カテゴリ:音楽 (Live)( 260 )

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昨年の「こうもり」に続く今年の小澤征爾音楽塾は、ビゼーの名作「カルメン」である。以前、2月 6日付の山田和樹指揮のこのオペラの上演に関する記事でも述べた通り、東京では昨年 12月から 4ヶ月連続でこのオペラが演奏されることとなり、その掉尾を飾るのがこの公演である。小澤征爾が心血を注いで継続しているプロジェクトの、今回が 15回目。日本のみならず、中国や台湾、韓国からもオーディションで選ばれた若者たちによる小澤征爾音楽塾オーケストラと、日本人からなる小澤征爾音楽塾合唱団が、国外からやって来たソロ歌手たちとともに奏でる今回の「カルメン」、昨年からはロームシアター京都という本拠地もでき、より一層練習から本番に向けてのよい環境が整った中での演奏である。その京都で 2回、東京と名古屋で 1回ずつ、計 4回の上演。尚このシリーズでは、2007年にもこの作品が上演されているが、歌手陣は総入れ替えである。81歳の小澤率いる、情熱と怨恨のオペラの出来や、いかに。これはプログラムに掲載されている、今回の稽古場における小澤の写真。
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昨年の「こうもり」同様、今回の指揮を小澤と分担したのは、水戸やウィーンで小澤のアシスタントを務めた、村上寿昭 (としあき)。残念ながらオペラ全曲を振り通すだけの体力がなくなってしまった小澤のいわば「分身」として、プロジェクトへの多大な貢献を果たしているが、2008年から 2012年まで、ドイツのハノーファー州立歌劇場の総監督を務めた実績の持ち主だ。
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2014年のこのプロジェクトで「フィガロの結婚」を他の指揮者と小澤が振り分けた際には、ある場面で指揮を交代すると、彼は袖に引っ込んでいた。だが昨年の「こうもり」と今回の「カルメン」では、オーケストラ・ピットの中に指揮台が 2つ設けられ、村上が指揮する場面でも小澤はそこにいて、このプロジェクトの「音楽監督」としての責務を果たそうとする意欲が見える。「カルメン」は 4幕から成るオペラであるが、第 1幕と第 3幕は小澤が、第 2幕と第 4幕は村上がと、交互に幕の冒頭を指揮したのである。全体を通した分担は、ほぼ折半か、もしかすると小澤の持ち分の方が若干多いのではないかと思われた。今や小澤の指揮を聴くには、水戸室内管と室内楽アカデミー (スイスと奥志賀)、そして夏のセイジ・オザワ松本フェスティバルに、あとはこの小澤征爾音楽塾しかなく、本当に一回一回が貴重なのであるが、今回のオーケストラ演奏は、私自身、過去 35年程度に亘って身近に親しんできたこの稀代の名指揮者の音楽としても、何か新たなものを示してくれるだけの素晴らしいものであったと思う。端的に言って、今回の小澤の指揮における発見はふたつ。ひとつは、指揮の身振りが多くの場面において極端に小さかったこと。もうひとつは、譜面をめくりながらの指揮であったことである。いかなる複雑で長大な曲も、暗譜で精力的に指揮する姿に親しんできた身としては、もちろん複雑な思いを抱かざるを得ないが、しかしこれは、80を超えて小澤が到達している高みを実感させるだけの意味のあることである。とは言っても、冒頭の前奏曲では力強く椅子から立ち上がっての指揮であり、遅めのテンポに音の密度はぎっしりだ。小澤がフランス国立管弦楽団と 1980年代に録音したビゼー作品集におけるこの曲の演奏も、確かこんな感じだったと思う。その数年後同じオケを指揮し、ジェシー・ノーマンを主役に迎えての録音ももちろん手元にあって、その演奏はまた確認してみたいが、やはり同じようなテンポだったのではないか。颯爽と駆け抜けて弾き飛ばすというよりも、来るべき悲劇すら予感させるような重みのある音での丁寧な音の流れに、小澤の変わらない解釈を見る思いである。そしてその後の音楽の展開において、やはり小澤ならでは切実感が聴かれたのが本当に嬉しかった。例えば第 1幕の「ハバネラ」では、舞台を見ていて急に音の重みが増したと思って指揮台を見ると、その曲から指揮が村上から小澤に交代していたのである。また、同じ 1幕で児童合唱 (京都市少年合唱団) が入るところでは、小澤の熱血指導が目に見えるような、子供たちの溌剌とした歌が楽しく耳に飛び込んできた。そして、曲が進むごとに 2人の指揮者の違いを判別するのは難しいほど、水準の高い演奏となったのであり、このような演奏に参加することのできた若者たちにとっては、まさに生涯誇るべき経験になったことだろう。様々に活躍する管楽器たちは常にクリアで音楽的。また、終幕の鬼気迫る音楽においても、実に仮借ない、まさに切れば血が出るような充実した音が鳴っていて、この曲の真価が発揮されるのを聴くことができた。小澤という指揮者の持つカリスマ性が、全体の公演を引っ張ったことは間違いないだろう。上記の通り、譜面を見ながら小さな身振りで凄まじい音を引き出すのを目の当たりにして、これからの小澤の新境地が本当に楽しみになったのである。

主要歌手陣は、米国人の若手が中心。ドン・ホセのチャド・シェルトン、ミカエラのケイトリン・リンチ、エスカミーリョのボアズ・ダニエル、それぞれに持ち味を出していたとは思うが、全体的な出来はまずまずというところであったと思う。カルメン役のサンドラ・ピクス・エディは、そのスリムで華やかな容姿がまさにこの役にぴったり。心が震えるような歌唱とまでは言わないが、終幕の情念の表現は卓越していたと思う。
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二期会や藤原歌劇団のように、全員日本人または主要な役柄だけ外国人というキャストの組み方ではなく、外国人がキャストのほとんどを占めているのであるが、だがそこはやはり、若手演奏家にオペラに接する機会を与えることを目的とした小澤征爾音楽塾。必ず日本人だけのカバー・キャストが組まれているのである。この点が、昔小澤が日本でシリーズとして行っていたヘネシー・オペラと異なるところ。カバー・キャストとは、メイン・キャストが何らかの事情で出演できない際に代役を務めるということであろうが、できればカバー・キャストが実際に舞台に立つ公演もあれば、歌手たちのモチベーションは著しく上がると思うがいかがなものか。尚、そのカバーの歌手たちの紹介を見ていると、藤原所属、二期会所属、それ以外と、日本的な派閥とは全く異なる幅広い人選であり、やはり小澤という名前と彼の発想が、日本のしがらみを取り払っているのを感じる。

演出は、このシリーズではおなじみのデイヴィッド・ニース。それなりに気が利いていて、しかも過激すぎたり理屈っぽくならない安定した演出を行う人である。プログラムに寄せた文章では、この「カルメン」には (先の 2月 6日の記事にも書いた通り) フランス語のセリフを入れるか、音楽に乗せたレチタティーヴォにするかという版の選択の問題があるが、ニースと小澤は、迷うことなく、オリジナルのセリフ版 (オペラ・コミック版) を選んだという。ただ、フランス語を母国語としない歌手たちのために、フランス語による演技は極力少なくすべしという方針から、セリフはかなり切り詰めたとのこと。それはそれで一見識だったと思う。演出の細部には興味深いものが多々あり、例えば、冒頭の前奏曲のあとの「運命の動機」では、終結部でドン・ホセが銃殺される場面の前兆になっていて、円環構造を示していた。また、1幕でミカエラとホセが二重唱を歌う場面では、カルメンが煙草を吸いながらこっそりそれを見ているという設定で、その後カルメンの起こす騒動が、彼女がホセの気を惹くための自作自演ではなかったと思わせる作りとなっていた。終幕では闘牛士たちの入場に対して真っ赤なテープが門の上層階から投げ入れられるが、その長いテープが地面で渦を巻いているところに、その後ホセに刺されたカルメンが横たわり、祝福のテープが一瞬にして鮮血に変わってしまうのである。なかなかに奇抜な演出で、面白かった。終演後はもちろんスタンディング・オベーション。すべての音楽ファンが慕い、その音楽を熱望する小澤の、その健在ぶりが本当に嬉しいのだ。これは京都公演のカーテンコール。
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このような元気な姿を見ると、今年のセイジ・オザワ松本フェスティバルが楽しみになるのであるが、先般発表された今年のスケジュールを見ると、若干複雑な思いにとらわれる。一昨年・昨年と小澤が指揮する予定であり、結局果たせなかったブラームスの 4番は、今年は予定されていない。8月25・27日にベートーヴェンの「レオノーレ」序曲第 3番、そして、9月 8・10日に内田光子の伴奏でベートーヴェンのピアノ協奏曲第 3番。小澤の登場はそれだけだ (その他では、今年もファビオ・ルイージが登場して、大作、マーラー 9番を振るのが注目だ)。うーん。例えば、ブラームス 4番 1曲だけのプログラムとし、途中に休憩が入ってもいいから、全曲やってもらえないものだろうか。今回のような元気な指揮姿を見ると、そのように思わざるを得ないのである。元気といえば、今回のプログラムに文章を寄せているドナルド・キーンを、会場で見かけた。既に 94歳ながら、しっかり歩いていた。小澤さんもまだまだ頑張って欲しいのである!!
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by yokohama7474 | 2017-03-26 23:39 | 音楽 (Live) | Comments(0)

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とあるコンサート会場で、重ねて置いてあるチラシが目に入った。上に掲げた通り、ほとんど真っ白で、何やら記号のようなものが見える。なんだろうと思って手に取ると、東北ユースオーケストラとある。なるほど、震災復興イヴェントかと思い、そして、下の方に載っている不鮮明な写真に目を凝らしてみた。すると目に入ったのはこれだ。
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なに? これは坂本龍一ではないか!! 既に 65歳となり、癌の発表後、放射線治療をポリシーとして受けないと聞いてから、彼の健康状態を心配していたので、チラシの裏を見て「音楽監督・ピアノ : 坂本龍一」とあるのを見てビックリ!! このようなイヴェントがあるとは知らなかった。早速チケットを調べてみたが、軒並み完売。それからあちこち奔走し、何とかチケットを入手した。昔からやはり坂本ファンである家人とともに、このコンサートを聴けることになり、大変嬉しく思ったものである。

