっさり終わるまで、ミンコフスキはそのずんぐりむっくりしたブルックナーそっくりの体型で必死に棒を振り、全身全霊をもってこの曲を終えたのである。そうして私は、上記の初演のときのエピソードを思い返していた。当時はウィーン・フィルでさえ、オケの技量は曲の真価を明らかにするには充分ではなく、また楽員の曲への理解も浅かったであろう。それに比べて、150年近く経過した今、極東の街に響くこの曲の初稿が、これだけのクオリティを持ち、またそれを聴いた聴衆たちも大喝采を送っている。これは文化の伝播であり進展である。恐らくミンコフスキも、これまでの 3回の都響との共演で、そのことを実感しているのではないか。であれば、今後も是非頻繁に来日し、その素晴らしい手腕を聴かせて欲しいものである。マルク・ミンコフスキ。文化に関心のある方々には覚えて頂きたい名前である。
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by yokohama7474 | 2017-07-11 01:09 | 音楽 (Live) | Comments(0)

パスカル・ロジェ ピアノ・リサイタル (映像演出 : 束芋) 2017年 7月 5日 浜離宮朝日ホール

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前回の記事で名古屋での演奏会をご紹介した、諏訪内晶子とボリス・ベレゾフスキーのデュオ・リサイタルは、同じ内容の演奏会がこの日、7/5 (水) には東京オペラシティで開かれている。だが私にはその演奏会に行けない理由があった。ほかでもない、この記事でご紹介する浜離宮朝日ホールでの演奏会に出かける必要があったからだ。実はこの記事のタイトルには、通常のピアノ・リサイタルであるかのように書いてしまったが、上に掲げたチラシのタイトルには、手書きの文字で「ロジェ × 束芋」とある。これは一体どういう意味か。もちろんご存じの方も多いと思うが、一応説明しておこう。まず、ロジェとは、ピアニストのパスカル・ロジェ。1951年生まれのフランス人で、今年 66歳。
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この人はフランス音楽の数々の録音で名を成したピアニストで、私の世代にとっては、同時代にフランス音楽の素晴らしさを教えてもらったシャルル・デュトワとモントリオール交響楽団のバックでラヴェルのピアノ協奏曲を録音したりしていたことが忘れられない。もちろんフランス音楽以外も素晴らしい演奏をするに違いないが、だが彼の弾くドビュッシーやラヴェルは、現代のピアニストでも抜きんでて素晴らしいという実感がある。今回はこのロジェが、そのフランス音楽を中心とした曲を弾くのである。これが第一の注目点。

そして、次の注目点は、この人だ。
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この人の名前は、束芋 (たばいも)。なんじゃそれと思われる方は、現代美術に興味のない方だけであろう。1975年生まれの彼女は、既に日本を代表する美術家であり、世界にもその名を知られた存在。そのユニークな名前は彼女の本名、田端綾子から来ている。同じ予備校に彼女と彼女の姉がいたので、ある友人が二人を区別するために、姉を「タバアネ = 田端の姉」、妹を「タバイモ = 田端の妹」と呼んだことがきっかけであるらしい。一度聞いたら忘れないタバイモ = 田端さんの妹の作品を私が初めて知ったのはいつのことだったろうか。今履歴を調べてみると、1999年に京都造形芸術大学の卒業制作として発表したアニメーションを含むインスタレーション、「にっぽんの台所」が出世作であるとのこと。私はこの作品をよく覚えているが、それは多分テレビで見たのが最初であったろうか。どこかノスタルジックに見える高度成長期以来の日本の日常の風景に、匿名的な人物たちが溶け込んでいて、無機的な効果音が流れている。だが時にその内容はドキッとするほど生々しく過激であるので、一度見たら忘れないであろう。そして 2001年、彼女は第 1回の横浜トリエンナーレにも映像作品を出品して話題となった。これもよく覚えている。今手元にそのときの図録を持って来て、彼女の作品の写真を掲載してみよう。
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それ以来私にとって束芋は、現代日本アートを考える上で欠かせない存在になったのであるが、なかなか個展に接する機会がない。唯一の機会は、2009年から 2010年にかけて横浜美術館で開かれた「束芋 断面の世代」展である。この頃彼女は朝日新聞で、吉田修一の「惡人」という連載小説に挿絵を提供しており、その原画がこの展覧会に出品されていた。これが図録の表紙である。
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というわけで、今回浜離宮朝日ホールでは、ロジェの弾くピアノに合わせて束芋の映像が流れるという。これに出掛けないわけにいかない理由が、上記にてお分かり頂けたであろうか。実はこれは、既に 2012年に上演されたものの再演であるらしい。前回の上演について全く知らなかった無知を天に詫びて、万難を排して聴きに行ったのである。なお、ポスターの「ロジェ × 束芋」の文字は、束芋自身の書になるらしい。

今回の上演でロジェが弾いた曲は 19曲。途中休憩なしで、上演時間は 70分。まず会場に入った聴衆の目に映ったのはこのような光景である。舞台の後ろに大きなスクリーンがあって、舞台上のピアノとピアニスト用の椅子がそこに映っている。だが、光源がどこにあるのかよく分からない。最新の照明技術によるものであろうか。
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そして、会場の照明がほぼ完全に落とされ、暗闇の中、ロジェが入場して来る。暗闇のせいで、聴衆はそれに対して拍手するきっかけを持たされておらず、それを尻目にロジェは静かに椅子に座って、ピアノを弾き始める。そして聴衆は不思議なことに気づく。既にピアニストが椅子に座っているのに、舞台奥のスクリーン上にはその影は映らないのだ!! そう、後ろのスクリーンの映像は、舞台上のピアノではなく、完全に独立した映像であったのである!! これは実に鮮やかな始まりではないか。

さて私が常々思っていることには、音楽と映像の融合と口で言うのは易しいが、なかなか成功例にお目にかからないということである。このブログでも、舞台上の映像が音楽を邪魔したオペラのケースなどに触れたことが何度かあるが、人間にとって最も強烈な感覚である視覚と、大変繊細な感覚である聴覚とは、なかなか相互作用を生じないというのが私の持論なのである。だが、今回の上演の素晴らしいところは、映像が音楽を邪魔することなく、しかも冒頭の例のような意外性もあって、70分連続の演奏に見事な色を添えた点であろう。また、中には、曲の間じゅう一切投影映像なしということもあって、これこそ束芋のアーティストとしての非凡なところであると、膝を打ちたくなったものである。さて、今回ロジェの弾いた曲の一覧を、若干面倒ではあるものの、ここに記載してみよう。

 ドビュッシー : 「版画」より「パゴダ」、「前奏曲集第 1巻」より「帆」「野を渡る風」「亜麻色の髪の乙女」「沈める寺」
 サティ : グノシェンヌ第 5番
 ラヴェル : 「鏡」より「悲しい鳥たち」
 ドビュッシー : 「映像第 2巻」より「そして月は荒れた寺院に落ちる」「金色の魚」、「ベルガマスク組曲」より「月の光」
 吉松隆 : 「プレイアデス舞曲集第 1巻」より「水によせる間奏曲」、「第 6巻」より「小さな春への前奏曲」
 サティ : グノシェンヌ第 2番
 吉松隆 : 「プレイアデス舞曲集第 6巻」より「けだるい夏へのロマンス」、「第 4巻」より「間奏曲の記憶」、「第 5巻」より「真夜中のノエル」、「第 7巻」より「静止した夢のパヴァーヌ」
 サティ : ジムノペディ第 1番
 ドビュッシー : 「版画」より「雨の庭」

どうだろう。繊細な情景描写と、キリリと冴えわたった感覚と、時空を超えた浮遊感と、ひたすら透明な抒情・・・それらがつづれ織りのような音で表現されることが期待される曲目ではないか。ここで、ドビュッシーやラヴェルやサティは知っているが、吉松隆って誰? と思う方もおられるかもしれない。このブログでも言及したことがあると記憶するが、彼は理屈抜きで大変美しい音楽を書く珍しい現代音楽作曲家であり、このプレイアデス舞曲集などは、ストレス過多の人たちのヒーリング用には最適の、素晴らしい音楽なのである。私にとっては田部京子の素晴らしい 2枚の初録音 CD が長年の愛聴盤であり、そこではこの舞曲集の第 1巻から第 9巻までと、その他吉松の小品が収められている。1枚目の方のジャケットをここに掲げておくので、ご存じない方は是非一聴を。尚、私は知らなかったが、ロジェもまた、この吉松作品を録音しているようだ。
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今回のロジェの演奏は実に素晴らしいもので、場合によってはかなり暗い中での演奏となったハンディを微塵も感じさせない堂々たるもの。その音は常にクリアかつ多彩なニュアンスに富んでいて、その一方で、これみよがしな表情は皆無で、むしろそっけないと言ってもよいくらいの場面に何度も遭遇した。これぞまさにフランス音楽の粋である。選ばれたフランスの曲は有名作品が多いが、吉松作品もその中で全く違和感なく収まっており、日本人としては誇らしい限り。これぞまさに文化の香り。東京ではこのように刺激に満ちた音楽 / 美術イヴェントに出会うことができるのである。