最初に、私にとっての坂本龍一を少し書いておきたい。当然最初は YMO で、私の世代は皆夢中になったものだ。ディスコなる場所では「ライディーン」に合わせてこういう振りをするらしいと教わり、友人たちと狂ったように踊っていた中学時代 (笑)。その曲が入った「ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー」というアルバム (もちろんアナログです。そう言えば英語の教師が、「どういう意味だろうね」と言っていましたね。笑) も購入して、クラシックの合間に飽くことなく聴いていた。その後何年も経ち、「戦場のメリークリスマス」、ベルトルッチの稀代の名作「ラスト・エンペラー」での映画音楽に魅せられ、生演奏にも足を運んだ (ちょうど「ラスト・エンペラー」でオスカーを受賞する直前で、自信満々のコメントをしていたのをよく覚えている)。それからは、ダンスリーとの「エンド・オブ・エイジア」、「千のナイフ」や「音楽図鑑」、そしてとりわけ「未来派野郎」等のアルバムが愛聴盤となった。あ、それから、高橋悠治が録音した新ウィーン楽派のアルバムで、連弾ピアノとして参加しているのも興味深かったし、また、私の友人がスタッフ関係のある、とある小さい劇団の公演を見に行くと、客席に矢野顕子と並んでいる彼の姿を見て驚いたこともあった。その他、最新の「レヴェナント : 蘇りし者」まで、数々の映画音楽にも注意して来た。総じて言えば、彼の作品においては、昔のテクノポップ時代とその続きのような、しっかりしたメロディラインでポップかつエスニックな雰囲気の曲がやはり好きで、あまりに抒情的なものにはそれほど興味を覚えない、というのが私の坂本感。せっかくなので、「ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー」のジャケットをここに載せておこう。1979年の発売ということは、ほとんど 40年前ではないか!! YMO のメンバーの 3人の若いこと!!
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さてこの東北ユースオーケストラであるが、東日本大震災で被災した東北三県 (岩手、宮城、福島) の小学生から大学生までをメンバーとするオーケストラで、坂本龍一の提唱により活動を開始し、本格的なコンサートは去年に続いて今回が 2回目。東京でのコンサートの翌日、福島の郡山でも演奏するとのこと。今回の内容は以下に紹介するが、最初に総括を述べておくと、さすが坂本の企画によるもの。大変に意欲的な曲目であり、実に勇気あるチャレンジをしたものであると思う。もちろんメンバーの中には家族を失ったり自宅に帰れなかったりという辛い経験のある人たち (コンサートで坂本は親しみを込めて「子供たち」と言っていたが、大学生まで含むとなると、我々部外者が「子供」と呼ぶのは失礼な気がする) もいるだろう。だがコンサートには湿っぽさは皆無で、ひたすらチャレンジと、未来に向けた溌剌とした希望に溢れていて、聴衆たちも大いに勇気づけられたことは間違いない。これこそ音楽の持つ力でなくてなんだろうか。坂本とオーケストラのメンバーたち。
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曲目を紹介する。前半は坂本自身の作品と民謡の編曲。そして後半は、なんとビックリのあの大作である。
 坂本龍一 : ラスト・エンペラー
 坂本龍一 : 八重の桜メインテーマ
 坂本龍一 : 映画「母と暮せば」より (朗読 : 吉永小百合)
 坂本龍一編曲 : 沖縄民謡「てぃんさぐぬ花」(協演 : うないぐみ)
 坂本龍一 : 弥勒世界報 (みるくゆがふ) (協演 : うないぐみ)
 藤倉大 作・編曲 : Three TOHOKU Songs
 マーラー : 交響曲第 1番ニ長調「巨人」

坂本は自作のほとんどではピアノ (PA つき) を弾いたが、唯一、吉永小百合が子供たちによる 3つの詩を朗読した「母と暮せば」(これはもちろん、彼女が主演した山田洋二監督の映画の音楽である・・・それにしても既に 72歳の吉永、遠目にはせいぜい 40代にしか見えず、実物はまさに驚異だ!!) では自身で指揮をした。見たところ病気の影響は全く見られないほど元気で、安心したものである。そして、マーラーを含む残りの曲目において指揮を取ったのは、柳澤寿男 (やなぎさわ としお)。彼の活躍ぶりはテレビでも紹介され、本も出ているが、あの痛ましい内戦に揺れた旧ユーゴスラヴィアで、互いに殺し合った民族間の協和を求めて、様々な民族の混成オケを指揮するという、大変に勇気ある活動を行っている指揮者である。指揮棒を使わずに、大変明快な指揮をする人だ。それから、吉永は昨年に続く出演で、今回は北海道ロケを抜け出して会場に駆け付けたという。
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全体の司会をアナウンサーの渡辺真理が務め、坂本、吉永、柳澤のコメントも聞くことができて、大変興味深かった。もともと坂本は、震災後に傷ついた心を持つ人たちを慰めるため、音楽を聴く機会を提供したとのことだが、そこから発展して、若者たちを集めてオーケストラをやってみようということになった由。今回のコンサートに向けて 8ヶ月に亘って準備をし、合宿を何度も行い、今回も合宿先で集中的に最後の仕上げをしてから、コンサート会場にそのまま乗り込んできたという。尚、若者たちだけでなく助っ人の大人も入っていると聞いて、なるほど、要所要所にいるのかと思えば、たったの 4人。すべて東京フィルのメンバーで、ヴィオラが 2人と、コントラファゴット、そしてハープ。つまり、今回の大編成 (総勢 104名) での演奏に当たり、どうしても奏者を集めることができなかったパートに限って、これら助っ人が入ったということだろう。実際の演奏は、猛練習の成果あって、なかなかに熱の入ったもの。前半で面白かったのは、東北の人たちがメンバーであるにもかかわらず、沖縄の音楽が演奏されたこと。坂本には沖縄民謡風のメロディを使った作品が数々あることは周知であろうから、これは彼らしいユニークな試みであった。本人も、「東北と沖縄は地理的には遠いけれども、音楽には近い点があって、日本の音楽が各地で深いところでつながっている証拠。実際に福島の僧が沖縄に渡って民謡を興したとも言われている」と説明した。協演の「うないぐみ」は、このような沖縄の伝統楽器による 4人組。なんとも沖縄らしい音楽が楽しかった。
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ほかに面白かったのは、前半最後に演奏された、ロンドン在住の作曲家、藤倉大が編曲した 3つの東北の民謡 (大漁唄い込み、南部よしゃれ、相場盆唄) である。藤倉はまさに日本が世界に誇る現代音楽のホープであり、今年 40歳になる気鋭の作曲家である。このブログでは、つい先日、3月18日の記事で、彼が作曲してパリで初演されたオペラ「ソラリス」に言及したばかり。本人の言がプログラムに載っていて、「(前略) 編曲というよりかなり作曲の域に入っていると思います。(中略) プロのオーケストラが弾いても弾きごたえのある楽譜になりましたし、ユースオーケストラなら元気いっぱい、掛け声も高々としたものになるだろうな、と思ってやりました。(後略)」なるほど、楽員が掛け声をかける場面もあって、実に溌剌とした演奏になったのである。藤倉はこんな人。
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さて後半のマーラー 1番であるが、なんでもメンバーから出た案によるものらしい。坂本は、「志が高いというと聞こえはいいけど、ユースオケにはちょっと難しすぎるよねぇ・・・」とコメント。もちろんそれは容易に想像できることであり、もちろんプロの演奏のレヴェルに達するのはさすがに難しいが、だが今回の演奏を聴いて、やはりこの曲の素晴らしさを改めて認識することができた。第 2楽章の冒頭など大変に勢いがあり、また終楽章の灼熱のコーダも、(ホルンの起立はなかったが) 全員一丸となって突き進む音楽になっていて、ここに至るまでの若者たちの努力と、何よりも 100人が力を合わせて難曲を演奏するというチャレンジに、爽やかな感動を覚えたのである。この演奏に参加した若者たちは、この経験を一生忘れることはないだろう。震災復興という意味合いだけでなく、彼ら彼女らの人生における大きな勇気の源になるであろう。音楽には本当に素晴らしい力があるのだなと、再認識することとなったのである。坂本や柳澤も主演後、「心配したけど大変よかった」「完全燃焼だったね」と、ねぎらいの言葉をかけていた。皆さん、お疲れ様!!

そしてアンコールが演奏されたのだが、そのステージの準備が行われている間に、男女 5人のメンバーがコメントした。皆一様に「楽しかった!!」と言っており、本当に充実感いっぱい。中には「演奏のときよりも、今ここで喋っている方が緊張します」と発言して笑いを取る子もいて、なんとも穏やかな雰囲気に包まれた。そして、再び坂本がピアノを弾き、柳澤指揮のオケとともに、自作の「ETUDE」を演奏した。おっ、これは、上で書いた私のかつての愛聴盤のうち、「音楽図鑑」に入っていた曲ではないか。そうそう、こういう坂本龍一、好きなんです。これがそのアルバム、「音楽図鑑」。もちろん自宅に戻ってから、久しぶりに家人とともに聴き入ったことは言うまでもない (笑)。
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せっかくの機会であるから、何かチャリティになるものを、と思ったが、残念ながら選べるアイテムがごく限られている。その中で、三越伊勢丹が 3年前から毎年制作していて、今年も 3月 1日から発売している「どんぐりバッヂ」なるものを購入。たった 300円だが、この収益から命を守る森を作るとのこと。もしこのオケが来年以降もコンサートを続けるなら、前年の演奏のライブ CD を発売して、その売り上げを震災復興に活用してはいかがでしょう。
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上述の通り、全体を通して、湿っぽくならずに前向きになれる、そして音楽の力を信じることのできる、素晴らしい演奏会であった。今の坂本は、永井荷風と藤田嗣治を足して 2で割ったような風貌であり (笑)、それだけでも私の好みであるが、何よりこのような企画を実現できる行動力も兼ね備えていて、やはり日本の音楽シーンにとってなくてはならない人である。今後も是非健康にご留意頂き、ご活躍下さい!!
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by yokohama7474 | 2017-03-26 01:54 | 音楽 (Live) | Comments(0)

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名古屋フィル (通称「名フィル」) は日本の地方オケの雄のひとつ。通常は頻繁に東京公演を行っているわけではないが、今回は上記のチラシにある通り、昨年の創立 50周年を記念しての演奏会で、指揮を取るのは昨年 4月からこのオケの音楽監督を務める小泉和裕。会場にはそれを示す展示物の数々があり、楽団の歴史を刻む様々な演奏会の写真も展示されている。
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尚、名フィルの 1年前、1965年に創立された東京都交響楽団はこのコンサートの前日、音楽監督大野和士の指揮で名古屋公演を行っており、チケットの販売など、両楽団の間で協力が行われたようである。これはなかなか意味深い試みではないだろうか。会場にはその大野からの花環も展示されている。
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その名フィルが東京公演に選んだ曲目は、ブルックナーの大曲、交響曲第 8番ハ短調。今年は年初からブルックナーの演奏会が多く、1月にもこの小泉が件の東京都交響楽団を指揮しての 5番を採り上げた。だが今回はブルックナーが完成させた最後の交響曲であり、壮大で深遠な傑作、第 8番。指揮者もオケも、実に身の引き締まる思いで演奏に臨んだことであろう。ちなみに、最初の発表では (上のチラシの通り) 使用楽譜はノヴァーク版とのことであったが、指揮者の意向により、事前にハース版へと変更が発表された。ブルックナーの楽譜の版の問題は非常に複雑で、私自身も正直よく把握していないが、第 8番の場合、ノヴァーク版がブルックナー自身がこの曲を改訂した際の意図に最も近いとされるが、その改訂自体が他人の意見をもとにしているという説があるので、ややこしい。もちろん、その改訂以前の第 1稿や、第 2稿であっても今日ではまず演奏されない「改竄版」というひどい名前の版もある。だが、いわゆる第 2稿のハース版とノヴァーク版の違いはほとんどが細部に存在しているので、耳で聴いてはっきり何が違うということもあまりない。だから、どの版がどうのこうのという議論は、学者と一部マニアにお任せしよう。ただ、指揮者による版の選択は避けて通れないことであり、小泉の師であるカラヤンもこの曲の演奏にはハース版をいつも使用していたようだ。70歳に近づきつつある小泉が、現在の手兵とともにどれだけ感動的な音楽を奏でるかが楽しみであった。
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全体を通した印象では、推進力と音の美しさに満ちた熱演であったと思う。いつものように暗譜で指揮をする小泉の腕の動きは明確で、曖昧さは皆無。その一方で、纏綿と情緒たっぷりに歌うというよりは、強靭な歌がずっと続いているという印象であった。冒頭の低音の響きはあまり重すぎず、テーマが空間を切り裂くように出てくる場面の方により力点が置かれていたようだ。その音色の指向は全曲で見られ、重く暗いブルックナーではなく、高音域がドラマを導き出すブルックナーであったと思う。名フィルも技術的に安定した演奏であり、東京での見せ場を充分に作ったと言ってよいであろう。

最近の小泉は国内での活動に特化しているように思われるが、日本のオケの水準がこのように上がってくると、それはそれで意味のあることであろう。できればほかの国内オケとの組み合わせでも聴いてみたいものである。

by yokohama7474 | 2017-03-20 23:05 | 音楽 (Live) | Comments(0)

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昨年の 9月に名古屋で勅使川原三郎 (てしがわら さぶろう) 演出による「魔笛」の上演が行われたのは知っており、首都圏でも上演されることも頭に入っていた。だが、月日の経つのは早いもの。ふと気づくと神奈川県民ホールでのこの上演まであと僅かという日程に迫っていた。しかも、週末とはいえ会社の予定が入る可能性はあるし、巨匠ピアニスト、アンドラーシュ・シフのリサイタルもあるし、いろんな要素が絡み合っていたのであるが、直前になってなんとか今日のチケットをゲットして見に行くことができたのである。

上記の通り、いちばんのお目当ては、勅使川原三郎の演出である。勅使川原は言うまでもなく日本が世界に誇る前衛ダンサー。このブログでも何度かその名前に触れているが、なんと言っても、今年 1月23日付の本拠地カラス・アパタラスでの公演に関する記事において、私の彼に対する熱烈な思いのたけはぶちまけておいた (笑)。この記事は一生懸命書いたのに、本当に悲しいほどにアクセスが少ないので、ここでもう一度宣伝する。文化に興味のある人なら彼のダンスは必見なのである。
http://culturemk.exblog.jp/24073769/
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その勅使川原がオペラの演出をする。随分以前にオーチャードホールで上演された井上道義指揮の「トゥーランドット」で演出をしていた記憶があるが、私はそれを見ていない。だが彼の経歴を見ると、海外 (ヴェネツィアやエクサン・プロヴァンス) ではバロックオペラの演出をしたり、2015年にはパリのシャンゼリゼ劇場で「Solaris」というオペラにおいて台本・演出・美術・照明・衣装を手掛けたという。これはもちろんあの「惑星ソラリス」の原作によるもので、作曲は藤倉大。あぁ、なんということ。 日本人のクリエーターたちによるその作品が日本で上演されていないとは、国家的な恥である。どこかの団体が採り上げてくれないものであろうか。これがその演奏のカーテンコールの写真。右から 3人目が勅使川原。その左が藤倉。そして右端が、今回の「魔笛」でも大活躍の、勅使川原のもとでずっと踊っている佐東利穂子。
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さて、「魔笛」は言うまでもなくモーツァルト晩年のメルヘンオペラである。ジングシュピールと言って、ドイツ語による歌芝居の形式で書かれているので、音楽のない場面で歌手がドイツ語で演技をする場面が頻繁に登場する。なので日本での上演では、そのセリフのところだけ日本語にするケースもある。例えば 2010年の二期会の公演 (指揮 : テオドール・グシュルバウアー、演出 : 実相寺昭雄) ではそのような方法を取っていて、歌はすべて原語のドイツ語でありながら、演技の部分では日本語が使われていた。指揮者もオーケストラも演出もその他スタッフも全員日本人の中で、唯一の外人である指揮者はどんな感じなのだろうと思って見ていた記憶がある。この言葉の問題はなかなかに難しく、セリフだけ日本語にすると、どうも話の流れが不自然に聞こえてしまう部分があるし、かと言ってドイツ語だと、日本における公演であれば、それはそれで何か隔靴掻痒の感を否めない。今回の上演ではその折衷的な方法が取られた。すなわち、歌はもちろんすべてドイツ語であるが、芝居の部分は一切排して、その部分のストーリーの展開を語り手が日本語で語って補うというもの。この方法ゆえに、「魔笛」にしては上演時間が短かった (14時に始まり、25分の休憩を経て 17時に終了)。だが、やはりこれも物足りない。このオペラになじんだ人間にとっては、特にパパゲーノが喋らないのはやはり淋しい。喋りすぎた罰として口枷をはめられる箇所や、パパゲーナが老婆として現れては消える場面は芝居を見たいし、また、首を吊ろうとしてパンフルートを手に「1、2、3」と数えるところはやはり、「アイン・・・ツヴァイ・・・・・・ドラーイ」でなければ!!

その一方、この上演方法のおかげで、音楽だけに集中して聴くことができたという面もあった。実は今回の上演、歌手陣と合唱団は二期会の人たち。手元に上述の 2010年の上演プログラムを持って来て比べてみると、ザラストロの大塚博章、タミーノの鈴木准、パミーナの嘉目真木子という主要キャストが今日の公演と全く同じ。また、今回の夜の女王は、前回もダブルキャストとして、私が見た日とは違う日に歌っていた安井陽子。逆に言うと、今回の上演は、二期会の主要歌手がずらりと出演するレヴェルの高いものであったと言える (ところで二期会はそれ以外でも最近では 2015年に宮本亜門の演出で「魔笛」を上演していて、そのときのキャストも今回と多くが重複する)。今回特に私の印象に残ったのは、まず、もともと芸達者でよく知られる、パパゲーノ役の宮本益光。本当はベラベラ喋って欲しかった。
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それから、パミーナ役の嘉目真木子 (よしめ まきこ)。母親の夜の女王とその敵にあたるザラストロの狭間で翻弄されながらも、一途にタミーノに思いを寄せる芯の強さを表現して素晴らしかった。
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さて今回の上演、勅使川原三郎は、演出だけでなく、装置、照明、衣装を担当している。と言っても装置は、何もない空間に何種類もの金属のリングが上がったり下がったりするだけのもの。極めてシンプルであるが、リングの動きそのものは、上下だけでなく、くるくる回ったり位置関係が変わったり、かなり複雑。第 1幕では大小 9つのリングが登場し、第 2幕の開始部分では舞台全面に円弧を描くような巨大なリングが圧倒的。以下は名古屋での公演から。
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スタイリッシュな空間なのであるが、そこに出てくる歌手たちは奇抜な衣装をまとっていて、なんともおかしい。上の真ん中の写真でボーリングのピンのように見える (笑) 2人は、ザラストロおつきの神官であり、いちばん下に見える 3人のベイマックス (笑) は、パパゲーノを導く童子たちなのである (今回は子供ではなく女性が歌っていた)。いずれも印象的だが、特にボーリングのピン風の神官の衣装は動くのもなかなか大変そうで、もし転んだら収拾がつかないほどの危険と隣り合わせなのだ!! これらは極めて単純な造形であるが、発想の源泉は、モダニズムの旗手でバウハウスでも教鞭を取っていたオスカー・シュレンマーではないのかなぁ、などと勝手に想像するのも楽しい。私はシュレンマーの大ファンなのである。
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だが、このモノスタトスの衣装はどう説明しよう。両腕は体の後ろからニュッと出てくる仕組みなのである。通常の怖いモノスタトスとはちょっと違った雰囲気だ。
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そして勅使川原の演出なので、当然のごとくダンサーたちが登場する。中でも、ソロで踊りながらも場面場面で語り手としてセリフ代わりのストーリーの説明をする佐東利穂子は、文字通り勅使川原の片腕。以前私が見たダンス・パフォーマンス「青い目の男」でも彼女の朗読を使っていたが、今回は実際に舞台で口元にマイクをつけての語りであったようで、これは大変だったのではないか。その声は淡々としていて、過剰な情緒をまとっていないところがよい。
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オペラの中であちこちにダンスが入るというのは、私は正直なところ、あまり好きではない。今回も (以前武満徹の「秋庭歌一具」の上演についての記事でも書いた通り) 場合によっては音楽自体の流れを乱してしまう面があったと思う。一方、第 2幕の群舞で、ダンサーが一人一人、倒れては起きる振付を見たときは、若き日の勅使川原自身の踊りを思い出してよかったし、荘厳な音楽にもよく合っていた。全体として見て、勅使川原の演出には何か決定的に素晴らしいというものは感じなかったが、理屈っぽくならずに新たな挑戦をしている点には好感を持った。