束芋の映像は、上述の通り、音楽を邪魔しないバランスの取れたものであったが、その分彼女特有のとぼけた毒というべき味わいには、若干欠けたようにも思う。だがこれは、音楽との融合という観点からはむしろ賢明な選択であったと思う。今ざっと曲目を見返してみて思うのは、以下のような点。
1. ドビュッシー、ラヴェルは、ほぼ題名に忠実な視覚的イメージを利用 (それゆえ、個々の曲名を知らない人にはちょっとつらいかも)。だがもちろん抽象化や幻想的な描き方はあった。
2. サティと吉松には視覚的なイメージがない、または少ないので、具体性のない、いわば模様のパターンを多く活用したイメージ。
3. 双方の系統において、束芋特有の、窓を伝う雨水や、モクモクと動く雲、葉や鳥の落下、水中の泡、複雑に絡み合った根、突然開く花や、脈打つ心臓・・・と言ったイメージ群がほどよく調和。

この中で、例えば有名な「月の光」は、スクリーンに青い照明を当てるのみで、一切の映像はなし。またもう 1曲、グノシェンヌ 5番であったろうか、そちらに至っては、照明自体も白で、全くの無であった。繰り返しだが、これぞ束芋の本領発揮と、拍手を送りたい。以下は、ほかのサイトから借用して来た演奏シーンのいくつか。少しはイメージが伝わるだろうか。ちょっと分かりにくいかなぁ。
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終演後には束芋もステージに登場し、嬉しそうに拍手を受けていた。これはゲネプロのときの 2人の写真のようだ。ロジェの T シャツに注目。
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終演後にサイン会があったので、ロジェの CD を購入して参加。但し、CD ジャケットに適当なスペースがなかったので、プログラムにサインしてもらうこととした。名ピアニストは、ステージを離れてもファンに対して非常に礼儀正しい紳士なのである。ただこのサイン、とても字には見えないんですけどね (笑)。

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滅多にない内容の素晴らしいコンサート、堪能しました。またこのコンビで、新たなコラボの試みを行ってもらえないだろうか。例えば、武満徹。それから、メシアンの大曲ピアノ作品。もしくは全然違う、プロコフィエフとかバルトークのピアノ曲なんて面白いかもしれません!!


by yokohama7474 | 2017-07-06 01:00 | 音楽 (Live) | Comments(3)

諏訪内晶子 & ボリス・ベレゾフスキー デュオ・リサイタル 2017年 7月 4日 名古屋・三井住友海上しらかわホール

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1990年のチャイコフスキー国際コンクールでの優勝をきっかけに世界に羽ばたいたヴォイオリニスト、諏訪内晶子。彼女の最近の活躍ぶりの一端はこのブログでも何度か紹介して来たが、実はそれらは、一度室内楽があった以外はすべて協奏曲でのオーケストラでの共演であった。その後冷静に考えてみて、私が海外で聴いた彼女の演奏を含めても、なんたることか、リサイタルには一度も行ったことがない。それに気づいた私は、この「国際音楽祭 NIPPON」の一環として開かれるリサイタルに足を運ぼうと思ったのであるが、東京での公演はちょっと都合が悪い (その理由はほどなくしてこのブログ上で明らかにされるであろう・・・?)。そこでカレンダーとにらめっこし、たまたまこの名古屋でのリサイタルには行けることが判明したので、そのようにしたのである。会場の三井住友海上しらかわホールは、700席ほどの中型ホール。ヴァイオリンリサイタルを聴くにはちょうどよいサイズで、響きも素晴らしい。

さてこの「国際音楽祭 NIPPON」であるが、先だってのサロネン指揮フィルハーモニア管の演奏会の記事でも少し触れた通り、2012年に諏訪内が自ら芸術監督として始めた企画であり、初回はそのサロネン指揮フィルハーモニアの伴奏でサロネン自作のヴァイオリン協奏曲の日本初演が行われた。今年は第 5回 (2012年以降、2015年を除く毎年の開催)。今回は 5月に 3回、7月に 5回の演奏会が東京と名古屋で開かれ、震災復興支援の関係で岩手県久慈市でもチャリティー・コンサートが開かれるほか、チェロとヴァイオリンのマスター・クラスも開かれるという、大変に盛り沢山な内容である。そもそもこの音楽祭には 4つの柱があって、それは「イントロダクション・エデュケーション」(同時代の作品と若い演奏家の紹介)、「コラボレーション with アート」(音楽以外の芸術分野との交流)、「トップ・クオリティ」(もちろん演奏される音楽の質)、「チャリティ・ハート」(被災地や病院への貢献)。いずれも大変意義深いことであり、強く支持したい。
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演奏会が開かれる場所として名古屋が多い理由も、会場で購入したプログラムで判明した。それは、音楽祭の実行委員長を豊田自動織機の会長が務めているほか、スポンサーにはトヨタ本体や豊田通商の名前が並ぶ。もちろんこれだけの内容の音楽祭であるから、企業のスポンサーシップは必須であり、名古屋の盟主であるトヨタグループがこのように文化イヴェントをサポートしながらも、会社名を大々的に謳わない点に、会社の品格を感じることができる。

さて今回のリサイタル、注目のひとつは伴奏者である。ロシアの名ピアニスト、ボリス・ベレゾフスキー。実は彼は諏訪内と同じ 1990年のチャイコスフキーコンクールのピアノ部門の優勝者。この 2人はいわば「同期」として、一時期はデュオを組んでいたが、このところは共演しておらず、今回が実に 15年ぶりのデュオ。久しぶりとはいえ、息の合った演奏が期待される。せっかくなので、ベレゾフスキーの写真は若い頃のものを使おう。今はかなり貫禄が出て来ている彼であるが (笑)。
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そんな二人が採り上げた曲目は以下の通り。
 ベートーヴェン : ヴァイオリン・ソナタ第 5番ヘ長調作品24「春」
 ヤナーチェク : ヴァイオリン・ソナタ
 藤倉大 : Pitter-Patter (委嘱作品、世界初演)
 リヒャルト・シュトラウス : ヴァイオリン・ソナタ変ホ長調作品18

うーん、なかなかひねりが効いている。ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタで最もポピュラーな「スプリング・ソナタ」で始まるものの、モラヴィアの東方的な響きを聴かせるヤナーチェク、今活発な活動を続ける作曲家、藤倉大の新作に、秘曲とまでは言わないが、管弦楽の大家の R・シュトラウス若書きのヴァイオリン・ソナタ。なんとも多彩ではないか。

最初の「スプリング・ソナタ」は、この曲目の流れからするとむしろ当然かもしれないが、ただ明るく晴れ晴れした表情の演奏ではなかった。さほど歌い込むことはあえてせず、その代わりに強い推進力と深い陰影のある音楽であったと思う。第 1楽章でピアノが駆け上がる箇所では、いびつなほどテンポが煽られ、聴いている者に不安すら感じさせながら、ヴァイオリンがまたテンポを取り戻すという演出が聴かれ、ある種の即興性を感じることともなった。諏訪内のヴァイオリンは、非常に艶やかであり、また音量も大きいので、音楽のひだを巧まずして表現できるし、また退廃的な雰囲気までも出すことができる。その点においての出色はやはり、2曲目のヤナーチェクであったろう。私はこの作曲家の創り出す響き (管弦楽曲であれ室内楽であれ器楽曲であれ声楽曲であれオペラであれ) の神秘性に深く魅了されている人間であるので、今回の演奏の冒頭から最後まで続いた、美麗一辺倒ではない一連の独特な節回しに、まさにこの作曲家の神髄を聴く思いであった。ヤナーチェクはこんな人。どこか得体の知れない感じがしませんか (笑)。
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休憩後は作曲家の藤倉大がステージに登場。この作曲家については、先般の「ボンクリ」の記事をはじめ、このブログでも何度も言及しているが、今年 40歳の、日本を代表する作曲家である。これは今回の記者会見の様子であろうか。
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後半の演奏前のステージ上で、主催者側の人とおぼしき女性のインタビュー形式で、この国際音楽祭 NIPPON の委嘱によって書かれ、このコンサートで世界初演された「Pitter-Patter」という曲について語られた。まず曲の名前は英語でも日本語でもそのまま「ピタパタ」という意味で、子供が水たまりで遊ぶようなイメージとのこと。作曲に要した期間は 4ヶ月くらいなるも、その間に作業が停滞すると、別の曲にかかったりして作曲を進めたという。藤倉いわく、ちょうど学生の試験勉強でひとつの科目で息詰まったら別の科目に取り掛かるようなもので、「日本の受験勉強が初めて実生活で役に立ちました・・・冗談です」という発言もあって、学生時代の試験において一夜漬けの王者であった私自身の経験に鑑みても、大変分かりやすい説明だ (笑)。実演 1時間ほど前の最後のリハーサルでも、諏訪内から細部の演奏方法について「これがいいですか? それともこうした方がいい?」と訊かれると、どちらも素晴らしかったので、「どちらでもよいです」と答えたことなどがユーモラスに語られた。また、音楽とは、作る人、演奏する人、企画する人、聴く人が揃ってはじめて可能になるもの。今回のような演奏者と一緒に曲を作る経験は非常にためになったとコメントしていた。さて、この曲自体は、演奏時間10分程であったろうか、確かに冒頭、長い音で歌い出すヴァイオリンに対し、ピアノは右手だけでピロピロ旋回するような音を奏でている。その後何度か音楽的情景は変化するが、藤倉の曲は理屈っぽくないのがよい。音の変化を聴いているだけで充分楽しめるのである。また、最後の 3分間ほどはピアノが沈黙してヴァイオリンだけになる。作曲者は舞台上で、「これ、僕も書いていて変な音楽だなぁと思ったんですけど」ととぼけていたが、プログラムに寄せたコメントには、「後半だけでアンコールとしてソロ・ヴァイオリンで弾けるようにした」とあり、実はなかなかにしたたかな試みである。そのうち諏訪内は、協奏曲のあとのアンコールにこの曲の後半だけ弾くようになるのではないか。