忘れてはならないのは、川瀬賢太郎指揮の神奈川フィルの演奏である。この指揮者は 1984年生まれと未だ大変若いのであるが、この神奈川フィルの常任指揮者を務めている。序曲の冒頭、古楽風の硬い音のするティンパニが耳に入ってきて、新鮮に響く。主部に入ってからの疾走する感じもなかなかよい。順調な滑り出しだと思ったが、その後も一貫して実に若々しさ溢れる清新な音楽で、きめ細かく歌手たちをリードした。なかなかの手腕である。川瀬と神奈川フィル、今後注目しよう。
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そんなわけで、今回の演奏は、歌手も合唱団も指揮者もオケも演出家もダンサーも、全員が日本人。意欲的な試みには拍手を送りたい。

by yokohama7474 | 2017-03-18 23:26 | 音楽 (Live) | Comments(0)

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2017年も始まって早くも 1/5 が過ぎようとしている。だが考えてみると、その間に海外からのオーケストラの来日は幾つあっただろうか。新年のウィーン・フォルクスオーパー管弦楽団を除くと、恐らくは現在相次いで来日している、ハンブルクに本拠を置く NDR エルプ・フィル (旧北ドイツ放送響)、プラハ交響楽団と、それからこのベルリン・コンツェルトハウス管が、今年初めての本格的な外来オケの一群なのではないだろうか。今後、上半期全体にまで目をやっても、5月のフィルハーモニア管、6月のブリュッセル・フィルとドレスデン・フィルくらいしか思いつかない。ほかにもあるかもしれないが、いずれにせよ、上記の中には初来日の団体や若干渋めの団体もあり、超一流外来オケ猛襲来という感じはない (笑)。もっとも、秋以降になると、ベルリン・フィル、コンセルトヘボウ、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス、ボストン響、ロンドン・フィル、チェコ・フィルなど、ビッグな名前が目白押し。シュターツカペレ・バイエルンもオペラの来日とともにオーケストラコンサートを開くし、なんとも過酷なスケジュール繰りを強いられることは必至なのである。

ともあれ、このベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団の演奏会だ。上のポスターでも明らかな通り、2日前に行われた上岡敏之指揮新日本フィルによるマーラー 6番の演奏会とセットになっていて、「すみだ平和祈念コンサート 2017」と銘打たれている。この 2つのコンサートが捧げられる対象は 2つの悲劇。ひとつは 2011年の東日本大震災であり、もうひとつが 1945年の東京大空襲であることは、上記コンサートの記事に既に記した。いずれがいずれと明記はないものの、今回のコンサートの顔ぶれは、第二次世界大戦でやはり灰燼と帰したドイツの首都ベルリンのオケとユダヤ人の指揮者が、ドイツの音楽であるワーグナーとユダヤの音楽であるマーラーを演奏することに意義を見出すことを考えれば、東京大空襲の犠牲者に捧げられるべきとも思われる。その一方で、今回演奏されたマーラー 5番は、これも以前の記事に書いた通り、大震災当日にこのホールで演奏された曲目でもあるのだ。平和な時代に安心して音楽を聴くことができる我々は、幸せなのである。ここで改めて曲目を書いておこう。
 ワーグナー : 楽劇「トリスタンとイゾルデ」前奏曲と愛の死
 マーラー : 交響曲第 5番嬰ハ短調

壮大で濃厚な音響が鳴り渡る、素晴らしいプログラムである。今回演奏するベルリン・コンツェルトハウス管は、聞き慣れない名前かもしれないが、旧東ベルリンに存在したベルリン交響楽団の現在の名称である。昔からのファンなら、巨匠クルト・ザンデルリンクの指揮した録音の数々を思い出すだろう。名称のコンツェルトハウスとは、以前の名前はシャウシュピールハウスというコンサートホールのこと。ドイツ新古典主義を代表するカール・フリードリヒ・シンケルの設計による建築。それこそ戦争で焼けてしまったが、戦後元通りに再建された、このように壮麗な建物である。
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ここは東ベルリン地域であり、ベルリンの壁崩壊後にあのバーンスタインが世界の一流オケのメンバーを集めて第九を演奏したのはこのホールであったし、東西ドイツ統一後まもなくの頃、ベルリン・フィルハーモニーホールが改修で閉鎖されていたときには、ベルリン・フィルの定期演奏会の会場にもなっていた。かく言う私も、初めてベルリンを訪れた 1992年、このホールでジュリーニやバレンボイムの指揮するベルリン・フィルを聴いたものだ。だが、建物自体は非常に素晴らしいのだが、肝心の音響は残念ながらよくなかったと記憶する (当時のコンサートマスターの安永徹もそのような発言をしていた)。今では改善されているのであろうか。

そして今回指揮を取るのは、かつて 2001年から 2005年までこのコンツェルトハウス管の首席指揮者を務めた、イスラエル出身の指揮者、エリアフ・インバル。日本でも既におなじみの指揮者であり、とりわけそのマーラー (とブルックナー) 演奏は、東京においても他を絶する偉大な足跡を刻んでおり、80歳になった今も精力的に活動する巨匠指揮者である。
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繰り返しだが、とにかく曲目がよい。そして指揮者がインバルと来れば、期待が高まるのを抑えることはできない。そして今回の演奏、大変深く心に残るものであったと断言しよう。そもそもインバルは、どちらかと言えば爆演系であり、きっちりアンサンブルを整えた流れのよい演奏よりは、マーラーの場合には特に顕著な、音楽の中の矛盾する要素をそのまま取り出して見せ、大きな弧を描いて劇性を強調するタイプである。指揮ぶりは決して華麗ではなく、私は以前から彼の指揮姿は、「ちぎっては投げ、ちぎっては投げ」だなぁと思っているのであるが (笑)、ここに来て彼の芸風は一段と凄みを増してきたように思う。今回の演奏では、それをはっきりと再確認することができた。最近の東京でインバルを聴く機会が多いオケは、もちろん東京都交響楽団 (通称「都響」) なのであるが、都響の、芯がありながら艶やかな音とは違い、このコンツェルトハウス管の音は、もっと渋くて地味で重めである。だが、「トリスタン」冒頭のチェロが鳴り始めたとき、極度の緊張や洗練はないものの、何かどっしりとした確信のようなものが感じられ、はっとした。この音楽は彼らの内部の深いところから響いている。頭で考えてきれいに弾こうとか情緒を表現しようとか思っているのではなく、彼ら自身の血の中にあるものを、そのまま出している。なんと大人の音だろう!! と思ったのである。このワーグナーの「トリスタン」前奏曲と愛の死という絶品は、私としても当然、限りなく心酔している曲であり、過去にも様々な演奏で体が震えるような感動を覚えてきている。今回の演奏は、超絶的な名演ということではないにせよ、この音楽の持つ怪しさと強さを巧まずして表したという点で、これからも長く記憶に残ることだろう。時に人間心理のひだの奥を抉り出すような深い音も聴かれ、気負いも衒いもなく、この凄まじい音楽の神髄を聴かせてくれたと思う。

メインのマーラーは、これまたインバルの面目躍如である。引き続きオケの音は、華麗とは言えないが独特の味わいがあり、冒頭のトランペットの表情づけも、若干地味ながら、やはり素晴らしい。私はこのブログでマーラーの演奏についての記事を書く際、時に「表現しがたい違和感」に触れることがある。これは私個人の感想なので、言葉で説明するのは難しく、異論も承知の上なのであるが、マーラーの音として鳴って欲しい、そんな音のイメージがあって、音楽が進行して行く中で、指揮者によってはその響きに違和感を感じることがままあるのである。ところがインバルの場合には、そのような違和感を感じることは一切なく、まさにマーラーの音があるべき姿で常に鳴っているという、そういうイメージなのだ。天性のマーラー指揮者と言うべきではないだろうか。喧騒が渦巻き、陰鬱な世界苦が表出され、絶叫や絶望や、だがそこからまた沸き起こる希望や、圧倒的な勝利の凱歌や壮麗な人間賛歌など、様々な感情や音楽的情景を強烈な色彩で描いたマーラーの音楽を、これだけ仮借なく描き出す指揮者が、バーンスタイン以降何人いただろうか。しかもその指揮ぶりは、「ちぎっては投げ」なのにである (笑)。もちろん私は、違うタイプのマーラー演奏も好きで、例えばマゼールの、例えばアバドの、あるいはメータやヤンソンスやシャイーや、それぞれの指揮者にそれぞれの持ち味があることは当然知っている。だが、インバルのマーラーには何か特別なものがあり、多くの人はその演奏にただただ打ちのめされるのである。しかしながら、今回の演奏で唯一、少し疑問符がついたのは、終楽章の中間あたり。まずこの楽章の冒頭で木管が旋律を受け渡して行くとき、クラリネットが少し詰まってしまった。それでケチがついたとは言わないが、その後トランペットが入りを間違えるシーンもあり、少し緊張感に隙が生じたように思い、このオケがいわゆる一般的な意味での世界の超一流という存在ではないことを想起してしまったのは、正直残念であった。だが、瞠目すべきはその後の終盤までの追い込みである。上記の通り、音が華麗とか艶やかではない分、その音楽には一貫した強い個性があり、大団円では聴く者すべてに鳥肌を立たしめるような勢いにまで達したことで、多少の技術的な問題など雲散霧消してしまった。これぞまさに生演奏の醍醐味。かくして終演後は、素晴らしい指揮者と素晴らしいオケの共同作業に、心からなる喝采を送ることになったのである。

ひとつ書き忘れていたが、このオケのコンサートマスターのひとりは、日本で読売日本交響楽団 (通称「読響」) のコンマスも兼任している、日下紗矢子。このように大変華奢な人なのだが、既に読響の数々の演奏会でも実証している通り、音楽に敏感に反応してオケを引っ張るリーダーとしての素晴らしい才能を持っている。今回は「トリスタン」でトップ、マーラーではサブを務めたが、今回の演奏の成功には、彼女の貢献も大きかったと思う。2008年からこの地位にあり、子育てしながら日欧で活躍しているというスーパー・ウーマンなのである。
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会場には、2005年にこのホールで開かれた、同じ指揮者とオケ (但し名称は未だベルリン交響楽団であったはず) による「すみだ平和祈念コンサート」の際のサイン入りの写真が掲示されていて、興味深い。
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また、なんと、会場限定販売という CD も 2,000円で販売しているので早速購入した。曲目は、フェルッチョ・ブゾーニの「踊るワルツ」という珍しい曲と、リヒャルト・シュトラウスのアルプス交響曲。聴くのが楽しみだ。
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改めて思うに、東京の聴衆は本当にインバルに感謝しなければならない。彼のおかげで、どれだけマーラーの神髄を経験することができているか。80代の指揮活動の中で、またさらに円熟味を増して行くことを期待しましょう。

by yokohama7474 | 2017-03-14 01:55 | 音楽 (Live) | Comments(0)