最後のシュトラウスのソナタは、この作曲家らしい華麗な響きを持つ佳曲で、ここでも諏訪内の充実した音が非常に安定した響きを発していた。ベレゾフスキーは技術の誇示をすることもなく、きっちり伴奏していたが、だがここでも上述の即興性を感じさせる要素もあり、実に大人な内容の高度な演奏であったと思う。

そして演奏されたアンコールは、実に 5曲!!
 マスネ : タイスの瞑想曲
 ピーター・ウォーロック (シゲティ編) : カプリオール組曲からバス・ダンス (Basse Danse)
 クライスラー : シンコペーション
 リヒャルト・ホイベルガー (クライスラー編) : 喜歌劇「舞踏会」から「真夜中の鐘」
 ドヴォルザーク (クライスラー編) : わが母の教え給いし歌

ここで諏訪内とベレゾフスキーは大変に打ち解けた雰囲気で次々とアンコールを演奏し、途中で諏訪内が曲目を紹介するシーンもあった (彼女が舞台で口を開いたのを初めて聞いた)。これだけ性格の異なる曲を次々と完璧にこなして行くのは大変なこと。ヴァイオリンの素晴らしさを実感できる瞬間を味わわせてもらった。

このように大変充実したデュオ・リサイタルであったのだが、実はこの日の名古屋は台風の接近によって、コンサート開始時は大雨であったのである。だが終わってみると既に雨はやんでいて、気分も上々だ。そのような気象の偶然も音楽会の体験の一部であり、私としてはこのようなコンサートを可能にしたスポンサー企業の方々に、心から御礼申し上げたいのである!!

by yokohama7474 | 2017-07-05 00:03 | 音楽 (Live) | Comments(0)

ミヒャエル・ザンデルリンク指揮 ドレスデン・フィル (ピアノ : 小川典子) 2017年 7月 2日 ミューザ川崎シンフォニーホール

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ドイツの古都ドレスデンに本拠を持つドレスデン・フィルが、現在の首席指揮者であるミヒャエル・ザンデルリンクとともに来日している。このドレスデンには、クラシック・ファンなら知らぬものとてないシュターツカペレ・ドレスデン (ドレスデン国立歌劇場のオーケストラ) という超名門オケがあるせいで、このドレスデン・フィルはその陰に隠れてしまっている感がなきにしもあらず。だが実は私も恥ずかしながら今回初めて知ったことには、このオケの設立はなんと 1870年。既に 150年近い歴史がある。これは大変なことだ。もっとも上には上があるもので、件のシュターツカペレ・ドレスデンの設立は実に 1548年!! こちらは 450年を超えるという長い歴史があるわけで、世界最古のオケのひとつ (実は、デンマーク王立管が、1448年設立ということで、さらに百年遡るらしいが)。ともあれ、歴史が長いからよいというものでもなく、オケの歴史に栄枯盛衰はつきもの。今現在我々が聴くことのできるこのオケの持ち味を楽しむ機会であってほしいと思って、会場のミューザ川崎シンフォニーホールに足を運んだのである。

このオーケストラ、以前もフランスの名指揮者ミシェル・プラッソンの指揮での来日公演を聴いたことがあるし、録音ではヘルベルト・ケーゲルやラファエル・フリューベック・デ・ブルゴスの指揮であれこれ聴いたことがある。旧東独という渋い音色のイメージはそこそこあるが、現代的な柔軟性もあるオケという印象だ。今回のスケジュールを見てみると、6/24 から 7/5 までの 12日間で、名古屋、所沢、武蔵野、長野、東京、大阪、川崎、もう一度東京、そして最後は浜松と、9回のコンサートが開かれる。関東と中部、関西地方だけであるが、来日オケの地方公演も貴重な機会であるので、なかなかの健闘であると思う。曲目を見ると、メインの 1曲であるショスタコーヴィチ 5番を除くとすべてドイツ物で、まあドイツのオケで指揮者もドイツ人なので、それもよいのであるが、先日のブリュッセル・フィルのように短い現代曲をひとつくらい入れる冒険があってもよかったようにも思う。ともあれこの日の曲目は以下の通り。
 ウェーバー : 歌劇「オイリアンテ」序曲
 ベートーヴェン : ピアノ協奏曲第 5番変ホ長調作品73「皇帝」(ピアノ : 小川典子)
 ブラームス : 交響曲第 1番ハ短調作品68

昔ながらの、序曲、協奏曲、交響曲という構成であるが、その曲目の保守性にもかかわらず、そこには現代ならではの演奏の工夫があったことを追って述べよう。まず、指揮者のミヒャエル・ザンデルリンクとは何者か。
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1967年、東ベルリン生まれのドイツ人で、今年 50歳。もともとチェリストとして活動を開始したが、2001年に指揮に転身した。もちろんこの苗字を携えて音楽稼業を営む以上、このような表現を避けることはできないであろうが、往年の大指揮者クルト・ザンデルリンク (1912 - 2011) の息子である。この指揮者がいかに偉大であったかについて、知っている人は知っているだろうし、知らない人に説明するのはなかなか難しい (笑)。私自身は結局、彼の実演に接する機会を得られなかったが、生前から FM 放送や非正規盤 CD を含む数々のライヴ録音 (あるいは、Wowwow がベルリン・フィルの定期演奏会を放送していた頃に見たショスタコーヴィチ 8番など) に接して瞠目し、深く尊敬するに至った指揮者である。実のところ、彼の名前が偉大過ぎて、同じ苗字の (つまりは息子の) 指揮者たちによる実演や録音を、今回に至るまで聴いたことがなかったのである。つまり、このミヒャエルに加え、彼から見れば異母兄で長男のトーマス・ザンデルリンク (1942年生まれ)、同じ母を持つ兄のシュテファン・ザンデルリンク (1964年生まれ) たちだ。なので今回の演奏会は、食わず嫌い返上の意味もあったのである。

さてコンサート開始時に舞台を見ると、既に 2曲目の協奏曲に備えて、ピアノがステージに出ている。最近東京のオケでは、1曲目が短い序曲で 2曲目がピアノ協奏曲であっても、ピアノが最初から舞台に出ていることは少ないと思う。だがこれはコンサートの進行上、非常に効率的なことである。また、弦楽器の配置を見ると、指揮者のすぐ左手に第 1ヴァイオリンは当然として、その隣はチェロで、これら楽器の奥、つまりステージ下手側にコントラバス。チェロの右がヴィオラで、指揮者のすぐ右手が第 2ヴァイオリン。最近増えてきた対抗配置である。コントラバスを見ると 6本で、使われていない楽器はステージに置いていない。つまり、そのままブラームスもわずか 6本でやるのか??? と思えたのであるが、これについてはまた追って。それから、ティンパニが 2種類置いてあり、ひとつは太鼓 2台によるもの。それが前半のウェーバーとベートーヴェンで使用された。もうひとつは太鼓 4台によるもので、後半のブラームスではそちらが使われた。つまり、レパートリーによってスタイルを変えて演奏しているのである。

最初の「オイリアンテ」序曲は勢いよく始まり、ヴァイオリンが艶やかなよい音を聴かせてくれる。オケ全体のレヴェルとしては驚くほど高いというわけではないが、やはりそこはドイツのオケ。音楽の流れに自然な説得力がある。大変気持ちのよい演奏で、最初からブラヴォーが飛んだ。