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先月、新宿文化センターでのヴェルディのレクイエムの演奏で、燃えるイタリア音楽を聴かせてくれた東京フィル (通称「東フィル」) とその首席指揮者、アンドレア・バッティストーニが今回取り組んだのは、ロシア音楽。以下のような、正統派のポピュラーな曲目である。
 ラフマニノフ : ピアノ協奏曲第 2番ハ短調作品 18 (ピアノ : 松田華音)
 チャイコフスキー : 交響曲第 6番ロ短調作品 74「悲愴」

以前読んだバッティストーニのインタビューで、ロシア音楽はイタリア音楽との共通点が多いという発言があった。なるほど、ヨーロッパの北と南で、気候や人々のメンタリティは全く異なるものの、ドイツ音楽を西洋音楽の中心とすると、それとは異なる持ち味で発展した音楽という点に、まず共通点の土壌があるだろう。もう少し具体的に言うと、弦楽器のアンサンブルが中心の伝統的なドイツ音楽に比して、ロシア音楽もイタリア音楽も、(そしてフランス音楽も) 木管楽器の個性が際立つケースが多いということは言えるだろう。まあもちろん、物事には例外が常に存在していて、決めつけはよくないのであるが、少なくともこれまで東フィルであまりドイツ音楽を指揮していないバッティストーニは、今後のスケジュールを見ても、ドイツ物は皆無である。1987年生まれ、今年 30歳になる指揮界の若手のホープは、今現在彼の能力を最もよく発揮できる音楽に渾身の力で取り組んでいるのだと思う。

さて、今回ラフマニノフのコンチェルトを弾いたのは、若い指揮者バッティストーニよりもさらに若い日本人ピアニスト。1996年生まれというから、現在未だ 20歳という若さの、松田華音 (かのん)。
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この若さであるからまだ学生なのであろうが、その経歴は実にユニーク。4歳でピアノを始め、2002年、6歳のときにモスクワに渡り、名門 (であるらしい) モスクワ市立グネーシン記念音楽学校ピアノ科に第一位で入学、そして 2014年に首席で卒業。同年、日本人初となるロシア政府特別奨学生としてモスクワ音楽院に入学。同年ドイツ・グラモフォンから CD デビュー。これまでにメジャーなコンクールの優勝歴はないようだが、既にして世界に認められる実力を持っていることになる。ネット検索すると、彼女自身や、また彼女の母の、ブログやインタビューなどが見つかるが、日本では天才少女は何かと注目の的になり、本質的な音楽以外の面で雑音が多くなってしまうので、幼時から海外に暮らしたことは大変に賢明であったと思う。このような子供の頃の写真から、未だそれほど変わっていない (?) ようにも見える。8歳のときから協奏曲を弾いているというから、恐れ入る。
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今回のラフマニノフ、実に堂々と自分の音楽を主張した演奏だったと思う。よく知られたようにこの曲の冒頭は静かなピアノ・ソロで始まるが、一音一音確かめるように始まった音楽は、オケの参加とともに大きく羽ばたき、大変にロマン性豊か。抒情性香る第 2楽章も透明なタッチで、情緒に流れすぎない、芯の強い音楽が聴かれた。第 3楽章は大きな盛り上がりを持つが、ここでも自在に鍵盤の上を舞っているかのような華麗さが大変に印象的。ガンガンと技巧的に弾くタイプではなく、音楽の美しさを充分に表現するタイプであると思った。バッティストーニの伴奏も実にメリハリの効いたもので、松田のピアノとともに、ラフマニノフ独特の抒情を、幅広く展開して行く美しい音楽として繰り出してみせた。全体的に感傷というよりも爽やかさを感じることのできる演奏で、好感を持つことができたのである。音楽家にとって、若いということはよいことか悪いことかは一概には言えず、その時その時で自らの感興に正直な音楽を奏でることによってのみ、その音楽が聴き手の心に届くのだと思う。その意味で、この日の演奏は若い音楽家たちの「今」を克明に刻印したものであったろう。松田のステージマナーは既にしっかりしたものであると思ったが、アンコールは演奏せず。このあたりも、聴衆に媚びることがなくてよかったのではないか。

さて後半の「悲愴」であるが、これも一言で感想をまとめると、今のバッティストーニの音楽をはっきりと打ち出した演奏であったと思う。極めてエネルギッシュで、時に唸り声をあげながらの指揮であったので、オケとしても必死にならざるを得ない。その時その時の音楽的情景を、渾身の力で描き出していた。イタリア的なよく歌う演奏という紋切型の表現は避けよう。ただひたすら音楽の推進力とうねりを求めた熱演であったと思う。但し、この指揮者であれば、もっともっと壮絶な演奏も可能ではないだろうか。オケの編成はスコア通りの 2管編成であったが、弦の規模はコントラバスが 8本ではなく 6本であり、この点は若干不思議な気もした。いずれにせよ、若い日の演奏と年を経てからの演奏では、また違った持ち味が出てくるであろうから、この日の演奏をしっかりと記憶しておいて、今後のバッティストーニの指揮の変化を追って行くこととしたい。それは実にワクワクする経験になるものと思う。ところでこの演奏で、音楽都市東京にあるまじき 2つのアクシデントが起こったので、ここに記録しておく。まず最初は、第 3楽章が轟音で終結したとき、客席からパラパラと拍手があったこと。聴衆が保守的でノリノリのニューヨークでの演奏会ではあるまいし (笑)、これはあまりよくない。と言いながらも、実は私はこの現象が結構好きなのである。それだけ聴衆が第 3楽章の音楽の勢いに圧倒されたことを示すからだ。チャイコフスキーの場合、この「悲愴」の第 3楽章だけでなく、ヴァイオリン協奏曲やピアノ協奏曲第 1番のそれぞれ第 1楽章の終わりで拍手が起こることがあり、実は結構それを楽しんでいるのである。だが、もうひとつのアクシデントは頂けない。終楽章、この世のものならぬ哀しみから諦観に移って行く際に、一度だけゴーンとドラが鳴り、この交響曲の神髄が聴かれるちょうどその時、相次いで 2ヶ所からアラームの音が聴こえたのである!! これは許しがたい愚行であり、実に情けないことだ。時報かと思って腕時計を見ると、16時45分。あれは一体何だったのだろうか。東京の聴衆として実に情けない。幸いなことに、演奏自体は集中力が途切れることなく最後まで続き、心臓の鼓動が止まるような終結部のあと、指揮者が徐々に腕を縮めて首をうなだれる間、完全な沈黙が支配した。

東京で聴くことのできる指揮者とオケの組み合わせの中でも、このコンビにはさらに強烈な音楽を期待したい。次は 5月、「春の祭典」の演奏を心待ちにしよう。
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by yokohama7474 | 2017-03-13 00:11 | 音楽 (Live) | Comments(0)