そして次のベートーヴェンに移るときに見ていると、ここでトランペットは、ピストンのない、いわゆるバロック・トランペットのような古そうな楽器が使用されることとなった。これ、同じようなことをどこかで書いたと思ったら、5月21日の記事で、サロネン指揮フィルハーモニア管の演奏会をご紹介したときであった。上記のティンパニといいトランペットといい、通常オケであっても、古典派から初期ロマン派を演奏する際には古いタイプの楽器で演奏するというのが、世界の潮流なのであろうか。だが、様式とか使用楽器は、言ってみれば副次的なこと。音楽を楽しむことこそが大事である。ここでベートーヴェンの「皇帝」を弾いたのは、日本を代表するピアニストのひとり、日本と英国を拠点として活躍する小川典子。
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彼女は BIS というレーベルから録音を出しており、ドビュッシーが絶賛されたり、ワーグナーによるベートーヴェン第九のソロ・ピアノ編曲版なども大変面白い演奏であった。この華やかな「皇帝」などは、きっと彼女に合った音楽だろうと予想して聴いてみると、案の定、その音量が大きく音色の美しいピアノは、あえてミスタッチも恐れない強い表現力によって、推進力に満ち、愉悦感に富んだ音楽を紡ぎ出した。実際、ときにはもう少し音量を抑えた方がよいと思えた箇所もあったが、ホールの音響効果も関係しているのか、聴いているうちにすっかりその音楽に引き込まれてしまった。ザンデルリンクの指揮もオケを煽り立てることなくきっちりと音を組み立てており、「皇帝」らしい「皇帝」を聴くことができたという充実感を覚えたものである。そしてアンコールとして弾かれたのは、ブラームス晩年の 6つの小品作品118 の第 2曲、間奏曲。いかにもブラームスらしい諦観まじりの情緒が深々と伝わって来た。尚、非常に珍しいことに、この演奏のあと、20分間の休憩時間にロビーにて小川のサイン会が開かれた。ステージ衣装のまま出て来て、多くの人たちと歓談しながらのなごやかなサイン会であったが、調べてみると彼女は川崎市出身であるようだ。きっと旧交を温める機会になったことであろう。
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そして、後半のブラームス 1番に入る前に舞台を見渡して驚いた。前半でステージに向かって左手、つまり下手側にあった 6本のコントラバスは、ここでは上手側に移動しており、本数は 8本に増加している。その後入場して来た弦楽器奏者の配置を見ると、指揮者のすぐ左から右回りに、第 1ヴァイオリン、第 2ヴァイオリン、チェロ、ヴィオラで、指揮者の右側、ヴィオラとチェロの後ろにコントラバスである。つまり、第 1ヴァイオリン以外のすべての弦楽器セクションが、前半の場所から移動したことになる!! ここではっきり見て取れる指揮者の意図はやはり、曲の書かれた時代にふさわしいスタイルで演奏するということであろう。あ、それから、ステージ正面奥に、金属の棒にトライアングルが固定されているのが見えた。ブラームスの 1番にはトライアングルは登場しない。ということは、なるほど、アンコールは本命のあの曲で決まりだな、と考えていると、滔々とした流れに乗って、ブラームスの第 1交響曲の演奏が始まった。このブラームスは、ここでも弦の表現力に多くを負っていて、大変に安定した出来であったと評価できる。長身のザンデルリンクの指揮はバランスよく颯爽としていて、過度に重量感を引きずらない、停滞感のないスッキリとした演奏だ。ただ惜しむらくは、このオケの木管には時折抜けの悪さを感じることがあって (特にフルート、ときにはこの曲で重要なオーボエですら)、これだけ緻密に書かれたブラームスの曲の神髄までは、残念ながら感じられない瞬間があった。そう思ってオケの面々を見ると、なんとこのオケは、木管と金管の全員が男性、しかも結構年配の方もおられる。もちろん年配にはベテランの味があるし、男性ばかりで悪いと言う気は毛頭ないが、結果的にはさらに緻密な木管アンサンブルがあれば、音楽の表現力が格段に増したことだろうと思われる。ひとつ言えることは、ドイツのオケだからドイツ的に、というほど物事は単純ではなく、ドイツ音楽にもいろいろあること、そしてザンデルリンクとドレスデン・フィルの目指すところは、その「いろいろある」音楽を、最適のかたちで聴衆に届けるということだということだ。そして案の定アンコールに定番のブラームスのハンガリー舞曲第 5番が演奏されると、そこではシンフォニーとはまた違った野性味が聴かれ、なるほど、ドイツ音楽もいろいろあるな、と納得したことだ。

このドレスデン・フィルの本拠地、クルトゥーアパラスト (文化宮殿) には、今年の 4月に新しいコンサートホールが完成したばかりらしく、今後のミヒャエル・サンデルリンクとドレスデン・フィルはこの場所でさらに音楽を練り上げて行くことになる。
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私がドレスデンを訪れたのはこれまでに一度だけで、オペラハウス (ゼンパーオーパー) でオペラとシュターツカペレによる演奏会を聴いた。もちろんそれは忘れがたい思い出であるが、この近代的なホールでこのドレスデン・フィルによるドイツ物以外、例えばロシア物やフランス物などを聴いてみたいものだなぁと思う。よいホールは指揮者を育て、オケを育てる。最近パリでもハンブルクでも、そしてこのドレスデンでもこのような素晴らしいホールができたことで、それぞれの街の音楽文化は一層彩り華やかになるだろう。オーケストラは地元の誇り。ヨーロッパの伝統と新しい活動が、地元の人たちに文化の奥深さを語り続けることだろう。エルベ川沿いのフレンツェと呼ばれる美しい古都ドレスデンに、遠く東京の川沿いの住居から、そんな思いを馳せる日曜の夜でありました。

by yokohama7474 | 2017-07-03 01:02 | 音楽 (Live) | Comments(2)

パーヴォ・ヤルヴィ指揮 NHK 交響楽団 (チェロ : ターニャ・テツラフ) 2017年 7月 1日 NHK ホール

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早いもので、2017年ももう半分を過ぎた。そうして NHK 交響楽団 (通称「N 響」) の指揮台に、首席指揮者のパーヴォ・ヤルヴィが還って来た。N 響のシーズンは 9月からなので、今回の一連の公演が、シーズン最後の定期演奏会ということになる。上のプログラム写真でも分かるように、たまたま私が今回対象とする演奏会は 7月にずれ込んだとはいえ、元来は 6月の定期の一環なのである。以前も触れたように、もともと 3種類の定期のうち 1種類をサントリーホールで行っている N 響であるが、現在そのサントリーホールは改修中。6月の定期はかくして 2プログラムのみ。今回私が聴いたものはその 2つ目で、よく演奏日程を確認してみると、今回の 7/1 (土) のものが、今シーズンの定期演奏会の文字通り最後のコンサートなのである。道理で演奏終了後、女性楽員がヤルヴィに花束を渡していたはずだ。今シーズンは N 響にとって、とりわけ意義深いシーズンであったと評価されるのではないだろうか。そのひとつの理由は、今年 2月から 3月にかけて行われたヨーロッパツアーであろう。5月14日のスタインバーグ指揮 N 響の演奏会の記事でそのツアーの成果についてはご紹介したが、今回の 6月定期のプログラムには、N 響のスポンサー 5団体への謝辞として、このような写真が掲載されている。クラシックファンならすぐに分かる、アムステルダムのコンセルトヘボウにおけるヤルヴィと N 響の演奏会を写したものであろう。
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ともあれ、6月の定期公演のひとつは、デュティユー、サン・サーンス、ラヴェルというオール・フランス物。そして今回私が聴いたのは、このように対照的な、オール・ドイツ初期ロマン派プログラムである。
 シューマン : 歌劇「ゲノヴェーヴァ」序曲
 シューマン : チェロ協奏曲イ短調作品129 (チェロ : ターニャ・テツラフ)
 シューベルト : 交響曲第 8番ハ長調 D.944「ザ・グレイト」
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うーんなるほど。よく考えられたプログラムだ。その理由を列挙しよう。
・前半は、ヤルヴィがもうひとつの手兵ドイツ・カンマー・フィルと集中的に手掛けたことがあるシューマン
・だが彼の交響曲ではなく、序曲と協奏曲。しかも、よりポピュラーな「マンフレッド」序曲やピアノ協奏曲ではない
・後半は、ヤルヴィがこれまであまり取り上げていないシューベルト
・このシューベルトの交響曲「ザ・グレイト」を、作曲者の死後、世に紹介して「天国的な長さ」と評したのは、ほかならぬシューマン

このように、シューベルトとシューマンのそれぞれの活動の幅を念頭に置きながら、同じレパートリーの繰り返しを避けて新鮮さをもたらそうという意図かと思われる。いつもヤルヴィのプログラミングにはそのような明確な意図が感じられることが多く、その一方であまりマニアックにもなりすぎないバランスのよさがあると思う。

では順番に演奏を振り返ってみよう。最初の「ゲノヴェーヴァ」序曲は、シューマン唯一のオペラの序曲であるが、今日ではオペラが全曲演奏されることはめったにない。だが幸いにして私はこのオペラの全曲実演を 2度見ており、最初は 2006年、米国初演がニューヨーク州の Bard College という大学内のホール (マンハッタンからハドソン川を随分遡ってドライブした) でなされたとき。2度目は 2011年、新国立劇場中劇場で行われた、こちらは日本初演で、東京室内歌劇場による演奏 (十束尚広指揮)。全曲を見た感想は、まぁ頻繁に演奏されないのも分かるなというもの (笑)。正直あまり面白くない。だが、ここに出てくる魔術的要素が、恐らくはワーグナーにつながっているのかと思うと感慨深いし (そういえばジークフリートという登場人物もいる)、ドイツ人特有の森の神秘という要素もある。そして、序曲だけならそれなりの頻度で演奏される。今回のヤルヴィのこの曲の演奏は、譜面台も置かない暗譜によるもので、管楽器と弦楽器の掛け合いが見事。ヤルヴィ特有の疾走感と、N 響らしい重量感を併せ持つ演奏で、非常に気持ちのよいものであった。尚、編成はコントラバス 8本 (ちなみに後半のシューベルトも同じ。チェロ協奏曲は 6本) と、初期ロマン派にしては若干大型。ドイツ・カンマー・フィルを振るときとは異なったアプローチであり、オケの持ち味に合わせてなんでもできてしまうヤルヴィの才能を再確認した。

2曲目のシューマンのチェロ協奏曲では、ドイツ人女流チェリスト、ターニャ・テツラフがソロを演奏した。
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もちろん世界的に活躍している演奏家であるが、どうしても、現代を代表するヴァイオリニスト、クリスティアン・テツラフの妹という紹介になってしまう点は否めない。実際この兄妹は頻繁に共演しているし、ともに来日したこともある (2014年に、まさにパーヴォ・ヤルヴィ指揮ドイツ・カンマー・フィルのブラームス・ツィクルスで二重協奏曲を協演)。単独で聴いたのは、私としては今回が初めてであり、技術の確かさには全く非の打ちどころがない。一方このシューマンのコンチェルトは、もちろん演奏しないチェリストはいないくらいの有名曲であって、私も時折メロディを口ずさんだりなどすることがあるが、それでも、どうしてもこの曲が聴きたいと思うほど惚れ込んだことは、これまでにないのである (笑)。3楽章が続けて演奏される構成が、あまりめりはりを感じさせないのがひとつの理由かもしれない。今回の演奏では、憂いを込めたチェロと、そこにしっかり寄り添うオケ、特に明滅する木管楽器など見事であったが、ある意味ではこの曲のイメージ通りの演奏で、欲を言えばテツラフのチェロにもう少し優雅なところがあれば、さらによかったのではないかと、勝手に想像していたりする。アンコールはバッハの無伴奏チェロ組曲第 3番のサラバンドで、これは孤独感溢れる格調高い演奏であった。

後半の「ザ・グレイト」は、なかなかに興味深い演奏であった。前述の通り、コントラバス 8本という、近代オケの標準編成であり、シューベルトとしては大型と言ってもよいかと思うが、弦楽器も充分にヴィブラートを効かせていて、いわゆる古楽的なアプローチではない。但しテンポは若干早めで、第 1楽章提示部の反復からは、過度なロマン性を排し楽譜に忠実な、その意味では古楽系のスタイルに近い感性も感じられた。もっとも、第 4楽章では反復はなく、これはよかったと思う。というのもこの曲は 50分を超える長さであり、終楽章で反復がある演奏に接すると、「あぁ、長い」と感じることが常であるからだ (笑)。第 1楽章と第 2楽章の間には明白な休止を置いたが、第 2楽章と第 3楽章の間は休止なしで (アタッカで) 演奏され、第 3楽章と第 4楽章の間は、聴衆の咳払いの時間だけ待ったという感じで、すぐに演奏が続いた。ここでヤルヴィが目指していたのは、この長大な曲の持つ勢いを鮮烈に描き出すことであったのでは。ここでも駆け巡る弦の動きに木管が敏感に反応して N 響の持つ美質が非常に活きていたし、めまぐるしく変わる (と言っても、同じところを旋回しているという印象もある) 曲想がダイナミックに描き出されてもいたと思う。ヤルヴィはシューベルトをこれまで体系的に採り上げたことはないようだが、この最後の (とみなされている) 大交響曲から入って、今後は初期の交響曲にも入って行くことだろう。楽しみである。

ところでこの交響曲の音響を考えてみると、金管楽器にトロンボーンが含まれていることが大きなポイントであると思う。この楽器はもともと宗教曲にしか使われておらず、天からの声というか、荘厳な雰囲気を演出するためのものであったのだろう。それを初めて交響曲に導入したのは、私の理解ではベートーヴェンで、第 5番の終楽章 (面白いことに、低音のトロンボーンの対局である高音のピッコロも同じ終楽章で使用された)。ベートーヴェンはほかにも 6番「田園」と 9番でトロンボーンを使っているが、ここではいずれも、やはり宗教的な感覚が背景にあるだろう。ところがそのベートーヴェンを深く尊敬していたシューベルト (ベートーヴェンより 27歳下の 1797年生まれ) は、「未完成」とこの「ザ・グレイト」で、積極的にトロンボーンを使っているのである。これらの曲には直接の宗教性はなく、ただその劇性の強調のために使われたものと思われる。実はフランス人のベルリオーズ (1803年生まれ) も幻想交響曲 (書かれたのはこれらシューベルトの曲のほんの数年後であるはず) でトロンボーンを使用しているが、やはり限定的な使用にとどまっている。因みにシューマン (1810年生まれ) の交響曲は 4曲ともトロンボーンを使っているが、メンデルスゾーン (1809年生まれ) は、第 2番「讃歌」と第 5番「宗教改革」のみで、いずれも宗教的な背景が明白だ。このあたりにロマン派の作曲家たちの指向の違いが見えて面白い。それを思うとシューベルトの頭の中に鳴っていた器楽曲の音響は、晩年の膨張傾向と併せて、ちょっと通常の人間には想像もできないほど巨大であったのだなぁと実感するのである。私はウィーンに残るこの作曲家ゆかりの場所の中でも、彼が死を迎えた部屋を訪れたときのことを思い出す。今でも現役で使われているアパートの一室で、小さい部屋なのであるが、そこで貧しさのうちに世を去ったわずか 31歳の天才の頭の中に渦巻いていた壮大な音響を、今では極東の日本でも素晴らしい演奏で味わうことを知ったら、本人は何と言うであろうか。
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さて、9月から始まる N 響の新シーズンにおいても、ヤルヴィは定期演奏会だけで 9つのプログラムを振る。ショスタコーヴィチ 7番やマーラー 7番という大曲もあれば、オール・バルトーク・プロ、オール・ストラヴィンスキー・プロ、スクリャービンの 2番に、武満徹と「指環」抜粋の組み合わせ、あるいはフォーレのレクイエムやシベリウスの 4つの伝説曲、ブルックナー 1番などなど。実に多彩で、来シーズンも期待が高まる一方なのである。とりあえず今シーズン、誠にお疲れ様でした!!

by yokohama7474 | 2017-07-02 10:30 | 音楽 (Live) | Comments(0)

大野和士指揮 東京都交響楽団 2017年 6月30日 東京オペラシティコンサートホール

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6月の東京都交響楽団 (通称「都響」) の指揮台に立つのは、音楽監督の大野和士。3つのプログラムによる 3回の演奏会によって、都響の高い演奏能力を全開にすることが企図されていよう。このうち私は最後の 1回しか聴けなかったが、この 3つのプログラムには大野という指揮者の個性が存分に表れていて面白いので、まずはこれまでの 2回のプログラムからご紹介しよう。まず、6月21日 (水) の演奏会は、ドビュッシー : 牧神の午後への前奏曲 / ダンディ : フランスの山人の歌による交響曲 (ピアノ : ロジェ・ムラロ) / ベートーヴェン : 交響曲第 6番「田園」。6月25日 (日) の演奏会は、ゲーゼ : 交響曲第 4番 (日本・デンマーク国交樹立 150周年記念) / R・シュトラウス : ホルン協奏曲 (ホルン : シュテファン・ドール = ベルリン・フィル首席) / ムソルグスキー(ラヴェル編) : 展覧会の絵。そして今回の演目は以下の通り。
 ブリテン : 歌劇「ピーター・グライムズ」よりパッサカリア作品33b
 細川俊夫 : 弦楽四重奏団とオーケストラのためのフルス (河) - 私はあなたに流れ込む河になる - (アルディッティ弦楽四重奏団) (日本初演)
 スクリャービン : 交響曲第 3番作品 43「神聖な詩」

この 3回の演奏会のうち、今回だけはいわゆるポピュラー名曲がひとつもない内容であり、それだけに大野の意気込みもさぞやと思われた。
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まず最初のブリテンであるが、この「ピーター・グライムズ」というオペラはこの作曲家の数多いオペラの中でも傑作で知られている。このオペラの間奏曲をつなげた「4つの海の間奏曲」が有名であるが、ここで演奏された 7分ほどの「パッサカリア」は、第 2幕の第 1場と第 2場の間で演奏される曲。時々、「4つの海の間奏曲・パッサカリア」として 5曲が演奏されることもあり、私の記憶では、ユージン・オーマンディがショスタコーヴィチ 14番「死者の歌」と一緒に録音していたのがこのかたちであった。今回はパッサカリア単独の演奏であったが、低弦のピツィカートから木管合奏に入ったときの鮮やかさ。そして、このオケの首席であり日本を代表するヴィオラ奏者である店村眞積 (たなむら まづみ) のヴィオラ・ソロの素晴らしい音色!! この 7分だけでも大野と都響の好調は明らかだ。