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この日、3月11日はもちろん、東日本大震災からまる 6年後。このコンサートのチラシには、「あの日を思う。」とあって、当然ながらすべての日本人はあの日のことを忘れられるわけもなく生きているわけであるが、改めて 3・11がまた巡り来たことについては、大きな感慨を抱くのである。ただ、実はこの演奏会、もうひとつの演奏会とセットになっている。つまり、3/13 (月) に行われるエリアフ・インバル指揮ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団のコンサートと合わせて、「すみだ平和祈念コンサート 2017 - すみだ×ベルリン」と題されているのである。いずれもマーラーの交響曲、今回が第 6番、インバル指揮の方では第 5番が演奏されるのであるが、実はこれらのコンサートは、東日本大震災だけではなく、もうひとつの「あの日」、つまり 1945年 3月10日の、いわゆる東京大空襲をも偲ぶものなのである。その空襲では下町一帯が火の海と化し、今回の会場、すみだトリフォニーホールのある錦糸町界隈でも多くの犠牲者が出たということだ。このふたつの惨事は、ひとつは未曾有の天災、もうひとつは戦争という人災であって、その種類は異なるものの、多くの人の命が奪われたという点では共通しており、今生きている我々としては、人間の命のはかなさと、それゆえに生きている時間の尊さを実感する機会になるという点でも、それらの惨事を思い出すことには大きな意義がある。また、これらはすみだトリフォニーホール開館 20周年のイヴェントの一環でもある。小澤征爾指揮新日本フィルによるマーラー 3番でこのホールがオープンしたことをつい最近のことのように覚えているが、もう 20年になるのか・・・。まさに光陰矢の如し。せっかくなのでその時のプログラムの表紙と、機関誌「トリフォニー」創刊号に掲載された小澤のインタビューの写真を掲げておこう。
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さて今回、このホールを本拠地とする新日本フィルが、現在の音楽監督、上岡敏之 (かみおか としゆき) とともに取り組んだのは、マーラーの交響曲第 6番イ短調「悲劇的」。震災を偲ぶにはあまりにも生々しいというか、最後が明るい勝利ではなく、まさに破局で終わる曲であるので、犠牲者の追悼には適当でないような気も正直するのであるが、指揮者上岡によると、「魂を慰めるコンサートであるより、今を生き、明日への希望を見出す人へのメッセージとしたい」とのこと。この曲の中で示された人間の内面の葛藤や、悲劇的な運命に抗う力、そして絶望の彼方に見えることもある希望の表出に主眼が置かれた選曲ということであろうか。
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このブログでも過去に何度かこのコンビの演奏を採り上げ、期待が大きいがゆえに時に今後の課題として留保したくなる点も、私なりに感じるところを正直に記して来た。今回の演奏も、大変素晴らしい部分と、もっとこのように鳴って欲しいと思う部分がないまぜになった内容であったと思う。まず、客席から舞台を見上げると、ステージ奥のオルガンに向かって左側の高いところに、カウベルと縦に吊るした何本かの銀色の鐘が目に入った。以前も横浜でのこのコンビの「ツァラトゥストラ」の演奏の際に、やはり吊るすタイプの鐘がオルガン横に陣取っていたことを書いたが (昨年 9月12日の記事ご参照)、ここでも舞台からわざわざ外れての演奏で、これらの楽器の音を際立たせるという意図であろうかと思われた (実際、演奏の度にスポットライトが当てられていた)。ちなみにカウベルとは読んで字のごとく、牛の首につける鈴のことで、大小様々のサイズがある。スイスに行くと本当に牛の首につけられているし、お土産の定番でもある。
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こんなものを楽器として交響曲に使った人は、もちろんマーラーが最初である。今思いつく限りでは、オーケストラでカウベルを使う曲としては、この曲以外には同じマーラーの 7番と、これはそのものズバリ、アルプスの情景を描いたリヒャルト・シュトラウスの「アルプス交響曲」くらいである。マーラー 6番がウィーンで初演された 1907年に描かれたカリカチュアがこれである。この曲で使われた打楽器の多さを揶揄しており、異様な風体のマーラーが、「警笛ラッパを忘れた! これでもう 1曲、交響曲が書ける!!」と言っているというもの。この曲の音響の斬新さに対する当時の人たちの戸惑いを、ユーモラスに表現している。
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今回の演奏であるが、まさに「悲劇的な」冒頭、低弦がザッザッザッザッとリズムを刻むところは、テンポは若干遅めながら軽めの音で、多くの演奏で聴かれる、地獄への行進のような壮絶な絶望感は感じられなかった。今にして思えば、全曲に亘る上岡の設計は、この曲の異様なまでの禍々しさや強烈な威圧感を強調するのではなく、とにかく美麗な音でアクセルを踏んだりブレーキを踏んだりすることで、様々な人間的な思いを描き出すということだったのであろうか。各楽器は大変丁寧にパートを演奏し、特に弦楽器はメリハリが効いていてよく鳴っている。その一方、課題も数々あり、例えば開始後ほどなくして聴かれるトランペットの叫びは、どんな名門オケでも、多くの演奏で大抵音が外れてしまうのであるが、残念ながら今回もしかり (だが、提示部の反復により同じ箇所が再度出て来たときには、なんとかクリアしていた)。もちろん、部分的なミスをあげつらうつもりはないが、概して今回の演奏での金管パートは、張り裂けるような強烈さを欠いていたと思うが、いかがであろうか。木管は、もともとこのオケは昔からレヴェルが高いのであるが、うーん、今回の演奏では緊密さや鮮烈さに、もう一歩の課題を残したか。この曲の第 2楽章と第 3楽章の順番は作曲者自身最後まで迷っていたらしいが、以前は第 2楽章がスケルツォ、第 3楽章がアンダンテという順番が通常であったところ、最近ではその逆がポピュラーになりつつあり、今回もそうであった。私は個人的には、スケルツォ - アンダンテの順番を絶対的に支持する派であるが、まあ、アンダンテ - スケルツォが作曲者の意向により近いのなら、やむないか。今回の演奏では、第 2楽章アンダンテの後半の盛り上がりでの弦楽器の深い情緒が大変に印象的。また、その場所ではカウベルがしきりに響くのであるが、オルガン横の高いところのものではなく、舞台上から聴こえた。サイズの小さいものであったのだろうか。マーラーの破天荒な発想で、平和な風景が歪んで行く悲劇性がよく描かれた箇所である。第 3楽章スケルツォでも、弦楽器の各パートの表現力に感嘆。ティンパニも上手い。そして終楽章、30分に及ぼうという阿鼻叫喚の音響地獄である。昔の日本のオケの演奏では、この楽章の途中で明らかにエネルギー切れを起こすことが多かったが、それを思うと今回は見事な推進力が保たれていた点、素晴らしい。だがその一方で、本当に胸が苦しくなるような瞬間には、あまりお目にかかれなかったきらいがある。つまり、オケの表現力が限界に達して「悲劇的」になることはなく (笑)、それゆえに、悶え苦しむ音楽の本当の怖さにはもう一歩迫り切れないようにも思ったと言ったら、語弊があるだろうか。全体を通して上岡の指揮は、上述の通り、かなりアクセルとブレーキの踏み替えが見られ、即興的に見えながらも音楽の核心に迫ろうという意欲が感じられるもの。その意味では、素晴らしい瞬間も多々あったものの、恐らくは指揮者とオケの関係がさらに練れてくれば、より一層息の合った演奏が期待されるものと思う。

アンコールが演奏されたのであるが、それは、マーラーの第 5交響曲の第 4楽章アダージェットである。この交響曲は、まさに大震災当日、2011年 3月11日に同じトリフォニーホールで、ダニエル・ハーディングのもと、この新日本フィルが演奏した曲。聴衆はたったの 100人ほどであったらしく、ハーディングはそのことを深く心に刻むことで、その後このオケや東京の音楽界との絆を強くしたものだ (NHK のドキュメンタリーにもなった)。ちなみに私はその日、アレクサンドル・ラザレフ指揮日本フィルの演奏を聴きにサントリーホールに行く予定であったが、交通機関のマヒで果たせなかった。そちらもやはり、ごく少数の聴衆の前で演奏がされたようである。ともあれ今回のアンコールは、もちろんその日のことを思い出すための選曲であったのであろう。メインの 6番でも終始好調であった新日本フィルの弦が、焦らすように遅いテンポになったり、感情のままに早いテンポになったりする上岡の指揮によくついて行って、実に感動的な名演となった。

そんなわけで、今回もこのコンビへの期待と課題が交錯する思いで会場を後にしたが、以前より (それこそトリフォニーホールがオープンした 20年前より) はるかに向上したオケの表現力を、才能ある日本人指揮者がいかに面白く育てて行くかという点で、やはりこのコンビからは目が離せないと思う。今回の会場は満席ではなかったので、さらに宣伝が必要だろう。是非是非、次回を期待!!
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by yokohama7474 | 2017-03-12 01:24 | 音楽 (Live) | Comments(0)

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相変わらずポピュラー名曲を中心としたレパートリーで活発な指揮活動を繰り広げる小林研一郎、通称コバケンが、名誉桂冠指揮者を務める日本フィル (通称「日フィル」) の定期公演に登場した。来月 77歳という年になると気づいて驚くが、その指揮ぶりは「炎のコバケン」の異名にふさわしく依然エネルギッシュなもので、そのストレートなメッセージは多くの人を魅了する。なので今回のコンサートも、完売御礼である。その曲目は以下の通り。
 チャイコフスキー : ピアノ協奏曲第 1番変ロ長調作品 23 (ピアノ : 金子三勇士)
 チャイコフスキー : 交響曲「マンフレッド」作品 58

もちろんチャイコフスキーは小林のレパートリーの中核をなすものであり、前半のピアノ協奏曲第 1番の伴奏を手掛ける機会も多い。だが後半の「マンフレッド」は、日フィルでは実に 24年ぶりに採り上げる曲とのことだ。ただ、小林は既にロンドン・フィルやチェコ・フィルとこの曲を録音していて、本人としては自家薬籠中のレパートリーなのであろう。上に掲げたポスターでも、「コバケンの隠れた十八番」とある。同じチャイコフスキーの交響曲でも、後期 3大交響曲 (4・5・6番) とは一味違ったプログラムだ。

今回ピアノを弾いた金子三勇士 (みゆし) は、1989年生まれの若手ピアニスト。父は日本人、母はハンガリー人で、6歳で単身ハンガリーに渡ってピアノを学び始めたという。その後リスト音楽院で研鑽を積み、2006年に卒業して帰国、2010年にはデビュー・アルバムを発表している。私は以前彼の弾くリストのコンチェルトを聴いたことがあるが、力と美を兼ね備えた素晴らしい音楽を奏でるピアニストある。
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ハンガリーと言えば、周知の通り小林にとっても非常に縁の深い国である。1974年にブダペスト国際指揮者コンクールに優勝して以来、日本と並ぶ主たる活躍の場にしてきたと言っても過言ではなく、ハンガリー国立交響楽団の音楽監督を務めてかの地でも高い人気を持ち、民間人として最高位の勲章も授与されている。従ってこの指揮者とソリストは、ハンガリーつながりということになる。だがここではリストとかバルトークというハンガリーの作曲家の曲ではなく、天下の名曲、チャイコフスキーの協奏曲。このコンビでは既にレコーディングもある曲だ。演奏は期待に違わぬ優れたものであったが、そこにこの若いピアニストの個性が聴かれるのが嬉しい。例えば冒頭のオケの導入に続くピアノの入りでは、若手はともすれば力任せになりがちなところ、実にしなやかで情感豊か。鍵盤に指を叩きつけるのではなく、一音一音を丁寧に紡ぎ出す印象だ。日フィルは弦も管も好調で、オケが音楽を引っ張って行くように思われたが、音楽が進むにつれ、ピアノとオケの双方向の会話が聴かれ、実に気持ちがよい。もちろん音楽が熱を帯びる部分でのピアノの表現力にも不足はなく、終楽章のコーダに入る部分の雪崩のような箇所も、迫力充分。私が上で何の気なしに書いた「力と美を兼ね備えた」という表現が、このピアノにはふさわしい。そしてアンコールを自分で紹介するには、「僕が小学生のとき、小林マエストロに初めてお会いして、聴いて頂いた曲です」との説明で、リストの有名な「愛の夢」第 3番を弾いた。感情に耽溺するのではなく、少し抑制を効かせて知的に音楽をコントロールしながらも、響きには強靭なものがあったと思う。今後ますます楽しみなピアニストだ。