2曲目がまた大注目。このブログでも何度かその名前に言及している、名実ともに現代日本を代表する作曲家、細川俊夫 (1955年生まれ) の 2014年の作品の日本初演である。
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実は、私は事前に曲目は認識していたのだが、それは細川作品の日本初演ということのみ。会場で知ったことには、実はこの曲、オーケストラ以外に弦楽四重奏団が登場する。そして今回登場したその弦楽四重奏団は、なんと、現代音楽を専門とするアルディッティ弦楽四重奏団であったのだ!!
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彼らは世界的なクァルテットであり、私もこれまでに随分、録音では彼らによる様々な現代音楽の演奏を聴いて来たが、実際にステージで聴いたことはない。先週、6/24 (土) に東京文化会館小ホールで彼らの演奏会があったのは知っていて、大変興味があったのだが、このブログでもご紹介した通り、シモーネ・ヤング指揮の読響の演奏会に行くために断念した経緯があった。なので私は今回、この素晴らしい四重奏団の登場に狂喜乱舞したのである!! そもそもこの細川の「フルス (河)」という曲は、このアルディッティ四重奏団の創立 40周年を祝って書かれたものであるという。プログラムに掲載された作曲者の解説によると、この曲は道教の思想に基づいており、世界の根底をなす「気」の流れが重なり合って「陰陽」をなすことから着想されている。弦楽四重奏が人、オーケストラが人の内外に広がる自然、宇宙ととらえられているという。18分ほどの長さで、オケの編成も巨大であるが、弦楽四重奏とオケの弦楽器がザワザワ響きあうところが耳に残る。確かに音楽が流れていて、それなりに美しいところもある作品と聴いたが、正直なところ私は、今回の細川のように、現代音楽の作曲家がやたらと思想的な解説をすることが多いことには、以前から落ち着かない感情を抱いている。何の先入観もなく音を耳してその美しさにハッとする、そういう音楽との出会いが好きだからである。アルディッティはやはり単独で、弦楽四重奏として聴きたい!! という思いが返って深まってしまった私は、欲張りなのでしょうか (笑)。

後半は 50分の大作、スクリャービンの 3番である。天下の秘曲というほど珍しくはないが、通常のオケにとってはそれほど頻繁に演奏するレパートリーではない。だが、ロシアの作曲家で、ロマン性から神秘性へと移行したところで 43歳で命尽きてしまったアレクサンドル・スクリャービン (1872 - 1915) のこの大作は、マーラー演奏で鍛えられた都響にとっては、格好のレパートリーではないだろうか。スクリャービンは 5曲の交響曲を完成させ、それぞれに副題を持っている。第 1番「芸術讃歌」、第 2番「悪魔的な詩」、第 3番がこの「神聖な詩」、第 4番が最も有名な「法悦の詩」、そして第 5番が「プロメテウス (火の詩)」。この第 3番は 1905年にパリで世界初演されているが、そのときの指揮者はなんとあの、アルトゥール・ニキシュ (当時のベルリン・フィル音楽監督) である!! これが作曲者スクリャービン。
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この 3番、私は以前、この曲を愛好するリッカルド・ムーティがニューヨーク・フィルを指揮した実演に接したことがあるが、それ以外の実演で聴いたことがあるか否か、思い出せない。だが、今回の大野と都響のように明快な運びで、かつ迫力に満ちた演奏で聴けるのであれば、聴衆としてもこの曲に満足できるわけであり、もっと聴かれてもよいレパートリーであるように思う。冒頭、荘重な低音の金管合奏には、演奏によってはロシア的な土俗性が強調されるところ、ここでは重さはあれども、過度ではなく、同時にどこかきらびやかな要素もあって、そこに諧謔味すら感じさせるような音で、曲が始まった。盛り上がりの局面で高らかに駆け抜けるトランペットも危なげなく、そして何よりも、ウネウネと弾き続ける弦楽器群との調和が耳に素直に入ってくる。序奏と 3楽章から成っている曲であるが、途中の切れ目はなく、実際に 50分間、音楽は流れ続ける。そうなのだ。その前の細川の曲同様、ここでも確かに音は流れているのである。大野のテンポは一貫して中庸であり、驚くようなことは何もしていないが、時に見せる腕をグルグル回してオケを煽る動作によって、実に活き活きした音を繰り出してみせた。もちろん、マーラーやシュトラウスのような圧倒的な表現力というには少し癖のある曲ではあるが、今回の聴衆はこれを充分に楽しんだし、上記の通り、このような演奏なら、スクリャービンもまた身近に感じられる作曲家になろうというものだ。

このように、大野と都響の個性を堪能することができる演奏会であった。7月の都響には 3人の指揮者が登場する。まず、あの天才マルク・ミンコフスキ。桂冠指揮者のエリアフ・インバル。そして首席客演指揮者のヤクブ・フルシャ。そうして夏を越えた 9月には再び音楽監督大野が還ってくるのである。今後とも、東京の音楽界を刺激し続ける快進撃を期待したい。そういえば都響の最近のチラシは、こんな風に折りたたみ式になっていて、なかなか凝っている。今回の曲目では、確かに「響き合う精神」が聴かれましたよ!!
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by yokohama7474 | 2017-07-01 03:06 | 音楽 (Live) | Comments(3)

山田和樹指揮 日本フィル マーラー・ツィクルス第 9回 2017年 6月25日 Bunkamura オーチャードホール

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足掛け 3年に亘って開催されてきた期待の若手指揮者、山田和樹と日本フィル (通称「日フィル」) によるマーラーの交響曲の全曲演奏も、第 9回である今回が最後。演奏されたのは、以下のような曲目である。
 武満徹 : 弦楽のためのレクイエム
 マーラー : 交響曲第 9番ニ長調

クラシック音楽をよくご存じの方には、この日の曲目には死の影が色濃く浮き立っていることが見て取れよう。マーラー・ツィクルスのフィナーレは華やかなものではなく、暗い死の影と隣り合わせなのである。この日も開演前に山田が登場して (通常はすぐ演奏会に入れるように燕尾服での登場だが、今回はタイなしのスーツ姿である)、プレトークを始めたところによると、8番までは感じることのなかった「これで終わり」という寂しさを今回は感じるという。この武満の曲 (1957年作曲) はこの作曲家の出世作であり、ストラヴィンスキーらに称賛された、という有名な話が披露されたあと、ほぼ専らマーラー 9番について語られることとなった。山田によると、この曲が採用しているニ長調という調性は、音楽史を見渡しても不思議と死と縁があるとのこと。ベートーヴェンがハイリゲンシュタットの遺書を書いた頃に書いていた晴朗な交響曲第 2番がこの調性だし、ハイドンの最後の交響曲、第 104番もしかり。ニ「短」調に視野を広げると、モーツァルトのレクイエムやブルックナー 9番が入ってくると。また山田は、この曲において重要なのは第 2ヴァイオリンであるという。このシリーズにおいて前回までは、指揮者の左手、第 1ヴァイオリンの奥に第 2ヴァイオリンが陣取り、指揮者の右手にはヴィオラがいたところ、今回だけヴィオラと第 2ヴァイオリンを入れ替えて、ヴァイオリンの左右対抗配置とした。それには明確な理由があり、この曲での第 2ヴァイオリンは、モーツァルトやベートーヴェンの曲での役割のように、第 1ヴァイオリンと一緒に演奏してその演奏を支えるという役割を超え、独自の動きをして、その動きが重要だからだという。例えば第 1楽章の冒頭のテーマ (マーラーが既に前作「大地の歌」の最後で「永遠に (ドイツ語で "Ewig")」という歌詞につけた音型を流用) は、通常なら主旋律を担う第 1ヴァイオリンではなく第 2ヴァイオリンが弾くものだし、最終楽章の荘重この上ない終結部も、第 1ヴァイオリンが沈黙したあとも最後まで第 2ヴァイオリンが演奏を続けるということが説明された。もしかすると、第 1ヴァイオリンが現世なら、第 2ヴァイオリンはあの世を表しているのかもしれないとも語られた。そして山田が最後に総括して言うことには、マーラーの楽譜には細かい指示が大変多いが、だからといってどんな指揮者の演奏もそれに忠実に従うあまり、同じような演奏になるかというと、全くそうではなくて、非常に多様である。ある意味でマーラーは、多様な価値を包含する世界性を持っている音楽であり、それこそ、多様な価値観の衝突が起こりがちな現代において必要とされているものではないか、と締めくくり、ともに「戦って来た」日フィルをはじめとする本シリーズの関係者への謝意が述べられた。今回のトークは、一見いつもの通りの飄々とした語り口でありながら、あまり脱線したりジョークを絡めることもなく、この稀代の交響曲に挑む緊張感を感じさせるものであった。
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前半の「弦楽のためのレクイエム」は、文字通り弦楽器 5部からなる 10分弱の曲。当時 27歳の武満が東京交響楽団からの委嘱を受けて書かれたものである。その厳しい音楽は後年の武満の美麗さと通底しながらも反撥しあう。往々にして、暗い絶望の中で揺蕩うように演奏されるが、山田の手にかかるとそれは重苦しい音楽というよりは、様々な線の絡み合いから立ち昇り、どこまでも続いて行く音の連なりのようであり、繊細さの表現に細心の注意を払いながらも時に大胆に聴き手に迫りくる、積極的な音楽であるかのように響いたのではないか。これは小澤征爾とサイトウ・キネン・オーケストラによる録音のジャケット。
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そしてメインのマーラー 9番こそ、この畢生の大作に若き指揮者が果敢に挑んだことの結果が大きな説得力とともに鳴り響く、充実の名演となったのである。上記でご紹介した通り、この曲における第 2ヴァイオリン・セクションの重要性は明白である。このブログでも、昨年 11月28日の記事で、マリス・ヤンソンスとバイエルン放送響による同じ曲の演奏を採り上げたが、奇しくもその記事で私は、第 2ヴァイオリンの充実を素晴らしい成果として指摘した。この曲においてマーラーが描き出した、ある意味で単純明白な要素 (死への恐怖、現世への別離) を強調するために、様々に複雑な要素が盛り込まれているというと逆説的だが、今回の山田と日フィルの演奏はその逆説性を仮借なく抉り出した。演奏時間 80分になろうかというこの曲の全体を見通してみると、恐ろしいほどの音響が渦巻く両端楽章と、諧謔味がさく裂する中間 2楽章との間の対比が重要であるところ、今回は中間の第 2・第 3楽章での山田の快刀乱麻ぶりが際立っていたからこそ、もう逃げも隠れもできないほど激しいエモーションを必要とする両端楽章が、強い説得力を持ったのであろう。例えば第 2楽章は三拍子のレントラー舞曲であるが、通常のテンポ、速いテンポ、遅いテンポという切り替えが見事で、快速な場面でのティンパニの強調も決まっていたと思う。第 3楽章ロンド・ブルレスケは、中間部のノスタルジックなトランペット以外は常に動き回る音楽であり、日フィルの技術が大変な冴えを聴かせた。翻って第 1楽章は、私の耳には冒頭が少し硬いかなという気もしたが、丁寧な第 2ヴァイオリンの演奏が陰影を紡ぎ出していたし、終楽章は出色の出来で、中間部で弦楽合奏だけで壮大になる部分では鬼気迫るものを感じた。そして、長い長い時間をかけて「死んで行く」ように終わって行く終結部。このツィクルスを最初から聴いて来た私としては、その最後の最後の音が消えて行く現場に立ち会えたことを、本当にありがたく思ったことである。

東京のマーラー受容には既に充実した歴史があるが、ここに、30代の日本人指揮者として恐らく初めて、9曲の交響曲の全曲演奏を成し遂げた山田和樹は、忙しい海外での活動の傍ら、日本でも意欲的なプログラムが今後目白押しだ。もちろん、年を経ればまた音楽が変わって行くことも充分あるであろうから、同時代に生きる者として、そのような彼の創生・深化・昇華 (今回のマーラー・ツィクルス三期それぞれのテーマ) を是非見て行きたい。ツィクルス完走、まずはお疲れ様でした!!

by yokohama7474 | 2017-06-25 21:55 | 音楽 (Live) | Comments(3)

シモーネ・ヤング指揮 読売日本交響楽団 (ピアノ : ベフゾド・アブドゥライモフ) 2017年 6月24日 東京芸術劇場

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しばらく出張に出て慌ただしい時間を過ごしていたが、こうして週末のコンサートや映画に出かけることによって、何か日常の自分のペースが戻ってきたような気がする。あ、そう言いながらも、そのような個人の趣味の時間も、出張に負けないくらい実は慌ただしいのであるが (笑)。ともあれ、今回読売日本交響楽団 (通称「読響」) の指揮台に初めて登場するのは、今や世界で大活躍のオーストラリア人、シモーネ・ヤングである。昨年 11月には、こちらは東京交響楽団 (通称「東響」) を初めて指揮して、オーケストラ・コンサートを開くほかに、リヒャルト・シュトラウスのオペラ「ナクソス島のアリアドネ」を演奏しており、私も記事でそれらを採り上げた。2015年まで務めたハンブルク歌劇場及びハンブルク・フィルの音楽監督を退いてからは、決まったポストはないのであろうか。このような優れた指揮者が日本の複数のオケに客演してくれることで、またまた日本の音楽シーンが楽しくなる。今回はそれを実感できるコンサートであった。
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今回の曲目は以下の通り。
 プロコフィエフ : ピアノ協奏曲第 3番ハ長調作品26 (ピアノ : ベフゾド・アブドゥライモフ)
 リヒャルト・シュトラウス : アルプス交響曲作品64

おめあてはもちろん、シュトラウスの大作、アルプス交響曲なのであるが、この曲は本来そうそう演奏されるものではないはずだが、東京ではやはり昨年 11月、あろうことか、クリスティアン・ティーレマン指揮のシュターツカペレ・ドレスデンと、マリス・ヤンソンス指揮のバイエルン放送交響楽団という世界一流のコンビが数日の差を開けて相次いでこの曲を演奏した。それから半年余り。東京を代表するオケのひとつである読響も、負けじと是非ここでその真価を見せて欲しいものである。だがその前に、前半に演奏されたプロコフィエフでも、なかなかに活きの良い若手ピアニストが登場して会場を沸かせることとなった。1990年生まれのウズベキスタン人、ベフゾド・アブドゥライモフ。様々な民族が暮らす中央アジアの人らしく、ちょっと東洋系の顔立ちである。
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私は今回彼を初めて聴いたが、このプロコフィエフの慌ただしい曲を、少し猫背になりながら集中して弾く姿には、自分をカッコよく見せようという邪心がなく、好感が持てた。さらに技術を誇示してもよいのではないかと思うくらいであったが、見ていて面白かったのはヤングの伴奏で、この人、指揮ぶりはあまり器用には見えないのだが、時折ピアニストに目をやりながらあちこちのパートに指示を出し、第 1楽章や第 3楽章の追い込みではかなりの突っ走り方でピアノと競り合っていた。やはりプロコフィエフの 3番はこうでないと (あ、宇野功芳入ってしまいました。笑)。もちろん、ピアノに異常な迫力があるというわけではなかったので、例えばアルゲリッチの演奏のような白熱には至っていなかったものの、これはこれで優れた演奏と言ってよいであろう。アンコールは私の知らない曲であり、ショパン風に聴こえる瞬間もあるが、さらに抒情的で切ないメロディであったので、何かと思えば、チャイコフスキーの「6つの小品」作品 19の第 4曲、夜想曲であった。プロコフィエフの喧騒のあとの口直しとしては最適であったろう。

そしてメインのアルプス交響曲。冒頭の朝日が昇る場面からして、音が重々しく荘厳だ。そして蠢く低音から徐々に盛り上がり、ついに輝かしい光を放つ箇所では、早くも鳥肌立つような広がりのあるオケの音が全開となった。そしてそれから切れ目なしの 50分、各場面の精妙な描写が連続する中で、常に美しくまた広がりのある音が聴かれ、自然やそれに対峙する人間を描いたこの曲の真価を、存分に楽しむことができた。今回の会場である東京芸術劇場は、概して響きはよいものの、時に木管楽器の音の輪郭が鋭さを欠くように思う。今回もその点が少し気になる瞬間は何度かあったものの、木管も金管も、演奏自体は素晴らしいレヴェルであったし、改めて実感したのは、この曲における弦楽器の滔々たる流れであり、ヴァイオリンの左右対抗配置 (プロコフィエフでもそうだったが) が絶大な効果を発揮していたと思う。上記の通り、ヤングの指揮ぶりはさほど器用なものとは思えないものの、実はここぞというときにはくっきりと音を描き出す技術を持っていて、きっと楽団員もあれなら演奏しやすいのではないだろうか。以前東響で指揮したブラームス 4番では、かなり緩急自在であったと記憶するが、今回のシュトラウスではむしろ堅実に音を引き出している印象であった。高揚感を漲らせる山頂のシーンや、迫力溢れる嵐の場面でも、必要以上にオケを煽り立てることはなく、しかるべき道筋を順々に辿って、楽員が遭難しないように (?) うまく誘導していたと思う。それでいて作為性を感じさせることなく、ごく自然な音楽的感興を常に聴くことができた点、やはり非凡な演奏であったと思う。
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今回のシュトラウスを聴きながら思ったことには、この指揮者は意外とストラヴィンスキーやバルトーク、あるいはラヴェルが面白いのではないか。もちろん前半のプロコフィエフにその適性の片鱗が見えたが、「春の祭典」「管弦楽のための協奏曲」「ダフニスとクロエ」といったレパートリーを聴いてみたい。これまでのレコーディングではブラームスやブルックナーなどのドイツ物が中心だが、この手腕であれば何でもできてしまいそうだ。