メインの「マンフレッド」交響曲であるが、これはバイロンの詩をもとにした標題音楽で、ベルリオーズの幻想交響曲になぞらえる人もいるが、同じベルリオーズなら、やはりバイロンの詩に基づく「イタリアのハロルド」に近いと言った方がよいかもしれない。だが、超有名曲である 4・5・6番に比べると、歴史的に見ても、あるいは最近の実演においても、その演奏頻度は格段に落ちる。歴史的には、この曲をレパートリーとした大指揮者としてトスカニーニが挙げられ (4番・5番はレパートリーから外していたにもかかわらず・・・)、それ以外にはオーマンディがいた。ほかに、チャイコフスキーの交響曲全集を録音した人ではハイティンクやマゼールがこの曲までカバーし、またロストロポーヴィチをはじめとするロシアの指揮者たちは当然採り上げているものの、やはり依然として多くの指揮者が好んで採り上げる人気の高い曲とは、とても言い難い。だが私はこの曲の劇的な第 1楽章が、ふるいつきたいくらい好きだし、第 4楽章の迫力も捨てがたい。とはいえ、第 2・3楽章はどうも印象が薄く、このあたりが不人気の理由かなと思ったりもする。今回コバケンは、前半のコンチェルトでは譜面台に楽譜を置いて全く開かずに指揮したが、この「マンフレッド」では譜面台すら置かずに暗譜での指揮であった。その身振りを見ていると、曲のツボを知り抜いていることは明らかで、出したい音がどんどん出てくるようにすら思われた。やはりオケの力は常に高く保たれ、荒れ狂ったり、押しつぶされたような悲痛な叫びをあげる金管や、鮮やかに駆け抜ける木管、纏綿たる情緒を奏でるつややかな弦、炸裂する打楽器など、聴いていて飽きることがない。上記のようにもともと内容に弱さのある第 2・第 3楽章でも、迷うことのない音楽の進みが聴かれ、例えば第 2楽章スケルツォで弦が無窮動的な動きからゆったりした流れに移行する箇所など、まるで光琳の描く川の曲線のような鮮やかな美しさ。ラストにだけ使われるオルガンも、音の広がりがあってよかった。ここ東京芸術劇場のオルガンは、クラシックな外見のものとモダンなものとを、回転させて切り替えることができるが、今回はこのようなモダンなもの。少ない出番だが存在感を示したオルガンであった。
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終演後に小林は楽員たちの間に入って嬉しそうに順々に握手を交わして歩き、そして客席に向かっていつものように呼び掛けた。普段サントリーホールで開かれている定期演奏会が、同ホール改修による閉鎖のために違うホールになったにもかかわらず、大勢の聴衆がやって来たことへの感謝。その聴衆のおかげで、日フィルとしても滅多に聴けないほどの雄渾な演奏をしてくれた、と語った。そして、「そういうことなので、ちょっと今日はアンコールは・・・」と述べて、客席を笑わせたのであった。

帰り道、私はバイロンのことを考えていた。この放蕩の貴族詩人のロマン的作品をじっくり読んだことがないのが残念であるが、その雰囲気は私の感性に深く訴えて来る。随分以前に見たケン・ラッセル監督の「ゴシック」で描かれた怪奇性や、スイスのモントルーを訪れた時に見たシヨン城の淋しい雰囲気が、まさにバイロンを巡る言説を彩るにふさわしく、また、このマンフレッド交響曲も (それからもちろん、シューマンの「マンフレッド」序曲も)、すべてバイロンという人の存在が持つロマン性の残滓かと思われる。コバケンの健康的な情熱とはちょっと異なる不健康な情熱を求めて、今度バイロンの著作を紐解きたいと思っている。
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by yokohama7474 | 2017-03-05 01:39 | 音楽 (Live) | Comments(0)

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スティーヴ・ライヒは、ミニマル・ミュージック第 1世代の作曲家としてつとにその名が知られている・・・かな。うーん。一般的な知名度は恐らく高くはないものの、アートや現代音楽に興味のある人にとっては重要な名前であると言った方が正確であろう。そのライヒは 1936年生まれの米国人で、現在 80歳。彼の生誕 80年を祝うコンサートが昨年から世界 20以上の国で 400回以上予定されているらしく、これはそのひとつ。この作曲家はそれだけ偉大な存在であり、間違いなく音楽史に残る存在であるということを、最初に確認しておこう。
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だが、3月 1日・2日と東京初初台の東京オペラシティコンサートホールで 2回開かれたこのコンサート、日本においてライヒはそれほどポピュラーとは思えないので、チケット購入は期日が近くなってからでもよいだろうと高をくくっていたところ、なんのことはない、すぐにチケットは完売。二次マーケットでの入手にもかなりの苦労を要する状態となった。東京の文化度をなめてはいけないと、改めて思い知った次第。実際、今回の演奏会は大入り満席で、入り口で「チケット求む」の紙を持って佇む人の姿も。過去にも 2008年、2012年と、このホールでライヒの演奏が開かれており、作曲者自身も演奏に参加しているようだが、いずれもこんなに盛況だったのだろうか。

さて、ミニマル・ミュージックとは一体何か。もちろんこの便利な時代であるから、ネットで検索すればゲップが出るほどの情報が手に入るが、要するに、短い (ミニマルな) 音型を繰り返しながら微妙に変化させて行くパターンの現代音楽のこと。言葉を知らない人でも、その例を実際に耳にすればすぐに理解できると思う。いわゆる難解で高尚で理屈っぽい現代音楽ではなく、耳に心地よいものが大半である。私の感覚では、スティーヴ・ライヒはテリー・ライリーと並んでこの分野の開拓者。調べてみると、ラ・モンテ・ヤングやフィリップ・グラスも併せて皆同世代 (1930年代半ばから後半生まれ) なのであるが、ヤングは少し前衛の色が濃すぎ、グラスは逆に映画音楽などで少し大衆性も持ち合わせている。それに対して、あくまでスタイリッシュなライヒと、早くから宗教性を帯びてトランス状態に真骨頂を見出すライリーは、私にとってはミニマルの元祖たるにふさわしい存在だ。あれこれの現代音楽を渉猟している私 (もちろんその道のマニアの方々には及びもつかないものの) であるが、定期的にミニマルに戻って来たいと思うし、その時にやはり最も信頼したいのがこの 2人、特にライヒなのである。主要作品の CD もかなり持っている。既に 80歳と知って改めて驚くが、今回この演奏家のために来日してくれたことは、大変ありがたい。今回演奏された曲目は以下の通り。メインに据えられ、コンサートのタイトルにもなっている「テヒリーム」の前に、サウンド & ヴィジュアル・ライターの前島秀国によるライヒ本人へのインタビューがあった (通訳付き)。
 クラッピング・ミュージック (1972年) : スティーヴ・ライヒ & コリン・カリー
 マレット・カルテット (2009年) : コリン・カリー・グループ
 カルテット (2013年、日本初演) : コリン・カリー・グループ
 テヒリーム (1981年) : コリン・カリー指揮 コリン・カリー・グループ、シナジー・ヴォーカルズ

ミニマル・ミュージック、とりわけライヒの音楽を描写するとすると、どうなるであろうか。催眠的であり、静謐であり、孤独であり、無機的であり、機械的であり、スタイリッシュであり、都会的であり、モダンであり、詩的であり、単純であり、リズミカルであり、輻輳的であり・・・。その手拍子はフラメンコのように進み、そのマリンバはガムランのように響き、その歌唱はコンピューターのように鳴る。どこをとってもミニマルでありライヒである。この紛れもない個性が、いかに強く聴衆に語り掛けることか。このような曲の演奏に際して、演奏家はもちろんかなり神経を使う必要はあるであろうが、ここで求められているのは超絶技巧というものとは少し違っていて、単純な音型を淡々とこなして行くべき姿勢である。それにはこの種の音楽への慣れも必要であろうかと思う。今回演奏したコリン・カリー・グループは、打楽器奏者コリン・カリーのもと、2006年にロンドンの BBC プロムスでライヒの 70歳を祝うため、彼の「ドラミング」を演奏する際に結成されたとのこと。現在では打楽器だけではなく、今回の「テヒリーム」も演奏できるような弦楽器、管楽器のメンバーも揃えている。
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すなわち、ライヒの強い信頼を受ける楽団だ。時代を問わず作曲家には、やはり信頼できる演奏家が間近にいるか否かは、充実した作曲活動を行うための極めて大きな要素となることだろう。これはライヒと話すカリー。
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そして、メインの「テヘリーム」で共演したシナジー・ヴォーカルズの方は、ライヒ生誕 60周年を記念して 1996年にやはりロンドンで演奏された今回と同じ「テヘリーム」のために結成された 4人組。今回ステージでライヒ自身が語ったことには、リーダーのミカエラ・ハスラムの声に惚れ込み、演奏後に「すみません。私は幸せな結婚生活を送っている者ですが、それでも電話番号を教えてくれませんか」と言い寄った (?) とのこと。確かに今回も正確無比な歌唱であった。
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この「テヘリーム」とは、ヘブライ語で「詩編」のことであり、歌詞はすべて詩編から採られている。ユダヤ人であるライヒは、自らのルーツにつながるこの種の作品を数々手掛けてきており、上で彼の音楽を無機的とか機械的とか書いたが、ここには大いなる逆説があって、歴史や信仰といった人間的なものへのライヒの強い関心が窺える。ホロコーストを題材とした「ディファレント・トレインズ」や、イスラエルとアラブの祖アブラハムを埋葬した洞窟を題材にした「ザ・ケイヴ」などと、創作の原点は同じであろう。決して耳で聴いてそのような理由で感動する情緒的な音楽ではないが、情緒的なものを情緒性以外の手段で表現する点に、ライヒの音楽の真骨頂がある。今回のポスターにあしらわれているのはヘブライ語で、こんな感じの文字なのである。なにやらライヒの音楽と、イメージが近くないだろうか。
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中間の 2曲は典型的なライヒのミニマルで、ただただそこに浸っていたいと感じる。ところでミニマルのひとつの特徴は、起伏なく続いた音楽が突然切れる点にあるが、これは、もちろんサティの「家具の音楽」などに原点があるということはできようが、先日ミハイル・プレトニョフ指揮の東京フィルで聴いたストラヴィンスキーのロシア風スケルツォも、その終結部分には共通する部分があって面白い。1920年代から発達したモダニズムの感性がなければ、ミニマルは生まれなかったのではないか。それから、最初の「クラッピング・ミュージック」は日本語では「手拍子の音楽」とも訳され、2人で手拍子を叩くだけのシンプルな音楽。演奏時間約 3分。プログラムに載せられた作曲者自身の解説によると、第 1奏者は同じパターンを叩き続けるのに対し、第 2奏者は最初は同じパターンを叩くが、唐突に 1拍ずつ先行し、最後に至ってまたもとに戻るという構成になっている。リズムがずれているので、2人が同じパターンを叩いているとは分からないだろうとあるが、いや確かに全然分かりません (笑)。知らない方はこの動画をどうぞ。向かって右が作曲者のライヒです。これ、最後の着地が決まると気持ちいいでしょうねぇ (笑)。年末の余興でやったら面白いだろうなぁ。今から練習しようかな。それとも音楽学校の人たちの忘年会では、そのような余興も既にあるのかもしれない。
https://youtu.be/lesDb9GsQm4

今回ステージ上で行われたライヒ本人のインタビューでは、会場の東京オペラシティコンサートホールを、モダン建築でありながら日本の古寺のようでもあり、見た目も音響も素晴らしいと褒めた。そして昨年ロンドンで初演された「パルス」「ランナー」といった新作が簡単に紹介され、また、現在作曲中という「20の独奏者とオーケストラのための音楽」なる曲は、バロック時代のコンチェルト・グロッソ (合奏協奏曲) から発想したものであることや、また、ドイツの大アーティストであるゲルハルト・リヒターとの共作 (空間の隙間を音楽にあてはめるというような作業らしい) に取り組んでいることを明かした。「彼は私より何歳か年上だから、早くしないとね」と淡々と言っていたが、調べてみるとリヒターは既に 85歳。是非このコラボは完成させて欲しい。これが作品を前にしたリヒター。
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さて、今回の演奏、最後の「テヒリーム」が終わると満員の客席はすぐにほぼ総立ちのスタンディング・オベーションとなった。これはかなり珍しいこと。もちろん、今回の聴衆は通常のクラシック音楽の聴衆とは若干異なっていて、カラフルな頭もあれば長い髭もあり、奇抜な帽子や変わった眼鏡など、個性的な方々 (笑) も沢山おられた一方で、私のような平凡なサラリーマンらしき人も大勢いて、不思議なアマルガムであったのだが、要するに皆、スティーヴ・ライヒが好きなのだ。もって回ったところのない音楽なので、聴く人もストレートに反応したくなる。そんなライヒの音楽と、そしてライヒその人に、東京の聴衆は最大限の敬意を表した。そういうことなら、例えば一週間ぶっ通しのライヒ特集でも組んでくれればよかったのになぁと思いつつ、今度はまた 85歳のライヒに日本で会えることを心待ちにしている。

最後に蛇足。ちょうど 10年前のライヒ生誕 70年の際には私はニューヨークに住んでいた。ニューヨークはライヒのホームタウンであり、あれこれ記念演奏会があった。引っ張り出してきたカーネギーホールのプログラムに載っていた宣伝がこれだ。この写真は、この記事の冒頭に掲げたものと同じであるが、今回ステージで実物を見たライヒと比べると、やはり若いなぁ。
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私が行ったのは、"Music Making : Steve Reich" と題されたコンサートと、それから、これらとは別にリンカーン・センター主催で行われた大作「ザ・ケイヴ」の上演。
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この「ザ・ケイヴ」の上演会場は、私の住んでいた場所から数ブロックしか離れていない大学の講堂であったので、週末にブラブラ歩いて行った記憶がある。ここでは音楽だけではなく映像も使用されるが、それは妻の映像作家ベリル・コロットの制作になるもの。終演後には彼ら夫妻を囲んだ座談会があって、確か通路のようなところに皆立ったまま、この作品の制作について語る夫妻に耳を傾けていたと記憶する。ニューヨークらしい気取らない雰囲気で、今となっては懐かしい思い出だ。実は米国人と話すと、ライヒのことを「ライク」と発音する。それはバッハのことを英語で「バック」と発音するのと同じであるのだが、どうもなじめない。ただ、ライヒという発音は逆にドイツ語そのままで、ドイツ系ユダヤ移民の家系に生まれたとはいえ、ライヒは米国人であるから、それもおかしいといえばおかしい。本人は「ライシュ」と発音するらしいが、これはもしかするとヘブライ語風の発音なのだろうか。ともあれ、スティーヴ・ライヒという名前の響きはすっきりとして、彼の音楽にふさわしいと思うので、その発音で通すのがやはりよいと思います。ブラヴォー、スティーヴ!!

by yokohama7474 | 2017-03-03 01:38 | 音楽 (Live) | Comments(0)

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今回、東京フィルハーモニー (通称「東フィル」) の指揮台に立つのは、ロシアの名指揮者、1957年生まれのミハイル・プレトニョフ。もともとはスーパーなピアニストであるが、1990年にロシア初の私設オーケストラ、ロシア・ナショナル管弦楽団を組織して自ら音楽監督に就任。指揮者としても活発な活動を継続しており、現在はこの東フィルの特別客演指揮者でもある。そのプレトニョフが今回指揮した曲目は以下の通り。
 ストラヴィンスキー : ロシア風スケルツォ
 プロコフィエフ : 交響的協奏曲 (チェロ協奏曲第 2番ホ短調) 作品125 (チェロ : アンドレイ・イオニーツァ)
 ストラヴィンスキー : バレエ組曲「火の鳥」(1945年版)

なるほどこれは、ロシア・プログラムだ。だがその中身は一味違っている。私はこのプレトニョフを、余人をもって替え難い大変な才人と思っているのだが、この演奏会では、その才人ぶりが見事に発揮されていた一方で、全体の仕上がりにはいささか課題も残ることになったように思う。
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最初の「ロシア風スケルツォ」は 4分程度の短い曲で、録音では大曲とのカップリングでしばしばお目にかかるが、実演での演奏は比較的珍しい。第二次大戦中、米国に暮らしていたストラヴィンスキーに、ポール・ホワイトマン (ガーシュインにあの「ラプソディ・イン・ブルー」を委嘱したバンドリーダー) が依頼して書かれている。この作曲家の軽音楽好みを表していてなかなかに楽しい曲なのであり、「ペトルーシュカ」を思わせる箇所もある。今回のプレトニョフは、最初に舞台に登場したときからなぜか疲れているというか、少し老けたようにも思われたが、音楽が鳴り出すとなかなかに楽しい流れを作り出していた。だが、この曲の唐突な終わり方に客席は戸惑いを隠せず、今日のコンサートのどこかに、その戸惑いの余韻もあったかもしれない。

2曲目のプロコフィエフの曲は、内容はチェロ協奏曲なのであるが、オーケストラがかなり複雑な音響を鳴らすため、交響的協奏曲という題名で呼ばれる。この作曲家のチェロ協奏曲第 2番なのであるが、実は、チェロ協奏曲第 1番の改作。なるほどそう言えば、ショスタコーヴィチの 2曲のチェロ協奏曲はそれぞれ一定頻度で演奏されるが、プロコフィエフのチェロ協奏曲は、この交響的協奏曲はともかく、第 1番はかなりマイナーである。もっともこのプロコフィエフという作曲家、交響曲第 4
番も、改訂によって作品 47と作品 127 の 2種類が生まれており、別の作品として認識されている。この交響的協奏曲は、20世紀後半の偉大なチェリスト、ムスティスラフ・ロストロポーヴィチの助言によって第 1番の協奏曲が大規模に改作されたものであるが、そのロストロポーヴィチは後年、小澤征爾指揮ロンドン交響楽団と共に録音している。素晴らしい名盤である。
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今回独奏チェロを弾いたのは、1994年ルーマニア生まれのチェリスト、アンドレイ・イオニーツァ。未だ 20代前半という若さである。2015年にチャイコフスキー・コンクールで優勝した実績の持ち主。
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この世代のチェリストにしてみれば、ロストロポーヴィチはまさに神のごとき存在であろうが、それに臆せずに曲の神髄に切り込んで行く姿が勇ましい。最初から最後まで激しく弾き続けることが求められるこの曲で、その伸びたり縮んだりする自在なチェロを縦横無尽に響かせて見事であった。時折、音が濁っても構わないという強い姿勢も見せながら、進んで行く音のドラマを劇的に表現してのけた点、若さの特権と言うべきか。そして面白かったのはアンコールだ。2曲いずれも本人の口から曲名が説明されたが、1曲目は珍しくグルジアの作曲家、スルハン・ツィンツァーゼ (1925 - 1992) の「チョングリ」という作品。ほんの数分の短い曲だが、全編弓を使わずにピツィカート主体で演奏される、抒情的かつ民俗的な曲。調べてみると、昨年この同じオーチャード・ホールで女優指揮者アランドラ・デ・ラ・パーラ指揮の NHK 交響楽団 (昨年 2月 2日の記事参照) と共演したやはり若手チェリストのナレク・アフナジャリャン (アルメニア出身。今日のソリストイオニーツァの前の回、2011年のチャイコフスキー・コンクール優勝者) も、以前この「チョングリ」を日本でアンコールとして弾いたこともあるようだ。アンコールの 2曲目は一転してスタンダードなバッハの無伴奏チェロ組曲第 3番からのブーレ。ここでイオニーツァは、模範的な正確なバッハというより、感興に満ちた自由な音の奔走を聴かせてくれた。ここでも再び同じ言葉を使うが、誠に若さの特権とも言うべきその音楽の自在さは、これから一体どこに向かって行くのか楽しみである。

さて後半は、ストラヴィンスキーの代表作のひとつ、バレエ音楽「火の鳥」である。だがここで演奏されたのは、普段なかなか耳にすることのない 1945年版。この曲の組曲には 3種類あり、これ以外には 1911年版と、最もポピュラーな 1919年版がある。その 1919年版と、今回演奏された 1945年版の、耳で分かる違いは以下の 3点だ。
・曲数が 5曲多い。それは「火の鳥のヴァリアシオン」と「ロンド」の間に入る 10分間ほど。
・序奏において 1919年版で響くチェレスタが、ここではピアノになっている。
・終曲で弦が朗々と歌う音型が短く切れている。
そういえば昔テレビで見た、作曲者自身が来日して NHK 交響楽団を指揮した「火の鳥」の映像では、終曲で弦の音が短く切れていた。調べてみるとそれは、やはり今回と同じ 1945年版。その演奏は 1959年のもので、今では DVD で見ることもできる。
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今回のプレトニョフと東フィルの演奏、一定の水準にはもちろん達していたものの、オケにはほんの少しミスもあり、音質はクリアではあっても、最大限の自在な流れがあったかというと、残念ながら少し違ったような気がする。プレトニョフがこの「火の鳥」を演奏するときはいつもこの珍しい版を使うらしく、譜面台に楽譜を置いたまま開くことなく暗譜で全曲を指揮する姿には確信は感じられたものの、オケの締め方が少し弱かったようにも思った。前述の通り、気のせいか少し元気がないようにも見えたプレトニョフであったが、彼ならさらに切れのよい音が可能であったはず。10月に予定されている彼の次の来日はを楽しみにしよう。ただ、次回もまたしてもロシア物が予定されているが、少し違うレパートリー、例えばブラームスの交響曲など振ってもらったらいかがであろうか。きっと面白いはず。

by yokohama7474 | 2017-02-26 22:25 | 音楽 (Live) | Comments(0)