そんなわけで、今後東京で再会するのが楽しみな指揮者である。あ、もしかすると、ヤングが女性指揮者として世界有数の実績を誇るということに触れないのかと思う方もおられるかもしれないが、それは以前の記事でも書いたし、写真を見れば女性であることは一目瞭然なので (笑)、そのことには触れる必要はないだろう。性別を話題にする必要もなく、その優れた手腕をこそ、今後も聴いてみたいものだと思っている。

by yokohama7474 | 2017-06-25 02:30 | 音楽 (Live) | Comments(0)

トン・コープマン指揮 NHK 交響楽団 2017年 6月14日 NHK ホール

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以前もこのブログで触れたことであるが、東京におけるコンサートのメッカであるサントリーホールは現在改修中。通常定期演奏会をここで行っているオケはそれぞれに、それぞれにほかの会場で定期演奏会を継続中だが、ひとつだけ、本来サントリーホールで行っているべき定期演奏会を取りやめたオケがある。NHK 交響楽団 (通称「N 響」) である。もちろん東京 No.1 オケとしての存在感は未だ健在であるものの、昨今のほかのオケの充実ぶりには目を見張るものがあり、その意味では、このオケが行っている 3つの定期プログラムのうち 2つが、あの巨大な NHK ホールでの演奏であることは、今後 10年の N 響を占う上では、由々しきことなのではないかと私はいつも思っている。なので、サントリーホールが改修中、サントリーホールでの定期を取りやめ、代わりにその NHK ホールでの 3ヶ月だけのシリーズ (と、同じ内容でのミューザ川崎シンフォニーホールでの木曜 15時からのシリーズ) になったことに、複雑な思いを抱くファンは多いことだろう。この 3回シリーズ、上のポスターにある通り、4月は広上淳一、5月はウラディーミル・フェドセーエフが指揮台に立ち、そして今月 6月の最終回は、オランダ出身の古楽専門指揮者、トン・コープマンの登場である。今年73歳。「渋谷・大人の寄り道」をどのように演出してくれるのであろうか。
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実はこの演奏会、発表当初は英国の名指揮者、ネヴィル・マリナーの指揮で予定されていた。だがマリナーは昨年 10月、残念ながら 92歳で大往生。そして代役として選ばれたのがコープマンである。これはなかなかに興味深い。というのも、マリナーはモーツァルトを得意にしていたとはいえ、(研究はともかく実際の演奏活動においては) 飽くまで現代楽器オケを指揮する演奏家であったのに対し、このコープマンは一徹なまでの古楽指揮者。チェンバリスト、オルガニストでもある彼は、1979年に自ら設立したアムステルダム・バロック管弦楽団との演奏活動を積極的に展開して来た。実は彼とそのアムステルダム・バロック管とは、1991年の 5・6月と11月に、開場間もない池袋の東京芸術劇場で、モーツァルトの全交響曲 (番号付き 41曲、もとい 40曲 <なぜなら 37番は欠番なので> + 番号なし数曲) とレクイエムを、全 11回の演奏会で踏破しているのである。それも今となってはバブル時代の歴史的イヴェントと言えようが、加えてすごいのは、そのすべてを 1993年に NHK が BS で放送したこと。当時私はがんばって全 11回をビデオに録画したのだが、実は 1度だけ緊急番組が放送されたために録画し損ねたのである。それは今回調べてみると、第 4回。何の緊急番組であったかというと、元総理大臣、竹下登の証人喚問である (笑)。これもまたバブル時代末期のイヴェントであった。

ともあれそのような古楽のスペシャリスト、コープマンは、その経歴を見ると、王立コンセルトヘボウ管やベルリン・フィル等の一流モダンオケにも客演の実績があるとのこと。今回は N 響との初共演であるが、果たしていかなる結果になるのであろうか。今回の曲目はすべてモーツァルトで、以下の通り。
 歌劇「魔笛」K.620序曲
 フルートとハープのための協奏曲 K.299 (フルート : カール・ハインツ・シュッツ、ハープ : シャルロッテ・バルツェライト)
 交響曲第 41番ハ長調K.551「ジュピター」

実はコープマンと N 響は、同じ曲目で翌 15日 (金) は (しつこいようだが平日の 15時から!!) 川崎で、また 17日 (土) は上田市で、18日 (日) は豊川市で演奏会を開く。私の野心は、そのような地方公演を聴きに行くことであったが、今週土曜日から出張が入ってしまったので、やむなく今回、NHK ホールでの「水曜夜のクラシック」シリーズの一環であるコンサートに出かけることとした。ひとつ興味深いのは、今回もともとマリナーが予定していた曲目は、最初が「フィガロの結婚」序曲、それから 25番の交響曲、次に、これは同じフルートとハープのための協奏曲を経て、最後は 36番「リンツ」というプログラムであったのだ。つまりコープマンに指揮者が変更になって、協奏曲以外の曲目は総入れ替えになってしまった。理由は判然としないが、勝手に解釈すると、協奏曲以外は後期のウィーン時代の作品で揃えたかったということではないのか。その推測には理由があり、今回のフルートとハープのソリストは、いずれもウィーン・フィルの首席奏者。
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それに加え、今回客演コンサートマスターを務めるのは、元ウィーン・フィルのコンサートマスターとしておなじみの、あのライナー・キュッヒルなのである。つまりこのコンサートの主要な演奏家たちは、みなウィーン・フィルの一部ということになる。ウィーンで生まれた曲を演奏したくなるのも無理はない (笑)。
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さて、コンサートの内容であるが、私としてはいくつかの点で複雑な思いを抱くことになった。まずひとつは、やはり会場の大きさ。最近 NHK ホールの音響は、私の気のせいか、以前よりもよくなったような気がするのだが、とはいえ、多分に想像力でその響きを補って聴く必要があるケースが依然として多い。ほかのオケが響きのよいホールで自発性溢れる演奏を自在に展開している今、やはりこの環境が N 響の 10年後にとって重要な意味を持つだろうと、繰り返したい。今回の演奏では、前半がコントラバス 2本、後半が 4本という小さな編成であり、その微妙なニュアンスを聴きとるには、残念ながらこのホールは大きすぎる。それから、キュッヘルであるが、例によってひとりだけ、本当に冒頭の「魔笛」序曲から、音がビンビンと響いてくるのである。これはもちろんよい面もあると思うが、指揮者の志向する音楽はノン・ヴィブラートの古典的プロポーション。ウィーン的な蠱惑的音楽とはかなり異なっている。もっとも、ウィーン・フィルとても最近は多くの古楽系指揮者を指揮台に迎えてはいるものの、「これぞウィーン・フィル」という音はやはりロマン的なものであると思う。だから、キュッヒルの音が飛び出して聴こえてくることは、音楽のスタイルという観点からは、やはりちょっと違和感があったのである。但し、後半の「ジュピター」でキュッヒルの手元をよく見ていると、前半とは異なり、わずかにヴィブラートをかける場面もあるように見受けられ、実際に聴こえてくる音も、尻上がりに均一性が改善したように思えた。音楽とは本当に生き物なのであって、一流のプロといえども、すべて思ったように行くとは限らず、それこそが生演奏の醍醐味だと思うのである。コープマンの指揮自体は、予想した通り、鳥肌立つような霊感に満ち溢れたものとは言えない実直なものであったが、その小柄なからだをせっせと動かし、指揮棒を持たない両手でオケをリードする姿には真摯さが見られて、好感を持つことはできた。その一方で、モーツァルトの交響曲でも「ジュピター」くらいになると、少しはロマン性、と言って悪ければ、音楽の「味」が必要な箇所も多い。これは、以前も例えば、クリストファー・ホグウッドとエンシェント室内管の実演でも感じたことである。今回の演奏では、もう少しその「味」が欲しいような気がした。そしてコープマンが演奏会終了後の拍手に応えて、客席に向かって「モーツァルト!!」と叫んで指揮し始めたのは、「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」の第 1楽章。アンコールでありながら、提示部をきっちり反復するあたりも真面目な印象だが、これは「ジュピター」よりもしっくり来る、N 響のアンサンブルがよく響いた演奏であった。あ、それから、フルートとハープのための協奏曲のソリストたちに関しては、もちろんきっちりとまとまっていたものの、正直、ちょっとおとなしいかなという気がしないでもなかった。彼らはアンコールとして、結果的にこの日唯一のモーツァルト以外の曲目 (笑)、ジャック・イベールの間奏曲を演奏し、これも洗練された優れた演奏であった。

上で書いたことはちょっと否定的に響くかもしれないが、でも私はこの演奏会を結構楽しんだことも事実。いわゆる古楽系の指揮者では、N 響はロジャー・ノリントン (私は彼のことを真の天才だと思う) との共演は多く果たしてきたが、ノリントンは病気も患ったし、既に高齢。この系列の指揮者で新たな可能性を発掘するには、コープマンのような人はなかなかに面白い選択だと思う。N 響の挑戦ということになるものと思うので、また再演があってほしい。やはり、次はバッハではないでしょうかね。まぁまずはその前に、土曜の上田でのコンサート、頑張って頂きたい。どうやら音響のよさそうなホールがあるようだ。上田の人たちが羨ましい (笑)。
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by yokohama7474 | 2017-06-15 00:28 | 音楽 (Live) | Comments(5)